2007年7月29日 (日)

「2007 三人委員会哲学塾 ぐんま地域創造フォーラム」に行く

昨日7月28日は、「群馬会館」で行われた「2007 三人委員会哲学塾 ぐんま地域創造フォーラム」に行ってまいりました。

Img_9781 今日7月29日、明日7月30日は場所を片品村に移してフォーラムを開催するということですが、さすがにそこまで参加するのは無理なので、第一部「地域づくりにおける《記憶》の役割」と第二部「結ばれる・包まれる」のみの参加です。

第一部「地域づくりにおける《記憶》の役割」では、一年の半分を群馬県上野村で過ごす、哲学者で立教大学教授の内山節さん、河川工学専攻の新潟大学教授大熊孝さん、環境倫理学専攻の東京大学教授鬼頭秀一さん、上毛新聞社の藤井浩さん、元掛川市長の榛村純一さん、元飯山市長の小山邦武さんの6名による討論が行われました。

Img_9785 (左の写真は挨拶に立つ内山節氏)

第二部「結ばれる・包まれる」は、上記の6人に加え、「群馬県地域づくり協議会」会長の椎名祐司さん、「ぐんま文化会議」議長の山田耕司さん、「ファイトぐんま県民会議」委員の萩原香さん、「前橋芸術週間」代表の小見純一さん、「NPO法人群馬の食文化研究会」理事長の志田俊子さん、「尾瀬高校」教諭の松井孝夫氏の6人が加わり、総勢12名での討論となりました。

途中15分の休憩を挟んで、午後1時15分から午後5時半までの長丁場討論会でした。

いろいろなご意見を聞かせていただき、大変参考になったのですが、多くの「地域づくり団体」でメンバーの高齢化が進んでいるにもかかわらず後継者がいないこと、「地域づくり団体」での連携が不充分であることが今後の課題として指摘されておりました。

Img_9793 個人的には、元掛川市長の榛村純一氏が柳田国男の「村格」に触発されて唱える「町格」・「市格」の考えが大変興味深かったですね。

平べったいのっぺらぼうの無味乾燥の街、金太郎飴のように似たかよったかの街が多くなっている中で、人間に人格があるように、町や市にも「町格」、「市格」を持たせなければいけない、ということです。

要は「値打ちのある街」を作ろうということなんだそうです。

同じく同氏は、「(若い)女性は都会が好きなんです」と発言して、物議をかもしましたが、ワタクシも基本的には榛村純一氏と同じ意見なので、大きく頷いてしまいました。

Img_9801 映画「下妻物語」を見たり、銀座松坂屋近くに、「LOUIS VUITTON」、「CHANEL」、「Cartier」、「Tiffany」の旗艦店舗が集中している光景を眺めたりすると、女性は都会が好き、という言葉をとても否定する気になれません。

(「ジュリアナ東京」で踊りまくっていたおねえさんたちを思い出してしまいました)

やっぱ、鄙に美人は似合いません(ごめん。m(__)m)。

若い女性がどんどん町に出て行ってしまうので、山村の過疎化は進行したとか、地方都市の中心市街地に来てくれる嫁さんが少ないので中心商店街が廃れてしまう、といった榛村純一さんの冗談交じりの発言は、結構ワタクシには説得的に聞こえました。

なお、榛村純一さんによれば、森進一が歌った『おふくろさん』(1971年5月リリース)は「おかみさん」、「おっかさん」、「おかん」、「おふくろさん」的な存在に対する惜別そして永訣の歌だったのだそうです。

そして、この「おかみさん」、「おっかさん」、「おかん」、「おふくろさん」的な存在が山村や中心市街地からいなくなったのと平行して、山村や中心市街地が衰退したのではないでしょうか、とも言っておりました。

『おふくろさん』は下記のURLに歌詞があります。小さな声で歌ってみてください。
※http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=31996                       

また、第二部の討論に参加した、前橋芸術週間代表の小見純一氏が、郊外型ショッピングセンターにはなくて中心市街地(商店街)にあるものとして、①大木、②古い神社・仏閣、③悪所(風俗街)を上げ、これらは「アート」である、と発言なさっていましたが、面白い視点だと感心してしまいました。

以前から猥雑な空間や風俗街の存在は、街の賑わいにとって切り離せない存在だと考えておりましたので、もう少しお話を聞きたかったですね(大勢の討論者がいたため、一人当たりの発言時間が限られていました)。

ワタクシ個人としては、中心市街地の活性化を目標とする「街づくり」というのは、「クルマ社会」に対する或る種のアンチテーゼなのではないだろうか、と考えております。

その時、大木、古い神社・仏閣、悪所といった存在はきわめて貴重です。

衰えた商業機能を取り戻すことはもちろん必要ですが、「クルマ社会」に対するアンチテーゼとしてのロハス、スローライフ、スロービジネス、スローフード、温もり、出会いといった概念を、「街づくり」の核に据えるべきなのではないだろうか、と思ったりしております。

「街づくり」に関してはおいおい書いていこうと思いますが、昨日は異色の理論家にして「酒肴 久松」のオーナーである天才料理人大ちゃんのご意見を聞こうと思い(本当は、長丁場の討論会に疲れたので一杯飲みたくなったのです)、「ぐんま地域創造フォーラム」の「交流会」(お切込みを始めとする群馬の代表料理が並んだようです)をパスして、「酒肴 久松」へ急いだ次第。

年をとって、だんだんこらえ性がなくなっております。若い頃なら直立不動で3時間ぐらい我慢できた(ような気がする)んですが・・・。

(「街づくり」に関しては06年8月28日エントリーの『商業施設開発業者の発想が必要かも知れない』、06年10月7日エントリーの『私の前橋センチメンタルな旅』、07年5月7日エントリーの『懐旧の「田毎庵」と「はしもたや」』などをご参照下さるか、ページの左にあるカテゴリーの「勝手に下仁田町再生計画」、「イオン高崎・太田ショッピンセンター」、「けやきウォーク前橋」などをクリックしてください)

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「ぐんま地域創造フォーラム」1部、2部が開催された「群馬会館」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年6月 7日 (木)

低下した昨年の群馬県合計特殊出生率

昨日、厚生労働省は2006年の「人口動態統計(概数)」を発表しましたが、注目の合計特殊出生率は全国では0.06ポイント増加して1.32になったものの、群馬県は0.03低下して1.36でした(未婚率などの上昇の背景に詳しい雨宮処凛さんについては6月6日エントリーの「雨宮処凛さん来県す」をご参照下さい)。

Img_6315 (左は子供たちの来店を待つ不二家のぺこちゃん。前橋市中心商店街で)

合計特殊出生率が低下したのは本県や富山県、山梨県など8県。残り39都道府県は増加しています。

もちろん群馬県の合計特殊出生率は、全国平均を例年上回って推移してきましたが、昨年の低下が一時的なものかどうかは、仔細に検証してみる必要がありそうです。

ところで5月に、新しい都道府県別将来推計人口が発表されていますが、それによれば2005年に202万4千人だった群馬県の人口は、20年後の2025年には184万5千人に8.8%減少します。

内訳を見ると、年少人口(0~14歳)は05年の29万2千人から19万5千人に33.2%減少します。

生産年齢人口は(15~64歳)は131万5千人から107万5千人に18.3%減少します。

この一方老年人口は41万7千人から57万5千人に37.9%増加します(人口構成が個人消費に及ぼす影響については1月6日エントリーの「物販停滞の原因は?」をご参照下さい)。

特に老年人口のうち後期老年人口(75歳以上)は19万9千人から34万1千人に71.4%の大幅増加です。

この結果年齢階層別の人口構成は、05年の年少人口14.4%、生産年齢人口65.0%、老年人口20.6%(うち後期老年人口9.8%)から、25年にはそれぞれ10.6%、58.3%、31.1%(同18.5%)に大きく変化します。

