2006年7月 4日 (火)

小田原ならわらべ菜魚洞、茅ヶ崎ならあさまる

梅雨の中休みなのか、昨日今日と群馬は晴れて、すでに夏本番気分です。

夏といえば夏休み。夏休みといえば海水浴(このブログのタイトルに反しますが、まあ勘弁してください。笑)。伊豆方面への旅行を計画している人もいらっしゃると思います。

そこで、神奈川県に2年間暮らしたものの義務として(大げさな)、海なし県の群馬県、埼玉県にお住まいの方々に、伊豆に行くなら、途中の神奈川に、是非ともお教えしたい飲食店があります。

それは、

小田原なら

わらべ菜魚洞

http://www.warabe.jp/

茅ヶ崎なら

・あさまる

http://members.jcom.home.ne.jp/asamaru/

です。

茅ヶ崎の

・えぼし

http://www.eboshi.com/

快飛(かっとび)

http://www.kattobi.yokohama.walkerplus.com/

も悪くないのですが、えぼしは、メニューが多すぎて初めて行く場合は、おろおろしてしまいますし、快飛はシーズンのお昼時ともなると駐車場が満杯でなかなか入ることが出来ません。

で、小田原ならわらべ菜魚洞、茅ヶ崎ならあさまるを強く推薦します。行列は覚悟ですが、最長30分も待てば入れます(保証の限りではありませんが、経験として)。いずれも1人前1500円くらいの定食で、宴会が始められます。

特にあさまるの場合、3人で行ったなら、日替定食、刺身定食、天婦羅定食と、それぞれ違うものを注文して下さい。これに一品料理を2~3品取れば、大宴会ができます。お値打ちです。わらべ菜魚洞も同じような手が使えます(クルマの運転に関しては、誰か一人を犠牲にすればことは済みますが、いずれもいける口の場合、紛争の火種になりますので注意)。

ただ、目的地が伊豆の場合、あさまるに寄るには、所在地が茅ヶ崎なので、可成り時間的な余裕が必要になると思います。

群馬県から伊豆方面に行く場合、関越道練馬料金所で下りて、環八で用賀まで行って東名高速に入る。そして厚木インターまで走り、厚木インターからそのまま小田原厚木道路(通称オダアツ。因みに国道一号線のことを地元民はイチコクと言います)に入る。オダアツを小田原西インターで下りて、国道135号線に乗り換え伊豆に向かう、というのが常套だと思います。

(環八の渋滞を予想して三芳でトイレ休憩しませんか。そして環八を抜けて東名に入ったら海老名で再度トイレ休憩するでしょう?そこで天ぷらそばなんか食べるでしょう?特に朝早く家を出発した時なんか)

私の場合、圏央道入間インターまで行って、そこで16号線に乗り換え、相模原市の橋本五差路からさらに国道120号線に乗り換え、真っ直ぐ厚木まで走ります。それから東名厚木インター近くにある小田原厚木道路に入ることをお勧めします。ただ、この小田原厚木道路の入り口が分かりにくいので、この道順で行く場合、よく研究しておかなければなりません(ナビゲーター装着のクルマが多いから大丈夫かな)。

(わらべ菜魚洞は、オダアツを小田原西インターで下りて135号線に向かいます。JR東海道本線の下をくぐったところにある早川の信号を熱海方面つまり135号線方面に曲がらず真っ直ぐ行くと、小田原港に面してすぐあります。間違ってもオダアツから直接西湘バイパスに乗り、石橋方面に行くことがないよう気を付けて下さい。通り過ぎてしまいます。その上200円別途徴収されます)

伊豆からの帰りは、わらべ菜魚洞にも近い

・山安

http://www.himono.org/

に寄ると(早川の交差点とオダアツの小田原西インターを結ぶ道沿いにあります)、信じられない安さでおいしい干物が手に入ります。

普通、みんな鈴○蒲鉾のドライブインに行きますが、「キズパック」という名前で売っている製造工程でのハネ物なら、鯵の干物などが5枚300円くらいで買えます(シーズンオフの時期なら、5枚入り2パックで300円ですよ)。

甘党の人はやはりわらべ菜魚洞からそんなにと遠くない

・柳屋ベーカーリー

http://www.jalan.net/kanko/SPT_165358.html

のあんぱん各種がお薦めです。午後になると売り切れになりますので、予約しておいたほうがいいでしょう。ただし休みが日曜祝日なので注意です。

以上、伊豆に行く人への、2年間神奈川で暮らした人間の、義務としてのアドバイスでした。

【わらべ菜魚洞がある小田原市早川から軽井沢までの直線距離≒83マイル≒133km】

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2006年6月23日 (金)

湘南考

「軽井沢から何マイル?」というブログタイトルで「『湘南』考」もなんだけど、神奈川ネタが続きましたので、ことのついでに「湘南」という地名をめぐっての話をちょっと書いてみたいと思います。

神奈川県に単身赴任する前、私は、「湘南」は大磯町、平塚市あたりをさすものと認識していました。実際、由来はそのようです(この地域の浜辺の景色が、中国の湘南の風景に似ていることや、相州の相の字に掛けたようです)。しかし若い人たちの間では、「湘南」の言葉から、本家であるこの大磯、平塚をイメージする人は少なくなりつつあります。大磯、平塚は、だいぶ、分が悪いのです。

今では、江ノ島(藤沢市。鵠沼、辻堂も藤沢市です)、茅ヶ崎を中心にして、三浦半島の付け根となる鎌倉、逗子、葉山あたりが、湘南だと若い人たちには思われるようになってしまいました。大勢はそのようです。

