2007年10月 8日 (月)

「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を発見す

Img_1191 「街おこし」の手立てに食べ物が使われることは少なくありません。代表的なところでは、餃子、うどん、焼きそば、焼き鳥などでしょうか。

昨年まで単身赴任していた神奈川県では横須賀市がカレーを使ってお客さんの呼び込みを図っています。

カレーが一般化する過程で、日本海軍が果たした役割が少なくなかったことに由来するようです。

海上自衛隊は、今でも金曜日の昼食はカレーライスと決まっているとか。

そして土産物用のご当地カレーとしてレトルトパウチの「横須賀海軍カレー」を用意しています。

※「横須賀海軍カレー」については下記参照
http://yokosuka-curry.com/

国民食となったカレーですが、レトルトパウチの「ご当地カレー」、群馬県にも無いものかと思っていたのですが、この間、発見しました。

Img_1371 「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」がそれです。

過日、所要で富岡市に行き、ついでに「富岡製糸場」に寄ったのは、07年10月3日エントリーの『「旧官営富岡製糸場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた』に書いた通りですが、この「北東一帯」にある七味唐辛子で名高い富岡市の「吉田七味店」に置いてありました。

富岡製糸場に使われたレンガと同じ大きさの紙箱にレトルトパウチのカレーが二つ入っています(180グラム二袋で500円)。

Img_1378 ご当地ものというとまず思い浮かぶのは「ラーメン」ですが、実は全国各地のご当地ラーメンを1社で数百種類も引き受けている製麺業者さんがあったりします。

かつて群馬の近代こけしが東北地方各地の土産物用こけしに変身していたのと同じようなことかも知れません。

で、さして期待はしていなかったのですが、試しに食べてみて意外に「本格派」なのにビックリ。

具は豚肉と玉ねぎのみの正統派。

Img_1393 食品表示を見ると、原材料名の一番始めに「豚肉」が来て、二番目に「玉ねぎ」が来ます。ということは、原材料として一番多く使われているのは「豚肉」で二番目が「玉ねぎ」ということを意味します。

実際食べてみて、ウソはありませんでした(ただ、レトルトパウチの技術的な限界から豚肉の食感は「缶詰の肉」になっています。現状ではいた仕方ありません)。

コクがあってスパイシー。辛さもワタクシには丁度良いレベルです(お子様用には、辛いでしょうね)。

レトルトパウチのカレーとしては、その値段、その量など総合的に判断した場合、全国でもかなり上位にランクされるのではないでしょうか。10位以内は間違いなし、のような気がします。

Img_1374 この「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」は、地元富岡市で「カレーと言えば高田食堂」と言われる洋食店「高田食堂」のカレーのレシピを元に作られたものだそうです。

「高田食堂」、カツカレーとソースカツ丼が名物だそうです。

「高田食堂」も例の「旧官営富岡製糸場」の北東一帯にありますから、富岡市に行ったら是非寄らねばなりません。

(「高田食堂」の写真は「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」の紙箱に印刷されたものを借用しました。カレーライスにのる福神漬けは、後から加えたもので、「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」に付いているものではありません)

【「富岡製糸場工女さんが愛したカレー」が売っている富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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2007年9月17日 (月)

高崎「角田製菓」のまんじゅう

粉食文化発達の地である群馬県では、おまんじゅう屋さんがあちこちにあります。

Img_6546_2 しかし、「おまんじゅう」一本で勝負しているおまんじゅう屋さんとなると、そう多くはありません。

大抵、どら焼きとかの「あんこもの」和菓子を数種類一緒に売っています。

そんな中で高崎市にある「角田製菓」さんは「まんじゅう」一本槍の店(上の写真は「角田製菓大沢店」)。

まんじゅう以外、他に何もありません。

Img_6544 潔いまでのその心意気に共鳴して、ファンは日夜「角田製菓」さんに通います(いけない、筆が滑りました。角田製菓さん、夜は営業しておりません。左の写真は「角田製菓」西島店)。

「角田製菓」さんが目指すのは、前橋にあった伝説のまんじゅう屋「片原饅頭志満屋本店」の味。

かつて(今も?)、「元黒飴」、「萩のかりんとう」、「片原饅頭」、「原嶋屋の焼き饅頭」が前橋4大名物といわれておりましたが、その一角に燦然と輝いていた、あの「片原饅頭」です。

Img_6551 個人的には、07年4月4月29日にエントリーした『「あんこもの」好きに朗報』で取り上げた前橋「たむら園」さんの薄皮饅頭が一押しなのですが、「角田製菓」さんのご努力に敬意を払うに、少しも吝かではありません。

競争による切磋琢磨、刻苦研鑚が、作り手の腕を上げ、消費者を引き付けます。

まんじゅうに対する甲論乙駁、侃々諤々(かんかんがくがく)、喧々囂々(けんけんごうごう)の論議が交わされてこそ、日本国における粉食文化群馬県の存在が高まるのです(些かオーバー、ですね)。

Img_6552 伊香保温泉(渋川市)には「竹内製菓」があり、旧榛名町(高崎市)には「おみたまんじゅう」がある(竹内製菓にご関心の向きは、07年1月7日エントリーの『ちょっとだけ伊香保を散歩する』をご参照下さい)。

そして旧群馬町(高崎市)を拠点に「妙見茶屋」さんが頑張っている(余談ですが、「妙見茶屋」さんのどら焼き、最近すっかり気に入っております)。

さらには渋川市の「中村のまんじゅう」もあれば、岩井洞ドライブインの酒饅頭も、伊勢崎の「親玉まんじゅう」もある。

Img_6553 そういう競合状態こそ、粉食文化群馬県の美しい「まんじゅう環境」です。

「角田製菓」さんのモダンなお店の造りは、従来の饅頭屋の概念を覆すものです。

ニュースタイルの店舗提案には、「まんじゅう」を新時代に相応しいものにする意気込みが、ひしひしと伝わってきます。

カロリー過多の時代の中で、「まんじゅう」を単なる饅頭から、体に優しいヘルシーなお菓子として捉え直そう、という意識改革の姿勢が感じられるのです(力、ちょっと入りすぎでしょうか?)。

Img_6566 ワタクシの知り合いには「まんじゅう」を2個食べてからお酒を飲む人間もいます(ウソか本当か、本人はこれが医学的に裏付けられた正しい酒の飲み方だ、と主張しております)。

今年は9月25日が十五夜。そして10月23日が十三夜。

月見団子も結構ですが、今年からは月見まんじゅうでお月様を迎える、というふうにしては如何でしょうか?

(やっぱ、駄目?)

【まんじゅう一本槍の「角田製菓」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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みなかみ町(旧月夜野町)「中華たむら」の麻婆豆腐ラーメン

沼田市周辺の中華料理店というと、知名度では「馬鹿旨」と「中華たむら」が群を抜いているような印象があります。

Img_0437 「馬鹿旨」さんは沼田市から日光に抜ける国道120号線沿い、「中華たむら」さんは沼田市から水上温泉に抜ける主要地方道の県道61号線(通称「奥利根ゆけむり街道」)沿いの立地です(上は尾瀬の玄関、JR沼田駅)。

「馬鹿旨」さんが立地する沼田市久屋原町25-1近くの沼田市白沢町高平地点における平日12時間の自動車類の通行量は7,452台(平成17年度道路交通センサス)。

また、「中華 たむら」さんが立地するみなかみ町下牧354-1近くのみなかみ町下牧625における平日12時間の自動車類通行量は8,027台(同)になっています。

どちらの地点も、利根・沼田地区ではもっとも交通量の多い地点に数えられます。

消費者の目に触れる機会が多い訳ですから、知名度が高くなるのも当然なのかもしれません。

飲食店において、立地の重要性は依然変わらないようです。

また、メニューに対する工夫と言う点でも両社は共通しています。

「馬鹿旨」の看板メニューは「トマトラーメン」。意表をつく組み合わせが受けています。

一方の「中華たむら」は地元特産のモロヘイヤの粉末を麺に練りこんだ「モロヘイヤラーメン」など地元にこだわった商品開発に熱心です。

Img_0447 「馬鹿旨」については07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』で触れましたので、今回は「中華 たむら」について少し書きます。

ワタクシが「中華 たむら」さんはすごいなと思うのは「価格勝負」は絶対にしないことです。

メニューに並ぶ品書きの値段一つ一つは決して安くありません(けれど、高い!という値段でもありません)。ちょっと高いというレベルです。

しかし、出された料理の味と量と値段を比較すると、思わず納得、なんです。

Img_0445 写真は「麻婆豆腐ラーメン」みそ味(しょうゆ味もあります)なんですが、そのドンブリの大きさは、洗面器代りに使えるのではないか、という大きさです(普通サイズのレンゲが、小さく見えるでしょう?)。

正直申し上げて、高校生ならいざ知らず、半世紀男であるワタクシが完食するにはちょっときつい量です。

しかし、一般的に言えばインパクトのある量ということになるでしょう。

特に、初めてきたお客さんには強い印象を残すと思います。

お客さんは、みなかみ町のあそこには、「中華 たむら」があると自然にインプットしてしまうと思います。

店名を忘れても、みなかみ町にラーメンで特徴的な店があった、と記憶するでしょう。

麺類ばかりでなく、定食類に関してもこのボリュームです。

で、味も悪くないので、勘定を支払うときに割高感はないのです。

昼食時に行くとお客さんでごった返していますが、若い人たちに混じって地元客と思われる老夫婦連れもお見受けします。

「中華 たむら」さんの旧月夜野町における独走は、当分つづきそうです。

「中華 たむら」さんは、記憶に残る店、印象深い店、なんです。

これから紅葉シーズン。「谷川岳」や「照葉峡」に行かれるときに寄ってみるのもいいかもしれません。

【印象に残る「中華 たむら」があるみなかみ町(旧月夜野町)から軽井沢町までの直線距離≒31マイル≒50km】

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2007年9月16日 (日)

前橋「酒肴 久松」で飲酒す

Img_9359 もう7月のことになってしまいますが某日、群馬の辛口隔月刊誌編集長U氏から電話で飲酒のお誘い(「ブックマンズアカデミー」や「文真堂書店」で売ってます。同じような雑誌は他にありませんから、すぐ分かります)。

(この編集長、たまに神主さんに化けたりします。変装じゃなくて、お仕事で、ですね)

場所は、JR新前橋駅近くの天才料理人大ちゃんが包丁を振り回すじゃなくて包丁を振るう「酒肴 久松」をご指定。

06年7月6日エントリーの『酒肴久松、ブログを始めるか』や06年9月11日エントリーの『ちゃんと腐る弁当-安さ便利さの影にあるもの-』、07年6月14日エントリーの『もつ煮十番勝負(その四「久松」の巻)』などを読んでいただければ、お分かりになっていただけると思いますが、「酒肴 久松」となればお断りする理由もありません。

Img_9393 (「酒肴 久松」でなくてもお断りする理由もないのですが・・・)

で、久々の密談ではなくておバカな二人宴会。

低脳児の二人ですから、その時真近に迫っていた群馬県知事選や参院選が話題になることもなく、年金問題、新潟中越沖地震、中国でっち上げ「段ボール肉まん事件」などにも話が及ぶことなく、ただただ阿保なダベリとひたすら飲酒。

酔うほどに、言葉の無限運動。つまり堂々巡り。

さらに酔うと、夢幻の境地。もう相手がいることさえ忘れてしまいますね。

Img_9374 写真でも撮っておかないと、何を食べたかも忘れちゃうんですね。

しかし、常備携行デジカメが、その失態をカバーしてくれます。限りなく威力を発揮してくれます。

いい事か悪いことか、少し悩んでしまうのですが、デジカメを使って風景や食べた物を撮影しておき、パソコンに保存しておくと、日記代わりになることは確かです。

写真を見ることによって喚起される記憶があります。

「酔生夢死」の人生と思っておりましたが、デジカメ激写するようになったので、この世に生きた証拠写真が、随分残るようになってしまいました。

Img_9380 因みに申し上げますと、この1年で撮った写真はおよそ1万枚。もっとも1日平均では僅か27枚ですが・・・。

※7月以降も「酒肴 久松」に出かけておりますが、そのたびにブログは書かないので、「酒肴 久松」で食べた料理の写真が溜まるばかり(左は牛バラの煮込み。味付けは塩のみの絶品。大ちゃんの天才振りが分かる一品)

で、その写真を少しでも披露しようと、唐突ですが、このブログを書いた次第。悪しからず、ご了承下さい。

【天才料理人大ちゃんが包丁を振るう「酒肴 久松」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年9月 8日 (土)

藤岡「みわや」のロールケーキ「くるみの樹」

SNS「mixi」のミク友、群馬県若者就職支援センター(通称「ジョブカフェぐんま」)実行部隊の司令というより親分のk氏はヒゲを蓄えています。

Img_0565 本人はなかなか同意しませんが、どちらかといえば、ヒゲ効果もあって「いかつい顔」に分類されると思います。

また、本当のところはともかく、体つきは、高校時代柔道部だったに違いないと思わせます。

早い話、そのスジの人でも道を譲るのではないと思わせる風貌です(ちょっとだけ大げさ、かな・・・)。

職業柄若い人たちと接するためか、たまに短い髪を茶色に染めて若作りしたりしますが、まあどう見ても舞踏派ではなくて「武闘派」の印象は拭えません。

Img_0601_2 ですから、上から見ても下から見ても、あるいは横から見ても、甘いものは受け付けません、という風です。しかし、実は、大酒家と誤解されているワタクシと同じ大の「甘党」。

(本人はかなり抵抗するでしょうが、大雑把に言うとk氏とワタクシは同世代)

そんなヒゲ面武闘派の彼が或る日、お菓子に話が及んだとき、目尻を下げ、相好を崩し、舌なめずりしそうに、うれしそうに藤岡「みわや」のロールケーキ「くるみの樹」の旨さについて語ってくれたことがあります。

(ヒゲ面武闘派男とオッサン歴10年男がお菓子について語り合う美しい姿が見られるのも、平和の恩恵ですね←平和ボケという突っ込みが入りそうですが・・・)

Img_0604_2 「初めて食べて、強い印象を残す訳ではないんです。別のロールケーキを食べたとき、ロールケーキと言えばみわやがあったっけ、と思い出すんです。ショートケーキを食べたときも、ふっと、みわやのロールケーキが思い出されるんです。みわやのロールケーキ『くるもの樹』は時が経てば経つほど、いろいろなケーキを食べれば食べるほど、特別なロールケーキだということが分かるんです」

なかなか、言ってくれるでしょう?

デパートなどで開かれる「大群馬物産展」といったイベントでは、「みわや」さん常連ですから、何度もそういった場所ではワタクシ遭遇しているのですが、嗜好が「あんこもの」に傾くため、これまで一度も買って食べたことがありませんでした。

Img_0645 で、前回エントリーの『もつ煮十番勝負(その五「二八車家」の巻)』で書いたように、8月25日に藤岡市に行きましたので、街なか(群馬銀行藤岡支店の近く)にある「みわや」さんに寄ってみました。

寄るだけでは不審者に思われますので、k氏御推薦のロールケーキである「くるみの樹」3種(「バニラ」、「モカ」、「チョコレート」)をちゃんと買いました。

もっとも、糖尿病が懸念されるので、ロールケーキ3本食べるのは命がけになります。

Img_0653 それなので、それぞれ1本買いしたわけではなく、買ったのはすでにカットされているロールケーキです(カットされているので、この状態はロールケーキではなくなっておりますが・・・)。

買うだけで食べないはもったいないので、自宅に帰ってちゃんと食べました。

(一遍に、いくつ食べてしまったかは、ヒ・ミ・ツ)

で、結論から言います。

グッドです。え~ですヨ~、です。

Img_0637 元々、ナッツ入りケーキは好物なので、くるみが沢山振りかけられているのが特別にうれしかった次第。

藤岡市のお菓子といえば虎屋の「瓦せんべい」が定番でしたが、時代の流れでやや劣勢。

この分を「みわや」のロールケーキ「くるみの樹」が埋めることになりそうです。

【群馬を代表するロールケーキ「くるみの樹」を売る「みわや」がある藤岡市から軽井沢町までの直線距離≒28マイル≒44km】

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もつ煮十番勝負(その五「二八車家」の巻)

Img_0533 随分、間が空いてしまった「もつ煮十番勝負」ですが、今回は藤岡市にある「二八車家」です。

尿酸値が人様より格段に高い実験者(つまりワタクシ)の体調を考慮したため、07年6月14日エントリーの『もつ煮十番勝負(その四「久松」の巻)』以来およそ3ヶ月ぶりの「もつ煮十番勝負」になってしまいました。

「二八車家」がある藤岡市には8月25日(土)に出かけたのですが、7月末に引いた夏風邪がなかなか抜けず、気力が整わなかったため、書き込みは今日になってしまいました。

Img_0563 8月25日(土)に藤岡市に出かけた一番の目的は「藤岡まつり」が同日と8月26日開催されると聞いていたからです。

群馬県内市町村の多くのお祭りは、8月4日、5日に集中し、夏祭りとしては「藤岡まつり」が県内では最後のお祭りになるのではないかと思ったので、デジカメをもって慌てて出かけた次第。

ではついでに「もつ煮十番勝負」で、西毛地区(群馬県西部)にファンの多い「二八車家」を取り上げよう、と思いついたんです。

そんなに藤岡市に行く機会もなくなりましたんで。

「もつ煮十番勝負」ですから、昼飯は「二八車家」で「もつ煮定食」を食べねばならぬと堅く心に誓い、午前10時に自宅を出ましたが、これが大いなる誤算。

結果から言うと、「もつ煮定食」は食べられず、「藤岡まつり」には早すぎると言う結果に終わりました。

Img_0595 自宅から藤岡市までは、ほぼ自宅横を通る主要地方道「前橋長瀞線」を南下すれば1時間も掛からず着いてしまいます。

余裕綽々「二八車家」に乗り込んだのですが、思っていたのとは違いお店の中に食堂施設はなく、冷蔵ケースに袋詰めのもつ煮などが並んでいるだけでした。

で、仕方ないから「おうちもつ煮定食」の決行を即決し、「二八車家 元祖スタミナもつ煮」1キロパックを購入。

Img_0586_2 ついでに「野菜ホルモン炒め」の決行も決意しその横に並んでいた「二八車家 本家塩ホルモン」を衝動買い。

要冷蔵とパックに書いてあるだけに、氷を無料サービスしてくれます(もちろんワタクシもいただいて、レジ袋に氷を投入してもらいました)。

Img_0577 外に出たときは、ややトホホな気分で、昼飯どこで食おう状態でしたが、25年間群馬県を走り回った男ですからすぐに気を取り直し、久々にとんかつの「甘楽亭」に行ってとんかつならぬメンチ定食にするか蕎麦の「昌良」に行って北海道産のそば粉で打たれ蕎麦をすするか、ちゃんと次なる秘策は浮かんできます。

次なる秘策は浮かんでくるのですが、それにしても藤岡の街を走っても「藤岡まつり」的雰囲気が午後0時前には感じられませんでした。

Img_0571_2 蕎麦の「昌良」に寄った後、「藤岡まつり」のメイン会場になる「本通り・中央通り」方面に出撃したのですが、時間が早すぎたのでしょう、屋台も組み立てられておらず、その機材や材料が、それぞれ抽選で選ばれたと思われる場所に準備されているだけでした。

「花は盛りに、月は隈なきを見るものかは」(吉田兼好、『徒然草』)ですから、お祭りが始まると思われる夕方まで待つことなく、ロールケーキで有名な「みわや」でカットロールケーキを仕込んだだけで帰ってきてしまいました。

Img_0555 ところで、「二八車家」の「二八車家 元祖スタミナもつ煮」、まだ冷蔵庫に入ったままです。

いくらなんでも本格的な秋が来るまで保存できませんので、残暑厳しい今夜あたり、大汗かきながら食べちゃおうかと思っております。

(「二八車家 本家塩ホルモン」の方はすでに食しております。にんにくたっぷり、そりゃもう疲労回復、元気百倍。「リポビタンD」か「二八車家 本家塩ホルモン」か、です)

【「二八車家 元祖スタミナもつ煮」が売っている「二八車家」がある群馬県藤岡市から軽井沢町までの直線距離≒28マイル≒44km】

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2007年8月13日 (月)

榛東村農産物直売所で「コンガスイカ」を確保する

Img_0303 06年8月6日エントリーの『群馬の3大くだもの』で、勝手に群馬の3大くだものを決めさせていただきましたが、7月8月にそのうちの2つが食べられます。

ひとつは前回『2年ぶりに高崎「八木桃(農)園」のももにありつく』で取り上げた高崎「八木桃(農)園」さんの桃。

もうひとつは榛東村農産物直売所にしか売っていない清水テイ子さんが作る「ラグビースイカ」です。

(3つ目は川場村「宮田農園」のフジです。ご関心の向きは06年11月25日エントリーの『晩秋、川場村でフジにかぶりつく』をご参照下さい)

Img_9619 その形状から、ワタクシが「ラグビースイカ」と呼んでいたものは「コンガスイカ」で、実は「ラグビースイカ」は別物であることが、このあいだ、7月22日放送の日本テレビ「いただきマッスル」を見ていて判明いたしました。

また、今日スイカに関する気合の入ったサイトを発見しましたので下記URLをクリックしてください
http://www.h6.dion.ne.jp/~sa3270/YA.04-suika.htm

本当の名前はなんだろうと長いあいだ思い悩んでまいりましたが、ついに、長年の胸のつかえがとれた感じです。

同時に、「ラグビースイカ」と勝手に呼んでいたのも、ちゃんとそういうものが存在していたのですから、まんざら的外れではなかったと、思った次第です。

Img_0308 毎夏お盆の頃を中心に出回る、元「ラグビースイカ」で実は「コンガスイカ」を求めて、「八木桃(農)園」さんに行った前の日の8月11日、榛東村農産物直売所に出撃してみましたところ、やっぱり出ておりました。

(8月4日、5日は「桐生八木節まつり」に行って、榛東村農産物直売所には行けなかったのですが、その前の週の7月29日に今年第1回目の出撃を敢行しております。その時は、まだ並んでおりませんでした)

Img_0389 群馬産の「コンガスイカ」を広めるためには、買い占めるようなことをしてはいけないと思いつつも、4つしか出ていないし、まだシーズン始めだから、売場からなくなってもまたすぐ並ぶだろうと、都合よく解釈し、結局棚にあった4つすべて買ってきてしまいました。

06年8月12日エントリーの『ついにラグビースイカを確保する』の写真と比べてみてください。

今年もまた例年に負けず劣らず、りっぱな「コンガスイカ」です。

【「コンガスイカ」を旧盆前後に売っている榛東村農産物直売所がある群馬県榛東村から軽井沢町までの直線距離≒22マイル≒34km】

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2年ぶりに高崎「八木桃(農)園」の桃にありつく

Img_9415 昨年は買いに出かけるのが遅くなり、高崎「八木桃(農)園」の桃を食べそびれてしまいましたが、今年はばっちり予約を入れておきましたので、悠然としていても、ちゃんと2種類食べることができました。

(昨年の様子は06年7月26日エントリーの『高崎に桃を買いに行って玉砕す』をご参照下さい)

1種類は7月22日に受け取りに出かけた「大玉 あかつき」。

Img_9424 (左の写真が「大玉 あかつき」です)

帰りには、第100回「ようこそ高崎人情市」を見てまいりました(「ようこそ高崎人情市」にご関心の向きは、07年7月23日エントリーの『「ようこそ高崎人情市」で「ゆうこちゃんいあう』、07年7月24日エントリーの『「ようこそ高崎人情市」に「襲雷」、「虎舞士」、「爽」の揃い踏み』をご参照下さい」。

そしてもう1種類は、電話連絡をいただき、昨日8月12日に受け取りに行った「黄金桃」です。

Img_0410  (左の写真が「黄金桃」です)

ただ、「川中島 白桃」が今年は1個600グラムくらいになったと園主に聞かされ、口ではそれはそれはいい桃ができましたね、と言ったもももじゃなくて、言ったものの、心の中は半べそ状態、泣きたくなりました。

(600グラムというと、どんぶらこっこと川を流れてきた赤ん坊の頃の桃太郎の頭くらいの大きさだと思います)

「川中島 白桃」は予約入れておかなかったんです。

で、当然今年は食べられません。

Img_0411 (左は黄金桃を切ったところ。黄金桃は、2~3日熟してから食べたほうがいいですね。色は流行のマンゴーのようです)

園主もワタクシが予約を入れておかなかったことに気づき、「川中島 白桃」の話はもうそれ以上しませんでした・・・。

かなりの糖度が出た、とも言っておりましたが(ますます残念)。

また、来年まで待たねばなりません。長い長い一年が始まります。

心配なのは、「八木桃園」さん、年々生産量を少なくしていることです。

Img_9662 (左は「大玉 あかつき」を名刺と比べてみたもの)

桃の木の樹齢が上がっていますが、同じ農地に桃の苗木を植えても根粒菌の関係からいい桃ができないのだそうです。

なので、桃の苗木を新たに植栽することをしていません。

単純な言い方をすると、「連作」がきかないのだそうです。

そのため、年々栽培している桃の木は少なくなっているとのことです。

改めて、自然相手の農業はまったく難しいもんだと思います。

Img_0403 7月22日に「大玉 あかつき」を取りに行ったときには、今年は結実期に雹が降ったため、実は落ちるし傷はつくしでさんざんだったと話を聞いたばかりです。

「川中島 白桃」も数日前の雷雨で100個以上落下してしまったと言っておりました。

踏んだり蹴ったりですね。

しかし「八木桃園」さん、奮闘しております。

オクラやら、今年初めて栽培してみたというゴーヤをお土産にいただいて帰ってきた次第ですが、是非是非また来年も楽しませていただきたいものです。

【赤ん坊の頭くらいの大きさの桃が生る「八木桃園」がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年8月 1日 (水)

前橋「すってんぺ」のドッキング麺とエビ塩あんかけラーメン

よくよく考えてみると、前橋中心街には中華料理関係で旨い店が結構あるものです。

すでに担々麺と麻婆豆腐の「四川楼」や、点心の「中国風居酒屋 かおり」については取り上げました。

(「四川楼」にご関心の向きは、07年7月15日エントリーの『前橋「四川楼」の担々麺』や07年6月21日エントリーの『前橋「四川楼」は中華のパラダイスだった』を、「中国風居酒屋 かおり」については、07年7月16日エントリーの『高校同窓会総会&前橋「中国風居酒屋 かおり」の点心』をご参照下さい)

Img_9217 今回はスズラン百貨店前橋店近くにある「すってんぺ」です。

「すってんぺ」のご主人はブログをやっておりますので、下記のURLをクリックしてみて下さい。今日の「お薦め」情報もゲットできます。
http://blog.livedoor.jp/toukyou2/

中心商店街で米穀商を営む、学校の先輩から「すってんぺ」の名前は結構前から聞いていたのですが、実際にお邪魔したのは今年になってからです。

(米穀商の先輩もブログをやっておりますので、是非下記のURLをクリックして下さい)
http://blog.goo.ne.jp/kome0141

この春、15人ばかりの集まりに参加したとき、集合場所が「すってんぺ」でした。それが初めての「すってんぺ」です。

貸し切り利用で、料理はコースで用意されておりました。

Img_9224 ワタクシが参加するのは大抵おバカな宴会なのですが、その時の集まりは、大きな議題があって、結構まじめなテーマでしたので議論が先になり、ゆっくり料理を味わうと言う雰囲気ではなかったのですが、それでも、米穀商の先輩が言った通り、センスの良さははっきり感じました。

ま、平たく言えば旨かったのです。

「それについてはこういった面からの視点も考えて見なければならない」などと言ったあと、ビールを一口飲んで「このイカうまいじゃないか」と付け加える感じです。

2度目はその数週間後、街中で何かの会合があって飲んだ後、お腹が空いたので、寄ったのだと思います。

いつも持ち歩くデジカメに、フラッシュがたかれて表面がハレーションしている麺類のドンブリ写真が残っていたので、かろうじて、昨日「すってんぺ」に寄ったのだな、と分かった次第。

酒量を過ごすと、すっかり記憶が飛びます。悲しい老化現象です。

Img_9846 で、その後ご無沙汰していたので、7月になってから、ちゃんと記憶の残る素面のとき、昼飯に2度ほど出かけました。

1回は「ドッキング麺」、2回目は「エビ塩あんかけラーメン」のオーダーです。

「ドッキング麺」、何のことだか分かります?

