2007年10月 7日 (日)

ご馳走様な店、沼田「五月八日」で蕎麦を喰う

Img_1255_2  沼田市に「五月八日」というへんてこりんな(失礼!)名前だけれども旨い蕎麦屋があると聞いたのは去年のこと。

気になってはいたんです。それに、その名前を知ってから沼田市には何べんか行ってはいるんです。

(つまり、07年6月2日エントリーの『「世界一おいしい」バウムクーヘン』、同じく『昭和村で「こしあぶらの天ぷら」に会う』、07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』、07年7月6日エントリーの『和魂洋才・沼田「フリアンパン洋菓子店」のみそパン』、同じく『沼田鉈の古見製作所』、07年9月17日『みなかみ町(旧月夜野町「中華たむら」の麻婆豆腐ラーメン』などをご参照下さい)

Img_1263 しかし、今までついぞ寄れずじまい。

それにしても五月八日と言われて、あなたは何を思い浮かべますか?

もちろんワタクシは何にも思い浮かびません。

せいぜい、2月29日と違って毎年ある日、といったベタなことくらいでしょうか。

で、ネットの検索エンジンの検索ボックスに「五月八日」と打ち込んで調べてみました。

結果、驚くべきことに、「五月八日」は大いに群馬県に関係があることが判明したんです。

上毛かるたで「歴史に名高い新田義貞」と謳われている新田義貞が、生品神社神前に「打倒鎌倉」を掲げて挙兵したのが元弘3年(1333年)5月8日なんですと(『太平記』)。

.

Img_1261 (因みに早稲田大学野球部投手である「ハンカチ王子」こと斉藤祐樹君はこの近くにある「生品中学校」の卒業生ですね)

で、もしかして蕎麦屋「五月八日」のご主人は大の新田義貞ファンに違いないと思ったのです。

「打倒鎌倉」の成果は同じ源氏一門の足利尊氏にさらわれましたが、きっとそんな悲運も含めて、熱烈な新田義貞ファンなんだろう、と推測したわけです。

なんとなく、蕎麦屋の主人の趣味に相応しい気がしません?

そして先週ついに沼田市に行く機会がありましたので、「打倒鎌倉」の意気に燃える新田義貞のように、今日こそは「五月八日」で蕎麦を食べるぞと心に固く決めて出発。

Img_1266_2 ようやく念願の「五月八日」の蕎麦にありつくことができました。

注文したのは「かき揚げ付きのざる蕎麦」。

大盛りです。

細切りで蕎麦の香りが鼻腔を抜ける、結構な蕎麦を充分堪能させてもらいました(蕎麦粉は地元産だとか)。

まったく予期していなかったのはかき揚げの旨さ。びっくりものです。このかき揚げを食べるためにだけでも、行く価値ありのお店です。

(その旨さは、一緒だったK氏にこのかき揚げ旨いよ、と分けることもすっかり忘れてガッついてしまったくらいです)

Img_1258 お目出度のご様子にも関わらず、店の主人の奥さんとおぼしき女性がきびきびとした動作で注文取りをこなし、蕎麦を運んでくれました。

歯ごたえが実にこぎみいい、採り立てだとすぐ分かる新鮮キュウリの塩漬けなんかもついています。

ついでに季節に先駆けて、早稲の柿をサービスしてくれました。

すっかり満足して勘定を払うとき、ずっと気になっていた「五月八日」の店名の由来を、レジに立つ、前述の店主の奥さんと思われるお目出度のご様子の女性に聞きました。

しかし、です。

Img_1251 きっと新田義貞の名が出るに違いないと思っていたワタクシの予想は見事に裏切られました(左は沼田「ベルシティ21」にある大きめの人用の下駄)。

そして、その答えは絶句ものでした。

奥さんから帰ってきた答えは、「五月八日は、わたしの誕生日なんです」だと・・・。

ほんとにほんとに、二重に、ご馳走様でした、でした。

(そんなに混んではいませんでしたが、「売り切れじまい」なので、早く行くにこしたことはありません)

【ご馳走様な店、蕎麦の「五月八日」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒33マイル≒52km】

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2007年9月16日 (日)

高崎「きのえね」で蕎麦を食う

高崎で蕎麦と言ったとき、JR高崎駅近く(西口)にある老舗の「きのえね」さんを外したら、なんかお忘れじゃありませんか、とファンの人たちの顰蹙をかうこと必定です。

Img_7678 「きのえね」さんは、むかし「甲子」と表記したようです。ご推察の通り、野球場の「甲子園」ができたのと同じ年の大正13年創業で、その年が「甲(きのえ)」「子(ね)」だったので、それを店名になさった由。

(店舗は高崎駅西口再開発に伴う区画整理事業で2004年3月建て替えています)

ワタクシの場合、高崎駅東口にあるK人形のW専務と異業種交流会で一緒に勉強させていただいており、同専務が「きのえね」の大ファンで、機会あるたび「きのえね」の蕎麦の旨さについてレクチャーされております。

(昨日その交流会があったので、思い出して、今「きのえね」さんのことを書いている次第です)

仕事の関係上、高崎駅周辺でお昼ごはんを食べることが少なくないので、もちろんすでに何べんも「きのえね」さんにはお邪魔させてもらっております。

ただ、「きのえね」さん、混むんです。

Img_7672 多少時間をはずしたくらいでは、「待ち」は覚悟しなければなりません。

ワタクシの場合一人で行きますので、大抵は相席です。

他の一人客の方も相席です。お店の方の客あしらいがいいこともあって、みんな慣れた顔で、相席です。

高崎高島屋さんが近くなので、高島屋に買い物にこられたと思われる、品のいい老婦人などが、ワタクシ同様一人で蕎麦を楽しんでいる姿などが見受けられ、そういった客層からも昔からの蕎麦屋さんの風情を感じます。

Img_7674 家を出るときから、高島屋の帰りには、「きのえね」に寄って蕎麦を食べてこようと決めているようなご婦人方ですね。

常連客と思われるサラリーマン、OLさんも少なくなく、店の人が「今日は何にする?」なんて、声をかけたりしています。

地元商店の主人といった男性客が多いのも特徴かも知れません。こういう方は、たとえ一人でも、もう自分の家のようにくつろいだ感じで居ます。

昔ながらの、しっかり街に根をおろしている蕎麦屋さんです。

一度、板わさなどをあてにしながら、昼酒でも楽しみたいと思わせるお店です。

(この日ワタクシが食べたのは、冷たい蕎麦の「きんぴらそば」でした)

【昼酒が飲みたくなる蕎麦屋の「きのえね」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年9月 8日 (土)

藤岡「昌良(まさよし)」の蕎麦

「もつ煮十番勝負」その五番目は藤岡の「二八車家」を取り上げましたが、残念なことに「もつ煮定食」はありませんでした(ご関心の向きは07年9月8日エントリーの『もつ煮十番勝負(その五「二八車家」の巻)』をご参照下さい)。

Img_0541 で、昼飯は「二八車家」に近いとんかつの「甘楽亭」か同じく蕎麦の「昌良」か迷った訳ですが、尿酸値ばかりでなく血圧も気に掛かる今日この頃ですから、血圧にやさしいポリフェノールのルチンを沢山含むと言われる蕎麦の効能に惹かれて「昌良」を選択しました。

(ルチンを摂るためにも、蕎麦湯、飲み忘れないでね)

何せ、藤岡市に出かけた8月25日(土)の翌々日8月27日(月)に健康診断が予定されていたもんですから・・・。

「昌良」、ざっかけなお店です。

Img_0543 気負いも衒いも、えらそうな様子もない、普通のまちのそば屋さんです。

丼ものも用意されてます。

決して、蕎麦に命掛けてます風のお店ではありません。

しかし出す蕎麦はまじめ一点張りの蕎麦。本格派です。

手抜きなどありません。

だからこそ、多くの蕎麦好きに支持され、長い間営業してきたのでしょう。

行った日は土曜日だったので、午後0時のお昼近くになっても比較空いていましたが、平日は目と鼻の先に藤岡警察署があることもあり、お巡りさんたちの食堂状態にもなります。

