2007年10月15日 (月)

「前橋まつり2007」の人々(その2)

Img_1907 お祭りと言えば「山車」と「神輿」は付き物ですが、「山車」はどうやってお祭りの会場である街中に運んでくるのだと思いますか?               

そうなんです。               

町内の「山車」を格納する倉庫から引っ張り出して装飾し、みんなでえっちらおっちら引いてくるんです。          

Img_1924 実に地味でベタな方法ですが、トラックに乗っけてもってくるわけにも行かないでしょうから仕方ありません。     

で、帰りはどうするかと言うと、もちろんみんなで引いて帰る訳です。            

祭囃子を打ち鳴らしながら帰るか、演奏を中止して帰るかはそれぞれの町内の方針だと思います。                

一度夜道を帰る「山車」に遭遇したことがありますが、沿道に人影はなく、なんとなく寂しそうでした。           

変なたとえですが、甲羅を脱がされたカメと言った風情です。              

Img_1893 ワタクシは前橋市の郊外、中心市街地から3キロメートルほど離れた「ドーナッツ化現象」で生まれた町に住んでいますが、誰も、町内の「山車」を持とうと言い出したりしません。                        

資金的な問題も無論ありますが、お祭りのたびに中心街まで「山車」を引いて行ったり引いて帰ったりをすることを思うと、正直ほっとしています。    

Img_1895 祭り会場における巡行が終わって「山車」が帰るときは、「○○町××丁目さんがお帰りになります。また来年お会いしましょう」と2、3遍街頭にアナウンスが響きます。       

祭りが賑やかなだけになんとなくもの悲しさが漂います。

                        

Img_1909 関係者の皆さんにおいては大変なご苦労があると思いますが、来年もまた楽しみにしております。          

                        

【今年の「前橋まつり」が終わった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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「前橋まつり2007」の人々(その1)

Img_1925 昨日(10月14日)で「前橋まつり」終了です。始めがあって終わりがある。当然ですけど・・・。           

で、賑わいを写真で振り返ってみることに致します。               

この太鼓は迫力ありましたよ。この太鼓を聞いただけでも、「前橋まつり」に行った価値ありです。           

演奏が終わった後、拍手喝采がなかなかやみませんでした。         

Img_1902 山車の行列を離れて、買い物に忙しい二人。                   

大きくなったら、いよいよその才能が花開くことと思います。            

買い物は女性の最高の楽しみなのでしょうか?                  

そう言えば買い物狂の「中村うさぎ」さんなんていう方も、居ましたね。     

                        

                        

                        

                        

Img_1880 来年はポーハタウン号上で「日米修好通商条約」調印されてから150年になりますね。                 

ワタクシが子供の頃は前橋で異人さんを見るのは珍しかったんですが、今は普通の光景になりました。        

しかし、150年前の助左衛門さんや五郎兵衛さんは、2007年の「前橋まつり」で神輿をかつぐ女性の異人さんの出現を予想できたでしょうか?感無量です・・・。                                

【異人さんも一緒に楽しむ「前橋まつり」が行われた前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年10月14日 (日)

「前橋まつり2007」やってます(その5)

Img_1793_3 「前橋まつり」のハイライト、お神輿の連合渡御は夕方に始まります。     

木遣りが先導します。           

                        

                          

Img_1795_2 プログラムでは、午後4時45分から午後8時半までとなっています。      

                        

                        

                        

                         

Img_1799_2 それまで各連は、各自の陣地を出て、指定された場所で「渡御」の開始を待つことになります。             

                        

                        

                        

                        

Img_1806_2 それが結構長いようです。前回のエントリー記事で触れた「上州写楽連」の演奏はこの間に行われております。  

                        

                        

                        

                        

Img_1809_2 「清め」に励んだり、熱心に情報交換したりという「連」もあります。そっちの方が多いと思われます。          

                        

                        

                        

                        

Img_1811_2 しかし、それにしても「踊る阿呆に見る阿呆」ではありませんが、やはり祭りは参加して「なんぼ」のような気がします。                       

                        

                        

                        

Img_1816 最終日の今日は山車の巡行も重なってさらに大賑わいになりそうです。    

                        

                        

                        

                        

Img_1848 中間テストが終わったからなのか、昨日は高校生が街に溢れていました(左は前橋まつり唯一の女神輿「紅勇連」)。                    

                        

                        

                         

Img_1859 若い人が街に溢れるとやはり浮き浮きしてきます。                

                        

                        

                        

                        

Img_1866 そろそろまた街中に出撃します(左は、昨日、哲学的な着ぐるみで街中を歩いていた高校生くらいの二人)。       

                        

                        

                        

                        

【今日まで「前橋まつり」が行われている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】   

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「前橋まつり2007」やってます(その4)

Img_1777 「三山會」の人々。気合入ってます。ぎっちり統制取れてます。          

                        

                      

Img_1783 「上州写楽連」の人々。ワタクシはこの人たちの演奏と踊り、楽しみにしております。今日(10月14日)もやってくれるのだと思います。         

         

Img_1788 「大人みこし」、実際担ぐまでかなり「待ち」の時間が長いのですが、その間「上州写楽連」さんは、パフォーマンスをして見物客を楽しませます。      

祭りを盛り上げます。      

「前橋まつり」では必見です。                       

【気合の入った演奏と踊りの「上州写楽連」が登場する「前橋まつり」が行われる前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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「前橋まつり2007」やってます(その3)

Img_1609 「Qのひろば」に設けられた「イベント会場」への出演を待つ人々。        

メイドのお姿がとってもチャーミングです。どちらかというと「ベテラン」メイドさんでしょうか?                    

メイドと言えば、日本メイド協会理事で獨協大学経済学部教授でもある森永卓郎先生にも見てもらいたかった・・・。森永先生、今年12月21日(金)に高崎市文化会館で講演を行う予定です。                             

Img_1639 新幹線でいらっしゃいますので、是非多くの方に、JR高崎駅までメイドの衣装でお出迎えしていただきたいものです。                     

「アメリカンパトロール」の音楽に合わせてのダンス、お見事でした。     

Img_1632若いお巡りさん、思わず赤面、かな?                                              

                                              

Img_1762 こちらは国道50号線で繰り広げられた「だんべぇパフォーマンス」のうちの1チーム。メイド姿、人気です。                                                                                                    【メイド姿があちこちで見られた「前橋まつり」が開催されている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】                                          

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「前橋まつり2007」やってます(その2)

Img_1720 弁天通リで和太鼓の演奏を繰り広げる育英短期大学の皆さんとそれに見入る小さな観客。        

育英短期大学の皆さんの演奏、「ニュー」なものを感じました。                             

                                              

Img_1730 と、育英短期大学の演奏を見入っているうちに小さな子は、ぐんぐん成長しておばあちゃんになったとさ(嘘ですよ)。                     

                                              

Img_1749 オジさんも聞きほれておりました。   

                        

                        

                        

【「前橋まつり」で和太鼓の音があちこちから聞こえる前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】                            

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「前橋まつり2007」やってます(その1)

昨日10月13日、「前橋まつり」が始まりました。

Img_1584 開会挨拶する前橋商工会議所会頭の曽我孝之氏。                

                        

Img_1594 続いて挨拶する前橋市長の高木政夫氏。                                      

                                              

Img_1602 挨拶はしなかったけれど、好天の「前橋まつりを喜んで嬉しそうな、まつり衣装をすっ飛ばしてハロウィン姿の不二家の「ぺこちゃん」。                

今年は、「ちょっとしたこと」があったので、身を慎んで挨拶は遠慮したようです。                      

それにしても「石屋製菓」さん、「赤福」さんと続きましたので、大分救われちゃったかも・・・。    

                      

                                                                  【「前橋まつり」が始まった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年10月 8日 (月)

「富岡製糸場」と「フリンジ駐車場方式」

世界遺産の暫定リストに登載された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の中核施設である「富岡製糸場」は、平成17年10月1日に前所有者の片倉工業(株)から富岡市へ管理が移管されて以降、この7月で来場者が20万人を突破したそうです(約21ヶ月間の記録)。

ざっと言って、月1万人の入場者ということになるでしょうか。

年間およそ800万人の観光客を集める軽井沢がすぐ近くにありますから、PRの仕方次第ではさらに多くの入場者を集めることができるでしょう。

Img_1203 「富岡製糸場」の魅力もさりながら、ワタクシが感激してしまったのは、「富岡製糸場」の東から北にかけた一帯に広がる、同工場のかつての繁栄を偲ばせるに十分な料飲食店の密集地帯です。

実にレトロです。

(この街区の風景写真は07年10月3日エントリーの『「旧官営富岡製糸工場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた』にあります。ご関心の向きは、アンダーライン部分をクリックすると飛びます)

つまり、狭い道を挟んで、大衆食堂、割烹、寿司屋、料亭、居酒屋などがひしめき合っています。夕暮れにその街角に立って耳を澄ませば、客と店主のやり取り、酔っ払いの怒鳴り声や嬌声、店から漏れる流行歌など当時の喧騒が今でも聞こえてきそうです。

Img_1214 その規模、その密集度は前橋、高崎にも無い風景です(「富岡製糸場」ばかりでなく、かつては、富岡市周辺農家も、養蚕やこんにゃくでたんまり現金収入を得ていたのだと思います)。

すでに富岡製糸場の煙突から煙が立ち昇ることは無くなり、多くの料飲食店は店を閉め、残った店もかつての賑わいには程遠い商いのようです。

しかし、街全体がかもし出す風情がなんとも魅力的です。

特にワタクシのように昭和30年代始めに生まれた人間にとっては猥雑なかつての懐かしい風景です。

この街の一角に立つと、なんだかタイムスリップしてしまったような不思議な感じです。

ところで、初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、ワタクシがこの風景に出会えたのには秘密があります。

駐車場がフリンジ(外縁部)方式の配置になっていたからです。

Img_1207 工場を取り囲むように小売店や料飲食店が建て込んでいるため、「富岡製糸場」の入り口近くに、駐車場スペースを確保できなかったようです。

「富岡製糸場」はクルマから降りたらすぐ工場見学、という訳にはいかないのです。

製糸工場から離れた外縁部(フリンジ)に駐車場があるため、中核施設である「富岡製糸場」を見学するには、かつて繁栄を誇った前述の料飲食街や商店街をぶらぶら歩かざるを得ない仕組みになっています。

これが幸いして、ワタクシの場合、魅力的な街並みに出くわすことができたわけですが、目的となる観光資源の周辺に駐車場を設置し、観光客に回遊を促す駐車場の配置方法を「フリンジ(外縁部)駐車場方式」と言います。

Img_1208 「富岡製糸場」は、過去の商店街の広がり方から、結果的にフリンジ駐車場方式になっているのです(「富岡製糸場」内に駐車場を作らなかったのは英断だったと思います)。

クルマを降りた観光客は市街地を歩くことになります。そうすると当然通りに面した店などを覗き込むでしょう。

適当な土産物でもあれば、早速買うかもしれません。

お腹が空いた人は、開いている食堂に寄る可能性も出てきます。

反対に、極端な例として、「富岡製糸場」の中に広大な駐車場を用意した場合を考えてみましょう。

観光客は工場を見学した後、工場内にできた土産物コーナーで買い物をして、ハイさよならです。工場内に食堂でもあればそこで食事してしまうかも知れません。

Img_1215_2 せっかく「富岡製糸場」が街中に立地しているのに、中心市街地に対する波及効果は薄くなってしまいます。

こうした弊害を避けられるのが、フリンジ(外縁部)駐車場方式のいいところです(ハンディキャップのある人にはその対応が不可欠ですが)。

多くの工場見学の場合、工場内にクルマを止め、見学終了後はすぐにその場を後にしてしまう訳ですが、フリンジ駐車場方式のおかげで、ワタクシも初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、懐かしい街並みに出会えたわけです。

そして、フリンジ方式の狙い通リ、ワタクシも前回エントリーの『「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を発見す』に書いたように、「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を土産物に買ってしまったという訳です。

「富岡製糸場」の見学者の多くが富岡市の中心商店街でお金を落とすように願って止みません。

収益は、統一したテーマに基づいた街づくりに再投資してみてはいかがでしょうか。

「富岡製糸場」北東一帯の料飲食店街、かなりの潜在力を秘めているように感じます(10月14日は「富岡まつり」が開催されます)。

【フリンジ駐車場方式のため「富岡製糸場」を見学するにはクルマを止めてぶらぶら街中を散歩せざるを得ない富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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2007年10月 7日 (日)

今年の「前橋まつり」は10月13日・14日

Img_1342 年を取ると、季節の移ろいは駆け足で過ぎていくように感じられます。

早いものでまた「前橋まつり」がやってきます(ご関心の向きは06年10月14日エントリーの『前橋まつりやってます』、07年10月15日の『狂熱の前橋まつり、終わりました』をご参照下さい)。

