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2007年7月29日 (日)

「2007 三人委員会哲学塾 ぐんま地域創造フォーラム」に行く

昨日7月28日は、「群馬会館」で行われた「2007 三人委員会哲学塾 ぐんま地域創造フォーラム」に行ってまいりました。

Img_9781 今日7月29日、明日7月30日は場所を片品村に移してフォーラムを開催するということですが、さすがにそこまで参加するのは無理なので、第一部「地域づくりにおける《記憶》の役割」と第二部「結ばれる・包まれる」のみの参加です。

第一部「地域づくりにおける《記憶》の役割」では、一年の半分を群馬県上野村で過ごす、哲学者で立教大学教授の内山節さん、河川工学専攻の新潟大学教授大熊孝さん、環境倫理学専攻の東京大学教授鬼頭秀一さん、上毛新聞社の藤井浩さん、元掛川市長の榛村純一さん、元飯山市長の小山邦武さんの6名による討論が行われました。

Img_9785 (左の写真は挨拶に立つ内山節氏)

第二部「結ばれる・包まれる」は、上記の6人に加え、「群馬県地域づくり協議会」会長の椎名祐司さん、「ぐんま文化会議」議長の山田耕司さん、「ファイトぐんま県民会議」委員の萩原香さん、「前橋芸術週間」代表の小見純一さん、「NPO法人群馬の食文化研究会」理事長の志田俊子さん、「尾瀬高校」教諭の松井孝夫氏の6人が加わり、総勢12名での討論となりました。

途中15分の休憩を挟んで、午後1時15分から午後5時半までの長丁場討論会でした。

いろいろなご意見を聞かせていただき、大変参考になったのですが、多くの「地域づくり団体」でメンバーの高齢化が進んでいるにもかかわらず後継者がいないこと、「地域づくり団体」での連携が不充分であることが今後の課題として指摘されておりました。

Img_9793 個人的には、元掛川市長の榛村純一氏が柳田国男の「村格」に触発されて唱える「町格」・「市格」の考えが大変興味深かったですね。

平べったいのっぺらぼうの無味乾燥の街、金太郎飴のように似たかよったかの街が多くなっている中で、人間に人格があるように、町や市にも「町格」、「市格」を持たせなければいけない、ということです。

要は「値打ちのある街」を作ろうということなんだそうです。

同じく同氏は、「(若い)女性は都会が好きなんです」と発言して、物議をかもしましたが、ワタクシも基本的には榛村純一氏と同じ意見なので、大きく頷いてしまいました。

Img_9801 映画「下妻物語」を見たり、銀座松坂屋近くに、「LOUIS VUITTON」、「CHANEL」、「Cartier」、「Tiffany」の旗艦店舗が集中している光景を眺めたりすると、女性は都会が好き、という言葉をとても否定する気になれません。

(「ジュリアナ東京」で踊りまくっていたおねえさんたちを思い出してしまいました)

やっぱ、鄙に美人は似合いません(ごめん。m(__)m)。

若い女性がどんどん町に出て行ってしまうので、山村の過疎化は進行したとか、地方都市の中心市街地に来てくれる嫁さんが少ないので中心商店街が廃れてしまう、といった榛村純一さんの冗談交じりの発言は、結構ワタクシには説得的に聞こえました。

なお、榛村純一さんによれば、森進一が歌った『おふくろさん』(1971年5月リリース)は「おかみさん」、「おっかさん」、「おかん」、「おふくろさん」的な存在に対する惜別そして永訣の歌だったのだそうです。

そして、この「おかみさん」、「おっかさん」、「おかん」、「おふくろさん」的な存在が山村や中心市街地からいなくなったのと平行して、山村や中心市街地が衰退したのではないでしょうか、とも言っておりました。

『おふくろさん』は下記のURLに歌詞があります。小さな声で歌ってみてください。
※http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=31996                       

また、第二部の討論に参加した、前橋芸術週間代表の小見純一氏が、郊外型ショッピングセンターにはなくて中心市街地(商店街)にあるものとして、①大木、②古い神社・仏閣、③悪所(風俗街)を上げ、これらは「アート」である、と発言なさっていましたが、面白い視点だと感心してしまいました。

以前から猥雑な空間や風俗街の存在は、街の賑わいにとって切り離せない存在だと考えておりましたので、もう少しお話を聞きたかったですね(大勢の討論者がいたため、一人当たりの発言時間が限られていました)。

