2008年1月 7日 (月)

湘南までのセンチメンタルな旅(その4)

高崎インターチェンジ→鶴ヶ島ジャンクション→日の出インターチェンジ→国道16号線→八王子バイパス→橋本五差路→国道129号線。

優秀なナビゲーター、つまりワタクシのことですね、の存在があったことから、きわめて順調な走行でした。ただ、この調子で書き続けていくと、永遠にこの『湘南までのセンチメンタルな旅』が終わらなくなってしまいそうなので、以下写真でお茶を濁します。

Img_4540 左は「寒川神社」での記念撮影。寒川神社に着くまえに、海老名市にあるショッピングセンターの「ビナウォーク」に寄り、立ち食いそば屋を探したのですが、発見できず、まだ店が一軒も開いていない「ビナウォーク」をうろうろしただけで撤収。
※「ビナウォーク」に関しては下記参照
http://www.vinawalk.com/top.php                

みんなが見たいなどとは一言も言っていないのに、相模大橋を渡って小田急小田原線本厚木駅近くの「どんぐり公園」横にあるワタクシの単身赴任時代のねぐらであったマンションを強制見学。                                            

そこから2~3分の、まだ開いていない「麺や食堂ブラジル」、同じくまだ開いていない「本丸亭」の、厚木市を代表する2軒のラーメン店横を通過。
※「麺やブラジル食堂」に関しては下記参照
http://tokumei-kk.hp.infoseek.co.jp/kanagawa/brajil.htm
※「本丸亭」に関しては下記参照
http://park6.wakwak.com/~littlebass/ra-men_honmaru_atu.html       

Img_4544 一旦国道129号線に出たのですが、どうしても「湘南銀河大橋」を渡りたくなって旧道に入り、「銀河大橋だぞぉ~!」とか言いながら、ようやく寒川神社です(左は寒川神社拝殿をバックにした、昨年医者役で俳優デビューした、本当は「お地蔵さん芸術家」の小林ジゾードーさん)。            

寒川神社参拝の後は、そのまま県道「相模原茅ヶ崎線」を南下して、カツカレーを筆頭に「メガ盛」で有名な、これもまだ開いていない「入澤食堂」を「ここ、ここ。ここが有名な入澤食堂!」と簡単明瞭に説明して、通過。
※「入澤食堂」に関しては下記参照
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Toys/4250/bgourmet/irisawa/irisawa.html                    

Img_4555 で、ようやく第2目標地点の昼食予定地である「あさまる」に到着したのですが、なんか様子が変。で、ワタクシが偵察に行ったのですが、「が~ん、お休みでした」。年末年始休暇だそうです。                      

で、予定変更し、すぐ近くの「えぼし」へ。                      

                         

Img_4557 こちらは、通常通り営業しておりました。                      

写真は地元民加山雄三を装って、店の中を覗く、去年俳優デビューした小林ジゾードーさん。                        

                        

                                                

Img_4564 いろいろと注文したのですが、お腹が減っていたので食べるのに忙しく、何れも写真撮影に失敗。             

辛うじて、左の写真が残っている程度です。  

考えてみれば、ここでの食事がこの日初めて食べる食事らしい食事でした。   

殆ど、①の状態。ついでに、②のような結果になっても知らないよです(パソコンの音声をオンにして、クリックしてね)。
http://jp.youtube.com/watch?v=Gkq7HLBe178&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=p9Zt8mn14hY&feature=related  

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【「えぼし」の本店がある茅ヶ崎市から軽井沢町までの直線距離≒84マイル≒134km】

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2008年1月 4日 (金)

湘南までのセンチメンタルな旅(その3)

Img_4509 「歳末買出し厚木・湘南日帰り弾丸ツアー」の前の日の12月28日には、事業のお手伝いをしている会社の忘年会が、ワタクシにとって2007年最後の忘年会として高崎でありました。

一次会が始まるまでは、明日は早いのだから早く帰らねばならぬ、と心に固く誓っていたのですが、写真のような乗り乗りの会だったため、二次会まで参加してしまったようです(明確な記憶が無いので、ごめんね)。

Img_4506 昔から「意志薄弱、胃は強固」がキャッチフレーズのワタクシですから、まあこれもやむ終えない結果です。

(心情としては、もっと弾けている写真を載せたいのですが、断腸の思いで、割愛です)

弾丸ツアー当日の朝は、「自宅近くまで迎えに来てもらう作戦」が功を奏し、午前6時15分の待ち合わせ時間には楽々セーフでした。

朝まだきの道端で、何台ものクルマをやり過ごしながら、待っている時間があったくらいです。

午前6時過ぎは、まだクルマがヘッドライトをつけて走る時間でしたが、仲間が乗っている車というのは、初めてご対面のクルマなのに、遠くからでもあのクルマがそうだと分かるんですね。

クルマなんて、見た目、鋼鉄の塊でしかないのに(もちろん鋼鉄だけでできている訳ではないですが)、なんとなくワタクシを探しているのが分かるのです。

Img_4537 残念ながら、曇り空時々雨の生憎の空模様でしたが、これもまた良し、です(写真は合流した面々)。

合流出来てホッとし、目指すは第一目標の神奈川県寒川町にある相州一之宮の寒川神社。

ビートたけしの一番上の兄さんが茅ヶ崎市に住んでいることから、寒川神社のお札をご母堂のために受けた、という話をビートたけしがなにかのテレビ番組で話したのを聞いた覚えがあります。

助手席に身を納めたワタクシは、ナビゲーター役で、運転はお役目御免ですし、高性能の本物ナビゲーターが搭載されている車でしたから、ナビゲーター役もまあそれほど真剣にやらなくとも良い訳です。

となれば、二日酔いのワタクシがやることはひとつしかありません。言うまでも無く、書くまでも無く、そう、二日酔いをひどくしないために(?)、ビールを飲むことです(所謂迎え酒ですね)。

村上春樹の小説『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の「ハードボイルド・ワンダーランド」部分の、機会さえあればビール(&ウィスキー・オンザロックス)を飲んでいる主人公のように、用意してくれていたビールを助手席で飲み始めました。

(しかし、あの主人公は、アルコールを飲んでも平気でクルマを運転しますから、今ならたちまち逮捕です。もっとも『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は、改正道路交通法施行のはるか前、1985年刊行の小説ですが・・・。)

それにしても、久しぶりに厚木に行くのかと思うと、やはりセンチメントが刺激されてしまいました。

この時点で、気分はもう殆どワタナベ君でした。同じ村上春樹の小説『ノルウェイの森』のワタナベ君です。

万一これで、BGMに『ノルウェイの森』でも流れていたら、「泣ける曲だなあ」と言って笑うところでした。
※『ノルウェイの森』はこれです(パソコンの音声オンにしてね!)
http://jp.youtube.com/watch?v=fvm6Q1EWD54&feature=related

前の日、28日も多くの人の前で、一番お気に入りなのは、ボサノバをバックに海を見ながら、マーマレードを付きのコンチネンタルブレックファーストを食べることです、と血迷ったことを口走ってブーイングを浴びてしまいましたが、この日の湘南行が、すでに頭のどこかに盤踞していて、センチメンタルなホルモンを分泌していたのかも知れません。
※例えば、代表的な『イパネマの娘』です(パソコン音声オンにしてね!)
http://jp.youtube.com/watch?v=iXWqLGsXgnU

秋の日に、きらきらと光る海を見ながら波打ち際を歩くには、ボサノバが合うに違いないと、厚木に単身赴任していたときには、偏執狂的に思っておりましたね。                                

もちろん『ノルウェイの森』が出たついでに言えば、『ミッシェル』でもいいんです。『ハーデーズナイト』は駄目ですけれど・・・。
※『ミッシェル』はこれです(パソコン音声オンにしてね!)
http://jp.youtube.com/watch?v=_Xl8YtgDAKc&feature=related

せっかくセンチメンタルな気分なのに、陽気な仲間は、ワタクシの沈黙をほって置いてくれません。違いました。センチメンタルな気分に落ち込むのがイヤなので、ワタクシがしゃべり続けておりました。

「つらいねぇ。飲みすぎて、睡眠不足だよ。みんなはマージャンで眠いだろうけど。昨日の28日はともかく、その前の27日も4軒ハシゴしたんだもの」。

誰も問い詰めていないのに、自らの罪状を白状してしまいました。本当は、気分を明るくするために渡辺貞夫の『カリフォルニア・シャワー』でも聞きたい気分でした。しかし、真情は『黒いオルフェ(カーニヴァルの朝)』でしたね。
※『黒いオルフェ』はこれです(パソコンの音声オンにしてね!)
http://jp.youtube.com/watch?v=cloRRu1-Du0

それにしても、クルマの限られた室内スペースで、アルコール臭くタバコ臭いワタクシの息によくみんな何も言わず、我慢してくれていたものです。

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【ワタクシが村上春樹の小説を思い出してしまった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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湘南までのセンチメンタルな旅(その2)

で、ワタクシが頭の中で組み立てた「歳末買出し厚木・湘南日帰り弾丸ツアー」の日程は以下の通りでした。

前橋市→「寒川神社」(相州一之宮、寒川町)

「寒川神社」→「あさまる」(昼食、茅ヶ崎市)
※「寒川神社」に関しては下記参照
http://www.samukawa-jinja.or.jp/index02.htm

「あさまる」→「湘南平」
※「あさまる」に関しては下記参照
http://shirasu.biz/?mode=f3

「湘南平」→「井上蒲鉾店」(大磯町)
※「湘南平」に関しては下記参照
http://yakei.jp/db/summary.cgi?row1=syonan

「井上蒲鉾店」→「小田原さかなセンター」(西湘バイパス経由、途中SAに寄って小休止&トイレタイム)
※「井上蒲鉾店」に関しては下記参照
http://oiso-inoue.hp.infoseek.co.jp/

「小田原さかなセンター」→「山安」(干物安売り店)
※「小田原さかなセンター」に関しては下記参照
http://odawarapr.fc2web.com/asaich.htm

「山安」→「小田原城」
※「山安」に関しては下記参照
http://www.himono.org/

「小田原城」→「ヤナギヤベーカリー」(同じ小田原市にある「守谷のあんぱん」とともに有名なあんぱんの店)
※「小田原城」に関しては下記参照
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/Leisure/Castle/tennsyukaku.html

ヤナギベーカリー」→「鈴廣蒲鉾」
※「ヤナギヤベーカリー」に関しては下記参照
http://www006.upp.so-net.ne.jp/cstable/magvol9.html

「鈴廣蒲鉾」→「酔笑苑」(小田原厚木道路経由。時間があれば「鈴廣蒲鉾」ではなくて「籠清」に変更)
※「鈴廣蒲鉾」に関しては下記参照
http://www.kamaboko.com/index.html

※「籠清」に関しては下記参照
http://www.kagosei.co.jp/

「酔笑苑」→前橋市(関越道、圏央道経由)
※「酔笑苑」に関しては下記参照
http://www.suishoen.com/

自分でもこれはちとハードスケジュールだな、駆け足ではなくてダッシュが必要なスケジュールだなと思ったのですが、その一方、まあこの線に沿って行けば、ほぼ厚木・湘南のあらかたはカバーしている、さすが伊達に2年間厚木市に単身赴任していた訳ではないなと自画自賛の計画です(個人的にういろうというお菓子を積極的に食べるほうではないので、小田原のういろう屋さんはカットしてしまいました)。

厚木市の「酔笑苑」に口開けの午後4時に入店し、午後6時に店を出て、ひどい渋滞に巻き込まれなければ、計画通り午後9時には前橋に着く、という計算です。

個人的には、同じ厚木市なら「酔笑苑」ではなくて「吾照里(オジョリ)」の方がお奨めなのですが、時間的に無理ですし、予算も「酔笑苑」と段違いになってしまいます。
※「吾照里」については下記参照
http://www.ojori.jp/restaurant/honatsugi/index.php

話のきっかけが「酔笑苑」に行くことと海を見ることでしたし、「酔笑苑」的な混雑をする店が前橋にないので、これを見ておくのも後学のためと思い、やはり「酔笑苑」で決まりです。

ところが、実際は、およそ2年ぶりに訪れた厚木・湘南に思い出が多すぎて、迷走の「歳末買出し厚木・湘南日帰り弾丸ツァー」になってしまいました。

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【「歳末買出し厚木・湘南日帰り弾丸ツアー」の起点となった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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湘南までのセンチメンタルな旅(その1)

どちらかというと、「判断はできるけれども決断できないタイプ」なので、「時の過ぎ行くままに」的にこの50年余りを暮らしてきてしまいました。

で、今回の「湘南行」にしても殆ど「瓢箪から駒」的な決まり方。

Img_4126 決定場所は15年くらい続いている、年会費ゼロの月一異業種交流飲み会「八夕会」の、「そば処 はせ川」で行われた昨年の忘年会でのこと(写真は「そば処 はせ川」の宴会客を待つテーブル)。

話が、ワタクシが神奈川県の厚木市に単身赴任していたころのことになり、なんで遊びに呼んでくれなかったんだ、の大合唱になり、確か厚木市には「酔笑苑」という有名なホルモン焼き屋があるはずだ、という話になり、防戦一方のワタクシは苦境を脱する方便として、12月29日なら厚木市まで案内できるよ、と口走り、乗りのいい面々ですから、じゃ29日厚木市に行こう、ということになってしまいました。

Img_4130 (写真は「そば処 はせ川」の客間の床の間にあった、まだ「なんでも鑑定団」に鑑定依頼していない、鶴一羽当たり10万円と言われる掛け軸←もちろんウソですよ)

※「酔笑苑」に関しては下記参照
http://www.suishoen.com/

午前6時集合、午後9時解散の日帰り日程。集合場所は前橋市広瀬町の「ハッピータイム本部」。

群馬県前橋市から神奈川県厚木市ならびに湘南周辺への、感じとしては「年末買出し日帰り弾丸ツァー」です。各自手帳と相談して、最終的に参加者7名が決定。

※「ハッピータイム本部」への地図等に関しては下記参照
http://www.maebashi-town.com/review/mb020078

Img_4132 (写真は「そば処 はせ川」の宴会用前菜とお造り)

クルマはT農産のK常務が出し、運転はT資材のT社長とK常務が交代で務めることも決定。ことは恐ろしい速さで、ワタクシの意志を離れたところで、次々決まってしまいました。

哲学的にはこれを「疎外」と言うんでしょうね。サルトル、カミュの実存主義に繋がっていく貴重な概念です、なんちゃって。

実際は酔っ払いの一言が、「瓢箪から駒」的に、ただ具体化されてしまっただけ。

そうなると、「すべては神の御心のままに」的になってしまうワタクシです。

Img_4134 (写真は「そば処 はせ川」で出た、締めの蕎麦。旨かったですよ。正直に申し上げると、お昼に食べる蕎麦と違うように感じました)

ツアー決行日の前日である28日は2007年最後の忘年会予定があったワタクシは自宅近くまで迎えに来てもらう手はずを整えました。

最後の忘年会に関しては、もちろん早く切り上げる心算でしたが、アルコールを飲まずに忘年会に参加することが不可能なワタクシにとっては、やはり集合場所である「ハッピータイム本部」まで早朝クルマで行くには、リスクが高すぎます。

そのくらいの知恵はついたので、少しは進化しているようです。

※「そば処 はせ川」への地図等に関しては下記参照
http://www.maebashi-town.com/review/mb000859

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【年会費ゼロの月一異業種交流飲み会「八夕会」が2007年忘年会をおこなった「そば処 はせ川」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年12月 2日 (日)

藤岡市鬼石町には「愛媛県」と「青森県」が同居する「桜山」がある

Img_3583_2 左の写真はちょっと異な風景でしょ?  