「エビ塩あんかけラーメン」はイメージしやすいですが、「ドッキング麺」はその解説が書いてあるメニューを見ない限り分かりません。

(「ドッキング」というと、ワタクシなんか1975年7月の宇宙船「アポロ」と「ソユーズ」のドッキングを思い出します。その後「ドッキング」、様々な意味を込めても使われるようになりました・・・。紅顔の美少年と呼ぶ人がいなかったわけではなかったワタクシは、その年齢のため、「ドッキング」の言葉に過剰反応したことがあったように記憶します)

「広東麺」と「担々麺」をドッキングさせたものです(写真上から2番目)。

ですからお約束通り、「広東麺」の象徴であるイカもエビも入っています。イカの火の通し具合、ワタクシにはお気に入りです。

(創作意欲の強い「すってんぺ」の主人ですので、「ドッキング麺Ⅱ」とは書いてありませんが、そうした品書きもすでにあります。「ドッキング」されるのは「担々麺」が多いようですが、「ドッキング麺」1号の相手に選ばれた「広東麺」が焼きもちをやいている風はないようです)

「エビ塩あんかけラーメン」は、ベタに言ってしまえば「えび麺」ですが、他の「えび麺」とスープが大いに違います。

清湯スープで、上品な味わいです。このスープを飲むと、ご主人のセンスのよさが、良く分かると思います。

(07年7月21日エントリーの『前橋「天安門」の担々麺とえび麺』で取り上げた「天安門」のえび麺は、鶏がらスープで塩をややきつめにしておりますが、これはこれで大変おいしいものです。お試しあれ)

メニューにはこのほか「レタトマラーメン」など気になる料理がてんこ盛り状態です。

昼飯時、2度行って2度とも女性客が半分以上を占めておりました。

もちろんそれが主たる目的ではありませんが、メニュー全制覇に向けて奮励努力する所存です。頑張ります。

(「もつ煮十番勝負」も07年6月14日エントリーの『もつ煮十番勝負(その四「久松」の巻)』で止まっているので、そちらもやっつけねばですねぇ・・・)

【「ドッキング麺」がメニューに載る「すってんぺ」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月29日 (日)

高崎「北海道ラーメン 大雪」のあんかけ焼きそば

Img_9762 最近食べ物屋さんに入って、その量に驚いたのは、07年6月8日エントリーの『高崎「もりや食堂」の焼きそば』の焼きそばでしたが、この焼きそばに初めて遭遇したときも、正直、ワタクシは腰を抜かしそうになりました。

高崎「北海道ラーメン 大雪」の「あんかけ焼きそば」です。

一般的な店でお目にかかる「あんかけ焼きそば」の2倍近い量があります。

かつて、まだワタクシに青年の面影があった頃、高崎問屋町で用事を済ませ、昼飯時にさてどうしよう、群馬県蕎麦界の代表選手「そばきり」にしようかどうしようか迷った果てに、ふらりと入ったのが、この「北海道ラーメン 大雪」。

(この店、高崎市問屋町では古手の食べ物屋さんになったのではないでしょうか)

Img_9761 写真のように、決しておしゃれな店ではありません。ワタクシのような一般大衆・労働者の皆さんを主な顧客に想定しているお店です。

ご主人、多分、宮内庁御用達になることは、まったく意識していないものと思われます。

通い始めた頃は、昼飯にアルコール類を注文するねじり鉢巻姿のおっちゃんも少なくありませんでしたから(今はもう、そういう芸当できなくなりましたね・・・)、はっきり申し上げて、女性が一人で気軽に入れるような「お洒落~ッ!」なお店では、ありません(ご主人、ごめんなさい。m(__)m)。

分類するなら、ディープなファンに支えられているお店です。

この店の売り物は、サッポロラーメンの原型を作ったといわれる札幌市の「だるま軒」に源を発する西山製麺株式会社の麺を使用していることです。

(「西山製麺株式会社」、横浜中華街の3分の1の店に麺を供給する「永楽製麺所」などとともに、製麺界の一大勢力ですね)

「北海道ラーメン 大雪」の「あんかけ焼きそば」に使われている麺ももちろん西山製麺さんのもので、太麺です。

麺玉の裏と表は、炒り焼きしてキツネ色に焼き色がついております。

(揚げ麺ではありません)

横浜中華街の「梅蘭」の焼きそばと同じタイプです(梅蘭の麺より太いですね)。

「梅蘭」の焼きそばは麺の下にあんがありますが、「北海道ラーメン 大雪」は「あんかけ焼きそば」名前の通り、麺の上にたっぷりのあんが掛かっております(当たり前ですね)。

あわててパクつくと、唇をヤケドしてしまいます。

はふはふしながら食べるしかありません。

【「あんかけ焼きそば」も旨い「北海道ラーメン 大雪」がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月21日 (土)

高崎「鉢の木 七冨久」の鮎を食う

夏に簗場で鮎の塩焼きを食べるなんていうのは、なかなか乙なものです。

Img_8956 「乙」ではなく「甲」でもいいくらいですね(成績評価に「甲乙丙丁」なんて、今は使いませんね)。

ビール「ぐびぐび」ではなく「がっぽがっぽ」飲めます(もちろん本来甘党のワタクシは、ビールは親の仇であるため飲んでいるだけですが・・・)。

昭和40年代の初め、沼田市に1年住んでおりましたが、目と鼻の先に「沼田簗」があり、シーズンになると昼も夜も随分と混んでおりました。                           

(沼田市については、07年6月2日エントリーの『「世界一おいしい」バウムクーヘン』、同じく『昭和村で「こしあぶらの天ぷら」に会う』、07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』、07年7月6日エントリーの『和魂洋才・沼田「フリアンパン洋菓子店」のみそパン』、同じく『沼田鉈の古見製作所』をご参照下さい)。

Img_8963 夜になると妖しくぼんぼりがともり、田舎には不釣合いなどんちゃん騒ぎに嬌声が混じるのが、小学生だったワタクシには印象的でした。

(早く大人になろうと強く思ったのはその頃です、なんちゃって・・・)

鮎の塩焼きには蓼酢が定番ですが、自宅で焼いたりする場合は、尾びれをはじめ背びれ腹びれ脂びれまで多めに塩をぬって、さらに全体に軽く塩を振り、焼きあがったらこの塩を溶かすくらいたっぷりレモン汁をかけて食べます。

Img_8972 グッドです。

いつも「ししゃも」を食べるように頭から尻尾まで全部食べてしまう鮎ですが、骨の硬い養殖鮎にあたると何だか損をしたような気になってしまいます。

頭と骨が残り、サンマを食べるような感じになってしまいます。

サンマ姿の鮎、情けありません。

伊豆狩野川では「鮎の開き干し」が有名ですが、はらわたを賞味する鮎ですから、もったいないような気がします。

Img_9037 でも、きっとはらわたはわらわたで集めておいて「うるか」を作っているのではないでしょうか。

もしかしたら、「うるか」を作る過程で「鮎の開き干し」が考案されたのかも知れません。

つまり「うるか」が先で「鮎の開き干し」があと。

秋になれば鮎は卵を抱えてまさに「ししゃも」状態。でも、投網漁をする人でも知らないとなかなか手に入りません。

Img_9040 それにしても群馬県では「冷水病」ですっかり鮎がいなくなったようです。

昔は、夏になると前橋あたりの利根川でも友釣りをする人が結構見られました。

今はほぼゼロの状態ではないでしょうか。

で、そんな訳で、仕方ないから和菓子の名店、高崎「鉢の木 七冨久」の菓子「鮎」を頭から食べることに致しました。

Img_9042 写真撮りながらでしたので、なんだかゆっくり味わう閑もありませんでした。

もういい年なんですから、こんなバカなことはやめようと思っていますが、またやるかもしれません。

「バカは死ななきゃ直らない」です。変なオジサン(変態オジサンではありません)のまま一生を過ごしそうです。

Img_9049 (まったく話が違いますが、かつて「秘密戦隊ゴレンジャー」を「秘密変態ゴレンジャー」に聞き間違え、ついに子供向け漫画にもそういったものが現れたか、と天を仰いだことがありました・・・。もっとも「理科」で使う「変態」の意味からすれば、「秘密変態ゴレンジャー」でも悪くはないような気がします。←こんなこと書くとまたトラックバックスパムが押し寄せるなあ・・・)

Img_9050 「鉢の木 七冨久」、まあそれはそれは沢山の種類の和菓子が並んでおりました。

季節によってさらに様々なお菓子が登場するでしょうから、始めから「鉢の木七冨久」のお菓子を制覇することは諦めております。

どなたか、チャレンジしてみませんか。

それにしても、利根川で友釣りをする人の姿が夏の風物詩として復活するのを願ってやみません。

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【和菓子の名店として知られる「鉢の木 七冨久」がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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前橋「天安門」の担々麺とえび麺

なんでこの店を発見したのか思い出すべく懸命に努力しましたが、思い出せません。

Img_9308 (「自主開拓店」だったのか「教示訪問店」だったのかも忘れてしまいました)

しかし10年前にはすでに知っていたように記憶しております。

「旨いラーメン屋さんはどこ?」と訊かれると、前橋市利根西地区に住んでいるワタクシとしては、その近さもあり、大抵この店の名前を挙げることにしております。

(念のため申し添えれば、「天安門」さんはラーメン屋さんではなくて、中国料理屋さんです。麺類ばかりでなく、他の料理もグッドです。ワタクシの場合、友人知人に出くわす確率が一番高いのもこの店ですね。)

Img_5797 初めてこの店で担々麺を食べたとき、「お~ッ!ちゃんと料理している担々麺だ~ッ!」と感動したものです。

(それまでは名ばかりの担々麺にしか会ったことがありませんでした)

07年7月15日エントリーの『前橋「四川楼」の担々麺』を書いておきながら、その舌の根も乾かぬうちに、そりゃないだろうと思われる方があるかもしれませんが、両方とも愛しております。

昔、高校の古文の授業でT先生が『源氏物語』の講義中、ニキビ面の高校生を前にして、「諸君は、同時に二人の、いや複数の女性を愛すということができると思うか?ん~ん、どうだあ?どう思う?実は、実はだなあ、この物語のように、できるんだなあ」と宣(のたま)ったとき、こころ美しき純粋人間純度100%の恋愛に憧れるワタクシとしては、なんと不潔、なんと不純、なんと不実と光源氏ではなくこの先生を軽蔑したものですが、「四川楼」の担々麺と同時に「天安門」の担々麺を愛す今のワタクシは、T先生の発言の奥深さをしみじみ思い、短慮だった自分を反省している次第です(実は、この二つの担々麺ばかりでなく、今では複数の担々麺を愛しているんです・・・)。

Img_9302 告白すれば、ワタクシは「天安門」において、担々麺ばかりでなく、えび麺も愛してしまっております(あえて言えば、一昨日食べたえび麺はエビの数が昔に比べ減ったような気がしますが、そう思うのはワタクシだけでしょうか。そして塩気が少し薄くなった気もします・・・)

(えび麺は07年7月4日エントリーの『久々に前橋「広ちゃん飯店」に寄る』で書いたように「広ちゃん飯店」で食べたばっかりです・・・)

ワタクシは罪深い人間なのでしょうか?ラーメンじゃなくてアーメン・・・。

(複数の旨い担々麺が存在する群馬県に関心の向きは『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【ちゃんと料理してる担々麺を出す「天安門」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月16日 (月)

高校同窓会総会&前橋「中国風居酒屋 かおり」の点心

7月14日は恒例(毎年7月第二土曜日開催)の高校同窓会総会。

Img_7856 台風4号の影響による生憎の雨にもかかわらず、先輩同輩後輩合わせて600名の元高校生が前橋「マーキュリーホテル」に集結し、お互いの恙無(つつがなき)を喜び合いました。

卒業後25年すると同窓会総会の設営担当学年となり、その学年の卒業生が記念講演することになっているのですが、今年は「群馬大学大学院医学系研究科泌尿器病態学教授」である鈴木和浩氏による「男性更年期をのりこえるために」という有難いお話でした。

(群馬大学医学部に関しては06年7月3日エントリーの『注目される群馬大学の重粒子線治療施設』をご参照下さい)

心強い後輩です(何かあったら、よろしくね)。

「男性更年期をのりこえて」という演題、泣かせます。

Img_9013 この講演を目的に来た、と告白した同窓もおりました(左の写真は、我々よりも15年先輩達のテーブル)。

自分では、中味は高校生の頃とさして変わっていないつもりですが、大変な曲がり角を迎えているのですね。

かてて加えて、外見においては甚だしい変化が生じております。

しかしお互い大人なので、そういった傷口に塩を塗るような話題に触れることなく、時の過ぎ行くままに、飲み、話し、握手し、肩を叩き合い、血圧が高いことや尿酸値が異常値であること、さらには不整脈が頻発することなどを自慢しあいました。

で、その流れで、雨にも負けないよい子のオジサンたちは「前橋街中(まちなか)元気を取り戻し隊」となって前橋中心街に繰り出したのです。

Img_9180 第一次集合地点は、ウン十年前、前橋市立第五中学校バスケット部のポイントゲッターとして他チームに恐れられたK氏が強く押す「中国風居酒屋 かおり」です。

「中国風居酒屋 かおり」、ワタクシは初めての店です(左の写真は昼の風景。まだやってません)。

小料理の「磐梯」のお隣さんです。

それにしても、店の名前、のけぞってしまいますね。ちょっと感動的ですらあります。

Img_9024 「中国風居酒屋」と来れば「楊貴妃」とか、「西太后」までは行かなくとも、次に中国風の文言がくるような気がします。

しかし、それを見事裏切って「かおり」です。

いきなり変調しておりますが、日中親善に配慮しての深謀遠慮なのかもしれません。

その命名における思慮深さに、思わず感動してしまうわけです。

Img_9025 「洋風居酒屋」は全国津々浦々にありますが、「中国風居酒屋」まだ少ないのではないでしょうか。

先駆けです(「YAHOO!」で「中国風居酒屋」のキーワードを入れて検索したら、「中国風居酒屋 かおり」、トップでした)。

これから来る波かもしれません。

※関心の向きは下記参照
http://china-kaori.hp.infoseek.co.jp/

で、点心類を注文したのですが、どれも結構な味です。てきぱきと動き回る中国人のママが作ってくれた料理です。

Img_9029 推薦人のK氏、なかなか隅に置けません。

人数も少なくなかったのですが、デジカメ写真を撮るからまだ箸を出すなと制止の声をかける間もなく、次々に点心類は皆の口に運ばれて、写真のようになってしまいました。

旨いものには目が無いという、実に正直な反応を示すオジサンたちです。

(今度行ったときに「完全美品」の写真、ちゃんと撮ってきます)

Img_9026 人間、ものを食べられなくなったら終わりだとよく言いますが、この分では当分その心配も無いオジサンたちです。

(その後オジサンたちは、雨の降りしきる前橋を、「八甲田山 死の彷徨」のように彷徨いながら、一人の脱落者も出すことなく、第二次集合地点の「パルチヨ」内某店に無事辿り着いたとさ。07年6月21日エントリーの『前橋「四川楼」は中華のパラダイスだった』よりはまっすぐ歩きました)

(中国料理大好き人間のワタクシです。ご関心のきは07年4月30日エントリーの『陽気軒の「メガチャーシューメン』、07年5月30日エントリーの『桐生「龍苑」のチャプスイ』、07年5月31日エントリーの『高崎「東竜」の肉味噌そば』、07年7月4日エントリーの『月に一度は高崎「東竜」の肉味噌ラーメン』、07年7月4日エントリーの『久々に前橋「広ちゃん飯店」に寄る』、07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』をご参照下さい」                                                                                             

(群馬県についてご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【全国でも先駆けの「中国風居酒屋」である「中国風居酒屋 かおり」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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高崎「八木桃(農)園」 桃の季節到来

八百屋さんの店頭やスーパーでは桃がずらりと並んでおりますが、今まさに「桃」のシーズン真っ盛り。

Img_0706 老いも若きも、男も女も、「桃はちょっと・・・」と言う人は少ないのではないでしょうか。

花もよく、実も良い桃(葉っぱもいいようです)。

「桃源郷」という言葉があったり、「桃の花」という一時はオロナイン軟膏と人気を二分するハンドクリームがあったり、「菊池桃子」という女優さんがいたり、「桃尻娘」というオジサンたちにとっては忘れられないお話(映画)があったり、「桃」は実に豊な広がりをもった存在です。

橋本治先生に、『桃の哲学』という本を書いていただきたいくらいです(「桃を食べるときは、美人のお尻を目の前にした喜びのようなものがある」なんていう書き出しでお願いできれば、と思います・・・。すみません。m(__)m)

(それにしても、映画の「桃尻娘」に出演していた「竹田かおり」さんや「亜湖」さんはいかがなさっているのでしょうか。ユニークなキャラでしたよね)

Img_9133 今月初旬には贔屓の高崎「八木桃(農)園」さんから今年の桃の販売予定を知らせる案内状も届きました。

昨年は不覚にも出遅れて、高崎「八木桃(農)園」さんの桃を食べ逃してしまいましたが、2年連続の敗北を回避すべく、今年は準備おさおさ怠りありません。

万全を期しております。

(昨年の顛末については06年7月26日エントリーの『高崎に桃を買いに行って玉砕す!』をご参照下さい)

勝手に、独自で、人の言うことも聞かず、高崎「八木桃(農)園」さんの桃を群馬の3大くだものに指定させていただいておりますが、残念なのは「八木桃(農)園」さんの桃、手数をかけて育てているため、生産量が少ないことです。

(群馬の3大くだものにご関心の向きは06年8月6日エントリーの『群馬の3大くだもの』、06年7月26日エントリーの『高崎に桃を買いに行って玉砕す!』、06年7月27日エントリーの『ぺピーノが生えていた』、06年8月12日エントリーの『ついにラグビースイカを確保する』、06年8月15日エントリーの『ラグビースイカ追撃に失敗す』、06年11月25日エントリーの『晩秋、川場村でフジにかぶりつく』をご参照下さい)

解禁日には、雲集するお客さんたち、みんな必死の形相です。

今年はワタクシも、その一人になる覚悟です。

頑張ります。

(写真は昨年の「八木桃(農)園」さん)                                

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「群馬の3大くだもの」のひとつを生産する「八木桃(農)園」さんがある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月15日 (日)

前橋「四川楼」の担々麺

「前橋七夕まつり」の最終日である7月8日、街中にチャリンコ散歩で出たついでに、07年6月21日エントリーの『前橋「四川楼」は中華のパラダイスだった』に書いた「四川楼」に寄りました。

Img_8629 念願の担々麺を食べるためです。

その前に2度ほど「四川楼」に行ってみたのですが、2度ともお休みの日にかち合って果たせず、「前橋七夕まつり」の最終日である7月8日は3度目の正直でした。

(「前橋七夕まつり」にご関心の向きは、07年7月7日エントリーの『平成19年「前橋七夕まつり」やってます』、同日エントリーの『平成19年「前橋七夕まつり」やってます(露天商)』、同日エントリーの『平成19年「前橋七夕まつり」やってます(花より団子篇)』、07年7月8日エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』をご参照下さい)

昨年8月に現在地に移ってきたそうですが(それまでは上毛電鉄前橋中央駅の近くでの営業だったそうです)、かつて名を馳せた「皇家」があった場所です。

で、「四川楼」の担々麺ですが、その尋常ならざる懲りように、思わず脱帽してしまいました。

麺はスープが良く絡むひら打ちです。

本格派の味です。

Img_8635 中国は四川省の重慶に行かなくていいかも、なんて思ってしまいます。

特にその酢の調合の微妙さ加減、利かせ方は、真似が出来る人はいないのではないかとさえ思ってしまいます。

辛いのにマイルドです。

気さくな人柄のご主人は「辛いですか?」と心配してくれたりします。

是非、お試しを。

(酢の風味を守るため、提供温度はやや低く設定されているようです)               

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【至宝の担々麺が食べられる前橋「四川楼」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月13日 (金)

高崎「やまだや」の「こうちゃんの手造り新しょうが漬」

それがなんなんだぁ?と聞かれそうですが、ワタクシは自他共に認めるショウガ好き。

高校生の頃はコーラよりジンジャエールが好きでした。

Img_6314 長じて前橋「たむらや」のショウガのみそ漬を発見してこれにハマリ、ビールのあてに、カレーの付け合せに、おむすびのお供にそれはそれは「寵愛よ~ッ」です(皆さんがお得意の「チョーアイイョー」ではありませんので注意願います)。

※「たむらや」は下記参照
http://www.tamuraya.com/

(「たむらや」の本店は「APE前橋店」の反対側にあります。「APE前橋店」にご関心の向きは07年6月22日エントリーの『「BAPE 前橋店」改装中』をご参照下さい)

冬が近くなると中之条町の四万温泉手前にある「薬王園」(沢田農協さん経営)へ、風邪に備えて「生姜糖」を買いに行きます。

(四万温泉にご関心の向きは07年4月3日エントリーの「四万温泉協会宮崎局長、高崎で奮戦す」をご参照ください)

※「薬王園」は下記参照
http://www.yakuouen.com/

味噌を就けては葉しょうがをかじる時、初夏を感じます。

Img_8913 焼き魚のあしらいについている「はじかみ」、魚より先に食べたりします。

「岩下の新しょうが」は1袋がワタクシにとっては食べきりサイズです。

行儀がいいとは言えませんが、焼きそばを食べるときにはもちろん、お好み焼き、牛丼には紅しょうがをてんこ盛りにします(旨い牛丼にご関心の向きは、07年6月5日エントリーの「もつ煮十番勝負の合間に牛丼」をご参照ください)。

桐生「龍苑」のチャプスイが好きなのも、皿のはしっこに紅しょうがが乗っているからかもしれません(桐生「龍苑」のチャプスイにご関心の向きは07年5月30日エントリーの『桐生「龍苑」のチャプスイ』をご参照下さい)。

しかし、徳川15代将軍の中で、精力家としては11代家斉とともに双璧に数えられる9代家重(1995年のNHK大河ドラマ「八大将軍吉宗」で中村梅雀が演じたたことでご存知の方も多いのではないかと思います)の精力の源は「ショウガ」であったという説がありますが、ワタクシにおいては、その霊験はあらたかではありません。

いくら食べても素通りです。

Img_8919 それはそれとして、「たむらや」のショウガの味噌漬同様に、これから偏愛の品になるであろうショウガの漬物を発見しました。

それが、高崎「やまだや」の「こうちゃんの手造り新しょうが漬」です。

食品スーパーに売っているような紅しょうがに特有な、調味料のつんつんした感じがありません。清涼感さえあります。

ショウガはまったく筋張っていません。歯ざわりとやわらかさのバランスが絶妙です。

あと引きます。

「YAHOO!」や「Google」で検索しても該当するものが無いので、取り上げねばと思った次第。

デパートで行う群馬県の物産展などに出ていることが多い「やまだやの新しょうが漬」ですが、今日はスズラン前橋店でゲットできたようです。

ハマリます。                                                

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【しょうが好きにとってははずせない新しょうが漬を作る高崎「やまだや」がある群馬県高崎市から軽井沢町までの距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月 6日 (金)

前橋「石田豆腐店」はすぐ近く

自宅近辺の買い物と言うと、あなたはどこに行きますか?