ワタクシ個人としては、中心市街地の活性化を目標とする「街づくり」というのは、「クルマ社会」に対する或る種のアンチテーゼなのではないだろうか、と考えております。

その時、大木、古い神社・仏閣、悪所といった存在はきわめて貴重です。

衰えた商業機能を取り戻すことはもちろん必要ですが、「クルマ社会」に対するアンチテーゼとしてのロハス、スローライフ、スロービジネス、スローフード、温もり、出会いといった概念を、「街づくり」の核に据えるべきなのではないだろうか、と思ったりしております。

「街づくり」に関してはおいおい書いていこうと思いますが、昨日は異色の理論家にして「酒肴 久松」のオーナーである天才料理人大ちゃんのご意見を聞こうと思い(本当は、長丁場の討論会に疲れたので一杯飲みたくなったのです)、「ぐんま地域創造フォーラム」の「交流会」(お切込みを始めとする群馬の代表料理が並んだようです)をパスして、「酒肴 久松」へ急いだ次第。

年をとって、だんだんこらえ性がなくなっております。若い頃なら直立不動で3時間ぐらい我慢できた(ような気がする)んですが・・・。

(「街づくり」に関しては06年8月28日エントリーの『商業施設開発業者の発想が必要かも知れない』、06年10月7日エントリーの『私の前橋センチメンタルな旅』、07年5月7日エントリーの『懐旧の「田毎庵」と「はしもたや」』などをご参照下さるか、ページの左にあるカテゴリーの「勝手に下仁田町再生計画」、「イオン高崎・太田ショッピンセンター」、「けやきウォーク前橋」などをクリックしてください)

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「ぐんま地域創造フォーラム」1部、2部が開催された「群馬会館」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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高崎「北海道ラーメン 大雪」のあんかけ焼きそば

Img_9762 最近食べ物屋さんに入って、その量に驚いたのは、07年6月8日エントリーの『高崎「もりや食堂」の焼きそば』の焼きそばでしたが、この焼きそばに初めて遭遇したときも、正直、ワタクシは腰を抜かしそうになりました。

高崎「北海道ラーメン 大雪」の「あんかけ焼きそば」です。

一般的な店でお目にかかる「あんかけ焼きそば」の2倍近い量があります。

かつて、まだワタクシに青年の面影があった頃、高崎問屋町で用事を済ませ、昼飯時にさてどうしよう、群馬県蕎麦界の代表選手「そばきり」にしようかどうしようか迷った果てに、ふらりと入ったのが、この「北海道ラーメン 大雪」。

(この店、高崎市問屋町では古手の食べ物屋さんになったのではないでしょうか)

Img_9761 写真のように、決しておしゃれな店ではありません。ワタクシのような一般大衆・労働者の皆さんを主な顧客に想定しているお店です。

ご主人、多分、宮内庁御用達になることは、まったく意識していないものと思われます。

通い始めた頃は、昼飯にアルコール類を注文するねじり鉢巻姿のおっちゃんも少なくありませんでしたから(今はもう、そういう芸当できなくなりましたね・・・)、はっきり申し上げて、女性が一人で気軽に入れるような「お洒落~ッ!」なお店では、ありません(ご主人、ごめんなさい。m(__)m)。

分類するなら、ディープなファンに支えられているお店です。

この店の売り物は、サッポロラーメンの原型を作ったといわれる札幌市の「だるま軒」に源を発する西山製麺株式会社の麺を使用していることです。

(「西山製麺株式会社」、横浜中華街の3分の1の店に麺を供給する「永楽製麺所」などとともに、製麺界の一大勢力ですね)

「北海道ラーメン 大雪」の「あんかけ焼きそば」に使われている麺ももちろん西山製麺さんのもので、太麺です。

麺玉の裏と表は、炒り焼きしてキツネ色に焼き色がついております。

(揚げ麺ではありません)

横浜中華街の「梅蘭」の焼きそばと同じタイプです(梅蘭の麺より太いですね)。

「梅蘭」の焼きそばは麺の下にあんがありますが、「北海道ラーメン 大雪」は「あんかけ焼きそば」名前の通り、麺の上にたっぷりのあんが掛かっております(当たり前ですね)。

あわててパクつくと、唇をヤケドしてしまいます。

はふはふしながら食べるしかありません。

【「あんかけ焼きそば」も旨い「北海道ラーメン 大雪」がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月28日 (土)

ブラックベリーなら前橋利根西地区と言われる日が来るかも

Img_9686_1 07年7月5日エントリーの『前橋利根西地区のブラックベリー』で、ワタクシの自宅近くに立派なブラックベリーが生っているお家があることを書きましたが、その後そのお家の半径100メートル圏に2ヶ所のブラックベリー栽培地を発見、やはり前橋利根西地区はブラックベリーの栽培適地かも、と小躍りしてしまいました。