今年は10月13日(土)、14日(日)の開催予定です。

この一年で前橋中心市街地にも変化がありました。

「旧赤かんばん前橋店」のビルは取り壊され、病院が入るマンションの建設が進んでいます。

その並びにあった「旧新星堂前橋店」も8月6日に「フットワークステーション100」として生まれ変わりました(ご関心の向きは07年8月6日エントリーの『前橋「フットワークステーション100」がオープン』をご参照下さい)。

Img_1328 前橋市街地の宴会場として長年親しまれてきた「美家満」はこの8月末で営業を終了。代わって、その後には居酒屋チェーンの「北海亭」(渋川市)が本社機能と旗艦店を11月下旬までに移転オープンすべく、現在改装中です。

同じ国道50号線から立川町を南北に走る「千代田通リ」の真ん中くらい(「旧WALK館」の反対側)にあった空き地には、「前橋警察署前橋中央交番(仮称)」が建設中となっています。

同様に、国道50号線の始発点と国道17号線が交差する前橋消防署跡にもマンションが建設中です。

12月初旬には「旧リヴィン」が「前橋プラザ 元気21」に生まれ変わって登場します。

いずれ「旧WALK館」も改装され、「前橋プラザ 元気21」とともに市街地の中核施設になるでしょう。

Img_1467 この他にも、前橋中心市街地空き店舗への新規出店話があちこちに聞かれます。

来年3月下旬~6月にかけて、前橋市中心街もメイン会場になる「全国都市緑化ぐんまフェア」(会期中の人で見込みは100万人)が開かれます。

スズラン前橋店さんは、昨年9月から合わせて3回行われた「大千円市」をリードして おり、中心市街地の「街づくり」に対する取り組みも、今までと違ったものを感じます。

今年の「前橋まつり」は、「新生前橋中心商店街」の景気付けになるかもしれませんね。

【変化の胎動が感じられる「マンドリンのまち」でも「蔵のまち」でも「ピザのまち」でもある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月29日 (日)

「2007 三人委員会哲学塾 ぐんま地域創造フォーラム」に行く

昨日7月28日は、「群馬会館」で行われた「2007 三人委員会哲学塾 ぐんま地域創造フォーラム」に行ってまいりました。

Img_9781 今日7月29日、明日7月30日は場所を片品村に移してフォーラムを開催するということですが、さすがにそこまで参加するのは無理なので、第一部「地域づくりにおける《記憶》の役割」と第二部「結ばれる・包まれる」のみの参加です。

第一部「地域づくりにおける《記憶》の役割」では、一年の半分を群馬県上野村で過ごす、哲学者で立教大学教授の内山節さん、河川工学専攻の新潟大学教授大熊孝さん、環境倫理学専攻の東京大学教授鬼頭秀一さん、上毛新聞社の藤井浩さん、元掛川市長の榛村純一さん、元飯山市長の小山邦武さんの6名による討論が行われました。

Img_9785 (左の写真は挨拶に立つ内山節氏)

第二部「結ばれる・包まれる」は、上記の6人に加え、「群馬県地域づくり協議会」会長の椎名祐司さん、「ぐんま文化会議」議長の山田耕司さん、「ファイトぐんま県民会議」委員の萩原香さん、「前橋芸術週間」代表の小見純一さん、「NPO法人群馬の食文化研究会」理事長の志田俊子さん、「尾瀬高校」教諭の松井孝夫氏の6人が加わり、総勢12名での討論となりました。

途中15分の休憩を挟んで、午後1時15分から午後5時半までの長丁場討論会でした。

いろいろなご意見を聞かせていただき、大変参考になったのですが、多くの「地域づくり団体」でメンバーの高齢化が進んでいるにもかかわらず後継者がいないこと、「地域づくり団体」での連携が不充分であることが今後の課題として指摘されておりました。

Img_9793 個人的には、元掛川市長の榛村純一氏が柳田国男の「村格」に触発されて唱える「町格」・「市格」の考えが大変興味深かったですね。

平べったいのっぺらぼうの無味乾燥の街、金太郎飴のように似たかよったかの街が多くなっている中で、人間に人格があるように、町や市にも「町格」、「市格」を持たせなければいけない、ということです。

要は「値打ちのある街」を作ろうということなんだそうです。

同じく同氏は、「(若い)女性は都会が好きなんです」と発言して、物議をかもしましたが、ワタクシも基本的には榛村純一氏と同じ意見なので、大きく頷いてしまいました。

Img_9801 映画「下妻物語」を見たり、銀座松坂屋近くに、「LOUIS VUITTON」、「CHANEL」、「Cartier」、「Tiffany」の旗艦店舗が集中している光景を眺めたりすると、女性は都会が好き、という言葉をとても否定する気になれません。

(「ジュリアナ東京」で踊りまくっていたおねえさんたちを思い出してしまいました)

やっぱ、鄙に美人は似合いません(ごめん。m(__)m)。

若い女性がどんどん町に出て行ってしまうので、山村の過疎化は進行したとか、地方都市の中心市街地に来てくれる嫁さんが少ないので中心商店街が廃れてしまう、といった榛村純一さんの冗談交じりの発言は、結構ワタクシには説得的に聞こえました。

なお、榛村純一さんによれば、森進一が歌った『おふくろさん』(1971年5月リリース)は「おかみさん」、「おっかさん」、「おかん」、「おふくろさん」的な存在に対する惜別そして永訣の歌だったのだそうです。

そして、この「おかみさん」、「おっかさん」、「おかん」、「おふくろさん」的な存在が山村や中心市街地からいなくなったのと平行して、山村や中心市街地が衰退したのではないでしょうか、とも言っておりました。

『おふくろさん』は下記のURLに歌詞があります。小さな声で歌ってみてください。
※http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=31996                       

また、第二部の討論に参加した、前橋芸術週間代表の小見純一氏が、郊外型ショッピングセンターにはなくて中心市街地(商店街)にあるものとして、①大木、②古い神社・仏閣、③悪所(風俗街)を上げ、これらは「アート」である、と発言なさっていましたが、面白い視点だと感心してしまいました。

以前から猥雑な空間や風俗街の存在は、街の賑わいにとって切り離せない存在だと考えておりましたので、もう少しお話を聞きたかったですね(大勢の討論者がいたため、一人当たりの発言時間が限られていました)。

ワタクシ個人としては、中心市街地の活性化を目標とする「街づくり」というのは、「クルマ社会」に対する或る種のアンチテーゼなのではないだろうか、と考えております。

その時、大木、古い神社・仏閣、悪所といった存在はきわめて貴重です。

衰えた商業機能を取り戻すことはもちろん必要ですが、「クルマ社会」に対するアンチテーゼとしてのロハス、スローライフ、スロービジネス、スローフード、温もり、出会いといった概念を、「街づくり」の核に据えるべきなのではないだろうか、と思ったりしております。

「街づくり」に関してはおいおい書いていこうと思いますが、昨日は異色の理論家にして「酒肴 久松」のオーナーである天才料理人大ちゃんのご意見を聞こうと思い(本当は、長丁場の討論会に疲れたので一杯飲みたくなったのです)、「ぐんま地域創造フォーラム」の「交流会」(お切込みを始めとする群馬の代表料理が並んだようです)をパスして、「酒肴 久松」へ急いだ次第。

年をとって、だんだんこらえ性がなくなっております。若い頃なら直立不動で3時間ぐらい我慢できた(ような気がする)んですが・・・。

(「街づくり」に関しては06年8月28日エントリーの『商業施設開発業者の発想が必要かも知れない』、06年10月7日エントリーの『私の前橋センチメンタルな旅』、07年5月7日エントリーの『懐旧の「田毎庵」と「はしもたや」』などをご参照下さるか、ページの左にあるカテゴリーの「勝手に下仁田町再生計画」、「イオン高崎・太田ショッピンセンター」、「けやきウォーク前橋」などをクリックしてください)

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「ぐんま地域創造フォーラム」1部、2部が開催された「群馬会館」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月19日 (木)

「高崎まつり」近づく

Img_9319 今週の週末、7月21日(土)、22日(日)の2日間は07年7月14日エントリーの『100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」』に書いたように、「ようこそ高崎人情市」が開催されますが、そのあとに控えているビッグイベントが、8月4日(土)、5日(日)開催の「高崎まつり」。

何しろ年にたった一度です(まあ、当たり前ですけれど)。今年見逃したら、来年見られる保障はどなたにもありません。

(別に脅してるんじゃないんですよ。ただ、命短し恋せよ乙女、です)

で、今、高崎市の中心街を歩くと「ようこそ高崎人情市」と「高崎まつり」の準備が混在状態です。

Img_9314 おまけに7月26日まで「中央ぎんざ通り」(「サヤモール」の北に続く通りですね)には七夕飾りが飾ってありますから、この事情を知らないで高崎の街中を歩くと、きっと訳が分かんない状態になると思います。

一番上の写真は「高崎まつり」のポスター。

その下の写真は「もてなし広場」にぐるりと掲げられた「ようこそ高崎人情市」関連の幟(のぼり)です。

Img_9279 「ようこそ高崎人情市」の幟は無論のこと「高崎女性経営者研究会」、「NPO法人高崎やる気堂」、「高崎おかみさん会」といった関係者の幟がへんぽんと翻っております。

そしてその下は「高崎まつり」に向けて「さくら通り」に掲げられた「祭礼」の提灯の列。

「慈光院通り」に面する空き店舗では、子供たちが祭り囃子の練習をしている姿が見られました。

すでに梅雨が明けた地域も出たようです。

Img_9332 今週末から小、中、高校生は平成19年度の夏休みが始まるのではないでしょうか。

いよいよ夏本番ですね。

(群馬県について知りたい方は、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「高崎まつり」が開催される群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月13日 (金)

初体験・前橋「モモヤ」の「とんかつうどん」

先日、或る社長に昼飯に誘われましたが、行った先は「前橋中央通り名店街」にある「モモヤ」さん(ご関心の向きは07年5月6日エントリーの『「モモヤ」独走す』をご参照下さい)。

Img_8851 「モモヤ」さんと言えば、「とんかつうどん」誕生の為に随分とお骨折りなさったところです(原案プロデュースはT社のKさん)。

群馬大学の学生さんの着想をもとにして、前橋名物を「作らにゃいかん」という志に燃えた人たちが作りあげた「とんかつうどんは」2004年11月のデビュー。

(毎日新聞やNHK前橋放送局が取り上げたような記憶があります)

「モモヤ」さんが「とんかつうどん」の誕生に関わるきっかけは、洋食屋&甘味処である「モモヤ」のご主人の趣味が、「うどん打ち」だったからのようです。

Img_8857 そして今日までの3年間、様々に改良を加えながら、「とんかつうどん」が提供されております。

(「モモヤ」さん以外にも、提供店があるそうです)

当初、「とんかつ」はすべてうどんの上に乗っけて提供されていたそうですが、それではちょっと「重い」ということで、途中から、とんかつ2枚を別皿で提供するようになったそうです。

その結果、別皿のとんかつは、ソースをかけて食べる人も出現し、今では半ライスを注文してこれを楽しむ人も少なくないそうです。

(根生姜や大根のすりおろしを始めとして、ネギなどの薬味も多めに準備されています)

で、遅まきながら「とんかつうどん」の初体験をしました(しかし、「とんかつうどん!」と勢い良く注文しましたが、「暖かいのにします?冷たいのにします?」と返された時には、目が点になってしまいました。「冷たいとんかつうどん」は予期しておりませんでした。平常心に戻って、まずは、暖かいのを注文)。

昨年(平成18年)8月、群馬県前橋市においては「ようこそまえばしを進める会(会長:曽我孝之前橋商工会議所会頭)が中心となり、豚肉料理を市の名物に選定し、その具体例として「tonton汁」が考案されました。

(ご関心の向きは06年8月24日エントリーの「前橋名物に豚肉料理、決定す」をご覧下さい)。

「モモヤ」さんも「tonton汁」の提供店です。

つまり「モモヤ」さんに行けば、一ヶ所で一度に「とんかつうどん」と「tonton汁」を楽しむことが可能です。

便利です。うどん、よく出来ています。お試し下さい(「暖かいとんかつうどん」あつあつで出てきます。猫舌の下は注意。水がなくなると、飛んできて、すぐに注ぎ足してくれます。女将さんは話し好きの方ですし、ほんとフレンドリーな店です)。                           

(ただ、「食は好み」ですので、「前橋街中に元気を取り戻し隊」の英知の結集である「とんかつうどん」、ミスマッチ的商品だけに「ビミョー」の評価があるのも事実です。                

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「とんかつうどん」がメニューにある「モモヤ」さんがある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 8日 (日)