食品スーパー?

コンビニ?

それともドラッグストアですか?

「平成16年サービス業基本調査」によりますと、群馬県における食べ物屋さん(一般飲食店)は平成16年6月1日現在で6,627軒ありますから(およそ人口300人に1軒の割合)、もしかしたら一番身近なのは飲食店かもしれませんね(「買い物」と言う語感と若干違いますが・・・)。

Img_8368 もちろん上記4つの小売業へ買い物に行きますが、ワタクシはそれに加えて豆腐屋にも行くのです。

昔は、「近所に買い物へ」と言うと、お肉屋さんに行ったり、八百屋さんに行ったり、魚屋さんに行ったりしましたが、今、その辺の役目は食品スーパーが肩代わりしております。

瀬戸物屋さんだの、金物屋さんだの、雑貨屋さんだのの役割も、今は食品スーパーやコンビニに行けばことが足ります。

昔は牛乳屋がありました。昔は納豆を売りに来るおじさんがいました。同じように豆腐屋さんも夕方にはやってきました。

しかし今は、食品スーパーやコンビニ、ドラッグストアに行けば、いつでも牛乳も、納豆も、豆腐も買えます。

Img_8373 鍋をぶら下げて、そろそろ来るだろうなんて待っていなくても良くなったのです。

解熱剤や風邪薬を買いに薬局に走ることもなくなりました。

「煙草屋の看板娘」はすでに死語だと思います。自動販売機も「百恵ちゃん」や「昌子ちゃん」や「淳子ちゃん」から二世代も三世代も進化しました。

そんな中で、ワタクシの自宅近くには、夫婦二人で営む豆腐屋さんが奇跡的に残っているのです。

店の名前を「石田豆腐店」と言います。                              

(07年6月24日エントリーの「飯野知彦(デュークエイセス)、松井天斗、柳田衣里佳の共通項は?」で取り上げた松井天斗さんの実家「松井テント」があるのと同じ道路に面したちょっと東にあります。その誼でしょう。「石田豆腐店」にも「松井テント」に貼られているのと同じ「水戸黄門」のポスターが貼ってあります)                                

Img_8379 ワタクシが中学生の頃にはすでに商売をなさっていましたから、40年近く豆腐一筋の商売を続けてきたことになります。

今日のように暑い日は、スリッパを突っかけて、冷奴にする豆腐、冬の日は湯豆腐にする豆腐を買いに行く楽しみがワタクシには残されています。

豆腐は、食品スーパーでも、コンビニでも、ドラッグストアでも売っているのですが、ここでちょっと時候の挨拶などしながらわずか1丁か2丁の豆腐を買うのです。

ただ豆腐を買いに行くだけです。

Img_7918 それも最近流行の「プレミアム豆腐」ではなくて、普通に朝から毎日毎日丁寧に作り続けていつの間にか40年近く経った豆腐です。

何の変哲もてらいも無い、40年近く続く豆腐屋に豆腐を買いに行くんですが、考えてみれば、結構贅沢でしょ?

                                                

(よく考えてみたら、フーケ前橋店にもパンを買いに歩いて行ってます。ご関心の向きは07年6月15日エントリーの「フーケ前橋店のパン」をご参照下さい)

【40年近く続く「石田豆腐店」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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和魂洋才・沼田「フリアンパン洋菓子店」のみそパン

前回、沼田市に出かけたときは、よしもとばなな様ご推薦の沼田「樫の木」の「世界一おいしい」バウムクーヘン(ご関心の向きは07年6月2日エントリーの「『世界一おいしい』バウムクーヘン」をご参照下さい)を買って帰りましたが、昨日は「フリアンパン洋菓子店」のみそパンを、ちょこっとですが、購入しました。

Img_8317 「フリアンパン洋菓子店」のみそパン、沼田市を代表する一品になりました(左は「みそパンを」買ったフリアンパン洋菓子店グリーンベル21店が入る沼田「グリーンベル21」の入口のひとつ)。

浅草の「人形焼」、広島の「紅葉まんじゅう」、仙台の「萩の月」的存在です。

百貨店で開かれる物産展にも出品したりしています。ですから、沼田市に行かなくても、たまに地場百貨店の「スズラン前橋店」で買えたりします。

バターやジャムの代わりにパンに味噌をぬって食べたら旨いかも知れないと考えるには、通常ならどうしてもかなりの飛躍が必要でしょうが、沼田の人或いは群馬県人は、その行為に至るにぜんぜん飛躍を必要としないんです。

まんじゅう(大福餅)→あんぱん→カレーパンの発想経路と同じように

おやき→焼き饅頭(味噌まんじゅう)→みそパン

というきわめて単純な発想経路で済む話なんです。

そこに飛躍も短絡もありません。誇張や珍奇とも無縁です。

Img_8353 ごくごくまっとうな思考回路を辿ればいいだけなんです。謂わば地続きの発想なんですね、「みそパン」。だから広がりと支持を得たのではないかと思います。

群馬県は粉食文化の発達した土地柄です。

(ご関心の向きは、07年6月10日エントリーの「前橋ピザに高崎パスタ」、07年6月15日エントリーの「フーケ前橋店のパン」、07年6月15日エントリーの「群馬県人の気儘な粉食ライフ」、07年6月17日エントリーの「群馬県人はバーガーキングを待っている(かも)」をご参照下さい)。

そしてその一方で甘味噌文化の伝統も併せ持っております。

「コンニャクの味噌おでん」がその代表格かも知れません。

本来塩で食べるはじき芋(きぬかつぎ)に甘味噌をつけて食べたり、同じように里芋に甘味噌をぬって焼き、田楽にして食べたりします。

Img_8364 群馬県内でも濃密な焼きまんじゅう(味噌まんじゅう)文化の発達した沼田市において、「みそパン」は生まれるべくして生まれたものといっても過言ではないと思います。

酪農王国北海道で、「牛乳茶漬け」(ホットミルクぶっかけご飯)が誕生するよりも自然のことだったのです。

ソフトフランスパンに甘味噌をぬった「みそパン」。バターとハーモニーする「みそバターパン」などのバリエーションもあります。

そこにトンカツを挿めば「みそトンカツパン」に早変わりするなど、あなたの創意工夫次第でさらにバリエーションは広がります。

あなたも、目眩めく「みそパンワールド」をご堪能下さい。

【みそパンで有名な「フリアンパン洋菓子店」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒32マイル≒52km】

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2007年7月 4日 (水)

久々に前橋「広ちゃん飯店」に寄る

今日のお昼時間はたまたま前橋市公田町近くをクルマで走っておりましたので、久々に「広ちゃん飯店」に寄りました。

Img_8289 午後0時を回っていたのですが、ラッキーにもワタクシが店に入ると同時にカウンター席が1つ空き、順番待ちは回避できました。

(ワタクシの後から入った人たちは、順番待ち席に10分近く座っていたのではないでしょうか)

順番待ちは回避できたのですが、前回のブログ「月に一度は高崎『東竜』の肉味噌ラーメン」に書いたように、今週月曜日の昼食は肉味噌ラーメンでしたので、日替わりランチにしようかめん類にしようか悶々として悩んでしまいました。

今日の気温が高かったら、まず間違いなく日替わりランチを選択していたでしょうが、そうでもなかったので、乾坤一擲、結局「えび麺」です。

(ワタクシの隣の人は冷やし中華食べてましたけど・・・)

Img_8296 まあ何を選んでも間違いないのですが、またそれだから選択に迷ってしまうとも言える訳です。

本来ワタクシの一番のおすすめは「ニラレバ炒め」。丁寧に下拵えしてありますので、もちろんレバーに臭みなどなく、離乳期の赤ちゃんからお年寄りまでにこにこして食べています。

ごはん、がっぽがっぽ食べられます。

ここのご主人は、「広ちゃん飯店」を開業する前は前橋市広瀬町にある「C飯店」で中華なべを振っていた人です。

当時「C飯店」の駐車場は昼時になるとクルマがあふれておりました。

しかし今はそんなことも無いようです。

言うまでもなく、「C飯店」に行っていたお客さんたち、「広ちゃん飯店」の開店と同時に、どっと「広ちゃん飯店」に鞍替えしてしまったということですね。

お客は料理人に付く、とよく言いますが、その言葉通りの結果になっております。

幹線道路にも、生活道路にも面していない、分かりにくい田んぼ立地であるにもかかわらず千客万来の中華料理店、全国でも珍しい存在ではないでしょうか。

(それにしても「広ちゃん飯店」という店名、斬新です。インパクトあります。初めて「広ちゃん飯店」の店名を聞いたとき、ワタクシはぶっ飛びました)

お店は全席禁煙ですが、愛煙家の為の、外気直撃の席も用意されています。完全分煙です。

真冬でも、たまにその席で楽しそうに宴会をやっているグループもいらっしゃます。もちろん、ワタクシもその一人だったことがあります。

【ニラレバ炒めがお奨めの「広ちゃん飯店」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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月に一度は高崎「東竜」の肉味噌ラーメン

ブログを始めておよそ一年。それ以来、常にデジカメを持ち歩くようになったことが生活の上で起きた大きな変化でしょうか。

Img_8145 「デジカメ持ち歩き行動」によって分かったことがあります。

昼飯は出先でひとり食べることが多く、それを激写してまいりましたが、意外に保守的な「昼飯摂取行動」をしているのです。

07年6月1日には「前橋『そば平』では肉汁そば一本槍」を書きましたが、前橋の「そば平」さんには結構寄っています。

また、07年5月31日には「高崎『東竜』の肉味噌そば」を書きましたが、高崎の「東竜」さんにも月一くらいのペースで行っております。

実は一昨日の月曜日7月2日にも「東竜」さんに出掛けて肉味噌ラーメンを食べています。5月22日以来ですね。

Img_8149 意識して1ヵ月に一遍のペースを守ろうとしているわけではありません。

1ヵ月くらい経つと、自然に、夢遊病者のように「東竜」さんに足が向くようです。引き寄せられるように行っています。デジカメ写真の記録を見るとそのことがはっきりします。

手が震えるとか、落ち着きがなくなるといった禁断症状が出ることはないのですが、食べたいときが「東竜」さんの定休日に当たったらどうしようとは思っております。

【肉味噌ラーメンの「東竜」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年6月30日 (土)

前橋「うっふボーノ」のランチでビール

先週土曜日のお昼は「うっふボーノ」のオーナーであるT氏と、「うっふボーノ」でランチを食べたんですが、飲む?と誘惑するので、あっさり誘惑されてしまいました。

Img_7861 (T氏とは高校の同期で、お互い超優良の学業成績ではなかったので、かといって優良の学業成績でもなかったので、連帯しておりました。ロングテールの左が頭だとすると、右の方ですね。ですから、大学卒業後海外留学し、仕事についてからは海外出張が多いため英語ベラベラに進化したT氏に、社会人になってから再会したときは、T氏の着ぐるみを着た別人かと思いましたね)

なんてったって「ビール祭り」の幟が店の周りに立っているんです・・・。ワタクシは土曜日で休みですし・・・。

せっかくの好意的発言に、「いらない」と返事するのは、何だか失礼になるような気がしたんです。

みもふたも無いことはしたくない性格なんです。

Img_0255 ビールを夕方5時以前に飲んだら禁固3年に処すなんていう法律もないですし・・・。

本来甘党のワタクシですが、お酒は親の仇であるため、出会ったときは躊躇することなく戦います(本来甘党であることは、07年4月29日エントリーの「『あんこもの』好きに朗報」や07年6月2日エントリーの「『世界一おいしい』バウムクーヘン」、07年6月18日エントリーの「『キャラメルチーズケーキ』は忘れた頃にやってくる」を読んでいただければ、ご理解いただけるように思います)

そして根が真面目でひたむきですから(!)、戦うときは一生懸命に、そして徹底的に戦うため、端からみると、それがお酒好きに見えるようです。

(大きな誤解ですね)

この時はまだお昼だったので、不意に物陰から生ビールと言う名の仇が飛び出してきた感じでした。

それに逆上したわけではないんですが、1杯飲むのに5分はかかりません。5分で生ビールという名の敵を倒したと言えばいいんですかね。

Img_0406 あとは一気呵成です。

抜けば玉散る氷の刃、あとからワインという名の加勢も加わったのですが、殺到する敵をばったばったとなで斬りです。

先週の土曜日、飛び切り良い天気でしたし・・・。

(クルマ社会の群馬県では、東京のように、昼飯にとんかつ屋で軽くハーフ&ハーフなんてできません。どうせタクシーなり代行車で帰るなら、行き着くところまで行かなければ、です)

で、気がつくと戦いの場を「うっふボーノ」の近くにある「マーキュリーホテル」の中にある中華料理店「秀峰」に移して孤独に戦っておりました。

Img_7873 (T氏は夕方会議があるため「うっふボーノ」だけできり上げ、迎えに来たクルマで、タクシー常駐のマーキュリーホテルまでワタクシを送ってくれてから帰社して仕事に復帰)

(「秀峰」では代表取締役総支配人K氏が、高校のおバカな先輩を見るに見かねて話し相手になってくれました)

(ワタクシの場合、一度始めると、「撃ちてし止まん」まで止まりませんから。それにしても天気に恵まれ、「秀峰」からみえる赤城山、めちゃくちゃ美しかったですね。写真の1番下はその景色。赤城山の全容がど~んと見えるのです。稜線と山肌がクッキリ見えました)

ま、それはともかく、本来甘党のワタクシですから、「うっふボーノ」のシュークリームには目がありません。

Img_7802 ューに入り切らないクリームが特徴ですね。くどくない甘さが結構な品です。

シュークリームだけでなく、「うっふボーノ」、焼き菓子もまたグッドです。

そして忘れてならないのが、「うっふボーノ」の本体が経営する「ひよこ&たまご事業」の新鮮たまご。安心の卵かけごはんには必須の品です(ひよこは「うっふボーノ」では売ってません。近くにある本社に行って相談してください)。

これを読んでいる方にはそう思われても仕方ないんですが、宣伝してねと懐柔された訳でも、内輪褒めでもないんです。グルメなあなたの幸せなグルメライフのために、「うっふボーノ」の旨いものを旨いと書いているだけなんです。直向な製品作りが、気に入っているんです。

よろしくね。

【シュークリームで有名な「うっふボーノ」がある前橋市から軽井沢町までの距離≒26マイル≒42km】

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2007年6月21日 (木)

前橋「四川楼」は中華のパラダイスだった

う~ん、太田プロ所属のグルメタレント彦摩呂さんの物真似コメントのような題名になってしまいましたね。

Img_7696 でも、「四川楼」はパラダイスでしたよ。

結論から言うと、その日ワタクシを含めてオジサンたち4人は、1時間に亘る前橋中心街25ヘクタール彷徨の末、ついに「四川楼」にたどり着き、「麻婆豆腐」をはじめとする四川料理に甚だ満足した、というわけです。

(1時間も歩き回ったのは、みんなして、方向音痴だったわけではありません。全員、前橋市居住歴ほぼ50年ですし・・・)

Img_7698_2 誤解を恐れずに言うと、「熟女スナック」が、結果として「四川楼」になってしまったのです。

分からない?そうですよね。

実は、「四川楼」への長い旅路に出発する前、オジサンたち4人は前橋中心街25ヘクタール内にある居酒屋さんで、久しぶりに一杯飲んでいたんです。

Img_7701 で、それなりの時間が経過すると、通常、次はどこにする?ということになるわけですが、ここにおいてなかなか意見の一致が得られず、前橋中心街25ヘクタールを彷徨するハメになってしまいました。

東南アジア方面に肩入れする者いれば、東欧並びにロシア方面に打って出るべきだと主張する者もおります。

Img_7702 い~や日本だ、日本回帰こそ我々の取るべき道だと頑強に抵抗する者もおります。

それぞれが、それぞれの考えを主張し、強硬姿勢を変えようとしないので、それぞれの店を実地検証して行ったのですが、なかなか合意に至らず、「会議は踊る」状態のまま、4匹(?)のクラゲとなったオジサンたちは、あっちにふらふら、こっちにふらふら、美しき合意点を見出すために、前橋中心街25ヘクタールに広がるネオンの海をさまよい続けたのです。

Img_7682 膠着した局面の打開を図るべく、ある者の閃きによって「熟女スナック」が提案され、未体験のおじさんクラゲたちはたちどころにその大胆な発想に反応、感服、敬礼、合意。

なぜか急に元気になって、小走りに先を急ぐ提案者に引率され、「熟女スナック」があるという場所へ向かったのです。

が、その店の前に行ってみるとやや雰囲気が違う。勇気あるおじさんクラゲが斥候となって偵察に赴いたのですが、やはり期待のものと若干違う、という報告です。

おじさんクラゲ4匹は、ついにここで途方に暮れてしまいました。

その窮状の救いの神となったのが「四川楼」だったんです。

Img_7686 途方に暮れたその時、幻影だった「熟女スナック」近くに「四川楼」を発見したおじさんクラゲの一人が、その旨さをまくしたて、その他のおじさんクラゲたちは、1時間に亘る前橋中心街25ヘクタールの彷徨で疲労困憊青息吐息でしたから、一気に「四川楼」になだれ込んだ、と言うわけです。座りたかったんですね・・・。

Img_7691_1 「四川楼」が、「熟女スナック」にとってかわった瞬間です。

「四川楼」、中華好きには、ここで食べずに死ねるか的存在になると思います。

特に「麻婆豆腐」。追加してもらったんですが、残念ながら食べるほうが早く、写真ありません。これを食べると「麻婆豆腐」の概念が変わります。                      

(下から二枚目の写真は「熟女スナック」を目指すおじさんクラゲたち。いずれにしても、後姿に味わいがある年齢になりました)

【「四川楼」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月15日 (金)

群馬県人の気儘な粉食ライフ

家計調査に基づいた比較ですから、多少実態にそぐわない分が出てくるのを承知の上で、全国県庁所在地プラス北九州市、川崎市の合計49都市の中での、群馬の粉食事情を見てみましょう(平成16年~18年平均の数字)。

(以下、群馬県人という場合は前橋市の家計調査の数字です)

主に消費支出項目の「穀類(米、パン、めん類、他の穀類で構成)」、「調理食品(主食的調理食品、他の調理食品で構成)」、「外食(一般外食、学校給食で構成)」の項の比較になります。

Img_4758 (左は前橋市、いや群馬県を代表するうどん店、日本一を目指す「田中屋」とメインメニューの「うまかうどん」)

のっけから恐縮ですが、粉食文化は基本的にコメが取れないことから発達する文化ですが、すでに江戸時代は遠い過去になり、戦後、灌漑整備や構造改善事業も進み、1970年頃からは逆にコメ余りで長く減反政策がとられてきたくらいですから、「群馬県はかつてコメが取れなかった」などと言えば、あんた何人?などと言われそうです。

(もっとも、昔は、利根沼田地方の米は新潟南魚沼産コシヒカリに化ける、と言われたくらいですから、いいコメも獲れたんですね)

Img_4757 (ワタクシが子供の頃は、なお陸稲が多くの畑で見られましたが、今では皆目、陸稲の育つ風景が見られなくなりました)

群馬県人、全国比で言うと、今では中の上くらい「米」を食べています。

消費金額(34,062円)で言うと、49都市中18位。真ん中が25位ですから、それよりやや上です(全国平均が33,719円)。

ただ消費量となると、24位で85.78kgですから全国平均の87.40kgを下回ります。このあたりが、依然、粉食文化の発達した群馬県と威張ることができる、まあ威張らなくてもいいわけですが、重要なポイントかも知れません。

(因みにコメ消費ゲッピは岡山市の67.57kg。平均より20kgも少ないことになります。岡山県のコメ関連事績というと、「児島湾の干拓」が思い出されます。「桃太郎のキビ団子」は、コメが取れなかったための窮余の一策だったんですね)

Img_5824 さて本題です。粉食文化の発達した群馬県人はコメの不足(不足してはいないんですけれど・・・)を何で補うか、です(左は前回のエントリー「フーケ前橋店のパン」で取り上げたフーケ前橋店の調理パン)。

「パン」の消費金額は29位で、消費金額(25,965円)、消費量(42,406g)とも平均以下です(平均は金額が26,807円、量が44,841g)。ならもうお分かりのことと思います。

言うまでもなく、「めん類」と「他の穀類」です。

Img_5823 (しかしながら、「穀類」ではなくて「調理食品」に分類される「調理パン」部門では、平均の3,333円を上回る消費金額4,023円で14位。そして「外食」の「ハンバーガー」部門では川崎市、静岡市、甲府市についで堂々の4位ですから、物事は単純ではありません)

「めん類」では、消費金額で全国10位(18,139円)、消費量で全国9位(39,038g)でともにベストテン入りを果たしています(「めん類」消費の全国平均は金額が17,002円、量が36,405gです)。

「他の穀類」では金額は30位(4,141円)ですが、消費量では12位(9,106g)にジャンプします(「他の穀類」消費の全国平均は金額で4,481円、量で8,570gです)。

Img_5979_1 「めん類」はさらに「生うどん・そば」、「乾うどん・そば」、「スパゲッティ」、「中華めん」、「他のめん類」5分類されていますが、「生うどん・そば」部門では、讃岐うどんの高松市に次いで消費金額全国2位(左は「こがねいも」で有名な渋川市の「錦光堂」が吉岡町で経営する菓子・そば店(にしき)併設店舗とそば。蕎麦屋は菓子屋から派生したと言われています)。

ただ消費量でも高松市が1位をキープするのに、前橋市は11位に転落してしまいます。

また「乾うどん・そば」部門でも高松市は、「うどん王国」の面目躍如で消費金額・量ともに全国1位に輝いていますが、前橋市は消費金額で29位(2,718円)、量で33位(4,085g)に大きく後退してしまいます。

Img_5977 (因みに高松市は、「生うどん・そば」、「乾うどん・そば」両部門の金額・量で、ともに全国平均を2倍以上上回る、恐るべき存在です。

そればかりか「外食」の「日本そば・うどん」部門でもやはり平均の2倍を上回るダントツ一位です。

高松市民の身体の8割はうどんでできている、と断言しても間違いないでしょう。)

「他の穀類」は「小麦粉」、「もち」、「他の穀類のその他」に3分類されますが、「小麦粉」部門で前橋市は金額で8位、量で5位に巻き返しを図ります。

「粉食文化の群馬」最大の見せ場です(金額等は言わぬが花なので割愛します)。

Img_7089 また「外食」においては、スパゲティなどのパスタ消費が入ると思われる「他のめん類」部門では5位にランクされ、「穀類」の「めん類」の「スパゲティ」部門(細かくてごめん)での金額で33位、量で25位の恥辱を注ぎ、6月10日エントリーの「前橋ピザに高崎パスタ」の記事を裏付けています。

「調理食品」の「すし(弁当)」部門で14位、「おにぎり・その他」部門で9位とコメ消費に関連する順位は結構高く、その一方「外食」の「日本そば・うどん」部門では21位で「粉食文化の群馬」に若干のほころびは見えますが、なお6月になれば前橋、高崎に麦秋の光景が広がり、粉食文化の伝統に翳りはありません(かな)。

【ついこの間まで麦秋に彩られていた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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フーケ前橋店のパン

石窯焼きパンで有名なフーケ前橋店は、自宅から歩いて数分のごくごくご近所なのですが、よく行くようになったのはこの1年余りのこと(ご関心の向きは06年9月4日エントリーの「フーケの石窯食パンと政次郎のパン」をご参照下さい)。

Img_5972 ずっとその近くに住んでいたと言うのに、近すぎて、その真価に気づきませんでした。

フーケ前橋店のパンの魅力を教えてくれたのは、高崎市に住む或る会社の専務さん。

専務さんはここの石窯焼き食パンの熱烈なファンで、定期的に高崎からクルマを飛ばしてやってくるのだそうです。

Img_6025 教えてもらったのは去年の夏くらい。

そうかなあ・・・と半信半疑でその石窯焼きパンを購入してみたのですが、香ばしさ、食感、いずれも期待以上のものでした。

これ以上ないシンプルな商品だけに、素材と焼き方が厳しく問われるのでしょうが、この食パンを食べ慣れると、他の食パンが物足りなく感じるようになります。

Img_5835_1 (知ってしまった悲しみですね。この食パンを知らなければ、どの食パンを食べても満足できたのに・・・)

で、さらにその後、フーケ前橋店のかつサンドを知ってしまったので、知ってしまった悲しみは、いや増すばかりです。

罪作り、と言うのでしょうか。

【罪作りなパン屋フーケ前橋店のある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月14日 (木)

もつ煮十番勝負(その四「久松」の巻)

天才料理人の大ちゃんが包丁を振り回すじゃなかった振るう、新前橋駅近くの「酒肴 久松」に寄ったら、突き出しが「白もつの煮込み」でした。

Img_6991 全国でも有数の白もつ消費地帯である群馬県に住む者の使命として、ワタクシが「もつ煮十番勝負」(その壱「はとり食堂」巻その弐「大栄龍」の巻その参「永井食堂」の巻、を御参照ください)に果敢に挑戦していることを、まるで見透かしたような突き出しメニューです。

で、ちょっと品のいい「もつ煮」ですが、せっかくですので、「もつ煮十番勝負」の一番に加えさせていただくことにしました。

普段メニューに無い「白もつの煮込み」ですが、数ヶ月に一度くらいのペース(だったと思う)で品書きに載っかります。

「久松」の料理は、大将である天才料理人大ちゃんの体型とおなじように(主に腹回り関係)、ド~ンとどれも盛がいいのですが、突き出しも、突き出しと言うよりすでにそれだけで一品と呼べる量です。

Img_7544 写真は「久松」で味わった突き出しの数々です。

個人的には上から2番目の写真、オクラ、めかぶ、じゅん菜の「ぬるぬる関係」に、ぷりぷりの海老が乗った三杯酢の突き出しがお気に入りですね。

(ぬるぬるぷりぷりをいきなり突き出す天才料理人大ちゃんは、大胆です)

鬱陶しい梅雨の時期に(実は6月8日の突き出し)、これをまず始めに出すというのは、天災じゃなかった天才料理人大ちゃんの面目躍如たるものがあります。

Img_4825 まあそれはそれとして、家計調査における全国都道府県庁所在地プラス北九州市、川崎市の49都市の品目別消費ランキング(平成16~18年平均)をつらつら眺めるに、前橋市の肉類消費金額(生鮮肉と加工肉の合計)は、何故かゲッピになっています。

全国平均が74,831円。トップの大津市は96,228円。そして前橋市はボトムの52,380円です。

48位の長野市が56,087円ですから、それよりもさらに4,000円ほど引き離されています。

Img_7013 ハンバーグ&ステーキ店や焼肉店、さらにはとんかつ屋さんが幹線道路に軒を連ねている、群馬ではお馴染みの光景とは裏腹に、家庭においてはヘルシー生活を送っているということでしょうか?