また、2005年8月に発表された世帯数の推計では、人口減少の中で、05年に72万6千世帯だった群馬県の世帯数は、2025年には74万2千世帯に増加します。

単独世帯は17万1千世帯から22万6千世帯に、夫婦のみの世帯は14万7千世帯から16万1千世帯に、ひとり親と子からなる世帯は5万9千世帯から7万世帯に増加します。

およそ20年後には、5人に1人の高齢者が3人に1人の割合になり、単独世帯も5軒に1軒の割合だったものが3軒に1軒になる勘定です。

その時点で、「高齢単独」と「高齢夫婦のみ」を合わせた世帯数の比率は6.7%から12.7%に上昇しています。

以上は群馬県全体の動きですから、地域によってこの数字には濃淡が出てきますが、傾向的には減少傾向にあったところはより減少し、高齢化が進んでいたところはより高齢化が進むということになると思われます。

格差拡大の中で人口減少、少子高齢化が同時に進行します。

個人消費の動向も、地域コミュニティの在り方も大きく変質していくでしょう(地域コミュニティの在り方については、06年7月7日エントリーの「勝手に下仁田町再生計画」をご参照下さい)。

果たして、バラ色の未来はくるのでしょうか?

【2006年の合計特殊出生率が低下した群馬県の県庁所在地である前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月 6日 (水)

雨宮処凛さん来県す

去る6月3日(日曜日)、高崎市にある「ケアハウスきょうめ」で雨宮処凛さんの講演会が開かれました。

今年3月太田出版から出した著書『生きさせろ!難民化する若者たち』と同じ演題での講演です。

Img_7405 講演といっても、若者就職支援センター(ジョブカフェぐんま)高崎センターの蟹川VICEゼネラルマネージャーの質問に答えるインタビュー方式。

同行なさった『完全自殺マニュアル』の編集者として知られる太田出版の落合美砂氏も交えての質疑応答でした。

Img_7403 会場となった「ケアハウスきょうめ」の大食堂には老若男女60人近い聴衆が参加。立ち見が出そうな盛況振りでした。

フリーター、派遣社員の就労の実態。この本が火付けや役になったのではないかと思われますが「漫画喫茶ホームレス」の状況など、生々しい現場リポートを、自身のリストカット、フリーター経験を交えながら語っておりました。

Img_7401  そして、「自己責任」の一言で片付けられがちな若者のフリーター、派遣社員問題に対し、大手企業や人材派遣会社の無責任な対応振りを訴えておりました。

グローバル化、規制緩和、民営化の中で、労力の調整弁として便利に使われ、周囲を取り巻く大人たちの無理解な「自己責任」の大合唱により、自傷(リストカット)、オーバードーズ、自殺などの行為に追い込まれる若者が少なくないとのことです。

Img_7437 戦後最長の景気拡大の中で、その存在を蔑ろにされた多くの若者がいます。

「自己責任」の一言で片付けるには、余りに問題は複雑ですが、知らないフリをすれば、必ずそのツケが将来に回ってくるでしょう。

「板子一枚下は地獄」の状況は、若者に限らず中小零細企業経営者、勤め人も同じです。

雨宮処凛さんがたびたび口にする「生きづらさ」を、多くの人が感じているのではないでしょうか?

ご関心の向きは『生きさせろ!難民化する若者たち』(太田出版)を読んでみてください。

【雨宮処凛さんが講演した「ケアハウスきょうめ」がある高崎市から軽井沢町までの距離≒23マイル≒37km】

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2007年2月15日 (木)

群馬のパチンコホール事情

レジャー白書によれば、2005年のパチンコ産業の市場規模(貸玉料)は、28兆7490億円と見積もられています。

Img_4386 ピークは、1995年の30兆9020億円で、それから比べると6.96%減少していますが、それでも巨大な産業であることに変わりはありません(もっとも特殊景品経由で再投資される分もあるでしょうから、この市場規模の読み方も難しいところです)。

2005年の余暇市場が80兆0930億円ですから、その35.9%を占めます。

(因みに、平成17年12月末の全国のホール数は1万5165ヶ所。パチンコ機296万0930台、回胴式遊技機(スロット)193万6470台、その他1789台の総計489万9198台になっています。また参加人口は1710万人ということです。)

Img_4390 (上記をもとに計算すると、1店舗当たり売上げは18億96百万円。1店舗当たり台数は323台。また、参加人口1人当たりの売上げは168万1千円!になります。月平均14万円!ですね。特殊景品経由の再投資があるとはいえ、なかなかの金額です。)

パチンコ機等の台数から類推した群馬県の2005年のパチンコ産業市場規模は、5871億円になります。

県内の観光産業にたいする総需要額や、農業生産が2500億円前後ですから、数字だけを見ると、その倍以上の規模になるわけです。

Img_4422 (パチンコホール数における群馬県のシェアは2.10%、同じくパチンコ機等のシェアは2.04%です。平成17年の国勢調査における群馬県の全国に対する人口比率は1.65%ですから、やはりわが県は大前田栄五郎、国定忠治を生んだお国柄、博打好きなのでしょうか。)

(群馬県の推計市場規模5871億円を1人当たり売上げ168万1千円で割ると、群馬県のパチンコ参加人口は34万9290人、約35万人になります。この年の群馬県の人口が202万4135人ですから17.25%の参加比率です。5~6人に1人というイメージですね。)

群馬県内の店舗数等に関しては下の表をご覧ください。

店舗数  パチンコ パチスロ  他  合計

90342     74135   10569    791  85497
91 355     76657   12672    188  89517
92 369     76226   13731   2522  92479
93 380     79185   12344   3111  94640
94 377     79138   11703   2165  93006
95 387     84362   10229   2120  96711
96 388     84957   10342   2230  97529
97 382     83357   13581    275  97213
98 376     78544   17074      91  95709
99 371     74272   20515    187  94974
00 368     72095   24119    197  96411
01 365     68737   28472    167  97376
02 360     66831   29041    144  96016
03 346     67461   31318    135  98914
04 332     62520   34927    130  97577
05 319     62531   37453     75 100059

ご覧の通り、県内では1996年(平成8年)に店舗数、機械台数で一旦ピークをつけており、これと比べて2005年は店舗数で17.8%(69店舗)の減少になっています。

Img_4424 クルマを運転していると道路沿いに閉鎖したパチンコホールを見かけることも少なくありません。

パチンコ機のみの台数だけを見ると26.4%と店舗数より激しい減り方です。パチンコ機にスロット機等を含めた総数では2004年に1996年の台数を上回り、2005年に10万台の大台乗せとなっています。

これは言うまでもなく、パチスロ機の増加に支えられたものです。

パチスロ機は1996年に1万0342台だったものが、2005年には3万7453台と4倍近い伸びです。パチスロ機の人気でパチンコホール市場は息を吹き返したといえるかもしれません。

スロット専門ホールも少なくないようです。

Img_4425 店舗の動向で特徴的なのは、大型化と言えるでしょうか。

街中のパチンコホールは殆ど見かけなくなりました。郊外に広い駐車スペースを確保したパチンコホールが多くなっています。

近年は大型出店に拍車が掛かっているようです。特に県外資本の攻勢が激しいようです。

90年の1店舗当たり機械数は1990年が250.0台でした。2000年まで250台代が続きますが、2001年に266.8台になり、以後毎年増え続け、2005年には1店舗当たりの機械台数は一気に300台を突破し313.7台になっています。