「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す

Img_8655  今日7月8日は「前橋七夕まつり」の最終日(ご関心の向きは07年7月7日エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」をご参照下さい」。

今日の呼び物は、「にこにこパーキング」の特設会場で行われる「だんべえフェスタ2007 火の皇・光の軍(ヒノミカド・ヒカリノイクサ)」です。

つまり、前橋名物「だんべえ踊り」大会です。「前橋まつり」のときは大々的に路上パフォーマンスしますが、今日は残念ながら特設会場のみのようです(「前橋まつり」にご関心の向きは、06年10月14日エントリーの「前橋まつりやってます」、10月15日エントリーの「狂熱の前橋まつり、終わりました」をご参照下さい)。

Img_8687 午後0時30分から午後8時30分まで行われるそうですが、ずっと見ているのはちょっと無理なので、頭の部分だけ、いつものようにチャリンコ散歩で見に行ってまいりました(左は開会挨拶する高木政夫前橋市長)。

そうしたら、神奈川県の厚木市から、よさこいチーム「Funny」の皆さんがゲスト出演しているではありませんか。

「Funny」さんの中に知り合いがいるわけではないのですが、それでもなんか、ほんと、お懐かしい、という感じでした。

Img_8705 と言うのも、昨年3月まで2年間、神奈川県厚木市に単身任していましたので、厚木と聞くと、懐かしさがこみ上げてきてしまうのです(左は「Funny」さんのパフォーマンス)。

(ご関心の向きは、06年6月20日エントリーの「裸の犬!」、06年6月21日エントリーの「湘南ナンバー」、06年6月23日エントリーの「湘南考」、06年7月4日エントリーの「小田原ならわらべ菜魚洞、茅ヶ崎ならあさまる」をご参照下さい)

ところで、多くの方が数多(あまた)ある「市」の中で、なぜ神奈川県の厚木市なのかとお思いでしょうが、これには種明かしがありまして、今年1月の選挙で厚木市長に当選した小林常良氏と高木政夫前橋市長は大学時代からの親友で、よく行き来しているのです。

Img_8706_1 (高木政夫前橋市長は若い頃より政治を志し、市議→県議→市長となったわけですが、小林常良厚木市長も同じように市議→県議→市長になっています。若い頃からお互いに影響しあったようです)

そんな背景が、厚木のよさこいチーム「Funny」さんの来演に繋がったのではないかと思います。

神奈川県厚木市から前橋市までは、高速道を利用して渋滞に巻き込まれなければ、2時間半くらいで来られますが(渋滞に巻き込まれたら、気が遠くなるような時間がかかりますね・・・)、それにしても物見遊山に来たのではなくて、踊って帰らねばならないのですから、大変お疲れ様です。

(前橋市には数少ない厚木関係者(?)として、ワタクシは目をうるうるさせながら応援しておりましたよ)

Img_8730 8月3日から5日まで厚木市では「あつぎ鮎まつり」が開かれるそうですから、「Funny」の皆さんはその準備もしなければ、ですね(左はこども「だんべえ踊り」のお友達)。

力強い踊り、大変楽しませていただきました。運転には気をつけて帰ってね。

それから、せっかくだから「原嶋屋の焼きまんじゅう」、食べて行ってね(画像は07年1月7日エントリーの『年越しそばと年越し焼き饅頭』にあります)。

それから、関越自動車道前橋インターチェンジに入る前には「うっふボーノ」に寄って、シュークリームをお土産に買って行ってね。厚木市の近くにはシュークリームやエクレアで有名な「銀座コージーコーナー」の工場があるけれど、「うっふボーノ」のシュークリーム、なかなかなんです。比べてみてね。(「うっふボーノ」にご関心の向きは、07年6月30日エントリーの「前橋『うっふボーノ』のランチでビール」をご参照下さい)。

ついでにそれから、厚木市の名物に豚肉の味噌漬け「豚漬け(とんづけ)」があるけれど(ホルモンの焼き鳥屋さんも大変多く、その代表格は「酔笑苑」。厚木市民で知らない人はいませんね)、去年前橋の名物料理に豚肉料理が決まって、豚汁の進化系「tonton汁」がその代表的存在になっているので、厚木市でも流行らせてね(ご関心の向きは06年8月24日エントリーの「前橋名物に豚肉料理、決定す」をご参照下さい)。

お願いいろいろですが、よろしくね。                                   

(群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【神奈川県厚木市のよさこいチーム「Funny」が来演した「前橋七夕まつり」をやっている群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 7日 (土)

平成19年「前橋七夕まつり」やってます(花より団子篇)

花見では桜よりも酒を楽しみにする方も少なくありませんが、七夕まつりも七夕飾りの見物だけで終わりと言うのではちょと寂しい。

Img_8499 7月5日に開催され、明日7月8日まで行われる「前橋七夕まつり」に出かける目的も、七夕飾り見物だけではないでしょう。

(ご関心の向きは前回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます(露天商篇)」、前々回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」、07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」、06年7月7日エントリーの「前橋七夕祭りやってます」をご参照下さい)

Img_8409 露天で売られるお好み焼きや焼き鳥焼きそばの類をその場で食べたり、買って帰るのも楽しみの一つです。

むかしからある「はしもとや」や「田毎庵」に寄るのもいいでしょう(ご関心の向きは07年5月7日エントリーの「懐旧の『田毎庵』と『はしもとや』」をご参照下さい)。

Img_8570 「モモヤ」で一休みするのもいいですね(ご関心の向きは07年5月6日エントリーの「『モモヤ』独走す」をご参照下さい)。

クルマで街中に来たのでなければ、のどを鳴らして生ビールを飲みたいものです。

今日は午前中に、七夕まつりが行われている前橋の街中にチャリンコ散歩で出かけたのですが、銀座一丁目通りにある八百屋さんの店頭を見てビックリ。

バナナの荷箱が山と積まれておりました。

Img_8450 はてさて、この八百屋さん、店先でバナナの叩き売りでも始めるんかい、と最初は思いましたが、少し考えて、そうかそうか、バナチョコやってる露天商さんに頼まれたバナナか、と思い至りました。

この伝でいくと、前橋にある製麺屋さんやプロパンガス屋さん、酒問屋さん、「前橋七夕まつり」の期間、結構いい商売になっているかも知れません。

(肉屋さんなんかどうなんでしょう)

(金魚すくいの露天商さんなんか、商品が生き物ですから、仕入れ大変なのではないでしょうか)

Img_8435 かつて神奈川県の厚木市に単身赴任していたことがありましたので、一度だけですが「日本3大七夕まつり」に数えられる「湘南ひらつか七夕まつり」を見にいったことがあります(2004年の「湘南ひらつか七夕まつり」でした)。

そこでもっとも印象に残っているのは、満員電車並の混雑と、350円(だったと思う)で売っていたアンデスメロン。

もちろんアンデスメロンはそのまま売っているわけではなく、頭のほうをカットしてそこに果肉をほじりだすスプーンを突っ込み、ストローも付けて売っているのです。

飛ぶように売れていましたね。

アンデスメロンと格闘する親子連れとアンデスメロンを買おうとする親子連れで、その店の周辺はごった返しておりました。

Img_8508 それを思い出したからではありませんが、国道50号線沿いにあるディスカウント八百屋の「中林青果」に行って買い物をしてしまいました。

(「中林青果」さん、お祭りに関係なくいつも混んでいます)

大玉スイカの4つ切り330円です。「湘南ひらつか七夕まつり」で見たアンデスメロンより安い買い物でした。

でも、ちょっとでか過ぎるので、これにかぶりつきながら七夕まつりを見て歩くわけにも行かず、お持ち帰りです。

Img_8514 その帰り、ついでに「中央通り名店街」の国道50号線口近くにある「魚松」さんで、鮎の塩焼き3匹お買い上げです(強い炭火のせいか、写真の画面のピントが合いません)。

これは食べながら歩くこと、できないわけではないんですが、夕方ビールを飲むときのアテにするため、これもお持ち帰りです。

なんとなく夏だなあ、と思います。           (群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬県の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【今年は雨が少ない「前橋七夕まつり」をやってる群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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平成19年「前橋七夕まつり」やってます(露天商篇)

年を重ねるごとに1年はだんだん短く感じられてきますね。

Img_8495 40歳代は、30歳代より時間が経つのが早いぞとか、50歳代は40歳代より季節の移ろいが早いぞとかよく言われました。

ついこの間お節料理を食べたような気がしますが、もう7月ですから、1年の半分が終わってしまいました。

光陰矢のごとし、です。

小学校一年生の頃の1週間は、土曜日が待ち遠しく、じつに長く感じられたのに、半世紀男になった今、一週間、ほんと短く感じます。

Img_8431 ところで、今日7月7日は七夕。1年に一度、織女(織姫)と牽牛(彦星)が会うことを許された日(夜)です。

※七夕伝説に関しては下記参照
http://www.yumis.net/tanabata/

1年ぶりの逢瀬ということになりますが、織姫、彦星にとって1年は果たして長く感じるのでしょうか、それとも短いのでしょうか。

普通に考えれば、好きあう仲ですから「一日千秋の思い」ということになるわけですが、宇宙空間に暮らす織姫、彦星です。

Img_8442 人間の時間単位である1年なんて、実は、ほんの瞬きくらいの時間感覚かもしれません。

人間で言えば、何のことはない毎日会っている感覚だったりして・・・(星の運行の問題ですから、この考えは当てはまらないようです)。

ま、それはそれとして、前橋市では毎年「前橋七夕まつり」を開催して(今年は7月5日から7月8日まで)、この織姫彦星お二方の1年ぶりのデートを盛り上げるのが慣わしとなっております。

Img_8405_1 (前回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」や07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」、さらには昨年の七夕まつりの写真を掲載した06年7月7日エントリーの「前橋七夕まつりやってます」をご参照下さい)

(前橋だけでなく全国的に行われておりますが、中には月をズラして開催したりします。前橋では律儀に7月7日前後に行います)。

Img_8464 例年この季節、梅雨と重なりますから雨にたたられるのが恒常化しており、織姫彦星が1年ぶりに会えた嬉し涙、と解釈しておりますが、今年はラニーニャ様が太平洋に発生したことの影響でしょうか、空梅雨で、開幕日の7月5日以来雨なしです。

(雨が降るのは嬉し涙ではなく別の要因であると、まったく違った発想の不届きな主張をする方もまれに、とくに飲酒の場において、おりますが、無視します)

Img_8604 (今日午前中、二ツブ三ツブといった雨がぱらつきましたが、午後になって日差しが出てきております)

この織姫彦星お二方の祝祭である「前橋七夕まつり」に花を添えるのが露天商の露天の数々。

小さな頃の思い出が露天で買ったバナチョコやりんご飴、そしてくじ引きや金魚すくいだった人、少なくないのではないでしょうか。

織姫彦星も、露天の間をそぞろ歩くデートがしたいかもしれません。

【露天商の数がすごい「前橋七夕まつり」が行われている前橋市から軽井沢までの直線距離≒26マイル≒42km】

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平成19年「前橋七夕まつり」やってます

Img_8488 07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」で書きましたように、北関東最大の七夕まつり「前橋七夕まつり」が7月5日(木)に開幕しました。

明日、7月8日の日曜日まで開催されます。

(昨年の「前橋七夕まつり」の様子は、06年7月7日エントリーの「前橋七夕まつりやってます」をご参照下さい)

日本三大七夕まつりは、宮城県仙台市、神奈川県平塚市、愛知県一宮市で開催される七夕まつりということになりますが、群馬県前橋市の七夕まつりもそれらに勝るとも劣らない賑わいです。

Img_8493 で、ワタクシもさっそく先ほど街中まで、久しぶりのチャリンコ散歩で出かけて、「前橋七夕まつり」の様子を激写してまいりました。

中心街に到着したのはまだ特別なイベントも行われていない午前10時半だというのに、すでに人の波が押し寄せておりました。

普段閑散としている中心商店街がウソのような賑わいです。

露天商の数も半端ではありません。

Img_8404 商店や会社の七夕飾りに混じって、前橋市内各所の幼稚園・保育園の児童・園児が作った、可愛いお願いの短冊が結び付けられた笹飾りもたくさん並んでいます。

時間が時間だけにお子さん連れのファミリーが多く見物に来ておりました。

浴衣を着た小・中学生くらいの女の子のあどけない笑顔が、あちこちで見られます。

夕方にかけては、二十歳を過ぎたお嬢さんたちが、浴衣姿で大勢お出ましするに違いありません。

Img_8596 今日は、「全国高校野球選手権群馬県大会」の開会式があったり、「群馬県知事選」告示後初の土曜日だったりで、何かとせわしい一日ですが、そんな中、のんびり「前橋七夕まつり」に出かけてみるのも浮世の一興です。

