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2007年10月28日 (日)

三途川を渡って「富岡製糸場」に行く(その3)

Img_2422 混んでました、「富岡製糸場」。   

正門を入った正面に木骨(もっこく)レンガ造の「東繭倉庫」が見えますが、大げさに言えば押すな押すなの大盛況。                      

老いも若きも、ミーちゃんもハーちゃんも、助さんも角さんも、お染さんも小梅ちゃんも、み~んな来ておりました。  

Img_2425 正門を入ったところに「本日群馬県民の日のため無料」とありました。ラッキーです。                  

かつラッキーだったのは、午前11時からのボランティアガイドの案内が聞けたこと。                     

案内してくださったのは、富岡清さんという方でしたが、この方の説明が実にツボを得た解説でした。        

Img_2431 (左写真の帽子を被っている方が、富岡清さん)                

明治維新の頃、何故、生糸生産後進国の日本の生糸が注目されたか、工場敷地内にあるお雇い外国人ポールブリューナの邸はコロニアル(植民地)様式のため床が高くなっており、そこを食料庫として使ったと言われているがその本当の利用方法は、といったことも解説してくれました。       

当時の世界情勢の中の「富岡製糸場」の位置づけから工女の暮らしのくさぐさまで、1時間に渡り熱弁を振るっていただき、脳ミソが刺激されました。                               

Img_2440 (左は「繰糸場」正面)         

別段、「田辺一鶴」風の飛んだり跳ねたりの講談調で話すわけではないのですが、久しぶりに語りの面白さに引き込まれてしまいましたね。       

パンフレットに書いてある建物の大きさ等の棒読みはなし。               

代わりに、建物に関しての話では、工場建設は突貫工事で進められ、材料に生木(なまき)を使っているけれども、歪みたわみは生じなかったが何故か、といったことを教えてくれました。                                    

Img_2446 実に多分野に渡って勉強されているに違いない、という印象の方でした。脱帽、感謝です。               

ところでこの赤煉瓦作りの「富岡製糸場」、横浜の「赤煉瓦倉庫群」のようにショッピング街にする計画はなかったのでしょうか?               

「富岡製糸場」の元の所有者は片倉工業。結構あっちこっちのショッピングセンターの不動産オーナーのように記憶しております(冗談ですよ)。      

Img_2450 それにしても、何故、「富岡製糸場」の建物が残ることができたのか?  

それは片倉工業という会社の社是にあったそうです。答えを知りたい人は、「富岡製糸場」に行って、富岡清さんにお会い下さい。       

【世界遺産暫定リスト国内決定の「富岡製糸場」がある富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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三途川を渡って「富岡製糸場」に行く(その2)

Img_2361_2 06年7月15日に、ついでに手漕ぎトロッコの復活を!』という一文をエントリーしましたが、左の写真に見えるように、甘楽町のこの辺りの上信電鉄をイメージしてのことです。           

♪線路は続くよどこまでも・・・。ほぼ直線状態です。思いっきり漕いだらいったい何キロでることでしょう。       

全身に風を浴びるので、季節はやはり風薫る春が良いのではないかと思います。『全日本手漕ぎトロッコ選手権』、上信電鉄と関係各市町で開催してくれないでしょうか?お願いします。m(__)m                  

Img_2354 左は冠雪をいただいた浅間山ですが、春ならこれが残雪ということになりますね。                      

それにしても、今年は少し冬が早いような気がします。              

桜ももうすぐ咲きますね。旧鬼石町(現藤岡市)の「冬桜」ですけれど・・・。               

【「全日本手漕ぎトロッコ選手権」の開催をお願いしたい上信電鉄のまっすぐな線路が伸びる群馬県甘楽町から軽井沢までの直線距離≒21マイル≒33km】

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三途川を渡って「富岡製糸場」に行く(その1)

Img_2350_2 「日本3大三途川」のひとつが群馬県にあることは、06年6月28日エントリーの『三途川と上信越自動車道』に書きましたが、台風一過の好転に誘われて「富岡製糸場」に行ったついでに再度看板を激写してまいりました。      

吉井町と甘楽町の境付近、国道254号線から少し外れたところにこの看板はあります。               

Img_2351 左の写真は、「三途川」を歩いて渡っていた人がいたので、慌ててシャッターを切りましたが、コンパクトデジカメの悲しさ(シャッター速度が遅いようです)、画像には右側に橋を渡り切った人ががボンヤリ写っているだけです。     

仏教系日本人の多くは、いつかはこの川を渡らなければならないようですが、日常的にこの川を渡るというのは、なかなか痛快なのではないでしょうか?  

