2008年6月17日 (火)

緑茶をコーヒー感覚で飲む

Img_8272 健康が気になる年齢ですから、気休めみたいな療法を含めて、いろいろ試しております。

最近すっかり気に入っているのが、お茶の葉っぱを粉(抹茶のよう)にして、インスタントコーヒーを飲むような感覚で飲むことですね。

お茶は飲むのもいいけれど、葉っぱを食べるとさらに良いと言うので、それを励行している訳です。

Img_8277 お茶がいいのhttp://yamauchi-hiroo.com/は、ミネラルのマグネシウムが摂取できると言うことが最大のポイントですから、食べるのが一番というのも頷けます。

1地番上の写真は、市販のお茶の葉を粉末にする器械。                      

                                                      

Img_8289 2番目の写真は、茶葉を粉末(抹茶)にしたもの。

3番目の写真は、インスタントコーヒーのようにお茶の粉末をマグカップに投入する瞬間です。     

                            

そしてポットのお湯を注げば、一番下の写真のように出来上がりです。                 

                            

Img_8297_2  よくかき回して飲んでいます。

お茶の粉末ですが、納豆に混ぜてもいいし、少し塩を混ぜて天麩羅に付けるのもいいし、様々な応用がききますね。                                          

                                 『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/

                                 【軽井沢町から、お茶を粉末にしてインスタントコーヒーのようにして飲む人間がいる前橋市までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2008年6月16日 (月)

高崎の進雄神社に咲いていた不思議な花

久々のブログ更新です。更新していない間も沢山の方に訪れていただいたようで、ありがとうございます。

Img_8230 ところで、昨日、JR高崎駅からの帰り、まだ寄ったことのない進雄(すさのお)神社を拝観。何気なく入った、隣接地にある小さな植物園に咲いていたのが写真の花。               

                        

                        

                        

Img_8224_2 名前分かります?             

                        

                        

                        

                        

                              

Img_8219 葉っぱから見て、バナナや芭蕉の仲間のような気がするのですが、如何?                                                       

                        

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【軽井沢町から進雄神社がある高崎市までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年11月12日 (月)

桜美林大学茂木俊彦教授の話を聞く

Img_2864 一昨日11月10日は前橋市総合福祉会館(写真左)で開かれた母校(高校)の創立130周年記念シンポジウムに出かけました。同窓会の役を仰せつかっていることもあり、お手伝いです。    

記念シンポジウムは、一部が桜美林大学の茂木俊彦教授(前橋四中出身で、母校を昭和36年卒業)の講演で、二部が前橋国際大学の白石昭夫名誉教授をコーディネーターに、元前橋高校教諭で現在は前橋国際大学講師の岩根承成先生を司会にして、5人の卒業生をパネリストに迎えたシンポジウムという構成です。                             

Img_2875 7人の卒業生によるシンポジウム、懐かしい話あり、思わずうなずいてしまう話ありで大変面白かったのですが、仕事で20歳前後の人と接する機会が多いものですから、「アドレッセンス」をテーマにした茂木俊彦教授の話が強く印象に残りました。                                        

桜美林大学の茂木俊彦教授は、東京都立大学の第11代総長で、東京都立大学が首都大学東京になるとき、石原都政に反対して排斥された方です(岩波ブックレットに茂木先生が書いた『都立大学に何が起きたのか 総長の二年間』があります)。            

Img_2868 先生は障害児教育が専門だそうですが、要約すれば、自己の社会的位置づけ、歴史的位置づけが難しい時代であり、アドレッセンスに自己を確立できる少数の若者と、拡散してしまう大多数の若者が混在しているとの話をしてくれました。                                         

幼児においては「ちょっと気になる子」が増えており、まだ言葉を話せない幼児との、昔からのスキンシップの一手法である「いないいないばあ~ッ」を知らない、若い親御さんが出てきているそうです。少しビックリです。                                

アドレッセンスは、自分を壊して、ゆらぎを体験しながら新たな自分を作り上げていく時期になるが、いつ終わるとも知れない「浮遊の状態」にいる若者が目立っており、アドレッセンスまでの育ち方(育てられ方)が少なからず影響しているのではないだろうか、とのことです。                      

「モラトリアム人間の時代」という言葉が流行ったのは、ワタクシが20歳代前半だった頃だと記憶しております。                        

ですから、ワタクシの世代はモラトリアム一期生かもしれません。       

その世代が、今の20歳前後の親にあたるわけですから、「浮遊状態」の若者が目立っても仕方ないか、とすっかり納得してしまいます。         

日本の現代史の位置づけが曖昧なことも、教育を通じて、個人の歴史的位置付けを困難にしているのではないか、ともおっしゃっていました。      

なるほど、です。                

自己の歴史的位置付けをする場合、「大日本帝国的価値観」から完全に分断されたのがワタクシたちの世代かもしれません(もちろん個別家庭的に「大日本帝国的価値観」の継承を行っていた家庭もあるでしょうが・・・)。   

「末は博士か大臣か」、なんじゃそりゃ?みたいな感じです。          

戦争に負けて、日本という国のアイデンティティが浮遊したのとシンクロしています。「ALWAYS三丁目の夕日」的価値観は良く分かるのですが、それ以上でもそれ以下でもないんです。                              

話は飛躍しますが、年齢的に近い安倍前首相が、アメリカさんに義理立てして、インド洋における給油活動継続のお約束にこだわったのも判らぬでもありません。                                      

本当は「ALWAYS三丁目の夕日」的価値観しかもっていないのに、他に考えつかないので、少し無理して、「日米同盟」を日本のアイデンティティと考えたのではないでしょうか。                                

なんてったって、安倍前首相のじいさまは、日米安全保障条約の立役者である昭和の妖怪、岸信介さんです。    

無理して立てた、アメリカさんにお役に立つというアイデンティティなのに、無理に立てたからこそ余計に執着してしまった。                 

そして、日本国の代表責任者たる自分が約束したものが果たせなくなりそうになったので、ついにプッツンしてしまった。                               

そんな風に思えてなりません。                           

ところで、前橋市総合福祉会館が建っているのは、昔、前橋市立女子高校があった場所です。                    

非常に懐かしいですね。         

Img_2866 (左は前橋市総合福祉会館の中)  

何故かと言うと、ワタクシが高校生だった頃、群馬県の普通高校はほぼ100%男女別学。               

用もないのに男子高校生は女子高校に立ち入ることはできません。      

変質者扱いされてしまいます。     

しかし、正々堂々大手を振って入る方法がひとつだけありました。       

「交歓会」に来ました、という手があったのです。                  

「交歓会」。間違っても「交わり歓ぶ会」と読んではいけません。         

清らかな少女と、青雲の志に燃える少年が、社会や人生について、クラス単位で意見を交換し、歓談する会です。                                

Img_2873_2 (左は前橋市総合福祉会館の中に展示されていた小寺真知子さん作の「トリトンチーノ」。「イルカに乗った少年」ですかね。決してイルカを踏んずけているのではありません。念のため。「イルカに乗った少年」と言えば、同じ題名で城みちるが唄った歌が、高校生の頃流行っていたような気がします)

この「交歓会」を、前橋にある県立前橋女子高、前橋市立女子高、共愛学園女子高校と3年間のうちに何べんやるかが「勝負」になるわけです。    

この「交歓会」の準備を進める「交歓会委員」というのがあって、この役を引き受けると、打ち合わせと称して女子高の門を何度もくぐれる特権が与えられたりしました。    

さらに「交歓会委員」は、「前女」がいいだの、「市女」にしろだの、「共愛」じゃなきゃ出ないだの、ぶつくさほざく同級生の声をいい加減に聞いて、自分の好きな子がいる女子高を相手校に選ぶこともできたのです。強権発動ですね。                                         

(もっとも「交歓会」は自由参加ですから、前記の3つの女子高校以外に好きな子がいる同級生は、当然ながら、「交歓会」に参加しないんです)              

で、通算「交歓会委員」歴が長かったワタクシとしては、前橋市立女子高校、非常に懐かしいわけです。                           

(そういうことに現を抜かしていたのですから、「大日本帝国的価値観」が身につくはずがありません。せいぜい「狼少年ケン」的同胞愛や「少年ジェット」、「月光仮面」、「エイトマン」的正義感です。そんなこと言ったって、「ゴジラ」がみんな壊しちゃうんだもん、です)                           

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【桜美林大学の茂木俊彦教授が講演してくれた前橋市総合福祉会館がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】                                                                 

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2007年11月 3日 (土)

高崎「スズラン」や「高島屋」前のイルミネーション

Img_2634 あとふた月ばかりになった2007年。 

ハロウィンの翌日、11月1日から「スズラン百貨店高崎店」前にあるクリスマスイルミネーション(?)が点灯されるようになりました。             

早くない?と今風の若者イントネーションで言いたくなりますが、もう一年も終わりだよのサインで、「光陰矢のごとし、一寸の光陰軽んずべからず」の戒めだと思って受け入れるしかありません。                     

Img_2628 左は同じクリスマスイルミネーションの夕間暮れのお姿。             

それにしてもサンタさんは「サンタオフィス」をもう出発したのでしょうか?      

オリンピックの聖火はオリンピック開会式の随分前にオリンピック発祥の地ギリシャを出発しますが、世界の「よい子」にプレゼントを配るサンタさんも、世界に分散されたサンタデポ・センターにプレゼントを予め蓄えておかなくてはならないのではないでしょうか?。         

そうしなければ、12月24日の夜一晩で、すべての「よい子」のみんなにプレゼントを配りきることは出来ないように思います。                  

Img_2590 それに、日本はともかく、世界の人口は増え続けておりますので、その準備開始は年々早まっているのかもしれません。                    

(上と下の写真は「高崎高島屋」前のイルミネーション)                     

で、クリスマスイルミネーションの点灯も年々早まってきた、ということかも知れません。                  

Img_2585 人目を忍んで夜に活動するサンタさんにとってクリスマスイルミネーションは、海を行き交う船にとっての灯台のような役割を果たしています。 

クリスマスイルミネーションからは「サンタ信号」が発信され、もっとも効率的なデリバリーを可能にしています。                   

サンタさんが光速(≒29万9,792km/秒)移動出来るのは12月24日の夜から翌25日の夜明けまでしか許されておりません(嘘ですよ)。                            

Img_2605_2 左は日本のサンタデポ・センターのひとつ、前橋市中心街にあるのおもちゃの「クロダ」さん。              

間違いなくプレゼントを配るには、「サンタ信号」を発信するクリスマスイルミネーションが多ければ多いほど、サンタさんは助かるわけです。                      

で、年々それに気が付いた人たちが多くなり、それに従って自宅をクリスマスイルミネーションで飾るご家庭が増えているのです(ちと違う、とは思いますが・・・)。               

Img_2564いろいろありましたが、今月あたりからクリスマスケーキの製造やフライドチキンの仕込みは本格化します(間違って内部告発しちゃ駄目よ)。            

きっとおせち料理の下準備も、忘年会新年会用料理の飾り物製造も始まるに違いありません。             

個人レベルでは年賀状の手配も進めなければ、です(ワタクシは冷や汗の12月31日ポスト投函タイプですが・・・)。           

何かと忙しない年末のスタートですね。 

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【クリスマスイルミネーションの点灯が始まった高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】               

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2007年10月21日 (日)

「第4回たかさき雷舞フェスティバル」点景(その2)

Img_2205 「第4回たかさき雷舞フェスティバル」では、午後0時から、「大手前通り」で流し踊りが行われました。              

力を貯めて、次の瞬間は、下の写真になります。                  

Img_2206踊りの衣装を着て、ボリューム一杯の音楽がガンガン流れると、普段はおとなしい娘さんも奥さんも、お嬢様も御夫人も、人格変わるんだと思います。豹変するのは、何も、男だけではないんです。                      

この蹴りをまともに喰らったら、全治4週間。当たりどころが悪かったら絶命は免れないかも知れません。          

Img_2203 「流し踊り」が行われていた「大手前通り」に面したカフェのオープンテラスでビールを楽しむジェントルマン。    

今日は抜けるような青空で風もなく、清々しい日和でした。          

悠然とビールを楽しむ姿、羨ましいもんです(テーブルの上には「第4回たかさき雷舞フェスティバル」のプログラムが見えます)。                    

Img_2223_3 「大手前通り」で踊り終えた人に給水サービスするステーション。                 

子供がビールメーカーの大きな紙コップを持ってゴクゴクやっているので、そりゃサービスのしすぎだろうとビックリしましたが、中味は水でした。               

紙コップをビールメーカーにタイアップしてもらったようです。   

Img_2231 午後0時30分からは「中央銀座通り」でも流し踊りが始まりました。      

写真は一番手の「関西京都今村組」。 

後ろからの列の姿です。健気ですよね。         

                        

                        

Img_2228 「中央銀座通り」での流し踊りの順番待ちの間にも、キーホルダーなどを物色する女の子たち。                                  

「買物命」の片鱗が早くも窺われます。「前橋まつり」の時も同じような光景に遭遇しました。                                    

【36チーム、1,100人が参加した「第4回たかさき雷舞フェスティバル」が行われた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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「第4回たかさき雷舞フェスティバル」点景

Img_2134「第4回たかさき雷舞フェスティバル」の ゲストである「関西京都今村組」のパフォーマンス。              

メイン会場のステージで爆発しておりました。煙はでるわ、きんきらきんのテープは飛ぶわ、演出も衣装も凝っておりました。                   

高崎に前泊だそうです。遠路、ありがとうございます。                   

Img_2121 オープニングに、「全国都市緑化ぐんまフェア」高崎会場のマスコットキャラクター「タカポン」、群馬県達磨製造協同組合のマスコットキャラクター「たか丸」(今月決まったばかり)を両脇に従えて、高崎応援歌を歌いまくる「KAZE」の二人。                   

                   

Img_2118 この前には可愛い「聖~hijiri~」ちゃんが歌っています。渋川市北橘町には「聖酒造」という酒造メーカーがありますので、その「蔵開き」の日にプロモーションしたらどうだろう、なんてオジサンは考えてしまいました。                 

Img_2127 唄う高崎市副市長の座間愛知氏ではなくて、挨拶する座間愛知氏。      

この後も、巨体を自転車に乗せて、各会場を回っていらっしゃいました。                        

                         

Img_2165 来年の「全国都市緑化ぐんまフェスティバル」の成功に向け、八面六臂の活躍をしている(であろう)「タカポン」(ご関心の向きは07年4月1日エントリーの『初めての「タカポン」体験』をご参照下さい)。                        

お腹にカンガルーのような袋があり、そこに飴などのお菓子が隠されていて、プレゼントしてくれるようです。                          

Img_2167 「タコス」の売行きについて思案するパンチョ・タコス氏(嘘ですよ)。     

メキシコは「よさこいソーラン」ではなくて、やはりフラメンコでしょうか?     