Img_0549 そして次々営業マンもやって来ますので、両者一緒になってごった返します。

早めに行くか遅く行くかずらさないとゆっくり食べられませんが、遅く行った場合、蕎麦が売り切れていることが少なくないので、早めに行くに限ります。

ワタクシは過去二度ほど蕎麦を喰いはぐれたことがあります。

蕎麦に命掛けてます風のお店も決して嫌いではありませんが、気が置けないこういったつくりの店で、テレビでお昼の番組見ながら呑気に昼飯食べるのも仕合わせです。

【気楽に食べる本格蕎麦の店「昌良」がある群馬県藤岡市から軽井沢町までの直線距離≒28マイル≒44km】

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2007年6月15日 (金)

群馬県人の気儘な粉食ライフ

家計調査に基づいた比較ですから、多少実態にそぐわない分が出てくるのを承知の上で、全国県庁所在地プラス北九州市、川崎市の合計49都市の中での、群馬の粉食事情を見てみましょう(平成16年~18年平均の数字)。

(以下、群馬県人という場合は前橋市の家計調査の数字です)

主に消費支出項目の「穀類(米、パン、めん類、他の穀類で構成)」、「調理食品(主食的調理食品、他の調理食品で構成)」、「外食(一般外食、学校給食で構成)」の項の比較になります。

Img_4758 (左は前橋市、いや群馬県を代表するうどん店、日本一を目指す「田中屋」とメインメニューの「うまかうどん」)

のっけから恐縮ですが、粉食文化は基本的にコメが取れないことから発達する文化ですが、すでに江戸時代は遠い過去になり、戦後、灌漑整備や構造改善事業も進み、1970年頃からは逆にコメ余りで長く減反政策がとられてきたくらいですから、「群馬県はかつてコメが取れなかった」などと言えば、あんた何人?などと言われそうです。

(もっとも、昔は、利根沼田地方の米は新潟南魚沼産コシヒカリに化ける、と言われたくらいですから、いいコメも獲れたんですね)

Img_4757 (ワタクシが子供の頃は、なお陸稲が多くの畑で見られましたが、今では皆目、陸稲の育つ風景が見られなくなりました)

群馬県人、全国比で言うと、今では中の上くらい「米」を食べています。

消費金額(34,062円)で言うと、49都市中18位。真ん中が25位ですから、それよりやや上です(全国平均が33,719円)。

ただ消費量となると、24位で85.78kgですから全国平均の87.40kgを下回ります。このあたりが、依然、粉食文化の発達した群馬県と威張ることができる、まあ威張らなくてもいいわけですが、重要なポイントかも知れません。

(因みにコメ消費ゲッピは岡山市の67.57kg。平均より20kgも少ないことになります。岡山県のコメ関連事績というと、「児島湾の干拓」が思い出されます。「桃太郎のキビ団子」は、コメが取れなかったための窮余の一策だったんですね)

Img_5824 さて本題です。粉食文化の発達した群馬県人はコメの不足(不足してはいないんですけれど・・・)を何で補うか、です(左は前回のエントリー「フーケ前橋店のパン」で取り上げたフーケ前橋店の調理パン)。

「パン」の消費金額は29位で、消費金額(25,965円)、消費量(42,406g)とも平均以下です(平均は金額が26,807円、量が44,841g)。ならもうお分かりのことと思います。

言うまでもなく、「めん類」と「他の穀類」です。

Img_5823 (しかしながら、「穀類」ではなくて「調理食品」に分類される「調理パン」部門では、平均の3,333円を上回る消費金額4,023円で14位。そして「外食」の「ハンバーガー」部門では川崎市、静岡市、甲府市についで堂々の4位ですから、物事は単純ではありません)

「めん類」では、消費金額で全国10位(18,139円)、消費量で全国9位(39,038g)でともにベストテン入りを果たしています(「めん類」消費の全国平均は金額が17,002円、量が36,405gです)。

「他の穀類」では金額は30位(4,141円)ですが、消費量では12位(9,106g)にジャンプします(「他の穀類」消費の全国平均は金額で4,481円、量で8,570gです)。

Img_5979_1 「めん類」はさらに「生うどん・そば」、「乾うどん・そば」、「スパゲッティ」、「中華めん」、「他のめん類」5分類されていますが、「生うどん・そば」部門では、讃岐うどんの高松市に次いで消費金額全国2位(左は「こがねいも」で有名な渋川市の「錦光堂」が吉岡町で経営する菓子・そば店(にしき)併設店舗とそば。蕎麦屋は菓子屋から派生したと言われています)。

ただ消費量でも高松市が1位をキープするのに、前橋市は11位に転落してしまいます。

また「乾うどん・そば」部門でも高松市は、「うどん王国」の面目躍如で消費金額・量ともに全国1位に輝いていますが、前橋市は消費金額で29位(2,718円)、量で33位(4,085g)に大きく後退してしまいます。

Img_5977 (因みに高松市は、「生うどん・そば」、「乾うどん・そば」両部門の金額・量で、ともに全国平均を2倍以上上回る、恐るべき存在です。

そればかりか「外食」の「日本そば・うどん」部門でもやはり平均の2倍を上回るダントツ一位です。

高松市民の身体の8割はうどんでできている、と断言しても間違いないでしょう。)

「他の穀類」は「小麦粉」、「もち」、「他の穀類のその他」に3分類されますが、「小麦粉」部門で前橋市は金額で8位、量で5位に巻き返しを図ります。

「粉食文化の群馬」最大の見せ場です(金額等は言わぬが花なので割愛します)。

Img_7089 また「外食」においては、スパゲティなどのパスタ消費が入ると思われる「他のめん類」部門では5位にランクされ、「穀類」の「めん類」の「スパゲティ」部門(細かくてごめん)での金額で33位、量で25位の恥辱を注ぎ、6月10日エントリーの「前橋ピザに高崎パスタ」の記事を裏付けています。

「調理食品」の「すし(弁当)」部門で14位、「おにぎり・その他」部門で9位とコメ消費に関連する順位は結構高く、その一方「外食」の「日本そば・うどん」部門では21位で「粉食文化の群馬」に若干のほころびは見えますが、なお6月になれば前橋、高崎に麦秋の光景が広がり、粉食文化の伝統に翳りはありません(かな)。

【ついこの間まで麦秋に彩られていた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年6月 5日 (火)

もつ煮十番勝負の合間に牛丼

豚の白もつ消費量では、全国でも最高レベルにある群馬県に暮らすものの義務として、いい年こいて「もつ煮十番勝負」に挑んだワタクシ(すでに、その壱「はとり食堂」の巻その弐「大栄龍」の巻その参「永井食堂」の巻、と三番を消化)。

Img_6942 尿酸値が高く、年齢が年齢なだけに、無事「もつ煮十番勝負」を完遂するためにも、常に体をベストコンディションに保たなければならないので、たまにはオジサンらしい昼食を摂って養生しようと思い、この間、用事で太田市に出向いたときは、オジサンの体に優しい蕎麦を食べるべく、兼ねて贔屓の「鐘庵」に足を運びました。

2年間神奈川県厚木市に単身赴任していたことなどから、およそ3年ぶりの訪問です。

Img_6930 太田市藤阿久町にある「鐘庵藤阿久店」は、静岡市清水区に本拠を置くフランチャイズチェーンのFC店で、生の桜海老のかき揚げが売りです。具は生の桜海老のみです。かき揚げは桜海老のクラウンのようですね。