手前は桜、後ろは紅葉。で、写真を撮った季節はいつでしょうか?        

正解は、冬のはずの今日です。     

うららかな天気に誘われて、10年ぶりくらいに、「冬桜」で名高い群馬県は旧多野郡鬼石町(現藤岡市)にある「桜山」に出かけましたが、7,000本の規模になったそうです。                                            

Img_3608 誠に慶賀に堪えません。知名度が高まったせいなのか、駐車場のクルマのナンバーを見ると、2台に1台くらいの割合で県外ナンバーでした。            

「冬桜」、「外貨獲得」のために頑張っております。                  

ところで、冬に咲く桜だけでびっくりする人が少なくないと言うのに、10年ぶりに行って魂消たのは、この「桜山」の麓ではみかんが、上のほうではりんごが一緒に収穫できるようになったことです。         

Img_3621左の写真は「桜山」の麓で見たみかん畑。

                        

Img_3617 「桜山」の上のほうに行くと、左の写真のようにりんご畑があります。        

                        

Img_3626 みかんは「桜山公園」に行く途中の沿道でも販売しています。           

                        

Img_3573 もちろん、駐車場に出ていたテントの産直売店にも収穫されたみかんが売っていました。      

                        

Img_3613 りんごもです。               

                        

Img_3604 10年前にもりんごは売っていましたが、みかんは見かけなかったように記憶しております。              

ワタクシが小学生の頃(今から30年以上前)、みかんの栽培北限はひとやま南の埼玉県寄居町でした。        

それが今は群馬県藤岡市鬼石町です。                      

ひとつの山でみかんとりんごが収穫できるのですから、言わば、愛媛県と青森県が同居しているようなものです。                    Img_3611      

地球温暖化がなせるワザなのかどうか分かりませんが(品種改良のなせるワザかもしれません)、みかんは温暖な気候の地域の、りんごは寒冷な地域の代表的な果実と小学校のとき習ったので、今日はひどく頭が混乱し、疲れました。      

みかんですが、10年位前から栽培され始め、4~5年前から本格販売をはじめたそうです(5軒くらいの農家が栽培しているそうです)。              

Img_3612 上の写真の「けんちゃんみかん園」(沿道販売をしている方)は500本のみかんを栽培しているそうです。  

酸っぱいのではないかとお思いでしょ?                      

Img_3585 それが、結構甘いんです。愛媛みかんとは言いませんが、静岡みかんぐらいには甘いみかんです。          

今は過渡期で、あと30年くらいすれば、この辺でもバナナやコーヒーを栽培するようになっているかも知れません。         

しかしそれにしても、今日初めて、桜と紅葉が混在する風景を見、みかんとりんごが同じ場所で産直販売されているのを見てしまった人は、さぞかし頭の中が?????のことだったと思います。                   

(実は、何を隠そう、自宅(前橋市=旧鬼石町よりさらに北)周辺でも、沿道販売こそしませんが、自家消費用にみかんの樹を植えているお家が複数あります。バナナの樹を植えている家もありますが、まだこれは観葉植物としてですね)                      

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【みかんとりんごが一緒に収穫できる「桜山」がある群馬県の旧鬼石町から軽井沢ま町までの直線距離≒29マイル≒47km】

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2007年10月28日 (日)

三途川を渡って「富岡製糸場」に行く(その3)

Img_2422 混んでました、「富岡製糸場」。   

正門を入った正面に木骨(もっこく)レンガ造の「東繭倉庫」が見えますが、大げさに言えば押すな押すなの大盛況。                      

老いも若きも、ミーちゃんもハーちゃんも、助さんも角さんも、お染さんも小梅ちゃんも、み~んな来ておりました。  

Img_2425 正門を入ったところに「本日群馬県民の日のため無料」とありました。ラッキーです。                  

かつラッキーだったのは、午前11時からのボランティアガイドの案内が聞けたこと。                     

案内してくださったのは、富岡清さんという方でしたが、この方の説明が実にツボを得た解説でした。        

Img_2431 (左写真の帽子を被っている方が、富岡清さん)                

明治維新の頃、何故、生糸生産後進国の日本の生糸が注目されたか、工場敷地内にあるお雇い外国人ポールブリューナの邸はコロニアル(植民地)様式のため床が高くなっており、そこを食料庫として使ったと言われているがその本当の利用方法は、といったことも解説してくれました。       

当時の世界情勢の中の「富岡製糸場」の位置づけから工女の暮らしのくさぐさまで、1時間に渡り熱弁を振るっていただき、脳ミソが刺激されました。                               

Img_2440 (左は「繰糸場」正面)         

別段、「田辺一鶴」風の飛んだり跳ねたりの講談調で話すわけではないのですが、久しぶりに語りの面白さに引き込まれてしまいましたね。       

パンフレットに書いてある建物の大きさ等の棒読みはなし。               

代わりに、建物に関しての話では、工場建設は突貫工事で進められ、材料に生木(なまき)を使っているけれども、歪みたわみは生じなかったが何故か、といったことを教えてくれました。                                    

Img_2446 実に多分野に渡って勉強されているに違いない、という印象の方でした。脱帽、感謝です。               

ところでこの赤煉瓦作りの「富岡製糸場」、横浜の「赤煉瓦倉庫群」のようにショッピング街にする計画はなかったのでしょうか?               

「富岡製糸場」の元の所有者は片倉工業。結構あっちこっちのショッピングセンターの不動産オーナーのように記憶しております(冗談ですよ)。      

Img_2450 それにしても、何故、「富岡製糸場」の建物が残ることができたのか?  

それは片倉工業という会社の社是にあったそうです。答えを知りたい人は、「富岡製糸場」に行って、富岡清さんにお会い下さい。       

【世界遺産暫定リスト国内決定の「富岡製糸場」がある富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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三途川を渡って「富岡製糸場」に行く(その2)

Img_2361_2 06年7月15日に、ついでに手漕ぎトロッコの復活を!』という一文をエントリーしましたが、左の写真に見えるように、甘楽町のこの辺りの上信電鉄をイメージしてのことです。           

♪線路は続くよどこまでも・・・。ほぼ直線状態です。思いっきり漕いだらいったい何キロでることでしょう。       

全身に風を浴びるので、季節はやはり風薫る春が良いのではないかと思います。『全日本手漕ぎトロッコ選手権』、上信電鉄と関係各市町で開催してくれないでしょうか?お願いします。m(__)m                  

Img_2354 左は冠雪をいただいた浅間山ですが、春ならこれが残雪ということになりますね。                      

それにしても、今年は少し冬が早いような気がします。              

桜ももうすぐ咲きますね。旧鬼石町(現藤岡市)の「冬桜」ですけれど・・・。               

【「全日本手漕ぎトロッコ選手権」の開催をお願いしたい上信電鉄のまっすぐな線路が伸びる群馬県甘楽町から軽井沢までの直線距離≒21マイル≒33km】

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三途川を渡って「富岡製糸場」に行く(その1)

Img_2350_2 「日本3大三途川」のひとつが群馬県にあることは、06年6月28日エントリーの『三途川と上信越自動車道』に書きましたが、台風一過の好転に誘われて「富岡製糸場」に行ったついでに再度看板を激写してまいりました。      

吉井町と甘楽町の境付近、国道254号線から少し外れたところにこの看板はあります。               

Img_2351 左の写真は、「三途川」を歩いて渡っていた人がいたので、慌ててシャッターを切りましたが、コンパクトデジカメの悲しさ(シャッター速度が遅いようです)、画像には右側に橋を渡り切った人ががボンヤリ写っているだけです。     

仏教系日本人の多くは、いつかはこの川を渡らなければならないようですが、日常的にこの川を渡るというのは、なかなか痛快なのではないでしょうか?  

Img_2345 (左は「三途川」の近くにあった踏み切りを横切る上信電鉄。日常生活においては、「三途川」より、こっちの方を注意しなければなりません)。           

小説家の野坂昭如先生によれば、「三途川」を渡る前に、男と女の間にある深くて暗い川(♪~唄:高崎市新町在住の長谷川きよし氏)を渡らなければならないようですが、群馬の「三途川」は秋の陽光にきらめいて、静かに流れておりました。                

(世はなべてこともなき・・・、かな)。             

【穏やかに流れる「三途川」の水源がある群馬県甘楽町から軽井沢町までの直線距離≒21マイル≒33km】

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2007年10月15日 (月)

「前橋まつり2007」の人々(その2)

Img_1907 お祭りと言えば「山車」と「神輿」は付き物ですが、「山車」はどうやってお祭りの会場である街中に運んでくるのだと思いますか?               

そうなんです。               

町内の「山車」を格納する倉庫から引っ張り出して装飾し、みんなでえっちらおっちら引いてくるんです。          

Img_1924 実に地味でベタな方法ですが、トラックに乗っけてもってくるわけにも行かないでしょうから仕方ありません。     

で、帰りはどうするかと言うと、もちろんみんなで引いて帰る訳です。            

祭囃子を打ち鳴らしながら帰るか、演奏を中止して帰るかはそれぞれの町内の方針だと思います。                

一度夜道を帰る「山車」に遭遇したことがありますが、沿道に人影はなく、なんとなく寂しそうでした。           

変なたとえですが、甲羅を脱がされたカメと言った風情です。              

Img_1893 ワタクシは前橋市の郊外、中心市街地から3キロメートルほど離れた「ドーナッツ化現象」で生まれた町に住んでいますが、誰も、町内の「山車」を持とうと言い出したりしません。                        

資金的な問題も無論ありますが、お祭りのたびに中心街まで「山車」を引いて行ったり引いて帰ったりをすることを思うと、正直ほっとしています。    

Img_1895 祭り会場における巡行が終わって「山車」が帰るときは、「○○町××丁目さんがお帰りになります。また来年お会いしましょう」と2、3遍街頭にアナウンスが響きます。       

祭りが賑やかなだけになんとなくもの悲しさが漂います。

                        

Img_1909 関係者の皆さんにおいては大変なご苦労があると思いますが、来年もまた楽しみにしております。          

                        

【今年の「前橋まつり」が終わった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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「前橋まつり2007」の人々(その1)

Img_1925 昨日(10月14日)で「前橋まつり」終了です。始めがあって終わりがある。当然ですけど・・・。           

で、賑わいを写真で振り返ってみることに致します。               

この太鼓は迫力ありましたよ。この太鼓を聞いただけでも、「前橋まつり」に行った価値ありです。           

演奏が終わった後、拍手喝采がなかなかやみませんでした。         

Img_1902 山車の行列を離れて、買い物に忙しい二人。                   

大きくなったら、いよいよその才能が花開くことと思います。            

買い物は女性の最高の楽しみなのでしょうか?                  

そう言えば買い物狂の「中村うさぎ」さんなんていう方も、居ましたね。     

                        

                        

                        

                        

Img_1880 来年はポーハタウン号上で「日米修好通商条約」調印されてから150年になりますね。                 

ワタクシが子供の頃は前橋で異人さんを見るのは珍しかったんですが、今は普通の光景になりました。        

しかし、150年前の助左衛門さんや五郎兵衛さんは、2007年の「前橋まつり」で神輿をかつぐ女性の異人さんの出現を予想できたでしょうか?感無量です・・・。                                

【異人さんも一緒に楽しむ「前橋まつり」が行われた前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年10月14日 (日)

「前橋まつり2007」やってます(その5)

Img_1793_3 「前橋まつり」のハイライト、お神輿の連合渡御は夕方に始まります。     

木遣りが先導します。           

                        

                          

Img_1795_2 プログラムでは、午後4時45分から午後8時半までとなっています。      

                        

                        

                        

                         

Img_1799_2 それまで各連は、各自の陣地を出て、指定された場所で「渡御」の開始を待つことになります。             

                        

                        

                        

                        

Img_1806_2 それが結構長いようです。前回のエントリー記事で触れた「上州写楽連」の演奏はこの間に行われております。  

                        

                        

                        

                        

Img_1809_2 「清め」に励んだり、熱心に情報交換したりという「連」もあります。そっちの方が多いと思われます。          

                        

                        

                        

                        

Img_1811_2 しかし、それにしても「踊る阿呆に見る阿呆」ではありませんが、やはり祭りは参加して「なんぼ」のような気がします。                       

                        

                        

                        

Img_1816 最終日の今日は山車の巡行も重なってさらに大賑わいになりそうです。    

                        

                        

                        

                        

Img_1848 中間テストが終わったからなのか、昨日は高校生が街に溢れていました(左は前橋まつり唯一の女神輿「紅勇連」)。                    

                        

                        

                         

Img_1859 若い人が街に溢れるとやはり浮き浮きしてきます。                

                        

                        

                        

                        

Img_1866 そろそろまた街中に出撃します(左は、昨日、哲学的な着ぐるみで街中を歩いていた高校生くらいの二人)。       

                        

                        

                        

                        

【今日まで「前橋まつり」が行われている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】   

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「前橋まつり2007」やってます(その4)

Img_1777 「三山會」の人々。気合入ってます。ぎっちり統制取れてます。          

                        

                      

Img_1783 「上州写楽連」の人々。ワタクシはこの人たちの演奏と踊り、楽しみにしております。今日(10月14日)もやってくれるのだと思います。         

         

Img_1788 「大人みこし」、実際担ぐまでかなり「待ち」の時間が長いのですが、その間「上州写楽連」さんは、パフォーマンスをして見物客を楽しませます。      

祭りを盛り上げます。      

「前橋まつり」では必見です。                       

【気合の入った演奏と踊りの「上州写楽連」が登場する「前橋まつり」が行われる前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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「前橋まつり2007」やってます(その3)

Img_1609 「Qのひろば」に設けられた「イベント会場」への出演を待つ人々。        

メイドのお姿がとってもチャーミングです。どちらかというと「ベテラン」メイドさんでしょうか?                    