Img_2345 (左は「三途川」の近くにあった踏み切りを横切る上信電鉄。日常生活においては、「三途川」より、こっちの方を注意しなければなりません)。           

小説家の野坂昭如先生によれば、「三途川」を渡る前に、男と女の間にある深くて暗い川(♪~唄:高崎市新町在住の長谷川きよし氏)を渡らなければならないようですが、群馬の「三途川」は秋の陽光にきらめいて、静かに流れておりました。                

(世はなべてこともなき・・・、かな)。             

【穏やかに流れる「三途川」の水源がある群馬県甘楽町から軽井沢町までの直線距離≒21マイル≒33km】

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2007年10月21日 (日)

「第4回たかさき雷舞フェスティバル」点景(その2)

Img_2205 「第4回たかさき雷舞フェスティバル」では、午後0時から、「大手前通り」で流し踊りが行われました。              

力を貯めて、次の瞬間は、下の写真になります。                  

Img_2206踊りの衣装を着て、ボリューム一杯の音楽がガンガン流れると、普段はおとなしい娘さんも奥さんも、お嬢様も御夫人も、人格変わるんだと思います。豹変するのは、何も、男だけではないんです。                      

この蹴りをまともに喰らったら、全治4週間。当たりどころが悪かったら絶命は免れないかも知れません。          

Img_2203 「流し踊り」が行われていた「大手前通り」に面したカフェのオープンテラスでビールを楽しむジェントルマン。    

今日は抜けるような青空で風もなく、清々しい日和でした。          

悠然とビールを楽しむ姿、羨ましいもんです(テーブルの上には「第4回たかさき雷舞フェスティバル」のプログラムが見えます)。                    

Img_2223_3 「大手前通り」で踊り終えた人に給水サービスするステーション。                 

子供がビールメーカーの大きな紙コップを持ってゴクゴクやっているので、そりゃサービスのしすぎだろうとビックリしましたが、中味は水でした。               

紙コップをビールメーカーにタイアップしてもらったようです。   

Img_2231 午後0時30分からは「中央銀座通り」でも流し踊りが始まりました。      

写真は一番手の「関西京都今村組」。 

後ろからの列の姿です。健気ですよね。         

                        

                        

Img_2228 「中央銀座通り」での流し踊りの順番待ちの間にも、キーホルダーなどを物色する女の子たち。                                  

「買物命」の片鱗が早くも窺われます。「前橋まつり」の時も同じような光景に遭遇しました。                                    

【36チーム、1,100人が参加した「第4回たかさき雷舞フェスティバル」が行われた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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「第4回たかさき雷舞フェスティバル」点景

Img_2134「第4回たかさき雷舞フェスティバル」の ゲストである「関西京都今村組」のパフォーマンス。              

メイン会場のステージで爆発しておりました。煙はでるわ、きんきらきんのテープは飛ぶわ、演出も衣装も凝っておりました。                   

高崎に前泊だそうです。遠路、ありがとうございます。                   

Img_2121 オープニングに、「全国都市緑化ぐんまフェア」高崎会場のマスコットキャラクター「タカポン」、群馬県達磨製造協同組合のマスコットキャラクター「たか丸」(今月決まったばかり)を両脇に従えて、高崎応援歌を歌いまくる「KAZE」の二人。                   

                   

Img_2118 この前には可愛い「聖~hijiri~」ちゃんが歌っています。渋川市北橘町には「聖酒造」という酒造メーカーがありますので、その「蔵開き」の日にプロモーションしたらどうだろう、なんてオジサンは考えてしまいました。                 

Img_2127 唄う高崎市副市長の座間愛知氏ではなくて、挨拶する座間愛知氏。      

この後も、巨体を自転車に乗せて、各会場を回っていらっしゃいました。                        

                         

Img_2165 来年の「全国都市緑化ぐんまフェスティバル」の成功に向け、八面六臂の活躍をしている(であろう)「タカポン」(ご関心の向きは07年4月1日エントリーの『初めての「タカポン」体験』をご参照下さい)。                        

お腹にカンガルーのような袋があり、そこに飴などのお菓子が隠されていて、プレゼントしてくれるようです。                          

Img_2167 「タコス」の売行きについて思案するパンチョ・タコス氏(嘘ですよ)。     

メキシコは「よさこいソーラン」ではなくて、やはりフラメンコでしょうか?     

                        

Img_2110 パンチョ・タコス氏の相談に耳を傾ける、ソフトバンクモバイルのCMでおなじみの白犬「おとうさん」とも昵懇の経営コンサル犬ヨーク・ウレール氏(嘘ですよ)。    

白犬「おとうさん」の奥さんは樋口可南子さん。樋口可南子さんの旦那さんは「一行一千万円」と言われたコピーライター糸井重里氏。そんな関係です・・・???。                                     

それにしても、白犬の「おとうさん」は、「おとうさん」という名前の犬だったという終わり方はできないでしょうから、オチをどうつけるのでしょう。                                     

Img_2199ま、そんなことはともかく、ステージ 最前列でカメラを構えるカメラマンの皆さん。                     

今日のオープニングは午前10時でした。最前列確保、結構大変だと思います。                      

まだ、ワタクシは経験が浅いので顔なじみはできておりません。                                     

【「タカポン」も「たか丸」もいる高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】                        

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「第4回たかさき雷舞フェスティバル」やってました

Img_2183 今日は「第4回たかさき雷舞フェスティバル」の日。

「真・格闘型舞踊」を謳う「虎舞士」が出演しますから、前橋在住隠れ「虎舞士」ファンのワタクシとしては、万難を排して行ってまいりました。

何べんか、このブログでも触れましたが(ご関心の向きは07年7月24日エントリーの『第100回「ようこそ高崎人情市」に「襲雷」、「虎舞士」、「爽」の揃い踏み』をご参照下さい)、「虎舞士」さん、目の覚めるような舞踊を見せてくれます。