(因みに「ステーキのどん」(株式会社どん)は前橋市、「フライングガーデン」は桐生市が創業の地です)

(もっとも、惣菜などの調理食品の消費金額ランキングでは、「カツレツ」5位、「しゅうまい」7位、「ハンバーグ」9位と、10位以内にランクインしたり上位に入るお肉関係品目が少なくありません。ご関心の向きは06年11月6日エントリーの「群馬の牛丼事情」や11月21日エントリーの「前橋の肉類家内消費は全国最少」、)

Img_5537 肉類(生鮮肉と加工肉の合計)の中でも、生鮮肉は消費金額、消費量ともに堂々の49番中49位(逆1位ですね)。

さらに項目を細かく見ると、牛肉は消費金額で48位、消費量で49位です。

豚肉は消費金額で35位、消費量31位。鶏肉は消費金額消費量ともに、しんがりの49位です。

合いびき肉は消費金額で42位、消費量で39位。

そして、他の生鮮肉は消費金額で49位、消費量で43位となっています。

Img_3927 白もつは「他の生鮮肉」に分類されるのでしょうが、そうすると冒頭に書いた「全国でも有数の白もつ消費地帯である群馬県」の文言とやや矛盾してしまいますが、この順番は家計調査にもとづくものですから、あくまでも家庭内消費です(ちょっと苦しいですね)。

6月2日エントリーの『昭和村で「こしあぶらの天ぷら」に会う』でとりあげた「そば処 つつみ」でももつ煮定食があったくらいですし、前回のもつ煮十番勝負(6月2日エントリーの『もつに十番勝負(その参「永井食堂」の巻)』で取り上げた永井食堂はすでに全国区になっているくらいですから、やはり群馬県は全国でも有数の白もつ消費地帯であるという確信に揺るぎはありません(応援してね)。

「久松」に話を戻すと、宴会で予算を言ってお任せにしておくと、天才料理人大ちゃんのセンスを存分に楽しむことができます。

ただ、残念ながら、そのような場合は、もつ煮は食べられない可能性が高いように思います(「酒肴 久松」に関しては06年7月6日エントリーの「酒肴久松、ブログを始めるか?」、07年2月4日エントリーの「節分の初鰹」をご参照下さい)。

【突き出しにもつ煮が出た「久松」のある前橋市から軽井沢町までの距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月13日 (水)

高崎「グランドホテル長谷川」に行くなら「とん珍漢」

飲食業にとって、未だ立地は重要な意味をもちます。

多少味なんか悪くても、多少サービスなんか悪くても、立地がよければ解決してくれる問題は少なくありません。

Img_7413 しかし、立地条件良=家賃が高い、立地条件悪=家賃が安い、という等式が存在しますから、相対的に判断して、家賃が安くて立地条件のいいところ、という二律背反の解を求めて、経営者は悪戦苦闘します。

飲食店の場合は、コンビニエンスストア同様、月の家賃と同じ額の日商が上げられる場所に出店するのが原則です。

「味3分(ぶ)」、といわれている飲食業界ですから、味さえよければ客は来るんだ、と強がりを言ってみても、味は所詮各人の好みです。

立地のほか、価格、量と盛り付け、雰囲気、サービスを蔑ろにすると、味わなくてもよい辛酸を舐めることになります。

始めのほうに書いように、立地条件が良いことによってカバーできる問題もあり、依然、立地は繁盛店になる条件です(インターネットの普及で、立地条件の制約は解決できるという人もおりますが・・・)。

Img_7412 しかしお客の側からすれば、店主の希望とは裏腹に、空いてて旨いものを食わせてくれる店が最高です。

行列や相席、注文の品が出てくるまでの長い待ち時間は、できれば勘弁してもらいたい。

いつ行っても座れて、ゆっくり旨い食事ができることがワタクシのような大衆オジサンのささやかな望みです。

でも、そうそう無いですよね、普通は。

ところが、あるんです、そういう店が。この1月頃にユリイカしました。高崎駅近くにある「グランドホテル長谷川」地下にある、とんかつの「とん珍漢」がそれです。

Img_7411 最近は少し状況が変化していますが、3月くらいは、午後0時に入っても客の姿はなく、ゆっくり食事して、食後、爪楊枝でシーハシーハしながら悠然と新聞に目を通してから勘定しても、他の客に会わないこともありました。

(店の大将、その間、いらいらした様子で、腕組しながら入り口睨んでいましたけどね)

昼食難民が大量発生している東京の人が聞いたら、さぞ羨ましがるのではないかと思います。行列して、追い立てられるように御飯をかっこまなければですもんね、東京。

オジサンには特盛りにしか思えない量で680円。味も決して悪くありません。

「エビフライ&かにクリームコロッケ定食」のエビ、甘エビの親戚のようなやつではなくて、ちゃんと大ぶりのブラックタイガー使ってます(写真参照)。

Img_7196 「ジャンボチキンかつ定食」のチキンかつ、二人で食べても満足できる量です(オジサンですから、途中、飽きちゃうくらいの量です)。で、680円。何だか悪いようです(写真参照)。

(「しょうが焼き定食)もいいですよ。ただ、「とんかつ定食」は脂身の好きな方向きかもしれません)

道路から少し入った建物の地下1階にあるというのに、店の案内がまったく目立たず、地上には大勢の人が行きかっているにもかかわらず、3月頃は先ほど書いた閑古鳥の楽園状態でした。

Img_7419 (やや最近込んでます。実は週1回、東京新聞群馬版に連載しているコラムに、この店のこと、4月頃書いてしまいました。そのせいじゃないでしょうけど・・・)

地下1階にある穴場です。

地下1階の階段を下りていくと、「マニラ湾」という店名のフィリピンパブ(夜、行ったことがないので、やっているのかどうか分からりません)などがあって、なんだかかつての香港「九龍城」のような雰囲気が漂っています。

怪しい感じがするのです。

これだけでも女の子なんか怖気ついて近寄らないような気がします。岡本太郎の「座ることを拒否する椅子」ではありませんが、入店することを警告するようなたたずまいです。

Img_4782 しかしそこを乗り越えれば、食のパラダイスが待っています。

勇気をだして、飛び込んでみてください。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、です(ちょっとちがうか・・・)。

【人知れず営業している「とん珍漢」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年6月10日 (日)

前橋ピザに高崎パスタ

うどんを始めとする粉食文化の発達する群馬県ですが、最近は前橋市をピザの街、高崎市をパスタの街と呼ぶのをよく聞きます。

そう呼ばれるようになった背景には、2つの店の存在があるように思います。

高崎の「シャンゴ」さんと、かつて前橋市敷島町にあったその名も「比座屋」さんです。

「シャンゴ」さんは群馬パスタ界の大先達で、この店で修業して独立した人は十指に余るのではないでしょうか。孫弟子まで入れたら、たいていの店がその源流は「シャンゴ」にたどり着いてしまったりするかも知れません。

前橋市敷島町にあった「比座屋」さんは、ワタクシくらいの年齢(東京オリンピックが開催された年が小学校2年生、大阪万国博覧会が開かれた年が中学校2年生)の人間には、前橋の街中にできたケンタッキーフライドチキン(+喫茶店「樫の木」)とともに、群馬県に食の文化大革命をもたらしたお店として、克明に記憶されております(個人的には、これに、ジャンボハンバーグの「ステーキのどん」ですね)。

Img_7586 もともと群馬県においては、うどん・おやき文化の下地があっただけに、ピザとパスタという二つのニューカマーを受け入れるのに、なんら抵抗はありませんでした(左の写真は今日6月10日に放送された日本テレビ「遠くへ行きたい」の高崎市倉渕町特集から拝借した倉渕町の郷土料理の数々。粉だらけ、ですね)。

抵抗が無かったどころかパスタ店もピザ店も急速な勢いで繁殖し、今では群馬県内いたるところにパスタ・ピザの看板を見受けるまでになりました。

スパゲティと言えば、「マ・マー」のうどんの親戚のような茹で麺のナポリタンとミートソースしか知らなかった少年にとって、「シャンゴ」のシーフードスパゲティとの出会いは衝撃でした。

ソニーがスープスパゲティを売り物にした「青い壁」を渋谷にオープンした頃ではなかったでしょうか。

また、ジジ焼きか、せいぜいお好み焼きしか知らなかった少年に、「比座屋」のピザは、大きく広がる新世界を予兆させるものでした(ちょっと、大ゲサかな)。

今では、新しい時代の新しい食べ物だった「ピザ」も「パスタ」もすっかり群馬県に根を下ろし、いつのまにか「郷土料理」のようになっています。

新しい味との出会いに打ち震えたかつての紅顔の美少年も、残酷な時間の風雨にさらされて、純度100%のオジサンになって棲息しております。

しかし中味は、ピザ、パスタ大好きのニュー粉食群馬県人に進化を果たしました。

で、話は急転しますが、行ってまいりました、金曜日。「ラ・ピッツェリア」(前橋市総社町総社)。

「ピザの街 前橋」の新たな殿堂として、早くから評判を呼んでいる店ですね。

Img_7532 窯焼き料理の「煉化の蔵」と同じ場所にあるピザ専門店で、昨年3月のオープンとか(写真左は「煉化の蔵」の入り口)。

「煉化の蔵」、「ラ・ピッツェリア」ともに、煉瓦販売の増田煉瓦さん(前橋市)等が、レンガ製窯の販促用モデル施設としておつくりになった店です。

先月、「群馬県女性起業家ネットワーク ウィメンズウィング21」のリーダーK女史に、「枯れ木も山の賑わいだから、あんたも来なさい(本当は、もう少し優しい言い方です)」と、集会じゃなかった起業家支援セミナー後の交流会に、顔貸すようにじゃなかった出席するよう声をかけられていたのです。

で、会場に指定されたのが「ラ・ピッツェリア」。

前々から早く行かなければ、と思っていたお店でしたので、断る理由もありません。

Img_7537 (交流会、ワタクシなどがお邪魔しなくてもよかったのではないかというくらいの盛会で、時の経過とともに蚊柱に頭を突っ込んだような賑やかさ。

いただいた名刺が、束のようになってしまいました。)

で、結論。

いいですよ~ッ。グッドです。

特に写真上の「岩のり」と「白えび」をトッピングしたピザは、組み合わせの妙、アイデアの勝利的ピザです。

Img_7539 写真撮る間もあらばこそ(お店は何皿も供給してくれたんですよ)、あっという間に半分なくなってしまいました。

デザートピザもワタクシの好みの味でした。

銀座の、いまはなきビアホール「ピルゼン」をそこはかとなく思い出させる「ラ・ピッツェリア」。お気に入り登録です。

【窯焼き料理の「煉化の蔵」とピザの「ピッツェリア」が並んである前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月 8日 (金)

高崎「もりや食堂」の焼きそば

高崎地生えの人や、高崎にある高校に通った人で、ワタクシ前後の年齢のオジサンたち(『経済白書』には「もはや戦後ではない」と謳われたり、国際連合に日本が加盟した年前後に生まれたオジサンたち)にとって、高崎駅西口近くにある「もりや食堂」の名は、5月31日のエントリー記事「高崎『東竜』の肉味噌そば」で触れた「東竜」同様、特別の響きをもつようです。

Img_7504 (もぐりかもぐりでないかの「踏み絵」、「符牒」或いは「合言葉」みたいなものですね。)

特にその焼きそばは、前橋で言えば「はしもとや」(5月7日エントリーの記事「懐旧の『田毎庵』と『はしもとや』」を参照)或いは今は無き「阿久沢」の焼きそばと同じような存在のようです。

本拠地は前橋市のワタクシですが、小学校2年生3年生の丸2年間高崎市鶴見町に住み、高崎市立南小学校に通ったことがありますから、言わば高崎市は第2のふるさととも呼ぶべき存在。

JR高崎駅に下りるたび、懐かしさで胸が一杯になります(やや大げさですね)。

Img_7482 それなのに、「観音通り」に面したビルの1階に店を構える「もりや食堂」未体験では、高崎市を温かく見守る高崎観音山の巨大観音様に、顔向けできない、申し訳ないと前々から思っておりました(左は高崎大観音遠景)。

で、本日、昼飯の時間に高崎にいたので、「もりや食堂」の焼きそばを食らわんと、高崎駅西口から

高崎市立南小学校の横を通って、はるばる「もりや食堂」まで遠征してみました 。

すでに時刻は12時半を回り、店内にお客さんはまばらではありましたが、五月雨式に入ってくるお客さんは、やはり大抵焼きそばを絡ませた注文です。

Img_7502_2 (というのは「もりや食堂」の店名通り、本来は「もりや食堂」は定食屋です。沢山の品書きが壁に掛かり、その中から一品づつ注文するカフェテリア方式に似た、「単品提供品目からの自己責任選択によるランチ組成注文方式」です。左は高崎市立南小学校正門)

その量の多さはうすうす伝え聞いていたのですが、やはり百聞は一見にしかず、食は実体験がすべて。

実は、まさかそんにでかくないだろうと高をくくっての大盛焼きそば注文です(「大」のほか、もちろん「中」、「小」もあります)。

待つことしばし、出てきてびっくり(汁椀は、普通の汁椀です。そこからお皿の大きさを推測してください)。

Img_7505 「おまちどうさま~ッ」の愛想いい声とともに運ばれてきた大盛焼きそばは想像をはるかに上回る盛大な量です。

直径30センチメートルはゆうにある大皿に盛られた焼きそばを見て、何がなんだか分からないままに、間違って大食い選手権に紛れ込んでしまったオジサンの気分になりました。

お皿を前に、少しめまい、しましたね。

後悔先に立たず、体験主義の失敗です。

その上、よせばいいのに豚汁(ただし小。といっても普通サイズの汁椀で出てきます)まで頼んでいましたから、それからおよそ30分、「少しも減らないじゃないか」という徒労感で涙目になりながら、ひたすら焼きそば&豚汁と格闘することになってしまいました。

(何度タオルを投げ入れてもらおうかと思ったか知れません)

大盛焼きそば560円、豚汁(小)180円です。

豚汁、ほぼ百点満点のできです(七味唐辛子がテーブルに上に無かったんです。頼めばよかったのかなあ?)。

あなたも、一度挑戦してみてください。完食しても、賞品出ませんけれど・・・。

【巨大焼きそばが出てくる「もりや食堂」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年6月 6日 (水)

スペイン風カフェ&ダイニングバー「アレグレ」でランチを食す

昨日は会合のため、群馬県庁へエフエム群馬を聞きながらクルマでお出かけ。

Img_7441_1 途中から番組は岩崎宏美特集となり、♪「二〇才前」、♪「シンデレラハネムーン」、♪「聖母たちのララバイ」が次々聞こえてきて、午前中から五十路のセンチメントはいたく刺激されて、群馬県庁の駐車場についたときは、ほぼ脱力状態。

岩崎宏美ちゃんはワタクシが高校を卒業して東京に遊楽じゃなかった遊学した頃、「ロマンス」を大ヒットさせ一躍スターダムに駆け上った方です。

抜群の歌唱力が、他のアイドル歌手とちと違う人でした。

で、今でも「ロマンス」を聞くと年甲斐もなく、胸キュンの切ない思いになります。

Img_7444_2 その岩崎宏美ちゃんの歌う唄が、いきなり連続3曲かかったのですから、しばし、駐車場でしみじみしてしまいました。

用事が済んだときは丁度お昼時間。

用事が済んでまた岩崎宏美ちゃんモードが蘇ったため、昼飯はいつもなら蕎麦をすするところですが、その気分になれず、選んだのは群馬県庁裏(?)にある「スペイン風カフェ&ダイニングバー アレグレ」です。

利根川の流れを見ながら、アドレッセンス期のあんなこと、こんなことを思い出すには相応しい場所です。

Img_7446_2 オジサン一人で入るにはやや勇気が要りますが、大学の先輩が経営している店と思えば少しは抵抗感もなくなります。

(先輩、群馬県民には馴染み深い川場村田園プラザの整備事業にも、深く関わっておりました)

今年春の統一地方選挙で群馬県議会議員になってしまった先輩は、店にいらっしゃいませんでしたが、その分(失礼!)落ち着いた店のつくりの中で、しみじみさせていただきました。

Img_7448_1 (パスタのランチで「あさりと木の子のパスタ」(840円)を注文しましたが、気分からいって、土曜日だったら迷いなくビールを頼んでいたでしょう。アレグレのテラスからの眺めは最高です。

もちろん料理もグッドです。)

【群馬県庁裏にスペイン料理の「アレグレ」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月 5日 (火)

もつ煮十番勝負の合間に牛丼

豚の白もつ消費量では、全国でも最高レベルにある群馬県に暮らすものの義務として、いい年こいて「もつ煮十番勝負」に挑んだワタクシ(すでに、その壱「はとり食堂」の巻その弐「大栄龍」の巻その参「永井食堂」の巻、と三番を消化)。

Img_6942 尿酸値が高く、年齢が年齢なだけに、無事「もつ煮十番勝負」を完遂するためにも、常に体をベストコンディションに保たなければならないので、たまにはオジサンらしい昼食を摂って養生しようと思い、この間、用事で太田市に出向いたときは、オジサンの体に優しい蕎麦を食べるべく、兼ねて贔屓の「鐘庵」に足を運びました。

2年間神奈川県厚木市に単身赴任していたことなどから、およそ3年ぶりの訪問です。

Img_6930 太田市藤阿久町にある「鐘庵藤阿久店」は、静岡市清水区に本拠を置くフランチャイズチェーンのFC店で、生の桜海老のかき揚げが売りです。具は生の桜海老のみです。かき揚げは桜海老のクラウンのようですね。

カウンター席主体の気取りの無い店で、蕎麦は器械打ちながら、結構いけるんですよ。

アイスクリーム連続5個食いしてもへこたれない、頑丈な胃袋は今は昔の物語ですので、店に入る前は、今日は蕎麦だけにしようなどと思案していたのですが、入り口の戸を開けたときは、久しぶりだから、「鐘庵」自慢の桜海老のかき揚げははずせないだろう、と意志がやや軟化。

Img_6931 で、思いは千千に乱れて、カウンター席に腰を降ろしながら、口をついて出てきた注文は、牛丼の小と・・・、でした。

ここの牛丼、好みなんです。尿酸値が高くなることに気をつけなければならない「もつ煮十番勝負」挑戦中の身。

しかし、この合間に食べる牛丼、味わい深いものがあります・・・。

Img_6935 (4年位前は、確か、牛丼の小は280円だったように記憶しております。今回360円になっておりました。米国からの輸入が止まったここ数年は牛肉価格高かったし、スカート肉じゃないから仕方ないか・・・。)

牛丼の小とともに「桜海老のかき揚げおろしそば」を注文。やや甘のつゆに、辛味の勝った大根おろしがグッドです。そしてこのつゆに、かき揚げをどっぷりつけたり、カリカリのまま食べたり・・・。

午後につまらないことが起きても、ドッテことないと思える満足度でした。

【生の桜海老のかき揚げを出す「鐘庵藤阿久店」がある太田市から軽井沢町までの直線距離≒44マイル≒71km】

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2007年6月 2日 (土)

もつ煮十番勝負(その参「永井食堂」の巻)

もつ煮十番勝負(その壱「はとり食堂の巻」)、同(その弐「大栄龍の巻」)と続けてきた、もつ煮十番勝負ですが、群馬でもつ煮と言えば、いの一番に上がるのが「永井食堂」ですから、一番目に取り上げるべきかどうか悩みました(大げさですね)。

が、行き当たりばったり、近くに行ったときにその店に寄る、という大方針で臨むことに決めたため、余り北毛(群馬県北部)方面に出かけることがないワタクシですから、「永井食堂」の登場はズッと先と自分で思っておりました。

Img_7257 しかし、昨日沼田市に出かける用事が発生したため、思ったよりも早い永井食堂の登場です。

旧子持村(現渋川市)にある永井食堂に着いたのは、ちょうどお昼時。

そのため店は、ごった返しておりました。

駐車場には、野田ナンバーを始め、相模ナンバー、大宮ナンバー、宇都宮ナンバー、熊谷ナンバー、とちぎナンバーなどのクルマが目白押し。

店のカウンターにもずらりと人が並び、皆さんひたすら、もつ煮定食をかッ込んでおりました。

従業員さんは、もつ煮定食を出す合間に、お持ち返り 用のもつ煮を買う人に対応するなど、戦場さながらのあわただしさ。

人気、衰えていません。

Img_7261 永井食堂、ワタクシがいちいち説明するまでもない店です。

にんにくが大量投与されたもつ煮は、滋味深いちょい辛あじ。群馬の名産コンニャクがサイコロ状になって一緒に煮込まれているのが味のアクセントです。

黒ゴマなど、他にもいろいろなものが入っているようで、研究に研究を重ねた結果たどりついた複雑濃厚な味です。

また、ここで出すもつ煮定食の量は半端でないことで有名。

かつて、前橋市に本拠をおく百貨店にお勤めのお嬢さんが「大盛り」を完食したことは、伝説となって、今も永井食堂ファンの間で語り継がれております。

Img_7262 その量に恐れをなした訳ではありませんが、実はワタクシ、永井食堂でもつ煮定食を食べたのは一度しかありません(左写真はやや落ち着いた状態)。

繁忙時は、食べているその後ろに順番待ちの人がつく、「山手線ターミナル駅朝のラッシュアワー時駅の立ち食いそば屋状態」になるのが、若干苦手です。

で、お持ち帰り用を購入し、専ら「おうちでもつ煮」を楽しんでおります。たまに豆腐を投入する変則ワザも使いますが、やはり正統的摂取方法である長ネギ大量トッピングが一番のようです。

Img_7340 豆腐は冷奴で食べて、濃厚な味の緩衝役にしたほうが適切な気がしますね。

それにしても、沼田市からの帰り道、聞いていたエフエムぐんまにジャニーズ事務所の「V6」のメンバーが登場して、赤城山近くの旨いもつ煮の話をしていました。

永井食堂のことに違いありません。奇縁を感じます。

彼らも食べに来たそうです。

【「群馬でもつ煮と言えば永井食堂」の永井食堂がある旧子持村から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒41km】

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「世界一おいしい」バウムクーヘン

あなたは「世界一おいしい」バウムクーヘンを食べたことがありますか?