メイドと言えば、日本メイド協会理事で獨協大学経済学部教授でもある森永卓郎先生にも見てもらいたかった・・・。森永先生、今年12月21日(金)に高崎市文化会館で講演を行う予定です。                             

Img_1639 新幹線でいらっしゃいますので、是非多くの方に、JR高崎駅までメイドの衣装でお出迎えしていただきたいものです。                     

「アメリカンパトロール」の音楽に合わせてのダンス、お見事でした。     

Img_1632若いお巡りさん、思わず赤面、かな?                                              

                                              

Img_1762 こちらは国道50号線で繰り広げられた「だんべぇパフォーマンス」のうちの1チーム。メイド姿、人気です。                                                                                                    【メイド姿があちこちで見られた「前橋まつり」が開催されている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】                                          

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「前橋まつり2007」やってます(その2)

Img_1720 弁天通リで和太鼓の演奏を繰り広げる育英短期大学の皆さんとそれに見入る小さな観客。        

育英短期大学の皆さんの演奏、「ニュー」なものを感じました。                             

                                              

Img_1730 と、育英短期大学の演奏を見入っているうちに小さな子は、ぐんぐん成長しておばあちゃんになったとさ(嘘ですよ)。                     

                                              

Img_1749 オジさんも聞きほれておりました。   

                        

                        

                        

【「前橋まつり」で和太鼓の音があちこちから聞こえる前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】                            

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「前橋まつり2007」やってます(その1)

昨日10月13日、「前橋まつり」が始まりました。

Img_1584 開会挨拶する前橋商工会議所会頭の曽我孝之氏。                

                        

Img_1594 続いて挨拶する前橋市長の高木政夫氏。                                      

                                              

Img_1602 挨拶はしなかったけれど、好天の「前橋まつりを喜んで嬉しそうな、まつり衣装をすっ飛ばしてハロウィン姿の不二家の「ぺこちゃん」。                

今年は、「ちょっとしたこと」があったので、身を慎んで挨拶は遠慮したようです。                      

それにしても「石屋製菓」さん、「赤福」さんと続きましたので、大分救われちゃったかも・・・。    

                      

                                                                  【「前橋まつり」が始まった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年10月 8日 (月)

「富岡製糸場」と「フリンジ駐車場方式」

世界遺産の暫定リストに登載された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の中核施設である「富岡製糸場」は、平成17年10月1日に前所有者の片倉工業(株)から富岡市へ管理が移管されて以降、この7月で来場者が20万人を突破したそうです(約21ヶ月間の記録)。

ざっと言って、月1万人の入場者ということになるでしょうか。

年間およそ800万人の観光客を集める軽井沢がすぐ近くにありますから、PRの仕方次第ではさらに多くの入場者を集めることができるでしょう。

Img_1203 「富岡製糸場」の魅力もさりながら、ワタクシが感激してしまったのは、「富岡製糸場」の東から北にかけた一帯に広がる、同工場のかつての繁栄を偲ばせるに十分な料飲食店の密集地帯です。

実にレトロです。

(この街区の風景写真は07年10月3日エントリーの『「旧官営富岡製糸工場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた』にあります。ご関心の向きは、アンダーライン部分をクリックすると飛びます)

つまり、狭い道を挟んで、大衆食堂、割烹、寿司屋、料亭、居酒屋などがひしめき合っています。夕暮れにその街角に立って耳を澄ませば、客と店主のやり取り、酔っ払いの怒鳴り声や嬌声、店から漏れる流行歌など当時の喧騒が今でも聞こえてきそうです。

Img_1214 その規模、その密集度は前橋、高崎にも無い風景です(「富岡製糸場」ばかりでなく、かつては、富岡市周辺農家も、養蚕やこんにゃくでたんまり現金収入を得ていたのだと思います)。

すでに富岡製糸場の煙突から煙が立ち昇ることは無くなり、多くの料飲食店は店を閉め、残った店もかつての賑わいには程遠い商いのようです。

しかし、街全体がかもし出す風情がなんとも魅力的です。

特にワタクシのように昭和30年代始めに生まれた人間にとっては猥雑なかつての懐かしい風景です。

この街の一角に立つと、なんだかタイムスリップしてしまったような不思議な感じです。

ところで、初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、ワタクシがこの風景に出会えたのには秘密があります。

駐車場がフリンジ(外縁部)方式の配置になっていたからです。

Img_1207 工場を取り囲むように小売店や料飲食店が建て込んでいるため、「富岡製糸場」の入り口近くに、駐車場スペースを確保できなかったようです。

「富岡製糸場」はクルマから降りたらすぐ工場見学、という訳にはいかないのです。

製糸工場から離れた外縁部(フリンジ)に駐車場があるため、中核施設である「富岡製糸場」を見学するには、かつて繁栄を誇った前述の料飲食街や商店街をぶらぶら歩かざるを得ない仕組みになっています。

これが幸いして、ワタクシの場合、魅力的な街並みに出くわすことができたわけですが、目的となる観光資源の周辺に駐車場を設置し、観光客に回遊を促す駐車場の配置方法を「フリンジ(外縁部)駐車場方式」と言います。

Img_1208 「富岡製糸場」は、過去の商店街の広がり方から、結果的にフリンジ駐車場方式になっているのです(「富岡製糸場」内に駐車場を作らなかったのは英断だったと思います)。

クルマを降りた観光客は市街地を歩くことになります。そうすると当然通りに面した店などを覗き込むでしょう。

適当な土産物でもあれば、早速買うかもしれません。

お腹が空いた人は、開いている食堂に寄る可能性も出てきます。

反対に、極端な例として、「富岡製糸場」の中に広大な駐車場を用意した場合を考えてみましょう。

観光客は工場を見学した後、工場内にできた土産物コーナーで買い物をして、ハイさよならです。工場内に食堂でもあればそこで食事してしまうかも知れません。

Img_1215_2 せっかく「富岡製糸場」が街中に立地しているのに、中心市街地に対する波及効果は薄くなってしまいます。

こうした弊害を避けられるのが、フリンジ(外縁部)駐車場方式のいいところです(ハンディキャップのある人にはその対応が不可欠ですが)。

多くの工場見学の場合、工場内にクルマを止め、見学終了後はすぐにその場を後にしてしまう訳ですが、フリンジ駐車場方式のおかげで、ワタクシも初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、懐かしい街並みに出会えたわけです。

そして、フリンジ方式の狙い通リ、ワタクシも前回エントリーの『「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を発見す』に書いたように、「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を土産物に買ってしまったという訳です。

「富岡製糸場」の見学者の多くが富岡市の中心商店街でお金を落とすように願って止みません。

収益は、統一したテーマに基づいた街づくりに再投資してみてはいかがでしょうか。

「富岡製糸場」北東一帯の料飲食店街、かなりの潜在力を秘めているように感じます(10月14日は「富岡まつり」が開催されます)。

【フリンジ駐車場方式のため「富岡製糸場」を見学するにはクルマを止めてぶらぶら街中を散歩せざるを得ない富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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2007年10月 7日 (日)

今年の「前橋まつり」は10月13日・14日

Img_1342 年を取ると、季節の移ろいは駆け足で過ぎていくように感じられます。

早いものでまた「前橋まつり」がやってきます(ご関心の向きは06年10月14日エントリーの『前橋まつりやってます』、07年10月15日の『狂熱の前橋まつり、終わりました』をご参照下さい)。

今年は10月13日(土)、14日(日)の開催予定です。

この一年で前橋中心市街地にも変化がありました。

「旧赤かんばん前橋店」のビルは取り壊され、病院が入るマンションの建設が進んでいます。

その並びにあった「旧新星堂前橋店」も8月6日に「フットワークステーション100」として生まれ変わりました(ご関心の向きは07年8月6日エントリーの『前橋「フットワークステーション100」がオープン』をご参照下さい)。

Img_1328 前橋市街地の宴会場として長年親しまれてきた「美家満」はこの8月末で営業を終了。代わって、その後には居酒屋チェーンの「北海亭」(渋川市)が本社機能と旗艦店を11月下旬までに移転オープンすべく、現在改装中です。

同じ国道50号線から立川町を南北に走る「千代田通リ」の真ん中くらい(「旧WALK館」の反対側)にあった空き地には、「前橋警察署前橋中央交番(仮称)」が建設中となっています。

同様に、国道50号線の始発点と国道17号線が交差する前橋消防署跡にもマンションが建設中です。

12月初旬には「旧リヴィン」が「前橋プラザ 元気21」に生まれ変わって登場します。

いずれ「旧WALK館」も改装され、「前橋プラザ 元気21」とともに市街地の中核施設になるでしょう。

Img_1467 この他にも、前橋中心市街地空き店舗への新規出店話があちこちに聞かれます。

来年3月下旬~6月にかけて、前橋市中心街もメイン会場になる「全国都市緑化ぐんまフェア」(会期中の人で見込みは100万人)が開かれます。

スズラン前橋店さんは、昨年9月から合わせて3回行われた「大千円市」をリードして おり、中心市街地の「街づくり」に対する取り組みも、今までと違ったものを感じます。

今年の「前橋まつり」は、「新生前橋中心商店街」の景気付けになるかもしれませんね。

【変化の胎動が感じられる「マンドリンのまち」でも「蔵のまち」でも「ピザのまち」でもある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年10月 3日 (水)

「旧官営富岡製糸場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた

Img_1198 昨日は所用で富岡市へ。

もう夕方でしたが、せっかく富岡市に来たのだから、今年1月世界遺産の暫定リストに登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の中核施設である旧官営富岡製糸場でも見学しようと思ってふらふらと中心市街地を歩いてみました。

(富岡製糸場は街中になります)

Img_1189 富岡市の街中を歩いたのは初めてのこと。前橋市に住んでいるにもかかわらず、富岡製糸場を見たのは歴史の教科書等だけで、実は現物をこの年まで見たことが無かったんです。                       

街中を通るメインストリートは、もちろんクルマで何度も通過しています。

しかし、クルマを降りて街中をてくてく歩いたのは初体験。

Img_1202 しかしまあ、街というのは歩いてみて初めて分かるものだと痛感しましたね。

富岡製糸場そのものは「本日の営業は終了」になっていて入れずに終わりましたが、それを補って余りある風景に出会ったんです。

メインストリートをクルマで走っての印象は、全国に良くある、シャッターの降りた商店があっちこっちにある中心市街地が衰退した地方都市。

Img_1209 しかし、富岡市、それだけじゃあありませんでした。

富岡製糸場周辺、特にその東側から北東に掛けての一帯は、ワタクシのように古い人間には実に懐かしい風景で、こんなところが残っていたんだ、と感激してしまいました。

閉めている店も多く、建物はひどく老朽化しているのですが、クルマ1台がようやく通れるような狭い道を挟んで、料亭、割烹、鰻屋、鮨屋、小料理屋、大衆食堂、居酒屋、スナック、質屋などがワシワシひしめいているんです。

Img_1204 それは富岡製糸場から盛んに煙が昇っていた頃の隆盛を忍ばせるに充分です。

富岡製糸場で働いていた職工さんや女工さんが大勢通ったであろう居酒屋や大衆食堂。

富岡製糸場に来た人たちを接待したであろう料亭や割烹。

そして二次会三次会のためのスナックやバー。

そうした店が、集積しているんです。

Img_1213 軒を連ねて押しくらまんじゅうしているんです。

行った時間が夕方と言うこともあって、往時の賑わいが聞こえてきそうな感じです。

高度経済成長前夜の昭和30年代のにおいが立ち上ってくるんです。

(現実は閑散としていたんですが・・・)

Img_1197 富岡の名物七味唐辛子の「吉田七味店」もシューマイの「信州屋」もこの中にあります。

この一帯を保存すれば、映画のロケーションに使われること間違い無し、と思いました。

昭和30年代の地方の歓楽街のテイストが濃厚に沁みこんだ風景なんです。

Img_1210 「イオンモール高崎」も「けやきウォーク前橋」嫌いではありませんが、オジサンであるワタクシにはどうもぴかぴかし過ぎています。

「陰の部分」が無い街は、変な言い方ですが「人工的」過ぎるんです。

感激の余り、富岡製糸場の北東一帯の歓楽街も「富岡製糸場と絹産業遺産群」と一緒に世界遺産にしてもらいたいものだと思ってしまいました。

Img_1217 懐かしいだけでなく、「つわものどもが夢の跡」、今あるままの姿も、寂れようがなんとも「もののあわれ」、「諸行無常」、「崩壊感覚」なんです。

是非行って見て下さい。

近いのに、「遠い旅」ができます。

【富岡製糸場北東一帯に昭和30年代テイスト濃厚な歓楽街が広がる富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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2007年9月16日 (日)

吉岡町「船尾滝」に行ってみる

Img_0708 9月も中旬だと言うのに、今日も明日も最高気温は30度超え。

灼熱地帯で知られる群馬県で暮らしているとはいえ、さすがにヘバります。

館林市で40度以上の気温を記録した8月中なら、体温を下回る32、3度の最高気温はドッテことなかったけれど、涼しいとさえ感じたけれど、9月中旬になっての32、3度は「ええ加減にせんかい!」とちょっと怒ってみたくなります。

Img_0705 来週は秋彼岸(左は「船尾像」)。

「寒さ暑さも彼岸まで」、お天道様においては、この言葉通り、秋風を運んでいただきたいものです。

Img_0703 さて、8月のことですが、「コンガスイカ」を買い求めに榛東村農産物直売所に行ったものの「コンガスイカ」がなく、その日も無茶苦茶暑かったので、ここまで来たならマイナスイオンでも浴びて涼もうかと「船尾滝」を目指したことがあります。

(「コンガスイカ」にご関心の向きは8月13日エントリーの『榛東村農産物直売所で「コンガスイカ」を確保する』をご参照下さい)

榛東村農産物直売所から「船尾滝」の入り口まではクルマで10分ほどですから、思いつきで行ける距離です。

Img_0695 これ以上クルマで入っちゃ駄目よ、というクルマ止めに駐車場が整備されていますのでそこに車をおいて、後は徒歩で「船尾滝」を目指します。

正確に言うと「船尾滝」の滝壺までを目指したのです。

しかし、結論から言うと、マイナスイオンが飛び交い、ひんやりとした冷気が浴びられるはずの「船尾滝」の滝壺には辿り着けませんでした。

Img_0688 遊歩道がガケ崩れで途中からなくなっていたのです。

暑さから逃れられ、「別天地」のはずの「船尾滝」の滝壺は、はるか彼方のままに終わってしまいました。

「船尾滝」周辺の山もご多分に漏れず、間伐が行われているのはごく一部の地域にとどまっています。

このため植林された杉林などには地表まで陽が当たりません。

この結果、下草や灌木が育たず、山の保水力が落ち、ガケ崩れが発生しやすくなっています。

8月6日から7日かけて、関東地方は台風9号に直撃されましたが、群馬県も南牧村などの西毛地区(群馬県西部)の中山間地域は大きな被害に見舞われました。

間伐が行われず山が荒れ、保水力が低下していることが被害を大きくしているように思います。

Img_0678 「山に生えている一木一草とて切ってはならない」といったプリミティブ(素朴)な自然保護論者はいなくなりましたが、山は適当に木を切って、手入れをしなければならないのです。

