4人目ではなくて5人目の内閣総理大臣?
どうも流れとして、次期内閣総理大臣には群馬県選出の代議士、福田康夫元内閣官房長官が就任しそうです。
まあ、それはともかく、ワタクシの購読している新聞には、福田康夫氏が選ばれれば、氏は4人目の群馬県出身の内閣総理大臣になると書いてあります。
つまり、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三各氏に次いで4人目というわけです。
しかし、群馬ナショナルキッドのワタクシとしては、ちょっと待ってくれ、と言いたい訳です。
終戦内閣総理大臣の鈴木貫太郎(慶応3年=西暦1868年生まれ)の存在はどうなるんだ、と思うわけです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%B2%AB%E5%A4%AA%E9%83%8E
晩年、一族の出身地千葉県関宿町(現野田市)に住んだこともあり、千葉県出身の内閣総理大臣にカウントされることが多いようです。
しかし、幼少時に群馬県前橋市に移り住んだ鈴木貫太郎さんは桃井小学校を卒業。旧制前橋中学校の出身です(明治19年卒業=1886年の縁故者)。
大阪府堺市に関宿藩の飛び地領があり、そこへ同藩の藩士だった父君が赴任していたことから、生まれは堺市ということになっているようです。
(余談ですが、関宿藩は明治維新のとき「朝敵25藩」のひとつです。このため4万8,000石のうち5,000石が削封されています。
推測ですが、同藩藩士であった鈴木貫太郎の父君である由哲氏は、削封により職を失い、伝手を頼って出来立てほやほやだった群馬県庁に職を得て、前橋に引っ越してきたのではないかと思います。
当時前橋は生糸輸出で栄え、明治2年=西暦1869年の前橋藩内人口は全国有数の規模の17万4,200人だったそうです。因みに同じ年の高崎藩人口は9万7,500人、宇都宮藩は5万9,900人(『大名の日本地図』(中嶋繁雄著 文春新書)でした。こういう書き方をすると激昂する高崎の方がいるかもしれませんが、人口・経済規模から勘案して、高崎から前橋に県庁が移されたのも止むを得なかったのかもしれません)。
鈴木貫太郎氏は、海軍兵学校受験準備のため、攻玉社で英語に磨きを掛けようと東京に出ましたが、子供の頃から群馬県に住み、それも人格形成に重要な幼少期から青年期まで過ごしていますから、群馬県出身者と言うに不足は無いはずです。
因みに福田康夫さんは麻布学園高等学校出身。
http://www.y-fukuda.or.jp/e_profile.html
ワタクシは個人的会話の中では、4人目の内閣総理大臣ではなくて5人目の内閣総理大臣だよと、相手の意向など無視して訂正しまくっております。
【群馬県で5人目の内閣総理大臣になるであろう福田康夫氏縁故の高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】
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コメント
いや、政治の世界は改めてわからないもので、つい先日まで「安倍の次は麻生」で決定のような感じだったのに、一夜にして「福田に決まり」の様相ですね。群馬、とりわけ高崎は大いに盛り上がっているのではないでしょうか。
気の毒なのは在群馬のマスコミ関係者です。
今年は統一地方選、知事選、参院選と続き、ようやく落ち着いたと思ったら、「福田総理決定へ」。寝るいとまもないバタバタぶりが想像されて、ご愁傷様です。
知事が変わり、(定数削減にともない)角田義一氏が引退し、福田康夫氏がこのまま総理大臣になったとしたら、2007年は、群馬の政界にとって、メルクマールになるような一年だと、のちに振り返られるような気がします。
さて、鈴木貫太郎。
「鈴木貫太郎も上州宰相に含めるべきだ」という話は聞いたことがあります。
人生のほとんどを東京で暮らしている福田康夫氏よりか、幼少期を群馬で過ごした鈴木貫太郎のほうが、確かに上州人的なのかもしれませんね。
鈴木貫太郎といえば、侍従長時代、2・26事件で銃弾を4発も受けながら生き延びて、終戦時の内閣総理大臣(42代)にまでなっています。いやすごい。
調べてみると、鈴木貫太郎記念館なるものが千葉県野田市にあるそうです。
群馬にも土屋文明、萩原朔太郎、田山花袋、竹久夢二といった名士たちの記念館・文学館がありますが、文人・文化人が目立ちます。
政治家の記念館となると、行政がお金を出しにくいのでしょうけれども、「上州宰相館」みたいなものがあると面白いですね。当然、ゆかりのある鈴木貫太郎らの功績も展示して。大勲位の存命中は、つくらないほうが生臭くなくていいような気もしますけれども。
投稿: 赤犬 | 2007年9月15日 (土) 18時48分
>赤犬様
そうだよね、記者さんたち大変だよね。8月12日、ワタクシのところへも或る新聞社さんが「街の声」に使うためなんでしょう、安倍首相退陣についてのコメント取りに電話を掛けてきました。忙しそうでした。
鈴木貫太郎さんですが、実は、ワタクシの夢は、前橋に鈴木貫太郎記念館を造ることなんです。できれば、明治維新から昭和30年代くらいの前橋(群馬県、日本)の歴史の中で、鈴木貫太郎を考察してみたいと思っております。
投稿: 智空弘円 | 2007年9月16日 (日) 20時39分
いま、DVDで「日本のいちばん長い日」という映画を見ました。鈴木貫太郎首相を笠智衆が演じていて顔も写真に似てますね。前橋出身の小林桂樹も彼らしい役柄で登場。
投稿: マル季 | 2007年9月26日 (水) 12時43分