Img_2188 ダイナミックで、恐ろしいほどの運動量の舞踊です。

息注ぐ間もない動きに、見る方だって力が入ります。

高校生の頃は部活の空手で関東大会に参加したワタクシですが、それも今は昔。とてもではありませんが、「虎舞士」さんの真似はできません。

Img_2191 せいぜい見るだけではなくて、「ゼイゼイ」見るだけですね。

ところでこの「第4回たかさき雷舞フェスティバル」、ゲストの「関西京都今村組」を含めて36チーム、約1,100人の大会参加人員だそうです。毎回増加のようです。

北はシベリアから南はスマトラまでではなくて、京都府からの「関西京都今村組」さんはともかく、新潟県、神奈川県、栃木県、埼玉県からも多くのチームが参加していました。

Img_2196 地元高崎市の参加チームは「虎舞士」さん、「襲雷舞踊団」さん、「爽」さんを始めとして13チーム。このほか群馬県からは桐生の「舞起龍」さんが参加しておりました。

前橋からの参加はなし。前橋は、趣きがちょっと違う「だんべぇ踊り」が主流なので参加チームがなかったのでしょうか?

(先週は「前橋まつり」でしたし・・・)

Img_2198 それはともかく、昨年は高崎市の「もてなし広場」で行われた「たかさき雷舞フェスティバル」ですが、「もてなし広場」は現在、来年開催される「全国都市緑化ぐんまフェスティバル」高崎会場のメイン会場に生まれ変わるべく工事中のため、道を挟んで西側にある「高松駐車場」がメイン会場になって行われました。

2008年3月29日から6月8日の間行われる「全国都市緑化ぐんまフェア」で、「虎舞士」さんが踊ることも少なくないのではないでしょうか。

楽しみです。

Img_2225 なお、左の写真は今回初めてお見受けした「虎舞士」の「熱狂的な」、と思われるファン。

手作りと思われる紙の帽子をよく見ると「虎舞士」と書いてあります。

こういう方を発見すると、何れの道も奥が深いと、つくづく思います(保護者関係、の線も捨てられませんが・・・)。

【「第4回たかさき雷舞フェスティバル」が行われていた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年10月15日 (月)

「前橋まつり2007」の人々(その2)

Img_1907 お祭りと言えば「山車」と「神輿」は付き物ですが、「山車」はどうやってお祭りの会場である街中に運んでくるのだと思いますか?               

そうなんです。               

町内の「山車」を格納する倉庫から引っ張り出して装飾し、みんなでえっちらおっちら引いてくるんです。          

Img_1924 実に地味でベタな方法ですが、トラックに乗っけてもってくるわけにも行かないでしょうから仕方ありません。     

で、帰りはどうするかと言うと、もちろんみんなで引いて帰る訳です。            

祭囃子を打ち鳴らしながら帰るか、演奏を中止して帰るかはそれぞれの町内の方針だと思います。                

一度夜道を帰る「山車」に遭遇したことがありますが、沿道に人影はなく、なんとなく寂しそうでした。           

変なたとえですが、甲羅を脱がされたカメと言った風情です。              

Img_1893 ワタクシは前橋市の郊外、中心市街地から3キロメートルほど離れた「ドーナッツ化現象」で生まれた町に住んでいますが、誰も、町内の「山車」を持とうと言い出したりしません。                        

資金的な問題も無論ありますが、お祭りのたびに中心街まで「山車」を引いて行ったり引いて帰ったりをすることを思うと、正直ほっとしています。    

Img_1895 祭り会場における巡行が終わって「山車」が帰るときは、「○○町××丁目さんがお帰りになります。また来年お会いしましょう」と2、3遍街頭にアナウンスが響きます。       

祭りが賑やかなだけになんとなくもの悲しさが漂います。

                        

Img_1909 関係者の皆さんにおいては大変なご苦労があると思いますが、来年もまた楽しみにしております。          

                        

【今年の「前橋まつり」が終わった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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「前橋まつり2007」の人々(その1)

Img_1925 昨日(10月14日)で「前橋まつり」終了です。始めがあって終わりがある。当然ですけど・・・。           

で、賑わいを写真で振り返ってみることに致します。               

この太鼓は迫力ありましたよ。この太鼓を聞いただけでも、「前橋まつり」に行った価値ありです。           

演奏が終わった後、拍手喝采がなかなかやみませんでした。         

Img_1902 山車の行列を離れて、買い物に忙しい二人。                   

大きくなったら、いよいよその才能が花開くことと思います。            

買い物は女性の最高の楽しみなのでしょうか?                  