山の手入れができないのは、植林した杉などの国内木材市況の長期低迷が大きな理由ですが、それに加え中山間地域の居住人口の減少と高齢化による人手不足も大きな問題になっています。

(南牧村は65歳以上の高齢者比率が50%を超える「限界集落」です)。

ガケ崩れに道を断たれて滝壺まで行けなくなった「船尾滝」は、「秘境」になってしまいそうです。

台風後の「船尾滝」周辺がどうなったか、また行ってみなければ、です。

(思いもかけず、観音菩薩をイメージしたような優しいお顔の「船尾像」を見られたのは収穫でした。一番上の写真は「船尾像」が鎮座している小公園から撮った「船尾滝」)

【「船尾滝」がある吉岡町から軽井沢町までの直線距離≒24マイル≒38km】

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2007年8月 6日 (月)

前橋「フットワークステーション 100」がオープン 

前橋中央アーケードの「旧新星堂前橋店」の退店跡に、今日8月6日「フットワークステーション 100」がオープンしました。

Img_0222 (左はオープニング記念式典で祝辞を述べる大塚克巳前橋市副市長)

それだけのことで、急に前橋中心商店街に人の流れが戻るとは思えませんが、新たな試みとして注目されるところです。

中心市街地においては「定住人口」と「交流人口」の2つの増加が大きなテーマですが、少なくとも「交流人口」の増加に貢献するのではないでしょうか。

(「定住人口」の増加に関して言えば、現在、建築中のマンションを含めて、中心市街地には14棟のマンション建築計画があるそうです)

Img_0229 この3階建ての「フットワークステーション 100」が特徴的なのは、物販店が1軒も入っていないことです。今後の個人消費動向を象徴しているのかもしれません。

個人消費においては「消費のモノ離れ」が進んでいます。小売業においては、新しい流通チャンネルとしてインターネット通販が大きな勢力になっています。

そして今後確実にやってくるのは、人口減と少子・高齢化。さらには格差の拡大です。

つまり「店頭」をメインにしてきた消費市場の縮小と同時に、その中味が大きく変化していくことになります。

また、高齢化社会に消費のキーワードが「健康」と「美容」であることは衆目の一致するところです。

Img_0196 中心商店街の空洞化対策、活性化と言う場合、郊外型ショッピングセンターに対抗した商業機能の復活をイメージする場合が多いようですが、既存の街並みを前提にしたまま「昔の復活」を期待することは、「ウルトラD的施策」をもってしても難しいのではないでしょうか(左は「フットワークステーション 100」のオープニング式典に前後して、前橋中央商店街で行われていた怪獣映画のロケ)。

(もちろん買い物や外食需要は依然大きなテーマです。「とりあえず街中に行こう」と老若男女誰もが思う中心市街地が一番いいのは言うまでもありません。)

そうした状況の中で、健康情報発信館をテーマに謳った「フットワークステーション 100」のオープンは、新たな方向性の提示といえるかもしれません。

1階ラウンジには、前橋の観光・物産案内のパンフレット類を豊富に揃えた展示棚があり、その横にはバリアフリーのトイレがあります。

Img_9858 1階(半地下)は貸しスタジオの「スタジオ健康倶楽部」。およそ40坪のスペースですが、正面は一面鏡張りになっており、演劇、ダンスなどの練習には最適のようです(左写真は内部風景)。

50人程度の集まりに対応したイス等の用意もあるそうです。

2階は足もみ・整体では群馬の先駆け的存在の「東京フットワン」が入居しています。

Img_02332階は、アトリエコーナーになっており、「フットワークステーション 100」のオープン記念に、地元サッカーチームである「ザスパ草津」の写真展が開催されています。

3階には「前橋旅館ホテル協同組合」の事務所と、「フットワークステーション 100」の企画に参加し、前橋中心商店街協同組合の委託を受けてこの建物を管理運営する「街づくり」のタウンまえばし株式会社が入居しています。

(タウンまえばし株式会社については、8月4日付けの上毛新聞1面に記事が載っています)

全国の路線化が先ごろ発表されましたが、それによると前橋市は47の都道府県庁所在地の中でもっとも地価が低く(安い)なったそうです。

これをめぐって様々な意見が交わされていますが、視点を変えてみれば、前橋市よりも商圏人口の少ない都道府県庁所在地に比べて、土地価格に割安感が生じてきているとも言える訳です。

少し大げさですが、ビジネスチャンスが到来した、と言い換えていいかも知れません。

10月下旬には民間から提案されている「4番・8番街開発計画」の選考結果が発表される予定です。

そして12月には年間80~100万人の来場者が見込まれる公共施設併設型の「前橋プラザ 元気21(旧リヴィン)」がオープンします。

ここに集まる人たちの昼食需要を当て込んだレストランの進出も始まりました。

変化の兆しはすこしずつ出てきているようです。

【健康情報発信館「フットワークステーション 100」がオープンした群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年8月 3日 (金)

「前橋花火大会」今年は8月11日です

関東甲信越地方、ようやく梅雨が明けましたね。

Img_9820 梅雨は明けましたが、台風5号の影響なのか、前橋においては「梅雨明け十日」のギンギラギンの暑さではありません。

空梅雨かと思えば後半になって豪雨が襲う目まぐるしい展開の梅雨でした。

それにしても、群馬県の大雨、年々、南の島のスコールぽくなっているように感じるのはワタクシだけでしょうか?

地球温暖化の先入観からそう感じてしまうのでしょうか?

「前橋花火大会」のポスターの下の写真は、7月30日の大雨の時、高崎高島屋6階にある中華レストラン「萬嵐」から外を写したものです。

(別段「嵐」のような雨が降っていたから高崎高島屋に入っている「萬嵐」に入ったわけではありません。ただの偶然)

Img_9832 篠突く雨です。

黒澤明の映画に降る雨、状態ですね。

と思っていたら、昼飯を食べ終えて外に出る頃には雨は上がっておりました。               

               

「前橋花火大会」と余り関係ありませんが、例によってその日食べたもの(当日はジャージャー麺)を激写しておりますので、アップしておきます。可もなく不可もないジャージャー麺でした。              

Img_9837 (それにしても、我ながら、「あんかけ」関係のざっかけな食べ物が好きなんだな、と思います。07年5月30日エントリーの『桐生「龍苑」のチャプスイ』、07年7月29日エントリーの『高崎「北海道ラーメン 大雪」のあんかけ焼きそば』、07年8月1日エントリーの『前橋「すってんぺ」のドッキング麺とエビ塩あんかけラーメン』などなど。ほんと、ワタクシ、こうしたものを、はふはふしながら食べるの好きです。ジャージャー麺は、麺が冷たいので、はふはふする必要ありませんが・・・)

まあ、それはそれとして、8月11日は「前橋花火大会」ですね。

1万5,000発の花火が夏の夜空に打ち上げられます。

個人的には、この「前橋花火大会」が終わると、「夏の終わり」を感じます。

例年、「お盆休み」ということで、曜日に関わらず8月15日の開催でしたが、今年の「前橋花火大会」は8月11日(土)です。

昨年は大丈夫でしたが、この花火大会、結構、上州名物の雷などに襲われたりします。

で、雨避(よ)けのため大きな橋(群馬大橋、中央大橋など)の下にクルマを停めて見物するヴェテランも見受けられます。ただ、早いうちに来なければ場所を確保できません。

しかし、まだ陽が高い、「早いうち」から場所取りしていると、時間をもてあましてしまいます。

その時間を有効利用するため、ワンボックスカーで来た方に多く見受けられますが、昼食バーベキューをやりながら第一次宴会を挙行している方もいらっしゃいます(それがOKなのかどうかは、ちょっと分かりません)。

ワンボックスカーにテントを増設しているケースが殆どです。

準備万端、怠り無しのヴェテランです。

そして、日が暮れて花火が打ち上げられる頃、本番とも言える第二次宴会に突入するようです。

運転手さんがアルコール飲んじゃった場合は、その場に1泊して下さい。事故でも起こしたら、せっかくの夏の思い出が台無しですから・・・。

【8月11日に「前橋花火大会」が開催される群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月28日 (土)

ブラックベリーなら前橋利根西地区と言われる日が来るかも

Img_9686_1 07年7月5日エントリーの『前橋利根西地区のブラックベリー』で、ワタクシの自宅近くに立派なブラックベリーが生っているお家があることを書きましたが、その後そのお家の半径100メートル圏に2ヶ所のブラックベリー栽培地を発見、やはり前橋利根西地区はブラックベリーの栽培適地かも、と小躍りしてしまいました。

(上の写真は『前橋利根西地区のブラックベリー』で取り上げたお家の、一昨日7月26日朝のブラックベリーのお姿)

Img_9687_1 その1カ所は、JR新前橋駅に行くときに、今まで何度も通っていた場所でしたので、びっくり(左の写真)。

改めて、わが身の注意力散漫ぶりを思い知らされた次第。

こちらのブラックベリーもなかなか立派ですが、失礼ながら、一番上の写真のお家ほど、手はかけていないような気が致します。

にもかかわらず、写真のようなに、高級洋菓子の素材に使えるのではないかというような実の生りかたです。

Img_9688_1 それに、たっぷりジャムが作れそうな量が生っています。

このお家の近くには食品スーパーの「とりせん」さんの店舗がありますから、摘んで、生のまま青果物売場に並べても、すぐに買い手がつきそうな気がします。

(木苺の類、鮮度管理が難しそうなので、生での流通は限界があるでしょうが、本来ワイルドな食べ物にも関わらず、何となくおしゃれな感じがしますから、それなりの需要はあるように思います)

Img_9694_1 垣根代わりに植えておける手軽さは、結構魅力ですよね。

それからもう1か所は、やはりタバコを買いに行くときよく通るお家のお庭に生っておりました。

これも、つい最近気がついてびっくり。

タバコを買いに行くばかりでなく、07年7月6日エントリーの『前橋「石田豆腐店」はすぐ近く』に書いたように、豆腐を買いに行くときにもこのお家の前を通っております。

07年6月24日エントリーの『飯野知彦(デュークエイセス)、松井天斗、柳田衣里佳の共通項は?』で書いた松井天斗さんのご実家の近くでもあります。

Img_9777 (左の写真は今朝撮ったもの。わんこを連れて散歩するオジサンが、写真を撮るワタクシを、立ち止まってジッと見ておりました。空き巣狙いの下見ではなかろうかと怪しまれたようです・・・。こんなことしていると、何れ寺山修司のように、覗き容疑でお巡りさんに呼ばれるかも、です)

来年は群馬県で、前橋市と高崎市を総合会場に(他に、県内155ヶ所のサテライト会場)「全国都市緑化ぐんまフェア」の開催が予定されていますが、残念ながらブラックベリーの実が生るのは開催期間(2008年3月29日~6月8日)を過ぎてしまいます。

しかし、この期間、前橋利根西地区においては、ごくごく私的に(つまりワタクシだけ)、21世紀のぐんまの名所づくりに賛同した、ビールでお祝いする「ブラックベリーフェスティバル」を開催するつもりです(つまり、いつもの晩酌)。

【ブラックベリーの一大産地になる可能性を秘めた前橋市利根西地区がある群馬県前橋市から軽井沢町までの距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月24日 (火)

第100回「ようこそ高崎人情市」に「襲雷」、「虎舞士」、「爽」の揃い踏み

Img_9504 (左は「ようこそ高崎人情市」会場で献血者の勧誘に余念が無いボランティアのおばちゃま)

前回のエントリーの『第100回「ようこそ高崎人情市」で「ゆうこちゃん」に会う』で群馬のマスコット「ゆうまちゃん」のお友達「ゆうこちゃん」に会ったことを書きましたが、「ようこそ高崎人情市」と言えば、演舞パフォーマンスの「襲雷舞踊団」、「真・格闘型舞踊 虎舞士」、「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の3団体はなくてはならぬ関係。

※「襲雷舞踊団」については下記参照
http://www.syurai-takasaki.com/

※「真・格闘型舞踊 虎舞士」については下記参照

http://pksp.jp/kobushi/

(「爽・上州高崎雷舞爽踊団」についてはホームページが発見できなかったので、発見次第貼り付けいたします)

Img_9498 (左の写真は献血勧誘のおばちゃまの説明に熱心に聞き入る「虎舞士」のリーダー)

「ようこそ高崎人情市」100回記念の7月21日、22日の2日間も揃って出演なさったようです。

大変申し上げにくいのですが、実は、寄る年波のせいか、ワタクシ、この3つの演舞集団の識別が曖昧でした。

ユニフォームが違うので「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の別は比較的早く気が付いたのですが、「襲雷舞踊団」と「真・格闘型舞踊 虎舞士」の別は、迂闊にも、つい最近まで気が付かぬままの体たらくでございました。

Img_9591 (左は「真・格闘型舞踊団 虎舞士」の演舞)

5月の「ようこそ高崎人情市」に出かけて、お見受けしたとき、振る旗が違うなあ、とは思っていたのですが、ユニフォームが似ているので、年長になると「襲雷」が「虎舞士」になるのか、といった認識でした。

そうしたら昨日深夜(正確には今日)、以前にもコメントをいただいた「虎舞士」の「take-c」さんから、07年7月14日エントリーの『100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」』に掲載されている写真は「虎舞士」ですよ、とのご指摘を受けました。

Img_9592 (左も「虎舞士」の演舞」)

(実は7月22日に「もてなし広場」で演舞パフォーマンスを見ていて漸く、どうも「襲雷舞踊団」と「真・格闘型舞踊 虎舞士」は別の団体のようだと気が付き、この文章を昨晩深夜書き始めたところでした・・・。眠くなって寝てしまい、今また早朝に書いております)

「襲雷舞踊団」、「真・格闘型舞踊団 虎舞士」の皆様、並びに関係者の皆さんに謹んでお詫び申し上げます。

ごめんなさい。

Img_9571 (左は「襲雷舞踊団」の演舞)

皆さん仲良くやっているので、同一集団に違いないという勝手な思い込みからなかなか抜け出せなかったようです。

それにしても3団体元気です。

7月22日、日差しが出てきて、ただボ~ッと立っているだけでも暑い中、踊るんですよ。

それも半端な動きじゃないわけですから、見ているだけで、こっちが倒れそうです。

Img_9572 (左も「襲雷舞踊団」の演舞)