カウンター席主体の気取りの無い店で、蕎麦は器械打ちながら、結構いけるんですよ。

アイスクリーム連続5個食いしてもへこたれない、頑丈な胃袋は今は昔の物語ですので、店に入る前は、今日は蕎麦だけにしようなどと思案していたのですが、入り口の戸を開けたときは、久しぶりだから、「鐘庵」自慢の桜海老のかき揚げははずせないだろう、と意志がやや軟化。

Img_6931 で、思いは千千に乱れて、カウンター席に腰を降ろしながら、口をついて出てきた注文は、牛丼の小と・・・、でした。

ここの牛丼、好みなんです。尿酸値が高くなることに気をつけなければならない「もつ煮十番勝負」挑戦中の身。

しかし、この合間に食べる牛丼、味わい深いものがあります・・・。

Img_6935 (4年位前は、確か、牛丼の小は280円だったように記憶しております。今回360円になっておりました。米国からの輸入が止まったここ数年は牛肉価格高かったし、スカート肉じゃないから仕方ないか・・・。)

牛丼の小とともに「桜海老のかき揚げおろしそば」を注文。やや甘のつゆに、辛味の勝った大根おろしがグッドです。そしてこのつゆに、かき揚げをどっぷりつけたり、カリカリのまま食べたり・・・。

午後につまらないことが起きても、ドッテことないと思える満足度でした。

【生の桜海老のかき揚げを出す「鐘庵藤阿久店」がある太田市から軽井沢町までの直線距離≒44マイル≒71km】

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2007年6月 2日 (土)

昭和村で「こしあぶらの天ぷら」に会う

2007年6月号の「dancyu」は、そば&朝ごはん特集号ですが、巻頭に近い「旬探訪」は4ページを「こしあぶら」に割いておりました。

同じウコギ科の落葉高木ながら、山菜の王者「たらの芽」の存在を脅かすほどに、最近人気急上昇中の山菜だそうです。

Img_7277 でも、昨日沼田市に出かけるときはそんなこと、すっかり忘れておりました。

「もつ煮十番勝負」のために、途中、旧子持村の永井食堂で持帰り用のもつ煮を仕入れ(ご関心の向きは、前回エントリーの、もつ煮十番勝負(その参「永井食堂」の巻)を参照して下さい)、さて、昼飯は蕎麦でも食おうと、国道17号を北上しました。

そして、JR上越線岩本駅近くで国道17号線を折れ、利根川にかかる橋を渡って昭和村へ。

あてがある訳ではありませんでしたが、蕎麦屋の1軒や2軒あるだろうと、気楽な考えです。

Img_7303 山が見え、田植えが済んだ田んぼ道を沼田方面に進んでいくと、案の定、5分も走ると蕎麦屋の看板を発見。

複数のクルマが止まっているので「大間違い」はないだろうと、そこに決めました。

店の名は「そば処 つつみ」です。

Img_7282 で、店の壁に貼られているおすすめ品の品書きなどを見ていると、そこに「こしあぶら天 520円」とあります。

で、とっさに思い出したのは「danncyu」の「こしあぶら」。

食いましたよ、「こしあぶら」。

それこそ、ワッシワッシと食いました。

Img_7287 同じウコギ科だけあって、見た目は小さなたらの芽といった風情。

しかし、たらの芽よりやや苦味が勝(まさ)っているように思います。もっとも、最近のたらの芽、苦味が落ちているようにも感じられますが・・・。

「こしあぶら」、なおワイルドです。春はあけぼの印の缶詰ではなくて、春はやはり苦味ですね。

話が横道にそれますが、ワタクシがたらの芽を初めて食べたのは、奇しくも「こしあぶら天」に遭遇したその昭和村の近く、昭和村に来るために渡った橋の手前の沼田市岩本町においてです。1968年、小学6年生の春のことでした。

Img_7288 その時、沼田市岩本町には「大都会」高崎市から引っ越してきたばかり。

まだお酒も飲めなかった小学6年のワタクシは、食え食えと大人たちに薦められ、内心「山の人はこんなものも食べるのか」と思った次第(こんなこと書いたら怒られますな・・・)。

が、生来好奇心旺盛な方なので嫌がることもなくいただきましたが、食べた感想は、旨い!の一言。もっとないの?です。

その後、たらの芽は徐々に一般化していきますが、すでに小学6年生でたらの芽とたらの芽の味を知っているのが、結構長いこと自慢でした(殆ど、意味ないんですが・・・)。

Img_7297 「そば処 つつみ」さん、平成15年の開業でまる4年を経過したそうです。

群馬のニューウェーブ蕎麦屋の一軒ですね。

ワタクシが勘定を済ましていると、入れ違いに夫婦連れが入ってきましたが、ご主人顔見知りらしく、「そば、あと1人前しかないんだ、ごめん」と声をかけていました。

まだ午後1時になる前のことです。

早く行かないと、そばはともかく、今年はもう「こしあぶら」食べられなくなりますよ。

【「こしあぶら天」を出す「そば処 つつみ」がある群馬県昭和村から軽井沢町までの直線距離≒31マイル≒50km】

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2007年6月 1日 (金)

前橋「そば平」では肉汁そば一本槍

前回、「高崎『東竜』の肉味噌そば」を書いたので、バランス上、前橋「そば平」(前橋市下石倉町)の肉汁そばにふれないわけにはいきません。

「そば平」については、平成18年8月5日のエントリー記事「近くの蕎麦(群馬の蕎麦店その3)」で書きましたが、再度、この店の「肉汁そば」です。

端(はな)からこんなことを書くと、それこそ鼻白んでしまうでしょうが、「そば平」さんには飛び切り旨いものを期待して入るわけではないのです。

Img_4716 (左は平成19年2月26日の「肉汁そば」)

それはもちろん旨いんですよ、「そば平」さん。ここの鶏の唐揚げなど、そんじょそこらの唐揚げなど足元にも及びません。

だけど、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長ではありませんが、旨いものは飽きます。

毎日のように食べると飽きる旨さ、というものがありますよね。

Img_5018 (左は平成19年3月9日の「肉汁そば」)

「そば平」さんに期待しているのは、そういうものではないのです。

飽きない旨さに出会えるのが、「そば平」です。

(もっとも、蕎麦はどんなに旨いご馳走に仕立てられていても、飽きないですけれども・・・。もともと蕎麦は凶荒食ですものね。)

「そば平」に寄る理由、一言で言えば安心感。それに尽きますね。あそこで食べれば間違いない、という安心感です。

Img_5794 (左は平成19年4月12日の「肉汁そば」)

告白すると、昼飯にまずいものを食べると、午後の仕事に気合が入らなくなるワタクシです。ですから、「間違いない店」を、つい選んでしまいます。

飲食業ではよくQSCが大事といいます。

Qは商品の品質の「Quality」、Sはもちろんサービスの「Service」、Cは清潔さの「Cleanliness」。

この3つが揃った店が繁盛店の基本です。

(個人的には、キューピーも大事な要素と思っております。QP。Qつまり量「Quantity」。Pはもちろんお値段「Price」)

Img_6965 (左は平成19年5月19日の「肉汁そば」)

これで立地がよければ、経営者は、働き甲斐のある商売ができます。

他では味わえない一品(ひとしな)があれば、大儲けでしょう。

「そば平」さんはQSCが揃っていて立地がいいから、多分「大儲け」の部類だと思います。

行くときは、多少、お昼の時間をずらしたほうが無難です。

(言わずもがなのことですが、「肉汁そば」のそばの量。むかしに比べ減ったような気がするのは、ワタクシだけでしょうか?)