そう言えば買い物狂の「中村うさぎ」さんなんていう方も、居ましたね。     

                        

                        

                        

                        

Img_1880 来年はポーハタウン号上で「日米修好通商条約」調印されてから150年になりますね。                 

ワタクシが子供の頃は前橋で異人さんを見るのは珍しかったんですが、今は普通の光景になりました。        

しかし、150年前の助左衛門さんや五郎兵衛さんは、2007年の「前橋まつり」で神輿をかつぐ女性の異人さんの出現を予想できたでしょうか?感無量です・・・。                                

【異人さんも一緒に楽しむ「前橋まつり」が行われた前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年10月14日 (日)

「前橋まつり2007」やってます(その5)

Img_1793_3 「前橋まつり」のハイライト、お神輿の連合渡御は夕方に始まります。     

木遣りが先導します。           

                        

                          

Img_1795_2 プログラムでは、午後4時45分から午後8時半までとなっています。      

                        

                        

                        

                         

Img_1799_2 それまで各連は、各自の陣地を出て、指定された場所で「渡御」の開始を待つことになります。             

                        

                        

                        

                        

Img_1806_2 それが結構長いようです。前回のエントリー記事で触れた「上州写楽連」の演奏はこの間に行われております。  

                        

                        

                        

                        

Img_1809_2 「清め」に励んだり、熱心に情報交換したりという「連」もあります。そっちの方が多いと思われます。          

                        

                        

                        

                        

Img_1811_2 しかし、それにしても「踊る阿呆に見る阿呆」ではありませんが、やはり祭りは参加して「なんぼ」のような気がします。                       

                        

                        

                        

Img_1816 最終日の今日は山車の巡行も重なってさらに大賑わいになりそうです。    

                        

                        

                        

                        

Img_1848 中間テストが終わったからなのか、昨日は高校生が街に溢れていました(左は前橋まつり唯一の女神輿「紅勇連」)。                    

                        

                        

                         

Img_1859 若い人が街に溢れるとやはり浮き浮きしてきます。                

                        

                        

                        

                        

Img_1866 そろそろまた街中に出撃します(左は、昨日、哲学的な着ぐるみで街中を歩いていた高校生くらいの二人)。       

                        

                        

                        

                        

【今日まで「前橋まつり」が行われている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】   

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「前橋まつり2007」やってます(その4)

Img_1777 「三山會」の人々。気合入ってます。ぎっちり統制取れてます。          

                        

                      

Img_1783 「上州写楽連」の人々。ワタクシはこの人たちの演奏と踊り、楽しみにしております。今日(10月14日)もやってくれるのだと思います。         

         

Img_1788 「大人みこし」、実際担ぐまでかなり「待ち」の時間が長いのですが、その間「上州写楽連」さんは、パフォーマンスをして見物客を楽しませます。      

祭りを盛り上げます。      

「前橋まつり」では必見です。                       

【気合の入った演奏と踊りの「上州写楽連」が登場する「前橋まつり」が行われる前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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「前橋まつり2007」やってます(その3)

Img_1609 「Qのひろば」に設けられた「イベント会場」への出演を待つ人々。        

メイドのお姿がとってもチャーミングです。どちらかというと「ベテラン」メイドさんでしょうか?                    

メイドと言えば、日本メイド協会理事で獨協大学経済学部教授でもある森永卓郎先生にも見てもらいたかった・・・。森永先生、今年12月21日(金)に高崎市文化会館で講演を行う予定です。                             

Img_1639 新幹線でいらっしゃいますので、是非多くの方に、JR高崎駅までメイドの衣装でお出迎えしていただきたいものです。                     

「アメリカンパトロール」の音楽に合わせてのダンス、お見事でした。     

Img_1632若いお巡りさん、思わず赤面、かな?                                              

                                              

Img_1762 こちらは国道50号線で繰り広げられた「だんべぇパフォーマンス」のうちの1チーム。メイド姿、人気です。                                                                                                    【メイド姿があちこちで見られた「前橋まつり」が開催されている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】                                          

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「前橋まつり2007」やってます(その2)

Img_1720 弁天通リで和太鼓の演奏を繰り広げる育英短期大学の皆さんとそれに見入る小さな観客。        

育英短期大学の皆さんの演奏、「ニュー」なものを感じました。                             

                                              

Img_1730 と、育英短期大学の演奏を見入っているうちに小さな子は、ぐんぐん成長しておばあちゃんになったとさ(嘘ですよ)。                     

                                              

Img_1749 オジさんも聞きほれておりました。   

                        

                        

                        

【「前橋まつり」で和太鼓の音があちこちから聞こえる前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】                            

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「前橋まつり2007」やってます(その1)