「襲雷舞踊団」に初めて遭遇した日は、風邪を引いてもおかしくない、結構寒い日でした(ご関心の向きは06年11月19日エントリーの『高崎市農業まつりで「襲雷舞踊団」に遭遇す』をご参照下さい)。

皆さん、「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ丈夫ナカラダヲモチ」の精神で頑張っているようです。

ただただ、脱帽です。

Img_9551 (左は「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の演舞)

7月8日の「前橋七夕まつり」に行われた「だんべえフェスタ2007 火の皇・光の軍」にも「虎舞士」、「爽」さんがご出演くださったようで、前橋市の住人としては感激です(以前から、交流はあるんでしょうね)。

(ただ、ワタクシ、所用のため、07年7月8日エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』をご覧いただければお分かりのように、最後まで観賞できませんでした。すみません)

Img_9561 (左も「爽」の演舞)

過日、たまたま映像ソフト製作会社の社長さんと話をしていて、演舞パフォーマンスの話になったのですが、「いいパフォーマンスは、撮っていてこっちも楽しい」と発言しておりました。

この社長、もちろん「虎舞士」、「爽」、「襲雷舞踊団」の活躍を良く知っております。

これからも、年甲斐もなく、「リポビタンD」飲みながら、「追っかけ」しちゃいます。

【「襲雷舞踊団」、「真・格闘型舞踊 虎舞士」、「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の本拠地がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月23日 (月)

第100回「ようこそ高崎人情市」で「ゆうこちゃん」に会う

07年7月14日に『100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」』をエントリーしましたので、やはり行かないわけには行かないだろうと思い第100回目の「ようこそ高崎人情市」に行ってまいりました。

Img_9511 通常は1日開催のところ、第100回を記念して、7月21日土曜日と7月22日日曜日の2日開催でした。

ただ、さすがに両日訪問と言うわけには行かず、7月22日日曜日にお邪魔しました。

賑わっておりましたね。

思いがけなかったのは群馬県のマスコットの一人(?)「ゆうこ(姫)ちゃん」に会えたこと。

Img_9514 献血を勧めるオジサンと一緒に会場の「もてなし広場」をキャンペーン中でした。

「ゆうまちゃん」を始めとする「ゆうま三兄弟」もいるかもしれないと思ってあたりをキョロキョロしましたが、残念ながら発見できませんでした。

(「ゆうま三兄弟」の違いは帽子に注目するとはっきりします。緑、赤(えんじ)、黄)

元祖群馬県マスコットの「ぐんまちゃん」はどうだろうかと再度キョロキョロしましたが、残念ながら見つかりませんでした(「ぐんまちゃんにご関心の向きは、07年5月31日エントリーの『「ぐんまちゃん」はどこに行った?』をご参照下さい)

Img_9519 (7月22日は「群馬県知事選」の投票日でしたから、その関係で、みんなそれぞれにお仕事でお出かけしていたのかもしれません)

すでに献血不適格年齢に達したワタクシとしては、「協力できずにごめんね」と恐縮しながらも、どこか安心して近づいてしまいました(それとも、もう献血不適格年齢と言うのはなくなっているのでしょうか)。

駄目なんです注射針・・・(すみません)。

「痛くない注射針」が話題になりましたが、献血の時は、まだ、「痛い注射針」から逃れられないのではないでしょうか?

Img_9530 「ゆうこちゃん」の後ろに回り、大人の目を盗んで「ゆうこちゃん」にキックを入れるクソがきじゃなかった元気なお子様の姿を激写しようと思ったのですが、みんなよい子で、ワタクシが期待するような出来事は起こりませんでした(品性下劣とお叱りを受けそうですが、ワタクシが小学生の頃、そういう元気がいいのが沢山いたんです・・・)。

「ゆうこちゃん」とは途中バイバイしてしまったのですが、それにしても日差しも出ており、中に入っている人、熱中症、大丈夫だったでしょうか?

(海パン一丁でも暑いと思います・・・)                            

(群馬県にご関心の向きは、『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【群馬県のマスコット「ゆうまちゃん」の女友達「ゆうこちゃん」がいた第100回「ようこそ高崎人情市」が開催された群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月19日 (木)

「高崎まつり」近づく

Img_9319 今週の週末、7月21日(土)、22日(日)の2日間は07年7月14日エントリーの『100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」』に書いたように、「ようこそ高崎人情市」が開催されますが、そのあとに控えているビッグイベントが、8月4日(土)、5日(日)開催の「高崎まつり」。

何しろ年にたった一度です(まあ、当たり前ですけれど)。今年見逃したら、来年見られる保障はどなたにもありません。

(別に脅してるんじゃないんですよ。ただ、命短し恋せよ乙女、です)

で、今、高崎市の中心街を歩くと「ようこそ高崎人情市」と「高崎まつり」の準備が混在状態です。

Img_9314 おまけに7月26日まで「中央ぎんざ通り」(「サヤモール」の北に続く通りですね)には七夕飾りが飾ってありますから、この事情を知らないで高崎の街中を歩くと、きっと訳が分かんない状態になると思います。

一番上の写真は「高崎まつり」のポスター。

その下の写真は「もてなし広場」にぐるりと掲げられた「ようこそ高崎人情市」関連の幟(のぼり)です。

Img_9279 「ようこそ高崎人情市」の幟は無論のこと「高崎女性経営者研究会」、「NPO法人高崎やる気堂」、「高崎おかみさん会」といった関係者の幟がへんぽんと翻っております。

そしてその下は「高崎まつり」に向けて「さくら通り」に掲げられた「祭礼」の提灯の列。

「慈光院通り」に面する空き店舗では、子供たちが祭り囃子の練習をしている姿が見られました。

すでに梅雨が明けた地域も出たようです。

Img_9332 今週末から小、中、高校生は平成19年度の夏休みが始まるのではないでしょうか。

いよいよ夏本番ですね。

(群馬県について知りたい方は、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「高崎まつり」が開催される群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月14日 (土)

100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」

毎月第4日曜日に開かれている「ようこそ高崎人情市」が、7月で100回目を迎えるそうです。

Img_8891 7月はこれを記念して、通常1日開催のところ、7月21日(土)、7月22日(日)の2日間開催となります(会場は高崎「もてなし広場」。7月22日は群馬県知事選の投票日ですから、朝のうちに投票に行ってからでも遅くありません。但し、人気商品は朝早く行かないと確保できないかも。朝早く家を出ないと「ようこそ高崎人情市」に間に合わない人は、事前投票しておけば安心です)。

「ようこそ高崎人情市」は、中心商店街の活性化や高崎市のアピールを目的に、平成10年6月に始まったそうです。

丸9年と1ヶ月かかった快挙ですね。

毎月第4日曜日には「もてなし広場」を会場に、生鮮食料品の朝市やフリーマーケット、舞踊などのイベントが開かれています。

Img_7181 ワタクシも直近では、5月27日(日)に「ようこそ高崎人情市」に出かけました。天候にも恵まれ、賑わっておりました(写真の自転車はワタクシのものではありません。多分、買い物に夢中の人のもの)。

(この日はいい天気に誘われて、前橋の自宅から高崎までウォーキングした日です。よく歩きました。途中思いがけず、07年5月27日エントリーの『カメハウス』に書きましたように、JR高崎問屋町駅近くの住宅で「ゾウガメ」に遭遇しビックリ仰天したのもウォーキングの成果です。歩くと、「発見」があります。同じ日エントリーの『桑の実・マルベリー・どどめ』もウォーキングによる発見です)

Img_7187 影ながらワタクシも応援している「襲雷舞踊団」の皆さんも出演していらっしゃいました。「虎舞士」の皆さんもいらっしゃいましたね(写真は両方とも「虎舞士」で、ごめん)。

相変わらずエネルギッシュです。

オジサンには強烈です。

真似したら、翌日の「寝たきり」は必定です。

常時携帯のデジカメで激写するのが精一杯です(言わずもがなですが、デジカメは常時携帯しているくせに、携帯電話は常時携帯しない不携帯電話状態なので、友人知人関係者からブーイングされております。m(__)m)。

Img_7171 (「襲雷舞踊団」にご関心の向きは、06年11月19日エントリーの『高崎市農業まつりで「襲雷舞踊団」に遭遇す』や07年4月1日エントリーの『「襲雷舞踊団」に再会す』をご参照下さい)

それに「爽・上州高崎雷舞爽踊隊」の皆さんも出演しておりました(07年4月1日エントリーの『「襲雷舞踊団」に再会す』を書いた段階では「爽・上州高崎雷舞爽踊団」のお名前を知らず、失礼致しました)。

Img_7180 前橋住人のワタクシは、ミッションとして、前橋には「だんべぇ踊り」があると、鼻息荒く対抗意識丸出しで「前橋住人オジサンの主張」をしたいところですが、「襲雷舞踊団」、「虎舞士」、「爽・上州高崎雷舞爽踊団」はなかなか強力な存在です(すでにワタクシなど「影ながらのファン」として取り込まれております)。

それにしても、前橋には「弁天ワッセ」がありますが、「もてなし広場」を一杯にする規模で毎月開催し、ついに100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」、脱帽です。

(8月4日、5日は「高崎まつり」ですね。7月8日エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』に書いたように、七夕まつりが終わった前橋は、8月11日に1万5,000発が打ち上がる「前橋花火大会」が控えております)

(07年6月13日エントリーの『群馬音楽センターのコントラバス型電話ボックス』で取り上げた、多分日本で唯一の「コントラバス型電話ボックス」が「もてなし広場」のすぐ近くにあります。見逃すと一生の悔いになる、かも)

Img_7165 (「ようこそ高崎人情市」にはたくさんの食べ物屋台が並びますが、07年5月31日エントリーの『高崎「東竜」の肉味噌そば』、07年7月4日エントリーの『月に一度は高崎「東竜」の肉味噌ラーメン』で取り上げた「東竜」や、07年6月8日エントリーの『高崎「もりや食堂」の焼きそば』の「もりや食堂」、07年6月13日エントリーの『高崎「グランドホテル長谷川」に行くなら「とん珍漢」』の「とん珍漢」、06年3月19日エントリーの『高崎にあった天使の食べ物』のそばの「さぎょう」などに足を延ばしてみるのも手ですね。いずれもJR高崎駅近くですから歩いて行けます)                          

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」が開催される高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月12日 (木)

創業者が群馬県出身であるビックカメラの有楽町店横の地下にある「小洞天」でランチ

前回エントリーの「群馬から国士舘大学までの旅」に書いたように、7月10日は東京に出かけましたが、国士舘大学に寄ったあと、次の目的地である有楽町に出ました。             

Img_8835_2 で、有楽町に着いたときは丁度昼飯タイムだったので、JR有楽町駅前にある元「そごう」の「ビックカメラ有楽町店」横の地下にある「小洞天」でランチです(写真は銀座通りの「シャネル」のショーウインドウ)。

(ビックカメラの創業者である新井隆二氏はご存知のように群馬県出身です。確か、高崎工業高校を卒業しているのではないでしょうか。ヤマダ電機も群馬由来の家電量販店ですから、駅前発家電量販VS郊外発家電量販は、実は「群群対決」でもあるわけです。もっとも山田昇社長の出身県は宮崎県ですが・・・。ついでに言えば、群馬県人で、有名な登山家だった山田昇さんという方もいました。名前からして、すごいですよね)

高校生の頃から「小洞天のシュウマイ」のファンですから、つい寄ってしまいます。

Img_8805 (高校生の頃、東京で勤め人になっていた兄が、土産に買ってきてくれたのが「小洞天のシュウマイ」。粉っぽいシュウマイしか知らなかったワタクシは、初めてこれを食べたとき、ほんと感激しましたね。お肉一杯のジューシーシュウマイ。食べるたびにその感激を思い出します)

(それはそれとして、「崎陽軒のシュウマイ」。電車での缶ビールのお供に最適です。冷たいままでもよくビールに合います。これにさきいかとピーナッツがあれば、もう極楽昇天「余は満足じゃ」の境地。やはりワタクシは安上がりにできてます・・・)

Img_8803_1 メニューを見ると、午後1時過ぎになると名代のシュウマイが2個から4個に一挙倍増になるランチを発見。

丁度午後1時を過ぎたくらいだったので、欣喜雀躍、即断即決、一切の迷いなくそれを注文してしまいました。

で、いただいたわけですが、これに付いていた担々麺、ちょっと辛かった。

煙草を吸うので、人様より辛味に鈍感なはずなんですが、思わずむせました。

その前の7月8日日曜日に、前橋市の街中にある「四川楼」で昼飯に名物の担々麺を食べたばかりなので、余計辛く感じた次第(前橋「四川楼」にご関心の向きは07年7月15日エントリーの『前橋「四川楼」の担々麺』をご参照下さい)

フグ食べたわけでもないのに、ひさびさにしびれちゃいました(この辺もワタクシは安上がりにできていますね・・・)。                                              

追記:当初、ビックカメラの創業者である新井隆二氏が、「高崎商業高校」の卒業、と書きましたが、コメントをいただいた「上州屋千平」さんのご指摘により、「高崎工業高校」の卒業であることが判明しましたので、関係各位にお詫びし、訂正させていただきます。m(__)m

【ビックカメラの創業者である新井隆二氏が卒業した高崎工業高校がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月11日 (水)

群馬から国士舘大学までの旅

昨日7月10日は所用で国士舘大学まで遠出です。

Img_8788 連れのK氏と午前8時15分に高崎駅新幹線入場口で待ち合わせ(左写真は新幹線からの埼玉的風景)。

大宮で新宿湘南ラインに乗換え新宿駅へ。そして小田急電鉄小田原線に乗って梅が丘まで。

道が不案内のためタクシーで国士舘大学まで行こうとしたのですが、タクシーが捕まらず、国士舘大学まで歩くことになりました。

到着したのは午前10時45分。予定通り、といったところでした。

Img_8793 しかし、新宿から乗った「区間準急」の電車は本厚木行き。

前回エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』や07年6月17日エントリーの『「太陽の季節」はデニーズ逗子店で朝飯』、06年11月14日エントリーの『愛しのマグロほほ肉フライ』、06年10月7日エントリーの『BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち』、06年7月12日エントリーの『最近はフクヤのハッスル餃子』などに書きましたように、昨年3月まで神奈川県厚木市に2年間単身赴任しておりましたので、妙な懐かしさを感じました。

急行なら、新宿―本厚木は50分です。1時間掛かりません。

Img_8797 国士舘大学の1、2年過程は町田市にあるとか。小田急電鉄小田原線の町田駅は結構利用しておりました。

国士舘大学のあとは有楽町に回らなければならなかったので、梅が丘駅まで戻って新宿方面行きの電車に乗りましたが、時間があれば本厚木まで足を延ばしてみたかったですね。             

(群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬県の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【群馬から国士舘大学までの旅の入り口となったJR東日本高崎駅がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月 8日 (日)