なんてったって、人生において今日の日は今日だけです。

【北関東一の七夕まつりが開催されている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年6月22日 (金)

「BAPE 前橋店」改装中

昨日は飲み会のため、前橋の街中に出撃しましたが、その途中で「BAPE 前橋店」に異変が起きていることに気づきました。

Img_7774 「BAPE 前橋店」外装、内装とも改装してました。

明日は書き入れ時の土曜日なので、もう今日で工事は終わっているかも知れません。

今までは何の装飾も無い白亜のビルで、横を通る人にも「BAPE 前橋店」とはなかなか分かりませんでしたが、「類人猿」のマークがつきましたから、これで裏原宿系のあの「BAPE」であることがはっきりします。

06年10月7日エントリーの「BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち」や06年10月9日エントリーの「極秘ファイル、どうもミスターNIGOは前橋出身らしい」の写真と比べてみてください。

この隣りに、もう1軒、裏原宿系の店でもできれば、かなりインパクトありますね。

そしたら、その隣りに「スターバックス」ではなくて、「エクセルシオールカフェ」に出店してもらいましょう。

そしたらその隣りに「シップス」か「ビームス」か「ユナイテッドアローズ」に出店してもらいますか。

で、そしたらその隣りに・・・。

瞼を閉じると、そんな風景が見えてきます。こんなことを考えるワタクシはいけない子。夢はやっぱ、夜開く・・・ですね。

【軽井沢にもない「BAPE」が奇跡的にある前橋市から軽井沢町までの距離≒27マイル≒43km】

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2007年5月 7日 (月)

懐旧の「田毎庵」と「はしもとや」

社会人になってこの方20年強、日の高いうちに前橋中心商店街に足を踏み入れたことは殆どありませんでした。

日が暮れて、ネオンの海をくらげとなって漂ったことは十本の指では到底足りませんが、例えば休みの日に、街中へ買い物に出かけた、という記憶がありません。

Img_6317 毎度毎度休日が忙しかったのかと言えば、そんなことはなく、家でゴロゴロしていることのほうが多かったように記憶します。

勤務先だって前橋駅前の「けやき並木」にあったのですから、昼休みに中心商店街で昼飯を摂ろうと思えば、摂れたのです。

中心商店街に足が向かない理由は何か、と問われれば、それは極めて単純明快、皆さんとまったく同じ理由です。

敢えて中心商店街へ行く、誘因が見つからないのです。

Img_6242 1980年代に郊外型量販店、専門店の展開が本格化し、平行して中心商店街の空洞化が進みました。もちろん前橋市に限った話ではありません。

この時期は今に至るまで、私の社会人生活と重なります。

「丸井前橋店」の撤退や「前三百貨店」の閉店、「イトーヨーカ堂前橋店」の出店に対する既存商店街の反対闘争等々、いずれもなお記憶に鮮やかです。

1980年から数えるとすでに30年近くの歳月が流れ、その間中心商店街に対し様々な施策がとられてきましたが、賑わいを取り戻したかと言えば、さあいかがでしょうか?

見ての通り、と言わざるを得ません。

(その原因分析については、いずれまた)

Img_6483 昨年10月には、旧群馬町に「イオン高崎ショッピングセンター」がオープンし、今年3月には前橋市に「けやきウォーク前橋」が開業し、いよいよ前橋中心商店街は危急存亡のときを迎えています。

(オリックスは、今年11月までに前橋南部のショッピングセンター構想を打ち上げるのでしょうか?)

ただ中心商店街復活の兆しが感じられ、追い風が吹き始めていることも、事実です。

地方財政の硬直化により行政効率の改善策が急務となっていることからコンパクトシティ構想が注目され、「まちづくり3法」も成立しています。

Img_5877 地価の下落もあって、関東各県の主要都市で、中心市街地におけるマンション建設が盛んになっています。前橋市に限っても、これからなお10本近いマンション等の建設計画があります。

もしかしたら、「旧リヴィン」の、今年12月のオープンがターニングポイントになるかもしれません。すでにこのオープンを見込んで、おしゃれなレストランの進出が始まりました。

改装後の「旧リヴィン」の年間80万人の集客見込みは、レストラン経営にとって魅力です。家賃や地価の底値感も出ています。先手必勝の戦術かもしれません。

最近は、休日の日、天気が良ければ、できるだけ中心商店街へチャリンコ散歩で出かけるようにしています。しかしながら、正直に申し上げると、その動機は、お気に入りの店が見つかったからではなく、「判官贔屓」の心情が大きいと言わざるを得ません。

肩入れ、です。義を見てせざるは勇なきなり、です。

そして高校生活を前橋で過ごした者の、懐旧の情です。ノスタルジーです。高校生の頃の「自分探し」です。                                                

昨年3月まで2年間、神奈川県厚木市に単身赴任していたため、余計に前橋への思いが強くなりました。

すでに齢は、知命。高校生の頃には、本屋だけでも「サカモト書店」があり、「アルプス書房」があり、立ち読みに寄るのは煥乎堂だけではありませんでした。

部活の後に、友達と街中を、よくふらふらしたものです(女子高生の姿を遠く眺めるだけで、満足、でした)。

30年以上、仔細に昼の中心商店街に足を踏み入れたことがなかっただけに、なんだか高校生の私が、過去と現在の時空旅行をしているようで、実に新鮮で、驚きに満ちた旅です。

立て続けにカレーうどんの「田毎庵」と、焼きそばの「はしもとや」に寄ってみました。

高校生の頃、懐具合が暖かいと、このどちらかに寄って、それから「野口の氷」を飲み(昔、カキ氷は飲むものでした)に行くのが、夏の定番コースでした。

「田毎庵」のカレーうどん、驚くほど昔と変わっていません。うなぎの寝床の店内もそのままです。覚えのある人、行ってみて下さい。

【カレーうどんの「田毎庵」と焼きそばの「はしもとや」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年3月11日 (日)

紀伊国屋書店「けやきウォーク前橋店」の影響

3月10日付けの日本経済新聞群馬版の記事によれば、「けやきウォーク前橋」に出店した紀伊国屋書店の初年度年間売上目標は14億円とのこと。

Img_5020 紀伊国屋書店でも、SC(ショッピングセンター)内店舗としては全国でも最大級になるそうです。

毎週、東京新聞群馬版に経済コラム書かせていただいておりますが、昨年(2006年)11月23日掲載の「書店に見る競争のダイナミズム」のタイトルで書いた文章には、同店の売上は、12億73百万円~15億25百万円と試算してみました。

Img_5116 最終的には3,200平方メートルの売場面積になりましたが、当時は1,000坪(3,300平方メートル)の売場面積で進出すると言われましたので、当たらずとも遠からずの試算結果になりました。

3,200平方メートルの売場面積で、もう一度計算してみましょう。

基本となるものは、やや数字が古いですが、他に無いので、2002年の「商業統計調査」における旧前橋市の書籍・雑誌小売状況です。それは以下のようでした。

小売店舗数57店、年間商品販売額77億5,700万円、売場面積1万6,801平方メートルです。

ここに3,200平方メートルの売場面積の本屋さん(紀伊国屋書店)が入ってきます。

Img_5122 条件は、書籍・雑誌売上は年々減少しており、「けやきウォーク前橋」の商圏人口も増加しないということになります。

で、試算その一として、既存の77億5,700万円の売上を仲良く分け合うケースを計算します。

既存売場面積は1万6,801平方メートルに、進出する紀伊国屋書店の売場面積3,200平方メートルを足します。すると合計は2万0,001平方メートルになります。

この数字で年間商品販売額77億5,700万円を割ると1平方メートル当たり約38万8千円になります。これに3,200平方メートルを掛けると、12億4,100万円の数字が得られます。

試算その二はきわめて単純です。年間商品販売額77億5,700万円を既存の売場面積1万6,801平方メートルで割ると、1平方メートル当たり売上高は約46万2千円になります。

この数字に3,200平方メートルを掛けると、14億7,800万円という数字が得られます。

「試算1」で得られた数字12億4,100万円と、「試算2」で得られた14億7,800万円という数字を比較検討し、初年度年間売上目標14億円を引き出したような気がします。

もちろん、業界平均数字や、同じような商圏に立地している紀伊国屋書店の他の店の売上データも参考にして出した数字だと思います。

さて、この14億円と言う数字がどのような影響を与えるかです。

Img_5172 常識的に見て、最大の影響を受けるのは、顧客層が重なる前橋の老舗書店「煥乎堂」でしょう。次に文真堂書店が展開する「ブックマンズアカデミー前橋店」、そして「戸田書店前橋本店」と言うことになると思います。

地理的に近い「文真堂書店天川店」、「文真堂書店新前橋店」、「ファミリーBOOK天川大島店」に対する影響も少なくないものがあると思います。

特に年商30億円強で、経営再建中の病み上がり状態にある「煥乎堂」さんにとっては、「紀伊国屋書店」さんの一挙手一投足が気になって仕方ないものになると思います。

人気作家や人気ミュージシャンを呼んでイベントを企画する力から言えば、「紀伊国屋書店」さんの方に軍配が上がります。

外商に力を入れているようですが、教科書販売の権利を持ち、長年競合がなく「殿様商売」をしてきただけに、ゲリラ的な戦い方にも不慣れなような気がします。

もちろん教育業界や官公庁にディープな「煥乎堂」ファンはいますが、「紀伊国屋書店」のブランド力もまた強烈です。

気になるのは、旧群馬町(現高崎市)にある郊外型店の動向です。

こちらは「イオン高崎ショッピングセンター」内にある「未来書店」と競合しているのではないと思われます。

「煥乎堂」さんの決算月は5月。平成19年5月期は、「けやきウォーク前橋」と「イオン高崎ショッピングセンター」の影響は通期で現れませんが、来年の平成20年5月期はこれがステレートに現れます。

どうなるのか、長年「煥乎堂」になじんだものとしては、気が気でありません。これでもかつては、個人部門の月間書籍購入金額ベストスリーに入って、記念に銅鐸のミニチュアレプリカを同社から貰ったことがあるんですから。

【「けやきウォーク前橋」に出店した紀伊国屋書店と壮絶な戦いが予想される煥乎堂がある前橋市から軽井沢町までの距離≒26マイル≒42km】

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2006年11月14日 (火)

地方中心商店街衰退、もうひとつの捉え方

このブログで「イオン高崎ショッピングセンター」や「けやきウォーク前橋」などショッピングセンター(SC)や前橋中心商店街などについて多く触れてきました。

戦後(「第二次世界大戦後」だよ。「湾岸戦争後」じゃないよ)60年以上が経過して、成長から成熟の時代に入り、個人消費が大きな転換点を迎えていることを痛感するからです。

中心市街地の問題は

①人口減少
②少子高齢化
③モノ消費の成熟化
④所得の伸び悩み
⑤国際化の進展

から重大な局面を迎えているように思います。語弊がありますが、最終段階を迎えつつあるように感じます。

Img_2964 今まで、地方中心商店街の衰退は、消費者サイド(需要者・買い手)の動向から分析するのが常道でした。

しかし、戦後60年の間に販売者サイド(供給者・売り手)にも大きな変化があり、それが中心商店街の衰退にも少なからぬ影響を与えたのではないか、という思いもぬぐえません。

この場合、販売者サイドは小売業者よりも、消費財を生産するメーカーや流通を担う問屋に重点をおいています。

端的に言えば、大量生産、大量消費のためには、旧来の中心商店街にある商店では、これに対応できなかったのではないか、ということです(まだ基調としては大量生産、大量消費、大量廃棄の時代です)。

また、メーカーの流通チャンネル政策に大きな変化がおきたことも、中心商店街の衰退に影響を与えたのではないだろうか、ということです。

Img_2965 とすれば、今迄多くの中心商店街活性化策が全国で施されてきましたが、さしたる成果がなかったのも当然かもしれない、と言うことまで考えてしまいます。

(消費者サイドからの分析で、中心商店街復活策として一番多かったのは、モータリゼーションの進展から駐車場を増やすといった交通アクセス改善策でした。

首都圏に比べたら、すでに十分すぎるくらいの駐車場が中心商店街には用意されていますが、それでも賑わいは取り戻せません。

一方、「前橋まつり」などには駐車場問題に関係なくあふれ返るほどの人出があります。その人手が商品の購入に直結するかは疑問ですが、こういった現象をどう説明すればいいのでしょう?