(上の写真は『前橋利根西地区のブラックベリー』で取り上げたお家の、一昨日7月26日朝のブラックベリーのお姿)

Img_9687_1 その1カ所は、JR新前橋駅に行くときに、今まで何度も通っていた場所でしたので、びっくり(左の写真)。

改めて、わが身の注意力散漫ぶりを思い知らされた次第。

こちらのブラックベリーもなかなか立派ですが、失礼ながら、一番上の写真のお家ほど、手はかけていないような気が致します。

にもかかわらず、写真のようなに、高級洋菓子の素材に使えるのではないかというような実の生りかたです。

Img_9688_1 それに、たっぷりジャムが作れそうな量が生っています。

このお家の近くには食品スーパーの「とりせん」さんの店舗がありますから、摘んで、生のまま青果物売場に並べても、すぐに買い手がつきそうな気がします。

(木苺の類、鮮度管理が難しそうなので、生での流通は限界があるでしょうが、本来ワイルドな食べ物にも関わらず、何となくおしゃれな感じがしますから、それなりの需要はあるように思います)

Img_9694_1 垣根代わりに植えておける手軽さは、結構魅力ですよね。

それからもう1か所は、やはりタバコを買いに行くときよく通るお家のお庭に生っておりました。

これも、つい最近気がついてびっくり。

タバコを買いに行くばかりでなく、07年7月6日エントリーの『前橋「石田豆腐店」はすぐ近く』に書いたように、豆腐を買いに行くときにもこのお家の前を通っております。

07年6月24日エントリーの『飯野知彦(デュークエイセス)、松井天斗、柳田衣里佳の共通項は?』で書いた松井天斗さんのご実家の近くでもあります。

Img_9777 (左の写真は今朝撮ったもの。わんこを連れて散歩するオジサンが、写真を撮るワタクシを、立ち止まってジッと見ておりました。空き巣狙いの下見ではなかろうかと怪しまれたようです・・・。こんなことしていると、何れ寺山修司のように、覗き容疑でお巡りさんに呼ばれるかも、です)

来年は群馬県で、前橋市と高崎市を総合会場に(他に、県内155ヶ所のサテライト会場)「全国都市緑化ぐんまフェア」の開催が予定されていますが、残念ながらブラックベリーの実が生るのは開催期間(2008年3月29日~6月8日)を過ぎてしまいます。

しかし、この期間、前橋利根西地区においては、ごくごく私的に(つまりワタクシだけ)、21世紀のぐんまの名所づくりに賛同した、ビールでお祝いする「ブラックベリーフェスティバル」を開催するつもりです(つまり、いつもの晩酌)。

【ブラックベリーの一大産地になる可能性を秘めた前橋市利根西地区がある群馬県前橋市から軽井沢町までの距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月25日 (水)

群馬県知事選で小寺弘之氏が落選したのはキムタクのせいとの怪情報

(以下の文章は伝聞情報を元に、殆ど冗談で書いております。悪しからずご了承下さい。信じちゃ駄目よ。ここに書いてあることをネタに使う場合は自己責任でお願いします)

Img_9674 7月22日は群馬県知事選の投開票が行われましたが、結果は自民党公認の大沢正明氏が接戦の末、現職の小寺弘之氏を破って初当選を果たしました。

(Googleで、「群馬県知事選」のキーワードで検索すると、このブログの06年8月29日エントリー『櫻井翔君のパパと群馬県知事選』が上位にランクされました。選挙期間中、結構このページにアクセスがありました)

票差はわずかに1万2,801票。大沢正明氏が30万5,354票、小寺弘之氏が29万2,553票でした。

Img_9700 大沢正明氏勝利は、公明票の取り込みと、大沢正明氏の地元である太田市での得票差によってもたらされました(左写真は、今回の選挙でかなり異色の選挙活動を行った清水澄候補のポスター・・・。清水候補の得票は、大沢候補と小寺候補の票差とほぼ同じ1万2,523票)。