2005年のパチンコホールの市場規模をパチンコ機等の台数で割ると一台あたりの売り上げは586万8千円になります。1990年が649万円でしたので、減少気味です。

昔は、パチンコ台1台の1日売り上げは2万円と言われておりましたから、大体合致しますね。

ただスロットは1時間で2~3万円使ってしまうと言う声をよく聞きますから、パチンコ機の客単価は下がっているのかもしれません。

ついでに言えば、昔、パチンコホールの経営者にお聞きした話ですが、口コミが浸透するのを考えて、集客には4日連続で釘をゆるめ、5日目から釘を閉め始めたそうです。

しかしスロットが隆盛を極めるこの頃では、昔語りになってしまいました。ネット口コミで話が伝わるのも、あっという間でしょうし・・・。

昔語りついでに言えば、かつては、所轄の警察署長さんが転勤するとき、地区の組合の人たちが集まり送別の宴をはり、なにがしかのお餞別を包んだそうです。

古き、のんびりした時代のお話です。

それにしても今のパチンコ機は、複雑怪奇です。任天堂の「Wii」がヒットしているようですが、同様に「アナログ親指パチンコ機」、また出しません?(パチンコ参加人口のピークは平成6年の2930万人。平成17年が1710万人だったから41.6%の減少になっています)。                   

                                                     (写真は本文とな~んの関係もありません。画面を賑やかにするために、載させていただきました。)

【パチンコ機製造業のメッカである桐生市から軽井沢町までの距離≒41マイル≒65km】

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2007年1月 6日 (土)

物販停滞の原因は?

今日の新聞各紙には、昨年(2006年)の国内新車販売状況が掲載されていますが、「『クルマ離れ』」ずしり」とか「縮む新車販売573万台」などのタイトルで、いずれもその低迷振りに言及しています。

国内新車販売のピークはバブル景気真っ盛りの1990年の777万台。その後減少し、直近のピークは1996年の710万台でした。

以後は

        登録車   軽自動車   合計(千台)

1997年   5,112  1,612    6,725

1998年   4,335  1,544    5,879

1999年   3,987  1,873    5,861

2000年   4,095  1,867    5,973

2001年   4,059  1,847    5,906

2002年   3,966  1,826    5,792

2003年   4,027  1,800    5,828

2004年   3,962  1,890    5,853

2005年   3,928  1,923    5,851

2006年   3,715  2,023    5,739

※千台以下は切り捨て。

と、年によって多少の増減はありますが基調としては減少傾向を辿っています。

この原因としては、①購入してから廃棄するまでの平均使用年数が1990年の9.2年から2005年には10.9年に延びたこと、

②1台の車の使用期間が1985年には平均4.4年だったのが2005年には6.8年に長期化したこと、

③使用期間6年以内で手放した車の割合が全体の78%から40%に減り、車の買い替えサイクルが長くなっていること、

④海外重視の商品開発で日本の消費者ニーズとのズレが生じていること、

⑤個人消費がデジタル家電や携帯電話、インターネットなど車以外の商品に向かったこと、

などが上げられています。しかしどうもそれだけではないような気がします。

昨年暮れに新たな将来人口推計が発表され、改めて人口減、少子高齢化の問題がクローズアップされていますが、車だけでなく消費、特に物販の停滞にはこの問題が底流にあるように思えます。

そして、こと車に関しては、雇用形態(正規・非正規社員)に起因する若者の所得格差も強く影響しているような気がしてなりません。

2005年に日本は人口減社会に突入しましたが、「消費の中核層」でもある生産年齢人口(15~64歳人口)はすでに1995年をピークに減少に転じています。

       生産年齢人口   総人口(単位:千人)

1985年  82,506       121,049

1990年  85,904       123,611

1995年  87,165       125,570

2000年  86,220       126,926

2005年  84,422       127,768

2010年  81,285       127,176

2015年  76,807       125,430

※2010年以降は中位推計。

1986年の国内新車販売台数は約570万台で昨年とほぼ同規模だったそうですが、生産年齢人口も似たような数字です。これに近年の、二ケタ近い若年者の失業率やフリーター人口水準を加味すると昨年の新車販売台数が573万台に終わったことが良く分かります。

また、燃費が良く維持費が安い軽自動車の販売は初の200万台乗せ、ということも充分納得できます。

(総務省の「労働力調査」によれば、1995年の正規労働者は3779万人、非正規労働者は1001万人。これが2005年には正規労働者が3374万人、非正規労働者が1633万人になり、この10年間で正規労働者は約400万人減少し、非正規労働者は約630万人増加しています。

また、リクルートワークス研究所の「非典型労働者調査2001」によれば、首都50km圏内の学生を除く18~34歳の男女フリーターの平均年収は140.4万円。分布的には200~250万円未満と100~110万円未満の層が一番多くなっています。)

かつては残業代をローン返済のあてにして、3ナンバーの車をブイブイいわせていた若者があちこちにいましたが、最近はめっきり減りました。

暴走族をやるにもそれなりにお金がかかるのだと思います。以前は休日前には必ず、夜のしじまを突き破る、派手な「パピプペポ」のクラクションが聞こえたものでしたが、いつの頃からか、それも音沙汰無しになりました。

車だけでなく、小売の販売動向を見てみますと、「消費の中核層」である生産年齢人口の減少が影響しているのではないか、という数字の動きが目立ちます。

経済産業省の「商業販売統計」の全国小売業販売額は

1995年  144兆8,100億円

1996年  146兆3,050億円(過去最高額)

1997年  145兆3,000億円

1998年  143兆4,940億円

1999年  141兆5,280億円

2000年  139兆4,350億円

2001年  136兆8,080億円

2002年  131兆4,130億円

2003年  128兆8,710億円

2004年  128兆0,920億円

2005年  129兆5,260億円

となっています。2005年の小売販売額は1995年に比べて10.6%の減少です。同じ経済産業省の「商業統計調査」(およそ3年ごとに調査)の年間商品販売額も同じような動きになっています。

1994年  143兆3,250億円

1997年  147兆7,431億円(過去最高)

1999年  143兆8,325億円

2002年  135兆1,092億円

2004年  133兆2,786億円

ピークの1997年に比べ2004年は9.8%の減少です。

デフレなどの影響ももちろんあるでしょう。「商業統計調査」はすべての小売販売額を対象にしておりません(駅の売店など)。しかし傾向として物販の金額は減少、停滞していることは明らかです。

生産年齢人口は1995年のピークから2005年には3.15%減少しています。また0~14歳の年少人口は同期間に12.13%減少しています(総人口は1.75%増加)。

物販の低迷は、消費の中核層たる生産年齢人口の減少と、「シックスポケット」(両親並びに両親の両親)を持つと言われる年少人口の減少が大きく影響しているのではないかと思います。

2005年の10年後の2015年には、2005年に比べて生産年齢人口は9.02%減少し(実数で761万5千人減。1995年から2005年の減少数274万3千人の2.8倍)、年少人口は15.60%少なくなる(実数で274万4千人減。1995年~2005年の減少数は242万9千人)と推計されていますから、さらに厳しい小売環境がおとずれるのではないでしょうか。

当然、国内新車販売台数が大きく回復するとは思えません。

数年前ですが、60歳を過ぎた社長さんで、「オレは時速300km以上でないクルマは買わない」と言う方にお会いし、大変心強く思いました。この方は、その日の気分で5台ある高級外車を使い分ける人でした。これぞ、アクティブシルバーです。

日本経済のためにも、枯葉マーク、ではなくて、「紅葉マーク」を貼った「シルバー暴走族」の出現に期待したいと思います(夜なんか、集団で時速40キロの制限速度以下で走って走行妨害)。

(件の社長さん、「200キロを超えると、若い頃に比べてグット視野が狭くなるんだよね」と、恐いこと言ってました・・・。)

【自動車普及率が全国でトップクラスの群馬県の県庁所在地である前橋市から軽井沢町までの距離≒26マイル≒42km】

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2006年8月29日 (火)