「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す

Img_8655  今日7月8日は「前橋七夕まつり」の最終日(ご関心の向きは07年7月7日エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」をご参照下さい」。

今日の呼び物は、「にこにこパーキング」の特設会場で行われる「だんべえフェスタ2007 火の皇・光の軍(ヒノミカド・ヒカリノイクサ)」です。

つまり、前橋名物「だんべえ踊り」大会です。「前橋まつり」のときは大々的に路上パフォーマンスしますが、今日は残念ながら特設会場のみのようです(「前橋まつり」にご関心の向きは、06年10月14日エントリーの「前橋まつりやってます」、10月15日エントリーの「狂熱の前橋まつり、終わりました」をご参照下さい)。

Img_8687 午後0時30分から午後8時30分まで行われるそうですが、ずっと見ているのはちょっと無理なので、頭の部分だけ、いつものようにチャリンコ散歩で見に行ってまいりました(左は開会挨拶する高木政夫前橋市長)。

そうしたら、神奈川県の厚木市から、よさこいチーム「Funny」の皆さんがゲスト出演しているではありませんか。

「Funny」さんの中に知り合いがいるわけではないのですが、それでもなんか、ほんと、お懐かしい、という感じでした。

Img_8705 と言うのも、昨年3月まで2年間、神奈川県厚木市に単身任していましたので、厚木と聞くと、懐かしさがこみ上げてきてしまうのです(左は「Funny」さんのパフォーマンス)。

(ご関心の向きは、06年6月20日エントリーの「裸の犬!」、06年6月21日エントリーの「湘南ナンバー」、06年6月23日エントリーの「湘南考」、06年7月4日エントリーの「小田原ならわらべ菜魚洞、茅ヶ崎ならあさまる」をご参照下さい)

ところで、多くの方が数多(あまた)ある「市」の中で、なぜ神奈川県の厚木市なのかとお思いでしょうが、これには種明かしがありまして、今年1月の選挙で厚木市長に当選した小林常良氏と高木政夫前橋市長は大学時代からの親友で、よく行き来しているのです。

Img_8706_1 (高木政夫前橋市長は若い頃より政治を志し、市議→県議→市長となったわけですが、小林常良厚木市長も同じように市議→県議→市長になっています。若い頃からお互いに影響しあったようです)

そんな背景が、厚木のよさこいチーム「Funny」さんの来演に繋がったのではないかと思います。

神奈川県厚木市から前橋市までは、高速道を利用して渋滞に巻き込まれなければ、2時間半くらいで来られますが(渋滞に巻き込まれたら、気が遠くなるような時間がかかりますね・・・)、それにしても物見遊山に来たのではなくて、踊って帰らねばならないのですから、大変お疲れ様です。

(前橋市には数少ない厚木関係者(?)として、ワタクシは目をうるうるさせながら応援しておりましたよ)

Img_8730 8月3日から5日まで厚木市では「あつぎ鮎まつり」が開かれるそうですから、「Funny」の皆さんはその準備もしなければ、ですね(左はこども「だんべえ踊り」のお友達)。

力強い踊り、大変楽しませていただきました。運転には気をつけて帰ってね。

それから、せっかくだから「原嶋屋の焼きまんじゅう」、食べて行ってね(画像は07年1月7日エントリーの『年越しそばと年越し焼き饅頭』にあります)。

それから、関越自動車道前橋インターチェンジに入る前には「うっふボーノ」に寄って、シュークリームをお土産に買って行ってね。厚木市の近くにはシュークリームやエクレアで有名な「銀座コージーコーナー」の工場があるけれど、「うっふボーノ」のシュークリーム、なかなかなんです。比べてみてね。(「うっふボーノ」にご関心の向きは、07年6月30日エントリーの「前橋『うっふボーノ』のランチでビール」をご参照下さい)。

ついでにそれから、厚木市の名物に豚肉の味噌漬け「豚漬け(とんづけ)」があるけれど(ホルモンの焼き鳥屋さんも大変多く、その代表格は「酔笑苑」。厚木市民で知らない人はいませんね)、去年前橋の名物料理に豚肉料理が決まって、豚汁の進化系「tonton汁」がその代表的存在になっているので、厚木市でも流行らせてね(ご関心の向きは06年8月24日エントリーの「前橋名物に豚肉料理、決定す」をご参照下さい)。

お願いいろいろですが、よろしくね。                                   

(群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【神奈川県厚木市のよさこいチーム「Funny」が来演した「前橋七夕まつり」をやっている群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 7日 (土)

平成19年「前橋七夕まつり」やってます(花より団子篇)

花見では桜よりも酒を楽しみにする方も少なくありませんが、七夕まつりも七夕飾りの見物だけで終わりと言うのではちょと寂しい。

Img_8499 7月5日に開催され、明日7月8日まで行われる「前橋七夕まつり」に出かける目的も、七夕飾り見物だけではないでしょう。

(ご関心の向きは前回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます(露天商篇)」、前々回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」、07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」、06年7月7日エントリーの「前橋七夕祭りやってます」をご参照下さい)

Img_8409 露天で売られるお好み焼きや焼き鳥焼きそばの類をその場で食べたり、買って帰るのも楽しみの一つです。

むかしからある「はしもとや」や「田毎庵」に寄るのもいいでしょう(ご関心の向きは07年5月7日エントリーの「懐旧の『田毎庵』と『はしもとや』」をご参照下さい)。

Img_8570 「モモヤ」で一休みするのもいいですね(ご関心の向きは07年5月6日エントリーの「『モモヤ』独走す」をご参照下さい)。

クルマで街中に来たのでなければ、のどを鳴らして生ビールを飲みたいものです。

今日は午前中に、七夕まつりが行われている前橋の街中にチャリンコ散歩で出かけたのですが、銀座一丁目通りにある八百屋さんの店頭を見てビックリ。

バナナの荷箱が山と積まれておりました。

Img_8450 はてさて、この八百屋さん、店先でバナナの叩き売りでも始めるんかい、と最初は思いましたが、少し考えて、そうかそうか、バナチョコやってる露天商さんに頼まれたバナナか、と思い至りました。

この伝でいくと、前橋にある製麺屋さんやプロパンガス屋さん、酒問屋さん、「前橋七夕まつり」の期間、結構いい商売になっているかも知れません。

(肉屋さんなんかどうなんでしょう)

(金魚すくいの露天商さんなんか、商品が生き物ですから、仕入れ大変なのではないでしょうか)

Img_8435 かつて神奈川県の厚木市に単身赴任していたことがありましたので、一度だけですが「日本3大七夕まつり」に数えられる「湘南ひらつか七夕まつり」を見にいったことがあります(2004年の「湘南ひらつか七夕まつり」でした)。

そこでもっとも印象に残っているのは、満員電車並の混雑と、350円(だったと思う)で売っていたアンデスメロン。

もちろんアンデスメロンはそのまま売っているわけではなく、頭のほうをカットしてそこに果肉をほじりだすスプーンを突っ込み、ストローも付けて売っているのです。

飛ぶように売れていましたね。

アンデスメロンと格闘する親子連れとアンデスメロンを買おうとする親子連れで、その店の周辺はごった返しておりました。

Img_8508 それを思い出したからではありませんが、国道50号線沿いにあるディスカウント八百屋の「中林青果」に行って買い物をしてしまいました。

(「中林青果」さん、お祭りに関係なくいつも混んでいます)

大玉スイカの4つ切り330円です。「湘南ひらつか七夕まつり」で見たアンデスメロンより安い買い物でした。

でも、ちょっとでか過ぎるので、これにかぶりつきながら七夕まつりを見て歩くわけにも行かず、お持ち帰りです。

Img_8514 その帰り、ついでに「中央通り名店街」の国道50号線口近くにある「魚松」さんで、鮎の塩焼き3匹お買い上げです(強い炭火のせいか、写真の画面のピントが合いません)。

これは食べながら歩くこと、できないわけではないんですが、夕方ビールを飲むときのアテにするため、これもお持ち帰りです。

なんとなく夏だなあ、と思います。           (群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬県の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【今年は雨が少ない「前橋七夕まつり」をやってる群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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平成19年「前橋七夕まつり」やってます(露天商篇)

年を重ねるごとに1年はだんだん短く感じられてきますね。

Img_8495 40歳代は、30歳代より時間が経つのが早いぞとか、50歳代は40歳代より季節の移ろいが早いぞとかよく言われました。

ついこの間お節料理を食べたような気がしますが、もう7月ですから、1年の半分が終わってしまいました。

光陰矢のごとし、です。

小学校一年生の頃の1週間は、土曜日が待ち遠しく、じつに長く感じられたのに、半世紀男になった今、一週間、ほんと短く感じます。

Img_8431 ところで、今日7月7日は七夕。1年に一度、織女(織姫)と牽牛(彦星)が会うことを許された日(夜)です。

※七夕伝説に関しては下記参照
http://www.yumis.net/tanabata/

1年ぶりの逢瀬ということになりますが、織姫、彦星にとって1年は果たして長く感じるのでしょうか、それとも短いのでしょうか。

普通に考えれば、好きあう仲ですから「一日千秋の思い」ということになるわけですが、宇宙空間に暮らす織姫、彦星です。

Img_8442 人間の時間単位である1年なんて、実は、ほんの瞬きくらいの時間感覚かもしれません。

人間で言えば、何のことはない毎日会っている感覚だったりして・・・(星の運行の問題ですから、この考えは当てはまらないようです)。

ま、それはそれとして、前橋市では毎年「前橋七夕まつり」を開催して(今年は7月5日から7月8日まで)、この織姫彦星お二方の1年ぶりのデートを盛り上げるのが慣わしとなっております。

Img_8405_1 (前回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」や07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」、さらには昨年の七夕まつりの写真を掲載した06年7月7日エントリーの「前橋七夕まつりやってます」をご参照下さい)

(前橋だけでなく全国的に行われておりますが、中には月をズラして開催したりします。前橋では律儀に7月7日前後に行います)。

Img_8464 例年この季節、梅雨と重なりますから雨にたたられるのが恒常化しており、織姫彦星が1年ぶりに会えた嬉し涙、と解釈しておりますが、今年はラニーニャ様が太平洋に発生したことの影響でしょうか、空梅雨で、開幕日の7月5日以来雨なしです。

(雨が降るのは嬉し涙ではなく別の要因であると、まったく違った発想の不届きな主張をする方もまれに、とくに飲酒の場において、おりますが、無視します)

Img_8604 (今日午前中、二ツブ三ツブといった雨がぱらつきましたが、午後になって日差しが出てきております)

この織姫彦星お二方の祝祭である「前橋七夕まつり」に花を添えるのが露天商の露天の数々。

小さな頃の思い出が露天で買ったバナチョコやりんご飴、そしてくじ引きや金魚すくいだった人、少なくないのではないでしょうか。

織姫彦星も、露天の間をそぞろ歩くデートがしたいかもしれません。

【露天商の数がすごい「前橋七夕まつり」が行われている前橋市から軽井沢までの直線距離≒26マイル≒42km】

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平成19年「前橋七夕まつり」やってます

Img_8488 07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」で書きましたように、北関東最大の七夕まつり「前橋七夕まつり」が7月5日(木)に開幕しました。

明日、7月8日の日曜日まで開催されます。

(昨年の「前橋七夕まつり」の様子は、06年7月7日エントリーの「前橋七夕まつりやってます」をご参照下さい)

日本三大七夕まつりは、宮城県仙台市、神奈川県平塚市、愛知県一宮市で開催される七夕まつりということになりますが、群馬県前橋市の七夕まつりもそれらに勝るとも劣らない賑わいです。

Img_8493 で、ワタクシもさっそく先ほど街中まで、久しぶりのチャリンコ散歩で出かけて、「前橋七夕まつり」の様子を激写してまいりました。

中心街に到着したのはまだ特別なイベントも行われていない午前10時半だというのに、すでに人の波が押し寄せておりました。

普段閑散としている中心商店街がウソのような賑わいです。

露天商の数も半端ではありません。

Img_8404 商店や会社の七夕飾りに混じって、前橋市内各所の幼稚園・保育園の児童・園児が作った、可愛いお願いの短冊が結び付けられた笹飾りもたくさん並んでいます。

時間が時間だけにお子さん連れのファミリーが多く見物に来ておりました。

浴衣を着た小・中学生くらいの女の子のあどけない笑顔が、あちこちで見られます。

夕方にかけては、二十歳を過ぎたお嬢さんたちが、浴衣姿で大勢お出ましするに違いありません。

Img_8596 今日は、「全国高校野球選手権群馬県大会」の開会式があったり、「群馬県知事選」告示後初の土曜日だったりで、何かとせわしい一日ですが、そんな中、のんびり「前橋七夕まつり」に出かけてみるのも浮世の一興です。

なんてったって、人生において今日の日は今日だけです。

【北関東一の七夕まつりが開催されている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 6日 (金)

沼田鉈の古見製作所

Img_8320 前回の「和魂洋才・沼田『フリアンパン洋菓子店』のみそパン」や前々回の「沼田『馬鹿旨』でまたラーメン」に書きましたように7月5日は沼田市に出かけたのですが、用務先のすぐ近く、材木町の交差点を迦葉山方面に少し行ったところで、沼田鉈で知られる「古見製作所」を発見しましたので、大慌てで食品スーパーの駐車場(フレッセイ沼田店さんの駐車場)にクルマを止め、「古見製作所」さんの店頭風景を思わず激写してしまいました。

懐かしかったんです。小学校6年生の1年間、沼田市で暮らしたことがありました。

そしてかつてこの「古見製作所」に来たこともあるのです。

※古見製作所の鉈については下記参照
http://www.asahi-net.or.jp/~bq9t-tkhm/kajiya_mininata.html

Img_8324 沼田市は言わずと知れたかつての城下町。それに近郷近在の農具需要や山林業の道具需要も加わって、鍛冶屋さんの活躍する余地が少なからずあったものと思われます。

きっと「古見製作所」の創業もそんなところに発しているのではないでしょうか。

「古見製作所」といえば山仕事に使う鉈が有名です。折り紙付の使い良さで知られます。

庭木の手入れのときにも重宝するので、昔、親のお供でこの店に鉈を買いに来た、と言うわけです。

(もちろんその鉈は今もありますが、無精者ゆえ手入れが悪いので、恥ずかしくって、現物の写真掲載は割愛させていただきますが、手入れが悪くても使い心地はグッドです)

小学校6年生のとき居住していた地域にあるのは4年生までが通う分校だけしかありませんでしたから、電車で沼田駅まで行って、本校に通っていました。

Img_8316 (帰りに1時間も電車を待つような場合は、坂を登って駅の上の台地に広がる街まで焼きまんじゅうを買い食いに行きました。店の人が、消し炭で焼きまんじゅうを焼いている姿が記憶にあります。河岸段丘で有名な沼田ですが、沼田駅は段丘の下の方にあり、繁華街は段丘の上にありました。写真は沼田市外のレトロな建物)