                        

Img_2110 パンチョ・タコス氏の相談に耳を傾ける、ソフトバンクモバイルのCMでおなじみの白犬「おとうさん」とも昵懇の経営コンサル犬ヨーク・ウレール氏(嘘ですよ)。    

白犬「おとうさん」の奥さんは樋口可南子さん。樋口可南子さんの旦那さんは「一行一千万円」と言われたコピーライター糸井重里氏。そんな関係です・・・???。                                     

それにしても、白犬の「おとうさん」は、「おとうさん」という名前の犬だったという終わり方はできないでしょうから、オチをどうつけるのでしょう。                                     

Img_2199ま、そんなことはともかく、ステージ 最前列でカメラを構えるカメラマンの皆さん。                     

今日のオープニングは午前10時でした。最前列確保、結構大変だと思います。                      

まだ、ワタクシは経験が浅いので顔なじみはできておりません。                                     

【「タカポン」も「たか丸」もいる高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】                        

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「第4回たかさき雷舞フェスティバル」やってました

Img_2183 今日は「第4回たかさき雷舞フェスティバル」の日。

「真・格闘型舞踊」を謳う「虎舞士」が出演しますから、前橋在住隠れ「虎舞士」ファンのワタクシとしては、万難を排して行ってまいりました。

何べんか、このブログでも触れましたが(ご関心の向きは07年7月24日エントリーの『第100回「ようこそ高崎人情市」に「襲雷」、「虎舞士」、「爽」の揃い踏み』をご参照下さい)、「虎舞士」さん、目の覚めるような舞踊を見せてくれます。

Img_2188 ダイナミックで、恐ろしいほどの運動量の舞踊です。

息注ぐ間もない動きに、見る方だって力が入ります。

高校生の頃は部活の空手で関東大会に参加したワタクシですが、それも今は昔。とてもではありませんが、「虎舞士」さんの真似はできません。

Img_2191 せいぜい見るだけではなくて、「ゼイゼイ」見るだけですね。

ところでこの「第4回たかさき雷舞フェスティバル」、ゲストの「関西京都今村組」を含めて36チーム、約1,100人の大会参加人員だそうです。毎回増加のようです。

北はシベリアから南はスマトラまでではなくて、京都府からの「関西京都今村組」さんはともかく、新潟県、神奈川県、栃木県、埼玉県からも多くのチームが参加していました。

Img_2196 地元高崎市の参加チームは「虎舞士」さん、「襲雷舞踊団」さん、「爽」さんを始めとして13チーム。このほか群馬県からは桐生の「舞起龍」さんが参加しておりました。

前橋からの参加はなし。前橋は、趣きがちょっと違う「だんべぇ踊り」が主流なので参加チームがなかったのでしょうか?

(先週は「前橋まつり」でしたし・・・)

Img_2198 それはともかく、昨年は高崎市の「もてなし広場」で行われた「たかさき雷舞フェスティバル」ですが、「もてなし広場」は現在、来年開催される「全国都市緑化ぐんまフェスティバル」高崎会場のメイン会場に生まれ変わるべく工事中のため、道を挟んで西側にある「高松駐車場」がメイン会場になって行われました。

2008年3月29日から6月8日の間行われる「全国都市緑化ぐんまフェア」で、「虎舞士」さんが踊ることも少なくないのではないでしょうか。

楽しみです。

Img_2225 なお、左の写真は今回初めてお見受けした「虎舞士」の「熱狂的な」、と思われるファン。

手作りと思われる紙の帽子をよく見ると「虎舞士」と書いてあります。

こういう方を発見すると、何れの道も奥が深いと、つくづく思います(保護者関係、の線も捨てられませんが・・・)。

【「第4回たかさき雷舞フェスティバル」が行われていた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年10月 2日 (火)

おでん、好き?

Img_1185 「暑さ寒さも彼岸まで」のことわざ通リ、あんなに暑かった9月なのに、朝晩すっかり冷え込むようになりました。

夕暮れには、ふと、おでんが恋しく思えたりする今日この頃です。

今日、たまたま、タバコを買いに入ったコンビニでの風景。

この店の近辺の人はよっぽどのおでん好きなのか、店の人の超絶販売促進ディスプレイ作戦なのか、はたまたいちいち持ち帰り容器を出してくるのが面倒と考えた店の人の手抜きの結果なのか・・・。

真相は不明です。

【おでん用持ち帰り容器がレジ脇に山と積まれたコンビニ店があった群馬県甘楽町から軽井沢町までの直線距離≒20マイル≒32km】

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2007年9月15日 (土)

4人目ではなくて5人目の内閣総理大臣?

どうも流れとして、次期内閣総理大臣には群馬県選出の代議士、福田康夫元内閣官房長官が就任しそうです。

まあ、それはともかく、ワタクシの購読している新聞には、福田康夫氏が選ばれれば、氏は4人目の群馬県出身の内閣総理大臣になると書いてあります。

つまり、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三各氏に次いで4人目というわけです。

しかし、群馬ナショナルキッドのワタクシとしては、ちょっと待ってくれ、と言いたい訳です。

終戦内閣総理大臣の鈴木貫太郎(慶応3年=西暦1868年生まれ)の存在はどうなるんだ、と思うわけです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%B2%AB%E5%A4%AA%E9%83%8E

晩年、一族の出身地千葉県関宿町(現野田市)に住んだこともあり、千葉県出身の内閣総理大臣にカウントされることが多いようです。

しかし、幼少時に群馬県前橋市に移り住んだ鈴木貫太郎さんは桃井小学校を卒業。旧制前橋中学校の出身です(明治19年卒業=1886年の縁故者)。

大阪府堺市に関宿藩の飛び地領があり、そこへ同藩の藩士だった父君が赴任していたことから、生まれは堺市ということになっているようです。

(余談ですが、関宿藩は明治維新のとき「朝敵25藩」のひとつです。このため4万8,000石のうち5,000石が削封されています。

推測ですが、同藩藩士であった鈴木貫太郎の父君である由哲氏は、削封により職を失い、伝手を頼って出来立てほやほやだった群馬県庁に職を得て、前橋に引っ越してきたのではないかと思います。

当時前橋は生糸輸出で栄え、明治2年=西暦1869年の前橋藩内人口は全国有数の規模の17万4,200人だったそうです。因みに同じ年の高崎藩人口は9万7,500人、宇都宮藩は5万9,900人(『大名の日本地図』(中嶋繁雄著 文春新書)でした。こういう書き方をすると激昂する高崎の方がいるかもしれませんが、人口・経済規模から勘案して、高崎から前橋に県庁が移されたのも止むを得なかったのかもしれません)。

鈴木貫太郎氏は、海軍兵学校受験準備のため、攻玉社で英語に磨きを掛けようと東京に出ましたが、子供の頃から群馬県に住み、それも人格形成に重要な幼少期から青年期まで過ごしていますから、群馬県出身者と言うに不足は無いはずです。

因みに福田康夫さんは麻布学園高等学校出身。
http://www.y-fukuda.or.jp/e_profile.html

ワタクシは個人的会話の中では、4人目の内閣総理大臣ではなくて5人目の内閣総理大臣だよと、相手の意向など無視して訂正しまくっております。

【群馬県で5人目の内閣総理大臣になるであろう福田康夫氏縁故の高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年9月 9日 (日)

季節限定「スイカだるま」、次は「包帯だるま」か?

Img_0503 消費の成熟化で、消費財は「限定」、「プレミアム」、「面白(おもしろ)」の3つを使うことによって消費喚起策とすることが常道になりましたが、写真は、JR高崎駅内の土産物店で売られていた「季節限定」の「スイカだるま」です。

(撮影したのは8月23日でしたから、すでに撤去されているかも知れません)

何しろ、だるまと言えば高崎です。

地元群馬県の小学生の必須科目(!)である「上毛かるた」には、「縁起だるまの少林山」と詠まれています。

Img_0498 高崎市西部にある少林山達磨寺(黄檗宗)周辺の70軒で年間150万個作られ、全国のだるま生産量の80%を占めると言われます。

毎年1月6~7日が「少林山達磨市」。1月9日が「前橋初市」と続き、順次県内を巡回していきます。だるま市は群馬県の正月の風物詩になっています。

だるまのお顔は、縁起物だけに眉は鶴に似せ、鼻から口ヒゲは亀に似せて描きます。

Img_0500 パッと見た感じ、皆同じに見えますが、実は各家伝来の描法があって、一堂に並べて比べてみるとその違いがはっきりします。

好みに寄ってお客さんが付いているようです。

農家の片手間仕事(副業)として達磨製造は始まりましたが、年数を経て、専業化した業者もいます。

その結果、季節に偏りがちな売上を平準化するために様々な「変わりだるま」が生産されるようになりました。

もはや定番商品ともいえる、選挙にはお馴染みの「必勝だるま」。Img_0505

会社や家内繁盛を願って会社名などを入れる「名入れだるま」。

結婚の贈り物用「寿だるま」、熟や予備校向け「合格だるま」など様々なバリエーションが発生しました。

サッカーワールドカップが開催される年には、「サムライブルー」に塗られた「サッカーだるま」も登場します。

そしてついに季節限定「スイカだるま」の誕生です。

高崎市で全編ロケが行われた天童荒太さん原作の映画「包帯クラブ」(堤幸彦監督)が9月15日に全国公開されますが、ワタクシが知るところでは、まだ「包帯だるま」が売り出されておりません。

「ミイラだるま」と呼ばれることを恐れて、作っていないのでしょうか?

個人的には、結構売れると思うんですが・・・。

(因みに映画「包帯クラブ」の完成を記念して高崎市の「松田製菓」さんが「高崎包帯クッキー」を発売しております。期間限定商品ですので、お早めにお買い求め下さい)

【「スイカだるま」も「包帯クッキー」も売っている高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年8月21日 (火)

NIGOさんデザインの24時間テレビ「チャリTシャツ」をゲット

旧盆も過ぎ、日本テレビの24時間テレビ「愛は地球を救う」の放送も終わると、いよいよ秋近し、夏の終わりを感じます。

(子供たちにとっては、「夏休みの終わり」を感じるのかもしれません)

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」(藤原敏行『古今集・巻四』)の境地です。

と言っても、猛暑、炎暑の今年、灼熱地帯の群馬県ですから今日(8月21日)吹く風はなお熱風です。

この1週間、夕方になるとあっちでピカピカ、こっちでピカピカ稲妻が走っております。

カキ氷で有名な前橋市の野口商店には、親子連れが殺到しているようです。店から人が溢れかえっているようです。

(ご関心の向きは06年8月3日エントリーの『群馬のカミナリと野口の氷』をご参照下さい)

Img_0476 まあそれはともかく、日本テレビ24時間テレビ「愛は地球を救う」の今年の「チャリTシャツ」デザインは、前橋市出身の裏原宿系の旗手NIGOさんが担当しました。

※下記参照
http://allabout.co.jp/mensstyle/tshirt/closeup/CU20070814A/

そのニュースを聞いたとき、年甲斐もなく「欲しい」と単純素朴に思ってしまいました。

中心商店街にはこの7月31日に8周年を迎えたNIGOさんのお店「BAPE STORE 前橋」が奇跡的にあります。

そして若者から絶大な支持を得ています。

その前橋市に住んでいるワタクシとしては、このTシャツを手に入れるのは、もうほとんど義務なのではないかと思えた次第です。

Img_0231 空洞化が進む中心商店街の中にあって、「BAPE STORE 前橋」の顧客吸引力には驚嘆すべきものがあります。

(ご関心の向きは、06年10月7日エントリーの『BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち』、06年10月9日エントリーの『極秘ファイル どうもミスターNIGOは前橋出身らしい』、06年10月31日エントリーの『NIGO氏の店と前橋中心商店街』、07年6月22日エントリーの『「BAPE 前橋店」改装中』をご覧下さい)

ファッションに疎いワタクシにとっては、アンビリーバブルの存在です。

そのNIGOさんが記念すべき30回目の24時間テレビの「チャリTシャツ」をデザインしたわけですから、是が非でも手に入れたいと思ってしまった訳です。

何故かNIGOさんにあやかりたい、と思ってしまった訳です。

Img_0480 そして、う~ん、どうしようと思い悩んでいるある朝、何気なく見ていた新聞の折込に左の折込広告を発見したのは、まさに天恵だったのかもしれません。

『「チャリTシャツ(黄色)」を1,200ポイントで交換いたします。サイズは下記のS.M.Lの中からお選びいただけます』

『お1人様1着までとさせていただきます』

『※数に限りがありますので、お早めにご注文下さい(各サイズ50着』

もう、一も二もなくお願いしてしまいました。

しかし、しかしです。

いざゲットして、冷静になって考えてみると、この年こいて(半世紀男)、着ていくところが思い浮かびません。

「や~い、いいだろう」と見せびらかしに行く場所が無いのです。

それに、ワタクシの友人仲間親戚は、NIGOだぜぇ、とみせびらかせられても、いったい何のことやら母子草の世代です。

欽ちゃんと一緒に走るのぉ?と聞かれるのがオチです。

で、何のことはない、高3のせがれが着ることになった次第(一番上の写真)。

それにしても、Tシャツに対する欲望を感じたのはいったい何年ぶりのことだったでしょうか。まだ、頑張れそうです・・・。

【24時間テレビ30「愛は地球を救う」の「チャリTシャツ」をデザインしたNIGOさんの出身地である群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月25日 (水)

群馬県知事選で小寺弘之氏が落選したのはキムタクのせいとの怪情報

(以下の文章は伝聞情報を元に、殆ど冗談で書いております。悪しからずご了承下さい。信じちゃ駄目よ。ここに書いてあることをネタに使う場合は自己責任でお願いします)

Img_9674 7月22日は群馬県知事選の投開票が行われましたが、結果は自民党公認の大沢正明氏が接戦の末、現職の小寺弘之氏を破って初当選を果たしました。

(Googleで、「群馬県知事選」のキーワードで検索すると、このブログの06年8月29日エントリー『櫻井翔君のパパと群馬県知事選』が上位にランクされました。選挙期間中、結構このページにアクセスがありました)

票差はわずかに1万2,801票。大沢正明氏が30万5,354票、小寺弘之氏が29万2,553票でした。

Img_9700 大沢正明氏勝利は、公明票の取り込みと、大沢正明氏の地元である太田市での得票差によってもたらされました(左写真は、今回の選挙でかなり異色の選挙活動を行った清水澄候補のポスター・・・。清水候補の得票は、大沢候補と小寺候補の票差とほぼ同じ1万2,523票)。

大沢氏は自民党の公認候補であり、連立を組んでいる公明党の推薦も受けました。

そして太田市において、大沢正明氏が4万9,506票獲得したのに対し、小寺弘之氏の獲得票は1万9,684票。その差は実に2万9,822票でした。

Img_9711 大沢氏が大票田の前橋市高崎市で健闘したこともあり、小寺氏はこの票差を埋めきれず、小寺氏優勢の事前予想は外れて、大沢氏当選につながったようです。

なぜこれほどまでに太田市で票差がついたのかという疑問が生じます。

勿論、太田市は大沢正明氏の地元であり、地元から群馬県知事を出したいとの意気込みもあったと思います。

が、最大の要因は群馬県と太田市が鋭く対立していた太田市にある私立英語特区校の「ぐんま国際アカデミー」(GKA)問題なんだそうです。

Img_9703 財政基盤が弱くこの解決策として太田市が群馬県に対し一般私学と同じ扱いにしろ、と主張したのに対し、設置者責任があるから太田市で面倒見ろ、と群馬県は突っぱねていました。

GKAに子供を通わせている保護者の方にすれば、なんだか群馬県から理不尽なイジメにあっているような感じだったのでしょう。

これが、知事を変えればGKAは助かる、との思いにつながったのだと言われます。

そして、この動きを加速させたのがSMAPの木村拓哉さんと工藤静香さんのお子さんがGKAに通っていること。

Img_9704 しかしたら木村拓哉さんが、「ぶっちゃけ」頭にきたのかもしれません。

そして「小寺5選阻止」を訴えたのかもしれません。

(木村拓哉さんが大沢正明氏の応援演説に立っていたら、獲得票はさらに伸びたかも知れません・・・)