櫻井翔君のパパと群馬県知事選

今日の新聞を広げると、5選を目指す現職の小寺弘之群馬県知事が、来年の知事選を睨んで早々に連絡事務所を前橋市小相木町に開設した由。過去4度の知事選では直前に選挙事務所を開く程度だったので、今回は異例だそうです。

Img_1095 群馬県知事選に向けて念には念を入れて、といった手堅さが窺えますね。

先週には、小寺知事と対立している自民党群馬県連が、旧自治省出身で、現在総務省官房審議官(税務担当)の職にある岡崎浩巳氏(53歳、伊勢崎市出身)に出馬要請を行うとの報道がありました。

前県会議員の山本龍氏も県会議員を辞職して来年の選挙に向けての活動を本格化させているようです。なかなか熱の入った前哨戦が繰り広げられています。

しかし自民党県連が、小寺知事と同じ旧自治省出身者を担ぎ出そうとしていることで、すでに「勝負あった」のような気がします。

岡崎浩巳氏は三位一体改革で地方への税源移譲に伴う税制改正をまとめるなどした優秀な方で、将来の総務事務次官候補の一人に数えられるそうですが、そういったことに有権者が反応するとは思えません。

Img_1101 「旧自治省出身者が旧自治省出身者に替わって、いったい何が変わるの?」というのが素直な有権者の気持ちなのではないでしょうか?

財界の方たちも、知事が替わったら、また一から関係を築き直さなければなりません。今のところさしたる争点もないのですから、そんな面倒くさいことをするより、前々から仲のいい現職知事とこれからも一緒にやっていくことを選ぶでしょう(今まで小寺知事の仲間に入れてもらえなかった人は当然それぞれの道を選ぶでしょうが)。

孤軍奮闘の前県議山本龍氏もそれなりに票を獲得するでしょう。このまま行けば反小寺知事陣営の票が割れて、小寺弘之知事の優位はいよいよ揺るがぬものとなります。

票とカネを財界人に握られた反小寺陣営の県議さんたちが、自民党群馬県連の旗の下、こころをひとつにして結集するのかどうかも見ものです。来年の地方統一選では県議の改選が知事選の前にありますから、ここでどんな結果がでるかを見れば、知事選の大勢は決まったようなものでしょう。

岡崎浩巳氏が自民党県連の出馬要請を受諾すれば、きっと小寺知事は小躍りしてお慶びになるものと思います。先ほどいったような理由で、その時点で5選は確実になったと言ってもいいのですから。

あとは、高崎地区侵攻作戦を本格展開し、統一地方選、参議院選と選挙疲れした有権者の方たちが、知事選はもうどうでもいいよ、と投票所に行かなければ、より状況は有利になるように思います。

いくらなんでも小寺6選はないでしょうから、すでに関心は、2011年の「小寺後」の観点から、誰がどう来年の知事選に向けて動くかになってしまいそうです。

ところで、同じ官僚なら、何故、自民党群馬県連は桜井俊氏に出馬要請しなかったのか不思議でなりません。

桜井俊氏は岡崎浩巳氏と高校で同学年(因みに8月1日のエントリー記事で登場願った立川談之助師匠も同じ学年)。同じく東京大学法学部に進んでいます。卒業後は桜井氏が旧郵政省、岡崎氏は旧自治省と分かれましたが、200年の省庁再編で同じ総務省勤務となっています。

※桜井俊氏については下記参照
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/event/30244.html

http://www.keizaishinpo.jp/news/040810/040810a.htm

長く通信行政に携わり、平成16年6月に大臣官房審議官(IT戦略担当)になっています(今は何を担当しているのか調べておりません。関心の向きは検索してみてください)。平成15年1月から1年間大臣官房秘書課長の職を経験していますから、岡崎浩巳氏に負けず劣らず優秀な方なのでしょう。

若い方にはこういった硬い肩書きを並べるよりも、ジャニーズ事務所所属の人気グループ「嵐」のメンバーである櫻井翔君のパパ、と言った方が分かり易いでしょう(櫻井翔君については適当にYAHOO!やグーグルで検索してください。最近では彼が出演した「ハチミツとクローバー」が話題になっています)。

これからの時代、IT(情報技術)に明るい人がトップに立つことは意義深いことですし、なんといっても櫻井翔君のパパです。少しは「嵐」のメンバー並びにジャニーズ事務所所属のタレント連の応援も期待できるのではないでしょうか?

石原慎太郎における「石原軍団」の存在までの期待はできないでしょうが、もし桜井俊氏が群馬県知事選に出馬すれば、櫻井翔君が一回ぐらい選挙応援に来県して、「お父さんをよろしく!」くらいのことを言うのではないでしょうか?

集まってくるのは選挙権のない人たちが多いでしょうから、きっと櫻井翔君も「お母さん、お父さん、じいちゃん、ばあちゃんに宜しくね!」の一言は忘れないでしょうね。

櫻井翔君のパパが群馬県知事選に出馬となれば、スポーツ紙、テレビのワイドショーが放っておくわけがありません。

甲子園で優勝した早実のエース斉藤祐樹君が太田市(旧新田町)出身だったことから、太田在住の斉藤君縁故者は猛烈な取材攻勢あっていましたが、あの騒ぎのレベルでは済まないように思います。

(生品中学校の皆さんよかったね。斉藤君のおかげで、これからは皆が生品を正しくイクシナと読んでくれますよ。生品神社で挙兵した新田義貞だって、そのことでは斉藤祐樹君に脱帽でしょう。いつまでも生中(生チュー)じゃビールじゃあるまいし、あんまりだよね。)

まして、「嵐」のメンバーが勢ぞろいして応援したり、「少年隊」の錦織君、植草君、東山君、「SMAP」の中居君、キムタク、ゴロー君、草彅君、慎吾、「TOKIO」、「V6」、

「KinKiKids」、「KAT-TUN」の全員といわず一部でも群馬県に来ることになったら、そりゃあもう大騒ぎでしょう。

わざわざ埼玉を始め東京、千葉などから群馬県にやって来る、群馬県知事選に全然関係ない人達の数も半端じゃないでしょうけど。

争点がない来年の群馬県知事選ですから、どのくらい人気のある人を現職の対抗馬としてぶつけられるかに勝敗が掛かっているわけです。自民党県連はそれを理解しないと、勝ち目はないでしょう。

しかしもう手遅れですね。いくらなんでも桜井氏は岡崎氏が断ったあとに受諾するとは考えられません。プライドが許さないでしょう。

あとは館林市出身で、初の女性宇宙飛行士である向井千秋さんでも引っ張り出すしかないかな。「宇宙から地球を見た知事候補、向井千秋でございます」なんて、ウグイス嬢はアナウンスするのかなあ。

それから小寺知事のキャッチ「子供を育てるなら群馬県」は知事の優しい性格が滲み出ていていいんですが、ちと長いような気がします。血液型Bでせっかちの小生なら「子供を生むなら群馬県」にして、これをさらに縮め「生むなら群馬!」にしちまいますけどね。

(写真は2枚とも通称南部環状線沿いにある早朝の小寺知事の連絡所事務所の様子。クリックして見て下さい。)

【小寺知事の連絡事務所がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年8月25日 (金)

誕生するか、「かんら富岡」市?