ですから、朝夕沼田駅周辺の景色を見ていたわけですが、当時、沼田駅の構内にはいつも木材があふれかえっておりました。

昭和40年代前半のことです。

テレビの外枠もスピーカーの外枠も当時は木材が使用されていたぐらいです。

りんご箱、みかん箱、日本酒の運搬箱。みんな木製でした。

ですから沼田市周辺の林業も活発だったと思われます。となれば、その頃「古見製作所」さん、大分賑わっただろうと思われます。

Img_8305 しかし、その後殆どのものがプラスチック製に置き換わり、国産木材需要は減少し、それとともに沼田から活気が消え、寂れて行きます(写真はグリーンベル21と立体駐車場を結ぶ空中回廊に飾られていた七夕の笹飾り)。

「古見製作所」もまた同じ運命を辿ったのではないでしょうか。

今ではホームセンターなどでも鉈を売る時代です。工場併設で直売の「古見製作所」ですが、価格ではとても太刀打ちできないでしょう。

沼田の街中を少し歩くと8月3、4、5日に予定されている「沼田祭り(大天狗まつり)」のポスターがあちこちに張られていましたが、そのポスターの横に神輿の担ぎ手募集中のポスターが並んで張られているところもありました。

かつての沼田の賑わいを知るものにとっては些か寂しい限りです。

【沼田鉈で知られる「古見製作所」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒32マイル≒52km】

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2007年7月 5日 (木)

沼田「馬鹿旨」でまたラーメン

今週は「ラーメン昼飯強化週間」ではないのですが、月曜日(ご関心の向きは07年7月4日エントリーの「月に一度は高崎『東竜』の肉味噌ラーメン」をご参照下さい)、そして昨日(ご関心の向きは同じく07年7月4日エントリーの「久々に前橋『広ちゃん飯店』に寄る」をご参照下さい)に続き、昼飯に食べたのはラーメンでした。

Img_8308 仕事で沼田市に出かけましたが、前橋市を発つのが遅く、仕事が一段落して、さて昼飯でもと思ったときにはすでに午後2時を回っておりました。

一般的にはランチタイムが終了してしまう時間なので思案投げ首の結果、尾瀬、日光に向かう観光ルート、別名「日本ロマンチック街道」の国道120号線沿いに行けば、休憩なしで営業している食べ物屋さんがあるに違いないと思い、沼田の街中から関越自動車道沼田インターチェンジ方面に向かった次第。

そして沼田インターチェンジ入口を越してさらに日光方面に進むと、ど~んと目に飛び込んできたのはかつて一世を風靡した「馬鹿旨」の看板です。

(その手前「とんかつ トミタ」にふらふらとよろめいたのですが、反対車線沿いだったので、体制立て直しそのまま通過)

Img_8309 で、車道から外れて「馬鹿旨」の駐車場にクルマをとめると、果たして営業中です。

実に10年ぶりくらいの「馬鹿旨」。「ラーメン餃子が旨い店」がうたい文句で、かつては老いも若きも、地元空も遠方からもお客が押し寄せた店です。

しかし、時の流れ人の気の移ろい、一時人気が離散し、ワタクシも10年ほど足が遠のいておりました。

確か10年前、川場村にりんご狩りに行った帰りに寄ったのが最後だったように記憶しております。

その後は沼田市に行っても昼飯は、「川場田園プラザ」(ご関心の向きは06年11月25日エントリーの「晩秋、川場村でフジにかぶりつく」をご参照下さい)やら、旧月夜野町の「中華たむら」で食べたりしておりましたので、すっかりご無沙汰しておりました。

この間沼田市に行ったときも、途中昭和村の「そば処 つつみ」で昼飯を済ませましたので(ご関心の向きは07年6月2日エントリーの「昭和村で『こしあぶらの天ぷら』に会う」をご参照下さい)、「馬鹿旨」には寄らずじまい。

で、さっそく入店して「広東ラーメン」を注文。

悪くないんです。中太の麺なんか、しっかりスープに絡んでおいしいんです。歯ごたえグットなんです(ラーメンの写真は湯気のため一部かすんでおります。そのくらい熱々で出してくれます)。

しかし、「広東麺」、あるいは「うま煮麺」の場合は、八宝菜のあんがかかっていて欲しいと思うわけです。

銀杏なんか入っていて欲しいわけです。うずらの卵も入っていたらうれしいなと思うわけです。

エビなんか入っていると色取りが良くなるんじゃないかな、なんて思うわけです。さらに、今日は七夕近いし、イカの短冊切りなんか入っていると、またすぐ来ようかな、なんて思うんです。蒲鉾の短冊切りでも文句は言わない、なんて思うわけです。血圧低くないほうですから、もう少し塩気が軽くてもいいかな、なんて希望してしまうわけです。

愛想もいいんです。水なんかなくなると、すぐに気がついて何も言わなくても注ぎ足してくれるんです。

ただ、ワタクシのイメージする「広東麺」ではないという我がままなんです。でも、と言うか、だからと言うか、つい足が遠のいてしまうんです(10年前の注文も「広東ラーメン」でした)。

ごめんね。今度は別のもの頼みます。

【日本ロマンチック街道沿いに「馬鹿旨」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒32マイル≒52km】

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2007年6月27日 (水)

「前橋七夕まつり」始まります

昭和26年に始まり、今年(平成19年)で57回目となる「前橋七夕まつり」が7月5日(木)から7月8日(日)までの4日間、前橋中心商店街で開催されます。

Img_8034 前橋4大イベント(1月の「初市まつり」、7月の「前橋七夕まつり」、8月の「前橋花火大会」、10月の「前橋まつり」)のひとつに数えられる「前橋七夕まつり」は、七夕まつりとしては北関東一の規模。

前橋中心街の底力を見せてくれます(昨年の様子は、06年7月7日エントリーの「前橋七夕祭りやってます」をご参照下さい)。

7月5日(木)からの開催ですが、前景気を煽るように、すでに「前橋中央通り名店街」では飾りつけが始まっています。

「前橋七夕まつり」ついでに言えば、「旧赤かんばん」の場所は取り壊され、来年にはケア付きマンションが完成するようです。

Img_8041 また「旧新星堂」も現在改装中で、8月にはスタジオやリラクゼーション施設などが入るテナントビルに生まれ変わるとか。

新生前橋中心街の息吹をなんとなく感じさせます。

「けやきウォーク前橋」が誕生したことに刺激され、漸く前橋中心街も再生に向けて本気を出し始めたようです(「けやきウォーク前橋にご関心の向きは、07年2月11日エントリーの「『けやきウォーク前橋』の開業迫る」、07年2月16日エントリーの「3月7日に決定した『けやきウォーク前橋』の開店、07年3月11日エントリーの「本格開業した『けやきウォーク前橋』」などをご覧下さい)

土曜日、日曜日そして祭日には40~50名の行列が開店前にできる「BAPE 前橋店」(ご関心の向きは07年6月22日エントリーの「『BAPE 前橋店』改装中」の記事をご覧下さい)といったユニークな存在もある前橋中心商店街です。

ここ数年には「すってんぺ」、「四川楼」といった飛び切りの中華料理店もオープンしている前橋中心商店街です(四川楼にご関心の向きは、07年6月21日エントリーの「前橋『四川楼』は中華のパラダイスだった」をご参照下さい)。

「前橋七夕まつり」をきかっけに、ロハスな前橋中心街の魅力をゆっくり楽しむのも、大人の時間の過ごし方です。

17歳の高校生だった自分に、きっとめぐり合えるのではないでしょうか。

出かけてみてください。                                          

追記:今年平成19年の前橋七夕まつりの様子は、07年7月7日エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」や「平成19年『前橋七夕まつり』やってます(露天商篇)」をご参照下さい。

【7月5日から7月8日まで七夕祭りが開かれる前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月22日 (金)

「BAPE 前橋店」改装中

昨日は飲み会のため、前橋の街中に出撃しましたが、その途中で「BAPE 前橋店」に異変が起きていることに気づきました。

Img_7774 「BAPE 前橋店」外装、内装とも改装してました。

明日は書き入れ時の土曜日なので、もう今日で工事は終わっているかも知れません。

今までは何の装飾も無い白亜のビルで、横を通る人にも「BAPE 前橋店」とはなかなか分かりませんでしたが、「類人猿」のマークがつきましたから、これで裏原宿系のあの「BAPE」であることがはっきりします。

06年10月7日エントリーの「BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち」や06年10月9日エントリーの「極秘ファイル、どうもミスターNIGOは前橋出身らしい」の写真と比べてみてください。

この隣りに、もう1軒、裏原宿系の店でもできれば、かなりインパクトありますね。

そしたら、その隣りに「スターバックス」ではなくて、「エクセルシオールカフェ」に出店してもらいましょう。

そしたらその隣りに「シップス」か「ビームス」か「ユナイテッドアローズ」に出店してもらいますか。

で、そしたらその隣りに・・・。

瞼を閉じると、そんな風景が見えてきます。こんなことを考えるワタクシはいけない子。夢はやっぱ、夜開く・・・ですね。

【軽井沢にもない「BAPE」が奇跡的にある前橋市から軽井沢町までの距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月17日 (日)

「太陽の季節」はデニーズ逗子店で朝飯

6月14日、昨年より5日、平年より6日遅れての梅雨入りですが、皮肉なことにその後今日まで、晴れのいい日が続いています。すでに「太陽の季節」到来を思わせます。

今年はラニーニャが発生しており、早くからこの夏は猛暑で空梅雨との予報がでていましたから、その通りになっている、ということでしょうか。

Img_0027_1 まあそれはそれとして、こう夏らしい日が続くと、海なし県群馬に住んでいるワタクシが、つい、思い出してしまうのは神奈川県厚木市に単身赴任していた頃の夏の週末(写真は、茅ヶ崎の海を見る少年とオッサン)。

所用があって、週末に、本来の住処である群馬県前橋市に帰還できず、致し方なく土日を厚木で過ごさなければならない場合、朝ごはんはデニーズ逗子店までクルマをとばし、江の島や相模湾を眺めながら、一人で500円のモーニングセットを食べておりました。

(もちろん、はるか故郷を思い、パンに涙の塩して、です)

血圧低くありませんから朝の目覚めは早いほうなので、5時半頃厚木を出ると、遅くとも7時前にはデニーズ逗子店に入ることができます(渋滞なしなら、厚木から江の島まで50分)。

さすがに、この時間帯は渋滞なしです(逗子まで行く途中に、海を見られるファミレス結構ありましたが、今思えば、何故か一切無視して逗子)。

厚木から、国道129号線をまっすぐ南下すると相模湾沿いを走る国道134号線にぶつかります。ぶつかったところが高浜台のT字交差点ですからそれを左折し、あとはひたすら逗子まで走るだけです。

(道が分かるようになってからは、ワタクシは相模一之宮である寒川神社方面を経由する、もう少し近道を利用するようになりましたが・・・)

※寒川神社に関しては下記参照
http://www.samukawa-jinja.or.jp/index02.htm

(高浜台の交差点を茅ヶ崎方面に少し走ると浜見平の信号があります。そこを左折すると06年7月4日エントリーした「小田原ならわらべ菜魚洞、茅ヶ崎ならあさまる」で取り上げた、ランチメニューで宴会ができる「あさまる」があります)

※「あさまる」は下記参照
http://www.asamaru.jp/

Img_0020 茅ヶ崎の烏帽子岩を眺め、パシフィックホテル跡に建つオシャレなマンションだの、新江の島水族館だの、腰越小動(こゆるぎ)だの、江ノ電鎌倉高校前駅がある七里ガ浜だの、稲村ヶ崎だの、由比ガ浜だのを過ぎると鶴岡八幡宮からまっすぐ来る道とぶつかる鎌倉滑川の信号になります。

※江の島についてはこの下記のサイトがすごいですよ
http://mirabeau.cool.ne.jp/enoshima/

Img_7028 それをさらに、134号線のまま、材木座海岸沿いを走り、日本史の教科書でお馴染みの和賀江島を望見し、逗子マリーナの横を通り(国道134号線はこの区間トンネルで、直接逗子マリーナには入れませんが・・・)、逗子湾が見えれば、デニーズ逗子店はもうすぐです。                                              

(上の写真は鎌倉小町通りで売ってる「鎌倉半月」。ゴーフルタイプのお菓子です。群馬県でゴーフルタイプのお菓子といえば「旅がらす」。それに鎌倉に「鳩サブレー」があるように、前橋には「鶴サブレー」があります)

※逗子マリーナに関しては下記参照
http://www8.ocn.ne.jp/~wonder1/sea_zu.html

その名も泪橋交差点の近くにデニーズ逗子店はあります。デニーズ逗子店が一杯の場合は、道を戻らずに葉山御用邸への近道を進み、葉山マリーナの横を通ってデニーズ葉山森戸店にいく手もあります。

※葉山・逗子情報に関しては下記参照
http://www.kanshin.jp/hayama/

デニーズ葉山森戸店のほうがリゾートリゾートした建物なので、こちらがよいという人も少なくありません。

また、デニーズ逗子店の手前には、逗子湾を真正面に見るロイヤル逗子店もありますから、こちらに入るのも一法かと思います(朝食セットは同じような値段ではないでしょうか)。

平塚高浜台交差点から逗子・葉山までに、有名なレストランは掃いて捨てるほどありますが、さすがに朝7時前からやっている店は皆無です。

また、どうしても海を見ながら「牛丼の吉野家」がいいという人は、鎌倉腰越にある「牛丼の吉野家」を最後に、横須賀市を除けば、三浦半島に「牛丼の吉野家」はありませんから、気をつけてくださいね。

海無し県群馬に生まれ育ったものとしては、海を見ながらのブレックファーストは、それだけでご馳走です。

6月23日、圏央道(首都圏中央連絡自動車道)の「あきる野インターチェンジ」から中央自動車道の八王子ジャンクションまでの区間が開通し、これで関越自動車道と中央自動車道が直接繋がるわけですが、八王子ジャンクションから東名自動車に繋がる「さがみ縦貫道」が全線開通すれば、前橋市から茅ヶ崎市まで、2時間かからず行けるようになると思います。

そしたら「太陽の季節」である夏には、朝4時起きして、前橋からデニーズ逗子店へ、500円のモーニングセット食べに行きましょうか。今でも、ETC使えば、高速料金半額くらいだし・・・(もっと安くならないかなあ)。

【地球温暖化が進めば海無し県から海有り県に変身できるかも知れない群馬県の県庁所在地である前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】

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2007年6月13日 (水)