工藤静香さんは湘南に波乗りに行くのを控えて、フェラーリ、ブイブイいわせながら、保護者仲間を駈けずり回ったのかもしれません。

「おにゃんこ力(ぢから)」です。

こうしたキムタク・静香ムーブメントに呼応した木村拓哉ファンのお母さん方が結束し、ついに3万票近い票差をつける原動力になったのかもしれません。

まったくの推測ですが、神は細部に宿り給う、です。ありえないことではありませんね。

何でも木村拓哉さんは、お子様をGKAに入学させたため、太田市のマンションのワンフロア(1戸ではなさそうです)を買った(借りた?)ので、よく太田市に出没するのだとか。

来るだけでなく、「イオン太田ショッピングセンター」は元より、時には前橋市の「けやきウォーク前橋」にも足を延ばすとか。

(この辺りの話は伝聞ではなく「伝々聞」くらいですので、信憑性に関してはまったく保証いたしかねます)

Img_9709 (イオン太田ショッピングセンターにご関心の向きは、06年9月20日エントリーの『イオン太田ショッピングセンターを歩く』をご参照下さい。また「けやきウォーク前橋」にご関心の向きは、07年3月11日エントリーの『本格開業した「けやきウォーク前橋」』をご参照下さい)。

バッタリ出会った場合、サインをねだっても、SMAPメンバーとの兼ね合いも会って、なかなか応じてもらえないそうですが、写真撮影はOK。

おどけて「あっかんべ~ッ」をした木村拓哉さんの顔写真が、同世代のお母さん方の携帯電話の間を写メールとなって飛び交っているという話もあります。

小寺氏も、まさか木村拓哉さんと工藤静香さんのお子さんがGAKに入学してくるということは、想定外だったでしょう。

まして、それが、当落に影響するなどとは夢にも思わなかったのではないでしょうか。

それにしてもSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)の「mixi」に参加しているのですが、告示直前には、5人の群馬県知事選候補者のうち最も若い山本龍氏の「足あと」が、ワタクシのページに3回着いておりました(もちろんワタクシは山本龍氏に面識はありません)

怪文書も飛びましたし、今回の群馬県知事選、まさにあの手この手の戦いだったんですね・・・。 

                                                                                                                   (群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【木村拓哉さんと工藤静香さんのお子さんが通うという噂話がある「ぐんま国際アカデミー」の所在地、群馬県太田市軽井沢町までの直線距離≒44マイル≒70km】

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2007年7月16日 (月)

高校同窓会総会&前橋「中国風居酒屋 かおり」の点心

7月14日は恒例(毎年7月第二土曜日開催)の高校同窓会総会。

Img_7856 台風4号の影響による生憎の雨にもかかわらず、先輩同輩後輩合わせて600名の元高校生が前橋「マーキュリーホテル」に集結し、お互いの恙無(つつがなき)を喜び合いました。

卒業後25年すると同窓会総会の設営担当学年となり、その学年の卒業生が記念講演することになっているのですが、今年は「群馬大学大学院医学系研究科泌尿器病態学教授」である鈴木和浩氏による「男性更年期をのりこえるために」という有難いお話でした。

(群馬大学医学部に関しては06年7月3日エントリーの『注目される群馬大学の重粒子線治療施設』をご参照下さい)

心強い後輩です(何かあったら、よろしくね)。

「男性更年期をのりこえて」という演題、泣かせます。

Img_9013 この講演を目的に来た、と告白した同窓もおりました(左の写真は、我々よりも15年先輩達のテーブル)。

自分では、中味は高校生の頃とさして変わっていないつもりですが、大変な曲がり角を迎えているのですね。

かてて加えて、外見においては甚だしい変化が生じております。

しかしお互い大人なので、そういった傷口に塩を塗るような話題に触れることなく、時の過ぎ行くままに、飲み、話し、握手し、肩を叩き合い、血圧が高いことや尿酸値が異常値であること、さらには不整脈が頻発することなどを自慢しあいました。

で、その流れで、雨にも負けないよい子のオジサンたちは「前橋街中(まちなか)元気を取り戻し隊」となって前橋中心街に繰り出したのです。

Img_9180 第一次集合地点は、ウン十年前、前橋市立第五中学校バスケット部のポイントゲッターとして他チームに恐れられたK氏が強く押す「中国風居酒屋 かおり」です。

「中国風居酒屋 かおり」、ワタクシは初めての店です(左の写真は昼の風景。まだやってません)。

小料理の「磐梯」のお隣さんです。

それにしても、店の名前、のけぞってしまいますね。ちょっと感動的ですらあります。

Img_9024 「中国風居酒屋」と来れば「楊貴妃」とか、「西太后」までは行かなくとも、次に中国風の文言がくるような気がします。

しかし、それを見事裏切って「かおり」です。

いきなり変調しておりますが、日中親善に配慮しての深謀遠慮なのかもしれません。

その命名における思慮深さに、思わず感動してしまうわけです。

Img_9025 「洋風居酒屋」は全国津々浦々にありますが、「中国風居酒屋」まだ少ないのではないでしょうか。

先駆けです(「YAHOO!」で「中国風居酒屋」のキーワードを入れて検索したら、「中国風居酒屋 かおり」、トップでした)。

これから来る波かもしれません。

※関心の向きは下記参照
http://china-kaori.hp.infoseek.co.jp/

で、点心類を注文したのですが、どれも結構な味です。てきぱきと動き回る中国人のママが作ってくれた料理です。

Img_9029 推薦人のK氏、なかなか隅に置けません。

人数も少なくなかったのですが、デジカメ写真を撮るからまだ箸を出すなと制止の声をかける間もなく、次々に点心類は皆の口に運ばれて、写真のようになってしまいました。

旨いものには目が無いという、実に正直な反応を示すオジサンたちです。

(今度行ったときに「完全美品」の写真、ちゃんと撮ってきます)

Img_9026 人間、ものを食べられなくなったら終わりだとよく言いますが、この分では当分その心配も無いオジサンたちです。

(その後オジサンたちは、雨の降りしきる前橋を、「八甲田山 死の彷徨」のように彷徨いながら、一人の脱落者も出すことなく、第二次集合地点の「パルチヨ」内某店に無事辿り着いたとさ。07年6月21日エントリーの『前橋「四川楼」は中華のパラダイスだった』よりはまっすぐ歩きました)

(中国料理大好き人間のワタクシです。ご関心のきは07年4月30日エントリーの『陽気軒の「メガチャーシューメン』、07年5月30日エントリーの『桐生「龍苑」のチャプスイ』、07年5月31日エントリーの『高崎「東竜」の肉味噌そば』、07年7月4日エントリーの『月に一度は高崎「東竜」の肉味噌ラーメン』、07年7月4日エントリーの『久々に前橋「広ちゃん飯店」に寄る』、07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』をご参照下さい」                                                                                             

(群馬県についてご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【全国でも先駆けの「中国風居酒屋」である「中国風居酒屋 かおり」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 5日 (木)

沼田「馬鹿旨」でまたラーメン

今週は「ラーメン昼飯強化週間」ではないのですが、月曜日(ご関心の向きは07年7月4日エントリーの「月に一度は高崎『東竜』の肉味噌ラーメン」をご参照下さい)、そして昨日(ご関心の向きは同じく07年7月4日エントリーの「久々に前橋『広ちゃん飯店』に寄る」をご参照下さい)に続き、昼飯に食べたのはラーメンでした。

Img_8308 仕事で沼田市に出かけましたが、前橋市を発つのが遅く、仕事が一段落して、さて昼飯でもと思ったときにはすでに午後2時を回っておりました。

一般的にはランチタイムが終了してしまう時間なので思案投げ首の結果、尾瀬、日光に向かう観光ルート、別名「日本ロマンチック街道」の国道120号線沿いに行けば、休憩なしで営業している食べ物屋さんがあるに違いないと思い、沼田の街中から関越自動車道沼田インターチェンジ方面に向かった次第。

そして沼田インターチェンジ入口を越してさらに日光方面に進むと、ど~んと目に飛び込んできたのはかつて一世を風靡した「馬鹿旨」の看板です。

(その手前「とんかつ トミタ」にふらふらとよろめいたのですが、反対車線沿いだったので、体制立て直しそのまま通過)

Img_8309 で、車道から外れて「馬鹿旨」の駐車場にクルマをとめると、果たして営業中です。

実に10年ぶりくらいの「馬鹿旨」。「ラーメン餃子が旨い店」がうたい文句で、かつては老いも若きも、地元空も遠方からもお客が押し寄せた店です。

しかし、時の流れ人の気の移ろい、一時人気が離散し、ワタクシも10年ほど足が遠のいておりました。

確か10年前、川場村にりんご狩りに行った帰りに寄ったのが最後だったように記憶しております。

その後は沼田市に行っても昼飯は、「川場田園プラザ」(ご関心の向きは06年11月25日エントリーの「晩秋、川場村でフジにかぶりつく」をご参照下さい)やら、旧月夜野町の「中華たむら」で食べたりしておりましたので、すっかりご無沙汰しておりました。

この間沼田市に行ったときも、途中昭和村の「そば処 つつみ」で昼飯を済ませましたので(ご関心の向きは07年6月2日エントリーの「昭和村で『こしあぶらの天ぷら』に会う」をご参照下さい)、「馬鹿旨」には寄らずじまい。

で、さっそく入店して「広東ラーメン」を注文。

悪くないんです。中太の麺なんか、しっかりスープに絡んでおいしいんです。歯ごたえグットなんです(ラーメンの写真は湯気のため一部かすんでおります。そのくらい熱々で出してくれます)。

しかし、「広東麺」、あるいは「うま煮麺」の場合は、八宝菜のあんがかかっていて欲しいと思うわけです。

銀杏なんか入っていて欲しいわけです。うずらの卵も入っていたらうれしいなと思うわけです。

エビなんか入っていると色取りが良くなるんじゃないかな、なんて思うわけです。さらに、今日は七夕近いし、イカの短冊切りなんか入っていると、またすぐ来ようかな、なんて思うんです。蒲鉾の短冊切りでも文句は言わない、なんて思うわけです。血圧低くないほうですから、もう少し塩気が軽くてもいいかな、なんて希望してしまうわけです。

愛想もいいんです。水なんかなくなると、すぐに気がついて何も言わなくても注ぎ足してくれるんです。

ただ、ワタクシのイメージする「広東麺」ではないという我がままなんです。でも、と言うか、だからと言うか、つい足が遠のいてしまうんです(10年前の注文も「広東ラーメン」でした)。

ごめんね。今度は別のもの頼みます。

【日本ロマンチック街道沿いに「馬鹿旨」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒32マイル≒52km】

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前橋利根西地区のブラックベリー

「前橋利根西地区のブラックベリー」と大仰な題名を掲げましたが、前橋市の利根西地区に広大なブラックベリーの畑が広がっているあるわけでもなければ、ブラックベリーの名産地であるわけでもありません。

Img_8091 それに、植物に疎いワタクシには、このベリーが果たして「ブラックベリー」なのか、「ブラックラズベリー」なのかも判別できておりません。

多分ブラックベリーであろう、くらいの判断です。ごめんなさい。

自宅近くの住宅街にブラックベリー(だと思う)を栽培するおうちを1軒見つけたに過ぎないのですが、その実のつき方が余りにもすばらしかったので、つい大げさな題名になってしまいました。

木苺の類は比較的栽培に手がかからないと言われていますが、このブラックベリーに出会ったときは、かなりの「てだれ」の手にかかるものと思わずにいられませんでした。

(07年5月27日エントリーの「桑の実・マルベリー・どどめ」で書いたマルベリーつまり「どどめ」なんか、ほったらかしでも生ります)

Img_8089 ま、写真を見ていただければ一目瞭然でしょう。

鈴生りです。

あなたも、こりゃすげえ、とお思いになったでしょう?

旨そうですよね(正直に申し上げると、ワタクシ、瞬間ですが、邪な考えが心をよぎってしまいました・・・)。

よく鳥が突付きに来ないもんだ、と思いました(これからかもしれませんが・・・。羨ましいことに鳥は追われるだけで、窃盗罪で逮捕されないですね)。

Img_8092 20年ほど前、ある雑誌に昭和村をぶどうの一大産地にすべきだと書いて、小数の人からですが、賛意をいただいたことがあります。

大昔の赤城山の噴火により地層に軽石層があるため水はけがよく、ゆるい傾斜地が広がり、群馬県の日照時間は全国でも一、二位の長さですから、素人判断で、ブドウ栽培適地だと思ったからです。

景観もすばらしく、谷川岳が遠望できる昭和村の「赤城平」を、高崎市(旧群馬町)出身の元首相福田赳夫さんはスイスの風景に擬したことがあるくらいです。

Img_8093 関越自動車道も走っていますし、ぶどうの観光農園&ワイナリーで村おこしでもすれば、と思った次第(すでに群馬県では榛東村がブドウの産地でしたが、昭和村のほうが条件がいいのではないか、などと思っておりました)。

ここでできるワインの名前も「赤城平わいん」にすればいい、なんて勝手に思っておりました。

100%山梨県の旧勝沼町を意識したものです。

その後、昭和村ではなくて隣の旧赤城村ですが、足利市にある「ココファーム」と連携した「ルンズ・ファーム」ができたところをみると、ワタクシの素人判断もまんざら大ハズレでもなかったような気がします。

※「ココファーム」については下記参照
http://www.cocowine.com/index.html

※ルンズ・ファームについては下記参照
http://www.luns-farm.com/index2.html

ただ、ブドウ産地やブルーベリー産地、全国のあちこちにありますので、差別化のため、新たにブラックベリーの一大産地を目指すなんていうのはいかがでしょうか?