大沢氏は自民党の公認候補であり、連立を組んでいる公明党の推薦も受けました。

そして太田市において、大沢正明氏が4万9,506票獲得したのに対し、小寺弘之氏の獲得票は1万9,684票。その差は実に2万9,822票でした。

Img_9711 大沢氏が大票田の前橋市高崎市で健闘したこともあり、小寺氏はこの票差を埋めきれず、小寺氏優勢の事前予想は外れて、大沢氏当選につながったようです。

なぜこれほどまでに太田市で票差がついたのかという疑問が生じます。

勿論、太田市は大沢正明氏の地元であり、地元から群馬県知事を出したいとの意気込みもあったと思います。

が、最大の要因は群馬県と太田市が鋭く対立していた太田市にある私立英語特区校の「ぐんま国際アカデミー」(GKA)問題なんだそうです。

Img_9703 財政基盤が弱くこの解決策として太田市が群馬県に対し一般私学と同じ扱いにしろ、と主張したのに対し、設置者責任があるから太田市で面倒見ろ、と群馬県は突っぱねていました。

GKAに子供を通わせている保護者の方にすれば、なんだか群馬県から理不尽なイジメにあっているような感じだったのでしょう。

これが、知事を変えればGKAは助かる、との思いにつながったのだと言われます。

そして、この動きを加速させたのがSMAPの木村拓哉さんと工藤静香さんのお子さんがGKAに通っていること。

Img_9704 しかしたら木村拓哉さんが、「ぶっちゃけ」頭にきたのかもしれません。

そして「小寺5選阻止」を訴えたのかもしれません。

(木村拓哉さんが大沢正明氏の応援演説に立っていたら、獲得票はさらに伸びたかも知れません・・・)

工藤静香さんは湘南に波乗りに行くのを控えて、フェラーリ、ブイブイいわせながら、保護者仲間を駈けずり回ったのかもしれません。

「おにゃんこ力(ぢから)」です。

こうしたキムタク・静香ムーブメントに呼応した木村拓哉ファンのお母さん方が結束し、ついに3万票近い票差をつける原動力になったのかもしれません。

まったくの推測ですが、神は細部に宿り給う、です。ありえないことではありませんね。

何でも木村拓哉さんは、お子様をGKAに入学させたため、太田市のマンションのワンフロア(1戸ではなさそうです)を買った(借りた?)ので、よく太田市に出没するのだとか。

来るだけでなく、「イオン太田ショッピングセンター」は元より、時には前橋市の「けやきウォーク前橋」にも足を延ばすとか。

(この辺りの話は伝聞ではなく「伝々聞」くらいですので、信憑性に関してはまったく保証いたしかねます)

Img_9709 (イオン太田ショッピングセンターにご関心の向きは、06年9月20日エントリーの『イオン太田ショッピングセンターを歩く』をご参照下さい。また「けやきウォーク前橋」にご関心の向きは、07年3月11日エントリーの『本格開業した「けやきウォーク前橋」』をご参照下さい)。

バッタリ出会った場合、サインをねだっても、SMAPメンバーとの兼ね合いも会って、なかなか応じてもらえないそうですが、写真撮影はOK。

おどけて「あっかんべ~ッ」をした木村拓哉さんの顔写真が、同世代のお母さん方の携帯電話の間を写メールとなって飛び交っているという話もあります。

小寺氏も、まさか木村拓哉さんと工藤静香さんのお子さんがGAKに入学してくるということは、想定外だったでしょう。

まして、それが、当落に影響するなどとは夢にも思わなかったのではないでしょうか。

それにしてもSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)の「mixi」に参加しているのですが、告示直前には、5人の群馬県知事選候補者のうち最も若い山本龍氏の「足あと」が、ワタクシのページに3回着いておりました(もちろんワタクシは山本龍氏に面識はありません)

怪文書も飛びましたし、今回の群馬県知事選、まさにあの手この手の戦いだったんですね・・・。 

                                                                                                                   (群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【木村拓哉さんと工藤静香さんのお子さんが通うという噂話がある「ぐんま国際アカデミー」の所在地、群馬県太田市軽井沢町までの直線距離≒44マイル≒70km】

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2007年7月24日 (火)

第100回「ようこそ高崎人情市」に「襲雷」、「虎舞士」、「爽」の揃い踏み

Img_9504 (左は「ようこそ高崎人情市」会場で献血者の勧誘に余念が無いボランティアのおばちゃま)

前回のエントリーの『第100回「ようこそ高崎人情市」で「ゆうこちゃん」に会う』で群馬のマスコット「ゆうまちゃん」のお友達「ゆうこちゃん」に会ったことを書きましたが、「ようこそ高崎人情市」と言えば、演舞パフォーマンスの「襲雷舞踊団」、「真・格闘型舞踊 虎舞士」、「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の3団体はなくてはならぬ関係。

※「襲雷舞踊団」については下記参照
http://www.syurai-takasaki.com/

※「真・格闘型舞踊 虎舞士」については下記参照

http://pksp.jp/kobushi/

(「爽・上州高崎雷舞爽踊団」についてはホームページが発見できなかったので、発見次第貼り付けいたします)