まだでしたら、そしてあなたが小説家よしもとばなな様のファンでしたら、すぐにでも群馬県沼田市にすっ飛んで行って、「世界一おいしい」バウムクーヘンを食さなければなりません。

何故、群馬県沼田市に「世界一おいしい」バウムクーヘンがあるのかは、話せば長くなりますので端折(はしょ)って申し上げますと、「温泉好きなよしもとばなな様が、沼田にぶらりと立ち寄ったときに、たまたま食べたから」に他なりません(肩透かし、だった?)。

それが10年前だそうです。

Img_7321 そして店の名前は「洋菓子工房 樫の木」(沼田市中町)です。

今では「洋菓子工房 樫の木」で作られ、そして売られるバウムクーヘンには「樫の木のバームクーヘンは、世界一おいしいです」とよしもとばなな様が書いたカードが添えられるようになりました。

で、「世界一おいしい」バウムクーヘンが誕生したのです。

で、昨日ワタクシ、仕事の都合で数ヶ月ぶりに沼田藩3万5,000石に行ってまいりましたので、1個小さめのやつをゲットしてまいりました。

Img_7364 「春季限定 ホワイトバウムクーヘン」です。

酒好きと大変な誤解を受けていますが、酒は親の仇だから飲んでいるだけで、本来甘党のワタクシとすれば、当然の行いです。

Img_7314 沼田藩に行ったのですから、いつもなら、日本3大最中のひとつ(ワタクシが勝手に決めております)大丸屋製菓の「太助最中」を購入して帰ってくるのですが、これを断念し(やっぱ糖尿病、気になります)、勇猛果敢に「世界一おいしい」バウムクーヘンを選択した次第です。

(ここまで書いたものの、実はまだ「春季限定 ホワイトバウムクーヘン」、冷蔵庫の中で眠っております。おやつにいただく予定です。)

ところで沼田藩3万5,000石は、この「世界一おいしい」バウムクーヘンが有名になる前、「みそまんじゅう」の伝統の上に花開いた「みそパン」の聖地として、群馬県内では崇められておりました。

Img_7317 (沼田藩は所謂「葬式饅頭」が「春日饅頭」の名前で、ごく普通に、和菓子屋さんの店頭に並ぶ、「饅頭文化」水準の高い土地柄です。左は沼田市の通りの風景)

「みそパン」、粉食文化の精華です。

「フリアンパン(旧ベニヤ製菓)」(沼田市西倉内町)が考案した「みそパン」は、「銀座 木村屋」の饅頭からの派生商品「あんパン」にも匹敵する大発明、と言っていいかもしれません(だろ?)。

※「フリアンパン」については下記参照
http://friand.co.jp/index.html

『明治大正見聞史』(中公文庫)で知られる生方敏郎は沼田藩の出身ですから、もし彼が生きていたらどんな言葉をもって「みそパン」や「世界一おいしい」バウムクーヘンを評したでしょうか?

はたまた、NHKなどの料理番組で活躍し、柔和な笑顔が印象的だった料理研究家で近茶流の元・宗家の柳原敏雄(長男は柳原一成氏)も沼田藩出身ですから(だったと思う。間違ってたら、ごめん・・・)、「みそパン」や「世界一おいしい」バウムクーヘンの誕生をこころから祝福してくれたに相違ありません。

Img_7316 『木枯らし紋次郎』で有名な作家の笹沢左保は、若かりし頃、沼田藩でヤクザな料理人をしていたと自伝的小説に書いていたように記憶しますが、「世界一おいしい」バウムクーヘンがこの世にデビューする前に亡くなったのが、返す々々も残念です(焼きまんじゅうくらいは、食べたかな?左写真は沼田市の焼きまんじゅう屋さん))。

縁戚がいらっしゃる関係から、沼田藩によくお見えになった、今は亡き大女優夏目雅子様(昭和32年~昭和60年)も、生きていらっしゃれば、きっと「世界一おいしい」バウムクーヘンや「みそパン」を口にしていたに違いありません。

※夏目雅子様については下記参照
http://homepage2.nifty.com/masako-n/

夏目雅子様との姻戚関係から、やはりよく沼田藩にお見えになった(なる?)元キャンディーズのスーちゃん(田中好子様)は、この「世界一おいしい」バウムクーヘンや「みそパン」をご存知でしょうか?

よしもとばなな様はともかく、夏目雅子様の横で「世界一おいしい」バウムクーヘンを食べたかったものです・・・。

(でも、夏目雅子様は沼田市東原新町に本店のある洋菓子店「シャンティー」の縁戚だったような気がするので、「世界一おいしい」バウムクーヘンは、食べなかったかも)              

(今日から、お蔭様でこのブログも2年目に突入いたしました。感謝!)

【「世界一おいしい」バウムクーヘンがある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒31マイル≒49km】

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2007年5月31日 (木)

高崎「東竜」の肉味噌そば

本拠地は前橋市のワタクシですが、高崎市の街中で昼食時間を迎えた場合、まず思い浮かぶのは高崎市通町にある「東竜」の肉味噌そば。

Img_6995 ワタクシと同年代(昭和30年代生まれ)で、高崎市所在の高校に通った人間は、その高校生時代、一度は「東竜」に食べに寄ったことがあると言われる名物ラーメンです。

社会人になってもその味を懐かしんで店を訪れる人は少なくありません。

誤解があるといけないので言っておきますが、ただ懐かしさで食べるのだけではなく、他に無い旨さに引き寄せられて来る人が圧倒的でしょう。

Img_4538 (左は平成19年2月19日の「肉味噌そば」)

味噌ラーメンに、回鍋肉を乗せたものと考えていただければ、そのイメージがつかみやすいと思います。

薄切りの豚の三枚肉は、もちろん熱湯で脂抜きしてあります。新キャベツの今は、ことのほかキャベツの甘みが感じられます。

店に入り、余り品のいい行いではありませんが、つらつら他のお客さんの注文を聞いていると、7割がたは、「肉味噌そば」か「肉味噌そば 大盛り」のオーダーです。

「肉味噌そば」プラス餃子の注文も、少なからずあります。

Img_4948 (左は平成19年3月7日の「肉味噌そば」)

東京オリンピックの頃(昭和39年)、2年間、高崎市立南小学校に通っていたこともあり、高崎市通町と言えば、当時は大繁華街であり、その頃の高崎市中心街の賑わいは「お江戸見たけりゃ、高崎田町」と言われたままのものでした。

藤五伊勢丹が健在で、スズラン高崎店には「大恐竜展」を見に行った覚えがあります。

そんな昔の賑わいを思い出しながら食べる「東竜」の肉味噌そばですが、中心市街地が衰退しても、「東竜」ファンは新たに次々生まれているようで、昼時は客が切れることがありません。

Img_6999 (左は平成19年5月22日の「肉味噌そば」)

「肉味噌そば」の味を引き継ぐには、1年や2年の修業では無理だろうと思うと、老夫婦二人だけの営業で、厨房に若い人の姿が見えないのが気がかりです。

(失礼!どうしてもワタシクより年下とは見えないものですから・・・)

いつまでも、「肉味噌そば」が高崎市の名物であって欲しいと願うのは、ワタクシだけではないと思います。

【「肉味噌そば」を出す東竜がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年5月30日 (水)

桐生「龍苑」のチャプスイ

群馬県でジャンボ餃子と言えば、ワタクシには、西は吉井町の「陽気軒」(4月30日エントリーの「陽気軒の『メガチャーシューメン』」をご参照下さい)、東は桐生市の「龍苑」がすぐに思い浮かびます。

ただ、昼食は殆ど一人で食べる場合が多いので、そのでかさに二の足を踏んでしまい、連れでもいなければ、「陽気軒」でも「龍苑」でも、注文する勇気がでてきません。

Img_7204 実は昨日、桐生地域地場産業振興センターで会議があり、桐生市に出かけたのですが、会議前に、同センターの近くにある「龍苑」で久々に昼食をとりました。

しかし、やはり一人だったものですから、3年ぶりに入った龍苑であるにもかかわらず、ジャンボ餃子はパスしてしまいました。

頼んだのは、龍苑では「龍苑丼(マーボーライス)」とともに、人気メニューの双璧をなす「チャプスイ」でした。

「チャプスイ」というと開高健のベトナム関係のエッセイに度々登場します。

30年ほど前、高校生や大学生だった頃、開高健のエッセイで「チャプスイ」話に遭遇するたび、いかなるものか興味津々。いつか絶対食ってやろう、と思っておりました。

Img_7208 で、社会人になって、龍苑のメニューに「チャプスイ」の文字を見たときは、我、発見せり!の感動です。食べ終えて、積年の思いを漸く遂げたうれしさに、涙が出る思いでした(というのは、やや大げさ)。

龍苑の「チャプスイ」は、うっすら「ウスターソース」の味がします。

開高健が、エッセイに書く「チャプスイ」は、これと似てはいるのでしょうが、多分違うもののような気がします。このへんはベトナムで「チャプスイ」食べたことないのでなんともなのですが・・・。

しかしながら、龍苑の「チャプスイ」を食して以来、ワタクシ的には「チャプスイ」というと、龍苑の「チャプスイ」がスタンダードになってしまいました。

以後、龍苑に行くことがあると、6:4くらいの比率で、「チャプスイ」と「龍苑丼(マーボーライス)」を食べておりました。

「龍苑丼」、「チャプスイ」ともに800円です。ザッカケなぶっかけ飯、それも片や豆腐、片や野菜がメイン材料ですから、誰しもこの値段は高いと思うに違いありません。

随分儲けるな、と思うに違いありません。

実際ワタクシも、このメニューは儲かると思います。

しかし、その量、その味を一度味わえば、これまた誰しも大いに800円の値段に納得するに違いありません。大皿からこぼれ落ちそうな具、見てください。

使う挽肉は、器械挽きではなく、包丁でたたいて作ったものです。手がかかっています。

3日経ち、4日経ちすると、何故かまた龍苑に行きたくなるのです。

ここの「チャプスイ」(or「龍苑丼」)を食べて、ジャンボ餃子を残さず食べられるのは、大柄な、部活のあとの高校生でなければ、ちょっと無理と思います。

カウンター越しに、マスターの手慣れた、悠然とした中華なべ捌きを見ながら待つ「チャプスイ」の味は、格別です。

お試しあれ!

(カウンターから厨房が見えますが、仕切りに透明の厚いプラスチック板があり、熱風がカウンター席に来ないようになっています。細かい気遣いです。驚くべきは、多分マスターの奥さんと思われる人の客あしらいと記憶力。伝票なしで注文を受け、伝票なしで勘定しながら、誰に対しても、間違えることが無いのです。)

【「龍苑丼」、「チャプスイ」が双璧の人気メニューである龍苑がある桐生市から軽井沢町までの直線距離≒42マイル≒67km】

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2007年5月27日 (日)

もつ煮十番勝負(その弐「大栄龍」の巻」)

もつ煮十番勝負(その壱「はとり食堂の巻」)の3日後の昼時、高崎市問屋町にいたので、問屋町に隣接する飯塚町の「大栄龍」に寄って、もつ煮定食(780円)を注文しました。

※「大栄龍」については下記参照。
http://www.darumaoyaji.com/

Img_6889 その週は、1週間に2回もつ煮を食べたので、想定以上のハイペースで「もつ煮十番勝負」に挑んだことになります(最近は、ちょっと休んでいますが・・・)。

いい年こいたオッサンがすることではありません。

ただ、「白モツ」消費が全国でもトップクラスと思われる群馬県に生まれたものの使命を果たすのに、何の迷いもありません(拍手もんでしょ?(#^.^#))。

群馬県民の誰かが実行しなければならないことです(感動もんでしょ?(#^.^#))。

不動心をもって、ただ淡々とこなしていくだけです(カッコいいでしょ?(#^.^#))。

Img_6890 どんぶり飯にもつ煮とお新香、そして通常サイズの醤油ラーメン。         割安です。そしてグッドです。             

もつ煮、それはそれは柔らかく炊けています。           

ラーメンも悪くありません。

Img_6895 最近は、ここのもつ煮がワタクシ的には一番口にあいます。

袋詰め商品がありますので、各地のデパートで行われる「群馬県物産展」などにもよく出店しています。

し、しかしです。ワタクシの年齢からすると、量が多すぎます。ごはん、大分残し、申し訳ないことをしました。始めに、ごはん少し目にして下さい、と言うべきでした。

【通常サイズのラーメン付きもつ煮定食が出る「大栄龍」のある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年5月15日 (火)

もつ煮十番勝負(その壱「はとり食堂の巻」)

群馬県、多分、豚の内臓肉とくに「白モツ」の消費量は、全国でも有数になるのではないかと思います。

Img_6850 かつて、全国規模の大手食肉卸売業者の所長さんが、こんなに「白モツ」が動くところは初めてだ、と言っていたのを思い出します。

「クリスマスにだって動くんだよ」と半ば呆れたように言っておりました。

その群馬県に住む者の義務として、「なんのこっちゃ自主企画」で、是非いつか、「もつ煮十番勝負」と「もつ焼き十番勝負」をやろうと密かに考え続けていたのです。

(うん十年前、遊学のため、東京に出て初めて知りましたが、東京では「煮込み」とややヤワな言い方しますね。池袋の「加賀屋」さんには、大分お世話になりました。今でもあるんでしょうか?ホッピーと煮込み&もつ焼き。で、昼はラーメン。高尿酸値になる素地は、当時に培われたのかも知れません。社会人になって所得水準が上がり、ホッピーがビールになっちゃったんですから・・・)

Img_6851 20代30代ならいざ知らず、この年になってそんな無謀な企画に挑戦するのはいかがなものかと、自らの中で煩悶すること十数ヶ月。なかなか踏ん切りがつかないまま、日々を暮らしておりました。

(と言ったって、別段「大食い選手権」のようなことする訳じゃなくて、ただ、評判の気になる店の「もつ煮」や「もつ焼き」を、10軒ほど、気が向いたときに食べてみるだけの、「な~んだ・・・」企画です。テイクアウト販売している場合はそれを食べてもOKの大甘企画です)

(ただ、昭和村出身の義妹が、本来は甘党だけれども酒も飲まないわけじゃない小生の為に、実家に遊びに帰るたび、旧子持村の永井食堂のもつ煮「もつッ子」を買ってきてくれるのですが、近年はかつてと比べると、食べ終わるまでの期間に日数がかかるようになっております。)

高尿酸値であることなどを勘案すると、殆ど身を挺しての企画になる、もしかしたら身命を賭しての企画なのかもしれないと逡巡し、なかなか決行に踏み切れなかったのです。

Img_6856 が、昨日伊勢崎商工会議所で行われたイベントの様子見に行く途中、玉村町を通ったのですが、それが丁度お昼近く。

玉村町にはまだ寄ったことのない「はとり食堂」があるのです。

で、これも運命と思い、寄りました。

つまり、ついに「もつ煮十番勝負」の幕は切って落とされたのです。

「はとり食堂」、評判の店です。「もつ煮十番勝負」の第一回目を飾るに相応しい、知る人ぞ知る店です。

頼んだのはもちろん「もつ煮定食」。うれしい価格の650円。

味噌の味が生きている、白モツのみの、美味しいもつ煮です。葱が、これでもかとばかりに、ドバッとかかっているところなんか、またいいじゃないですか。ここに備え付けの一味唐辛子を好きなだけ振る方もいらっしゃるでしょう。

美味しいんです。しかし普通に頼んでも、ご飯も大盛、もつ煮も大盛、お新香も大盛、レタスサラダも大盛。普通盛なのは味噌汁だけで、完食するのに2度ほど小休止を入れました。

つくづく年を感じます。

で、ふっと、不安がよぎります。「もつ煮十番勝負」の前途に暗雲が垂れ込めます。もつ煮定食って、どこもたいてい、盛りがいいんだよな~。果たして「もつ煮十番勝負」そして「もつ焼き十番勝負」は、いつになったら完遂できるでしょうか?

多難な幕開きになりました。6月、健康診断あるし・・・。

【「はとり食堂」がある群馬県玉村町から軽井沢町までの直線距離≒29マイル≒47km】

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2007年5月 6日 (日)

「モモヤ」独走す

5月3日午前中、何も知らずにちんたらチャリンコ散歩で前橋中心商店街へ。

Img_6318_1  と、いつもと違って様子がヘン。

人があふれかえるほどいるんです。

毎月3日は「弁天ワッセ」、は知っていましたが、「弁天ワッセ」目当ての人出にしては、どう考えても、いくらなんでも多すぎる。

時間が経てば経つほど人が出てきていよいよ、ヘン。

うろうろキョロキョロして漸く事情が判明。「全国都市緑化ぐんまフェア」を来年に控えてのプレイベント「ちびっ子だんべえ踊り」だったんですね。

Img_6389_1  前橋市内の保育園・保育所の児童さんたちが、日頃の修練のお披露目。

会場となった「銀座一丁目通り」だけは、立錐の余地も無いほど賑わっておりました。

長時間待機後、2曲くらいちびっ子の「だんべぇダンスパフォーマンス」がありましたが、厳しいことを言えば、観客はちびっ子の保護者及びイベント関係者のみと言ってもいい状態。

Img_6388 通り一本隔てただけなのに、会場になっていないため、「銀座ニ丁目通り」は見事なくらい、泣き笑っちゃうくらいガラガラでした。

ま、それはともかく、イベントがお昼にかかり、その主役が頑是ない園児のみんな。お腹も空いていたでしょう、天気が良かったから暑くもあったでしょう。パフォーマンスが終わると、恐いものが来たわけでもないのに、蜘蛛の子をちらすように、みんな急いで帰っていきました。

で、帰り道に、「中央通り」を選んだ人たちの絶好のお昼の場になったのがレストラン「モモヤ」。

保護者の方が、よいこのみんなを連れて入るには、レストラン「モモヤ」が丁度おあつらえ向き。

Img_6416 お店の正面には、ソフトクリームなどのアイスクリームの販売窓口もあるので、よいこのみんなが見逃すはずはありません。行列と人だかりが出来ておりました。

(ちょっと順番ギャクだけど、アイスクリーム食べながらの順番待ちなら、我慢できるもんね。)

他の店に比べると、ほぼ独走状態でした。

「tonton汁」に先行する前橋名物、「トンカツうどん」がメニューにのる「モモヤ」さん。その進取の気風に、独走の理由があるのかも知れません。

【「トンカツうどん」を出す「モモヤ」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年4月30日 (月)

陽気軒の「メガチャーシューメン」

健康のため、昼飯は蕎麦しか食わないぞ、と堅く心に誓った私ですが、所要で群馬県吉井町に行くと、ジャンボ餃子で有名な「陽気軒」の誘惑に勝てず、禁を犯してしまいます。

Img_6070 店の構えは、普通だったら通り過ぎてしまう、何の変哲もないただのラーメン屋なのですが、実力恐るべし。

さして愛想が無いのも、かえってわずらわしくないと感じられるくらいです。

混雑を逃れるべく、早めに行って注文したのは、名物のジャンボ餃子ではなくて、「特製チャーシューメン」。マクドナルド風に言い換えれば「メガチャーシューメン」です。

Img_6066 スープから顔を出すチャーシューは「氷山の一角」に過ぎません。スープの中に、この何倍ものチャーシューが沈んでいるのです。

チャーシューは、仕上げにこんがり表面を焼いているので、パリッとした食感も楽しめます。もちろん柔らかいのですが、訳の分からない、ふにゃふにゃの柔らかさではなくて、繊維に沿って肉がはらはらと千切れます。

うんざり3歩手前くらいの、チャーシューの量です。

チャーシュー好きにはたまりません。

へれへれの、向こうが透けて見えるくらいのチャーシューが5枚程度のったチャーシューメンに、騙された、裏切られたと憤激そして消沈したことのある人も、こころから満足できます。

それで700円は泣かせます。感動もんです。

スープは肉系ダシばかりでなく、煮干も交えているように感じられます。

血圧注意の減塩生活者には、やや塩辛く感じられるかも知れませんが、こくのあるスープを残すと悔いが残ること、必定です。

若かったら、3日と空けずに通いたくなる店です。

ジャンボ餃子に、特製チャーシューメン、そしてどんぶり飯をパクついている剛の者も一人や二人ではありません。

吉井町には上信越自動車道「吉井インターチェンジ」があります。

ゴールデンウィーク中に足を延ばしてみてください。休日なら、ジャンボ餃子、遠慮なく食べられます。

(人に会わなければならないことを考えると、平日昼間は、つい、餃子、控えてしまいます。〈泣〉) 

【ジャンボ餃子で有名な「陽気軒」がある群馬県吉井町から軽井沢町までの距離≒23マイル≒37km】

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2007年4月29日 (日)

「あんこもの」好きに朗報

酒飲みと誤解されているのですが、本当は甘党で、酒を飲むのは、酒が親の仇に他ならないからなんです。

Img_6042_1 それにしては大酒するではないか、とよく言われますが、根がまじめなので、なんにでも一生懸命取り組んでしまうからなんです(笑い声が聞えますね・・・(#^.^#))。

諸国行脚の末、親の仇にめぐり合えたうれしさというものが、私にはよくわかります。

この辺、兄弟にも、友人にも、殆ど理解されていません。

まあ、それはともかく、「もなか」を筆頭に、「大福」、「饅頭」、「羊羹」、「きんつば」等々、「あんこもの」と総称される和菓子のたぐい、大好きです。

Img_6046_1 過日、高崎で集まりがあって、県庁勤務のG氏が、みんなへの振る舞いに持参したのが、前橋市の茶舗「たむら園」の薄皮饅頭。

群馬県県央でお饅頭の話になると、当然、前橋にあった、今となっては伝説の「片原饅頭」の話になるわけですが、お茶の販売が本業にもかかわらず、「たむら園」さんの薄皮饅頭は「片原饅頭」を思い出させるものがある、とのG氏の話。

また、高崎の「角田製菓」さんが、酒饅頭1本の営業で、「片原饅頭」を目指して日々に研鑽しているともG氏はおっしゃっていました。

生まれは群馬県でないにもかかわらず、商工労働部の勤務経験があるだけに、さすがG氏はお詳しい。

Img_6047_1 私など、「あんこもの」好きを宣言し、「角田製菓」の店舗は自宅から近いにもかかわらず、まだここのお饅頭、口にしたことがありません。「たむら園」さんのお饅頭も同様に、その日まで食べたことありませんでした。

で、さっそく「たむら園」さんのお饅頭、ひとついただきました。思わず、おおッ!です。

「たむら園」さんのお饅頭の餡はさらし餡です。「あんこもの」好きでも、つぶ餡偏愛者の私ですが、このお饅頭のさらし餡は、実に結構な味です。上品な甘さで、作っている人のセンスの良さを感じさせます。

その翌日、丁度「たむら園」さんの近くまで行ったので、一も二もなく寄って買い込みました。いや、なかなかです。

Img_6056_1 「たむら園」さんに寄ったのは12時ちょっと過ぎでしたが、残り7個でした。蒸し器に入ったままだったのか、あつあつのほかほかでしたが、私には冷めてから食べるほうが好みにあうようです。

(午前9時から入手できるそうです。)

「片原饅頭」をそうしたように、オーブントースターで、ほんのりきつね色がつくまであぶって食べたい誘惑に駆られました。

写真には6個しかないのは、すでに1個食べちゃったからです。

自信をもってお薦めできます。お試しあれ。

(1個だけだと95円ですが、何故か複数買うと1個当たり94円です。)

【「たむら園」さんがある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年3月19日 (月)

高崎にあった天使の食べ物

りんごを食べても歯茎から血が出ることはありませんが、不味い昼飯を食べると半日気分が優れないタイプです。

そんな性格の私にとって、今日は1年に1度あるか無いかの幸福な1日でした。

Img_5317 と言いますのは、もちろん幸福な昼飯にありつけたからです。

幸福な昼飯にありつけたのはどこかと言いますと、高崎市の中心街、JR高崎駅西口を出て高崎市役所方面に歩き、「あら町」の交差点を右に折れた「西口名店街」に並ぶ蕎麦屋の「さぎょう」さんです。

Img_4727_1 この店に入るのは2度目になります。1度目は、旨い蕎麦屋はないものかと歩いているとき、たまたま目にした「十割蕎麦」の幟に誘われて、フラフラッと入りました。

(この年になると、初めて訪ねる土地でもない限り、なかなか新しい店を開拓しようという気は起きないのですが、もう無限に昼飯の機会があるわけではないので、そんなことではいかんと、最近はまた新たなる店探しを行っております。)

(この反対の方もいらっしゃいますね。もう限られた昼飯の回数しかないと気づいたので、へたなものは食べたくないと、昔から行っている「間違いのない店」に頑なに足を運ぶ方。)

Img_5389 2度目の今日は、フラフラッとではなく、目的がありました(左は今日食べた「もりそば」)。

何だと思います?