報道によれば、下仁田町が富岡市に正式に編入合併を申し入れたとのこと。8月11日の町議員全員協議会で、甘楽町、南牧村との広域合併を断念し、単独で富岡市との合併を進める意向を示しており、これで富岡市と下仁田町の合併はほぼ確実となった。

ただ南牧村、甘楽町は「自立での行政運営継続」を表明していることから、甘楽郡・富岡市の旧5市町村全体が一気にひとつの行政単位にはならないようだ(妙義町はすでに今年3月27日に富岡市と合併している)。

しかしながら南牧村、甘楽町ともに、人口減と高齢化の進展の中で自主財源を確保し、行政サービスを維持していくには可なりの努力が必要だろう。行政コストの削減にも限界がある。やはり将来的には広域合併を選択しなければならない可能性が高い。

もし甘楽・富岡地区の旧1市3町1村が大同団結(富岡市へ編入合併)すると県土の面積の7.7%(488.52平方キロ)、人口の4.0%(8万1153人、平成17年国勢調査)、普通会計当初予算の4.2%(303億86百万円、平成17年度当初予算の5市長単純合計)を占める市の誕生となる。仮に「かんら富岡」市とでも呼ぶことにする。

しかしこの新生「かんら富岡」市を取り巻く環境は、過去10年の人口推移を見ただけでも安閑と出来ない状況だ。

平成7年に8万5011人だった人口は、17年には3858人減少し8万1153人に減少している(下記の表参照)。

平成7年       人口(人)      世帯数(戸)

富岡市        49271      14808

妙義町         5164       1330

下仁田町      12266         3654

南牧村         3829       1364

甘楽町        14481       3862

合 計        85011        25018

平成12年       人口(人)     世帯数(戸)

富岡市        49349      15720 

妙義町         5052       1410 

下仁田町      11171         3591 

南牧村         3340       1317

甘楽町        14660       4112

合 計        83572      26150

平成17年       人口(人)     世帯数(戸)

富岡市        49038      16596

妙義町         4727       1430

下仁田町       10147       3487 

南牧村         2929       1226

甘楽町        14312       4297

合 計        81153      27036 

それだけでなく、甘楽郡・富岡市、の旧1市3町1村を合わせた将来人口は2010年7万9630人、2015年7万6917人、2020年7万3792人、 2025年7万0401人、2030年6万6930人と推計されている。人口規模は、2005年に比べ、25年後の2030年には82.5%の規模に縮小する見込みだ。

群馬県全体ではおよそ10%減の予想だから、17.5%減の甘楽・富岡地区の減少率は7.5%ポイント大きい。

また甘楽・富岡旧1市3町1村の総人口に占める65歳以上人口の比率は平成16年(2004年)が25.3%(県平均は19.9%)だが、将来的には2015年に31.7%(同26.6%)、2030年37.4%(同30.8%)と急速に上昇していく。

人口減、そして人口の高齢化は合併で片付く問題ではない。

7月に負債総額632億円を抱えて破綻が明らかになった北海道夕張市(7月11日エントリーの「夕張市の失敗」を参照)だが、否定的側面だけで語ることは出来ない。炭鉱が閉鎖になってから何もしなければ確かに負債は632億円まで膨らまなかったかもしれない。

しかしそれでは何もしないことが一番良いことになってしまう。

「炭鉱から観光へ」の選択は、間違っていたとは言えない。問題は投資に相応しい収益と波及効果を上げられなかったことだ。

100億円の投資をしても、資金調達コストと減価償却を上回る収益を生み出せていたら、破綻などありえなかった。夕張市は、事業計画の甘さと運営のまずさから収益を上げられなかったことの責任を逃れることはできない。

しかし、100億円の使い道に観光事業を選んだことの責を夕張市に問いたてても、正式な手続きを経て決定されたなら、それはお門違いなのではなかろうか。

コスト削減に取り組まない自治体はないだろうが、コスト削減には限界がある。小規模自治体なら、コスト削減だけで難局を乗り切ることも可能かもしれない。しかし一定規模の自治体となれば、コスト削減とともに地域振興に取り組まなければ、座して死を待つようなものだ。

将来的に甘楽・富岡地区が一体になるのであれば、具体的な将来デザインを描かない限り、合併効果はただの数字合わせに終わってしまうだろう。

成功の反対語は失敗ではなく、何もしないことだそうである。少し気が早いが、「かんら富岡」市が少子高齢化社会を跳ね返す事業に踏み出すことを期待する。

【富岡市から軽井沢町までの直線距離≒15マイル≒23km】

市町村の貴重な財源のひとつ「たばこ税」の増加に協力する一徹な商店(旧北橘村で)。

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2006年8月18日 (金)

群馬の葬儀関連市場を試算する

昨年は全国規模で人口減少となりましたが、群馬県もこの例に漏れず本格的な人口減少時代を迎えました。最大の要因は自然動態がマイナスになったことです。つまり死亡数が出生数を上回るようになりました。

移動人口調査結果ベース(集計期間は10月1日から翌年の9月30日)なので、他の人口統計数字と比べた場合多少の違いがありますが、群馬県の平成17年の出生数は1万7580人。これに対し死亡数は1万8550人で自然動態はマイナスの970人です。これは多分、戦後初めてのことではないかと思います。

子供関連品の市場が縮小していく一方高齢者市場の拡大が期待されていますが、群馬県における葬儀関連市場はどのくらいの規模なのか、旧盆が明けたこの時期、不謹慎の謗りを覚悟して、推測してみようと思います。

(お盆が明けるのを待っていたようにツクツクホウシが鳴き始めました。ヒグラシの鳴き声も聞こえます。残暑は厳しくても確実に秋は近づいています。改めて季節の移ろいの早さ、人の世の儚さを感じますが、ここ数年の県内におけるセレモニーホールの増加ぶりだけを見ても、葬儀関連マーケットを巡っての攻防は、今後さらにホットになりそうな気配です。)

葬儀の形式は仏式だけとは限りませんが、統計数値の制約からここでは、仏式中心の数字になることを予めお断りしておきます。

日本消費者協会が2003年に調査した全国平均の葬儀費用の平均は236.6万円となっています。内訳は葬儀そのものに150.4万円、お清めなどの飲食費38.6万円、宗教者への謝礼48.6万円です(内訳は若干の不整合があるため1999年のものなので、合計は236.6万円になりません)。

東京近郊だけを取りますと305.7万円(内訳は葬儀そのもの175.5万円、飲食費66.1万円、宗教者への謝礼64.1万円)になります。

前述のように群馬県の平成17年死亡者数は1万8550人ですから、単純にこれに236.6万円をかけると、438億89百万円になります。内訳は葬儀そのものに278億99百万円、飲食費に71億60百万円、宗教者への謝礼90億15百万円という計算になります。

群馬県にはどのくらいの寺院があると思いますか?942カ寺だそうです(宗教法人数とは違い、郵便物の不着・兼務を除く数字です。株式会社寿企画調べ)。

葬儀には仏式だけでなく神式も、無宗教式も、プロテスタント式もカトリック式もありますから、こうした無節操な割り算はしたくないのですが、他に統計がないので、葬儀がすべて仏式として行われたとすると、平成17年の1カ寺当たり葬儀数は約19.5回になります。そして宗教者への謝礼が48.6万円ですから、1カ寺当たりの収入は957万円になります。

(宗教人口はよく人口の2倍近くになるといわれますが、神仏習合の伝統が長いのですからこれも仕方ありません。達磨を神棚に置いて違和感を覚えないのもその流れだと思います。キリスト教系宗教人口は総人口の1%未満だそうです(Wikipediaより)。その他の宗教人口が1100万人ですから、葬儀の1割が仏教形式以外と考えれば実態に近いのかもしれません。そうしますと1カ寺あたり17.7回で861万円になります。お寺の名誉のために付言すれば、この何割かは本山に納めなければなりません。)

もちろん前述したように葬儀は仏式ばかりでない上、お寺によって檀家の数も様々ですし、地域の年齢別人口構造も違います。あくまでも葬儀がすべて仏式で行われた場合の平均です。

平成17年の人口1000人あたりの死亡率は9.16になりますから1世帯当たり人員が2.79人であることを考慮すると、檀家が358戸あるお寺で年間9~10回の葬儀がある計算になりますので、注意下さい。