Img_9498 (左の写真は献血勧誘のおばちゃまの説明に熱心に聞き入る「虎舞士」のリーダー)

「ようこそ高崎人情市」100回記念の7月21日、22日の2日間も揃って出演なさったようです。

大変申し上げにくいのですが、実は、寄る年波のせいか、ワタクシ、この3つの演舞集団の識別が曖昧でした。

ユニフォームが違うので「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の別は比較的早く気が付いたのですが、「襲雷舞踊団」と「真・格闘型舞踊 虎舞士」の別は、迂闊にも、つい最近まで気が付かぬままの体たらくでございました。

Img_9591 (左は「真・格闘型舞踊団 虎舞士」の演舞)

5月の「ようこそ高崎人情市」に出かけて、お見受けしたとき、振る旗が違うなあ、とは思っていたのですが、ユニフォームが似ているので、年長になると「襲雷」が「虎舞士」になるのか、といった認識でした。

そうしたら昨日深夜(正確には今日)、以前にもコメントをいただいた「虎舞士」の「take-c」さんから、07年7月14日エントリーの『100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」』に掲載されている写真は「虎舞士」ですよ、とのご指摘を受けました。

Img_9592 (左も「虎舞士」の演舞」)

(実は7月22日に「もてなし広場」で演舞パフォーマンスを見ていて漸く、どうも「襲雷舞踊団」と「真・格闘型舞踊 虎舞士」は別の団体のようだと気が付き、この文章を昨晩深夜書き始めたところでした・・・。眠くなって寝てしまい、今また早朝に書いております)

「襲雷舞踊団」、「真・格闘型舞踊団 虎舞士」の皆様、並びに関係者の皆さんに謹んでお詫び申し上げます。

ごめんなさい。

Img_9571 (左は「襲雷舞踊団」の演舞)

皆さん仲良くやっているので、同一集団に違いないという勝手な思い込みからなかなか抜け出せなかったようです。

それにしても3団体元気です。

7月22日、日差しが出てきて、ただボ~ッと立っているだけでも暑い中、踊るんですよ。

それも半端な動きじゃないわけですから、見ているだけで、こっちが倒れそうです。

Img_9572 (左も「襲雷舞踊団」の演舞)

「襲雷舞踊団」に初めて遭遇した日は、風邪を引いてもおかしくない、結構寒い日でした(ご関心の向きは06年11月19日エントリーの『高崎市農業まつりで「襲雷舞踊団」に遭遇す』をご参照下さい)。

皆さん、「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ丈夫ナカラダヲモチ」の精神で頑張っているようです。

ただただ、脱帽です。

Img_9551 (左は「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の演舞)

7月8日の「前橋七夕まつり」に行われた「だんべえフェスタ2007 火の皇・光の軍」にも「虎舞士」、「爽」さんがご出演くださったようで、前橋市の住人としては感激です(以前から、交流はあるんでしょうね)。

(ただ、ワタクシ、所用のため、07年7月8日エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』をご覧いただければお分かりのように、最後まで観賞できませんでした。すみません)

Img_9561 (左も「爽」の演舞)

過日、たまたま映像ソフト製作会社の社長さんと話をしていて、演舞パフォーマンスの話になったのですが、「いいパフォーマンスは、撮っていてこっちも楽しい」と発言しておりました。

この社長、もちろん「虎舞士」、「爽」、「襲雷舞踊団」の活躍を良く知っております。

これからも、年甲斐もなく、「リポビタンD」飲みながら、「追っかけ」しちゃいます。

【「襲雷舞踊団」、「真・格闘型舞踊 虎舞士」、「爽・上州高崎雷舞爽踊団」の本拠地がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月23日 (月)

第100回「ようこそ高崎人情市」で「ゆうこちゃん」に会う

07年7月14日に『100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」』をエントリーしましたので、やはり行かないわけには行かないだろうと思い第100回目の「ようこそ高崎人情市」に行ってまいりました。

Img_9511 通常は1日開催のところ、第100回を記念して、7月21日土曜日と7月22日日曜日の2日開催でした。

ただ、さすがに両日訪問と言うわけには行かず、7月22日日曜日にお邪魔しました。

賑わっておりましたね。

思いがけなかったのは群馬県のマスコットの一人(?)「ゆうこ(姫)ちゃん」に会えたこと。

Img_9514 献血を勧めるオジサンと一緒に会場の「もてなし広場」をキャンペーン中でした。

「ゆうまちゃん」を始めとする「ゆうま三兄弟」もいるかもしれないと思ってあたりをキョロキョロしましたが、残念ながら発見できませんでした。

(「ゆうま三兄弟」の違いは帽子に注目するとはっきりします。緑、赤(えんじ)、黄)