【QSCが揃った「そば平」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年3月19日 (月)

高崎にあった天使の食べ物

りんごを食べても歯茎から血が出ることはありませんが、不味い昼飯を食べると半日気分が優れないタイプです。

そんな性格の私にとって、今日は1年に1度あるか無いかの幸福な1日でした。

Img_5317 と言いますのは、もちろん幸福な昼飯にありつけたからです。

幸福な昼飯にありつけたのはどこかと言いますと、高崎市の中心街、JR高崎駅西口を出て高崎市役所方面に歩き、「あら町」の交差点を右に折れた「西口名店街」に並ぶ蕎麦屋の「さぎょう」さんです。

Img_4727_1 この店に入るのは2度目になります。1度目は、旨い蕎麦屋はないものかと歩いているとき、たまたま目にした「十割蕎麦」の幟に誘われて、フラフラッと入りました。

(この年になると、初めて訪ねる土地でもない限り、なかなか新しい店を開拓しようという気は起きないのですが、もう無限に昼飯の機会があるわけではないので、そんなことではいかんと、最近はまた新たなる店探しを行っております。)

(この反対の方もいらっしゃいますね。もう限られた昼飯の回数しかないと気づいたので、へたなものは食べたくないと、昔から行っている「間違いのない店」に頑なに足を運ぶ方。)

Img_5389 2度目の今日は、フラフラッとではなく、目的がありました(左は今日食べた「もりそば」)。

何だと思います?

それは「プチトマトのシロップ漬け」。

先週末の勉強会の時、漬物メーカーの美しき女社長さん(こう書く私は、最近少し大人になったのでしょうか・・・。訂正、いえいえ事実美しいんです)に強くこの店の「プチトマトのシロップ漬け」を推奨しましたので、そうだ、このブログに写真アップしようと思い、今日再び訪ねたというわけです。

1回目に来たときは、「プチトマトのシロップ漬け」がいったいどんなものか分かりませんでしたので、蕎麦だけ写真に撮っただけ。

Img_4724 かすかに「プチトマトのシロップ漬け」が写っているだけでした(左の写真です)。

旨い、と思ったときは後の祭りで、お腹の中の「プチトマトのシロップ漬け」は写真に撮れません。

で、今日は昼飯兼写真撮りです。

初めてのときは、なんの期待もせず、それがデザートだと言う認識もなく、最後に残してしまったので、もったいないから仕方なく口に放り込んだのですが、その上品な味にびっくり。

Img_5390 ミントの香りとよく調和して、実におしゃれな食べ物になっております(写真を見て、缶詰さくらんぼの味を想像しないでね)。

小生のような、カツ丼や牛丼が似合うオジさんには不釣合いなデザートかもしれません。

清楚で、もう殆ど「天使の食べ物」ですね。

この「プチトマトのシロップ漬け」を唇に受けたとたん、身が清くなる思いがいたします。

Img_4732 こんな儚い甘み、久しぶりです(JR新前橋駅近くで包丁を振り回す、じゃなかった振るう天才料理人「久松」の大ちゃんに知らせなければ、です)。

それにもうひとつ注目の品があります。コンニャクの天婦羅です。天婦羅は蕎麦とは別注ですが、天婦羅を注文するとその一品としてついてくるようです。

歯ざわりからだけでは、コンニャクとすぐに言い当てることは、ちょっと難しいように思います。

聞けば、ただコンニャクを天婦羅にするのではなく、秘訣は、コンニャクを薄味の煮物にしてから天婦羅にするのだそうです。

Img_4733 珍しいだけでなく、うまいんです。うまいと言う点では、かつて、前橋の飲屋さんで出してもらった、肉の代わりにコンニャクが入っているコンニャクカレーにも感心させられましたが、このコンニャクの天婦羅にも脱帽です。

(プチトマトもコンニャクも群馬県ではたくさん取れる農産物です。それを丁寧に扱う姿に感服です。あちこちで、無理やり名物を作ることが村おこし町おこしの一環に行われていますが、名物は日々の食べ物から自然に出てきて欲しいものです。)

もちろん蕎麦も悪くありません。薬味のねぎもみずみずしく、手抜きはしない姿勢をひしひしと感じる店です。

ここまでだけでも、午後愉快に仕事ができるのですが、1年に1度あるか無いかの幸福は、2周年記念ということで、おこわの振る舞いがあったのです。

Img_5387 おこわだけでなく、おひたしに椎茸の焼き物、ごぼう、レンコンなどの煮物に厚焼き玉子の豪華版です(左の写真全部)。

これだけでも、品書きに載せて料金のとれるものでした。

で、サービスもうるさくもなく素っ気なくもなく、満足なお昼を味わった次第。

是非、「プチトマトのシロップ煮」試してください。

【天使の食べ物「プチトマトのシロップ煮」が出てくる「さぎょう」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年2月16日 (金)

暖冬だとうどん屋が儲かる

風が吹けば桶屋が儲かる類の話ではありませんが、この暖冬でうどん屋さんが儲かっているそうです。

初耳でした。

Img_3731_1 普通のうどん屋さんの話ではなくて、群馬県渋川市伊香保町水沢にある「水沢うどん」街の大手うどん屋さんの話です。この冬は寒さの厳しかった昨年に比べ、来店客が30%増し、だそうです。大儲けですね。

(水沢うどんは、讃岐うどん、稲庭うどんと並ぶ日本3大うどんのひとつと言われます。また、桐生うどん、館林うどんと合わせて上州3大うどんにも数えられます。

Img_3730_1 伊香保温泉の下にある水沢寺門前で、参詣客にうどんを供したのが始まりと言われています。ここに近い旧群馬町出身の福田赳夫元首相は中元歳暮等の贈り物に、よく水沢うどんを使ったそうです。

基本的には、もり蕎麦のように、冷たいうどんをゴマだれや醤油ベースのつけ汁で食べます。

讃岐うどんや富士吉田のうどんを食べ慣れた人からすると、その値段は驚愕かもしれません。普通にやっていても利益率が高い粉ものです。お客がわんさか来るので、税務署署員の方も、その使われた割り箸の数の正確な補足に、いつも懸命なようです。

かつて、ローレックスをはめた腕でうどんを捏ねる店主がいらっしゃいました。)

Img_3732 このうどん屋さんは地域一番店的存在ですから、増収率も高く出るのだと思いますが、同じ地区の下位業者さんも、同じように恩恵を受けているのではないかと思います。

個人消費において天候、温度は極めて重要な役割を演じますよね。

衣料品の売れ行きや食品の売買動向に端的に現われます。この暖冬でビールの売れ行き、絶好調だそうです。

今日の日本経済新聞にも、業界や商品別の影響が記事になっておりました。

TDR(東京ディズニーリゾート)がほくほくで、スキー場が泣きたい気分。おでんが駄目で、アイスクリームが好調。風邪薬が売れず、花粉症治療薬が早々に動き始めたとか。

若い頃、大手化粧品メーカーの人に、「今年の夏は暑かったので、前年よりもファンデーションなどの売り上げが良かった」と言われたとき、男であるためその関連が分からず、頭に?マークが浮かんだことが忘れられません。

暑い夏だと、汗で剥げ落ちる分、化粧直しをしなければならず、それで売り上げが増える、という解説でした。

まあ、1千万人が1日1グラム多く化粧品を使ってくれれば、それだけで10トン増です。0.5グラムだって5トン増になります。暑い日が例年より10日多ければ、100トン、50トン増のレベルです。

で、なるほど、と感心した次第です。

それにしてもこのご時勢に、対前年比30%の増加というのは、余りないかもしれません。

休みの日に、どこか遊びに行きたいという思いは、多くの人にあるでしょうが、この暖冬でスキー、スノーボートなどのウィンタースポーツファンは、残念ながら行く場所が限られているようです。

暖冬→雪不足→スキー場断念→代替需要としてのドライブ→昼食需要に水沢うどん

また、ウィンタースポーツファンでない方も

暖冬→ポカポカ陽気→お出かけ気分の高揚→ドライブ→昼食需要に水沢うどん

といった消費者の思考・行動による特需なのでしょう。

ただ、この暖冬も、出前をやったりしているご近所のうどん屋さんには、余り恩恵はないかもしれません。逆に、あつあつが売り物の、高単価商品「鍋焼きうどん」の売り上げが減少したりして・・・。

(写真は、今年のお正月の水沢寺のもようです。この門前に「水沢うどん街」があります。クリックすると画像が拡大されます。)

【暖冬特需に沸く水沢うどん街がある群馬県渋川市から軽井沢町までの距離≒24マイル≒39km】

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2007年2月 4日 (日)

「一期一会」でせいろ2枚を食う

高崎周辺の蕎麦屋さんというと、問屋町の「そばきり」を筆頭に、「代官そば」、「いち川」、「きのえね」、「桂舟」、「拓心庵」、「上野の里」(旧群馬町)、「八幡庵」、「笹尋」、少しくだけて「おんじゃく」、「梅田屋」に良く行きました。

「そばきり」は何を食べても満足しますが、中でも「鴨汁」は絶品です。これを食べずに死んだ人は、一生の損をしたことになります(鳥肉関係が不得手の人は別ですが・・・)。

「鴨汁」というと、「代官そば」の「鴨汁」もお試しあれ。なかなかです。しかしこの前、店の前を通ったら、何やら改装中でした。どうしたんでしょう?