昨日10月13日、「前橋まつり」が始まりました。

Img_1584 開会挨拶する前橋商工会議所会頭の曽我孝之氏。                

                        

Img_1594 続いて挨拶する前橋市長の高木政夫氏。                                      

                                              

Img_1602 挨拶はしなかったけれど、好天の「前橋まつりを喜んで嬉しそうな、まつり衣装をすっ飛ばしてハロウィン姿の不二家の「ぺこちゃん」。                

今年は、「ちょっとしたこと」があったので、身を慎んで挨拶は遠慮したようです。                      

それにしても「石屋製菓」さん、「赤福」さんと続きましたので、大分救われちゃったかも・・・。    

                      

                                                                  【「前橋まつり」が始まった前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年10月 8日 (月)

「富岡製糸場」と「フリンジ駐車場方式」

世界遺産の暫定リストに登載された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の中核施設である「富岡製糸場」は、平成17年10月1日に前所有者の片倉工業(株)から富岡市へ管理が移管されて以降、この7月で来場者が20万人を突破したそうです(約21ヶ月間の記録)。

ざっと言って、月1万人の入場者ということになるでしょうか。

年間およそ800万人の観光客を集める軽井沢がすぐ近くにありますから、PRの仕方次第ではさらに多くの入場者を集めることができるでしょう。

Img_1203 「富岡製糸場」の魅力もさりながら、ワタクシが感激してしまったのは、「富岡製糸場」の東から北にかけた一帯に広がる、同工場のかつての繁栄を偲ばせるに十分な料飲食店の密集地帯です。

実にレトロです。

(この街区の風景写真は07年10月3日エントリーの『「旧官営富岡製糸工場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた』にあります。ご関心の向きは、アンダーライン部分をクリックすると飛びます)

つまり、狭い道を挟んで、大衆食堂、割烹、寿司屋、料亭、居酒屋などがひしめき合っています。夕暮れにその街角に立って耳を澄ませば、客と店主のやり取り、酔っ払いの怒鳴り声や嬌声、店から漏れる流行歌など当時の喧騒が今でも聞こえてきそうです。

Img_1214 その規模、その密集度は前橋、高崎にも無い風景です(「富岡製糸場」ばかりでなく、かつては、富岡市周辺農家も、養蚕やこんにゃくでたんまり現金収入を得ていたのだと思います)。

すでに富岡製糸場の煙突から煙が立ち昇ることは無くなり、多くの料飲食店は店を閉め、残った店もかつての賑わいには程遠い商いのようです。

しかし、街全体がかもし出す風情がなんとも魅力的です。

特にワタクシのように昭和30年代始めに生まれた人間にとっては猥雑なかつての懐かしい風景です。

この街の一角に立つと、なんだかタイムスリップしてしまったような不思議な感じです。

ところで、初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、ワタクシがこの風景に出会えたのには秘密があります。

駐車場がフリンジ(外縁部)方式の配置になっていたからです。

Img_1207 工場を取り囲むように小売店や料飲食店が建て込んでいるため、「富岡製糸場」の入り口近くに、駐車場スペースを確保できなかったようです。

「富岡製糸場」はクルマから降りたらすぐ工場見学、という訳にはいかないのです。

製糸工場から離れた外縁部(フリンジ)に駐車場があるため、中核施設である「富岡製糸場」を見学するには、かつて繁栄を誇った前述の料飲食街や商店街をぶらぶら歩かざるを得ない仕組みになっています。

これが幸いして、ワタクシの場合、魅力的な街並みに出くわすことができたわけですが、目的となる観光資源の周辺に駐車場を設置し、観光客に回遊を促す駐車場の配置方法を「フリンジ(外縁部)駐車場方式」と言います。

Img_1208 「富岡製糸場」は、過去の商店街の広がり方から、結果的にフリンジ駐車場方式になっているのです(「富岡製糸場」内に駐車場を作らなかったのは英断だったと思います)。

クルマを降りた観光客は市街地を歩くことになります。そうすると当然通りに面した店などを覗き込むでしょう。

適当な土産物でもあれば、早速買うかもしれません。

お腹が空いた人は、開いている食堂に寄る可能性も出てきます。

反対に、極端な例として、「富岡製糸場」の中に広大な駐車場を用意した場合を考えてみましょう。

観光客は工場を見学した後、工場内にできた土産物コーナーで買い物をして、ハイさよならです。工場内に食堂でもあればそこで食事してしまうかも知れません。

Img_1215_2 せっかく「富岡製糸場」が街中に立地しているのに、中心市街地に対する波及効果は薄くなってしまいます。

こうした弊害を避けられるのが、フリンジ(外縁部)駐車場方式のいいところです(ハンディキャップのある人にはその対応が不可欠ですが)。

多くの工場見学の場合、工場内にクルマを止め、見学終了後はすぐにその場を後にしてしまう訳ですが、フリンジ駐車場方式のおかげで、ワタクシも初めて「富岡製糸場」に行ったにもかかわらず、懐かしい街並みに出会えたわけです。