この「湘南」の指定替えに大きく貢献したのは、加山雄三さん、サザンオールスターズ(桑田さん)、永六輔さんと言われています(何故永六輔さんが入るのかは、聞き漏らしてしまいました)。この人たちを顕彰して、茅ヶ崎市には「雄三通り」、「サザン通り」があります。ただ、「六輔通り」はありません(邪推ですが、氏の著作『大往生』がベストセラーになってしまったのが一因ではないかと思います。「六輔通り」を歩いていくとその先は大往生、では湘南のイメージに相応しくないと、当局は判断したのではないかと思いますが、どうでしょう?東京の浅草寺周辺なら「六輔通り」はしっくりするでしょう?ついでに「三平通り」なんていうのも、いいかも)。

この事態を深く憂慮し、この情勢に危機感を募らせる平塚の人々は、毎年7月に行われる七夕祭り(もうすぐですね)にも「湘南平塚七夕祭り」とわざわざ「平塚」の上に湘南をつけて、平塚が湘南の中心なんだ、ということをアピールしています。オレたちこそ本家湘南なんだ、と必死に訴えています。このままでは、茅ヶ崎に湘南を横取りされてしまう!という悲痛な叫びが、この「湘南平塚七夕祭り」というネーミングには込められているのです(と、勝手に思っています。ビーチバレーのメッカともいえる「湘南ひらつかビーチ」の命名も同じような動機が働いたものと思います)。

また一方、サッカーチームの「湘南ベルマーレ」の本拠地は平塚市で、昔の名前は「平塚ベルマーレ」でしたが、このチーム名変更には、本拠地が平塚市なのだから、「湘南ベルマーレ」だけで平塚を指すんだ、わざわざ「湘南平塚ベルマーレ」にする必要はない、という自負があるのです。そして湘南だと勝手に思っている地域住民をファンに取り込めれば、もっけの幸いではないか、という経営上の戦略が隠されています(ホントかな?)。

平塚市の人たちの心は、複雑にして微妙に揺れているのです(大磯町の人たちは、余りこだわらず、平穏な日々を送っています)。

総務省による「平成の大合併」が打ち出された当初、平塚市、茅ヶ崎市、藤沢市が合併する「湘南市」構想が浮上したそうですが、紆余曲折の結果、アワと消えてしまいました。湘南という名のもと、クソも味噌に一緒にするな、という一部武闘派の猛烈な反発があったものと思います。

群馬県出身のノー天気な私は、同じ茅ヶ崎でも、JR東海道本線の南側を「海茅ヶ崎」、北側の相模丘陵が押し出してくる地域を「山茅ヶ崎」と勝手に、呼んでいました。

横浜というと、どこからも海が見えるようなイメージがありますが、やはり「海横浜」と「山横浜」があります。ウブな、海なし県出身の人は気をつけましょう。

【湘南の本家平塚市から軽井沢町までの直線距離≒83マイル≒132km】

浜辺の親子。この二人の微妙な距離感。

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2006年6月21日 (水)

湘南ナンバー

クルマのナンバープレートでかっこいいのは、1番が品川で2番が横浜、そして3番目に湘南ナンバーなんていう時代がありました。『金魂巻』という本がベストセラーになった頃だと思います。

神奈川県に単身赴任して初めて知ったのですが、湘南ナンバーを許される地域は結構広大なんです。ちょうちん、カマボコ、梅干で有名な小田原市はもちろんのこと、丹沢山塊に囲まれた、その名も足柄上郡山北町まで湘南ナンバーです。

足柄下郡湯河原町はまだ海に面しているから、ぎりぎりセーフにしてやってもいいけど、マサカリ担いだ「裕次郎」はうまくないんじゃないの?と私なども思う訳です。                                            

(えッ、何?またがっている熊が、ちゃんと湘南ナンバーのプレート咥えてるってぇ)

同様な意見は同じ神奈川県民の間でも根強く、ナンバープレートの話になると、大磯町より西に位置する市や町、中でも松井田町、山北町、箱根町など丹沢山塊に近い地区は、酒の席などではここに書けないくらい、強い疑問を呈されるのです。

特に強制的に相模ナンバーとなった地区の人たちは、ことクルマのナンバープレートの話になると、前述した地域に対し、強烈な敵愾心を発揮します。

相模原市のある社長さんと飲んだときのことです。20代後半で父親から事業を引き継ぐため、故郷相模原市に帰らなければならなくなったのですが、何が一番嫌だったかというと、クルマが相模ナンバーになることだったと告白していました。若かったもの、と付け加えましたが。その頃、この社長は足立ナンバーのクルマに乗っていたそうです。

何故、相模ナンバーがこれほどまでに歓迎されないかと言いますと、すもう(相撲)と間違われるからです(日本相撲協会の関係者の皆さん、謹んでお詫び申し上げます)。「ゆとり教育」の影響もあってこの傾向はさらに顕著です。

確かに、高速で相模ナンバーのポルシェに抜かれても、どってことないもんな、と妙に感心してしまいました。

この話を聞いた翌日だか翌々日、相模原市に隣接する愛甲郡愛川町をクルマで走っていると、いきなり「大相撲カントリークラブ」の看板が目に飛び込んできました。日本相撲協会も多角経営ね、などと合点して運転を続けましたが、3枚目くらいの看板が現れた頃、ひょっとしてと思い、目を凝らすと「大相模(だいさがみ)カントリークラブ」の大(おお)間違いでした。

グリーンで相撲を取ってはいけません。

【大相模カントリークラブがある神奈川県愛川町から軽井沢までの直線距離≒69マイル≒111km】

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私の特別なおやつ。前橋市の「うっふボーノ」のシュークリーム群。この間、ここの社長宛のメールに「うっほボーノ」と書いてしまいました。ごめんなさい、第二外国語は中国語を選んだものですから。

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