ただ、こう書いてきても、昨年4月に単身赴任先の神奈川県厚木市から帰ってきて以後、足を運んだのは、実は「きのえね」のみ。それもごく最近のことです。

ですから最初にあげた店々が、今どうなっているか些か心もとないところです。ごめんなさい。

Img_3569 「きのえね」は、高崎駅西口から歩いて5分くらいのところにあります。阪神の本拠地にして高校野球のメッカである甲子園ができた年と同じ創業。「甲子(きのえね)」に因んだ屋号です。

行った時間が午後0時を回った最繁忙時間帯。入れ替わり立ち代りのお客さんで、一人客の私はもちろん相席。

で、頼んだ「ねぎせいろ 大盛り」の写真をゆっくり撮ることなどできず、ひたすら食べるのみ。

Img_3871 左の店構えだけで勘弁してください。

オフィス街にあることもあり妙齢の女性のお客さんが多いのですが、一人で来て、もくもくとせいろをたぐる本格派娘さんの姿も少なくなく、昔は余り見られなかった光景だと世の移り変わりを感じてしまいました。

街中に買い物に来たので寄りました、といった感じの、品のいい老婦人が多いのも特色かもしれません。

「蕎麦食ったなぁ~ッ」と、しみじみ感じられる蕎麦屋さんです。

街中にあるので、駐車場にいったんクルマを入れなければならないのが、外回りの営業マンが利用するにはつらいところです。

Img_3830 高崎市周辺の蕎麦屋というと、高崎市が創業の地ですが、その後吉井町に移った「一期一会」もお奨めです。

高崎から吉井町に抜ける中山峠の近くにあります。

Img_3826 地元の人によると、昔はこの辺り、山賊が出たそうですが(江戸時代のことではないようです)、今はゴルフ場のサンコーカントリーの入口で、そんな面影もありません。

先月、年始参りの途中、久しぶりに寄りました。

「天せいろ」にするか「せいろ」2枚にするか迷った末に、「せいろ」2枚に決定。お汁粉無料サービス期間でしたので、それもお願いした次第。

Img_3813 店は広くゆったりできるのですが、その分お客さんも多く、はっきり言って待たされます。

急ぎの用がある人はいらいらするかもしれませんが、覚悟して入れば、平常心を保てます。

店の内外を眺めながら、ゆっくり待っていてください。運がよければシャモの行進が見られます。

Img_3816 一茶庵系のお店ですから、細打ちです。

2枚頼むと、1枚目が出てから多少時間をおいて2枚目を持ってきます。そばの乾きを気にして、一緒に出てこないところが奥ゆかしいところです。

Img_3825 待つ時間の半分もかからず、せいろ2枚を平らげ、皆に酒飲みと思われていますが、本来甘党の私は、椀にたっぷり入ったサービスのお汁粉を堪能させていただきました。

餅の替わりにそばがきが入っており、蕎麦屋ならではのお汁粉でした。

蕎麦はもともと菓子屋の副業から始まったとも言われますから、蕎麦と甘味、いい組み合わせです。夏はあん蜜のサービスお願いします。

そう言えば、渋川の「こがねもち」で有名な錦光堂さんも、結構前から吉岡町の、今は無き「マックスバリュー」・「メガマート」の入り口で蕎麦屋さんをやっていますね。いつも混んでいます。

蕎麦湯を楽しみ、さらにお茶を飲んで、叩けばスイカのような音がするのではないかというお腹を抱えてクルマに乗り込みました。

それにつけても、夏はあん蜜の替わりに、あずきミルクのカキ氷でもいいかな。

【「一期一会」がある群馬県吉井町から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年1月 8日 (月)

年明けそば

子供の頃の正月の楽しみは、雑煮を食べた後さらに、残った年越しのそばにキンピラやほうれん草のおひたしを沢山入れて食べることでした(キュウリの千切りを入れる、という裏技もあります)。

まあ、年末が年越しそばなら、年始ですので年明けそばです。

残り物でのびきったソバなんですが、これを食べるのがなんとなく嬉しいんです。家族が多く、皆に行き渡るほど量がないので、一番年下の小生の特権でした。

年によっては、まだ茹でていない麺が残っていたりして、新たに茹でてもらうのですが、へれへれにのびたソバのほうが味わい深かったような気がします。

このソバを食べながら、懐のお年玉で今年はどんなプラモデルを買おうか、などと考えていた訳です。

このソバを食べながら、眠くなって最後まで見られなかった紅白歌合戦の結果を、他の兄弟に、紅白どっちが勝った?などと訊く訳です。

昨日のブログに書いたように、最近は蕎麦屋さんに年越しそばを食べに行ってしまいますので、残りもののソバを正月に年明けそばとして食べることもなくなってしまいました。

で、年明けそばも蕎麦屋さんに食べに行くことになります。

Img_3702 今年は淺川屋さん(前橋市)に入りました。昨年3月まで2年間神奈川県に単身赴任していたので、久しぶりの淺川屋さんです。

店を新たにして、商売繁盛のご様子。慶賀に耐えません。

ただ、昔のざっかけな蕎麦屋(失礼!)のままでもよかったのではないか、と思うのは小生が年をとったせいでしょうか。

初めて淺川屋さんに入ったのは、単に腹が減っていたとき、目の前にあったからというだけです。

店の造りも、その辺にあるカツ丼やらカレーライスが品書きにあるような普通の蕎麦屋(失礼!)。

しかし、です。注文した天せいろ(だったと思います)食べてびっくり。実に本格派だったのです。

以後は通りすがりに寄りましたではなく、今日は「淺川屋」で食べようになりました。

Img_3703 久しぶりの「金砂郷」、堪能させていただきました。「金砂郷」独特の風味とコシ。悪くありません。

ただ、子供の頃、残った年越しそばを年明けそばにして食べた味と隔絶しているので、脳味噌ニューロンがスパークし、ついお袋が死んで何年経つかなあ、などとせんなきことに考えが及んでしまいました。

小生の場合、あのそばが旨いこのそばはどうだといっても、所詮根本にあるのは、どうも、懐にお年玉を忍ばせて食べる、お正月の年明けそばの味かもしれません。

今でも無性に、駅の立ち食いそばや高速道路のサービスエリアでゲテな(失礼!)天婦羅ソバを食べたくなるのは、

それが、決して料理が上手でなかったお袋の味に近いからかもしれません。

少年老い易く、学成り難し。失われし時を求めて、今年もまたさすらうことになりそうです。

【金砂郷のそば粉で打った蕎麦が食べられる淺川屋さんがある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年1月 7日 (日)

