世界遺産の暫定リストに登載された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の中核施設である「富岡製糸場」は、平成17年10月1日に前所有者の片倉工業(株)から富岡市へ管理が移管されて以降、この7月で来場者が20万人を突破したそうです(約21ヶ月間の記録)。
ざっと言って、月1万人の入場者ということになるでしょうか。
年間およそ800万人の観光客を集める軽井沢がすぐ近くにありますから、PRの仕方次第ではさらに多くの入場者を集めることができるでしょう。
「富岡製糸場」の魅力もさりながら、ワタクシが感激してしまったのは、「富岡製糸場」の東から北にかけた一帯に広がる、同工場のかつての繁栄を偲ばせるに十分な料飲食店の密集地帯です。
実にレトロです。
(この街区の風景写真は07年10月3日エントリーの『「旧官営富岡製糸工場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた』にあります。ご関心の向きは、アンダーライン部分をクリックすると飛びます)
つまり、狭い道を挟んで、大衆食堂、割烹、寿司屋、料亭、居酒屋などがひしめき合っています。夕暮れにその街角に立って耳を澄ませば、客と店主のやり取り、酔っ払いの怒鳴り声や嬌声、店から漏れる流行歌など当時の喧騒が今でも聞こえてきそうです。
その規模、その密集度は前橋、高崎にも無い風景です(「富岡製糸場」ばかりでなく、かつては、富岡市周辺農家も、養蚕やこんにゃくでたんまり現金収入を得ていたのだと思います)。
すでに富岡製糸場の煙突から煙が立ち昇ることは無くなり、多くの料飲食店は店を閉め、残った店もかつての賑わいには程遠い商いのようです。
しかし、街全体がかもし出す風情がなんとも魅力的です。
特にワタクシのように昭和30年代始めに生まれた人間にとっては猥雑なかつての懐かしい風景です。
この街の一角に立つと、なんだかタイムスリップしてしまったような不思議な感じです。
ところで、初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、ワタクシがこの風景に出会えたのには秘密があります。
駐車場がフリンジ(外縁部)方式の配置になっていたからです。
工場を取り囲むように小売店や料飲食店が建て込んでいるため、「富岡製糸場」の入り口近くに、駐車場スペースを確保できなかったようです。
「富岡製糸場」はクルマから降りたらすぐ工場見学、という訳にはいかないのです。
製糸工場から離れた外縁部(フリンジ)に駐車場があるため、中核施設である「富岡製糸場」を見学するには、かつて繁栄を誇った前述の料飲食街や商店街をぶらぶら歩かざるを得ない仕組みになっています。
これが幸いして、ワタクシの場合、魅力的な街並みに出くわすことができたわけですが、目的となる観光資源の周辺に駐車場を設置し、観光客に回遊を促す駐車場の配置方法を「フリンジ(外縁部)駐車場方式」と言います。
「富岡製糸場」は、過去の商店街の広がり方から、結果的にフリンジ駐車場方式になっているのです(「富岡製糸場」内に駐車場を作らなかったのは英断だったと思います)。
クルマを降りた観光客は市街地を歩くことになります。そうすると当然通りに面した店などを覗き込むでしょう。
適当な土産物でもあれば、早速買うかもしれません。
お腹が空いた人は、開いている食堂に寄る可能性も出てきます。
反対に、極端な例として、「富岡製糸場」の中に広大な駐車場を用意した場合を考えてみましょう。
観光客は工場を見学した後、工場内にできた土産物コーナーで買い物をして、ハイさよならです。工場内に食堂でもあればそこで食事してしまうかも知れません。
せっかく「富岡製糸場」が街中に立地しているのに、中心市街地に対する波及効果は薄くなってしまいます。
こうした弊害を避けられるのが、フリンジ(外縁部)駐車場方式のいいところです(ハンディキャップのある人にはその対応が不可欠ですが)。
多くの工場見学の場合、工場内にクルマを止め、見学終了後はすぐにその場を後にしてしまう訳ですが、フリンジ駐車場方式のおかげで、ワタクシも初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、懐かしい街並みに出会えたわけです。
そして、フリンジ方式の狙い通リ、ワタクシも前回エントリーの『「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を発見す』に書いたように、「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を土産物に買ってしまったという訳です。
「富岡製糸場」の見学者の多くが富岡市の中心商店街でお金を落とすように願って止みません。
収益は、統一したテーマに基づいた街づくりに再投資してみてはいかがでしょうか。
「富岡製糸場」北東一帯の料飲食店街、かなりの潜在力を秘めているように感じます(10月14日は「富岡まつり」が開催されます)。
【フリンジ駐車場方式のため「富岡製糸場」を見学するにはクルマを止めてぶらぶら街中を散歩せざるを得ない富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】
最近のコメント