2006年8月 1日 (火)

「出口のない海」と軍神岩佐中佐

先月、明治大学OB会群馬県支部総会がありました。2年間神奈川県に単身赴任していてご無沙汰だったので、罪滅ぼしの気持ちもあり、出席いたしました。

上毛新聞編集局長の武藤洋一さんによる「現代泥棒事情」の講演あり(一般の方も聞きにいらしていました)、落語立川流の立川談之助師匠の演芸ありと盛りだくさんで、楽しませてもらいました。立川談之助師匠は前橋市出身ですから、前橋地域支部の二次会にまで来ていただき、遅くまで愉快な話を聞かせていただきました。

(立川談之助師匠は、明治大学も落研でも立川志の輔師匠と同期ですが、立川談志師匠に弟子入りしたのは、志の輔師匠よりかなり早いんですよ。ただ、そのとき談志師匠が参議院議員だったので、もっぱらカバン持ちだったらしいですけれど)。

OB会ですから、例によって本部から人が来て、寄付金のお願いやら全国大会のご案内があって、最後のお願いが、9月16日封切り予定の映画「出口のない海」(松竹)への動員でした。

理由はいたって簡単。この映画の監督、佐々部清氏が明治大学OBであることや、主人公が着る野球部のユニフォームが大学の野球部と同じだからです(山下達朗のFMラジオの番組で、竹内まりやが歌うこの映画のテーマ曲を偶然聴いてしまったこともあり、仕方ない、私は見に行きますよ)。

しかし明治大学本部の方、佐々部清監督の前作「半落ち」の原作者で「出口のない海」の原作者でもある横山秀夫氏が上毛新聞の記者だったことは知らなかったらしく、講演を行った上毛新聞の武藤洋一氏の教示で、やたらに感心し、縁ですね・・・を、連発しておりました。

しかしここまで手が回っていることを思うと、映画をペイさせるのもやはり並々ならぬ努力が必要なのですね。プロデューサーはなかなか大変なお仕事です(山下達朗も大学OBなんですよ)。

ついでに言えば「出口のない海」の題材となった回天ですが、嚆矢は1941年12月の真珠湾攻撃における特殊潜水艇攻撃でしょう。それを率いていたのが、前橋市出身の岩佐直治大尉です(これも本部の人に教えてあげればよかったかな)。

この攻撃で死去した9人は2階級特進し、軍神となりました。

原作者の横山秀夫氏は、この軍神岩佐中佐の話から「出口のない海」を構想したのかもしれませんね。

さてさて、それにしても、もうすぐ注目の8月15日ですね。

※岩佐中佐については下記参照。
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/toku-iwasa.htm

http://www.buntenmall.jp/manabiya/gunshin.html

http://www8.ocn.ne.jp/~nnn/C3_7.htm

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/sakamaki.htm

【軍神岩佐中佐の生まれた前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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