それは「プチトマトのシロップ漬け」。

先週末の勉強会の時、漬物メーカーの美しき女社長さん(こう書く私は、最近少し大人になったのでしょうか・・・。訂正、いえいえ事実美しいんです)に強くこの店の「プチトマトのシロップ漬け」を推奨しましたので、そうだ、このブログに写真アップしようと思い、今日再び訪ねたというわけです。

1回目に来たときは、「プチトマトのシロップ漬け」がいったいどんなものか分かりませんでしたので、蕎麦だけ写真に撮っただけ。

Img_4724 かすかに「プチトマトのシロップ漬け」が写っているだけでした(左の写真です)。

旨い、と思ったときは後の祭りで、お腹の中の「プチトマトのシロップ漬け」は写真に撮れません。

で、今日は昼飯兼写真撮りです。

初めてのときは、なんの期待もせず、それがデザートだと言う認識もなく、最後に残してしまったので、もったいないから仕方なく口に放り込んだのですが、その上品な味にびっくり。

Img_5390 ミントの香りとよく調和して、実におしゃれな食べ物になっております(写真を見て、缶詰さくらんぼの味を想像しないでね)。

小生のような、カツ丼や牛丼が似合うオジさんには不釣合いなデザートかもしれません。

清楚で、もう殆ど「天使の食べ物」ですね。

この「プチトマトのシロップ漬け」を唇に受けたとたん、身が清くなる思いがいたします。

Img_4732 こんな儚い甘み、久しぶりです(JR新前橋駅近くで包丁を振り回す、じゃなかった振るう天才料理人「久松」の大ちゃんに知らせなければ、です)。

それにもうひとつ注目の品があります。コンニャクの天婦羅です。天婦羅は蕎麦とは別注ですが、天婦羅を注文するとその一品としてついてくるようです。

歯ざわりからだけでは、コンニャクとすぐに言い当てることは、ちょっと難しいように思います。

聞けば、ただコンニャクを天婦羅にするのではなく、秘訣は、コンニャクを薄味の煮物にしてから天婦羅にするのだそうです。

Img_4733 珍しいだけでなく、うまいんです。うまいと言う点では、かつて、前橋の飲屋さんで出してもらった、肉の代わりにコンニャクが入っているコンニャクカレーにも感心させられましたが、このコンニャクの天婦羅にも脱帽です。

(プチトマトもコンニャクも群馬県ではたくさん取れる農産物です。それを丁寧に扱う姿に感服です。あちこちで、無理やり名物を作ることが村おこし町おこしの一環に行われていますが、名物は日々の食べ物から自然に出てきて欲しいものです。)

もちろん蕎麦も悪くありません。薬味のねぎもみずみずしく、手抜きはしない姿勢をひしひしと感じる店です。

ここまでだけでも、午後愉快に仕事ができるのですが、1年に1度あるか無いかの幸福は、2周年記念ということで、おこわの振る舞いがあったのです。

Img_5387 おこわだけでなく、おひたしに椎茸の焼き物、ごぼう、レンコンなどの煮物に厚焼き玉子の豪華版です(左の写真全部)。

これだけでも、品書きに載せて料金のとれるものでした。

で、サービスもうるさくもなく素っ気なくもなく、満足なお昼を味わった次第。

是非、「プチトマトのシロップ煮」試してください。

【天使の食べ物「プチトマトのシロップ煮」が出てくる「さぎょう」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年2月17日 (土)

「とんかつ かつ久」で写真撮影決行

年を取ったせいなのか、秘められた才能が開花したのかは微妙ですが、昔に比べ記憶力が減衰してきた、と感じます。

覚えたつもりの固有名詞が、側頭葉から脱落していることに気づくのはしばしば。

同じ年頃の友人と飲んでいて、「うんうん、あのあれね。分かった分かった」などという相槌を、お互いに連発したりしています。

本当は、ちっとも分かっていないのかもしれません。美しき誤解の中で成立している会話かもしれませんね。                                                 

(うろ覚えですが、最後まで忘れない言葉は、動詞だそうです。「食べる」、「飲む」、「寝る」といった言葉ですね。家では動詞しか使わないという友人、増えてます。いよいよでしょうか?)

ひどいのは、昔から整理整頓が不得手だったことも加わり、メガネはどこだと探したり、携帯電話の捜索にかなりの時間を費やしたり、ハンカチをとりに戻ったり、出掛け際におたおたすることが少なくありません。

それに、3日前の昼に何を食べたか思い出すのに時間が掛かったりします。

このブログを始めてからデジタルカメラを持ち歩くようになって、いろいろなものをバシャバシャ撮るようになりましたが、便利だなと思うのは、それが日付つきで残ること。

パソコンにとっておけば、ほぼ無尽蔵で残せます。非公開ブログにして、極私的写真日記にするという手もありますよね。

(人によっては、とても言えないことを、沢山格納しておいたりして・・・。電子秘密日記。私にはそういうネタがまったくないのが残念です。全部オープン)。

写真を見たら、脳味噌ニューロンがインスパイアーして、昔のその日の記憶を取り戻すことができるでしょう。

文章は加えてもいいし、何も書かなくてもいい訳です。便利になったものだと、つくづく思います。

ただ、長期的に展望すると、パソコンに写真を保存してあることを完全に忘れてしまう可能性があります。それが最大の弱点。もっとも、そうなったら自然の摂理に従うしかありません。

まあ、それはともかく、先ほど言いましたようにデジタルカメラを持ち歩くので、いつもという訳ではありませんが、自分の食べた(食べる)昼飯を撮ったりする変な癖がついてしまいました。

Img_3923 連れがいる場合はしないようにしておりますが、私がブログをやっていることを知っている知り合いと一緒の場合は、時によって、バシャリとしてしまいます。

ハタから見れば変なヤツです。

で、昨日の昼飯は変なオジさんしてしまいました。

場所は高崎高島屋の6階レストラン街にある「とんかつ かつ久」。昨年6月17日エントリーの「前橋の街中から、かつ久が消えた」で書いた「とんかつ かつ久」です。

Img_4432 実は、「前橋の街中から、かつ久が消えた」の記事を書いてから、高崎高島屋「とんかつ かつ久」は2度目になります。

しかし前回は、連れがいたので、もう激写したくてしたくてウズウズする気持ちをグット我慢して、大人しくとんかつを食べるだけでした。

Img_4434 (思えば、とんかつを激写したがるオジさんも、変なオジさんですね。)

昨日は一人。というか、念願の激写を敢行すべく、一人で行ってみたのです。

しかし、気持ちとは裏腹、余りいい絵ではありませんでした。

Img_4435 辺りをはばかり、行儀良くイスに腰掛けたまま激写するので、限界がありました。なにしろ相手がでかいので、うまい構図がとれないんです。

それにお替り自由の、大きいボールに入ったキャベツサラダをカルロス・ゴーンのように懸命に食べておりましたから(かつてNHKで放送した彼の密着番組で、家族連れで焼き鳥食べる前に、各自大きなボールに入ったサラダを平らげておりましたね)、つい写真撮影もお留守になり勝ち(2杯食いました)。

Img_4439 でかい椀に入ったあか出汁の「なめこ汁」は撮影放棄です。

「ヒレかつ定食」の全貌をご覧になりたい方は、一度「とんかつ かつ久」に出かけて見てください。横浜高島屋にも出ております。

(今の横浜高島屋の店長さんが、昨年まで高崎高島屋の社長さんでしたが、氏の強い要請で「とんかつ かつ久」さんは高島屋さんに出店した経緯があります)。

Img_4337_1  なお、間違って前橋市千代田町にあったかつての本店に行っても、残念ながら、今は左の写真のようになっております。国道50号線の郊外店「かつ久 無庵」に回ってください。

【「とんかつ かつ久」が出店する高崎高島屋のある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年2月 4日 (日)

「一期一会」でせいろ2枚を食う

高崎周辺の蕎麦屋さんというと、問屋町の「そばきり」を筆頭に、「代官そば」、「いち川」、「きのえね」、「桂舟」、「拓心庵」、「上野の里」(旧群馬町)、「八幡庵」、「笹尋」、少しくだけて「おんじゃく」、「梅田屋」に良く行きました。

「そばきり」は何を食べても満足しますが、中でも「鴨汁」は絶品です。これを食べずに死んだ人は、一生の損をしたことになります(鳥肉関係が不得手の人は別ですが・・・)。

「鴨汁」というと、「代官そば」の「鴨汁」もお試しあれ。なかなかです。しかしこの前、店の前を通ったら、何やら改装中でした。どうしたんでしょう?

ただ、こう書いてきても、昨年4月に単身赴任先の神奈川県厚木市から帰ってきて以後、足を運んだのは、実は「きのえね」のみ。それもごく最近のことです。

ですから最初にあげた店々が、今どうなっているか些か心もとないところです。ごめんなさい。

Img_3569 「きのえね」は、高崎駅西口から歩いて5分くらいのところにあります。阪神の本拠地にして高校野球のメッカである甲子園ができた年と同じ創業。「甲子(きのえね)」に因んだ屋号です。

行った時間が午後0時を回った最繁忙時間帯。入れ替わり立ち代りのお客さんで、一人客の私はもちろん相席。

で、頼んだ「ねぎせいろ 大盛り」の写真をゆっくり撮ることなどできず、ひたすら食べるのみ。

Img_3871 左の店構えだけで勘弁してください。

オフィス街にあることもあり妙齢の女性のお客さんが多いのですが、一人で来て、もくもくとせいろをたぐる本格派娘さんの姿も少なくなく、昔は余り見られなかった光景だと世の移り変わりを感じてしまいました。

街中に買い物に来たので寄りました、といった感じの、品のいい老婦人が多いのも特色かもしれません。

「蕎麦食ったなぁ~ッ」と、しみじみ感じられる蕎麦屋さんです。

街中にあるので、駐車場にいったんクルマを入れなければならないのが、外回りの営業マンが利用するにはつらいところです。

Img_3830 高崎市周辺の蕎麦屋というと、高崎市が創業の地ですが、その後吉井町に移った「一期一会」もお奨めです。

高崎から吉井町に抜ける中山峠の近くにあります。

Img_3826 地元の人によると、昔はこの辺り、山賊が出たそうですが(江戸時代のことではないようです)、今はゴルフ場のサンコーカントリーの入口で、そんな面影もありません。

先月、年始参りの途中、久しぶりに寄りました。

「天せいろ」にするか「せいろ」2枚にするか迷った末に、「せいろ」2枚に決定。お汁粉無料サービス期間でしたので、それもお願いした次第。

Img_3813 店は広くゆったりできるのですが、その分お客さんも多く、はっきり言って待たされます。

急ぎの用がある人はいらいらするかもしれませんが、覚悟して入れば、平常心を保てます。

店の内外を眺めながら、ゆっくり待っていてください。運がよければシャモの行進が見られます。

Img_3816 一茶庵系のお店ですから、細打ちです。

2枚頼むと、1枚目が出てから多少時間をおいて2枚目を持ってきます。そばの乾きを気にして、一緒に出てこないところが奥ゆかしいところです。

Img_3825 待つ時間の半分もかからず、せいろ2枚を平らげ、皆に酒飲みと思われていますが、本来甘党の私は、椀にたっぷり入ったサービスのお汁粉を堪能させていただきました。

餅の替わりにそばがきが入っており、蕎麦屋ならではのお汁粉でした。

蕎麦はもともと菓子屋の副業から始まったとも言われますから、蕎麦と甘味、いい組み合わせです。夏はあん蜜のサービスお願いします。

そう言えば、渋川の「こがねもち」で有名な錦光堂さんも、結構前から吉岡町の、今は無き「マックスバリュー」・「メガマート」の入り口で蕎麦屋さんをやっていますね。いつも混んでいます。

蕎麦湯を楽しみ、さらにお茶を飲んで、叩けばスイカのような音がするのではないかというお腹を抱えてクルマに乗り込みました。

それにつけても、夏はあん蜜の替わりに、あずきミルクのカキ氷でもいいかな。

【「一期一会」がある群馬県吉井町から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年1月 8日 (月)

買い物ついでにお寺参り

子供の頃は暑かろうが寒かろうが、決して暑いだの寒いだの口に出しはしませんでしたが、この世に生を享けて50年、最近はすっかり、そしてことあるごとに、寒いだの暑いだの愚痴るようになってしまいました。

磯に打ち寄せる波の泡がはじけるように、ぶつぶつぶつぶつ言っております。

(ぅ~寒むッ!とか、あッち~なぁ!とかです。泡がはじける音とはだいぶ違いますが・・・。)

朝起きて、寒いだの暑いだの。

部屋を移動して、暑いだの寒いだの。

外に出て、寒いだの暑いだの。

クルマの運転席に座って、暑いだの寒いだの。つい、口をついて出てしまいます(修業が足りないんです)。

従って一昨日土曜のように氷雨降る日、昨日日曜日のように寒くて風が強い日は、家に引きこもり、ピーナッツ齧りながら炬燵にあたって本を読んでいるに限ります。

いつの間にか不覚にも居眠りしていたりするんですが・・・。

Img_3720 しかし、今日は朝からいい天気になりました。二日も家に閉じこもっていると、外の空気も吸いたくなります。で、文房具を買いに「カインズホーム・スーパーセンター前橋吉岡店」に出撃いたしました。

なかなかの人出でしたがすでに初売りが終わっているからでしょうか、連休3日目だからでしょうか、ごった返すほどの賑わいでもありません(ここはセルフレジを導入していることでも知られますが、レジに大行列ができないのはそのお陰でしょうか?)。

そんなに時間のかかる買い物ではないので、早々に店から退出。しかしなお日が高い時間だっただけに、さてどうするか、思案に暮れてしまいました。

すぐに帰って本でも読むか、TSUTAYAに寄ってビデオでも借りるか、本屋に行くかさてどうしようと迷っているうち、まだ松の内、ここまで来たならちょっと足を伸ばして水沢寺の観音さんに新年のご挨拶に行こうと決めて、マッハ2.5はとてもでない銀毛の我が「流星号」の鼻面を北に向けた次第。

Img_3721 途中、水沢うどん街のすぐ下にある「満菜館」さんの横を通リましたが、やはり行列してました(写真、相当奥のほうに見られます)。

さすが、開店3年にしてオーナーは1億円の豪邸を建てたと人が噂する中華料理屋さんです。横浜中華街で下手な中華料理屋に入るより、「満菜館」さんのほうが数段、上ですしお値段もお手ごろ。

Img_3734 (大きい声では言えませんが、もう随分水沢名物水沢うどんは食べてません。もっぱら「満菜館」さんです。一人で食べるうどんなら、前橋市元総社町の「田中屋」さんの「うまかうどん」で満足してます。左は水沢うどん街)。

Img_3733 さてさて、時と場合により、人はだれでも悪鬼、夜叉、悪女、悪党、鬼女、悪漢、妖女、悪餓鬼、破廉恥、毒婦、酔いどれ、頓珍漢、おっとせいに豹変、転落する可能性がゼロとはいえない存在。

外面如菩薩、内面如夜叉の可能性もあります

Img_3737 Img_3738 それを自覚すればこそ、お寺さんの存在はありがたいもんです。

お正月ともなれば、あちらのお寺こなたのお寺に善男善女がお参りするのも良く分かります(お墓・仏壇のある家は、菩提寺が初詣先と言うことになるでしょうが・・・)。

(因みに、神社はみんなのためにお参りし、お寺は個人的なお願いにお参りするものだと思っておりますが、果たしてどうなんでしょう?)

Img_3728 で、坂東16番札所ともなれば、この騒ぎ。善男善女が雲集しておりました。駐車場には群馬ナンバーに混じって、品川、熊谷、所沢、とちぎなどなど遠方からのクルマもあり、善智識の謦咳に接すべし、観音様のご利益授かりたしの願いや救われたい、救ってくださいの思いがギンギラギンにさり気なく、みなぎっておりました。

線香が充満する境内には読経が流れ、山川草木悉皆成仏。悉皆仏性。悉皆平安。

と、聞こえました。

Img_3730 日差しは柔らかく、ぎゃ~てぇ~、ぎゃ~てぇ~の声が榛名の山ふところに響き渡っておりました。                                        

               

暑くても寒くてもぶつぶつ文句を言わないようにします。今年もいい年でありますように。合掌

(写真はクリックしてみて下さい。)

【坂東16番札所がある伊香保の水沢寺から軽井沢町までの距離≒21マイル≒33km】

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年明けそば

子供の頃の正月の楽しみは、雑煮を食べた後さらに、残った年越しのそばにキンピラやほうれん草のおひたしを沢山入れて食べることでした(キュウリの千切りを入れる、という裏技もあります)。

まあ、年末が年越しそばなら、年始ですので年明けそばです。

残り物でのびきったソバなんですが、これを食べるのがなんとなく嬉しいんです。家族が多く、皆に行き渡るほど量がないので、一番年下の小生の特権でした。

年によっては、まだ茹でていない麺が残っていたりして、新たに茹でてもらうのですが、へれへれにのびたソバのほうが味わい深かったような気がします。

このソバを食べながら、懐のお年玉で今年はどんなプラモデルを買おうか、などと考えていた訳です。

このソバを食べながら、眠くなって最後まで見られなかった紅白歌合戦の結果を、他の兄弟に、紅白どっちが勝った?などと訊く訳です。

昨日のブログに書いたように、最近は蕎麦屋さんに年越しそばを食べに行ってしまいますので、残りもののソバを正月に年明けそばとして食べることもなくなってしまいました。

で、年明けそばも蕎麦屋さんに食べに行くことになります。

Img_3702 今年は淺川屋さん(前橋市)に入りました。昨年3月まで2年間神奈川県に単身赴任していたので、久しぶりの淺川屋さんです。

店を新たにして、商売繁盛のご様子。慶賀に耐えません。

ただ、昔のざっかけな蕎麦屋(失礼!)のままでもよかったのではないか、と思うのは小生が年をとったせいでしょうか。

初めて淺川屋さんに入ったのは、単に腹が減っていたとき、目の前にあったからというだけです。

店の造りも、その辺にあるカツ丼やらカレーライスが品書きにあるような普通の蕎麦屋(失礼!)。

しかし、です。注文した天せいろ(だったと思います)食べてびっくり。実に本格派だったのです。

以後は通りすがりに寄りましたではなく、今日は「淺川屋」で食べようになりました。

Img_3703 久しぶりの「金砂郷」、堪能させていただきました。「金砂郷」独特の風味とコシ。悪くありません。

ただ、子供の頃、残った年越しそばを年明けそばにして食べた味と隔絶しているので、脳味噌ニューロンがスパークし、ついお袋が死んで何年経つかなあ、などとせんなきことに考えが及んでしまいました。

小生の場合、あのそばが旨いこのそばはどうだといっても、所詮根本にあるのは、どうも、懐にお年玉を忍ばせて食べる、お正月の年明けそばの味かもしれません。

今でも無性に、駅の立ち食いそばや高速道路のサービスエリアでゲテな(失礼!)天婦羅ソバを食べたくなるのは、

それが、決して料理が上手でなかったお袋の味に近いからかもしれません。

少年老い易く、学成り難し。失われし時を求めて、今年もまたさすらうことになりそうです。

【金砂郷のそば粉で打った蕎麦が食べられる淺川屋さんがある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年1月 7日 (日)

年越しそばと年越し焼き饅頭

♪春は名のみの風の寒さよ~

そりゃそうだ、今日は旧暦11月19日。まだ赤穂浪士の面々も吉良邸に討ち入っておりません。

今年は2月18日(日)が旧暦の1月1日、元旦になります。

十二支は旧暦に基づくものだから、今日生まれた子も本来ならまだ戌年生まれということになる、と言う話を干支占いの人から聞いたことがあります。旧暦の正月から、新しい干支になるそうです。

永六輔先生は、旧暦正月に合わせて年賀状を出すとか(本当かいな?)。

明治の始めに旧暦から新暦に切り替わり、行事も儀式も風習も新暦の日付にしたため、多少季節の移ろいと齟齬が出てくるのも致し方ありません。

今日は「七草粥」、そして「奈良若草山山焼」だそうです。旧暦の1月7日は、今年は2月24日になります。その頃なら若菜摘みもできるでしょう。山を焼けば数日で新芽が吹き出てくるでしょう(萌え?)。

Img_3706 JR高崎駅東口にある晃月人形さんにいただいた日めくりには様々な暦関連情報が詰まっています。で、毎日見ていると、余計そんなことが気になります。

人が育つにあたって通過儀礼は重要な役割を演じるそうですから冠婚葬祭はもちろんのこと、節句(七夕も入りますね)、彼岸、月見、夏至冬至の風習をできるだけ大切にしようと心がけてきたものの、子供の成長とともにだんだん手を抜くようになり、今では年越しのそばを食べることのみ忠実に行われるだけになりました(七草粥は昨日食っちまいました)。

Img_3676 それも、家で作らず、食べに出かけるんですけどね。

昨年大晦日、一昨年大晦日と2年続けて赤城山中腹にある「桑風庵」の本店(富士見村)でした。

Img_3671 Img_3666 ここ独特の平打ちそば、小生好きなんです。つゆもイリコの風味が強く、桑風庵さんならではですね。余り他ではお目にかからない、ここだけの蕎麦です。

一昨年は午前11時半前に着いて、行列することなく食べることができたので、昨年暮れもまだ朝飯が胃袋の中に半分残っている時間に家を出発。

途中、赤城神社の赤鳥居からは、初老の紳士が運転する栃木ナンバーのクルマが前を走るようになりました。

Img_3682 途中の道を折れるわけでもなく、馬事公苑を過ぎても赤城山に向かって走るので、多分、「桑風庵」目当てに違いないと予想していると、果たして、クルマは桑風庵の駐車場に入った次第。

足利、佐野にもいい蕎麦屋がたくさんあるにもかかわらず、それを見やって、遥々赤城山中腹の蕎麦屋に足を運んでくれるなんて、嬉しい限りです。

Img_3658 年末の風物詩を撮りに来たのか、群馬テレビのクルーもやってきましたね。

で、待つことしばし、無念無想で爆食。

帰る頃には行列ができており、その行列を見ていると、「オレなんか、もう喰っちゃったもんね~ッ」という訳の分からぬ優越感。おのれは小人である、と毎度反省するんですが、理性を突き破って噴出するこの阿保な感情、未だ制御できません。

Img_3672 (行列していて、あと二人くらいに滑り込んで、ぎりぎりセーフの時も、似たような感情に襲われます。)

行列することなく年越しそばを食べられ、気分は高揚(単細胞なんです)。これまた訳もなく、年越しそばを喰ったからには年越し焼き饅頭も食べなければいけないという使命感が突如として芽生え、帰りには焼き饅頭の元祖「原嶋屋」(前橋市)に寄ることに。

蕎麦で長生き、饅頭で処々円満のゲンかつぎ(多分、中国人が春節(正月)を餃子で迎えることから、餃子に多少饅頭が似ているので(似てない?)、突如として饅頭食わねば、という考えがスパークしたのではないか、と自己分析しております)。

Img_3684 「本日お持ち帰りのみの営業となっております」(大晦日なので午後3時終了でした)との札が出ていたので、5本焼いてもらって、わずか750円(私の前のお客さんは7~8,000円買ってましたけどね。お年賀にでもしたのでしょうか・・・。感動の余り、写真ブレちゃいました)。

焼き上がりを待っていると、偶然専務が店に出てきたのでご挨拶。すると、帰りに申し訳ないほどのおまけをいただき、750円のお客としては恐縮至極(専務は高校の後輩。小生3年生のとき専務1年生の関係ですから、上下の関係はトラウマにも近いものがあるんでしょう。おまけを強要したわけではありませんから,念のため)。

Img_3686 Img_3690 粉食文化の群馬県に暮らすものは、大晦日、年越しそばのあとに年越し焼き饅頭をデザートに食べることにしません?(えッ、おまけにだいぶ籠絡されてるって?大晦日、狙い目です。元旦、休みだから)。

【焼き饅頭文化の殿堂「原嶋屋」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年11月25日 (土)

晩秋、川場村でフジにかぶりつく

かつて、「りんごを齧ると歯茎から血が出ませんか?」という、歯磨き粉だか歯ブラシだかのとぼけたCMがありましたが、まだ、「りんごを齧ってもケツから血が出ない」健康を保っていますので(ケツから血が出るようになったら遺書をしたためなければと思っております)、雪の便りも聞かれるようになった11月下旬、りんご目当てに川場村へ出撃です(いきなり下品だなぁ・・・。m(__)m)。               

                                                      

Img_3236 下品ついでに言えば、今はどうだか知りませんが、作家の五木寛之氏は歯磨きの代わりに、夜、りんごを齧っているため、何年も歯磨きをしたことは無いというようなことを書いていましたね。

ところで、群馬県は全国でも10指に入るりんご生産県(「5指」と書くのが限界ですが許してね)。全国で収穫されるりんごは90万トンくらい。青森、長野には遥かに及ばないものの、約1万トンの産出量だそうです(全国で第9位くらい)。

Img_3227_1 群馬のりんごは食品スーパーなどの量販店に並ぶものは少なく、せいぜい村の農産物直売所どまり。多くは生産農家の庭先販売や通信販売(要するに直売)により消費者の皆さんがお買いになります。

売値は品種によって違いはあるでしょうが、1キロ450~500円。ですから、1000キロ売れば45~50万円。1万トンで45~50億円の販売額ですね。

もっとも、関東農政局前橋統計・情報センターの調べでは、群馬県の果実産出額はおよそ100億円弱ですので、群馬県はイチゴ、梅、なし、桃などの産出額もすくなくありませんから、実際のりんごの産出額はこれより少ないかもしれません(あるいは多いかもしれません)。

(「平成18年度群馬の農業」によれば、2005年のりんご産出額は39億円で品目別で第15位。同年の農業産出額2,176億61百万円の1.8%を占めると試算されています。)

Img_3233_1 群馬県のりんご生産農家が1万軒なら1軒当たり45~50万円、1,000軒なら1軒当たり450~500万円の産出額になります。あくまでこの金額は平均で、品種、営農面積、品質によって大きなバラツキがあることは言うまでもありません。

(「平成18年度群馬の農業」によれば、りんご産出額ベスト5の市町村は、1位旧沼田市10億2千万円、2位昭和村4億3千万円、3位旧月夜野町4億1千万円、4位川場村3億2千万円、5位旧渋川市2億4千万円です)。

Img_3240 (また、「販売農家」のうち「主副業別」で見ると、りんご生産上位15以内に入らない旧水上町を除くと、利根・沼田地区の「主業農家」数は1483戸。同じく旧水上町を除いた利根・沼田地区のりんご産出額は28億8千万ですから、1戸当たりの産出額は194万2千円になります。川場村だけに限ってみれば、105戸で3億2千万円。1戸当たり304万8千円です。もちろん、105戸の中にはりんごを作っていない農家や少ししか作っていない農家も含まれますし、準主業農家でりんごを作る家もあるでしょう。なお、川場村の専業農家数は55戸です。)

(因みに群馬県で一番専業農家の比率が高いのはどこだと思います?高原キャベツで有名な嬬恋村が頭に浮かびますが、嬬恋村は24.5%で2位。1位は昭和村の43.0%でダントツ1位です。多分、高原野菜・こんにゃく・酪農・りんごです。川場村は12.0%。群馬県全体の平均は16.9%です。)

Img_3230 ま、そんなことは端に置いといて、馴染みのりんご園「宮田農園」に着くなり、もぎ立てりんごをいきなりガブリ。ばっちい軍手だったことは、かぶりついたあと気がついた次第。欠食児童のように、たちまち1個完食です(宮田関係では、他に、「宮田アップル」、「宮田りんご園」があります)。

小ぶりな「フジ」でも蜜はたっぷり入ってます。川場村ではフジばかりでなく、「名月」に蜜が入りますし、「陽光」に入ることもあります。もちろん男女の仲にも蜜が入るそうです(フランス書院風なことは想像しないでね)。

Img_3222 Img_3224 右は、りんごの収穫方法について打ち合わせをする人々。

左は、りんごの収穫を終えた人(埼玉県からだそうです)。赫々(かくかく)たる戦果にご満悦の様子。

山と詰まれたりんごを選別しているのでしょうか?