年越しそばと年越し焼き饅頭

♪春は名のみの風の寒さよ~

そりゃそうだ、今日は旧暦11月19日。まだ赤穂浪士の面々も吉良邸に討ち入っておりません。

今年は2月18日(日)が旧暦の1月1日、元旦になります。

十二支は旧暦に基づくものだから、今日生まれた子も本来ならまだ戌年生まれということになる、と言う話を干支占いの人から聞いたことがあります。旧暦の正月から、新しい干支になるそうです。

永六輔先生は、旧暦正月に合わせて年賀状を出すとか(本当かいな?)。

明治の始めに旧暦から新暦に切り替わり、行事も儀式も風習も新暦の日付にしたため、多少季節の移ろいと齟齬が出てくるのも致し方ありません。

今日は「七草粥」、そして「奈良若草山山焼」だそうです。旧暦の1月7日は、今年は2月24日になります。その頃なら若菜摘みもできるでしょう。山を焼けば数日で新芽が吹き出てくるでしょう(萌え?)。

Img_3706 JR高崎駅東口にある晃月人形さんにいただいた日めくりには様々な暦関連情報が詰まっています。で、毎日見ていると、余計そんなことが気になります。

人が育つにあたって通過儀礼は重要な役割を演じるそうですから冠婚葬祭はもちろんのこと、節句(七夕も入りますね)、彼岸、月見、夏至冬至の風習をできるだけ大切にしようと心がけてきたものの、子供の成長とともにだんだん手を抜くようになり、今では年越しのそばを食べることのみ忠実に行われるだけになりました(七草粥は昨日食っちまいました)。

Img_3676 それも、家で作らず、食べに出かけるんですけどね。

昨年大晦日、一昨年大晦日と2年続けて赤城山中腹にある「桑風庵」の本店(富士見村)でした。

Img_3671 Img_3666 ここ独特の平打ちそば、小生好きなんです。つゆもイリコの風味が強く、桑風庵さんならではですね。余り他ではお目にかからない、ここだけの蕎麦です。

一昨年は午前11時半前に着いて、行列することなく食べることができたので、昨年暮れもまだ朝飯が胃袋の中に半分残っている時間に家を出発。

途中、赤城神社の赤鳥居からは、初老の紳士が運転する栃木ナンバーのクルマが前を走るようになりました。

Img_3682 途中の道を折れるわけでもなく、馬事公苑を過ぎても赤城山に向かって走るので、多分、「桑風庵」目当てに違いないと予想していると、果たして、クルマは桑風庵の駐車場に入った次第。

足利、佐野にもいい蕎麦屋がたくさんあるにもかかわらず、それを見やって、遥々赤城山中腹の蕎麦屋に足を運んでくれるなんて、嬉しい限りです。

Img_3658 年末の風物詩を撮りに来たのか、群馬テレビのクルーもやってきましたね。

で、待つことしばし、無念無想で爆食。

帰る頃には行列ができており、その行列を見ていると、「オレなんか、もう喰っちゃったもんね~ッ」という訳の分からぬ優越感。おのれは小人である、と毎度反省するんですが、理性を突き破って噴出するこの阿保な感情、未だ制御できません。

Img_3672 (行列していて、あと二人くらいに滑り込んで、ぎりぎりセーフの時も、似たような感情に襲われます。)

行列することなく年越しそばを食べられ、気分は高揚(単細胞なんです)。これまた訳もなく、年越しそばを喰ったからには年越し焼き饅頭も食べなければいけないという使命感が突如として芽生え、帰りには焼き饅頭の元祖「原嶋屋」(前橋市)に寄ることに。

蕎麦で長生き、饅頭で処々円満のゲンかつぎ(多分、中国人が春節(正月)を餃子で迎えることから、餃子に多少饅頭が似ているので(似てない?)、突如として饅頭食わねば、という考えがスパークしたのではないか、と自己分析しております)。

Img_3684 「本日お持ち帰りのみの営業となっております」(大晦日なので午後3時終了でした)との札が出ていたので、5本焼いてもらって、わずか750円(私の前のお客さんは7~8,000円買ってましたけどね。お年賀にでもしたのでしょうか・・・。感動の余り、写真ブレちゃいました)。

焼き上がりを待っていると、偶然専務が店に出てきたのでご挨拶。すると、帰りに申し訳ないほどのおまけをいただき、750円のお客としては恐縮至極(専務は高校の後輩。小生3年生のとき専務1年生の関係ですから、上下の関係はトラウマにも近いものがあるんでしょう。おまけを強要したわけではありませんから,念のため)。

Img_3686 Img_3690 粉食文化の群馬県に暮らすものは、大晦日、年越しそばのあとに年越し焼き饅頭をデザートに食べることにしません?(えッ、おまけにだいぶ籠絡されてるって?大晦日、狙い目です。元旦、休みだから)。

【焼き饅頭文化の殿堂「原嶋屋」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年8月 5日 (土)

近くの蕎麦(群馬の蕎麦店その3)

休みの日、今日の昼飯は蕎麦でも食いたいなと思うものの、遠くの蕎麦店まで出掛ける気にはなれないときってありますよね。前の日の酒が抜けきらないとか、なんとなく疲れてるとか、見たいテレビがあるとか読みさしの本があるとか理由はさまざまですが。

そんな時よく行くのは「そば平」(群馬県前橋市下石倉32-20)です。自宅からクルマで行けば、ものの5分もかかりません。

旧前橋市なら草庵(前橋市荻窪町1230-1)、石墨(前橋市天川町146)、しらいし(前橋市池端854-4)、淺川屋(前橋市日吉町4-32-32)、そばひろ(前橋市大友町3-24-11)などに比較的よく行きますが、そこまで行く気力がないときは、そば平になります。

この店、日替わり定食や、そばうどんとのセットメニューが好評で、平日の昼時などは営業マンや勤め人でごった返します。午後0時くらいに行った場合、駐車場が満杯で入れないことも少なくありません(週刊誌や新聞がどっさりおいてあるのも嬉しいサービスです)。

短パンにティーシャツ、サンダルといったいでたちで行って、注文するのは肉汁そば(二段重ねで700円)に決まっています。

薄切りの豚肉と葱に少量の天かすが入った肉汁は、出てきた当座は熱々で器に触ることもできないくらいです。これがうれしい。この熱々のつゆに、冷たい蕎麦をくぐらせていただきます。

Img_0776

蕎麦が飛び切り旨いとか、つゆの出来が抜群だとかいうのではないのですが、この店には安心感があります。

店には清潔感があり、従業員さんはキビキビ働いて無駄がありません。お茶や水がなくなりかけると黙っていても継ぎ足してくれます。注文の品を非道く待たされることもありません。

普通のそばが普通に出てきて、普通に食べ終えて出てくることができます。

結構あるんです、普通のそばが普通に出てこない店。

そば平に行ったら是非食べてもらいたいものが鶏のから揚げ(480円)。大きめにカットされた鶏肉が4つ出てきますので、2人で1皿注文すれば充分です。

Img_0773_1

油から揚ったばかりでジュージューまだ音をたてているようなのが出てきます。ころもと言うか皮と言うか、これがスパイシーで実に旨い。そして鶏肉は柔らかくジューシーに仕上がっています。

子供と行った時子供が頼んで、それをひとつ横取りして食べてみたら、意外の旨さにびっくりしてしまいました。○ン○ッキーフライドチキンより、数段軽く仕上がっています。もたれません。

ただ、蕎麦とは余りあいませんね。ビールのつまみに頼んで、それから食べ終わるくらいに蕎麦を注文したほうがいいように思います。でも是非一度、騙されたと思って食べてみてください。

材料やら何やらをケチっている風がまったくないのです。この店の主人が鶏の唐揚げ大好き人間で、殆ど道楽で作ってお客を喜ばせようとしているとしか思えないような味です。

蕎麦屋で鶏の唐揚げの話もなんですが、近くにこういった、突っかけで行けるような蕎麦屋があるのは有難いものです。

【そば平がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年6月29日 (木)