元祖群馬県マスコットの「ぐんまちゃん」はどうだろうかと再度キョロキョロしましたが、残念ながら見つかりませんでした(「ぐんまちゃんにご関心の向きは、07年5月31日エントリーの『「ぐんまちゃん」はどこに行った?』をご参照下さい)

Img_9519 (7月22日は「群馬県知事選」の投票日でしたから、その関係で、みんなそれぞれにお仕事でお出かけしていたのかもしれません)

すでに献血不適格年齢に達したワタクシとしては、「協力できずにごめんね」と恐縮しながらも、どこか安心して近づいてしまいました(それとも、もう献血不適格年齢と言うのはなくなっているのでしょうか)。

駄目なんです注射針・・・(すみません)。

「痛くない注射針」が話題になりましたが、献血の時は、まだ、「痛い注射針」から逃れられないのではないでしょうか?

Img_9530 「ゆうこちゃん」の後ろに回り、大人の目を盗んで「ゆうこちゃん」にキックを入れるクソがきじゃなかった元気なお子様の姿を激写しようと思ったのですが、みんなよい子で、ワタクシが期待するような出来事は起こりませんでした(品性下劣とお叱りを受けそうですが、ワタクシが小学生の頃、そういう元気がいいのが沢山いたんです・・・)。

「ゆうこちゃん」とは途中バイバイしてしまったのですが、それにしても日差しも出ており、中に入っている人、熱中症、大丈夫だったでしょうか?

(海パン一丁でも暑いと思います・・・)                            

(群馬県にご関心の向きは、『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【群馬県のマスコット「ゆうまちゃん」の女友達「ゆうこちゃん」がいた第100回「ようこそ高崎人情市」が開催された群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月21日 (土)

高崎「鉢の木 七冨久」の鮎を食う

夏に簗場で鮎の塩焼きを食べるなんていうのは、なかなか乙なものです。

Img_8956 「乙」ではなく「甲」でもいいくらいですね(成績評価に「甲乙丙丁」なんて、今は使いませんね)。

ビール「ぐびぐび」ではなく「がっぽがっぽ」飲めます(もちろん本来甘党のワタクシは、ビールは親の仇であるため飲んでいるだけですが・・・)。

昭和40年代の初め、沼田市に1年住んでおりましたが、目と鼻の先に「沼田簗」があり、シーズンになると昼も夜も随分と混んでおりました。                           

(沼田市については、07年6月2日エントリーの『「世界一おいしい」バウムクーヘン』、同じく『昭和村で「こしあぶらの天ぷら」に会う』、07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』、07年7月6日エントリーの『和魂洋才・沼田「フリアンパン洋菓子店」のみそパン』、同じく『沼田鉈の古見製作所』をご参照下さい)。

Img_8963 夜になると妖しくぼんぼりがともり、田舎には不釣合いなどんちゃん騒ぎに嬌声が混じるのが、小学生だったワタクシには印象的でした。

(早く大人になろうと強く思ったのはその頃です、なんちゃって・・・)

鮎の塩焼きには蓼酢が定番ですが、自宅で焼いたりする場合は、尾びれをはじめ背びれ腹びれ脂びれまで多めに塩をぬって、さらに全体に軽く塩を振り、焼きあがったらこの塩を溶かすくらいたっぷりレモン汁をかけて食べます。