そして、フリンジ方式の狙い通リ、ワタクシも前回エントリーの『「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を発見す』に書いたように、「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を土産物に買ってしまったという訳です。

「富岡製糸場」の見学者の多くが富岡市の中心商店街でお金を落とすように願って止みません。

収益は、統一したテーマに基づいた街づくりに再投資してみてはいかがでしょうか。

「富岡製糸場」北東一帯の料飲食店街、かなりの潜在力を秘めているように感じます(10月14日は「富岡まつり」が開催されます)。

【フリンジ駐車場方式のため「富岡製糸場」を見学するにはクルマを止めてぶらぶら街中を散歩せざるを得ない富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」を発見す

Img_1191 「街おこし」の手立てに食べ物が使われることは少なくありません。代表的なところでは、餃子、うどん、焼きそば、焼き鳥などでしょうか。

昨年まで単身赴任していた神奈川県では横須賀市がカレーを使ってお客さんの呼び込みを図っています。

カレーが一般化する過程で、日本海軍が果たした役割が少なくなかったことに由来するようです。

海上自衛隊は、今でも金曜日の昼食はカレーライスと決まっているとか。

そして土産物用のご当地カレーとしてレトルトパウチの「横須賀海軍カレー」を用意しています。

※「横須賀海軍カレー」については下記参照
http://yokosuka-curry.com/

国民食となったカレーですが、レトルトパウチの「ご当地カレー」、群馬県にも無いものかと思っていたのですが、この間、発見しました。

Img_1371 「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」がそれです。

過日、所要で富岡市に行き、ついでに「富岡製糸場」に寄ったのは、07年10月3日エントリーの『「旧官営富岡製糸場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた』に書いた通りですが、この「北東一帯」にある七味唐辛子で名高い富岡市の「吉田七味店」に置いてありました。

富岡製糸場に使われたレンガと同じ大きさの紙箱にレトルトパウチのカレーが二つ入っています(180グラム二袋で500円)。

Img_1378 ご当地ものというとまず思い浮かぶのは「ラーメン」ですが、実は全国各地のご当地ラーメンを1社で数百種類も引き受けている製麺業者さんがあったりします。

かつて群馬の近代こけしが東北地方各地の土産物用こけしに変身していたのと同じようなことかも知れません。

で、さして期待はしていなかったのですが、試しに食べてみて意外に「本格派」なのにビックリ。

具は豚肉と玉ねぎのみの正統派。

Img_1393 食品表示を見ると、原材料名の一番始めに「豚肉」が来て、二番目に「玉ねぎ」が来ます。ということは、原材料として一番多く使われているのは「豚肉」で二番目が「玉ねぎ」ということを意味します。

実際食べてみて、ウソはありませんでした(ただ、レトルトパウチの技術的な限界から豚肉の食感は「缶詰の肉」になっています。現状ではいた仕方ありません)。

コクがあってスパイシー。辛さもワタクシには丁度良いレベルです(お子様用には、辛いでしょうね)。

レトルトパウチのカレーとしては、その値段、その量など総合的に判断した場合、全国でもかなり上位にランクされるのではないでしょうか。10位以内は間違いなし、のような気がします。

Img_1374 この「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」は、地元富岡市で「カレーと言えば高田食堂」と言われる洋食店「高田食堂」のカレーのレシピを元に作られたものだそうです。

「高田食堂」、カツカレーとソースカツ丼が名物だそうです。

「高田食堂」も例の「旧官営富岡製糸場」の北東一帯にありますから、富岡市に行ったら是非寄らねばなりません。

(「高田食堂」の写真は「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」の紙箱に印刷されたものを借用しました。カレーライスにのる福神漬けは、後から加えたもので、「富岡製糸場工女さんも愛したカレー」に付いているものではありません)

【「富岡製糸場工女さんが愛したカレー」が売っている富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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2007年10月 7日 (日)

今年の「前橋まつり」は10月13日・14日

Img_1342 年を取ると、季節の移ろいは駆け足で過ぎていくように感じられます。

早いものでまた「前橋まつり」がやってきます(ご関心の向きは06年10月14日エントリーの『前橋まつりやってます』、07年10月15日の『狂熱の前橋まつり、終わりました』をご参照下さい)。

今年は10月13日(土)、14日(日)の開催予定です。

この一年で前橋中心市街地にも変化がありました。

「旧赤かんばん前橋店」のビルは取り壊され、病院が入るマンションの建設が進んでいます。

その並びにあった「旧新星堂前橋店」も8月6日に「フットワークステーション100」として生まれ変わりました(ご関心の向きは07年8月6日エントリーの『前橋「フットワークステーション100」がオープン』をご参照下さい)。

