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2007年11月12日 (月)

桜美林大学茂木俊彦教授の話を聞く

Img_2864 一昨日11月10日は前橋市総合福祉会館(写真左)で開かれた母校(高校)の創立130周年記念シンポジウムに出かけました。同窓会の役を仰せつかっていることもあり、お手伝いです。    

記念シンポジウムは、一部が桜美林大学の茂木俊彦教授(前橋四中出身で、母校を昭和36年卒業)の講演で、二部が前橋国際大学の白石昭夫名誉教授をコーディネーターに、元前橋高校教諭で現在は前橋国際大学講師の岩根承成先生を司会にして、5人の卒業生をパネリストに迎えたシンポジウムという構成です。                             

Img_2875 7人の卒業生によるシンポジウム、懐かしい話あり、思わずうなずいてしまう話ありで大変面白かったのですが、仕事で20歳前後の人と接する機会が多いものですから、「アドレッセンス」をテーマにした茂木俊彦教授の話が強く印象に残りました。                                        

桜美林大学の茂木俊彦教授は、東京都立大学の第11代総長で、東京都立大学が首都大学東京になるとき、石原都政に反対して排斥された方です(岩波ブックレットに茂木先生が書いた『都立大学に何が起きたのか 総長の二年間』があります)。            

Img_2868 先生は障害児教育が専門だそうですが、要約すれば、自己の社会的位置づけ、歴史的位置づけが難しい時代であり、アドレッセンスに自己を確立できる少数の若者と、拡散してしまう大多数の若者が混在しているとの話をしてくれました。                                         

幼児においては「ちょっと気になる子」が増えており、まだ言葉を話せない幼児との、昔からのスキンシップの一手法である「いないいないばあ~ッ」を知らない、若い親御さんが出てきているそうです。少しビックリです。                                

アドレッセンスは、自分を壊して、ゆらぎを体験しながら新たな自分を作り上げていく時期になるが、いつ終わるとも知れない「浮遊の状態」にいる若者が目立っており、アドレッセンスまでの育ち方(育てられ方)が少なからず影響しているのではないだろうか、とのことです。                      

「モラトリアム人間の時代」という言葉が流行ったのは、ワタクシが20歳代前半だった頃だと記憶しております。                        

ですから、ワタクシの世代はモラトリアム一期生かもしれません。       

その世代が、今の20歳前後の親にあたるわけですから、「浮遊状態」の若者が目立っても仕方ないか、とすっかり納得してしまいます。         

日本の現代史の位置づけが曖昧なことも、教育を通じて、個人の歴史的位置付けを困難にしているのではないか、ともおっしゃっていました。      

なるほど、です。                

自己の歴史的位置付けをする場合、「大日本帝国的価値観」から完全に分断されたのがワタクシたちの世代かもしれません(もちろん個別家庭的に「大日本帝国的価値観」の継承を行っていた家庭もあるでしょうが・・・)。   

「末は博士か大臣か」、なんじゃそりゃ?みたいな感じです。          

戦争に負けて、日本という国のアイデンティティが浮遊したのとシンクロしています。「ALWAYS三丁目の夕日」的価値観は良く分かるのですが、それ以上でもそれ以下でもないんです。                              

話は飛躍しますが、年齢的に近い安倍前首相が、アメリカさんに義理立てして、インド洋における給油活動継続のお約束にこだわったのも判らぬでもありません。                                      

本当は「ALWAYS三丁目の夕日」的価値観しかもっていないのに、他に考えつかないので、少し無理して、「日米同盟」を日本のアイデンティティと考えたのではないでしょうか。                                

なんてったって、安倍前首相のじいさまは、日米安全保障条約の立役者である昭和の妖怪、岸信介さんです。    

無理して立てた、アメリカさんにお役に立つというアイデンティティなのに、無理に立てたからこそ余計に執着してしまった。                 

そして、日本国の代表責任者たる自分が約束したものが果たせなくなりそうになったので、ついにプッツンしてしまった。                               

そんな風に思えてなりません。                           

ところで、前橋市総合福祉会館が建っているのは、昔、前橋市立女子高校があった場所です。                    

非常に懐かしいですね。         

Img_2866 (左は前橋市総合福祉会館の中)  

何故かと言うと、ワタクシが高校生だった頃、群馬県の普通高校はほぼ100%男女別学。               

用もないのに男子高校生は女子高校に立ち入ることはできません。      

変質者扱いされてしまいます。     

しかし、正々堂々大手を振って入る方法がひとつだけありました。       

「交歓会」に来ました、という手があったのです。                  

「交歓会」。間違っても「交わり歓ぶ会」と読んではいけません。         

清らかな少女と、青雲の志に燃える少年が、社会や人生について、クラス単位で意見を交換し、歓談する会です。                                

Img_2873_2 (左は前橋市総合福祉会館の中に展示されていた小寺真知子さん作の「トリトンチーノ」。「イルカに乗った少年」ですかね。決してイルカを踏んずけているのではありません。念のため。「イルカに乗った少年」と言えば、同じ題名で城みちるが唄った歌が、高校生の頃流行っていたような気がします)

この「交歓会」を、前橋にある県立前橋女子高、前橋市立女子高、共愛学園女子高校と3年間のうちに何べんやるかが「勝負」になるわけです。    

この「交歓会」の準備を進める「交歓会委員」というのがあって、この役を引き受けると、打ち合わせと称して女子高の門を何度もくぐれる特権が与えられたりしました。    

さらに「交歓会委員」は、「前女」がいいだの、「市女」にしろだの、「共愛」じゃなきゃ出ないだの、ぶつくさほざく同級生の声をいい加減に聞いて、自分の好きな子がいる女子高を相手校に選ぶこともできたのです。強権発動ですね。                                         

(もっとも「交歓会」は自由参加ですから、前記の3つの女子高校以外に好きな子がいる同級生は、当然ながら、「交歓会」に参加しないんです)              

で、通算「交歓会委員」歴が長かったワタクシとしては、前橋市立女子高校、非常に懐かしいわけです。                           

(そういうことに現を抜かしていたのですから、「大日本帝国的価値観」が身につくはずがありません。せいぜい「狼少年ケン」的同胞愛や「少年ジェット」、「月光仮面」、「エイトマン」的正義感です。そんなこと言ったって、「ゴジラ」がみんな壊しちゃうんだもん、です)                           

『軽井沢まで何マイル?』は、こちらに引越しいたします→http://yamauchi-hiroo.com/    

【桜美林大学の茂木俊彦教授が講演してくれた前橋市総合福祉会館がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒27マイル≒43km】                                                                 

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コメント

アドレッセンス?横文字が苦手な年代ですが
『交歓会』、そうそう、そういえば流行ってましたね。
高崎の女子高の私のクラスは素直な女子が少なかったのか
とうとう交歓会が一度も実現しませんでした。
密かにがっかりして(実は皆もほんとうは同じ思いだったのでは)
割り切れないモヤモヤな当時の気持ち
お陰様で、ほんとうに久しぶりに懐かしく思い出しました。

投稿: 結 | 2007年11月12日 (月) 09時30分

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