前橋でこれだけ立派なブラックベリーが育つのです。昭和村でもOKのような気がします。

【見事なブラックベリーの実が生る前橋市利根西地区がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年6月30日 (土)

明治大学校友会群馬県支部第5回定時総会に行く

6月は、3月決算企業の株主総会があちらでもこちらでも開かれる季節ですが、同時に各種団体の総会の季節でもあります。

Img_7894 そんな中、この間の日曜日、JR高崎駅から歩いて徒歩ゼロ分の「ホテルメトロポリタン高崎」で開催された「明治大学校友会群馬県支部第5回定時総会」に出席しました(写真は当日のJR高崎駅改札口付近の混雑)。

明治大学校友会群馬県支部は、前橋、高崎、桐生、伊勢崎、太田、渋川の6つの地域支部で構成されており、沼田、館林にもこれに準じた会があります。

※明治大学については下記参照
http://www.meiji.ac.jp/

群馬県に住む、住所が判明している明治大学卒業生は、平成19年3月末で5,577人だそうですが、当日の出席者はその3%くらいでした。

Img_7901 群馬県は一都三県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)を除けば、静岡県、愛知県、茨城県、長野県に次いで卒業生が多い県です(写真は明治大学の現状報告をする明治大学理事の渡辺隆喜先生。長野県出身)。

(以下福岡県、北海道、栃木県、新潟県、福島県に4,000名以上の卒業生が住んでいます。九州であるにもかかわらず5,000名以上の卒業生が住む福岡県は、大阪ではなく「東京志向」の土地柄だからでしょうか)

群馬県、卒業生は多いのですが、校友会活動においては、高齢化が顕著です。

中年オヤジのワタクシさえ、会の中では「若手」です。大先輩だらけ。

Img_7902 このあたりの事情は、群馬県支部自体も強く自己認識しているところで、「若返り」を課題に取り上げていますが、早々の解決はなかなかむずかしいものがありますね(写真は明治大学副学長で国際交流センター担当となる藤田直晴先生。山梨県出身)。

昨年お隣の栃木県で開かれた全国校友栃木大会(ご関心の向きは06年9月26日エントリーの「明治大学全国校友栃木大会に行く」をご参照下さい)は、過去最高の参加人員となりましたが、やはり若い方の参加は今一でした(そう言えば、この間まで栃木県には今市市がありましたね・・・)。

ただ、栃木県では、宇都宮市長の佐藤栄一さんや、高根沢町長の高橋克法さん、益子町長の大塚朋之さんが明治大学卒業生で、何れも40歳代と比較的年も若く「地域に帰って地域に貢献する」という明治大学精神の本領を発揮していますね。

Img_7897  話が横道に逸れてしまいました。明治大学校友会群馬県支部定時総会に話を戻すと、総会に先立って行われた一般公開講演では、明治大学法学部教授の徳田武さん(前橋市出身)が「高崎藩主大河内輝声(てるな)の日中友好」と題して、歴史の片隅に忘れられた興味深い話をされました(写真は講演する徳田武先生)。

また、大学本部からみえた明治大学理事の渡辺隆喜 先生や明治大学副学長の藤田直晴先生が、世界に誇る日本の文化である「漫画」のライブラリー充実を図ることや来年度新設される「国際日本学部」について報告しました。

因みに新設される「国際日本学部」の学部長にはジャーナリストの蟹瀬誠一氏(明治大学教授)が就任予定だそうですから、明治大学としてはかなり思い切った人事に踏み切ったと思います。

※蟹瀬誠一氏については下記参照
http://www.joqr.co.jp/next/

「英語に弱い兄(アン)ちゃん」というのが明治大学生の一般イメージです。なにしろ「地域(田舎)に帰って地域(田舎)に貢献する」が建学の精神ですから、基本的に英語は軽んじられる風潮だったのでしょうか。

しかし、グローバル化の進展で、呑気に構えて、そうも言っていられなくなったのでしょう。

明治大学が目指す目標には「方言の聞こえる大学」というのもありますから、何年か先には、「ずら方言」のまま世界に飛び出す若者が続出することになると思います。

今年は、群馬県民会館大ホールで、明治大学前橋地域支部(前橋駿台クラブ)主催の「明治大学マンドリン倶楽部演奏会」が、中島啓江さんをゲストに迎えて、11月24日(土)に開催されます。

国民栄誉賞の古賀政男大先輩が創設に関わった「明治大学マンドリン倶楽部」、ちょっと土の匂いがしますが、長い歴史に培われ、いぶし銀の魅力があります。

※古賀政男(歴史的人物になったので敬称略)については下記参照
http://www.koga.or.jp/

一度、見に聞きに、足を運んでみてください。

【明治大学校友会群馬県支部第5回定時総会が開催された「ホテルメトロポリタン高崎」がある高崎市から軽井沢町までの距離≒23マイル≒37km】

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2007年6月17日 (日)

群馬県人はバーガーキングを待っている(かも)

6月17日エントリーの「群馬県人の気儘な粉食ライフ」でも少し触れましたように、都道府県庁所在地等全国49都市の家計調査から見た品目別消費ランキング(平成16年~18年平均)では、外食の「ハンバーガー」部門において、前橋市は堂々の4位です。

Img_7246 前橋市の消費金額は4,743円。全国平均が3,466円ですから、36.8%も上回っています(写真はフレッシュネスバーガー高崎駅店に掛かる挑発看板)。

(因みに1位川崎市が5,433円、2位静岡市が5,033円、4位甲府市4,835円です。どん尻49位は青森市の2,301円です。48位は長崎市2,342円です。長崎市は、カステラの食べすぎでハンバーガーまで手が伸びません)

(マクドナルドの客単価は600円ですから、これを元に計算すると、前橋市の消費金額は、およそ8人分に換算されます)

パンそのものの消費量ではさして目立たぬ前橋市ですが、ハンバーガー関係になると俄然注目の存在です。

Img_7769 ハンバーガーそのものの消費はすでに述べましたように全国4位ですが、その元となるハンバーグ(家計調査では、調理食品「ハンバーグ」部門になります)でも、その消費金額は1,135円の9位で全国ベストテン入りを果たします(写真はロッテリア前橋店。外装を黄色に塗り替えましたね)。

ただ、同じような動きをするのが、渋谷を歩いているおね~ちゃんには東北地方に分類されてしまう栃木県の宇都宮市と、映画『下妻物語』で一躍有名になった下妻市がある茨城県の水戸市の、お互い同じ穴のムジナと思われたくない北関東勢。それに群馬、栃木と同じ海無し県で東京に近い山梨県の甲府市。

(北関東3県は、腹の中ではお互いに、離れろよ~、と思っていますがなかなか離れられないんです。埼玉は、北関東勢に対し、付いてくるなよ~、と思っているはずですが、なかなか振り切れないんです)

そこで、「ハンバーガー」と「ハンバーグ」と「ハンバーグ」を注文するケースが多いと思われる外食の「洋食」部門の消費金額ランキングの相関性を見てみることにしましょう。

便宜的に、ハンバーガー消費金額ベストテン都市を基準にします(数字はランキング順位)。

都市名   ハンバーガー  ハンバーグ   洋食(外食)
川崎市     1        23         2
静岡市     2         4        19
甲府市     3         8        34
前橋市     4         9        32
奈良市     5        33        11
水戸市     6         7        18
さいたま市      7         14          1
岐阜市     8        22         3
那覇市     9         1        49
宇都宮市   10          5        13

川崎市、奈良市、岐阜市を除けば、ハンバーガー消費と調理食品としてのハンバーグ購入行動には正の相関関係が見られます。

そして正の相関関係が見られなかった、川崎市、奈良市、岐阜市には洋食消費が高いという共通性が見られます。

推測するにこの3市は、調理食品のハンバーグを食品スーパー等で買っておうちで食べるのではなく、洋食店に行って食べることが多いのではないでしょうか。

この対極にあるのが那覇市です。ハンバーグ消費で1位なのに、洋食(外食)ではゲッピです。

また、洋食で1位でもあるさいたま市は、若い街なので、多分、年がら年中ハンバーグ関係を食べているように推測されます。宇都宮市もややその傾向が見受けられます。

ところで、今年のハンバーガーチェーン業界は、話題が少なくありません。

経済週刊誌に取り上げられた、マクドナルドFC店残酷物語と既存店売上の急回復。

マクドナルド「メガマック」のヒット(ご関心の向きは、07年1月16日エントリーの「『メガマック』の誘惑に負けた私」をご参照下さい。今思えば「メガマック」はバーガーキングのワッパーを意識していたのかもしれません)。

そして今年6月のバーガーキングの6年ぶりの再上陸(米国バーガーキングと日本側ロッテ&リヴァプのフランチャイズ契約は昨年11月とのこと)。

さらにはバーガーキングのてりやきワッパーを意識したマクドナルドの「メガてりやき」の発売。    

                                 マクドナルドが全国一律の料金体系から、地域別価格を導入することを表明。         

ハンバーガーチェーンというと「マクドナルド」、「モスバーガー」、「ファーストキッチン」、「フレッシュネスバーガー」、「ドムドム」といったところをすぐ思い出しますが、バーガーキングはその一角を占める「ロッテリア」を展開するロッテ&リヴァンプが日本におけるフランチャイズの契約主体になっています。

それだけに、バーガーキングが今後どんな店舗展開をしてくるか、大いに注目されるところです。

まだ6月で2店舗くらいしかないようですが、群馬県、有望な出店候補地です。

もちろんロッテリアの模様替えでも構いません(ロッテリアさん、ごめんなさい)。

ハンバーガー全国消費第4位の群馬県人は、バーガーキングの出店を、待っているのかもしれません。

【ハンバーガー全国消費第4位の群馬県県庁所在地前橋市から≒27マイル≒43km】

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2007年6月 6日 (水)

スペイン風カフェ&ダイニングバー「アレグレ」でランチを食す

昨日は会合のため、群馬県庁へエフエム群馬を聞きながらクルマでお出かけ。

Img_7441_1 途中から番組は岩崎宏美特集となり、♪「二〇才前」、♪「シンデレラハネムーン」、♪「聖母たちのララバイ」が次々聞こえてきて、午前中から五十路のセンチメントはいたく刺激されて、群馬県庁の駐車場についたときは、ほぼ脱力状態。

岩崎宏美ちゃんはワタクシが高校を卒業して東京に遊楽じゃなかった遊学した頃、「ロマンス」を大ヒットさせ一躍スターダムに駆け上った方です。

抜群の歌唱力が、他のアイドル歌手とちと違う人でした。

で、今でも「ロマンス」を聞くと年甲斐もなく、胸キュンの切ない思いになります。

Img_7444_2 その岩崎宏美ちゃんの歌う唄が、いきなり連続3曲かかったのですから、しばし、駐車場でしみじみしてしまいました。

用事が済んだときは丁度お昼時間。

用事が済んでまた岩崎宏美ちゃんモードが蘇ったため、昼飯はいつもなら蕎麦をすするところですが、その気分になれず、選んだのは群馬県庁裏(?)にある「スペイン風カフェ&ダイニングバー アレグレ」です。

利根川の流れを見ながら、アドレッセンス期のあんなこと、こんなことを思い出すには相応しい場所です。

Img_7446_2 オジサン一人で入るにはやや勇気が要りますが、大学の先輩が経営している店と思えば少しは抵抗感もなくなります。

(先輩、群馬県民には馴染み深い川場村田園プラザの整備事業にも、深く関わっておりました)

今年春の統一地方選挙で群馬県議会議員になってしまった先輩は、店にいらっしゃいませんでしたが、その分(失礼!)落ち着いた店のつくりの中で、しみじみさせていただきました。

Img_7448_1 (パスタのランチで「あさりと木の子のパスタ」(840円)を注文しましたが、気分からいって、土曜日だったら迷いなくビールを頼んでいたでしょう。アレグレのテラスからの眺めは最高です。

もちろん料理もグッドです。)

【群馬県庁裏にスペイン料理の「アレグレ」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年5月31日 (木)

「ぐんまちゃん」はどこへ行った?

昭和58年(1983年)、群馬県において開かれた「あかぎ国体」にあわせてデビューした「ぐんまちゃん」ですが、最近はとんと、その消息を聞きません。

Img_7380 漫画家の、馬場のぼる先生がデザインし、広く県民から愛称を募って登場した「ぐんまちゃん」。

けれども、平成6年(1994年)に開かれた「ゆうあいピック群馬大会」を契機に「ゆうまちゃん」が誕生してからは、独占していた群馬県のマスコットキャラとしての地位を「ゆうまちゃん」に脅かされ、「ぐんまちゃん」の存在を知る人間は次第に少なくなっております。

「ゆうまちゃん」は県文化課の職員さんの創作で、今もその職員さんが職員のまま、あらゆるバリエーションを描きまくっているようです。県職員の給与のままで・・・。
http://www.pref.gunma.jp/manage/yuuma.htm

女の子版の「ゆうこちゃん」もいるようです。

「ゆうまちゃん」の愛くるしさが、広く群馬県民に受け入れられた最大要因であることは間違いないにしても、県主催のイベントや、印刷物、県立施設の要望に、柔軟に、そして機動的に対応してイラストを供給できるのも、「ゆうまちゃん」が「ぐんまちゃん」に取って代わった大きな理由かも知れません。

「ぐんまちゃん」は漫画家の先生の創作であるため、イラストに対する対価(ギャラ等)を考えると、気軽にイベントに合わせて、漫画家の先生に注文を出す、ということもできなかったのかもしれません。

平成17年(2005年)には、毎日新聞主催の「全国対抗キャラクターコンテスト」で、「ゆうまちゃん」がグランプリに輝いております。

凱旋イベント「ゆうまちゃんフェア」も同年2月27日に開催されています。
http://www.pref.gunma.jp/a/12/yuma/takasaki.htm

ここまできたら、一大ゆうまちゃんキャラクター群を作成し、「ゆうまちゃんファミリー」、「ゆうまちゃんワールド」を確立していただけるよう願ってやみません(すでにあるのでしょうか?)。 

ところで、「ぐんまちゃん」、いったいどこへ行ってしまったのでしょう?

我が家の「ぐんまちゃん」は、長く押入れに潜んでおりました。

過日、押入れの整理をしていて、その存在を発見した次第。今まで忘れていて、すまない気持ちで一杯です(やや、大げさ)。

ただ、出しておくとどうなるか分からないので、また押入れに仕舞おうと思います。(ーー;)

「ぐんまちゃん」とは、毎年五月に飾るということで、妥協点を探っております。

Img_5576_3  それにしても高崎市のマスコットキャラの「タカポン」、大きなお世話でしょうが、何とかしたほうがいいように思います・・・。                                                

(そういえば、前橋市にマスコットキャラありませんでしたね。そろそろ作る時期かも)

【「タカポン」がいる高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年5月27日 (日)

桑の実・マルベリー・どどめ

「シルク王国ぐんま」も今は昔の物語。

群馬県の小学生の「必須科目」である上毛かるたには、「県都前橋糸のまち」と詠われていますが、今の小学生には、なんのことやら母子草でしょうね。

お蚕様が食べる桑を育てる畑も、中山間地域を除けば、殆ど見なくなりました。          

         

桑畑の地図記号、思い出せます?                                  