群馬の蕎麦店その2

甘楽町に三途の川を探しに行った日、昼飯は蕎麦にしようと決めていましたが、吉井町の「一期一会」にしようか、富岡まで足を伸ばして「やじま」にしようか、藤岡まで戻って「瑞兆」にしようか悩んでおりました。群馬の蕎麦店はバラエティに富んでいるのです。

私の分類では、何れも求道派の蕎麦店です。「一期一会」については、高崎の片岡町(だったかな?いずれにしても烏川の西)の小さな店でやっている頃からのファンで、これを少し自慢話にしています。

(私は勝手に群馬の蕎麦店を求道派と庶民派に分類しています。この分類は、単に、ドンブリものを出すか出さないかの違いだけで、蕎麦の優劣ではありません。念のため。)

群馬の蕎麦店庶民派の代表で、香り高い蕎麦を出す藤岡の「昌良(まさよし)」(藤岡警察署前)は、口開けくらいに行かないと、あっという間の売り切れで、蕎麦にありつけないため、その日は時間的に無理と判断しました。

そういえば、高崎の、群馬の蕎麦店求道派の筆頭「そばきり」は、創業は富岡じゃなかったっけ、などと考えながら国道254号線をクルマで走っていました。吉井町長根で赤信号に止められた時、信号機の横をフト見ると、「江戸前手打ちそば くりもと」と書いてある看板が目に飛び込んできました。

で、今迄の考えは一切変更して、その「江戸前手打ち蕎麦 くりもと」に直行した次第です(その交差店からほんの50メートルくらい)。

結論から言うと、またひとつ、マイ蕎麦店リストに入る店が増えました。初めての店での注文は天せいろに決めていますが、ここの天せいろ(1260円)はお値打ちです。看板に掲げる通り、麺は私好みの細い江戸打ち、腰も充分。量もすくなくありません。海老は通常店の1.5倍くらいの大きさで、海老をちゃんと食ってる喜びを感じられます。

味に加えてサービスがいいんです。張りのある声での受け答え。大きめのグラスに入った冷たい蕎麦茶(その日は暑かったので余計ありがたかった)。サービスです、といって出される蕎麦の揚げもの。頃合いを見計らって出される蕎麦湯。

品書きにはドンブリものとのセットメニューもあるので、この方面に来る営業マンで、「くりもと」で昼飯を食べるのを楽しみしている人も少なくないのだなと思った次第です。

(3年前からやっているとのことで、言い訳がましいですが、ほぼその期間、群馬にブランクのあった私が知らなかったのも無理ないですよね?3年前、そんなに西毛地区頻繁に来なかったもんですから。)

期待はずれの(はっきり言えば、まずい)昼飯を食った後の午後半日は、大げさに言えば仕事にも気合が入りません。食い意地の汚い私だけのことかと不安になって、何人かに恐る恐る意見を求めたことがありましたが、皆なそうだったので、安心しました。反対に旨い昼飯を食ったあとの仕事ははかどる気がします。

かの、吉本隆明御大も、男は料理のうまい女に弱いみたいことを書いていたと思います(母親が作ってくれた、じゃがいものソース煮の思い出を書いていた文章だったような覚えがあります。ところで、じゃがいものソース煮、私食ったことありません。どなたか作り方教えてください)。

食べ物は、思っている以上に、その及ぼす影響力は大ですよ。いろんな事件の犯人(容疑者)の背景を聞くたびに、その思いを強くします。

【くりもとのある吉井町から軽井沢までの直線距離≒23マイル≒37km】

Img_0317

「くりもと」さんのお店の外観。撮った位置がちょっと悪かった、ごめんなさい。写真の撮り方、勉強します。

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2006年6月27日 (火)

群馬の蕎麦店

上州は蕎麦よりうどんが本流で、蕎麦はそのカゲの存在と思われがちですが、なかなかどうして、本格派蕎麦の店も最近では少なくありません。群馬の蕎麦店の広がりは、近時富みに勢いを増しているような気がします。

先日ある先輩のところに立ち寄ったら、今度群馬の蕎麦店の特集をやってみたら、とアドバイスをいただきました。このブログ読んでいてくれたんですね。ありがとうございます。

そこで、「2年前時点の」という限定付で、そして「私好みの」、というさらなる限定付で、思い出すままに、群馬の蕎麦店の名前を書き並べてみたいと思います。始めから言っておきますが、江戸打ち、から汁が好みですから、群馬の蕎麦店といっても、どうもそっち系の店が多くなってしまうと思います(何故か木曜日を定休日にしているお店が多い)。

「2年前時点の」という限定は、まだ群馬にカムバックして3ヶ月弱。群馬に帰ってきてから、3食合わせても270食弱しか食べておりません(但しおやつの時間は除きますが)。

朝から蕎麦を食べようにも、その時間では駅の立ち食いそばを除いて、営業しているところは、まあ、ないでしょう。それに、朝から取り寄せの蕎麦をすするほど、蕎麦に凝っているわけでもありません。

夕食に蕎麦を食べることもまれです。ただ、前橋の街中での飲み会の後に蕎麦を食べることはあります。この3ヶ月は飲み会も少なくなかったので、久しぶりに食べましたあの店で・。

(前橋の街で飲んだ後に食べる蕎麦といったら、あそこしかないですね。ほら、あそこですよ。女性の方がおやりになってる、夜だけの営業のところ。何せだいぶお酒が入ってから行くものだから、二日酔いになった翌日にはもう店の名前が思い出せない。しかし、あの蕎麦は実に旨い。昼間に営業していないのが誠に残念)。

「酒」の連想で思い出すのですが、伊香保温泉の石段街近くにある「再会」です。評判の店ですから、一度行ってみよう思っているのですが、そのままになっています。何せ、かの店は、午後8時からの営業ですから、行くに行けないと言った方が実態に近いのです。

というのも、伊香保温泉に泊まるというと、殆ど会合絡まりです。会合の後は宴会ですよね。で、午後8時頃は一次会の真っ最中、午後10時頃は場所を替えて二次会の真っ最中、午前0時頃は部屋に戻って三次会で盛り上がるのですから、結局その日泊まった宿から外に出ることなく、伊香保温泉の夜は更けていくわけです。

20年以上伊香保温泉に行っていますが、ついに「再会」にたどり着けないままです。再会どころか一度も会ってないんです。

早めに伊香保温泉に着いたら、「いけや」で蕎麦をすするということは、よくありますね。座敷がちょっと狭いところが余計いいですよ。ただの宴会目的で伊香保温泉に集合命令がかかったときは、もう早々に、ここで飲んじゃいますね。

だいぶ余分なことを書いたので、店の名前をずらりと書くのに中途半端なスペースになってしまいました。列記するのはまた今度(次回という意味ではなく、また今度です)にして、この店は惜しい、という店を一店だけ上げます。2年以上前のメモをそのまま書きます。

つづれ庵(新里村=現桐生市)
味、店の造作ともに申し分ない。麺はかなり腰があり、大げさに言えばもう少しで冷麺の域になりそうだが、悪くない。しめじの天麩羅は絶品。きのこそばの完成度は普通の店ではちょっとお目にかかれないレベル。酒肴の煮物も旨い。しかしながら、お高く留まった客あしらいはともかく、店に充満する便所の芳香剤の臭い(友人の中にはエアコンの臭いと主張するものもいるが)が一切合切を台無しにしている。

座った席が悪かっただけなのかもしれません。注文したからもったないないので、耐えて全部食べてきました。2年以上たって、もうそんなことは無くなっていると思うので、近いうちに行ってみようと思います(つづれ庵さんの道沿いを、渋川市に向かってクルマで走ると、おッと思わせる蕎麦屋さんが次々に現れます。まるで群馬の蕎麦店通りの感があります。今もおなじですかね?)。