Img_1328 前橋市街地の宴会場として長年親しまれてきた「美家満」はこの8月末で営業を終了。代わって、その後には居酒屋チェーンの「北海亭」(渋川市)が本社機能と旗艦店を11月下旬までに移転オープンすべく、現在改装中です。

同じ国道50号線から立川町を南北に走る「千代田通リ」の真ん中くらい(「旧WALK館」の反対側)にあった空き地には、「前橋警察署前橋中央交番(仮称)」が建設中となっています。

同様に、国道50号線の始発点と国道17号線が交差する前橋消防署跡にもマンションが建設中です。

12月初旬には「旧リヴィン」が「前橋プラザ 元気21」に生まれ変わって登場します。

いずれ「旧WALK館」も改装され、「前橋プラザ 元気21」とともに市街地の中核施設になるでしょう。

Img_1467 この他にも、前橋中心市街地空き店舗への新規出店話があちこちに聞かれます。

来年3月下旬~6月にかけて、前橋市中心街もメイン会場になる「全国都市緑化ぐんまフェア」(会期中の人で見込みは100万人)が開かれます。

スズラン前橋店さんは、昨年9月から合わせて3回行われた「大千円市」をリードして おり、中心市街地の「街づくり」に対する取り組みも、今までと違ったものを感じます。

今年の「前橋まつり」は、「新生前橋中心商店街」の景気付けになるかもしれませんね。

【変化の胎動が感じられる「マンドリンのまち」でも「蔵のまち」でも「ピザのまち」でもある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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ご馳走様な店、沼田「五月八日」で蕎麦を喰う

Img_1255_2  沼田市に「五月八日」というへんてこりんな(失礼!)名前だけれども旨い蕎麦屋があると聞いたのは去年のこと。

気になってはいたんです。それに、その名前を知ってから沼田市には何べんか行ってはいるんです。

(つまり、07年6月2日エントリーの『「世界一おいしい」バウムクーヘン』、同じく『昭和村で「こしあぶらの天ぷら」に会う』、07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』、07年7月6日エントリーの『和魂洋才・沼田「フリアンパン洋菓子店」のみそパン』、同じく『沼田鉈の古見製作所』、07年9月17日『みなかみ町(旧月夜野町「中華たむら」の麻婆豆腐ラーメン』などをご参照下さい)

Img_1263 しかし、今までついぞ寄れずじまい。

それにしても五月八日と言われて、あなたは何を思い浮かべますか?

もちろんワタクシは何にも思い浮かびません。

せいぜい、2月29日と違って毎年ある日、といったベタなことくらいでしょうか。

で、ネットの検索エンジンの検索ボックスに「五月八日」と打ち込んで調べてみました。

結果、驚くべきことに、「五月八日」は大いに群馬県に関係があることが判明したんです。

上毛かるたで「歴史に名高い新田義貞」と謳われている新田義貞が、生品神社神前に「打倒鎌倉」を掲げて挙兵したのが元弘3年(1333年)5月8日なんですと(『太平記』)。

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Img_1261 (因みに早稲田大学野球部投手である「ハンカチ王子」こと斉藤祐樹君はこの近くにある「生品中学校」の卒業生ですね)

で、もしかして蕎麦屋「五月八日」のご主人は大の新田義貞ファンに違いないと思ったのです。

「打倒鎌倉」の成果は同じ源氏一門の足利尊氏にさらわれましたが、きっとそんな悲運も含めて、熱烈な新田義貞ファンなんだろう、と推測したわけです。

なんとなく、蕎麦屋の主人の趣味に相応しい気がしません?

そして先週ついに沼田市に行く機会がありましたので、「打倒鎌倉」の意気に燃える新田義貞のように、今日こそは「五月八日」で蕎麦を食べるぞと心に固く決めて出発。

Img_1266_2 ようやく念願の「五月八日」の蕎麦にありつくことができました。

注文したのは「かき揚げ付きのざる蕎麦」。

大盛りです。

細切りで蕎麦の香りが鼻腔を抜ける、結構な蕎麦を充分堪能させてもらいました(蕎麦粉は地元産だとか)。

まったく予期していなかったのはかき揚げの旨さ。びっくりものです。このかき揚げを食べるためにだけでも、行く価値ありのお店です。

(その旨さは、一緒だったK氏にこのかき揚げ旨いよ、と分けることもすっかり忘れてガッついてしまったくらいです)

Img_1258 お目出度のご様子にも関わらず、店の主人の奥さんとおぼしき女性がきびきびとした動作で注文取りをこなし、蕎麦を運んでくれました。

歯ごたえが実にこぎみいい、採り立てだとすぐ分かる新鮮キュウリの塩漬けなんかもついています。

ついでに季節に先駆けて、早稲の柿をサービスしてくれました。

すっかり満足して勘定を払うとき、ずっと気になっていた「五月八日」の店名の由来を、レジに立つ、前述の店主の奥さんと思われるお目出度のご様子の女性に聞きました。

しかし、です。

Img_1251 きっと新田義貞の名が出るに違いないと思っていたワタクシの予想は見事に裏切られました(左は沼田「ベルシティ21」にある大きめの人用の下駄)。

そして、その答えは絶句ものでした。

奥さんから帰ってきた答えは、「五月八日は、わたしの誕生日なんです」だと・・・。

ほんとにほんとに、二重に、ご馳走様でした、でした。

(そんなに混んではいませんでしたが、「売り切れじまい」なので、早く行くにこしたことはありません)