ただ参考までに言いますと、昔から檀家が300戸あれば、その寺の住職は公務員や教員などの勤めに出ることなく住持職に専念できるとも言われています。

葬儀が済めば七七日忌(或いは五七日忌)に納骨となりますので、お墓を用意しておかなければなりませんが、なくなった方全員がお墓を建てるわけではなく、先祖伝来のお墓に入る方もいらっしゃるでしょう。またすでに生前に自らのお墓を用意する人もいますし、お墓の建て替えを行う人もいるでしょうから、葬儀ほどには死亡数との連動性が強くなく、なんとも推計が難しいところです。

中間法人優良石材店の会によれば、墓石購入費用の全国平均は174.1万円になるそうです(永大使用料は除く数字のようです)。

(団塊の世代が通り過ぎると、墓石業界の市場は急速に縮小するものと思われます。団塊の世代より下はすでに長男長女世代(兄弟姉妹2人世代)ですから、お墓の需要は限られてくると思われます。大胆に言えばあと15年が勝負の業界かもしれません。)

納骨が済めば、次は塔婆の建て始めといわれる百か日、新彼岸、新盆、一周忌、三回忌(二年目)、七回忌と十三回忌と続いていきます。

法事等は個別の事情に左右される要素が大きいのでなんとも推測しかねますが、1回の集りに20人(子供2人を前提に未婚率と平均余命を勘案して、死者の子供及び孫、子供の配偶者の親、兄弟及び甥姪並びに従兄の範囲での法事を想定)が参加して一人当たり4千円の飲食費、参加人員の半分の数の引き出物を4千円で用意すると1回の法事の経費は12万円ほどになります(宗教者への謝礼は除く)。昨年の群馬県の死亡者数1万8550人を掛けると22億26百万円になります(個別の事情で大きく揺れるので、あくまでも参考程度の数字です)。ただ毎年多少なりとも累積していきますので、このマーケット自体は拡大傾向になるものと思います。

人口千人あたりの死亡数である普通死亡率は平成13年(2001年)には7.7‰(パーミル)でしたが、今後一貫して上昇して行き、平成32年(2020年)に12.1‰、平成62年(2050年)には16.2‰になると推計されています。

死亡者数は全国で平成13年の98万人から、平成33年(2021年)には151万人となり、平成50年(2038年)にはピークの170万人になると見積もられています。その後やや減少しますが高原状態を維持し、平成62年(2050年)には162万人と見積もられています(因みに出生数は平成26年に100万人の大台を割り込み、平成62年には67万に縮小すると推計されていますが、実際はもっと速いペースで進んでいます)。

群馬県の平成13年の1万6109人でしたから全国と同じ動きを辿れば平成33年には54.1%増の2万4820人になる見込みです。平成17年と比べても33.8%の増加です。

ただここ数年の動きだけを見ても、市場の拡大を見込んで新規参入する業者が少なくありませんでしたから、葬祭業者間の競争状態が緩和されることはないと思います。

また葬儀自体が家族葬などで小規模なものになりつつあることや、兄弟子供の数が少なくなっていることに加え未婚率の上昇から、葬儀の参列者は徐々に縮小していくものと思われます。

伝統的な葬儀儀礼の簡略化が進んでいる上に、都市部においては納骨や供養の仕方にも変化が生じてきており、単純に葬儀関連マーケットの規模が拡大すると見るのは早計かもしれません。

【義父の新盆があった管理人の住む前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

Img_0864

群馬県前橋市における平均的なサラリーマン世帯の新盆飾り。管理人の義父の新盆であることもあり、記念にアップしてしまいました。昔のような土俗的な色合いは薄れています。合掌。

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2006年8月 7日 (月)

明日は今日の続きだと思う経営者に、「明日」は来ない

今日の読売新聞見ました?トップ記事の「田中氏3選ならず」ではなくて、キャンペーンものの「豊かさ再発見 第5部 変わる地域社会4」の方です(話し違うけど、康夫ちゃん良かったよね。これでこれから、文化芸人前知事で稼ぎまくれるもの。いかん!またいらんこと言ってしまった)。

前橋市のことが3行、字数にして48文字でておりました。中心商店街のことに関する記事の中です。

「だが、活力を取り戻せる商店街は少ない」に続いて、「前橋市では、中心商店街の2004年の歩行者数が1日5964人となり、30年前の7分の1に落ち込んだ」と書いてあります。それで、さらに前橋市街地に言及するのかと思ったら、これで終わり。あとはなし、です。

県庁所在地の中心商店街1日当たり歩行者数としては全国でも最小の街として、前橋の取り上げたのですかねぇ?訳分かんらんです、この書き方は(ただ、記事トータルではなかなか面白いですよ、しかしそれにしても5964人か・・・。コンビニのセブンイレブンの1店舗あたり1日平均来店客数は986人だから6店舗分くらいだよ)。

でも良く分かるのは、前橋市の中心商店街の衰退振り。

20年くらい前、イトーヨーカドー前橋店がJR両毛線前橋駅前に出店するとき、出店反対の中心商店街経営者の過激派は、ハンガーストライキまでやりました(マックの出店に反対してハンバーガーストライキしたのではないですよ)。

それを見た私は、ハンガーストライキをするヒマがあったら仕入れ努力をしろ!と言って総反撃、十字砲火をくらいました。

「いいやいね、あんたにとって、イトーヨーカドーの出店なんて関係ないもんね」とよく言われました。

まあ、関係なかったです。しかしながら、ハンガーストライキをすれば、中心商店街が生き残れるなんていう素朴な発想も持っておりませんでした。仕入れ努力をしろ、品揃えを考えろ、それしか対抗策はない、と思っておりました。

ついこの間の日本経済新聞「回転いす」欄で、ファッションセンターしまむらの藤原秀次郎会長がおしゃっていたことが忘れられません。「中心商店街で魅力ある店舗を作ることは無理です。確保できる売り場面積に限界があるので、マーチャンダイジングが出来ません」といった趣旨の発言です。

だよな、と思わず深く納得してしまいました。

地方の場合、商業地で地価が高いのは依然中心商店街です。加えて地権者の関係が複雑です。そんなところで大規模店を出す場合、利害の調整と交渉だけで時間がどんどん過ぎてしまいます(いまどきハンガーストライキをして反対する人はいないでしょうが)。

それならば、農地転用の申請をして、田んぼの中に出店したほうが、話は早いでしょう。まして、クルマが普及している地方のことであれば。

では、簡単に売り場面積を拡大できない中心商店街の商店主はどうすればいいのでしょうか?

放火事件のあとの「ドンキホーテ」がどう変わったか行ってないので分かりませんが、初めて「ドンキホーテ」に行ったときは、あの商品陳列法に唖然としました。よくまあこれで消防署のイジメにあわないものだ(失礼!)というのが、第一の感想です。でも、これはこれで、お客を圧倒するだろう、こういった方法もあるのだな、と思いました。

しかし、今、中心商店街の店主は「ドンキホーテ」の真似をしなくてもいい時代になりました。サイバー世界の売り場があります。そしてサイバー世界の売り場は無限です。「消化仕入れ」の契約さえ仕入先と結べれば、扱える商品も無限です。

この手法で素人が「アフィリエイト」商売をする時代です。プロなら1日24時間365日時間が使えるのですから、もっと上手に商売が出来るでしょう。

このサイバー売り場を活用しない手はないと思います(流行の言葉で言えば、ロングテールの手法ですかね)。

この春、前橋中央通り商店街振興組合さんが「中央通りの宝もの」という、組合員のお店を紹介するオシャレで、大変素敵な冊子を作りました。この類の冊子では、出色のでき、といってもいいものです。

ただ、不思議なのはひとつとしてホームページ或いはブログのURLを記載している店がないのです。意図的に避けたのでしょうか?画龍点睛を欠く結果になっています。

それとも、前橋中央通リ商店街振興組合加盟のお店は、この時代に、ひとつとしてホームページもブログもやっていないということでしょうか?