(ご関心の向きは、7月7日エントリーの「前橋七夕まつりやってます」や10月14日の「前橋まつりやってます」、10月15日の「狂熱の前橋まつり、終わりました」、11月4日の「前橋ちんどん祭り&前橋大酉祭り」をご覧下さい。)

メーカーの流通政策の変化と言う点に関して言えば、身近なところに「BAPE前橋店」という恰好の研究材料(失礼!)があります。

(このあいだ来日したギター弾きのエリック・クラプトンも「BAPEブランド大好き」と言っておりました。ご関心の向きは10月7日エントリーの「BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち」や10月9日の「極秘ファイル どうもミスターNIGOは前橋出身らしい」、10月31日の「NIGO氏の店と前橋中心商店街」をご覧下さい。)

規模の小さな消費財メーカーは、SPA(製造直売)の形態で営業展開するところが多くなりました。

多くの和・洋菓子店が昔からこの形態を選択しています。

和・洋菓子店に限らず、食品メーカーがこの選択をするのは珍しくもなんとも無いですよね。アパレル・アクセサリーのファッション関係も。

中小の消費財メーカーにとって、利益率を重視するならSPAの形態は魅力的です。作っているメーカー以外は、原則としてその商品は扱えませんから、話題になり、ブランド化すれば、大儲けです。

しかし、「BAPE前橋店」の繁盛を見て、高崎で同じ店をやらせてくれといっても、それは無理でしょう。では対抗して、裏原宿系のブランドを扱おうと思っても、メーカーが卸してくれるかどうか疑問です。

つまりSPAで営業展開するメーカーの商品は、扱いたくても扱えない状況があります。

SPA(製造直売)を基本とするメーカーは、むやみやたらと地方商店に商品を卸すことは考えられません。ですから特徴のある商品の品揃えで、郊外型の大型店に対抗しようとしても、限界があったのではないかと考えています。

(裏原宿系ブランドでなく、まったく商品製作の異なるユニクロで対抗しようと思っても、同じような壁にぶち当たるでしょう)

大量生産大量消費の商品を売るのに不向きで、かつ特色ある商品が扱えないとどうなるか。それが現在の地方中心商店街の姿のような気がします。

経済のことですから、需要側、供給側相互作用の結果、中心商店街が衰退していくわけでしょう。もちろん生活者のライフスタイルの変化も絡んできます。

ただ、より供給者側の事情に焦点をあてて中心商店街衰退の原因を探り、その対策を練ることも必要だったのではないでしょうか?

(そんな思いから、8月7日エントリーの「明日は今日の続きだと思う経営者に、「明日」は来ない」、8月28日の「商業施設開発業者の発想が必要かもしれない」の記事を書きました)。   

                                                      

(写真は、上が11月5日日曜日の高崎市大手慈光通り、下が田町交差点。)

【群馬県前橋市から「BAPE」が入っていない軽井沢プリンスショッピングプラザが立地する軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年11月 4日 (土)

前橋ちんどん祭り&前橋大酉祭り

未だかつて、前橋ちんどん祭りを見たことがなかったので、行ってまいりました。

前橋ちんどん祭りの正式名称は「全国アマチュアちんどん競演会in前橋」。今年で4回目になるそうです。9月に高崎で開かれた「フリーマーケットえふえむ屋」にも遠征出演(ご関心の向きは9月18日エントリーの「フリーマーケットえふえむ屋に出撃す」をご覧下さい)していた我が前橋の誇る厩橋CHINDON倶楽部など17チームが参加してのイベントです。

Img_2909 全国的に見てもユニークなイベントだと思いますが、案の定、見物に集まった方々の年齢層は若いとは言えませんでした(出演者には早稲田大学のちんどん愛好会の人なんかもいましたね)。

仕方ないですよね。「ちんどん屋さん」と言っても若い方々にはピンと来ないでしょう。

Img_2911 若い人は、ケータイでお買い物する時代です。ちんどん屋さんが鉦や太鼓で宣伝活動しても、なかなか届かない状況になっております。

昔は、ちんどん屋さんにくっついて行って、迷子になる子がいた、なんてこと話しても、「ふ~ん」で終わりですね、きっと。

しかし、前橋ちんどん祭り開会式会場は賑わっておりました。特にカメラを持った人がわんさか(私もそのひとりでしたが)。

ちんどん屋さん装束に身を固めた人たちが大集合するんですから、そりゃあ写真愛好家の方たちにとっては絶好の被写体。

今日の日を指折り待っていた、といった風情でした。

Img_2930 ビデオ回している人も少なくなかったですね(小生も、早いうち、デジカメムービーでとった映像を、ブログから流したいもんだ、と思っております。その時のブログタイトルは、「群馬Webテレビ」に変更ですね)。

とそんなことを思いながら開会式を見ていると、中心商店街で米穀店を営むH先輩に遭遇。

H先輩、この前橋ちんどん祭りのボランティアスタッフとして忙しく立ち働いておりました。

何のことは無い、H先輩とは数日前、10月14日エントリーの「前橋まつりやってます」の中でも書いた「スナック潤子」でお会いしたばかり。その時も偶然K先輩がいて、学校唱歌を大声で歌いまくる激しい一夜を一緒に過ごしたばかりです。

打って変わって、今日は真面目に奉仕活動に勤(いそ)しんでいらっしゃいました(商売ほったらかしにして、じゃなかった、倅さんに任せて、です)。

Img_2912 と、横を見ると、岩上憲司県会議員。無沙汰の挨拶をして、どうしたの?と聞くと、いや人出が気になったので、公務先に行く途中、ちょっと寄ってみたんです、とのこと。

やっぱり、中心商店街のこと気になるんだ。

昨年5月の前橋地区県議補選で見事当選してから、だいぶそれらしくなりました。

(小生の場合どうしても、まだ「ちゃりんこ部隊長」を想起してしまいます。ごめん。m(__)m)

別れ際にブログに載せとくね、公人だから丸出しで構わないよね、と言ってパチリ。

好青年です。

Img_2923 で、その足で今度は立川町通リのちかくにある熊野神社へ、前橋大酉祭り見物です。

(今日、前橋の街中へ行った人は、一日で2大イベントを見られるゴージャスデーでした。)

酉の市ですね。熊手です。

Img_2916 前橋大酉祭りは、初市祭り、前橋七夕祭り前橋まつりとならんで「前橋四大まつり」のひとつです(私はこの年になって初めて行ったのですが・・・)。

商売繁盛、五穀豊穣。三本足の八咫烏(やたからす)が熊野神社の使いとして祀られております(司馬遼太郎の書き物に、八咫烏に関するものあったよなぁ)。

Img_2914 熊手、縁起物の露天はまだ日が高いため、準備中でしたが、境内では舞を奉納しておりました。その周りでは前橋の物産販売をしておりましたから、狭い境内は人、人、人でごった返しておりました。

物産販売に行列を作る人の中に、今年春までH紙業にいらっしゃったY先輩を発見。先輩も気がついたようで、立ち話。のどかな天気でした。

しかし酉の市が始まれば年末までもうすぐです(一の酉、二の酉、年によっては三の酉まであります。三の酉がある年は火事が多いなんて言いますが、さて今年はどうでしょう。カレンダーで確認してみてください)。

すでに一部では忘年会を終えたところもあるようです(景気いいんですかね・・・)。

Img_2927 百貨店のスズランさんは、クリスマスディスプレイ完了しておりました。      

     

(木枯らしがもうすぐ上州の畑、野、川、山、集落を吹き抜けるよぇ。)

前橋ちんどん祭りのフィナーレは、スズラン横の「光の回廊」で合同演奏の予定です。夜になれば酉の市の屋台も俄然活気を呈すでしょう。

明日は日曜日。夜更かしOKの土曜日に町へ繰り出さない手はありません。すべては出会いから、だそうですよ(私は週末は大人しくしております。(~_~;))。                     

(写真はクリックしてみて下さい。)

【前橋ちんどん祭り&前橋大酉祭りが行われた群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年10月31日 (火)

NIGO氏の店と前橋中心商店街

「経済あらかると」というタイトルで、毎週木曜日東京新聞群馬版に経済コラムを連載していますが、第4回目となる10月26日掲載の記事は「白亜のビルの唐突さ」という題名で裏原宿系のカリスマディレクター&デザイナーであるNIGO氏のBAPE前橋店について書いてみました。

Img_2847 (ご関心の向きは10月7日エントリーの「BUSY WORKSHOP maebashiに行列する人たち」、10月9日エントリーの「極秘ファイル どうもミスターNIGOは前橋出身らしい」の記事をご覧下さい。なお、「BUSY WORKSHOP maebashi」は「BAPE maebashi」に店名変更をしております。)

Img_2785 NIGO氏の店、「BAPE maebashi」は、週末や休日になると、開店時間の午前11時近くには決まって店の前に20~30人の若者の行列ができています。

初めてこの光景に遭遇したときの第一印象は、なんとまあ前橋中心商店街にはミスマッチな光景があったものよ、です。

NIGO氏といえばすでに世界的なデザイナーといってもいい人物。何故その人物の店が前橋にあるかと言えば、それはNIGO氏が前橋市元総社町出身だからでしょう(タレントの牧瀬里穂ちゃんとの仲の方が知られているかなぁ)。

それ以外に理由が考えられません。

(NIGO氏は前橋市出身であるということは明らかにしたくないようです。出身地がバレルと、やはりブランドに悪影響があると考えているのでしょう。謎の人物でなければならないのです。しかし、行列を作っている若者は、NIGO氏が前橋出身だということはみんな知っているようでした。)

Img_2661 NIGO氏の店は前橋中心商店街の銀座通リに面してあります(戸越銀座や砂町銀座じゃないよ。平日の昼間は猫の子があくびしながら道を横切る前橋銀座通リです。)

NIGO氏の店の前には「味噌漬けのたむらや」、キャバレーや居酒屋が入ったソシアルビルの通称「じゃんけんぽんビル」があります。

2~3軒隣には八百屋さんもありますしタバコ屋さんもあります。そういったところに、NIGO氏の瀟洒な白亜のビルが看板もなく建っています。

NIGO氏の店は集客力があります。しかし、NIGO氏の店の賑わいを、中心街復活の起爆剤にしよう、という雰囲気ではないのです。

NIGO氏の店の周りは異空間なのです。

八百屋や魚屋や肉屋と一緒になって、中心商店街をもう一度甦らせよう、盛り立てようという雰囲気はゼロです。

また、行列を作っている若者たちも、そういうウザイことはどうでもいいんじゃない、という感じです(私のヒガミかな~)。

NIGO氏の店で目的のものを買った後、中心商店街の別の店で何か買っていく気配はゼロの人たちです。買い物が終わったら、とっとと帰ろうといった風です。

街の景色にぜんぜん溶け込んでいないのです。違和を感じてしまうのです。なんか中心商店街活性化とは次元が違うよなあ、と考え込んでしまうのです。

すでに7年営業しているそうですが、それが「白亜のビルの唐突感」なのです。

Img_2652 突然具体名を出して恐縮ですが、「トヤマかばん店」さんは、大変な自助努力をして、中央通リの店舗の中でひときわ賑わっています。

しかし、「BAPE maebashi」の賑わいは、それとは異質なのです。

前橋銀座通リが、裏原宿になれば問題は無いんですかねぇ・・・。

(写真はクリックしてみて下さい。)

【NIGO氏の「BAPE maebashi」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年10月15日 (日)

狂熱の前橋まつり、終わりました

始めがあれば、終わりがあるのは仕方ないこと。

今日は、大学のO先輩のお葬式に参列させていただきました。先輩は、享年63歳でありました。少し早い旅立ちとは思いますが、またの生まれ変わりの物語でございます。

今日の前橋まつりの賑わいを、出発式、お見送りの伴奏にさせていただきます。                                                                                                             

野辺の送りの儚き賑わい、涙も流さず。

Img_2387 街中に行く途中、いつもの利根川沿いサイクリングロードから見えた利根橋下で釣り糸をたれる人。この淵の主を狙っているようです。

空にひばり上がり、なべてこの世はこともなし(秋だからひばりはいませんけどね。見上げると、とんびがのどかに舞っておりました)。

Img_2392 戒厳令により封鎖された国道50号線ではなくて、前橋まつりにより車両進入禁止になった国道50号線。ここが国道50号線、西の起点になります。

10月13日にスナック「潤子」にお供させていただいたK先輩によりますと、K先輩ご幼少のみぎり、ここの前をよく進駐軍の戦車が、相馬が原に向かって行進していたそうです。K先輩、幾度か米兵からハーシーのチョコレートを略奪ではなくて、ギブミーしてもらったそうです。

give upした大人たちに替わって、戦後の少国民たちは米国にgive meさせるしたたかさを発揮したんですね(そんなこたぁねぇか)。

関連ありませんが、最近は、give me atomic bombの論調も散見されるようになりました。

Img_2399 人で埋まる中央通リ。久しぶりに押すな押すなの大騒動。

Img_2343 人のやることは分からん、と静観するワン公。哲学的です。   

                                   

                                  