Img_8972 グッドです。

いつも「ししゃも」を食べるように頭から尻尾まで全部食べてしまう鮎ですが、骨の硬い養殖鮎にあたると何だか損をしたような気になってしまいます。

頭と骨が残り、サンマを食べるような感じになってしまいます。

サンマ姿の鮎、情けありません。

伊豆狩野川では「鮎の開き干し」が有名ですが、はらわたを賞味する鮎ですから、もったいないような気がします。

Img_9037 でも、きっとはらわたはわらわたで集めておいて「うるか」を作っているのではないでしょうか。

もしかしたら、「うるか」を作る過程で「鮎の開き干し」が考案されたのかも知れません。

つまり「うるか」が先で「鮎の開き干し」があと。

秋になれば鮎は卵を抱えてまさに「ししゃも」状態。でも、投網漁をする人でも知らないとなかなか手に入りません。

Img_9040 それにしても群馬県では「冷水病」ですっかり鮎がいなくなったようです。

昔は、夏になると前橋あたりの利根川でも友釣りをする人が結構見られました。

今はほぼゼロの状態ではないでしょうか。

で、そんな訳で、仕方ないから和菓子の名店、高崎「鉢の木 七冨久」の菓子「鮎」を頭から食べることに致しました。

Img_9042 写真撮りながらでしたので、なんだかゆっくり味わう閑もありませんでした。

もういい年なんですから、こんなバカなことはやめようと思っていますが、またやるかもしれません。

「バカは死ななきゃ直らない」です。変なオジサン(変態オジサンではありません)のまま一生を過ごしそうです。

Img_9049 (まったく話が違いますが、かつて「秘密戦隊ゴレンジャー」を「秘密変態ゴレンジャー」に聞き間違え、ついに子供向け漫画にもそういったものが現れたか、と天を仰いだことがありました・・・。もっとも「理科」で使う「変態」の意味からすれば、「秘密変態ゴレンジャー」でも悪くはないような気がします。←こんなこと書くとまたトラックバックスパムが押し寄せるなあ・・・)

Img_9050 「鉢の木 七冨久」、まあそれはそれは沢山の種類の和菓子が並んでおりました。

季節によってさらに様々なお菓子が登場するでしょうから、始めから「鉢の木七冨久」のお菓子を制覇することは諦めております。

どなたか、チャレンジしてみませんか。

それにしても、利根川で友釣りをする人の姿が夏の風物詩として復活するのを願ってやみません。

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【和菓子の名店として知られる「鉢の木 七冨久」がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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前橋「天安門」の担々麺とえび麺

なんでこの店を発見したのか思い出すべく懸命に努力しましたが、思い出せません。

Img_9308 (「自主開拓店」だったのか「教示訪問店」だったのかも忘れてしまいました)

しかし10年前にはすでに知っていたように記憶しております。

「旨いラーメン屋さんはどこ?」と訊かれると、前橋市利根西地区に住んでいるワタクシとしては、その近さもあり、大抵この店の名前を挙げることにしております。

(念のため申し添えれば、「天安門」さんはラーメン屋さんではなくて、中国料理屋さんです。麺類ばかりでなく、他の料理もグッドです。ワタクシの場合、友人知人に出くわす確率が一番高いのもこの店ですね。)

Img_5797 初めてこの店で担々麺を食べたとき、「お~ッ!ちゃんと料理している担々麺だ~ッ!」と感動したものです。

(それまでは名ばかりの担々麺にしか会ったことがありませんでした)

07年7月15日エントリーの『前橋「四川楼」の担々麺』を書いておきながら、その舌の根も乾かぬうちに、そりゃないだろうと思われる方があるかもしれませんが、両方とも愛しております。

昔、高校の古文の授業でT先生が『源氏物語』の講義中、ニキビ面の高校生を前にして、「諸君は、同時に二人の、いや複数の女性を愛すということができると思うか?ん~ん、どうだあ?どう思う?実は、実はだなあ、この物語のように、できるんだなあ」と宣(のたま)ったとき、こころ美しき純粋人間純度100%の恋愛に憧れるワタクシとしては、なんと不潔、なんと不純、なんと不実と光源氏ではなくこの先生を軽蔑したものですが、「四川楼」の担々麺と同時に「天安門」の担々麺を愛す今のワタクシは、T先生の発言の奥深さをしみじみ思い、短慮だった自分を反省している次第です(実は、この二つの担々麺ばかりでなく、今では複数の担々麺を愛しているんです・・・)。

Img_9302 告白すれば、ワタクシは「天安門」において、担々麺ばかりでなく、えび麺も愛してしまっております(あえて言えば、一昨日食べたえび麺はエビの数が昔に比べ減ったような気がしますが、そう思うのはワタクシだけでしょうか。そして塩気が少し薄くなった気もします・・・)

(えび麺は07年7月4日エントリーの『久々に前橋「広ちゃん飯店」に寄る』で書いたように「広ちゃん飯店」で食べたばっかりです・・・)

ワタクシは罪深い人間なのでしょうか?ラーメンじゃなくてアーメン・・・。

(複数の旨い担々麺が存在する群馬県に関心の向きは『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【ちゃんと料理してる担々麺を出す「天安門」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月19日 (木)

「高崎まつり」近づく

Img_9319 今週の週末、7月21日(土)、22日(日)の2日間は07年7月14日エントリーの『100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」』に書いたように、「ようこそ高崎人情市」が開催されますが、そのあとに控えているビッグイベントが、8月4日(土)、5日(日)開催の「高崎まつり」。