売り場面積が確保できれば、長年小売業をやってる信用をさらに生かせます。あのセブンイレブンさえメールマガジンを出している時代です。中心商店街がサイバー世界を利用していないとすれば、「烏滸の沙汰」です(またいらんことを言ってしまった!再び十字砲火を浴びるでしょう)。

私が好きな食品スーパーに高崎市の「スーパーTOMY」さんがあります。この店には「店の主張」があります(値段はちょっと高いですが)。それでも(あるいはそれだからこそ)ホームページを作って、情報を発信し続けています。

普通食品スーパーというと、季節がない工夫がないサービスがないの「3無い」です。しかし「スーパーTOMY」さんにはこの3つがあるのです。絶えず仕入れ努力をして、革新しています。それをホームページでも訴えかけています。

例えば、今でこそ群馬の食品スーパーで、豆腐の「三之助」を扱う店は少なくありませんが、多分「スーパーTOMY」さんが群馬で一番初めに「三之助」を売り始めたのだと思います(群馬産だと話題の「べーべ工房」のモッツァレラチーズも「下仁田納豆」も置いてあります)。

大型郊外店の出店が続いていた頃、ある伊勢崎市の商店街の会長さんが言っていました。「大手スーパーは、大卒の生きのいいのが、夜の9時10時まで、明日の売上をどう作るか作戦を練っている。その一方、町場の商店主は6時に店を閉めて、飲みに行っちゃう。勝てっこねえょ」。

まさか、今はそんなことはないでしょうが、昔はそうだったのです。明日は今日の続きだと思っている経営者に、明日

が来ることはないでしょう(いよいよ十字砲火だな・・・)。

【スーパーTOMYがある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

Img_0793_3 スーパーTOMYで売ってる米国産ブルーベリーのシロップ漬け698円(税込み400g)軽井沢町のS屋もいいけど、それより安くて、味も負けません。Img_0801_2

下仁田納豆さん。TOMYで買えます。

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2006年7月21日 (金)

外国人観光客の話

今日(7月21日)の日本経済新聞群馬版に、群馬県と群馬大学の共催による「群馬大学国際観光セミナー」が7月31日に開かれる旨の記事が出ていました(「外国人観光客を群馬に」)。

群馬県は2010年度に年間10万人の外国人観光客の入り込みを目指し、各種施策を展開しています。2005年の訪日外国人旅行者数は673万1千人でした(因みに同年の日本人海外旅行客数は1,740万4千人。何れも観光白書の数字)。

整合性に欠けるので、恐縮ですが、群馬県の2004年度の訪日外国人の都道府県別訪問率は、全国47都道府県のうち23位の1.1%。つまり訪日客のうち100人に1人強が群馬県を訪れることになります(国際観光振興機構調べ)。

この数字から推計しますと、昨年度は7万5千人~8万人くらいの外国人が群馬県を訪れたものと見られます(2005年はその前年に比べ60万人訪日客を増やしたが、「愛・地球博」の効果が大きかったものと見られ、本県にどのくらいの増客効果があったかは不明)。

訪問率トップはもちろん東京都で54.5%(しかし、半分近くの人が東京に行かないと言うのも驚きですけれど)、2位は大阪府27.0%、3位が神奈川県で15.8%となっています(訪日客の6割が観光客と見られ、残りはビジネス関連ということです。東京都にはビジネス客が多いものと思われます。神奈川県は東京の隣県の上に富士山が見える箱根があります。また観光シーズンにいくと鎌倉の高徳院つまり鎌倉の大仏様には外国人観光客があふれかえっています。他のお寺はそんなでもないのですが、やはり大仏さんはインパクトあるんですね。)。

気になるところでは、古都京都が15.2%で4位。東京ディズニーリゾートがある千葉県が12.1%で5位。雄大な景観を売り物にする北海道が8位で5.2%。日光があるお隣栃木県は2.7%で13位。同じ北関東の茨城県は1.7%。長野県も1.7%。富士山と富士五湖の山梨県は3.7%で11位と大健闘。同じく富士山が眺められる静岡県は12位の3.3%。外国人にアピールするものがない埼玉県(失礼!)は2.3%で15位にとどまっています(一人で複数県を訪問する人がいるので全国の合計は100%以上になります)。

国・地域別の訪日旅行者数は韓国が175万人、台湾が127万人、米国が82万人、中国が65万人、香港が30万人。上位5カ国で全体の71.2%を占めています。

アジアからの観光客数は462万7千人で全体の68.7%です(何れも2005年の数字)。中国団体旅行客のビザ発行を中国全土に拡大したことや、韓国・台湾の短期滞在者のビザの免除などがアジアからの訪日客が増加している要因とされています(アジア各国の経済が回復したことも大きいでしょう。2003年のアジアからの訪日客数は350万人程度でした)。

ところで外国人観光客で、私がまず思い出すのは、箱根大涌谷。そう、1個食べれば寿命が7年延びると言われる「黒タマゴ」で有名なところです。富士山の雄大な眺望も楽しめます。

※黒タマゴについては下記を参照のこと
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/1024/index.html

平日に、この大涌谷に行った場合、日本語は殆ど聞こえません。日本語は売店のオバちゃんたちが話すくらい。聞こえてくるのは早口にまくし立てる福建系の中国語とハングル、それに東南アジア系の鳥が囀るような言語。これらが猛烈な勢いで飛び交っています。殆どここはどこ?わたしはだあれ?状態になります。

(話は違いますが、私としては大涌谷よりも草津白根の景色のほうが、数段豪快だと思っております。しかしなぜ、草津温泉では黒タマゴがないんでしょうか?やっぱり泉質が違うからできないんでしょうかね。大涌谷で黒タマゴを作っている会社、ボロ儲けしているので有名です。)

大涌谷の次に思い出すのが「御殿場アウトレット」。大型観光バスでやってきたアジア系の人たちが、血眼で掘り出し物はないかと走り回っています。彼らが通ったあとはつむじ風が起きます。

※御殿場プレミアムアウトレットについては下記を参照のこと
http://www.premiumoutlets.co.jp/gotemba/

そして3つ目に思い出すのは東京の三鷹市にある「三鷹の森ジブリ美術館」。宮崎駿さんです。トトロです。魔女の宅急便です(500円のホットドッグには恐れ入りました)。

※ジブリ美術館については下記を参照のこと
http://www.ghibli-museum.jp/

どこのローソンで入場券を手に入れたのか分からないのですが(日時指定の入場券はコンビニのローソンでしか買えないことになっています)、ここもまた箱根大涌谷状態。大涌谷と違うのは、若いカップル客が目立ちます。香港の若手実業家トーマス・チャンが日本出張を口実に彼女とデート、といった風情のカップルもいます。

このジブリ美術館の訪日客は東京ディズニーリゾートの訪日客とダブるような気がします。そして箱根大涌谷の訪日客は、御殿場アウトレットで見た訪日客とダブるように思えます。

群馬県が獲得を目指すのはどちらかと言えば大涌谷・御殿場アウトレット派の訪日客ではないでしょうか?群馬県に富士山はありませんが、それに勝るとも劣らない風景ならたくさん有ります。群馬県ではありませんが、軽井沢町に巨大アウトレットモールがあります。世界文化遺産の日光の社寺はお隣です。

北海道がセールスポイントにするスキー場も温泉も群馬県内には数多くあります(突然ですが、藤田観光が経営する箱根小涌園ユネッサンは箱根地区随一の集客力を誇りますが、この経営に習うべきことは多いです)。