Img_2410_2 おまつり本番に備え、お酒で身を清めている人たち。

Img_2429 出入りに備えるレディース、じゃねえや、だんべえ踊りの出番を待つ美女軍団(秋の花かな。人の好みは様々です)。              

                                  

Img_2415_2 Img_2418 待ちきれず、おッぱじめてしまった人々。しかし、この連はすごかった。とても素人とは思えませんでした。筋金入りのお祭り集団の風情です。                                  

Img_2422_1 神輿に乗るロリータたち。                               

                                           

                                             

Img_2453 神輿に乗るオネエさんたち。                             

                                           

                                             

Img_2459 神輿に乗るオニイさん。                                

                                             

                                            

Img_2403_1 Img_2406_1 T先輩の実家だった麻屋(現ザスパーク前橋)のところで旋回する山車の列。前橋中心商店街の復活に奔走したT先輩もすでに儚くなってしまいました。行く春や鳥啼き魚の目に涙(今は秋ですけどね。知っている俳句が少ないので、やりくり大変です)。   

                                            

                                            

                                   

Img_2436_1 立川町通リに集結した山車の数々。前橋の山車はこれが精一杯。でも、きれいでした。街中に住んでいるO先輩に遭遇。鉦や太鼓の音が聞こえちゃ、ジッとして居られねぇ、とおっしゃっていました。                                       

                                            

Img_2450 だんべえ踊りパフォーマンスコンテスト。腕組してみている後ろの人たちの形相を恐ろしく感じるのは、私だけでしょうか。ガンを飛ばすというのは、まさにこれですよ。                                         

                                             

Img_2478 踊る宗教じゃなくて、念仏踊りじゃなくて、だんべえ踊りの人々。                                                                      こうして狂熱の前橋まつりの夜は更けていきました。賑わえば賑わうほど、人の営みの儚さが感じられて仕方ありません。年こいたんですね。本町2丁目の神輿を担いでいた県庁勤めのS君、神明宮の神輿を担いでいたT銀行勤務のY君(共に高校同期)、本当はぶら下っていたでしょう?                     

                                                      

夏草やつわのものどもが夢のあと                                    

                                                      

(写真はクリックしてみて下さい。)

【O先輩の終末の地になった群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年10月14日 (土)

前橋まつりやってます

今日10月14日と明日10月15日は前橋まつり(群馬県)が開催されています。

年に一度の前橋まつりですから、今回見逃すと来年まで見られません(まあ、当然ですが)。へたをすると、もう永遠に見られないかもしれません。

半世紀男になりますと、そういったことも考えるようになります。

(写真はクリックして見て下さい。)

で、10年ぶりくらいに、前橋まつりに出かけてみました。健康のため、車にも自転車にも乗らず、ひたすら歩いて、利根西(前橋では利根川の西に広がる地域をこう呼びます)から街中に出撃です。

Img_2342 これが、街中に行くとき私が良く使う獣道、じゃなかった利根川沿いサイクリングロード。朝早くは、ジョギングする人、ウォーキングする人が行き交います。

一度、前橋の超人気スポット「潤子」のママがウォーキングするのに遭遇しました。

Img_2361 立川町通リにある開催本部前での前橋まつり開会式。司会の前橋青年会議所理事長の庭野幸造君。通称「コーちゃん」です(マイクの前の人です)。好青年ですよ。見かけたら「コーちゃん」と声を掛けてみてください。きっと不思議そうな顔をしながらも、挨拶を返してくれるはずです(ほんとにやらないでね)。

Img_2363 背中は主催者挨拶をする曽我孝之前橋商工会議所会頭。お顔を写さずすみません。昨日は前橋問屋センターの会議でご一緒させていただきました。

 

Img_2362 高木政夫前橋市長も勿論ご挨拶。一番左の人ですね。このほか松浦幸雄高崎市長や国会議員の皆さん、県会議員の面々がずらり勢ぞろい。来年は統一地方選挙、知事選、参議院選と賑やかですから、皆さん気合が入っています。

Img_2357 豚汁サービスセンター。まだ準備中でした。お手伝いの人たちで味見会をやっていました。開催本部のハス向かいくらいのところにあります。前橋名物に豚肉料理が決まったその一環で、豚汁を大盤振る舞いするそうですから、七味などを片手に行ってみるのも一興かと思います。

(昨日、会議の後に行ったスナック「潤子」ではマツタケごはんと芋煮汁が出ました。大変結構なお味でした。K先輩も私も芋煮汁をお代わりリクエスト。K先輩が芋煮汁に七味を振ろうとすると、あたしの味に味を付けるの?とママから軽いジャブが飛びましたが、K先輩はかまわず大量投与。聞くと、最近の昼ごはんは担々麺か芝麻飯しか食べていないので、赤くない料理を出されると、衝動的に七味を振ってしまう、とのことです。人格高潔のK先輩も、やはり「病気持ち」でした。人間の存在は悲しいものです。)

Img_2352 イオン高崎ショッピングセンターにテナント出店する「金子帽子」の本店。APAの女社長が買いに来たことはないようです。                      

                                             

Img_2355 前橋名産「幸煎餅」の本店。「金子帽子」と同じ立川町通リにあります。前橋のかつての名物と言ったら萩のかりんとう、原嶋屋の焼きまんじゅう、片原饅頭、旅がらす、そして幸い煎餅だったように思うんですが、どうでしょう?いけねぇ、元黒飴を忘れるところでした。

Img_2347 今日もBUSY WORK SHOP maebashiに行列する皆さん。露天、何するものぞの勢いです。勇気を出して、ミスターNIGOは前橋のどのあたりの出身か聞いてみたところ、元総社ですよ、との返答でした。元総社には親戚がおりますので、だんだんミスターNIGOの全貌が明らかになってくるものと思います(ミスターNIGOについては「10月9日の「極秘ファイル どうもミスターNIGOは前橋出身らしい」と10月7日の「BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち」のエントリー記事を御覧いただければと思います」。

Img_2376 Img_2375 露天と街の様子。                        

                                   

                                   

                                   

                                   

Img_2371_1 Img_2368_1

                                    

                                 

Img_2378_1 鮎好きな私にはたまらない風景。7月7日の「前橋七夕祭りやってます」のエントリー記事にも同じところを写しております。

いつもならこれを買って缶ビールを飲むんですが、11日はHAPPY TIME本部の囲炉裏の間で月例の飲み会、12日は先輩と呼びたくなるような切れ者の後輩J新聞のY氏と夜の前橋研究会、昨日13日は前述のように会議の後F先輩にお供してスナック「潤子」に直行。三夜連続のアルコール消毒ですから、ちょっと食指が動きませんでした。

立川町通リを歩いていると、華龍太鼓の頭目、H酒造のI先輩に遭遇。太鼓を聞きに来いと誘われたのですが、疲れ果てて帰心矢の如し。失礼して家路につくと、中央通リで、夜の前橋研究家(大家と言ってもいいかもしれません)T電力のK氏にばったり出くわし、立ち話。時間が時間なら、また飲みに行くところでした。

Img_2345 Img_2377 で、結局なんのパフォーマンスも見ずに、街をぶらぶらうろついただけでご帰還のお粗末ですが、まだ午前中というのになかなか賑わっておりました。

【前橋まつりが行われている群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

                                                                            

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2006年10月 9日 (月)

極秘ファイル どうもミスターNIGOは前橋出身らしい

BUSY WORK SHOP maebashiの話、前の前くらいに書きましたが(BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち)、ミスターNIGOは、どうもウィンディーシティーmaebashi出身と言う話をキャッチしました。

(ミスターNIGOの本名は長尾智明さんだそうです。学校で同級生の方がいたら、何か情報下さい。殆ど私、ミーハー気分。NIGOさんに関しては下記を参照してください。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/A_BATHING_APE
http://netafull.net/talent/005454.html

ミスターNIGOと同じように、裏原宿系の巨人のひとり、アンダーカバーの高橋盾さんは群馬県桐生市出身のようですが、氏はミスターNIGOと年が殆ど同じ、文化服装学院に学んでいたのも同じ。

(高橋盾氏はパリコレに参加してますね。高橋盾氏に関しては下記を参照してください。)
http://www.tsushin.tv/brand/tokyo/uncover.html

ミスターNIGOと高橋盾氏の共通の友人に、高崎市出身で親御さんが慈光院通リ近辺にビルを持っている方がいて、そんなことから高崎に二人して共同で、「NOWHERE」を出店したということです。

その後、ミスターNIGOは、出身地であるウィンディーシティー前橋市の中心商店街「銀座通リ」に、アベイシングエイプのオンリーショップを出すことになったとのこと。

これで、なぁるほどと、合点がいきました。

ウィンディーシティー前橋に縁もゆかりもなかったら、裏原宿のヒーローが、いきなり前橋に店を出そうなんて思いつかないよね。

Img_2215 しかしこの店、看板も無ければ、表に向かって店名をデカデカ書いてあるわけではないので、ここがBUSY WORK SHOP maebashiであるということを知らなければ、素通りしてしまいますよ。

それに、ちょっと冷やかしに寄って行こう、という雰囲気ではないですよね。

何か買わなければ、許してもらえない感じです。そんなことしたら、2度と入れない気がしません?

昔、「客を選別する店」というコンセプトが流行ったことがありましたが、なんかそのタイプですよね。

Img_2216_1  しかしこの店に、シャネルかなんかで身を固めたオバさんが犬つれて入って行き、何も買わずに出てくるシーン、見てみたいなあ。犬が困った顔して出てくるんです。

【BUSY WORK SHOP maebashiがある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年10月 7日 (土)

私の前橋センチメンタルな旅-勝手に言い散らし白昼編-

※写真はクリックしながら見て下さい。コメントは実に恣意的ですので、聞き流してください。

Img_2183 こんなのなかった。群馬県庁庁舎(正確には、立て替えられてこのビルではなかった、です。高崎市に群馬県庁があったころのことは知りませんね、さすがに)。現在との比較対象年代は、私が紅顔(厚顔じゃあないよ)の美少年だった30年ちょっと前、つまり昭和40年代末(1970年代始め)の頃になります。

                                             

第一次オイルショックが起き、戦後の高度経済成長が曲がり角を迎えた時期です。団塊ジュニアが生まれた頃(団塊ジュニアのベビーブームは1971~1974年)です。

高校生でしたね。今せがれが高校生で、今昔の感を強くしますので、過去の前橋と比較した「センチメンタルな旅」になってしまいます。

                         

ファーストフードやコンビニが日本に誕生した頃です。初めてケンタッキーフライドチキンを食べたのは高校2年生の夏休み。F君、Y君と北海道貧乏ヒッチハイク旅行の計画を練っているときだったように記憶します。当時「カニ族」という言葉が流行っておりました。「ディスカバージャパン」です。                      

                                                                                                               

Img_2187 これ、グリーンドーム前橋もなかったなあ、私が17歳で赤のベルボトムのジーパンはいてる頃は(1973年の頃でした)。当時、よりファッションに敏感な少年は、スリムのジーパンはいてました。ところで、競輪の入場料はタダになったはず。プロの走りを近くで見るのもいいですよ。迫力違うもんね。おみくじのつもりで車券買ってみては?私一度見たことあります。                               

                                              

今はジーパン、違ったジーンズ、いやまた違ったデニムですね、デニムにダメージ与えてはいていますが、当時はブリーチ(漂白)するのが流行っておりました(ベルボトム、復活の兆しがあるとか?)。                          

Img_2157 上毛電鉄中央前橋駅。もちろん昔からあったけど、随分オシャレになったね。前橋で一番好きな風景ですね。昔では無くて、今。なんとなく郷愁を感じます。

前橋をパリに例えれば、上電中央前橋駅は、北駅ですね(そうとう無理があるなあ)。パリの北駅、と言っただけで物語を感じません?                                            

Img_2163 スケルトン?無理しちゃってます。昔の駅舎の記憶がありません。何故なら、恥かしながら半世紀の生涯で、上毛電鉄に乗ったのは、4年前に1度だけですから。

                                  

Img_2165 無理ついでにこれかよ。今日はチャリンコの旅なので、駅長帽子を買うお金の持ち合わせがありません。金線2本は全鉄道マン(現業部門)の憧れのはず。このショーケースを写していたら、女性の駅員の方が笑ってました。「売れてます?」と声を掛ければよかった。意外にバカ売れしてたりして、コスチュームプレイ用に(まさかね・・・。でも経営不振の日本航空さんは上電さんの商魂に見習うべきですね。女性客室乗務員の制服なんか、まさに飛ぶように売れますよ、きっと。日経一面に、日航、制服効果で業績急回復、なんてね)。

                                            

    

Img_2171 最近の、前橋のオヤジ連中は一次会に韓国料理に行くことが多いような気がします。韓国料理屋さん、ものすごい数の増え方ですね。上電中央前橋駅から遠くない「故郷」はおいしい。けど、最近行ってないなあ(お誘いしているように聞こえます?)。                                   