(思い出せなかった人は、
http://www2.ocn.ne.jp/~hiroseki/mapsymbolyurai.html
を見てください)

Img_7122 今頃の季節になると、桑の古木には、その実が生ったものです。お洒落に言えば「マルベリー」。昔のまま言えば「どどめ」です。

同じものでも、呼び方で随分違う印象になります。

多分、「マルベリージャム」は、「どどめジャム」の10倍売れると思います。「マルベリーワイン」も、「どどめワイン」の10倍売れると思います。もちろん、「マルベリージュース」は、「どどめジュース」の10倍売れます。   

                             

(参考に中之条町の沢田農協のホームページ見てください。
http://www.sawadanoaji.com/
                             

昔、親の言い付けを守らずに、バレやしないとたかをくくってどどめを盗み食いすると、口の周りが「どどめ」色になってしまうので、すぐに露見してこっぴどく叱られたものです。

Img_7123 今日、高崎方面にウォーキングしていたら、貝沢町辺りでその懐かしき「どどめ」を発見しました。欣喜雀躍、うっほっほ、です。

摘んで、そっと口に運んでみようか、などと考えましたが思いとどまりました。

甘いものがあふれている時代です。昔と同じ感激は味わえないでしょう(お縄を頂戴したくないですしね)。

ところで、桑の葉はミネラルを豊富に含んでいるそうです。若い葉(芽が吹きでた頃のもの)を天婦羅にして食べると旨い、と聞いています。

ただし、旨いからと言って食べ過ぎに注意。

そうです、余り食べると、口から糸を吐くようになります(嘘ですよ)。

(そういえば、渋川市の叶屋食品さんが、桑の葉の粉末を練り込んだうどんを作っていましたが、今もあるのでしょうか?確認しなくては)

(ついでに言えば、シルクパウダーには認知症の抑制効果がある、とものの本で読んだ記憶があります。同様な効果はイチョウの葉にもあるとか。飛躍してしまいますが、桑の葉にもあるかも。誰か、桑の葉の研究しませんか?それとも、もう研究済みなのかなあ)

【桑の実・マルベリー・どどめが生っていた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年4月 3日 (火)

四万温泉協会宮崎局長、高崎で奮戦す

Img_5563 4月1日にエントリーした2つのブログ記事の関連になるのですが、全国都市緑化ぐんまフェア高崎会場のオープンカウントダウン式が行われた場所から北に伸びる通り、通称「さやもーる」方面を偵察に行くと、そこには温泉がありました(左はカウントダウン式の記念に、無料で配っていた花の鉢)。

商店街イベントで温泉に出会う。まったく、想像していませんでした。

誰だって破顔一笑、思わず入っちまいますよね(順番待ちの行列ができていました)。

正確には「足湯」です。お湯は四万温泉のお湯。

Img_5592 世の塵を洗ってくれる、という四万温泉ですから、大勢の老若男女が、あるいはすね毛だらけの、あるいは谷崎潤一郎もうっとりするだろうおみ足を、湯船に浸しておりました(中には、温泉に大根突っ込んでどうするんだ、と突っ込みを入れたくなるようなおみ足も散見されましたが多くは語りますまい・・・)。

そしてその横にはテントがあって、四万温泉がある中之条町の名産を販売しておりました。

なんとなんと、の思いです。天晴れというかなんというか。

人が集まるからとは言え、高崎でイベントがあると聞いてこんな仕掛けを思いつくのは彼しかいない。

そう思ってテントを覗くと、果たして、かの有名な社団法人四万温泉協会の宮崎信雄事務局長がおいでになり、はっぴ姿で、にこやかに名産品販売の陣頭指揮をとっていらっしゃいました(テントの中のはっぴを着た男性が宮崎局長)。

脱帽です(イベントに関しては下記「高崎経済新聞」の記事を参照して下さい)。
http://takasaki.keizai.biz/headline/64/index.html

さすが、宮崎局長、八面六臂の大活躍。

身を粉にしての働きぶりはつとに有名ですが、こうして間近にお仕事ぶりを見るのは初めてのこと。

Img_5635 昨年、仕事の関係で観光関連セミナーの講師をお願いしたとき、快くお引き受けしていただいたご恩もあり、一も二も無く、中之条町の沢田農協製たまり漬けなどを購入した次第です。

贔屓の引き倒し、になるといけないのですが、2005年のNHK朝の連続ドラマ「ファイト」の主要舞台が四万温泉になったのも、宮崎局長の少なからざるご努力の賜物と仄聞しております。

また、東京⇔四万温泉の直行バス実現にもご尽力なされたようです。

企画力、実行力抜群の温泉協会事務局長として、その盛名は業界に轟いています。

伊豆稲取温泉が事務局長を公募して話題になりましたが、そのきっかけは、宮崎事務局長の存在に触発されたのではないかと、小生は勝手に思っています(但し、宮崎局長は四万温泉生まれです。事務局長の役割が、如何に重要かが認識されたのは宮崎局長の活躍によるところが多い、という意味です)。

まちづくり、むらづくりが話題になるとき、小生がまず思い浮かぶのは、宮崎局長の顔です。

ひなびた温泉街を逆手にとって、いまの四万温泉ブームを仕掛けたのは宮崎局長といっても良いのではないでしょうか。

実に愉快に思った次第です。

後でまた勉強させてください、お願いしますね。

【四万温泉の出張足湯があった高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年4月 1日 (日)

「襲雷舞踊団」に再会す

前回のエントリー記事に書いたように、今日4月1日、高崎市では3つのイベントが同時開催されましたが、なんといっても呼び物は「高崎雷舞フェスティバル」でお馴染みの「よさこいソーラン」。

Img_5609_1  全国各地から「よさこいソーラン」チームの終結です(左は、昨年3月まで単身していた神奈川県厚木市のお隣、平塚市からお見えの「どんとcoco de 踊らん会」のみなさん)。

(「全国各地から」と書きましたが、主に神奈川、埼玉からでしたね。春休みを利用しての遠征でしょうか。)

昨年11月19日のエントリー記事「高崎市農業まつりで『襲雷舞踊団』に遭遇す」で取り上げた、「襲雷舞踊団」も出場することを知っておりましたので、この踊りを目当てに、今日は高崎までの出撃となった次第。

Img_5567 で、エムエムぐんまのおねえさんアナウンサーに、「襲雷舞踊団」のボクちゃんたち、インタビューを受けておりました。

右の踊り着姿のおねえさんは、同じ群馬の代表ながら、違うチームの方だったようです。(「爽」と背中に入っております。)

パフォーマンス、相変わらずパワフルです。動きに切れがあります。巨大音響をものともせず、パフォーマンスにじっと見入るご高齢の方も少なくありませんでした。

(やや耳が遠いのか、スピーカーの横に居てもびくともしない、じさまばさまもいたけどね。)

Img_5603 日々研鑽を重ねる「襲雷舞踊団」は、掛け値なしに高崎の宝です。

(高崎にライバル心燃やすわけではありませんが、前橋に住んでいるものですから、つい、前橋には「だんべえ踊り」がある、と言いそうになります。チームも、年を問わず、男女を問わず、老若男女かなりの数に上ります。

しかしながら、ある事情があって東北方面、特に秋田県にはなかなか遠征できないようです。「だんべえ」と聞くと、秋田美人は顔を赤らめて下を向いてしまうとか。でも、です。Img_5607 確か高崎銘菓に「だんべえまんじゅう」という強烈な、秋田美人が聞いたら卒倒しそうな、そんな名前のお菓子があったように記憶しています。秋田県出身の高崎経済大学生が、帰省土産に「だんべえまんじゅう」を持って帰ったら、家に入れてもらえなかったと言う話があった、訳ではありませんが、高崎もなかなかやります。)

(話がついあらぬ方に行って、「襲雷舞踊団」の皆さんごめんなさい。m(__)m)

【「襲雷舞踊団」の活動拠点である高崎市から軽井沢町までの距離≒23マイル≒36km】

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初めての「タカポン」体験

群馬県央は、朝から強風が吹き荒れ、春の嵐状態。

土ぼこりで遠くの山が霞んで見えました。

Img_5579_1 今日、高崎市では、来年(平成20年)の全国都市緑化フェア高崎会場オープンまでおよそ1年となったので、その「カウントダウン式」、そして「さくらまつり」、さらに「雷舞うたかさき付き商都フェスティバル」の豪華3イベントが、同時開催されました。

(ライバル意識を燃やすわけではありませんが、もちろん全国都市緑化ぐんまフェアでは、前橋市もメイン会場になります。(*^。^*))

で、人が出るところに弘円も出かけねば、を心がけておりますので、高崎市に行ってまいりました。

Img_5576_1 で、そこで初めての「タカポン」体験。

「タカポン」とは、全国都市緑化ぐんまフェア高崎会場の宣伝のために作られたキャラクター。マスコット着ぐるみになって、愛想をふりまいておりました。

今、全国の自治体で、熱病のようにイベントキャラクターの着ぐるみ作りが流行っているようですが、「タカポン」ちょっと無理があるようです。

Img_5591_1 会場で遭遇したH社長の愛犬も、怯えて抱っこをせがんだようです。

松浦高崎市長、何とかしたほうがいいのでは・・・。

でも、すでに手遅れかぁ・・・。

(前橋市に住んでいる人間だからイチャモン付けているんだなんて、思わないでね。)

【「タカポン」の着ぐるみが愛想をふりまいていた高崎市から軽井沢町までの距離≒23マイル≒37km】

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2007年2月17日 (土)

「とんかつ かつ久」で写真撮影決行

年を取ったせいなのか、秘められた才能が開花したのかは微妙ですが、昔に比べ記憶力が減衰してきた、と感じます。

覚えたつもりの固有名詞が、側頭葉から脱落していることに気づくのはしばしば。

同じ年頃の友人と飲んでいて、「うんうん、あのあれね。分かった分かった」などという相槌を、お互いに連発したりしています。

本当は、ちっとも分かっていないのかもしれません。美しき誤解の中で成立している会話かもしれませんね。                                                 

(うろ覚えですが、最後まで忘れない言葉は、動詞だそうです。「食べる」、「飲む」、「寝る」といった言葉ですね。家では動詞しか使わないという友人、増えてます。いよいよでしょうか?)

ひどいのは、昔から整理整頓が不得手だったことも加わり、メガネはどこだと探したり、携帯電話の捜索にかなりの時間を費やしたり、ハンカチをとりに戻ったり、出掛け際におたおたすることが少なくありません。

それに、3日前の昼に何を食べたか思い出すのに時間が掛かったりします。

このブログを始めてからデジタルカメラを持ち歩くようになって、いろいろなものをバシャバシャ撮るようになりましたが、便利だなと思うのは、それが日付つきで残ること。

パソコンにとっておけば、ほぼ無尽蔵で残せます。非公開ブログにして、極私的写真日記にするという手もありますよね。

(人によっては、とても言えないことを、沢山格納しておいたりして・・・。電子秘密日記。私にはそういうネタがまったくないのが残念です。全部オープン)。

写真を見たら、脳味噌ニューロンがインスパイアーして、昔のその日の記憶を取り戻すことができるでしょう。

文章は加えてもいいし、何も書かなくてもいい訳です。便利になったものだと、つくづく思います。

ただ、長期的に展望すると、パソコンに写真を保存してあることを完全に忘れてしまう可能性があります。それが最大の弱点。もっとも、そうなったら自然の摂理に従うしかありません。

まあ、それはともかく、先ほど言いましたようにデジタルカメラを持ち歩くので、いつもという訳ではありませんが、自分の食べた(食べる)昼飯を撮ったりする変な癖がついてしまいました。

Img_3923 連れがいる場合はしないようにしておりますが、私がブログをやっていることを知っている知り合いと一緒の場合は、時によって、バシャリとしてしまいます。

ハタから見れば変なヤツです。

で、昨日の昼飯は変なオジさんしてしまいました。

場所は高崎高島屋の6階レストラン街にある「とんかつ かつ久」。昨年6月17日エントリーの「前橋の街中から、かつ久が消えた」で書いた「とんかつ かつ久」です。

Img_4432 実は、「前橋の街中から、かつ久が消えた」の記事を書いてから、高崎高島屋「とんかつ かつ久」は2度目になります。

しかし前回は、連れがいたので、もう激写したくてしたくてウズウズする気持ちをグット我慢して、大人しくとんかつを食べるだけでした。

Img_4434 (思えば、とんかつを激写したがるオジさんも、変なオジさんですね。)

昨日は一人。というか、念願の激写を敢行すべく、一人で行ってみたのです。

しかし、気持ちとは裏腹、余りいい絵ではありませんでした。

Img_4435 辺りをはばかり、行儀良くイスに腰掛けたまま激写するので、限界がありました。なにしろ相手がでかいので、うまい構図がとれないんです。

それにお替り自由の、大きいボールに入ったキャベツサラダをカルロス・ゴーンのように懸命に食べておりましたから(かつてNHKで放送した彼の密着番組で、家族連れで焼き鳥食べる前に、各自大きなボールに入ったサラダを平らげておりましたね)、つい写真撮影もお留守になり勝ち(2杯食いました)。

Img_4439 でかい椀に入ったあか出汁の「なめこ汁」は撮影放棄です。

「ヒレかつ定食」の全貌をご覧になりたい方は、一度「とんかつ かつ久」に出かけて見てください。横浜高島屋にも出ております。

(今の横浜高島屋の店長さんが、昨年まで高崎高島屋の社長さんでしたが、氏の強い要請で「とんかつ かつ久」さんは高島屋さんに出店した経緯があります)。

Img_4337_1  なお、間違って前橋市千代田町にあったかつての本店に行っても、残念ながら、今は左の写真のようになっております。国道50号線の郊外店「かつ久 無庵」に回ってください。

【「とんかつ かつ久」が出店する高崎高島屋のある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年2月12日 (月)

前橋の「河津桜」、咲きそうです

すでに2月10日、「河津桜」の本場である伊豆の河津町では「河津桜祭り」が開幕したようですが、前橋市南町三丁目の市ノ坪公園にある2本の「河津桜」もそろそろ開花しそうな気配です。

※「河津桜まつり」については下記参照。
http://www.kawazuzakura.net/

Img_4305 Img_4300 何故、前橋に「河津桜」があるのか、その由来因縁は、恥かしながら、まったく知りません。

それどころか、市ノ坪公園に早咲きの桜があることは前から承知していたのですが、今日の今日まで緋寒桜だとばかり思っておりました。

Img_4301 暖かな日和に誘われて、運動を兼ね、自転車で街中の書店「煥乎堂」まで本を物色に行く途中、あの緋寒桜、暖冬だから咲いているかもしれないと思い、市ノ坪公園に寄ってみたのです。

で、件の桜の木に接近し、良く見ると「河津桜」の札が下がっておりました(札だけで判断するのもなんですが・・・)。

Img_4302 過去、クルマでこの公園の横は通っても、降りてこの桜の木に接近したことはなかったので、あれは咲き方や咲く時期、花の色などからいって「緋寒桜」に違いないとすっかり思い込んでおりました。

人と、この桜について話したこともなかったので、間違いに気づくことなく今日まで来てしまいました。

Img_4299 ま、それで罰金刑が科されるわけでも、監獄に押し込められるわけでもないので、支障はないと言えば支障はないのですが、なんとなく、ポカやっちゃったという気分です。

「あの桜は、緋寒桜だよ」、と人に教えたことは無いのが、救いと言えば救いですね。罪作りなことをせずに済みました。

桜といえば「ソメイヨシノ」と言うことになりますが、八重桜も悪くないと思います(私の知り合いには、今でも、あのぼってりとした感じがイヤだ、と言う人もいますが・・・)。

ソメイのあとの、振袖柄に相応しい派手な八重桜、です。

八重桜の名所、旧子持村(現渋川市)の白井宿に植栽されている八重桜には、全国的に言っても貴重な、「うこん」色の花をつけるものがあります。

(注意を喚起するまでもなく、「う○こ」色と間違わないで下さい。確かに「うこん」はターメリックと名前を変えて、カレー粉の主要な原料にもなりますが、エラい違いです。今日カレー食べた人、ごめん。m(__)m)

「うこん」色は「うこん」色なんですが、白井宿のそれは、「うこん」色というより黄緑に近いですね(目が、「うこん」を「う○こ」と間違いませんか?大丈夫ですか?)。

ただ、クレヨンのような単純な黄緑色ではなくて、それはそれは複雑玄妙で幻想的な色ですから、ご関心の向きは一度見に行ってみてください。黄金週間(ゴールデンウィーク)の頃が見頃です。

ただ、この暖冬ですから、今年は少し時期が早まるかもしれません。

Img_4340 Img_4341 「うこん」色とのつながりで言えば、前橋の街中には、「黄金のビル」があります(殆ど関係ないか・・・。全国的にも貴重でないかもしれない)。

最近は、何度も前橋中心商店街に足を運んでいるのですが、これも河津桜の発見ではありませんが、今日初めて気がつきました。

Img_4343 通称「グーチョキパービル」(私が勝手に呼んでいるだけかもしれない・・・)、居酒屋やパブなどが入った「社交ビル」ですが、その近くを通ったとき、ふっと見上げると、この「グーチョキパービル」が黄金に輝いておりました。

初めての経験です。

金の延べ棒のように光り輝いておりました。

思えばこのビルができたのは「バブル景気」真っ盛りの頃と記憶します。

Img_4344 金にあかして、思いっきりデーハーに作ったビルです(横浜中華街近くにも、こんな色のビルありますよね)。

つい一昨日、映画「バブルへGO!!」が封切られましたから、その記憶で、脳内ニューロンスパークし、このビルの近くにふらふらっと行ったのもしれません。ふっと空を仰いだら、ぴっカーッ!です。

Img_4346 黄金に輝くその姿に、思わずタイの仏教寺院を連想し、商売繁盛と手を合わせそうになりましたが、人の気配がしたので、知らぬ顔になってしまいました。申し訳ないことをしたもんです。

そう言えば、バブルの頃、キンメ一匹刺身にしてもらい、一切れだけ箸をつけて、つぎ頼むと言ったお客がいたというような話を、河津温泉ではなくて伊豆のある温泉で聞いたことがあります。

Img_4364 あぶく銭を手にしての、「右手に女、左手に酒、背に床柱、懐にカネ」、だったのでしょうか?