【ご馳走様な店、蕎麦の「五月八日」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒33マイル≒52km】

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2007年10月 3日 (水)

「旧官営富岡製糸場」の北東一帯も「世界遺産」に登録したいと考えた

Img_1198 昨日は所用で富岡市へ。

もう夕方でしたが、せっかく富岡市に来たのだから、今年1月世界遺産の暫定リストに登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の中核施設である旧官営富岡製糸場でも見学しようと思ってふらふらと中心市街地を歩いてみました。

(富岡製糸場は街中になります)

Img_1189 富岡市の街中を歩いたのは初めてのこと。前橋市に住んでいるにもかかわらず、富岡製糸場を見たのは歴史の教科書等だけで、実は現物をこの年まで見たことが無かったんです。                       

街中を通るメインストリートは、もちろんクルマで何度も通過しています。

しかし、クルマを降りて街中をてくてく歩いたのは初体験。

Img_1202 しかしまあ、街というのは歩いてみて初めて分かるものだと痛感しましたね。

富岡製糸場そのものは「本日の営業は終了」になっていて入れずに終わりましたが、それを補って余りある風景に出会ったんです。

メインストリートをクルマで走っての印象は、全国に良くある、シャッターの降りた商店があっちこっちにある中心市街地が衰退した地方都市。

Img_1209 しかし、富岡市、それだけじゃあありませんでした。

富岡製糸場周辺、特にその東側から北東に掛けての一帯は、ワタクシのように古い人間には実に懐かしい風景で、こんなところが残っていたんだ、と感激してしまいました。

閉めている店も多く、建物はひどく老朽化しているのですが、クルマ1台がようやく通れるような狭い道を挟んで、料亭、割烹、鰻屋、鮨屋、小料理屋、大衆食堂、居酒屋、スナック、質屋などがワシワシひしめいているんです。

Img_1204 それは富岡製糸場から盛んに煙が昇っていた頃の隆盛を忍ばせるに充分です。

富岡製糸場で働いていた職工さんや女工さんが大勢通ったであろう居酒屋や大衆食堂。

富岡製糸場に来た人たちを接待したであろう料亭や割烹。

そして二次会三次会のためのスナックやバー。

そうした店が、集積しているんです。

Img_1213 軒を連ねて押しくらまんじゅうしているんです。

行った時間が夕方と言うこともあって、往時の賑わいが聞こえてきそうな感じです。

高度経済成長前夜の昭和30年代のにおいが立ち上ってくるんです。

(現実は閑散としていたんですが・・・)

Img_1197 富岡の名物七味唐辛子の「吉田七味店」もシューマイの「信州屋」もこの中にあります。

この一帯を保存すれば、映画のロケーションに使われること間違い無し、と思いました。

昭和30年代の地方の歓楽街のテイストが濃厚に沁みこんだ風景なんです。

Img_1210 「イオンモール高崎」も「けやきウォーク前橋」嫌いではありませんが、オジサンであるワタクシにはどうもぴかぴかし過ぎています。

「陰の部分」が無い街は、変な言い方ですが「人工的」過ぎるんです。

感激の余り、富岡製糸場の北東一帯の歓楽街も「富岡製糸場と絹産業遺産群」と一緒に世界遺産にしてもらいたいものだと思ってしまいました。

Img_1217 懐かしいだけでなく、「つわものどもが夢の跡」、今あるままの姿も、寂れようがなんとも「もののあわれ」、「諸行無常」、「崩壊感覚」なんです。

是非行って見て下さい。

近いのに、「遠い旅」ができます。

【富岡製糸場北東一帯に昭和30年代テイスト濃厚な歓楽街が広がる富岡市から軽井沢町までの直線距離≒18マイル≒29km】

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2007年10月 2日 (火)

おでん、好き?

Img_1185 「暑さ寒さも彼岸まで」のことわざ通リ、あんなに暑かった9月なのに、朝晩すっかり冷え込むようになりました。

夕暮れには、ふと、おでんが恋しく思えたりする今日この頃です。

今日、たまたま、タバコを買いに入ったコンビニでの風景。

この店の近辺の人はよっぽどのおでん好きなのか、店の人の超絶販売促進ディスプレイ作戦なのか、はたまたいちいち持ち帰り容器を出してくるのが面倒と考えた店の人の手抜きの結果なのか・・・。

真相は不明です。

【おでん用持ち帰り容器がレジ脇に山と積まれたコンビニ店があった群馬県甘楽町から軽井沢町までの直線距離≒20マイル≒32km】

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