                                             

                                   

Img_2170 その近くでビル壊してました。新しい店ができるのでしょうね。すでに次に何ができるか知ってる人は、早く教えてね。

前橋で焼肉と言えば、昔は南大門。豚足も旨かった。煙もうもうで、20年位前はエプロンしながら食ったけど、その後、すぐ近くのソウル飯店の牛タンがおいしかったので、そっちに行くこと、少なからずありました。ごめん。

今から40年前、まだ小学生の頃、初めて南大門に連れて行かれてから、私は焼肉の味にめばえてしまいました。罪な店だった(今ではすっかり高尿酸値)。

しかし、最近食ってないなあ。おしゃれな店に変身してから、一度も行ってないような気がする。

Img_2173 二、三次会が終わったあとは、八ちゃんラーメン。夜しか営業してません。ニューウェーブでいい店沢山出来たけど、前橋でラーメンと言えば、私は利根西地区の北海道料理「東苑」の味噌ラーメンか、街中繁華街の八ちゃんラーメンですね。                                 

Img_2174 ラーメンがきつい人は「後楽」の蕎麦がおすすめです。

胃が弱っているときでも「後楽」の蕎麦を食べると、人間に生まれてよかった、と思うことでしょう。八ちゃんラーメンと同じで夜しか営業してません。6月25日エントリー記事「どちらかと言えば蕎麦」で名前が思い出せなかった店です。     

では、ここで一休みして、次回へ。

Img_2176 ネオン瞬きし嬌声の飛び交う街も一夜明ければ、

「白粉が、はげたようなる朝の顔」

でも、それを言っちゃあ、おしまいよ。

Img_2175 看板が左に見える「磐梯」は、この季節、ぷりぷりの白子が入荷していれば、それを塩で焼いてもらうといいですよ。                                     

【トニーローマとつばめグリルが前橋に来ることを疑わないミスターYH(ユースホステルじゃないよ)が住む群馬県前橋市利根西地区から、軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】     

                                            

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BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち

正直に申し上げます。私は今日の今日まで、BUSY WORK SHOPのお店が、群馬県の前橋中心商店街にあるなんて知りませんでした(これからは、前橋中心商店街と書かず、maebashi中心商店街という書き方にしようかな、などと思っております)。

Img_2177_1 正直に申し上げます。何でBUSY WORK SHOP がmaebashiにあるの?

もうぜんぜん分かりません(頭の上に?マーク3つです)。

Img_2178 裏原系ブランドのチャンピオン、アベイジングエイプが、何故maebashi cityに、しーか~もッ!中心商店街に???                     

                      

    アベイジングエイプのサイトは下記を見てください。
http://www.bape.com/

正直に申し上げます。BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たちを見ていて、私は夢を見ているのではないかと思いました。

うちの若いもん(と言っても倅ですが)に聞いてみたら、あれッ?知らなかったの?と軽くいなされてしまいました。

Img_2179 本人だって、高校一年生になった去年、APEの店がmaebashiにあるらしいということを知ったばかりだとのこと。そして、どこにあった?と私に聞き返す始末です。

APEは高いし、オレの趣味じゃないから行ったことないんだってさ。        

                                                      

        

こしゃくなガキに育ったもんです。

アベイジングエイプのデザイナーNIGO氏の名前の由来である「藤原ヒロシ2号」の、本家1号の藤原ヒロシさんがプロデュースするPORTERのバッグなら、軽井沢のアウトレットで買って持っているんだってさ。

オイオイ、ちょっと!ちょっと!ちょっと!

自慢じゃないけど、お前の親父のオレはイトーヨーカ堂のバッグじゃん?どういうこと?と口には出さず、

「みそ漬けのたむらやの前だよ!」とだけ答えておきました。

神奈川県厚木市に2年間単身赴任していたから、知らなかったのも無理はない、と自己弁明している自分に気が付きました(厚木にもBUSY WORK SHOPはありませんでした)。

「バカの壁イフェクト」で、そんな店がmaebashi中心商店街に出ているわけがないと思い込んでいたので、4月にmaebashiに帰ってきてから、何べんかその前を通っているにもかかわらず、素通りしておりました。

今日たまたま、静かなそして秩序だった行列に遭遇して、その存在を初めて知ったのです。

BUSY WORKSHOPがあるということは、その点だけをとれば、maebashiもNew YorkやLos Angelesと同じであると言うことです(大ゲサな)。

栃木、茨城に対しては、完全勝利です(NIGOさんお願いだから、宇都宮だの土浦だのにBUSY WORK SHOP出さないでね)。

もう私個人としては、BUSY WORKSHOP maebashiがある通リは、今日から、「猿の惑星通り」と呼ぶことにしました。

ついでにAPEの理髪店や喫茶店も出してください。

やがてこの勢いでいけば、シップスもビームスもユナイテッドアローズもmaebashiに出てくるぞ~ッ(と思いたい)。

しかしまあ、私としてはファッションよりも食い気優先ですから、飲食の関係の店を期待します(この年で着られるとすれば、APE(類人猿)のTシャツくらいだろうけれど、1万円もするTシャツ、買ってくれねぇだろうなあ)。

せっかく前橋名物に豚肉料理が決まったのだから、「トニーローマ」と「つばめグリル」、誰か呼んで来いよ~ッ!

2008年に開催される「全国都市緑化ぐんまフェア」のときだけの、期間限定でもいいからさ~ッ。

都合のいい言い分で恐縮ですが、グンマナショナリスト少年ジェットの私としては、けやきウォーク前橋イオン高崎ショッピングセンターも頑張って、みんなに大いに魅力のある場を提供していただければと思っております。←こういうもの言いは、結局誰からも相手にされなくなるんだよね・・・。

                                                    

Img_2096_1 (左の写真は、チャリンコで前橋の街中に行く途中遭遇した事故現場。幸い、奇跡的にけが人無しのようでした。)                         

【BUSY WORK SHOP maebashiがある群馬県前橋市から軽井沢町までの距離≒26マイル≒42km】

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2006年9月 1日 (金)

前橋中央通リ大千円市・群馬大物産市が始まった

(※写真はクリックしてみて下さい)

8月28日のエントリー記事「商業施設開発業者の発想が必要かもしれない」を書いた翌日の8月29日、日本経済新聞の群馬版に「前橋中心部の活性化 商店街・スズランが協力 来月、初の大規模イベント」とタイトルをうった新聞記事が載りました。

Img_1161 前橋中央通り約50商店のうち半数とスズラン百貨店のコラボレーションで千円均一特別セールを行い、同時に中央通リのアーケードに約20の企業・団体が出店する「群馬の大物産市」を9月1日(金)~9月3日(日)に開催するというものです。これにあわせて路上ミュージカルなど盛りだくさんなイベントも行われるとも書いてありました。

やはりそうこなくちゃ、というのが第一の感想です。「商業施設開発業者の発想が必要かもしれない」で訴えたかったことに近い試みだと思ったのです。

Img_1167 何故今までやれなかったのだろう、が第二の感想です。是非行って見なければ、が第三の感想です。

商業施設開発業者(デベロッパー)なら、支配するショッピングモールの店舗配置、イベント、各店売上動向把握、経営指導を当然のように行いますが、旧来の中心商店街ではそうした司令塔がなかったのです。

Img_1157_1 個人商店主はそれぞれ一国一城の主ですから、それぞれに考え方があります。それがややもすると災いして、中心商店街がひとつのショッピングモールとし機能せず、統一感に欠け、今の時代においては消費者にとって魅力の乏しい存在にしか映らなかったのです。

スズラン百貨店さんは多くのテナントを入れ、言ってみればデベロッパーでしたから、自店で様々な企画も運営も出来ました。売上の悪いテナントには出てもらうことも可能だったでしょう。ですから前橋の中心商店街が衰退する中にあっても、スズラン百貨店さんは超然としていられたのです。

しかし今秋開業する「イオン高崎ショッピングセンター」(店舗面積4万4370㎡)、来年オープンする「けやきウォーク前橋」(同3万4495㎡)は核テナントがスーパー(GMS)といっても入居するテナント数が半端ではなく、モロに正面から競合するショッピングモールだとスズラン百貨店さんは判断したのではないでしょうか。

とくに「けやきウォーク前橋」は、核店舗は普通のスーパーよりややグレードの高い「アピタ」の業態で出てくるでしょうから、スズラン百貨店さんは危機感を強くしたのだと思います。

自店だけでの生き残り策では限界があると判断し、地元商店街との協力に踏み出したのではないでしょうか。

Img_1144 で、何はともあれ、今日お昼に行ってみました。「尾瀬ドーフ」が群馬の大物産市にでるというので、この豆腐狙いです(左の写真参照)。

写真を見ていただければ分かるように(8月28日のエントリー「商業施設開発業者の発想が必要かもしれない」の街中を写した写真と比べてください)、生憎の雨降りにもかかわらず、平日の昼間としては、今までにない人出だと思います。

これでマスコミが取り上げてくれたら、土曜・日曜はかなりの人出になるのではないでしょうか?(もちろん中央通リの各店舗はそのホームページなりブログなりでお知らせし、誘客しているとは思いますが・・・)。

問題は、こういった売り出しを毎週できるかどうかでしょう。それも出店をさらに増やし、時には入れ替えて、斬新さを常に打ち出さなければなりません。少なくとも隔週で実施していかなければ、波及効果は期待できないでしょう(あくまでも毎週が理想です)。

Img_1152 残念に思うのは、今まで商店街独自でこういった売り出し企画を何故行わなかったのかということです。誤解を恐れずに言えば、中心商店街の人たちは商売に新企画を打ち出すより、駐車場がない、どんどん郊外に大型店が出てしまうといった「被害者意識」が先行していたのではないでしょうか?

素人が何を言う、と叱られそうですが、魅力ある商材を絶えず発掘し、適切な価格で、思わず入りたくなるようなディスプレイの店舗に並べ、消費者にそのことを周知宣伝するという努力を続けてきたでしょうか?

(今の主婦はパートに出て小売業に関わる方も多く、純粋素人ではなくなっています。)

私の僻目かもしれませんが、今日の人出もアーケードの通りに出ている「群馬の大物産市」の出店(でみせ)ワゴンに人だかりはできても、既存の中央通リの店舗に入っているお客さんは、今までと余り変わりがなかったような気がします。

Img_1141 (「八百駒」さんのフルーツ3点1000円は、思わず買ってしまいました。写真左)

生意気を言わせていただければ、この品揃えで人を呼べるだろうか、と思わず首を傾げたくなるような店もないではありません。

また「群馬の大物産市」の企画ですから仕方ありませんが、海産物を扱う出店が2軒ほどあってもいいような気もします。

神奈川県小田原市にある干物の「山安」の「キズパック」(生産工程で出たハネもの)を格安で売るような店があればとも思いました。マグロのたたき売りも期待したいところです。

また「とんとん広場」さんだけでなく、渋川市の「グローバルピッグファーム」の豚肉や太田市の「腸詰屋」のハムソーセージ、高崎市新町の「フクヤのハッスル生餃子」の出店(でみせ)があればさらに面白いかもしれません(スズラン百貨店のデパ地下売上にひびくかもしれませんが・・・)。

一度始めたら続けることです。単なる打ち上げ花火で終わったら、さらに消費者はがっかりします。

司令塔をつくり、そこで知恵を出し合って、消費者にアピールし続けることです。まずは雨でも大丈夫なアーケードがある前橋中央通リに集中的に人を呼びこむよう企画を練ることです。

どこぞの大学ラグビー部ではありませんが「一点突破、全面展開」です。

(初市は仕方ありませんが、前橋七夕祭りや10月の前橋まつりでは、露天商よりも、既存店舗の出店(でみせ)を優先させることもひつようでしょう、トラブルも予想されますが。神奈川県平塚市の「湘南平塚七夕祭り」ではそのようにしています。)

Img_1155 大道芸人を呼んだり、「群馬の大物産市」にこだわらず、今話題の「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」の男前豆腐店さん(京都府)に「ふんどし祭り」出店をしてもらうことも検討したらどんなものでしょう。

中心商店街に行かなければ手に入らないもの、手に入らない価格でイオン高崎ショッピングセンターなどの郊外型ショッピングセンターに対抗していくしかないでしょう。

Img_1269 それには、超弩級戦艦大和から打ち出される46サンチ砲をあびても木っぱ微塵にならず、次々に戦略戦術を繰り出す司令塔を作り上げることです。

(上の写真は「モモヤ」の陳列ケース。写真の右上に前橋の新名物の案内が書いてあります。)

【千円市・物産市が開かれている前橋市中央通リから軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

 

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2006年8月28日 (月)