伊豆の温泉場がご希望の方、多かったでしょうね(前橋には赤い建物もあります。白い建物もあります)。

Img_4352 河津桜のきれいな話が、エラいことになってしまった。

でもやっぱ、バブルの頃を懐かしむ人、少なくないような気がします。貨幣的にはその流通量が増加し、その流通速度が速まれば景気は良くなるはずです。バブル再来のためにも、皆さんどんどんお金を使いましょう、なんてね。(*^。^*)

                                                      

(活性化策として、県庁、市役所庁舎を始め、前橋中心市街地にある、3階建て以上のビルはすべて、黄金外壁にすればどうでしょう。タイ、ビルマの黄金の仏塔群以上の町並み。インパクトありまっせ。キャッチコピーは、「そうだ、バブルに行こう!」、ですね。ただ、黄金の仏塔群と言うと、もう例のR宗が伊香保温泉下で、日本における本山の着工開始したそうですから、残念ながら、二番煎じになる可能性、大ですね。)

(写真はクリックして見て下さい。)

【河津桜が咲きそうな前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒46km】

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2007年2月11日 (日)

大凧の上州空っ風揚げ

神奈川県の座間市や相模原市は、大凧揚げが有名です。その両市に隣接する厚木市に、去年3月まで単身赴任していましたので、「大凧」と聞くと、少し胸が騒ぎます(もっとも、大凧揚げそのものは、見たことないんですが・・・)。

※神奈川県座間市の大凧に関しては下記参照。
http://park5.wakwak.com/~kcy/25oodako.html

※神奈川県相模原市の大凧に関しては下記参照。
http://www.sagami-oodako.com/

で、今日2月11日建国記念日に、「第15回上州空っ風凧揚げ大会in前橋」で25.5畳の大凧を揚げるというので、ぽかぽか陽気の昨日と打って変わって冷たい風の吹く中、会場の前橋市敷島河川緑地まで行ってまいりました。

フリーペーパー「TJ(タウンジャーナル)2月号」の案内には、時間は、午前9時半~午後2時までとあったのですが、所用もあって早く家を出たので、午前8時45分に現地に到着。早すぎてまだ人影もまばらな状態でした。

Img_4240 Img_4223 ただ、先着300名のお子達に、蛸、じゃなかった、凧が無料配布されるということで、その整理券入手のための行列はすでに出来ておりました。

(徐々に長くなっていきました。)

Img_4220 凧がもらえるのは子供だけ。大人の私に資格は無いので、榛名山から吹き下りてくる風に、身を凍らせながら、デジカメ写真ゲージツして暇つぶし。

左は、鼻水すすりながら撮ったそのデジカメ写真ゲージツの成果。殆どの人は、ただの風景写真と思うでしょうが、それがゲージツのゲージツたる.由縁です。あえて言えば民衆ゲージツですかね。

Img_4216 参加することに意義があるゲージツです。ごく内輪の人も賞賛してくれず、ひとり納得する、「侘び寂び」ではなくて、やや寂しい系のゲージツです。

谷川方面、浅間方面、草津方面ともに雪雲に覆われ、かの山河は吹雪に違いない様子。しかしながら榛名、赤城は昨日の雪を残して、昔の女子高生風に言えば、「息を呑むほどの美しさ」ということになりましょうか。

Img_4225 一生懸命、ゲージツしてしまいました。

春まだ浅い上州ですが、昔の女子高生風に言えば、「かすかな春の足音が聞こえます」ということになりましょうか。

Img_4226 水面に反射する光も、なんとなく春めいてきたでしょう?

しかし、本当のところ風はまだまだ冷たく、その冷たい風の中でなにやら黙々と作業に勤しんでいる人たちを発見。

Img_4233 近づいてみると、大凧の組立作業中です。

言ってみればタコな人々ですが、誤解を招きブン殴られかねないので、カイトな人々とここでは言っておきます。カルトではありません。

関西では凧のことを「イカ」と言うそうですが、関西人は「このタコッ!」というののしり方をするので(関東人もするなぁ・・・)、凧をイカと呼び、この辺の混乱が起きないようにしているのではなかろうかと愚考いたします(ま、大外れでしょうが・・・)。

Img_4261 Img_4267  上州名物、大凧の空っ風揚げを敢行すべく奮闘する人々。そしてその隣りの広場で凧揚げに興じる少年少女とその保護者。皇紀2667年の建国記念日に相応しい平和な光景です。

Img_4255_2 屋台も出ており、昨年から前橋名物になった「ton ton汁」も販売していましたが、是非ここでは「タコの空揚げも」売って欲しいものだと、私ばかりでなく多くの人々がそう思ったのではないでしょうか。                      

Img_4137 (2月9日の金曜日に、コロワイドグループの居酒屋「食事酔房 北海道前橋南店」でご馳走になり、「めひかりの空揚げ」を食べたので、それがまだ頭に残っておりました・・・。因みにコロワイドのCEOに復帰した蔵人金男さん、確かお住まいは、逗子マリーナ近くの高級マンションだったと思います。)

Img_4245 Img_4246 大凧の空っ風揚げ担当の方たちは、組み立て最終工程のチェック作業。そろそろ空揚げ、じゃなくて空っ風揚げ敢行かと期待したのですが、その期待を裏切って、何事もなかったかのようにまた元に戻してしまいました。

カイト少年少女やカイトおじさん達のパフォーマンスを見て今か今かと大凧待ち(それにしても和凧ゼロでした。中国製の和凧?があってもよさそうなものなのに、と思った次第です)。

Img_4247 2時間くらい居たのですが、大凧を上州の空っ風に揚げる気配はなく、その一方いよいよ風は強く、吹きッさらしの中で待ち続けるのもしんどくなって、結局、大空に舞い上がる25.5畳の大凧を見ることもなく、帰ってきてしまいました。

まッ、昔の賢人は「月は隈なきを、花はさかりを見るものかは」と書いていますから、大空に舞う大凧の勇姿を想像するだけでも十分です。

花より団子、凧の空っ風揚げよりタコの空揚げ、たこ焼きが向いている私かもしれません。

Img_4236_1 生タコの刺身もいいですね。タコしゃぶも、だな。

(写真はクリックしてみて下さい。左は出番を待つ中の中の凧。ちゅーちゅータコかいな、です。m(__)m)                                

【凧揚げ大会があった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年2月10日 (土)

草津は今日も晴れだったその2

「三途の川」と「賽の河原」はふたつでひとつ、切っても切り離せない関係にあるといっていいかもしれません。

しかしながら、その二つがセットであるということになると、どうしても、まあ、ほんとのあの世の近く、ということになると思いますが、群馬県にはなんとその二つが、この世ながらにあるのです。

Img_4069 「三途の川」は、昨年(2006年)6月28日のエントリー記事「三途の川と上信越自動車道」に書いた通り、群馬県甘楽町を流れます。日本3大「三途の川」のひとつです(知ってた?)。

国道254号線、多野郡吉井町と甘楽郡甘楽町の町境付近の橋を行ったりきたりする人は、知らぬ間に、三途の川を行ったり来たりしていることになります。

あの付近の方は、あの世とこの世を自由自在の身ですね。

それはそれとして、「三途の川」とセットになる「賽の河原」は、草津温泉の草津町にあります(ちょっと甘楽町からは遠いですが・・・。本来の表記は「西の河原」です。しかし、行った人の頭に残るのは「賽の河原」です)。

2月5日の月曜日に続き、2月7日水曜日も仕事絡まりで草津行でした。この冬、4度目になります。もちろん草津はその日も晴れでした。

で、行ったついでに「賽の河原」にちょっと寄ってきました。

(「天下の草津温泉」に行けるのは、うれしいと言えばうれしくもあり、なんですが、正直に言うと、同じ群馬県内でも、遠いなぁ・・・というのが実感ですね、やっぱり。

用足しをして前橋まで帰ってくると、1日終わってしまいます。

Img_4120 Img_4122 関西など、遠方からおいでになる方にとっては、東京に来るのも、草津に来るのも、さして変わりはないでしょうが(何しろ、群馬県大泉町にある三洋電機の工場は、「三洋電機東京製作所」です)、同じ県内からだと、逆に遠さを感じたりします。)

しかしまあ、せっかく草津に行ったので、すぐに取って返すのもなんですから、「賽の河原」です。

仕事を片付けて、いったん、湯畑周辺をぶらぶらするとやっぱりいいものです。「天下の草津温泉」だな、とつくづく感じます。

(深呼吸はしないでくださいね。硫黄のにおいにむせ返ります。)

Img_4065 Img_4117 お昼は、蕎麦の「柏香亭」で大盛り蕎麦を頼みました。そばをすすり込むたび、蕎麦の香りが鼻を抜けます。行列ができるのも頷けます。

「柏香亭」は「賽の河原」に続く「湯滝通り」と命名された通りに面していますから、そのままデジカメ激写しながら、「賽の河原」まで、散歩です。

Img_4115 景観を配慮し、新しい建物も周辺と調和するようにしているようです。写真は「柏香亭」から数十メートル「賽の河原」方面の蕎麦屋さんです。

何しろ目指すは「賽の河原」ですので、夢遊病の亡者のように(決して、二日酔いの亡者ではありません)、土産物屋をあっちにふらふら、こっちにふらふらしながら、町並みなどを撮って歩くと、程なく「賽の河原」に到着します。

Img_4073 Img_4074 「賽の河原」のすぐ手前に立つ、笠地蔵ではなくて、「ハム太郎地蔵」。七変化するのは観音さんばかりではないようです。少し離れたところに、お仲間もいます。

Img_4076 「賽の河原」の風景です。こっちに地蔵様、あっちに地蔵様です。

※「地蔵尊」については下記参照。
http://www5.tok2.com/home/byakuran/y2/jizo.htm

意外に明るい「賽の河原」でしょ?(あなたの本番もそうなるように祈ります)

Img_4078 善男善女が、記念撮影なんかしている「賽の河原」です。

名残雪があり、温泉が流れ落ちる「賽の河原」です。

地獄の鬼は、「賽の河原」に隣接する「西の河原露天風呂」に気持ちよく入っているため、湯冷めするので「賽の河原」には現れません。

Img_4077_1 このような、明るく楽しい 「賽の河原」のため、「賽の河原」ファンになる人も多いと思います(んなこたぁねえな)。

草津「賽の河原」ファンクラブに入会すると、「湯滝通り」にあるお饅頭やさん2軒の蒸したて「饅頭」が無料で振舞われます。お茶つきです。

もっとも草津「賽の河原」ファンクラブに入らなくとも、「湯滝通り」を「賽の河原」方面に向かって歩くだけで、蒸したて饅頭を食べることはできます。

帰りにも食べる気なら、また蒸したて饅頭が、ふたつ食べられます。総計4個の蒸したて饅頭、食べてみてください。なかなか勇気と覚悟が要りますが・・・。

(勇気がある人は午前と午後で8個、OKかもしれません。変装すれば何度でも、です。)

Img_4092 Img_4095 で、その蒸したて饅頭を、覚悟しながら(というのは、この蒸したて饅頭を受け取ってしまうと、なんとな~く買わなければならならないムードがあたりを漂い始めるような気がするんです)、愛想のいいおじちゃんから受け取り、景気の話などしていると、すぐ前の「たけとも食堂」を指差し、「石ちゃん、知ってる?いるよ」と言うのです。

「石ちゃんて、あの石ちゃん?」

Img_4097 Img_4107 そうです、あの「石ちゃん」でした。「三途の川」につきものの「賽の河原」ではありませんが、思わず目であたりをきょろきょろして、石ちゃんにつきもののパパイヤ鈴木を探してしまいました。が、番組が違ったようです。

この日、石ちゃんは「メレンゲの気持ち」(日本テレビ土曜日お昼の放送ですね。)、「石塚英彦通りの達人」コーナーの収録のようでした。

ご一報いただければすぐに削除いたしますが、番組宣伝と石ちゃん宣伝だと思って、写真の肖像権に関しては、大目にみていただければと思います。

Img_4102 しかし、石ちゃん、キャーキャー騒ぐファンに、惜しみないサービス。

さすがです。

それにしても、蒸したて饅頭受け取らなかったら、石ちゃんが草津に来たことを知らずに帰るところでした。

「賽の河原」のお参りもいい時間調整になって、お地蔵のような石ちゃんに会えたのかもしれません。

【石ちゃんが来ていた群馬県草津町から軽井沢町までの直線距離≒19マイル≒30km】

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2007年2月 5日 (月)

草津は今日も晴れだった

今日は、今冬3度目の草津行でした。

Img_3981 前回、前々回とも空は晴れ、道に雪は無く、ノーマルタイヤで湯畑まで辿り着けるという幸運に恵まれましたが、今日はさらにお空はピーカン、気温は上々、気分も上々。本当に冬なのかと疑いたくなるばかりの陽気でした。                                           

Img_4006 (草津からの帰りに、道の駅近くで見た気温表示計は13度を指していました。マイナスではありませんよ、念のため。なお、左は「エスパー伊東」が、かつて日本テレビの「投稿特報王国」でトタンに乗り、顔を引きつらせながら直滑降で下りてきた、草津国際スキー場天狗山ゲレンデの壁。)

Img_4036 (左は頂上まで見えた白根山と裏からみた浅間山。)

3度とも到着したのは平日の午前11時頃ですが、毎回湯畑周辺には多くの人が散策しており、下手をすると、前橋中心商店街の中央通リより人出が多いのではないかと思ってしまいます。

Img_4022 因みに、草津町の人口は7,552人(平成19年2月1日現在)。そして、平成17年度の観光客入込数(推計)は298万8,400人と推計されています。

単純計算で行くと、1日平均8,187人になります。つまり、人口よりも1日当たりの観光客数が多いということです。

観光客入込数だけをみれば、草津町をしのぐ市や町はありますが、こと宿泊客数に限るなら、平成17年度で191万6,700人と断トツ1位。1日平均5,251人になります。

Img_3994 同年度の群馬県の宿泊観光客総数の23.6%を占めます。つまり、大雑把に言えば、群馬県に泊まる人の4人に1人は草津町(温泉)に泊まっていることになります。

観光消費額(推計)でも、同年度で319億6千5百万円と、他を引き離しています。この金額は群馬県に落とされた観光消費額の21.7%に達します。

月による観光客数の増減が、余り大きくないのが草津町の特徴でしょうか。閑散月の1月、2月、6月でも20~23万人の観光客入込数を確保しています(ピークは10月、11月で28~29万人)。

Img_3995_1 (今日は大学のH先輩が経営する「源泉閣」で昼飯を摂りましたが、左は草津に行くと大抵寄る蕎麦の「柏香亭」の全景。「どんぐり」のハンバーグもお奨めです。)                                                                    

この観光客数を維持拡大しようと、3年後の完成を目指し、湯畑周辺の整備・改造大計画が、来年度(平成19年度)から本格始動するようです。

Img_4003 湯畑はそのままですが、湯もみショーの「熱の湯」や「白旗の湯」を取り壊し(確かそうだったと思います)、宮崎アニメの「千と千尋の物語」に登場する湯屋のような建物を建設。江戸情緒にあふれた町並みを復元するということです。

基本的に大賛成です。

ただ、問題はその施設をどう運営し、高水準のサービスを如何に維持していくかです。

Img_3988 「仏造って、魂入れず」に終わらせないことが、最大のポイントだと思います(左は。「光泉寺」の釈迦堂)。

そこで問題なのが、温泉リゾート地を支える人材の問題。

草津町は、群馬県でも中心部の前橋や高崎から遠く離れていることもあり、「元気の素」の若い人が働き手として定着しないそうです。

この問題は温泉リゾートに共通の悩みですが、群馬県内では、宿泊施設数がもっとも多い上、もっとも市部に遠く、若い人向けの「遊び場・溜まり場」の少ない草津町では、特に深刻のようです。

Img_3998 若年労働力は今後さらに減少していくことが明らかなだけに、旅館・ホテル経営者の危機意識には強いものがあります。

改善策は種々打たれているようですが、なお決め手を欠くようです。

ただ、若年労働力の定着問題は、業種を問わずいずこも同じですから、様々な工夫の中で解決策を見つけていくしかないでしょう(もちろん私もお手伝いするにやぶさかではありません)。

それにつけても、草津温泉は強酸性の泉質で知られますが、その威力は強烈です。

Img_3999 Img_4005 左は側溝の鉄蓋ですが、棒を差し込むところが、やや溶け始めています。またクルマのタイヤ近くの車体も同様にボロボロです。

飲めないと思いますが、毎日草津の温泉を飲むと、歯はいったいどうなるのでしょう?