Img_3252Img_3243  で、一通りの作業を無事こなし、近くにある「川場田園プラザ」内の「地ビールレストラン武尊」で、ソーセージをつまみにささやかな収穫祭。

ここの地ビール、特に黒の「スタウト」はお奨め。「ピルスナー」も悪くありません。「スタウト」と「ピルスナー」をいっぺんに頼むと、幸せが倍化します。

大手ビールメーカーのビールに馴致されてしまったので、どちらかというと「地ビール勘弁して派」なんですが、ここのビールはいくらでもいけます。りんご狩りよりも、こちらが目当てであることが、同行ご一同にはバレバレでした(りんごは大丈夫ですが、ビールを飲みすぎるとケツから血が出る可能性は否定できない年になりました。下の行を読むとき、この話し、忘れてね)。

Img_3250 Img_3246 ここで使う豚肉はブローバルピッグファームさんが供給しているようです。「パン工房」のパンも、沼田の街中から買いに来るファンがいるほどです。粉は前橋市の曽我製粉さんのものです。工房の横に粉袋がどっさり積まれていました。冷凍生地は使わず、オール手作りと言うことですね。

川場村、気合い入ってます。                                      

(沼田で「太助最中」買うのを忘れてしまいました。自称、全日本もなか党前橋支部長として大いなる失態です。足利の「古印最中」、伊豆大川の「さざえ最中」と、この「太助最中」はあんこ好きには堪りません。沼田に行かなくても手に入りますが、せっかく通ったのに残念無念・・・。それだけが心残りでした。)

【美味いりんごが採れる群馬県川場村から、りんごの本場長野県にある軽井沢町までの直線距離≒38マイル≒61km】

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2006年10月13日 (金)

前橋南エリア、私のお奨め焼きとり5店

焼きとりと言っても、実は焼きとんです。

前橋名物に豚肉料理が選定され、そのひとつの要因に焼きとり屋さんが多いことが上げられておりました。

どんな歴史的背景から前橋に焼きとり屋さんが多いのか、未だ探求しておりませんが、社会人になってから、焼きとり屋さんには大変お世話になっているのは事実です。

社会人になってどころか、すでに高校3年生の卒業式を間近に控えた頃、前橋公園近くにあった焼きとり屋さんに悪童5~6人集まって、無事卒業できる奇跡をお祝いしたことがありました。

(思えばきっと、担任のT先生が、校長に談判してくれたのでしょうな。足向けて寝られません。だけど、足向けて寝ないと、北枕になってしまいますので、足向けて寝ております。すみません)。

すでに時効だと思いますので、その時焼きとり屋さんに集まった連中の名前を、ここに書き出したいところですが、ちゃんと前橋に帰ってきて、立派な地元貢献活動を行っている方が多く、これからの活躍に若干の不測の事態が予想されますので、具体名を上げるのは、残念ですが今回は見送り、みんながジジィになってからにさせていただきたいと思います。

閑話休題。

前橋南エリアで、お奨めの焼きとり屋5店を掲載し、前橋名物豚肉料理の販売促進にお役に立てればと思いますが、近年、尿酸値を計ると計測器の針が振り切れるので(そんなこたあねぇか)、実はここ5年ほど殆どいっておりません。

で、過去の記憶に基づいたお奨めですので、予めご了承下さい。もしかしたらすでにやっていない店もあるかもしれません。

Img_2207 まずは「鳥一」(写真手前の店、前橋市表町1-5-6)。全国水準の焼きとり屋さん。さんざん新橋の焼きとり屋で気炎を上げていた方も、東松山まで遠征した人も、ここの焼きとりを食べた瞬間、居ずまいをただし、おいしゅうございます、と言うことになると思います。

夏場は通リに面しているガラス戸を全部取っ払ってしまうので、外から店の中が丸見え。逆に店の中から、外の人、自転車、車の行き来が良く見えます。

そのことを利用して、店の前を歩いて通るOLさんに、「おねえちゃん、焼きとり食べて行きなよ!」と声をかけるマスターの癖は直ったでしょうか?

本人も「病気」と、自覚していましたが、本人より焼きとりを食べているお客のほうがきまりが悪くなってしまいますので、あれは勘弁してもらいたいものだと思います。

写真奥に見えるのが「かとう」(前橋市表町1-5-6、電話帳では「鳥一」と同じ住所になっている)。「かとう」と「鳥一」の間には八百屋さんがあったのですが、そこが空き地になってしまいましたので、今は両店直接対決の構図になってしまいました。

新聞等にもときどき取り上げられたりしましたので、ご存知の向きも少なくないと思います。

ご主人が亡くなられ、一時休業していたようですが、奥さんが衣鉢をついで復活。昔からのファンの期待に応えています。確かメニューのバリエーション(種類)は「鳥一」より多かったような記憶があります。

Img_2209 前橋焼きとり界の新感覚派「高麗亭」(前橋市表町2-1-5)。コリアンテイストを焼きとり界に初めて持ち込んだお店ではないかと思います。

前橋の居酒屋系飲食店業界に精通している煥乎堂K氏お奨めの焼きとりやさん。

Img_2210 「静代」(前橋市本町1-19-4)。ディープなファンに支えられた前橋焼きとり界の老舗。店から流れ出るけむりとにおいを浴びると、今日は飲まずに帰るぞ!と堅く誓ったおとうさんの決意も、あっけなく崩れて去ってしまうらしい。

大トロがあったように記憶しています。大トロといってもマグロじゃないよ。三枚肉(バラ肉)の脂身の多いとこ。三枚肉自体が脂身の多い部位ですから、もうそれは大変です。

この店を知らないと、もぐり扱いされますので、一度は必ず行っておきましょう。

Img_2240 5店目は「とくじ」。余分なものは一切ありません。酒道の求道者と言われた店。シンプルイズベスト。

義父は、勤めの帰りここに寄ることを日課にしておりました。2日も行かないと、風邪でも引いたんじゃないかと気遣いの電話を自宅に貰ったりしておりました。

以上前橋中心部南部エリアを代表する焼きとり屋5店ですが、前述のように尿酸値が高いため、営業中の写真ならびに焼きとりの勇姿を載せられず、大変残念です。

5軒ハシゴをすると、翌日には確実に危機的状況を迎えるので、今回はこれでご容赦下さい。

しかし、こうして営業前の飲食店の写真をみると、化粧をしていない女性のようで、なんだかちょと寂しいもんですな。

飲酒運転をしないのは世のため自分の身のため最低限のルールですが、酒飲み文化がしぼんでしまうのも、これまた各方面に甚大な影響を与えかねません。

あしたから2日間の「前橋まつり」、徒歩で街中まで行ける人は行って、ちょと昼酒など楽しむのも一興かと思います(イザコザは駄目よ、イザコザは)。

前橋名物に豚肉料理が選ばれ、その理由のひとつに焼きとり屋が多いことが上げられたのだから、焼きとり屋さんは明日、明後日の両日、昼間から営業して、花を添えて欲しいものです。

                                                      

ついでに「コブクロ」が来て、歌なんか唄ってくれるとさらにうれしいですね。              

(写真はクリックしてみて下さい。)                                                      

【焼きとり屋の多い群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年9月11日 (月)

ちゃんと腐る弁当ー安さ便利さの影にあるものー

わが畏友で群馬を代表する天才料理人(ちょっと持ち上げすぎかな?)、料理屋「酒肴久松」のオヤジ大ちゃんは、いっこく者です。「オレんちの弁当はちゃんと腐る」と、事情を知らない人が聞けば、ぎょっとするようなことを豪語します。

「酒肴久松」でもランチ営業しているほか、数が多少でもまとまれば、近くのオフィスなどからのお弁当の注文に応じています。                                        

あッ、あのことかと私は了解します。子供が少年野球をやっている頃、夏の炎天下に、野球場などのスポーツ施設で各チームが準備した山積みになっている弁当をよく見かけました。私も、よくいただきました。                                             

そりゃア、腐らないより腐った方がいいよ、腐らないのはちょっとね、と相槌を打ちます。だけど腹痛起こしたら元も子もないし、大ちゃんのとこだって、食品添加物を使った業務用食品をまったく使わないというわけではないだろう?と切り返すと、まあそうだけど、と折れます。

けどさあ、オレんちの弁当はちゃんと腐るんだから、食うまでのあいだ、例え3分だって、ひなたなんかに置かねえでくれって、言いたくなるんだなあ・・・と、ぼやきます。

正論だと思います。しかしそれで、二人の会話はどこかに行ってしまいます。

大ちゃんは同業の悪口は言いたくないだろうし、買ってもらうお客さんにうるさく指示する訳にも行きません。                                               

私はさきイカを始めてする乾燥珍味類でビールを飲むのも嫌いではありません。どちらかというと好きなほうでしょう。                                            

旅行に行けば、土産物屋に寄って、加工食品も買ってきます。水産加工品なら3つも4つも買ってきます。またそれで飲むビールが旨い。

これまでにどのくらいのソルビットや保存料といった様々な食品添加物を食べているか私自身分かりません。                                                 

食品会社が大きくなっていくとき、様々なリスク回避していかなければならない。その中の最大のリスクが食中毒の発生であり、これを回避するため食品添加物を使用はすることも理解できます。

この他にも様々な理由で、食品添加物が使われています。大ちゃんもその当たりの事情は業界人だけに充分分かっています。                                      

だからこそのジレンマです。

遅まきながら、「食品の裏側-みんな大好きな食品添加物-」(安部司著 東洋経済新報社)という本を読みました。著者である安部司氏は、大学卒業後、食品添加物の商社に入社し長年営業に携わってきましたが、あるきっかけから会社を辞めて(このきっかけが衝撃的です)、食品添加物の危険性を説くようになった方です。

この類の本としては異例のベストセラーとなっています。

コーヒーフレッシュに生乳は使われていない話とか、健康のために買ったパックサラダが実は健康に良くないとか、具体的な事例が並べられており、この本を読んだあとは誰しも、加工食品の原材料欄が気になって仕方なくなります。

かといって安部司氏は、一刀両断に食品添加物の存在を切って捨てている訳ではありません。食品添加物の便利さ、使うことによって実現する低価格のメリットも認めています。

彼の主張の眼目は「食の乱れは食卓の乱れ。食卓の乱れは家庭の乱れ。家庭の乱れは社会の乱れ。そして、社会の乱れは国の乱れ」(同書206ページ)というところにあるようです。

動物は概して食べ物を与えてくれる人に忠実です(犬など特にそうですね)。植物にも声があるらしく(ただ人間の聴覚には捉えられないようです)、水や肥料を与えると、喜びの言葉を発するそうです。

尊属殺人を食事の観点だけから捉えるわけにはいきませんが、なんらかの遠因になっている可能性は否定できないように思います(何せ昔から食い物の恨みは恐ろしいと言います)。

話はズレますが、「共同幻想論」や「最後の親鸞」で著名な評論家の吉本隆明氏(吉本ばななの父ちゃん)は、かつて、インタビューか何かの(はっきり記憶しておらずすみません)、夫婦になって夫を引きつけておく秘訣は?といった問いに、旨いものを作ることです、と答えていたように記憶しております。

毎日毎日ぞんざいな食事を一緒に食べていれば、そりゃあ何れは味気ない関係になるでしょう。

さらに話がズレます、出かけた先で昼飯をとらねばならず、知らない店に飛び込んで、不味いものを食わされるは金は払わねばならぬはといった羽目にあったとき、午後一杯不愉快な思いをします。私だけでしょうか?(幸いにして、殺意までは抱きませんが)。

(「司馬遷」や「ひかりごけ」で知られる武田泰淳という作家は、出先の昼飯はカレーライスしか食べなかったそうです。理由は簡単、大はずれがないから、だそうです。武田泰淳の奥さんは、氏の「もの喰う女」という作品のモデルにもなったかたで、食べ物には一家言ある方でした)。

親子、夫婦、客と店の関係は、食品添加物のような魔法の粉をふりかければ、うまく行くものでもありませんし、この関係に、元々添加物のような魔法の粉など存在しません。

食品添加物を使うと、どんな加工食品でも大外れはなくなるようです。それどころか、ヒット商品も生まれます。しかしその簡便さに惑わされ続けると、大いなる誤算が出来(しゅったい)するような気がしませんか?安さ便利さの代償は、必ず支払わなければならないように思います。

それにしても、料理屋「酒肴H」の弁当のキャッチコピーを、「ちゃんと腐る格別の味です」にしたら、お客は確実に逃げるよなぁ。困った。

どうする?

【ちゃんと腐る弁当を売る「酒肴H」がある前橋市から軽井沢町までの距離≒26マイル≒42km】

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2006年9月 5日 (火)

「ベーベ工房」モッツァレラチーズの確保にキリキリ舞いする

「インサイダー情報」に気がついたのは午後4時過ぎのことでした。

(インサイダー情報に関してはこのブログ左側下のほうの最新コメントをご覧下さい。「ベーベ工房」の嶌村(しまむら)さんからのものです。明日(9月6日)「ベーベ工房」が新聞に取り上げられるというものです。)

慌てて私は自宅のある前橋市から高崎市の食品スーパー「TOMY」に走りました。初めて出会ったのもここなら、初めて買ったのもここだから、つい来てしまうんです。

明日、新聞に載ったらすぐに売り切れになってしまう、今日のうちに「ベーベ工房」のモッツアレラチーズを確保しなければ、と思ったのです。そうしなければ、Long Good Byeになってしまうという強迫感にかられておりました。

食べたいと思いだすと、もう病気ですね。なりふり構わず、売り場を行ったりきたりしてしまいました。

しかし、いくら探しても目当ての「ベーベ工房」のモッツァレラチーズが見当たりません。かつて米国でチーズバーガーの比較広告で、ネガティブ広告相手のチーズバーガーを目の前にして「チーズはどこに行ったの?」と、Old Ladyが嘆くCMがありましたが、ちょっとそれに近い悲しい気分。

涙目だったかもしれません。蚊が鳴くような声で、「ベーベ工房」のモッツアレラチーズはどこに行ったの?とつぶやいておりました。


国産・輸入取り混ぜて、いろんなチーズが並んでいるのですが、あるはずの、肝心の「べーべ工房」のモッツァレラチーズが見当たらないんです(やはり売り切れ?)。

食べたいときに食べられないストレスは、私のような喰い意地が張っている人間を行動に駆り立てます。

なら仕方ない、ここは思い切って本社まで行くしかない、とクルマを渋川市北橘町(北橘村)に向けたのですが、秋の陽はつるべ落とし、次第に夕闇は濃くなってくるばかりです。

今まで本社に行ったことがない上、致命的なのは私のクルマ、ナビゲーターが搭載されてないんです。初めての夜道は迷いやすい。

で、本社まで行くことを断念して、渋川市の「サティ」に寄ったものの不発。

もしかしたらと思って「食の駅ぐんま 吉岡店」を覗いてみたのですが、ちょと違う。

最後は、確か「ベーベ工房」の製品を見たような気がする「食菜館マルシェ前橋店」に飛び込みました。

慎重にチーズ売り場を見たのですが、残念ながらない(この時はもう消耗していたので、幾分が感情麻痺状態)。

Img_1443 それならと思い直し牛乳売り場に回ったら、ありました。「飲むヨーグルト」(左の写真)。

原材料は「生乳」のみ。

「健康な牛の生乳100%を原料に安定剤など一切使用していないヨーグルトです」。「土作り・エサ作りから自家製です」と、ビンに印刷されています。

真心も100%です。

モッツァレラチーズが確保できなかった無念をはらすべく、そこにあった生乳100%ヨーグルトをすべて買い占めてきました。ウィリアム・フォークナーの「兵士がもらった報酬ではありません」が、太っちょおじさんがもらった報酬です。

といっても、ヨーグルトは写真の2本しか残っていませんでしたけどね(「ベーベ工房」の飲むヨーグルトも一歩間違えば確保できなかったということです。危なかった!)。

「べーべ工房」のモッツァレラチーズ+トマトのオリーブオイルサラダ、当分おあずけかな。ヨーグルトを飲んで、満たされぬ欲望を、待つ楽しみに切り替えます。よくお腹の中で醗酵するように思います(殆ど今日の紀子様状態←余分でした)。

なお「べーべ」は子牛の名前だそうです。

で、落ち着いて、ハタと気がついたんです。0279-25-0864の本社に問い合わせればいいんじゃないですか!(青木さやか調で行ってみてください)。

※あと講釈

チーズは水曜日に作って、木曜日に発送だそうです。道理で9月5日は火曜日だったですから、売り切れているわけです。

群馬県内の取り扱いは、スーパー「TOMY」さんと「マルシェ」さんだけだそうです。ただ前橋スズランさんには出品依頼の攻勢にあい、2週間に1度ヨーグルトのみ出荷しているそうです。後は東京、千葉、名古屋、京都、広島に出荷してしまうとのこと。本社に予約を入れておくのが一番確実のようです。

【「べーべ工房」がある渋川市北橘町から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年9月 4日 (月)

フーケの石窯食パンと政次郎の食パン

前橋市南西部で人気のパン店というと「フーケ前橋店(前橋市小相木町660-2)」、「政次郎のパン(前橋市六供町1221-3)」、「ドンキー前橋本店(前橋市南町1-16-18)」と言うことになるでしょうか。

Img_1381 フーケは、群馬県ではすでに知名度の高い、高崎市に本部を置くベーカリーチェーンで、路面店3店、食品スーパーの一角にあるインストア店22店を展開しているパン屋さんです。地元群馬県ばかりでなく、埼玉県、千葉県にも出店しています。

その中でも、旗艦店とも言うべき前橋店は、平成15年3月の店舗リニューアルに伴い石窯を設置し、他店との差別化を図っています。「石窯食パン」は焼き上がり後間もないうちに売り切れになる、と言われる人気商品です。

Img_1384 仄聞するところによれば、フーケ前橋店の日商は平均20万円との話もあり、これが本当ならウハウハですね。混雑振りから行って多分その数字に間違いはないように思います(ご関心の向きは07年6月15日エントリーの「フーケ前橋店のパン」をご参照下さい)。

週末は決まって交通整理専門の警備の方がでております。

Img_1058 最近頭角を現してきたのが「政次郎のパン」でしょうか。「炭入り食パン」などもリリースし、商品開発力の高さを窺わせます。人気の食パン(写真左)は予約制です。といっても、午前に頼めば、午後には手に入ります。

この2店がまだ出店しない頃から、主婦や若い女性たちの支持を受けていたのが「ドンキー前橋本店」です。最近では、食品スーパー「ヤナイストアー箱田店」にも出店しています。

Img_1281_1 お昼時になるとクルマが入れ替わり立ち代わり押し寄せます(もちろん徒歩客も、自転車客も少なくありません)。駐車場が狭いですから、路上駐車をしたお客さんは、ダッシュして店に飛び込み、再びダッシュしてクルマに戻るといったことになります。

苦労して買ったぞ、という充実感に浸れます。

「瑞穂の国」日本の1世帯あたり1ヶ月間の米購入金額は、平成17年平均で2163円でした。これに対しパン購入金額は1829円です(総務省「家計調査」全国全世帯)。

傾向として米の購入金額は減少傾向です(平成12年平均の1ヶ月の米購入金額は2643円でした)。これに対してパンは横ばいを維持しています(平成12年平均の1ヶ月パン購入金額は1930円でした)。

調査対象となる世帯の、世帯人員が減少している(平成12年の2.70人から17年は2.57人に減少)ことや、コメ価格の動向、冷凍食品の購入や外食を通じてお米を食べることもありますから一概には言えませんが、「瑞穂の国」も存亡の危機を迎えるかもしれません。

何せ子供に人気のキャラクターも「おにぎりマン」ではなくて「アンパンマン」ですから(もっともいきなり「クロワッサンマン」だの「バゲットマン」でなくて、まだ良かったですが。それに「おにぎりマン」じゃ収賄常習者みたいですしね)。

ちょっと数字が古くなりますが、1世帯当たりのパン購入量は、どうやって計ったのか分かりませんが、家計調査では平成16年で46.7キロだそうです。16年の世帯人員の平均は2.59人ですから1人当たり18kgになります。

お米の1人当たり年間消費量は約60kgです。重量ではなお、お米優位ですが、集計方法が違いますし、お米100グラムとパン100グラムではちょっと内容が違いますから、こう断言していいか戸惑いますが、重量ではなお、お米がパンの攻勢に耐えています。

群馬県の食品衛生関係営業施設数調査によると「菓子製造」の許可施設数は平成10年度末に1843ヶ所だったものが、平成15年度末には2112ヶ所に大きく増加しています。5年間で269ヶ所増えています。お菓子専業の店が増えていることもありますが、粉からこねてパン作りをおこなう「スクラッチベーカリー」の増加も入っているものと思われます。

関連する喫茶店の数も平成10年度末の3637店から平成15年度末には4953店に激増しています。

様々な業態で(例えば本屋さん)喫茶店を設けることが多くなりましたが、「カフェベーカリー」が多くなったのも一因かと思います。

食パンにバターをぬってさらにブルーベリージャムやマーマレードをぬり重ねて食べることが好きな「パン音痴」な私が言うのもなんですが、地方のパン店で、ここはすごいと思ったのは、山梨県富士吉田市にある「金多゛留満」さんがおやりになっている「花菓蔵」。

※花菓蔵は下記参照のこと。

http://www.kindaruma.co.jp/hanakagura/top.html

http://www.saysaysay.jp/bakery02/hanakagura.htm

パンと洋菓子、和菓子の3つが揃っています。これから富士山の頂上がよく見える時期になりますから、もし富士吉田市に行くようなことがあれば、寄ってみるのもいいかと思います。

【「フーケ前橋店」、「政次郎のパン」、「ドンキー前橋本店」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年8月 3日 (木)

群馬のカミナリと野口の氷

漸く夏らしい天気が続くようになりました。熱中症がニュース番組や新聞を賑やかしそうです。いっそのこと、前橋地方気象台では記録のない、摂氏40度越えを達成したいものです(と、無責任なことを言ってはいけません)。

この分だと盛大なカミナリも鳴りそうです。ゴルフに行く人は、命からがらの経験をすることになるかもしれません。充分気をつけてください。

カミナリは何も群馬だけの特異気象ではなく、全国で起こるのでしょうが、夏は毎晩のように大地に轟くカミナリが鳴るというのは、群馬県と栃木県くらいのものではないでしょうか?