商業施設開発業者の発想が必要かもしれない

今年の5月第3日曜日(5月21日)に実施された前橋市の中心商店街通行量調査によると、歩行者と二輪車を合わせた日中(午前10時から午後6時)の通行量は、2年前に比べ864人増加し4万1919人になり、1994年の16万0624人から続いていた減少に歯止めが掛かったとのことです。

Img_1082 最も通行量が多かったのが銀座通りのロッテリア前で4516人。2004年の前回調査で1位の銀座通リマルエ酒店前は2747人減って3890人だったそうです。

減少に歯止めがかかったことは慶賀にたえませんが、観測地点は28ヶ所あるそうなので、1ヶ所平均1497.1人の通行量で、増加したのは1カ所平均30.9人です。時間当たりの通行量は187.1人ということになります。

コンビニエンスストアのセブンーイレブンの1日当たり平均来店客数が986人ですから、観測地点となった28ヶ所の中には、この数字を下回ったところもあったかもしれません。もっともセブンーイレブンの方は24時間営業ですから、同断に比較はできませんが。

(カインズスーパーセンター前橋吉岡店は週末1万人以上の買い物客があるといわれます。また今年秋オープン予定のイオン高崎ショッピングセンターの週末買い物客予想は平日で2万人のようです。来年4月開業見込みの、けやきウォーク前橋の人出も万単位でしょう)

前橋市に限らず中心商店街の落ち込みが言われるようになってすでに何年も経過しています。その間殆どの商店街が復活の決定打がないまま今日に至っています。中にはシャッター通リと化した商店街も出てきています。

モータリゼーション(群馬では一人1台へ向けてのモータリゼーションでした)の普及を背景として、1980年代に本格化した郊外への出店は、大店法が大点立地法に切り替わった2000年以後には複数の店舗が集合するショッピングセンターの相次ぐ進出となり、これに比例して中心商店街の衰退に拍車がかかりました。

行政を絡めて、中心商店街復活への努力は今日も続いていますが、人出を取り戻した中心商店街は全国でも少数でしょう。

前橋市の場合、中心商店街の低迷の原因として、駐車場が少ないといったアクセスの悪さなどが指摘されていましたが、こういった問題はすでに解消されているように思います。しかし中心商店街に昔のような客足が戻ったかといえば、道のり遥かの状況です。

Img_1084 駐車場が少なかったころから、初市や前橋七夕祭り、前橋祭りといったイベント時には、中心商店街にもたくさんの人出あります。

このギャップは一体何かを探求することが、中心商店街再生の早道と言えないでしょうか?

身もふたもない言い方をすれば、いまどき中心商店街に行かなくても用が足りるのです。やっぱり中心商店街のあの店でなければ、と思わせる店が少ないのです。

1970年代までは中心商店街に行かなければ欲しいものが手に入らなかったので、多くの人が中心商店街に行ったのです。

1980年代になって郊外型のスーパーや専門店が徐々に増えるに従い、中心商店街に行かなくても手に入るものが増えてきます。

中心商店街低迷の本質はそこにあることを明確にしなければ、どんな方策を弄しようと限界が出てきてしまいます。

各種のイベントを中心商店街で開催することは、私も賛成ですし、大変結構なことだと思います。しかしイベントはカンフル注射の役割しか果たしません。イベントを行わなくなったら人出は途切れます。

前橋市の中心地にマンションが建設され、街中人口の増加が期待されますが、街中人口が増えれば、中心商店街の売上が増えると単純に考えることが出来るでしょうか?

最寄品である食料品、日用品などでは確かに効果が出るでしょうが、ファッションなどの買回り品はそうはいかないのではないでしょうか?

中心地市街地のマンションを購入できる人たちは、比較的所得が高いものと考えられます。高所得者の買い物行動は半径が広いと言われています(前橋市中心商店街に唯一残ったデパートであるスズラン百貨店さんには大いなるプラス要因でしょうが)。

中心商店街を活性化させるといった場合、重要なポイントがあると思います。それは、従来から中心商店街で商売をやっている人が儲かることを第一のプライオリティ(優先順位)するのか、それとも中心商店街に買い物客を取り戻すことを第一のプライオリティにするのか、です。

もちろんこれを両立させることが最善であることは承知しています。しかしこの問題が明確になっていないため、中心商店街の再生策が中途半端になってしまう原因でもあるような気がしてなりません。

ひたすら中心商店街に買い物客を取り戻すことを第一にするなら、もっとも手っ取り早い方法は、中心商店街をひとつのショッピングセンターとして考え、ひとつの運営方針のもと、集客力のある店舗を揃え、各店舗がその方針に従うことです。

極端な言い方をすれば、例えば、中心商店街が「前橋プレミアムアウトレット」になってしまうことです。

あるいは東京など都市圏で人気の店を商店街テナントとしてどんどん誘致することです。

家具の「francfranc」、雑貨の「Afternoon Tea」、自然派コスメの「Lush」、雑貨・家具などの「良品計画」アイスクリームの「コールド・ストーン・クリーマリー」などの人気店を100店舗以上揃えるのです(もちろんこういった有名店だけでなくてもいいのですが)。

前橋名物に豚肉料理が決定したそうですから、池袋東口で上州豚を使って人気店となっている豚肉料理専門店の「とんちゃらり」も候補になるでしょう(個人的にはスペアリブ料理で有名な「トニー・ローマ」も呼んで欲しいものです)。

デベロッパー型の運営ですから、集客力の弱い(売上の上がらない)店舗は退店させられる可能性も出てきます。

以上の意見が暴論であるのは分かっています。今後も行政は人の集まる施設を中心商店街に作る努力は続けていくでしょうし、そうするべきだと思います。

しかし、中心商店街の本当の復活のポイントは、魅力のある店舗の集積をどう作るか、それが最大のテーマだということを忘れてはならないように思います。

(中心商店街からの情報発信が少なすぎます。「KURACHIKA」に行かなくても吉田カバン(吉の上は「土」です)の品物が前橋中央通リの店で手に入ります。年4回ぐらい商店街全体の売り出し広告を折込み配布したらどうでしょう?私が見そびれたのかもしれませんが、中心商店街が共同でやる売り出しの折込広告を見たことがありません。)

(写真は平成18年8月27日午後1時半の前橋中心街、中央通リ。近くの千代田町中央駐車場では第2回になる「前橋ストリートフェスティバル」が行われていました。2枚目の写真です。丁度出し物がお休み中でした。)                                    

(「イオン高崎ショッピングセンター」や「けやきウォーク前橋」との違いをどう出すか、真価が問われています。)

【中心商店街振興策に取り組む前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年8月 7日 (月)

明日は今日の続きだと思う経営者に、「明日」は来ない

今日の読売新聞見ました?トップ記事の「田中氏3選ならず」ではなくて、キャンペーンものの「豊かさ再発見 第5部 変わる地域社会4」の方です(話し違うけど、康夫ちゃん良かったよね。これでこれから、文化芸人前知事で稼ぎまくれるもの。いかん!またいらんこと言ってしまった)。

前橋市のことが3行、字数にして48文字でておりました。中心商店街のことに関する記事の中です。

「だが、活力を取り戻せる商店街は少ない」に続いて、「前橋市では、中心商店街の2004年の歩行者数が1日5964人となり、30年前の7分の1に落ち込んだ」と書いてあります。それで、さらに前橋市街地に言及するのかと思ったら、これで終わり。あとはなし、です。

県庁所在地の中心商店街1日当たり歩行者数としては全国でも最小の街として、前橋の取り上げたのですかねぇ?訳分かんらんです、この書き方は(ただ、記事トータルではなかなか面白いですよ、しかしそれにしても5964人か・・・。コンビニのセブンイレブンの1店舗あたり1日平均来店客数は986人だから6店舗分くらいだよ)。

でも良く分かるのは、前橋市の中心商店街の衰退振り。

20年くらい前、イトーヨーカドー前橋店がJR両毛線前橋駅前に出店するとき、出店反対の中心商店街経営者の過激派は、ハンガーストライキまでやりました(マックの出店に反対してハンバーガーストライキしたのではないですよ)。

それを見た私は、ハンガーストライキをするヒマがあったら仕入れ努力をしろ!と言って総反撃、十字砲火をくらいました。

「いいやいね、あんたにとって、イトーヨーカドーの出店なんて関係ないもんね」とよく言われました。

まあ、関係なかったです。しかしながら、ハンガーストライキをすれば、中心商店街が生き残れるなんていう素朴な発想も持っておりませんでした。仕入れ努力をしろ、品揃えを考えろ、それしか対抗策はない、と思っておりました。

ついこの間の日本経済新聞「回転いす」欄で、ファッションセンターしまむらの藤原秀次郎会長がおしゃっていたことが忘れられません。「中心商店街で魅力ある店舗を作ることは無理です。確保できる売り場面積に限界があるので、マーチャンダイジングが出来ません」といった趣旨の発言です。

だよな、と思わず深く納得してしまいました。

地方の場合、商業地で地価が高いのは依然中心商店街です。加えて地権者の関係が複雑です。そんなところで大規模店を出す場合、利害の調整と交渉だけで時間がどんどん過ぎてしまいます(いまどきハンガーストライキをして反対する人はいないでしょうが)。

それならば、農地転用の申請をして、田んぼの中に出店したほうが、話は早いでしょう。まして、クルマが普及している地方のことであれば。

では、簡単に売り場面積を拡大できない中心商店街の商店主はどうすればいいのでしょうか?

放火事件のあとの「ドンキホーテ」がどう変わったか行ってないので分かりませんが、初めて「ドンキホーテ」に行ったときは、あの商品陳列法に唖然としました。よくまあこれで消防署のイジメにあわないものだ(失礼!)というのが、第一の感想です。でも、これはこれで、お客を圧倒するだろう、こういった方法もあるのだな、と思いました。

しかし、今、中心商店街の店主は「ドンキホーテ」の真似をしなくてもいい時代になりました。サイバー世界の売り場があります。そしてサイバー世界の売り場は無限です。「消化仕入れ」の契約さえ仕入先と結べれば、扱える商品も無限です。

この手法で素人が「アフィリエイト」商売をする時代です。プロなら1日24時間365日時間が使えるのですから、もっと上手に商売が出来るでしょう。

このサイバー売り場を活用しない手はないと思います(流行の言葉で言えば、ロングテールの手法ですかね)。

この春、前橋中央通り商店街振興組合さんが「中央通りの宝もの」という、組合員のお店を紹介するオシャレで、大変素敵な冊子を作りました。この類の冊子では、出色のでき、といってもいいものです。

ただ、不思議なのはひとつとしてホームページ或いはブログのURLを記載している店がないのです。意図的に避けたのでしょうか?画龍点睛を欠く結果になっています。

それとも、前橋中央通リ商店街振興組合加盟のお店は、この時代に、ひとつとしてホームページもブログもやっていないということでしょうか?

売り場面積が確保できれば、長年小売業をやってる信用をさらに生かせます。あのセブンイレブンさえメールマガジンを出している時代です。中心商店街がサイバー世界を利用していないとすれば、「烏滸の沙汰」です(またいらんことを言ってしまった!再び十字砲火を浴びるでしょう)。

私が好きな食品スーパーに高崎市の「スーパーTOMY」さんがあります。この店には「店の主張」があります(値段はちょっと高いですが)。それでも(あるいはそれだからこそ)ホームページを作って、情報を発信し続けています。

普通食品スーパーというと、季節がない工夫がないサービスがないの「3無い」です。しかし「スーパーTOMY」さんにはこの3つがあるのです。絶えず仕入れ努力をして、革新しています。それをホームページでも訴えかけています。

例えば、今でこそ群馬の食品スーパーで、豆腐の「三之助」を扱う店は少なくありませんが、多分「スーパーTOMY」さんが群馬で一番初めに「三之助」を売り始めたのだと思います(群馬産だと話題の「べーべ工房」のモッツァレラチーズも「下仁田納豆」も置いてあります)。

大型郊外店の出店が続いていた頃、ある伊勢崎市の商店街の会長さんが言っていました。「大手スーパーは、大卒の生きのいいのが、夜の9時10時まで、明日の売上をどう作るか作戦を練っている。その一方、町場の商店主は6時に店を閉めて、飲みに行っちゃう。勝てっこねえょ」。

まさか、今はそんなことはないでしょうが、昔はそうだったのです。明日は今日の続きだと思っている経営者に、明日

が来ることはないでしょう(いよいよ十字砲火だな・・・)。

【スーパーTOMYがある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

Img_0793_3 スーパーTOMYで売ってる米国産ブルーベリーのシロップ漬け698円(税込み400g)軽井沢町のS屋もいいけど、それより安くて、味も負けません。Img_0801_2

下仁田納豆さん。TOMYで買えます。

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