Img_3991_3 実は明後日も草津町に行くので、訊いてみようかと思います。                

  (「光泉寺」の境内にある「歴代湯長供養塔」。さすが湯もみを売りにする草津温泉です)。

(写真はクリックしてみて下さい。)

【温泉番付東の大関(実質No,1)に決まってランクされる草津温泉がある草津町から軽井沢町までの直線距離≒19マイル≒30km】

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2007年2月 4日 (日)

節分の初鰹

節分の前日、天才料理人大ちゃんが包丁を振り回す、ではなかった、包丁を振るう「酒肴 久松」で若い友人と一献。

Img_3909 つれづれなるままにつれづれな話。この冬2回草津に行ったけど、2回とも雪がなかった話などをしていると、大将は面妖な話を聞かせてくれます。

もう初鰹がでたよ、だと。

年が改まれば、何でも「初」をつければいいってもんではありません。

いくら暖冬だからと言って、そりゃ無いだろう、どこかのすっとこどっこいが初詣に行ったついでに飲み過ぎて、冷凍庫に隠してあった鰹に初鰹のシール付けちゃったんじゃないの、と言っても取り合わず、正真正銘、天地神明に誓って初鰹が出ていたとのことです(さすがに仕入れてはこなかったそうですが・・・)。

暖冬の影響だからでもなんでもなく、もうこの時期、磯野カツオじゃなくて、初鰹がでるんだそうです。年々早まりついにこの時期まできたそうです。

Img_3927 その日の突き出しは、翌日の節分を意識してのことか「鰯の梅煮」。節分鰯の変則形。鰯をつつきながら、初鰹の話です。

桃も春彼岸も、柳も桜も、青葉もほととぎすもすっ飛ばして、いきなり初鰹。

桜も咲かないうちに初鰹とはあんまりですよね。出番を間違えています。

鰆の立場も考えてやってください、桜鯛の気持ちも汲んであげてください。そうすりゃいきなり初鰹だなんて、気の毒でとても市場に出せないはずです。

Img_3907 Img_3908 今はまだ、「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花」の季節。大東京に初雪がまだ降らないというじゃありませんか。それなのに、はや初鰹とは不届き千万な話です。

「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」です(ま、思い込みかもしれませんが)。

それを、豆まきしながら初鰹を食えというんじゃ、少し酷じゃありませんか。

左前方に湯豆腐、右前方に初鰹で酒を呑めといわれても、なんかつらいものがあります。

Img_3903 鴨だってまだ北には帰っていません。それなのに初鰹。

節分の翌日が立春で、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨を経て立夏です。このあたりなら、喜んで初鰹も食いましょう。

それをいきなり、鏡開きの餅がまだ残っているうちに初鰹。

しかしまあ先んずれば人を制す。鰹はいつでもどこかの海にいるのだし、厳しい競争の時代ですから機先を制そうとする気持ちが分からぬでもありません。

そのうち、お節料理に初鰹のたたきがつきものになる日も、意外に近いかもしれません。

【節分に初鰹を出さない見識のある「酒肴 久松」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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辻村寿三郎人形展を見に行く

すでに題名も内容も忘れてしまったのですが、小学生の頃、真っ暗な体育館の中で見た人形劇のきらびやかさ、おどろおどろしさ、劇的さだけは未だに覚えています。それが私の人形初体験。

Img_3971 各地の小学校を巡回する、ありふれた地方の人形劇団が、当時流行った情操教育の一環で呼ばれて演じたものだったのでしょうが、文化的環境レベルがゼロ度の私を震撼させるには充分でした。

高校生の頃は球体関節人形で有名なハンス・ベルメールがあちこちの美術雑誌で取り上げられていました。刺激的でしたね。で、当然四谷シモンの人形も知ることになります。

人形ではありませんが、佐久市立美術館で見た平櫛田中の「良寛」像も忘れられません。これが本当に木彫(もくちょう)なの?と、その危うい質感に驚いてしまいました。

河口湖に行くと与勇輝の人形が展示されている「河口湖ミューズ館」に寄ります。                  

※「河口湖ミューズ館」については下記参照。
http://www.musekan.net/default.asp

生身の人間とは違う、異次元の空間を生きている人形に時々出会います。静止していますが、次の動きが感じられるのです。そんな時、彼らの存在のほうが、か細い私の存在よりも、ずっと厳粛に思えます。

有体に言えば人形フェチかもしれません。しかしながら、同時に臆病な性格なので、集めた人形が夜中に密かに会話を始めることを思うと、怖くてとても収集する気になりません。

大人しく美術館などに収まっている人形を拝見するだけに留めています。

昨日朝、二日酔いのボーッとした頭で新聞を見ていると下のほうに「辻村寿三郎人形展」の案内が出ておりました。で、一も二も無く会場の「日本絹の里」(旧群馬町)に向かって出発しました。

しかし、途中、急ぐ道から見える浅間山が余りにきれいだったので、「イオン高崎ショッピングセンター」屋上に上がりこんで、浅間山ばかりでなく、あちこちの山を写真撮影。

Img_3944 「浅間のいたずら・・・」の浅間山です。初めて群馬県に来た東北の友人に、あれが富士山だ、と言ったら真顔でヘ~ッとしきりに感心するので本当のことを言えなくなった覚えがあります。

Img_3956 「裾のは長し・・・」の赤城山です。萩原朔太郎ばかりでなく、群馬の人間は東京からの帰り、この山が見えると「帰ってきた」と、思います。

Img_3952 榛名山です。真ん中が榛名富士ですね。この頂上から関東平野が一望できます。絶景です。この連山はあるスポットから見ると、小人国に迷い込んで捕らえられたガリバーのようにも、「白雪姫」に登場する7人の小人の横顔にも見えます。

Img_3948 妙義山です。絶対にここには魔女が住んでいます。大雨の日、おぎのやドライブイン辺りの国道18号線からこの山を見ると、あちこちから滝が流れ落ちます。

Img_3942 武尊山連山です。群馬県人でも、年々この漢字を迷い無く「ほたかやま」と読める人は少なくなっております。「日本武尊」も、迷い無く読める日本人が年々少なくなっております。

Img_3962 谷川連峰です。あの向こうが「雪国」ですが、前橋の人間にとっては、谷川連峰の麓も、充分に雪国です。               

Img_3946 長野の八ヶ岳連峰です(多分)。この麓の清里に、山口百恵ちゃんもタレントショップを出したような記憶があります。森昌子ちゃんではなかったと思います。

昨日は暖かな日だったので、午後になると霞んでしまうと思いましたので、「日本絹の里」からの帰りでは遅すぎると判断し、イオン高崎ショッピングセンター屋上に上りましたが、ウデを考えるとたいした違いは無かったようです。

Img_3964 写真を撮り終え、再度「日本絹の里」を目指したのですが、思い込みから、ここだと思って着いたところは「かみつけの里」や「土屋文明記念館」がある場所。自分の阿保さ加減を噛みしめながら、悔し紛れに八幡山古墳を激写。うららかな日だったので、散歩している人も少なくありませんでした。

Img_3965 で、漸く大回りの末、「辻村寿三郎人形展」を開催している(昨日は初日で3月12日まで)「日本絹の里」に到着。すぐ横の駐車場は満杯で、さすが辻村寿三郎と感心させられました。

なかなかの陳列品の数々でした。中でも十二星座に因んだ12体の人形群は圧巻です。必見です。懐かしい「新里見八犬伝」の人形も来館をお待ちしています。

Img_3966 展示品はすばらしいのですが、惜しむらくは会場の設備の貧弱さ。ここでは陳列に凝った演出を加えるのはむずかしかったようです。

「日本絹の里」の本来の展示物から考えれば致し方ないのでしょうが、照明や陳列手法を変えたら、印象はずっと違ったものになっていたかもしれません。

それにつけても、人形やプラモデル、鉄道模型などの企画展示を1年中やっているようなイベントホールが前橋か高崎にできませんかね・・・。

「思いっきり人形展」、「思いっきりプラモデル展」、「思いっきり鉄道模型展」、見たくありません?

【「辻村寿三郎人形展」をやっている「日本絹の里」がある旧群馬町から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】                                                                                                                                                                                 

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2007年1月16日 (火)

「メガマック」の誘惑に負けた私

月曜日の昨日(1月15日)朝方、「日曜の昼」というタイトルのメールが来着。

文面は、「やっぱ、日曜お昼はマックだよね!」の一行。発信人は、近くに住む、中学校の頃からの友達F氏。

始めは、何のことやら母子草?でしたが、少し経って、見られてしまったか、と合点した次第。

Img_3858 何のことは無い、一昨日の日曜、お昼にマクドナルド新前橋店に買出しに行ったのです。その目的は、ただひとつ。4枚パテの「メガマック」。

F氏はドライブスルーで待つ間、小生の行動の一部始終を、あたかも狙撃の準備をする「ゴルゴ13」に出くわしてしまったかのように、じっと息を殺し、動きを観察していたのでしょう。手に汗握っていたかもしれません。

Img_3861 中学校の同級生ですから、当然私とは同い年。しかしながら大きな違いは、大学生を頭に、高校生、中学生、小学生と、きれいに日本の教育制度に沿って、お子達がいること。

ですから、F氏は小学生の子供にせがまれて、マクドナルド新前橋店に来たのかもしれません(あるいは私のように「メガマック」食べたさに、我が子を出しにしたのかもしれません)。

Img_3867 姿を見たのなら、一声掛けてくれればいいのにね・・・(人が悪いよね)(~_~;)。

そんなことは露知らず、小生は一人だけで黙々と買出ししていたのです。ドライブスルーの、一般道までハミ出た長いクルマの行列に並ぶのが億劫だったので、空きのある第2駐車場にクルマを止めて、「メガマック」購入作戦を展開しました。

匍匐前進で接近せず、大胆にも店までてくてく歩き、静かにドアを押し、店の中を見渡し、「ゴルゴ13」のように、冷静にカウンターに近づくと、ゆっくりと「メガマック」を指差したことは申すまでもありません。

ただ、50歳のおっさんが、一人嬉しそうに店内で「メガマック」を頬張る訳にも行かないので、お持ち帰りです。「メガマック」のついでに、前々から気になっていた「えびフィレオ」も買ってしまいました。

その前日の土曜日は、高校のときの友人等4人で飲酒。

Img_3844 口開けの「なんばん亭」(と言えば、誰たちと飲んだか分かってしまうなあ・・・)で、K氏とM氏の共通の友人ミスターX氏が持ち込んだシングルモルトウイスキー2本(左の写真、すでに酔っているのでブレてます)を痛飲。

なんてったって、この日1月13日はM氏の誕生日だったのです。M氏は形ばかり家族で誕生日を祝った後、呼び出しの電話に追い立てられるように、「なんばん亭」に来た次第(私は掛けてませんよ)。

思えば罪なことをするものです(まッ、男子高校出の我々ですから仕方ないんです。そういうことで、度胸試しをするんです)。

そのあとも、どこぞにしけ込んだようですが、残念ながら、アルコールの霧に巻かれ、その時の記憶はなし。

というような夜を過ごした後に、何故か「メガマック」、急に食べたくなってしまったのです。

5年ほど前、『ファストフードが世界を食いつくす』(エリック・シュローサー著、楡井浩一訳、草思社刊、税抜き1600円)を読んで以後、ハンバーガーは食べまいと誓ったのですが、二日酔いの自制心はゆるゆるで、知り合いなど誰も見てやしないという不適な考えに、かつての誓いは脆くも崩れ去りました。

パテ、4枚です。その誘惑に勝てませんでした。コマーシャルの映像が浮かんできてしまうのです(かつて、初めて「フィレオフィッシュ」を食べたとき、感動したのは私だけでしょうか?)。

そんなこともあり、ちょっと、メガマック買いに行くのは後ろめたかったのです。

Img_3854 Img_3855 で、始めは体裁をつけるため(なんの体裁にもなりませんが・・・)、とってつけたように、話題の不二家のレストランを偵察したのです(見事にガラガラでした)。お菓子類も完全撤去されておりました。

不二家のレストランを敬遠したお客が回って来たのか、マクドナルド新前橋店、店内もなかなかの混み具合でした。

昨年(だと思います)、「週刊ダイヤモンド」に「マクドナルド残酷物語」を書かれ、その苛斂誅求ぶりが話題になったりしましたが、営業時間拡大と新商品投入で業績は急回復だそうです。

しかし、やはり、マクドナルドの店舗で働く人たちには、作り笑いひとつありませんでした。注文追加の促し声掛けも忘れ、ただ黙々と、ひたすら立ち働いておりました。

二日酔いの「メガマック」、酒にただれた胃袋にかなりズシンと来ました(そのあと、えびフィオレにトライしたのですが、半分でギブアップでした)。

この年で、こんな阿保をするのですから、♪もう若~くないさと~ッ、誰にも言い訳できません。

そればかりか、天網恢恢、疎にして漏らさず。しっかりハンバーガー購入の現場を目撃されてしまいました。深く反省し、『ファストフードが世界をくいつくす』読了後の初心に返って、禁欲生活を再度始めようと思います。(うちにはマクドナルドのマニュアル無いので、一度に食べ切れなかったハンバーガー、廃棄せず、あとでチンして食べました)。

【このあいだの日曜日、かなり混んでいたマクドナルド新前橋店がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年1月13日 (土)

納豆が消えた

一昨昨日(さきおととい)あたりから、納豆蒸発報告が次々に寄せられています。

1パック90円、100円の商品ばかりでなく、ちょい高の「こだわり納豆」のたぐいまで、食品スーパーの納豆の棚の商品すべてが、きれいさっぱりなくなっているというのです。