【つづれ庵のある旧新里村から軽井沢までの直線距離≒38マイル≒61km】

Img_0268

安中杉並木。スギ花粉で肩身が狭いのかなあ。この近くがそばの名店「東間」の創業地です。

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2006年6月25日 (日)

どちらかと言えば蕎麦

そばとうどんどっちを選ぶ?という究極の選択を迫られたら、どうしても蕎麦に行ってしまいます。どんな体験があって蕎麦なのか自分には分析できませんが、リビドーとして蕎麦なのです。

過日、かねてから親しくしていただいている伊勢崎の社長さんに誘われて、2年ほど前に開店したという伊勢崎の蕎麦屋さん「楓」(伊勢崎市太田町617-1)に行ってきました。

モノトーンにまとめられた落ち着いた雰囲気の内装の中、いくつかコーナーを設けて程よい狭さを演出した空間に座って、私好みの細切りそばを楽しませてもらいました。

蕎麦の前に、出し巻きよりやや卵の量が多く、厚焼きと言ったほうがイメージしやすいかなと思われる玉子焼きが出てきたとき、社長の口をついで出てきたのは、一杯飲みたいところだねぇ、でした。2年ぶりだったので、余計そう思われたのかもしれません(和食の「庄屋久平」(みどり市)に初めて行ったのも、この社長に連れられてです)。

行ったのが昼でしたので、残念ながら、それはまた後の機会にということで帰ってきたのですが、天つゆも蕎麦猪口とは別に出され、蕎麦湯にも少しそば粉が足してあるなど、細かな配慮が感じられる店です(社長が早めの予約を入れておいてくれたこともあり、我々が口開けの客でした)。

母親が農家の出身ですから、何かの集まりの最後に出てくるそばに、キンピラ、胡瓜の千切り、菜っ葉のおひたしを同時投入して、椎名誠風に、わっしわっしと食べるのも大好きです。もとのつゆに、油揚げのきざみなど入っていたら、もう言うこと無しですね。

遠出したときなど、高速道路のサービスエリアに入れば、まず探すのは天ぷらそばです(500円以上の天ぷらそばは、闘争心が萎えます。ざっかけな食い物に500円以上出すのはつまりません。例え旨かったとしても、なんか喜びは薄いですよ)。

かつて駒寄パーキングエリアの天ぷらそばが旨い、という評判が立ち、いつか行くぞと思っていたのですが、利用インターチェンジがそのごく近くなので、つい通り過ぎてしまい、寄らぬままになっているのが、心残りです。

過去30年くらいの、群馬県における地場の外食産業の流れをたどってみると、まず1980年前後からハンバーグがブームとなり、次にスパゲティを中心としたイタリア料理、その次がとんかつ、そして焼肉。たどり着いたのが(ファミリー)居酒屋ブームのような気がします。お好み焼きの隆盛もありましたが、これはちょっと期間が短く、ややしぼんで今は定着といったところでしょうか。

同時並行で大手外食チェーンの進攻も進みました。この間、じわじわと勢力を拡張してきたのが、ラーメンと蕎麦でしょうか。

群馬の蕎麦店で全国区化した筆頭は、今は長野県に行ってしまった「せきざわ」でしょう。「そばきり」(高崎市)も忘れてはなりません。「草庵」(前橋市)は観光バスが立ち寄るまでになりました。今は手打ち派、機械打ち派、新旧入り乱れて覇を競っています。そば好きにとっては大変いい時代になりました。

食べ物のことですから、とどのつまりは好みでしょうが、自分の贔屓の店をめぐって、仲間と酒でも飲みながら、あそこがうまい、どこそこは言われるほどドッてことないなどと、時には口角泡を飛ばして論じてみるのは、群馬そば界発展のため、ぜひとも必要なことと思います。

【楓のある伊勢崎市から軽井沢までの直線距離≒33マイル≒53km】

Img_0122_2

かつて月の集まりに利用していた「お好み焼き屋」さん。お城でお好み焼きのキッチュ感、悪くはなかったのですが、残念ながら閉めちゃいました。

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2006年6月13日 (火)

東間その2

気になって、ご主人の修行先であった店にそばを食べに行ったとき、思い切って、「東間」さんはどうされました、と聞いてみました。すると、軽井沢で続けてますよ、との返事。あ~ッ、よかった。軽井沢に行けば、またあのそばがくえるのだ、と嬉しくなりました。

その時は冬だったので、少し暖かくなったら、軽井沢に出掛けてみよう、と思っていました。しかしながら、忙しさに流され、そのまま行かずじまいになってしまいました。

ある日、毎月とっていた「danchu」を何気なしに読んでいると、そこに、注目店として「東間」が紹介されていました。しかも著名な随筆家(玉村豊男氏だったと思いますが、朧な記憶でごめんなさい)の推薦つきでした。やった~ッ、「東間」代出世!と思わず顔がほころび、一人ニヤニヤしてしまいました。

しかし、次に胸のうちに去来したのは、正直に言いますと、「どんなもんだい」という思いです。「東間」さんが有名になるのはもちろん嬉しい。ただ、「東間」さんの第一発見者は、俺だ、と妙な独占欲と高揚感が湧いてくるのです。

「よし、早めの行ってみよう」と決め、「覚えているかなぁ」

などとあれこれ考えては、一人悦に入っていました。しかし何日かするうちに、行かないほうがいいのでは、と考えるようになりました。

「東間」さんが軽井沢に移転して、すぐに行ったならともかく、すでに安中市の店を閉めて1年以上の月日が過ぎているのです。店も品書きも大きく変わっただろう。安中の「東間」が私の「東間」であり、軽井沢の「東間」は、また別のものと考えた方がいい、と思うようになったのです。

その後、旧軽銀座や軽井沢のアウトレットに出掛けていますが、未だ「東間」には寄っていません。寄るのがなんだか怖いままです。

≫蛇足

それにつけても、箕郷町にあった「せきざわ」も、長野県に引っ越したとのこと。お袋の味とは違うけれど、なんだかそのれを失った悲しみに近いものがありますね。

≫そこで戯れ句

案ずるな、そこかしこから、桑の風

(「桑風庵」さん、店増えましたね。いつまでも群馬で頑張って下さい)                

                                                      

【東間の創業の地である群馬県安中市から軽井沢町までの直線距離≒17マイル≒27km】

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東間

 軽井沢 で人気店となっている、そばの「東間」は

むかし安中市にありました。確か、国道の旧18号、

杉並木がある近くだったと思います。

 旧18号線からさらに引っ込んだ立地だったことも

あり、失礼ながら、当時はいつ行っても、客は殆どお

らず、くつろいでそばを楽しむ贅沢な時間が過ごせ

ました。

 

ご主人が修行した店には日本酒の注文制限があった

ので、一度「お酒は銚子2本までですか?と、聞いた

ことがあります。返ってきた答えは豪快で、「1升でも

2升でもお好きなだけどうぞ」と言ってくれました。

酒は嫌いな方ではありませんから、店の売上に

協力することを名目に、5本くらいのお銚

ていたような気がします。

 旨いそば屋にもかかわらず、お客が少なかったの

で、これまた失礼ながら、なんとか長続きして、いず

れ繁盛して欲しいとの思いが強くありました。

 旨くて、品があって、気が利いている店ですから、

厚焼きなど酒のつまみも、ついつい多めに頼んで

まいました。出されるものは全て期待以上のもの

ばかりなので、そばの話になると「東間」という店が

あるんだ、を最後の切札にしていました。

 5、6回行った後だったでしょうか、ある日訪ねて

みると店が閉まっている。

 今日は定休日ではないはずと店を覗き込んでみ

ると、すでに店の調度類が無い。本格派のそば屋

だったので、出前もしなければ品書きにカツ丼の類

も置かず、立地から言って、来店客は限られるだろ

うと想像はしていましたが、やはり難しかったか、

と思いました(つづく)

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ごめんなさい、あたしの歯で

そばは、ちょっと無理。

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