群馬音楽センターのコントラバス型電話ボックス

未だ映画『マトリックス』が、謎の塊のままのワタクシがこんなこと書くのもなんですが、緊急事態に直面した主人公が、見た目超アナログ電話で、やたら本部に助けを求めるシーンが出てくるのは、きっと何か深~いッ、訳があるに違いありません(何なんですかね?)。

Img_7458 日本国内では次々に撤去されている公衆電話ですが、残った電話の中味はISDN(!)などに進化を遂げているくらいですから、『マトリックス』の見た目超アナログ電話、本当はすご~い電話なんでしょうね。ま、実際、超ハイテク武装された本部に繋がるわけですから・・・。

(意外にも、『上司は思いつきでものを言う(橋本治著、集英社新書)』の一節に、映画『マトリックス』の理解の助けになる一文があったような記憶があります)

やはり、昔の黒電話モデルが、デザイン的に、人間に一番優しい、ということなのかもしれません。

Img_7462_1  で、それはそれとして、まあ話は違ってしまいますが、先日高崎市にある群馬音楽センターを横切るときに発見したのが写真のコントラバス型電話ボックス。

始めは、いったい何なんだ~、と思いました。

もちろん、弾くことはできません(身体を擦り付けることはできます)。

しかし、モニュメントとして、群馬音楽センターと言う群馬県のクラシック音楽の殿堂横に鎮座して、立派にそのお役目を果たしております。

映画『ここに泉あり』で知られる群馬交響楽団の本拠地の群馬音楽センター。訳分かんないけど、埴輪もあります(多分、高崎市にある観音山古墳から出土した埴輪を参考にしているのではなかろうか、と思います。膝に乗せているのは、大正琴かもしれません)。

Img_7474 名建築にも数えられる群馬音楽センターですが、今年になって建て替え構想が打ち上げられました。

小学生のとき、群馬クラシック音楽の殿堂たる群馬音楽センターにおいて、父が勤める会社の慰安会で、藤島桓夫が歌う『月の法善寺横町』に喝采を送ったワタクシとしては、心中複雑なものがあります。

まあ、それはそれとして、電話ボックスに話を戻すと、この電話ボックスから電話をかけると、フィンガー5の『恋のダイヤル6700』ではなくて、何故かセロ弾きのロストロポービッチが伴奏し、志村喬が歌う『ゴンドラの唄』が呼び出し音で流れます。

『マトリックス』のアナログ型電話の上をいってます。最高です(うそですよ~ッ)。

でも、そういうの欲しいと思わない?

え?欲しくない・・・。やっぱりオレだけか・・・。

【コントラバス型電話ボックスが鎮座する群馬音楽センターを経営する高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年5月27日 (日)

カメハウス

JR高崎問屋町駅近くの住宅街で発見したカメハウス。

個人のお宅の庭にありました。塀が低いので、道路から見えます。

Img_7147 ゾウガメに会うのは、10年位前、伊豆アンディランドでお会いして以来です。ゾウガメは地上で最大のカメ類だそうです。                         

                             

※伊豆アンディランドは下記参照
http://www.izuandyland.com/

ですから、写真のゾウガメ君はまだまだ子供と言うことになると思います。

念のため申し上げますが、群馬県ではゾウガメを庭で飼うのが一般化している、ということはありません。あちこちでゾウガメが飼われているわけではありません。

ゾウガメを散歩させる人がすれ違うとき、にこやかに挨拶を交わす光景が頻繁に見られるわけでもありません。

町を歩けばゾウガメが見られる、と想定して歩いている人は、はっきり申し上げて、そんなに多くないと思います。

ここのお宅、わんこもいました。散歩はやはり別々に連れて行くのでしょうか?

【ゾウガメを飼うお宅がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年5月 7日 (月)

懐旧の「田毎庵」と「はしもとや」

社会人になってこの方20年強、日の高いうちに前橋中心商店街に足を踏み入れたことは殆どありませんでした。

日が暮れて、ネオンの海をくらげとなって漂ったことは十本の指では到底足りませんが、例えば休みの日に、街中へ買い物に出かけた、という記憶がありません。

Img_6317 毎度毎度休日が忙しかったのかと言えば、そんなことはなく、家でゴロゴロしていることのほうが多かったように記憶します。

勤務先だって前橋駅前の「けやき並木」にあったのですから、昼休みに中心商店街で昼飯を摂ろうと思えば、摂れたのです。

中心商店街に足が向かない理由は何か、と問われれば、それは極めて単純明快、皆さんとまったく同じ理由です。

敢えて中心商店街へ行く、誘因が見つからないのです。

Img_6242 1980年代に郊外型量販店、専門店の展開が本格化し、平行して中心商店街の空洞化が進みました。もちろん前橋市に限った話ではありません。

この時期は今に至るまで、私の社会人生活と重なります。

「丸井前橋店」の撤退や「前三百貨店」の閉店、「イトーヨーカ堂前橋店」の出店に対する既存商店街の反対闘争等々、いずれもなお記憶に鮮やかです。

1980年から数えるとすでに30年近くの歳月が流れ、その間中心商店街に対し様々な施策がとられてきましたが、賑わいを取り戻したかと言えば、さあいかがでしょうか?

見ての通り、と言わざるを得ません。

(その原因分析については、いずれまた)

Img_6483 昨年10月には、旧群馬町に「イオン高崎ショッピングセンター」がオープンし、今年3月には前橋市に「けやきウォーク前橋」が開業し、いよいよ前橋中心商店街は危急存亡のときを迎えています。

(オリックスは、今年11月までに前橋南部のショッピングセンター構想を打ち上げるのでしょうか?)

ただ中心商店街復活の兆しが感じられ、追い風が吹き始めていることも、事実です。

地方財政の硬直化により行政効率の改善策が急務となっていることからコンパクトシティ構想が注目され、「まちづくり3法」も成立しています。

Img_5877 地価の下落もあって、関東各県の主要都市で、中心市街地におけるマンション建設が盛んになっています。前橋市に限っても、これからなお10本近いマンション等の建設計画があります。

もしかしたら、「旧リヴィン」の、今年12月のオープンがターニングポイントになるかもしれません。すでにこのオープンを見込んで、おしゃれなレストランの進出が始まりました。

改装後の「旧リヴィン」の年間80万人の集客見込みは、レストラン経営にとって魅力です。家賃や地価の底値感も出ています。先手必勝の戦術かもしれません。

最近は、休日の日、天気が良ければ、できるだけ中心商店街へチャリンコ散歩で出かけるようにしています。しかしながら、正直に申し上げると、その動機は、お気に入りの店が見つかったからではなく、「判官贔屓」の心情が大きいと言わざるを得ません。

肩入れ、です。義を見てせざるは勇なきなり、です。

そして高校生活を前橋で過ごした者の、懐旧の情です。ノスタルジーです。高校生の頃の「自分探し」です。                                                

昨年3月まで2年間、神奈川県厚木市に単身赴任していたため、余計に前橋への思いが強くなりました。

すでに齢は、知命。高校生の頃には、本屋だけでも「サカモト書店」があり、「アルプス書房」があり、立ち読みに寄るのは煥乎堂だけではありませんでした。

部活の後に、友達と街中を、よくふらふらしたものです(女子高生の姿を遠く眺めるだけで、満足、でした)。

30年以上、仔細に昼の中心商店街に足を踏み入れたことがなかっただけに、なんだか高校生の私が、過去と現在の時空旅行をしているようで、実に新鮮で、驚きに満ちた旅です。

立て続けにカレーうどんの「田毎庵」と、焼きそばの「はしもとや」に寄ってみました。

高校生の頃、懐具合が暖かいと、このどちらかに寄って、それから「野口の氷」を飲み(昔、カキ氷は飲むものでした)に行くのが、夏の定番コースでした。

「田毎庵」のカレーうどん、驚くほど昔と変わっていません。うなぎの寝床の店内もそのままです。覚えのある人、行ってみて下さい。

【カレーうどんの「田毎庵」と焼きそばの「はしもとや」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年5月 6日 (日)

「モモヤ」独走す

5月3日午前中、何も知らずにちんたらチャリンコ散歩で前橋中心商店街へ。

Img_6318_1  と、いつもと違って様子がヘン。

人があふれかえるほどいるんです。

毎月3日は「弁天ワッセ」、は知っていましたが、「弁天ワッセ」目当ての人出にしては、どう考えても、いくらなんでも多すぎる。

時間が経てば経つほど人が出てきていよいよ、ヘン。

うろうろキョロキョロして漸く事情が判明。「全国都市緑化ぐんまフェア」を来年に控えてのプレイベント「ちびっ子だんべえ踊り」だったんですね。

Img_6389_1  前橋市内の保育園・保育所の児童さんたちが、日頃の修練のお披露目。

会場となった「銀座一丁目通り」だけは、立錐の余地も無いほど賑わっておりました。

長時間待機後、2曲くらいちびっ子の「だんべぇダンスパフォーマンス」がありましたが、厳しいことを言えば、観客はちびっ子の保護者及びイベント関係者のみと言ってもいい状態。

Img_6388 通り一本隔てただけなのに、会場になっていないため、「銀座ニ丁目通り」は見事なくらい、泣き笑っちゃうくらいガラガラでした。

ま、それはともかく、イベントがお昼にかかり、その主役が頑是ない園児のみんな。お腹も空いていたでしょう、天気が良かったから暑くもあったでしょう。パフォーマンスが終わると、恐いものが来たわけでもないのに、蜘蛛の子をちらすように、みんな急いで帰っていきました。

で、帰り道に、「中央通り」を選んだ人たちの絶好のお昼の場になったのがレストラン「モモヤ」。

保護者の方が、よいこのみんなを連れて入るには、レストラン「モモヤ」が丁度おあつらえ向き。

Img_6416 お店の正面には、ソフトクリームなどのアイスクリームの販売窓口もあるので、よいこのみんなが見逃すはずはありません。行列と人だかりが出来ておりました。

(ちょっと順番ギャクだけど、アイスクリーム食べながらの順番待ちなら、我慢できるもんね。)

他の店に比べると、ほぼ独走状態でした。

「tonton汁」に先行する前橋名物、「トンカツうどん」がメニューにのる「モモヤ」さん。その進取の気風に、独走の理由があるのかも知れません。

【「トンカツうどん」を出す「モモヤ」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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目に青葉 山ほととぎす 野口の氷

ちんたらチャリンコ散歩が究極の「安・近・短」。毎日のように前橋中心商店街に出動しては、デジカメ写真パチパチ撮っておりました(今年は「高・遠・長」が合言葉のようでした・・・)。

ゴールデンウィークの混雑回避に一役かった、貢献した、よいことをしたと自画自賛の、今年のゴールデンウィークの過ごし方でした。

Img_6460 で、気温ぐんぐん上がる季節(昨日は館林市で気温30.7度と今年初の真夏日記録)。そろそろ「野口商店」も長い冬眠から覚めて、カキ氷始めるのではないかと、いつもその前を通っておりましたが、昨日午後0時過ぎ、例によってその前を通ると、シャッターが上がっているではありませんか。

丁度その時、店のお兄さんに出くわしたので、今年は今日からですか?とお尋ねすると、4月28日からやってます、とのお答え。

ええ~ッ?

Img_6300 5月3日にその前を通った時はシャッター閉まっておりましたので(写真左)、ありゃなんじゃったんだと思いましたが、思い返せばその時はまだ午前中。営業は、なお当分、午後からの限定のようです。

目に青葉

山ほととぎす

初鰹

の句がありますが、前橋人間には

目に青葉

山ほととぎす

野口の氷(字余り)

ですね。

(昔々のその昔、まだ鉄人28号がテレビの中で暴れまわっていた頃、野口の氷は出前もしてくれたそうです。)

【カキ氷で有名な「野口商店」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年5月 3日 (木)

いろんな駅

「道の駅」ができて以来、いろんなバリエーションが出現しています。

「旅の駅」、「まちの駅」、「食の駅」、「畑の駅」 等々。

(「食の駅」の駅長さんは、きっと、メタボな方でしょうね。)

「国際宇宙の駅(ステーション)」もある訳ですから「海の駅」や「空の駅」、「川の駅」はごくごく当然で、「せんべいの駅」や「パンダの駅」が出てきても、驚きません。                                           

今年1月になくなった歌手で、工藤夕貴さんのお父さんである井沢八郎さんのヒット曲「あ々上野駅」(1964年)では、上野駅は「こころ~ッの駅」です(ちょっと違うかな・・・)。

私が目にした中で、珍しい(?)駅ものを二つ。ともに群馬県藤岡市にあります。

Img_6278 ひとつは「薬の駅くりす店」。舌がもつれそうですが、藤岡市大字中栗須にあるのだから仕方ありません。

公立藤岡総合病院外来センター近くの主要県道「長瀞線」沿いですから、ご存知の方も多いでしょう。

Img_6274 もうひとつは、玉村町に1号店がある「肉の駅」の「道の駅藤岡 ららん藤岡」内にある2号店。

ここだけのお買い得情報ですが、玉村町の「肉の駅1号店」、月曜日の夕方に行くと、翌日が定休日のため、超特価で買えるお肉がたくさんあるそうです。

特にスライスしてしまったもの。

騙されたと思って、行ってみてください。

【「薬の駅」と「肉の駅」と「道の駅」がある群馬県の藤岡市から軽井沢町までの直線距離≒28マイル≒44km】

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2007年4月 3日 (火)

四万温泉協会宮崎局長、高崎で奮戦す

Img_5563 4月1日にエントリーした2つのブログ記事の関連になるのですが、全国都市緑化ぐんまフェア高崎会場のオープンカウントダウン式が行われた場所から北に伸びる通り、通称「さやもーる」方面を偵察に行くと、そこには温泉がありました(左はカウントダウン式の記念に、無料で配っていた花の鉢)。

商店街イベントで温泉に出会う。まったく、想像していませんでした。

誰だって破顔一笑、思わず入っちまいますよね(順番待ちの行列ができていました)。

正確には「足湯」です。お湯は四万温泉のお湯。

Img_5592 世の塵を洗ってくれる、という四万温泉ですから、大勢の老若男女が、あるいはすね毛だらけの、あるいは谷崎潤一郎もうっとりするだろうおみ足を、湯船に浸しておりました(中には、温泉に大根突っ込んでどうするんだ、と突っ込みを入れたくなるようなおみ足も散見されましたが多くは語りますまい・・・)。

そしてその横にはテントがあって、四万温泉がある中之条町の名産を販売しておりました。

なんとなんと、の思いです。天晴れというかなんというか。

人が集まるからとは言え、高崎でイベントがあると聞いてこんな仕掛けを思いつくのは彼しかいない。

そう思ってテントを覗くと、果たして、かの有名な社団法人四万温泉協会の宮崎信雄事務局長がおいでになり、はっぴ姿で、にこやかに名産品販売の陣頭指揮をとっていらっしゃいました(テ