※箱根小涌園ユネッサンについては下記を参照のこと
http://www.yunessun.com/

7月31日の「群馬大学国際観光セミナー」でも群大の寺石雅英教授が観光・医療連携について話をするそうですが、同大医学部附属病院にできる重粒子線治療施設(7月3日の「注目される群馬大学の重粒子線治療施設」の記事をご覧下さい。完成は2010年のようです)は、海外からも癌患者が治療に来るものと思われます。

東京や大阪といった大都市がある都道府県を除けば、高速道路が4本(関越自動車道、東北自動車道、上信越自動車道、北関東自動車道)、新幹線が2本(上越新幹線、長野行き新幹線)も走る県というのは少ないのではないでしょうか?この交通体系を外国人観光客の誘致に生かさない手はないと思います。

【群馬大学本部がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

Img_0663ハッピータイム本部(前橋市)の隣に住む忠犬はちべぇ。口に出して言わないけれど、いつか外国に行きたいと思っている。はちべぇのブログはハッピータイムグループのホームページから見られます。

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2006年7月11日 (火)

夕張市の失敗

群馬県の中山間部自治体は、押しなべて人口減少に見舞われているが、それでもピークに比べ人口が10分の1近くまで減少したところはないと思う。

先ごろ財政再建団体の申請を決めた北海道の夕張市は、ピークの人口が116,908人(昭和35年=1960)だったが、その45年後となる平成17年には13,615人と10分の1近くまで減少している(こんなところで例に上げるのも気が引けるが、このブログに登場する下仁田町は45年で半分になっただけ)。

言うまでもなく、主力産業だった石炭産業が不振となったのが最大の要因だろう。石炭から石油へのエネルギー転換で、昭和48年に初の炭鉱閉山があってから市の衰退に拍車がかかる。市内に24あった炭鉱は、平成2年に三菱南大夕張炭鉱が閉山し、夕張市からすべてなくなる。

このため市は、石炭産業に替わるものとして、観光事業に積極投資をし、まちの再生を図ろうとする。

昭和58年に石炭をテーマにした「石炭の歴史村」を全面オープンさせたのを皮切りに、その後美術館、スキー場、温泉など思いつく限りの施設を作っていく。ホテルも本格的なものが2ヵ所、廃校を利用したものが2ヵ所ある。平成3年からは「ゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭」を開催している。夕張市の観光施設の一覧を見ると、やりたい放題、の感さえある。

北海道関係の振興資金や産炭地向けの救済策などに使われる資金をフル活用したと思われるが、当然、市の財政負担も半端ではなかったろう。

しかし観光による夕張市の再生策が功を奏したかといえば、疑問といわざるを得ない。最後の炭鉱が閉山となり、観光事業に本格シフトした平成2年の人口が20,969人だから、観光に力を入れた平成17年までの15年間でも35.1%減と人口の減少率はかなり高い。

確かに、平成15年度の夕張市の観光客入込み数は日帰り客だけでも160万人と北海道でも上位に入る。小売販売額も130億円であり、人口1万4000人弱の規模からすれば観光客が落とすお金も少なくないと思われる(別項で触れた下仁田町の小売販売額は人口1万人強で約75億円)。

まして、冬場は雪で殆どの施設が閉鎖となり、夏はスキー場が稼動できなくなり、全ての施設は実質半年間しか稼動しないのだから、かなり健闘(?)しているとも言えるだろう。

しかし結論から言えば観光施設に投下した資金を回収するには、遠く及ばない数字だったのだ。そして若い人には魅力的な雇用の場にはならなかった(人口減少の中で高齢人口比率は3人に1人まで上昇している)。

冬場の制約により、稼動期間が1年の半分であることを計算に入れていないのではないか、と思える施設計画が大半だ。半年稼動で全ての設備を黒字にするのは、可なりの努力が必要である。加えて、少子化の時代にありながら、少なくない数の施設が「お子様向け」なのだ。誰が事業計画を作ったのか、是非知りたいところだ。

市の負債は600億円以上になるようだが、標準財政規模は45億円程度。それでいて2004年度の場合、人口1,000人当りの職員数は北海道の市町村平均の倍以上の20.1人。この結果一般財源経費に閉める人件費の比率は50%を超えていたという。経常収支比率は116.3%(80%で財政に弾力性がなくなり90%を超えると注意ラインといわれる)で、全国的にみてもワースト争いを展開していた。

(夕張市の平成18年度の一般会計予算は111億円。特別会計の観光事業会計は100億円。補正後の平成17年度の一般会計予算は148億円、観光事業会計は130億円。人口1万3千人規模の自治体の予算としては、やっぱりちょっと変だった。下仁田町の今年度の予算規模は確か44億円程度。)

第三セクターにしていた観光施設も多かったかもしれないが、出向で職員を派遣していたのだと思う。市の職員の平均年齢は45.9歳だそうだが、24年前の夕張市の人口は3万5千人あり、人口の減少に職員の削減が追いつかなかったことは容易に想像できる(今年60歳になる夕張市職員が採用されたのは40年くらい前だろう。その頃の夕張市の人口は7万人~8万人)。

石炭産業の衰退をカバーすべく観光産業の路線をまい進したが、国内景気の低迷(特に拓銀破綻などに象徴される北海道経済の不振)や観光の国際化で思惑が外れたこと、公務員の身分保障の問題もあり職員の削減が遅れたことなど、同情とは言わないが理解できないことではない。バブル景気に積極的な投資をして破綻した企業に良く似ている。

しかし、理解を超えるのは、観光の新施設として今年4月に「北の零年希望の杜」をオープンさせていること、6月15日に支給した市職員の夏期ボーナスは、昨年より平均で7000円増額して75万5,000円だったことだ。

夕張市の財政悪化が話題になり始めたのは何も今年になってからではない。まして、その渦中にある職員なら市の危機的財政状況は充分認識していたと思う。にもかかわらず、である。

「北の零年」が不朽の名作で、興行収入が抜群だったのかどうか、私は寡聞にして聞かない。この施設だけは絶対に大もうけさせて見せるという責任感の強い人が、建設を強行したのならまだ救われるが・・・。ボーナスの大盤振る舞いに至っては、この危機感のなさが財政再建団体転落のすべて、といわれても仕方ないのではないだろうか?

とりあえず食えることで安心し、抜本的改善策を後回しにしているうちに、気がつけば身動きが出来なくっているのは、カネボウやダイエーの例を持ち出すまでもなく、民間企業にも自治体にも共通している。

北海道経済がパッとせず、少子化が重なることを思うと、再建までの道のりは遠いと言わざるを得ない。

【夕張市から軽井沢までの直線距離≒513マイル≒821km】

Img_0471

余り夕張市の応援にはならないかもしれませんが、とりあえず、夕張メロン買ってみました。

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2006年6月 8日 (木)

少子化の時代

一昨日、30人ほどの集まりに行って1時間ばかりお話して来ました。ちょうど2005年の合計特殊出生率(1.25)の発表があったこともあり、話は少子化に及んだ次第です。

2030年には、群馬県の人口は1割減って約180万人になると推計されています。単純に言うと、個人消費支出も1割減となるわけですから、個人向けにモノやサービスを販売している会社は大変なことになる、といったことをお話しました。

今のところ少子化対策の特効薬、それも即効性のある特効薬は無いように思います。晩婚、晩産の傾向は進むばかりのようです。一方で高齢化社会の到来は待ったなしですから、社会のあらゆる制度設計に大幅な見直しが必要になるのは間違いありません。

私の友人で結婚コンサルタントをしている人間がいます。ユニークキャラですから、一度会ってみるだけでも楽しいですよ。

Img_0108

この子(♀)も独身です。「ムック」と言います。ちょっと前に流行った言葉風に言えば「負け猫」です。

【ムックが暮らす群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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