単身赴任していた神奈川県にもカミナリは襲ってきましたが、お腹をちょっとくだした程度のが、1週間に1、2度だったような気がします。実にドッテことないのです。いつ来るんだいつ来るんだ、と思っているうちに終わってしまうという、実に情け無いカミナリでした。

変な話ですが、どッカーン!と御柱のような太さで天空から落ちてくる雷鳴を聞きなれている群馬県人の私としては、欲求不満になってしまいそうでした。

群馬のカミナリに慣れていると、ほかの都府県でカミナリにあっても、ちょっと雨が強く振っているのか、くらいにしか感じないのです。

布団を頭からかぶって、ワナワナ怯えなければならないような、早くイッテクレ~ッ!と叫びたくなるような、シビレるようなやつには、めったにあいません。

群馬のカミナリが、超弩級戦艦大和の46サンチ砲だとすれば、他の都府県のカミナリはポンポン菓子を作るときの音くらい。可愛い娘ぶりっこが、キャッと驚いて見せる程度のもの。隣のオヤジの屁のほうが、臭いがあるだけ強烈です(目が痛くなるようなの、するやついるもんな。ただ、カミナリも臭いを発生するんですよ、これほんとの話)。

話がだいぶ、品下ってしまいました。

(まだ臭いが漂っていそうなので、窓を開け放って、空気を清浄にしてから読んでください。)

群馬の夏、それも前橋の夏と言えば野口商店(前橋市表町1丁目15-6)のカキ氷ははずせません。

高校生のころは、部活が終わって、シャワー代わりにプールで泳いだあと、じゃ行くか、と誘い合って悪ガキどもはキーコキーコ自転車こいで、一躍、野口に乗り込むのです。目当てはカキ氷ばかりではありません。

同じように部活が終わった女子高生狙い。別にお話をする訳ではないのですが、もしかして、あの子がいるかもしれないと胸を時めかせながら、しかし平静をよそおって、野口に行くのです。

(一人で野口の氷に言ったら、次の日から仲間内では変態扱いされるので、単独潜入は厳禁でした。野口の氷は旨いから、などという言い訳が通じるはずもありません。)

しかしですね、進んでる女子高生は同じ年の坊やたちを相手にはしていないのです。悲しいかな、そんなことも知らず、少年は野口の氷を目指していたのです(そして抜け駆けを警戒しあったのです)。

野口の氷、人気ですね。クルマで来るお客さんを迎えるための駐車場、毎年拡張されているような気がします。昔(30年以上前のことですが)は、近くならカキ氷の出前(!)もしてくれたそうですが、今はそんな暇ないですね。

氷が違う、と言うことに尽きるでしょうか?野口の氷を食べると、氷にも味の違いがあるんだ、ということがはっきり分かります。

そして、あの氷を削るカキ氷マシン(何というんでしたっけ?)のシャリショリシャリショリいう音を聞くだけでも、涼しくなります。開け放した店の作りも、気が利いています。吹き出てた汗が、カキ氷を口に運んでいるうちに引いてくるんです。クーラーの効いた店では、この変化が味わえません。

近くを通ることは結構あるのですが、思い出が邪魔になって、店になかなか足を踏み入れられず、最近はただ評判を聞くだけです。

高校生だけでなく、お子さん連れのお母さんたちでも賑わっているようです。小さな子供たちが、野口の氷に残す思い出ははどんなものになるのでしょう。

【野口商店がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

Img_0216 店に入ると、昔の自分に会いそうなのです。

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2006年7月27日 (木)

意外に小食な私

昨日、会合場所に行く途中、高校の時の同級生で藍染工房を経営するA君にあった。この間も偶然会った。前橋には珍しく、チョイ悪オヤジスタイルが良く似合う。散歩中であった。で、彼の愛犬、コーギーのK君を撮った。この間はデジカメを携えていなかったので撮れなかった(携帯で激写すればよかったのに、と後で思った。が、後の祭りだった)。

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昨日の飲み始めの肴は、まず鮎である。植木等は、昔、傘のTVコマーシャルで、何であるアイデアルと言った。本当は、愛である、なのであろう。しかし、昨日の私は鮎である(アイデアル、確かこの間つぶれちゃったね)。

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で、次に豆腐である。最近は抹茶だの、柚子胡椒で豆腐を食すのが流行っている。ここんちも、抹茶が出てきた。Img_0720_1

で、蛸のカルパッチョである。最近はカルパッチョ流行りだね。昔、都はるみが、バカッチョ出船という歌を唄っていたのを思い出す。Img_0721_2

鰯の梅シソ巻き揚げである。簀巻きにされて、哀れ、油に投げ込まれたのである。これで、酢橘焼酎一本である(20度)。意外に小食な私。Img_0723_1

前橋南口にある、みんな知ってる西洋居酒屋です。さて、私は昨日どこで飲んだでしょう?(そんなの、知ったこっちゃないよねえ。m(__)m)。

【昨日食事をした前橋から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年7月26日 (水)

高崎に桃を買いに行って玉砕す!

高崎市の桃と言うと、八幡霊園や若田浄水場、観音塚古墳近辺の、県道安中線に並ぶ沿道販売が有名ですが、私が心待ちにしているのは、高崎市上小塙町にある八木農園さんからの案内状。

私の頭の中には、高崎の桃=八木農園とういう等式がすでに5~6年前から出来上がっています。毎年7月中旬になると、桃の販売始めます、のご案内をいただきます。

5~6年前、道に迷ってふらふらしているうちに、田んぼの中で場違いの人だかりを発見し、それが八木農園さんの桃の直売所だったのです。

何事ならんと思ってクルマをおり、人だかりに顔を突っ込んでみると、桃太郎が入っているんじゃないのかと、思えるほどのでかい桃。慌てて買い込んで、当時小学生だった倅に食べさせると、自分の頭くらいの桃をひとつぺろりと食って、もっとないかとねだります(今思えば「大玉あかつき」という品種ですね)。

仕方ないので次の日も記憶を頼りに、ただ桃を買うだけに高崎に行きました。

立ち話で聞いたところでは、園主は前橋の大手ベアリングメーカーの工場勤務だった由。実家は米作農家だったようですが、脱サラしてこれを桃栽培に全面的に切り替えたとのこと。都市近郊農業の生き残り策として、桃栽培に取り組んだわけです。また早い時期に「エコファーマー」の認定も受けていらっしゃいます。

※エコファーマーについては下記参照。
http://www.maff.go.jp/soshiki/nousan/nousan/kanpo/eco-namber.htm

実に研究熱心な方で(こういう人を篤農家というのでしょう)、栽培する桃の品種は一時20くらいあったかに記憶しています。正月に食べる桃もあるんですよ、と言われたときには驚きました(桃の缶詰ではありません)。

万惣でも千疋屋でも高野フルーツパーラーでもお目にかかれない逸品です。

この桃をお送りすると、受け取った人間100人中100人が(実際は1シーズンにそんなに送らないけどね)、時には哀願調、時には恫喝気味に、どこで買ったと詰め寄って来ました。

しかし供給が限られ、人に教えると入手困難になるのが明らかなので、もう売り切れだってさ、来年また送ってやるよなどと軽くいなし、ゼッタイに八木農園の名前は教えなかったのです。口を割らなかったのです。

そうして毎年密やかな夏の楽しみにしていたのですが、今年恐るべきことが発生してしまいました。

久しぶりに晴れたので、今日、八木農園さんに行ってみました。雨続きだったので、成熟は少し遅れるかもしれないと言う考えが甘かったようです。

「滝の沢ゴールド」。「大玉あかつき」などはすでに完売。木になっている晩生品種もすべて売約済み。まだ青いのも行き先が決まっているそうです。完敗です。玉砕です。思わず憤死するところでした。

で、食い物の怨みはなんとやらで自暴自棄になり、ついに八木農園さんの名前を明かしてしまうのです。もう私がひとり、一生懸命秘密にしていても、天下に八木農園さんの名前は轟いてしまっているのですね。

今年はカラスのいたずらが激しく、収量がだいぶ落ちてしまったとのこと。それに予約の出だしが毎年早まっているので、私のように悠長に構えていると、最高の桃を食いっぱぐれてしまうようです。

一縷の望みは、旧盆の頃に食べ頃となる「黄金桃」のうち、「割れ」などで贈答用に出来ない桃が、こちらまで回ってくるかどうかです。

でも、よろしくね!と言った私を、気の毒そうに見る八木農園の奥さんの目を思い出すと、今年はそれも無理かもしれません。

【八木農園がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

Img_0706 私の目の前を素通りしていく桃たち。

Img_0703 若木に生ったピチピチタイプの桃。

すでに嫁入り先が決まっています。

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2006年7月 6日 (木)

酒肴久松、ブログを始めるか?

昨日は、高崎で行われた午後9時までの勉強会に参加させてもらったあと、お腹も空いたので、帰りに新前橋駅近くにある「久松」に寄りました。10日ぶりくらいですかね。天才料理人の大ちゃんが経営する店です。〆鯖のしめ具合などにその片鱗が現れます。

久松の客の中心は中年サラリーマンです。一気飲みなどしたら、命が危ない年齢層なので、蚊柱に頭を突っ込んだようなうるささはありません。

焼酎のボトルは一升瓶になりますので、初めての人は大抵びっくりします。料理も、一人前が普通の料理屋さんの1.5倍は優にありますから、複数で行った場合は、とり皿など頼んでおいて、1品ずつ注文して取り分けるといいかもしれません。

食べ物屋さんの話でこんなことを書くのもなんですが、手洗いに入ると、モノクロの大型ポスターになった若かりし頃(多分ローマの休日に出演した頃)のオードリー・ヘップバーンが、ジっとあなたを見つめます。美貌の女優に見られながら小用を足すのは、ちょっと大胆な気分です。一度お試し下さい。ただ、店主の気分でカバちゃんになっている場合があるかもしれませんので、悪しからず。

で、飲みながら店主と話したのは、ブログの話。ブログを始めてからデジカメをポケットに入れて持ち歩くようになったのですが、まだ料理を撮ったことがなかったので、ちょっと写させてもらいました。それをきっかけにブログの話です。

店主は私と同い年なので、IT能力断層帯世代です。パソコンのことは知らない訳ではないけれど、詳しい訳でもない。やらなければならないかもしれないけれど、やらなくとも生活に支障はない、と思っている世代です。

(我々の世代から上は、ITに関してせいぜいメールのみが多数派の人種。我々より若い世代は日常的にインターネットを利用しIT知識にも大いに関心を寄せるのが多数派の人種。で、我々はIT能力断層帯世代です。年齢的には45歳~50歳くらいでしょうか。)

しかし、私自身がブログ初心者なのに、個人事業の販促手段として、それも飲食店においては、ブログほど利用価値の高いものはない、と思わず力説してしまいました。

「久松」はランチもやっているし、弁当の注文もうけている。もちろん酒肴も毎日沢山用意している。そういったものをデジカメで撮ってブログで流せばいいではないか、と提案した次第。文章など書く必要もない。一言添えた写真ブログでOK。

飲食店でもホコリを被ったようなホームページが多い(おッと失礼!)のだから、更新が楽なブログで料理を紹介していけば、それだけで目立つよ、と店主が注文の料理を作っているのも構わず話し続けてしまいました。

悪乗りして、ブログタイトルは「久松の新前橋でひと皿」、「新前橋久松の食いしん坊晩菜!」などと、どこぞのテレビ局の番組名を拝借して提案する始末です。

最後は、よしツ!、「新前橋 旨いもの」のダブル語検索でトップを狙うぞ、と激を飛ばしておりました。

で、沈没。

しかし大ちゃんよう、早くブログ作れよなあ!

【久松がある新前橋から軽井沢までの直線距離≒26マイル≒41km】

Img_0453

初めて撮った料理写真。久松の煮つぶ貝一人前。

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2006年7月 2日 (日)

道路になっても峠の釜めし

1997年9月にJR信越線横川~軽井沢間が廃止され、横川駅のホームで峠の釜めしを売る販売員さんの姿も今は昔になってしまいましたが、依然峠の釜めしの強さを物語る数字があります。

6月19日付けの読売新聞「消費事情ランキング」で高速道グルメ旅と題して、全国のサービスエリアの売上高ランキングが掲載されていましが、群馬県にある、上信越自動車道上り線横川サービスエリアが、並み居る競合の中で堂々10位にランクされていました。

東日本、中日本、西日本の3つの高速道路会社のまとめによるものです(全国のサービスエリアは上り下りを別に数えて200ヵ所以上だと思います)。東名高速道の海老名サービスエリア下りと上りが、1位2位。東京湾アクアラインの海ほたるは5位。8位には関越自動車道上り線上里サービスエリアが入っています(花園からの渋滞に供えてトイレ休憩を兼ねる人が多いのでしょうか?馴染みの関越道上り線三芳サービスエリアが入っていないのは意外でした)。

残念ながら売上金額は非公表となっていますが、横川サービスエリアの10位ランクインに大いに貢献したのは、やはりおぎのやの峠の釜めしでしょう。

1日平均2500個売れるそうです。ついつい計算してしまいますが1個900円ですから平均日販で225万円。このサービスエリアで売れる峠の釜めしだけで、年間約8億円になりますね(製造部門の荻野屋の売上高は約23億円、販売を担当するおぎのやドライブインの売上は約79億円)。ブランド化された商品の強さを再認識します。

おぎのやさんは、このほかにも国道18号線沿いのドライブイン横川店や横川本店、長野県佐久市、諏訪市、長野市、さらには軽井沢周辺にも関連店舗が点在します。ただ、お土産或いは夕飯・夜食用に買って帰るとすれば、家まで一番近いところで買いたいという消費者心理が、横川サービスエリアでの購入に結びつくのかもしれません。

道路公団の改革に伴い、各サービスエリアパーキングエリアも従来のサービスから抜け出して、独自色を出すために、知恵を競っているようです。海老名サービスエリア上り線にはヘアカットの「QBハウス」があるそうです。上り線上里サービスエリアには7月10日に天丼の「てんや」がオープンの予定です。

サービスエリアではありませんが、高速道からアクセスできる藤岡市の道の駅「ららん藤岡」には、上州産の食肉販売店「肉の駅 ららん店」が今年5月出店しています。食品メーカーにとっては利益的にはもとより、流通段階における鮮度管理、品質管理の面からも直売は魅力的でしょう。

利用者が増加する休日祝日にイベントを企画するサービスエリアも少なくありません。上り線横川サービスエリアを始めとする群馬県内のサービスエリアパーキングエリアで、どのような挑戦が行われていくのか、今後が楽しみです。

【横川パーキングエリアがある旧松井田町から軽井沢町までの直線距離≒11マイル≒18km】

Img_0281

おぎのや横川本店。ディープなファンはこちらで釜めしをお求め下さい。味わいがまた格別かもしれません(画像にポインターを合わせ、クリックすれば拡大画像になります)。

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2006年6月30日 (金)

こんにゃくラーメン

上毛かるたにも「ねぎとこんにゃく下仁田名産」と詠われるように、こんにゃくといえば群馬、群馬といえばこんにゃくです。県内の農産物直売所に行けば、大抵はこんにゃくを売っています。

ただ、群馬県においてこんにゃく作りが盛んになったのは明治時代に入ってからで、それまでは茨城県(水戸藩)が主産地だったことは、最近『こんにゃくの中の日本史』(武内孝夫著 講談社現代新書)を読むまで知りませんでした。江戸時代から、下仁田町を中心に群馬県ではこんにゃく作りが盛んに行われていたとばかり思い込んでいました。

しかし、昔に比べると、こんにゃくを食べる機会はずっと少なくなりました。家庭で煮物を作ることが減ったのですから、仕方ありません。ただ、おでんを作るとき、こんにゃくを入れない家庭はまずないでしょう。出しの旨みや他のたねものからでる栄養をたっぷりすいこんだこんにゃくの存在は、大根とともにおでんの具の双璧でしょう。

こんにゃく料理で忘れられないのは、昔前橋の街中にあったスナック「N」でときどき出してくれたこんにゃくカレーです。肉の替わりにこんにゃくが入っているのですが、これが妙にカレーと合うのです。これを応用して自分で作るときは、肉とこんにゃく両方入れてもいいのではないでしょうか。こんにゃくに細かく切れ目を入れると、食べやすいと思います。

神奈川県に単身赴任していた頃、食品スーパーの三和(本社町田市)を結構利用していました。神奈川県には生鮮食品を扱う百円均一店「ショップ99」が数多く出店していますので、これに対抗して100円均一の棚を強化する食品スーパーが少なくありません。スーパー三和も同じく100円均一コーナーを充実させていましたが、この棚の目玉に「こんにゃくラーメン」がありました。ラーメンばかりでなく、こんにゃくスパゲティ、こんにゃくやきそばもあるのです。こんにゃくラーメンにはしょうゆ味と、みそ味まである念の入れようです(冷やし中華も加わったようです)。

ヘルシーさと低カロリーが受けたのか、結構な売行きで、ときには欠品で棚のスペースが空いたままの状態さえありました。人様よりちょっとふくよかな体形の私もよく買いました。酒の席ではあまりつまみをつままず、後でお腹が空くタイプなので、飲み会から帰って、このこんにゃくラーメンで腹の虫を養いました(昔なら確実にラーメン屋さんに寄っていましたね)。メーカーさんが群馬の富岡市にあることも購買意欲を引き立てたのかもしれません(かぶら食品さんです)。

群馬に帰ってきて、早速スーパーにこんにゃくラーメンを買いに行きました。ところがこれがないんですよ。刺身こんにゃくまではあるんですが、ラーメンがない。シラタキじゃ代用にならないんです。地元だからあるもんだと思い込んでいた私が悪かったのかもしれません。で、富岡市に行ったときにでも、かぶら食品さんに寄ろうと思っています。「先覚者は故郷に入れられず」なんですかね。

(かつて伊香保温泉に泊まったとき、こんにゃくそばを出されたことがあります。まがい物かなどと、ちょっと馬鹿にしながら食べたのですが、これがうまいんですよ。仲居さんに訊いたら売店で売っているとのこと。それで買ってきたんですが、その後口にしていません。確か高崎市のメーカーさんだったような気がしますが、メモも何もしていなかったので、今となっては皆目分かりません。もし、このメーカーを知っている人がいたら教えてください。)

【かぶら食品がある富岡市から軽井沢までの直線距離≒17マイル≒28km】

Img_0393

これも私の好物だから、こんにゃく食べても、元の木阿弥です。

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2006年6月17日 (土)

前橋の街中から、かつ久が消えた

        

2年ぶりに群馬県に帰って、一番の衝撃は、前橋の街中から「かつ久」が消えたことでした。

旨いとんかつが食えるぞ!と、久々に喜び勇んで行ってみたら、入り口が釘で打ちつけられている。あれ、場所を間違えたかと思って、わが身の耄碌を嘆きつつ、スズラン百貨店前のかつての店の前を行ったり来たりしてしまいました。

そして改めて、周囲を見回し、その場所にかつて「かつ久」があったことに間違いないと悟ったとき、唖然呆然、上州弁で言えば、「魂消たいね」です。

個人的には、「かつ久」を経験してから、「かつ久」に比肩するのは、日本橋三越の道を挟んで反対側にあるビルの地下1階のとんかつ屋さんだけ(今もあるかなあ?)、と思っていましたし、「かつ久」の商品力をもってすれば、多少街中への入り込み客数は少なくなっても、充分やっていけるだろうと思っていたので、余計、魂消てしまいました。

近くで、学校の先輩が商店を経営していますので、駆け込み、ことの成り行きを聞いてみました。なんのことはない、高崎の高島屋に移転しただけのこと、そればかりか、横浜の高島屋にも進出の勢いとのこと(もうすでに出店したのかな?未確認ですみません、慶賀の至りです)。

仕方なく、その日は国道50号線沿いにある「かつ久 無庵」の方に回って、餓え(かつえ)をしのいだ次第です(しかし、本店のやや狭い空間の雰囲気が好きだったので、満足し切れませんでしたが。年齢的に、ノスタルジーを求めるようになったのですね)。

各種のドレッシングとともに、サラダは際限なくサービスしてくれるし、漬物の種類も多い。これを摘みにして、ビールを飲み、真打ちのとんかつを待つ。そして、いい頃合でドンッと出てくるとんかつにかぶり付くと、私の場合はご飯を注文しなくともお腹一杯です(若い人は、ジリジリしながら、とんかつの登場を待ってますよね。でも彼らでも量の多いほうを注文した場合、最後の一切れを食べる頃になると、箸の動きが鈍くなりますね。なお、栄養学的にも、肉を食べる前に、まず野菜を大量にとるのは大変良いとのこと)。

今度高崎高島屋の「かつ久」に行ってみようと思います。しかし、昔からの店がなくなるというのは実に淋しいものです。

【かつ久高崎店から軽井沢までの直線距離=約23マイル=約37km】

「薔薇の木に、薔薇の花咲く、なんの不思議もなけれど」。佐藤春夫でしたっけ?本当は雨に咲く、紅い薔薇がよかったのですが・・・。Img_0094_4

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2006年6月 9日 (金)

モツ煮

 10日ほど前、日本経済新聞の前橋支局長である藤井利幸さんが、群馬の食文化における豚ホルモンについて群馬版で書いており、楽しく読ませてもらいました。

 

 それで思い出したのは、かつて、大手食肉卸売会社の人から、群馬に赴任してびっくりしたのは白モツの動きが断然多いということだ、という話でした。クリスマスシーズンでも動くんですよ、と半ば呆れ顔でした。

 そうなんです!群馬の食文化に白モツは欠かせないのです。クリスマスであろうがバレンタインデーであろうが、ワールドカップであろうが、白モツなしでは夜も日も明けないのです。

 砂糖の代わりにハチミツを使ってモツ煮を作る方もいます。糠を使って丁寧に下拵えすればモツは臭みもなく、柔らかく、ビタミン豊富で低カロリーの食材となります。

 十数年前は、モツ煮界の金字塔、永井食堂(子持村)のお持ち帰り用モツ煮一袋3人前用を、ビールがぶ飲みしつつ一晩で平らげてしまう、という離れ業をやってのけたこともありました。

 (しかし、今はもう駄目ですね。年のせいにはしたくないけれど、最近はひと碗もいただければ、充分です。それも刻みネギを沢山トッピングしてもらうとうれしいですね。豆腐を一緒に暖めて、モツは豆腐の引き立て役くらいの量でも、最近は満足できます。かつては、豆腐を入れるなどは邪道、と言ってはばからなかったのですから、えらい変わりようです)

 モツ煮と言えば、このほか藤岡市の二八車家、玉村町のはとり食堂のモツ煮も根強いファンをもつとか。残念ながら、はとり食堂のモツ煮は、未だ食べたことがないのです。複雑な交差点の近くにあり、運転技術が未熟なものですから、先客のクルマが店の前に止まっていたりすると、うまく入れないのでそれきりになっているのです。

Img_0115

これがモツ煮界の金字塔、永井食堂の持ち帰り用パック。写真が小さくてすみません。フェイジョアーダのブラジルに対抗して、これを食べながらワールドカップを応援しよう!

 

 かつて私が若かりし頃通っていたモツ焼屋さんは、大変な人気店で、午後4時の口開けとともに客が入り、午後5時過ぎると、満席状態。午後8時には早くも品切れ店じまいの毎日でした。新橋ガード下の繁盛店をも凌ぐ勢いでした(絶品のナンコツは上得意でも配給割り当て制。一見客はその重圧に耐えて注文するにはかなりの勇気が必要でした)。

 

 店主は、帰りにバー、キャバレーを梯子して散財しなければ、売上を入れた銭袋が重くて、途中で渡る橋が落ちてしまうというくらい儲かったらしいです。

 それも今は昔。カラ出張だの官官接待だののお咎めがあって風向きは変わり、今は普通の店になってしまいました。同時に勤め人の焼酎モツ焼き文化も風前の灯です。

 来週は、モツ炒めが名物料理の飲み屋さんを出発店に飲む予定があります。今から体調を整えておかねば。

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「あたしイカ刺しなら食べられるけど~ッ、モツ煮は駄目な人なの~ッ」と言っております。にんにくが駄目なドラキュラ娘です。             

                                             

【永井食堂がある旧子持村から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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