昨日、夜7時過ぎでしたが、近くの食品スーパーに行って確かめて参りました。

話の通リ、1パックとして納豆が見当たりません。で、納豆が並んでいるはずの棚には、置手紙がありました。

「中国に行ってまいります」。

ではなくて、フジテレビの番組「発掘 あるある大事典」に取り上げられたせいか、それ以後爆発的な売れ行きになっており、品薄状態で入荷が思うようになりません。ご不便をお掛けします。そのような文面の張り紙ポップがありました。

人づてに放送内容を聞くと、何でも、朝晩1パッックずつ、2週間納豆を食べ続けるとダイエットできるとか・・・。

(そりゃそうだろう。1日2パックの納豆だけで2週間暮らしたら、そりゃ痩せるだろう、とちゃちゃを入れたくもなります。放送された番組、見ておりませんので御免なさい。m(__)m)

この断り書きが無ければ、食品スーパーによっては、経営不振で納豆も仕入れられなくなってしまったか、と誤解されてしまいます。誰も彼も「発掘 あるある大事典」を見たわけではないでしょうし。

それにしても、ついに、納豆製造業界も逆襲に出たのでしょうか?納豆の有り難味を思い知らしてやろう、なんて。

包装材料は値上がりし、大豆の国際相場も上がっている。しかしながら食品スーパーの安売りの目玉にされ、これじゃとってもやってられない、と業界の知恵者が仕掛けたイチかバチかの大芝居。はたまた、納豆蒸発事件の背景には穀物メジャーの恐るべき陰謀があった、なんていうこと、ないですな。

日本テレビの「おもいッきりテレビ」とともに、食品スーパー店長必見のテレビ番組であるフジテレビの「発掘 あるある大事典Ⅱ」。

1月7日付の新聞を引っ張り出して、「ラテ欄」を見てみると、内容紹介枠には「正月太りは食材Xで解消・我慢せず食べるだけ?2週間に3キロ減の新法則で中性脂肪減」と気をもたせた書き方です。

納豆なら、「食材X」ではなくて、「食品X」でよかったんじゃないか、などとヒヒジジイになったもんですから(昨年姪に子供が生まれ、その子からみると、御祖母さんの弟で、大叔父になったのです!)、文句のひとつも言ってみたくなります。

「食品X」ではなくて、「納豆」とはっきり出ていれば、少なくと、番組を録画するくらいは、していましたね(ヒヒジジイのいちゃもんです)。

それにしても悩ましきは納豆メーカーの社長。スーパーなどからの、矢の催促に応えなければなりません。

急遽、大量に包装材料、大豆を追加発注しなければなりません。ボイラーの燃料もです。人手も集めなければならないかもしれません。発注した原材料を一時保管する場所の確保も、余計に必要になるかもしれません。

普段と違う業者から仕入れるとなれば、これらを手当てするために、お金も用意しなければでしょう。

なんてったって相手は、生死を握る食品スーパー。これに応えなければ、このブームが終わった後、商品を置いてもらう棚のスペースが無くなるかもしれません。それに、売り先がなくなったら、大慌てで追加発注した原材料が「寝て」しまいます。

窮地を救ってこそ有難がられる訳ですから、もう寝ずの騒ぎでしょう。

ダイエット効果は、2週間食べ続けることが前提でしょうから(2週間目の朝に、突然3キロ体重が減るのでしょうか?番組見てないので分かりません。m(__)m)、少なくともあと1週間くらいこの騒動は続きそうです。

(この騒動を知って納豆ダイエットを始める人もいるでしょうから、もう少し長く続くでしょうが・・・)。

納豆メーカーの社長さん、倒れないようにしてください。あと少しの辛抱です。

ただ、納豆メーカー社長さんのがんばりに報いるためにも、2週間経って、あちらからもこちらからも、ダイエット効果が確認できたとの歓喜の声が上がることを願ってやみません。

その時には、納豆メーカー社長並びに社員および関係者の皆さんの、命を賭した奮戦があったことを思いましょう。

そして、関西でも盛んに納豆が食べられるようになり、納豆市場が拡大することを祈ってやみません。

(関西の人は、関東人はご飯の上に甘納豆を乗せて食べていると思っているようです。関東人、そんなことしません。しかし、ほかほかのごはんに甘納豆を乗せて、その上から牛乳掛けて食べたら、意外に旨いかも。)                                                

※追記
Img_3840 今日午前中、食品スーパーに行ったら、結構ありました。甘納豆でごはん食べなくても済みそうです。                                

【納豆をつくる、町の電気屋さんがある群馬県の四万温泉から軽井沢町までの直線距離≒25マイル≒41km】

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2007年1月 9日 (火)

前橋初市を覘く

今日1月9日は、前橋4大イベントのひとつ「前橋初市」の日(前橋4大イベントは1月の「前橋初市」、7月の「前橋七夕」、8月の「前橋花火大会」、10月の「前橋まつり」)。

Img_3771 Img_3762 老いも若きも、男も女も、子供も大人も、犬も猫も、アリもゾウさんもこの日を指折り数えて待っているという前橋(並びに周辺)人間心待ちの日です。

で、仕事の合間を縫って、駆け足で写真だけひたすら撮りまくりました。

Img_3768 Img_3785 例年この日は寒波が襲来して大寒むの日になります。今年もまた例外でなく、足元から寒さが這い上がってきました。とてもパッチ(ももひき)無しでは耐えられません。

寒(さ)っみ~ッ!と言いたいところですが、昨日のブログに書いたように、水沢の観音さんに、今年一年寒い暑いは口にしませんからいい年になりますように、とお願い申し上げたばかりですから、間違っても、寒(さ)っみ~ッ!と言いませんでした。

Img_3772 Img_3757 そればかりでなく、「前橋初市」本部前では、大声を張り上げて甘酒売りのボランティアに励むM工業社長(と言っても義理の従兄)が、しきりに「寒みいだろう、温まるぜ」と言って奨める甘酒をご丁重にお断りしたくらいです。

しかし何を勘違いしたかM社長(甘酒では不満と思ったのでしょうか)、「奥に酒あるでぇ」と耳元で囁く始末。そんなに飲みたげな顔してないつもりなんですが・・・。

それにしても、昼日中だと言うのに、結構な人ごみでした(初市の本番は夜)。

普段閑散としている町は、巣鴨とげ抜き地蔵の縁日も凌ぐ人、人、人。

Img_3787 犬だってこの騒ぎに戸惑います(このわんこ、黒のところを赤く塗ってもらえば、今日のナンバーわん、でした。m(__)m)。

屋台が並び、だるま商が軒を連ねる国道50号線は、裏原宿状態となっておりました(原宿と客層がだいぶ違いますが・・・)。

Img_3766 このお父さんのファッションなんかイカしてるでしょう?もとい、いけてるでしょう?殆ど白だるま、です。                                 

                                            

Img_3805 群馬テレビの方たちも、レポーターの方に「たらこ」被せて撮影しておりました。そのかたちが、だるまに似ていると言われれば、似ていなくもありませんが・・・。

(「たらこ」着ぐるみ、暖かそうでした。「たらこ」被せるという、ちょっとズレた感じ、いいでしょ?たまらんくらい群テレ!どこから見ても「たらこ」ですが、私、好きです。ついでに言えば、テレビなのに動かない紙芝居CM、私好きです。いつまでもやめないで下さい)。

Img_3760 お巡りさんたちは、夜の本番に備えて体をならしておりました。          

                                            

                                             

Img_3792 中央通リも、人人人、人人人、人人人。

普段と違うのは、屋台が並んでいるだけ(では)なんですけどね。

4番街、8番街の再開発後はこんな賑わいになれば、と思うのは私だけでしょうか?

Img_3797 立川町通りでは、「上州八木節隊」(本当のチーム名分かりません。御免なさい)がすでに演奏と踊りを開始。

気持ちは奮い立っていたでしょうが、少し寒そうでした。

Img_3800 おばさんたちも、子供に返って屋台に釘付け。品定めの目は、厳しい。                   

                                            

Img_3801 こちらでは刃物類の大安売り。春の農耕(家庭菜園)に備えて、鎌など物色してる方が多かったですね。売り手のおじさんの紙コップの中は、お酒でしょうか?

Img_3802 熊手もあります。これに達磨、招き猫ですから、最強の布陣です。

しかしそれにしても、不思議でならないことがあります。だるまのモデルである達磨大師は中国禅宗の開祖。「面壁9年」のお人です。

なのに何故だるまは、その多くが神棚に飾られるのでしょう?神仏習合ですか?

Img_3776 でも、だるまの本格生産は、江戸時代からのように聞いています。最近こそ小さいだるまもありますが、意外に、仏壇に飾るには大きすぎるため、だったりして・・・。

まッ、そんなことはどうでもいいですね。

Img_3781 縁起だるまは、「七転び八起き」。決して「七転八倒」ではありませんので、念のため。

前橋の初市で買い逃がした人は、伊勢崎で買ってください。その後は中之条でも買えますが、高崎の豊岡なら一年中買えます。

今年は地方統一選に参院選の選挙イヤー。だるまさん、目が回るほど忙しくなりそうです。

Img_3807 なお、左の方は前橋八幡様の神職U氏(宮司さんのお友達)。初市の日、この方と握手をすると、その年無病息災に過ごせます(今のところ、私の場合だけですが・・・)。

いい顔してるでしょう?(だるまより、どちらかというと狸の置物。こんなこと言うと、バチが当たりますな、御免。m(__)m)。                               

(写真はクリックしてみて下さい。)

【初市があった群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2006年12月19日 (火)

久々のブログ更新

長いことブログを更新しなかったため、メール、電話で大勢の方にご心配いただき誠に恐縮千万です。

ブログを移転したのかとか、風邪で寝込んだのではないかとか、ノロウイルスにやられたのではないかとか、一家心中しちまったのではないかとか、いろいろご心配をおかけしたようです。

理由は単純。単にブログを更新する時間的余裕がなかっただけです。大急ぎのお手伝い仕事があった上、忘年会シーズン。誘われれば断らないタイプの性格が災いしております。

mixi日記は少し書き込んだのです、それでも。

それでもマイミクにご心配をかけてしまいました。

お手伝いしている仕事が一段落しましたので、また通常のペースを取り戻したいと思います。

先週の土曜日(12月15日)が忙しさのピークでした。

Img_3483 前の日飲み会で本当はゆっくりしたかったのですが、午前10時半に安中市の磯部温泉に行って、舌切り雀のお宿で有名な「ホテル磯辺ガーデン」のT専務に面談。

午後1時に水上温泉の「水上館」にアポイントがあったので渋川インターチェンジから関越自動車道に乗ってみなかみ町へ。

Img_3491 Img_3494 途中、高速道のガソリンスタンドのガソリン価格の写真を撮りたくて、赤城高原サービスエリアに寄り道。

「水上館」には約束の午後1時に、ぎりぎりセーフ。

(左は「水上館」のコーヒーラウンジから撮った雪の谷川岳と「水上館」の下を流れる利根川の脇にある水上温泉の源泉。)

Img_3507 Img_3508 ところが、業界の研修旅行に月曜日から台湾に行かなければならないと言っていた(それで急遽土曜日にお伺いした次第)、アポイント相手の女将は風邪でお休み。

しかし、代わりにお話を承っておくように言われています、といって登場したEさんはすこぶるつきの美人。思わず鼻の下を長くして、用件が終わっても一生懸命話を長くしたことは、ここだけの話にしておいて下さい(思い出して、舌がもつれてしまいました)。

次の予定がなかったら、すぐさま「今日、部屋空いてます?」と訊くところでした。

Img_3509 Img_3511 後ろ髪を引かれる思いで、泣く泣く「水上館」を後にしたのですが、ここまで来たのならブログ用に谷川岳の写真を撮ろうと思って、雪が無いのを幸い、大穴から湯檜曽、土合さらには一の倉まで行こうとクルマを飛ばしたのですが、谷川岳ロープウェイから先は冬季閉鎖(昨日みなかみ町は雪だったそうです)。 

Img_3512 Img_3530 仕方なくバックして、昼飯でも食べようとみなかみ町幸知(大穴の近く)にある、そば処「角弥」へ。

「かもせいろ」を注文しても一人ですから運転のこともありお酒は飲めず、蕎麦だけ食べて、ここでも泣く泣くお帰りでした。

Img_3534 悔し紛れにみなかみ町の「小荒井製菓」に寄って名物「生どら焼き」をやけ食い。ついでに全日本もなか党前橋支部庶務係(支部長から降格)ですから、自分用最中を購入(うちは私以外、きんつば、羊羹、最中、大福、田舎まんじゅう等の「あんこもの」は食べないんです)。

3番目の目的地である上牧温泉「辰巳館」に着いた時には午後3時を回っていました。

Img_3535 用を済まし、途中「永井食堂」に寄って、完食すると伝説の人になれるという大盛りモツ煮定食を食べる元気はないので、クリスマス用特別持ち帰り用「もつッ子」なんていうのもないので、普通の「もつッ子」を買い込んで一路4番目の目的地である伊香保温泉へ。

Img_3537 「松本楼」(写真は別館になる「ぴのん」)では手早く用事を済ませたのですが、「松本楼」を出たときは午後4時を過ぎておりました。

家に忘れ物を取りに寄ってから前橋市内某所の会合へ。

Img_3539 高木政夫前橋市長にご挨拶するのもそこそこに、その日の忘年会の会場である吉井町の「花邑」さんへ。

二次会は高崎に流れ、帰還したのは翌日午前4時でした。

忙しいといいながら、こう書いてくるとただ食べたり飲んだりしているだけのような気がしないでもありません。

おまけに、間抜けにも、みなかみ町の日帰り温泉施設「湯テルメ谷川」に久しぶりに入れるのではないかと、着替えのパンツやシャツをを持って行った、いい年こいた私はいったい何なんでしょう?

翌日目が覚めると、「佐野プレミアムアウトレット」に行ってきます、の置手紙がコタツの上にあり、我が家はもぬけの殻。

Img_3560 仕方なく生まれて初めて上信電鉄に乗って、馬庭駅で下り、「花邑」さんまでクルマをとりに行きました。

こんなことの繰り返しで、ブログまで手が回らなかった次第です。文章にしてなぞってみると「効率的」でないことが良く分かります。反省・・・。(ーー;)

【すこぶるつきの美人Eさんがいる、みなかみ町の水上館から軽井沢町までの直線距離≒37マイル≒59km】

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2006年11月17日 (金)

60億円という数字

西武ライオンズ、松坂大輔投手に対する30日間の独占交渉権が、約60億円で、米大リーグのボストンレッド・ソックスによって落札されたことが話題を呼んでいますが、60億円という数字、皆さん実感できます?                                          

                                                      

来年3月オープンと伝えられる「けやきウォーク前橋」とモロに激突すると思われるイトーヨーカドー前橋店の年間売上高は、平成12年度に70億65百万円だったそうですが、デフレや競合状況を考えると最近の売上高は60億円台になっているように推察されます。

しかし、60億円は1万円札で60万枚、100万円の6,000倍ということは、まあ計算できますが、それでもなかなか分からない。

毎日1万円使い続けて、60億円を使い切るには、1644年かかります(インフレ、デフレは考えないで下さいね(*^。^*))。

1644年と言う時間は、日本史で言えば、弥生時代の紀元1年から、江戸時代に入って、保科正之が会津藩で藩政の改革を進める頃まで、毎日1万円使わなければならない訳です。1644年は、3代将軍徳川家光の時代です。

1644年間というと、当時の人の一生が50年としても、およそ33回生まれ変わらなければならない勘定になりますね。