何しろ年にたった一度です(まあ、当たり前ですけれど)。今年見逃したら、来年見られる保障はどなたにもありません。

(別に脅してるんじゃないんですよ。ただ、命短し恋せよ乙女、です)

で、今、高崎市の中心街を歩くと「ようこそ高崎人情市」と「高崎まつり」の準備が混在状態です。

Img_9314 おまけに7月26日まで「中央ぎんざ通り」(「サヤモール」の北に続く通りですね)には七夕飾りが飾ってありますから、この事情を知らないで高崎の街中を歩くと、きっと訳が分かんない状態になると思います。

一番上の写真は「高崎まつり」のポスター。

その下の写真は「もてなし広場」にぐるりと掲げられた「ようこそ高崎人情市」関連の幟(のぼり)です。

Img_9279 「ようこそ高崎人情市」の幟は無論のこと「高崎女性経営者研究会」、「NPO法人高崎やる気堂」、「高崎おかみさん会」といった関係者の幟がへんぽんと翻っております。

そしてその下は「高崎まつり」に向けて「さくら通り」に掲げられた「祭礼」の提灯の列。

「慈光院通り」に面する空き店舗では、子供たちが祭り囃子の練習をしている姿が見られました。

すでに梅雨が明けた地域も出たようです。

Img_9332 今週末から小、中、高校生は平成19年度の夏休みが始まるのではないでしょうか。

いよいよ夏本番ですね。

(群馬県について知りたい方は、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「高崎まつり」が開催される群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月16日 (月)

高校同窓会総会&前橋「中国風居酒屋 かおり」の点心

7月14日は恒例(毎年7月第二土曜日開催)の高校同窓会総会。

Img_7856 台風4号の影響による生憎の雨にもかかわらず、先輩同輩後輩合わせて600名の元高校生が前橋「マーキュリーホテル」に集結し、お互いの恙無(つつがなき)を喜び合いました。

卒業後25年すると同窓会総会の設営担当学年となり、その学年の卒業生が記念講演することになっているのですが、今年は「群馬大学大学院医学系研究科泌尿器病態学教授」である鈴木和浩氏による「男性更年期をのりこえるために」という有難いお話でした。

(群馬大学医学部に関しては06年7月3日エントリーの『注目される群馬大学の重粒子線治療施設』をご参照下さい)

心強い後輩です(何かあったら、よろしくね)。

「男性更年期をのりこえて」という演題、泣かせます。

Img_9013 この講演を目的に来た、と告白した同窓もおりました(左の写真は、我々よりも15年先輩達のテーブル)。

自分では、中味は高校生の頃とさして変わっていないつもりですが、大変な曲がり角を迎えているのですね。

かてて加えて、外見においては甚だしい変化が生じております。

しかしお互い大人なので、そういった傷口に塩を塗るような話題に触れることなく、時の過ぎ行くままに、飲み、話し、握手し、肩を叩き合い、血圧が高いことや尿酸値が異常値であること、さらには不整脈が頻発することなどを自慢しあいました。

で、その流れで、雨にも負けないよい子のオジサンたちは「前橋街中(まちなか)元気を取り戻し隊」となって前橋中心街に繰り出したのです。

Img_9180 第一次集合地点は、ウン十年前、前橋市立第五中学校バスケット部のポイントゲッターとして他チームに恐れられたK氏が強く押す「中国風居酒屋 かおり」です。

「中国風居酒屋 かおり」、ワタクシは初めての店です(左の写真は昼の風景。まだやってません)。

小料理の「磐梯」のお隣さんです。

それにしても、店の名前、のけぞってしまいますね。ちょっと感動的ですらあります。

Img_9024 「中国風居酒屋」と来れば「楊貴妃」とか、「西太后」までは行かなくとも、次に中国風の文言がくるような気がします。

しかし、それを見事裏切って「かおり」です。

いきなり変調しておりますが、日中親善に配慮しての深謀遠慮なのかもしれません。

その命名における思慮深さに、思わず感動してしまうわけです。

Img_9025 「洋風居酒屋」は全国津々浦々にありますが、「中国風居酒屋」まだ少ないのではないでしょうか。

先駆けです(「YAHOO!」で「中国風居酒屋」のキーワードを入れて検索したら、「中国風居酒屋 かおり」、トップでした)。

これから来る波かもしれません。

※関心の向きは下記参照
http://china-kaori.hp.infoseek.co.jp/

で、点心類を注文したのですが、どれも結構な味です。てきぱきと動き回る中国人のママが作ってくれた料理です。

Img_9029 推薦人のK氏、なかなか隅に置けません。

人数も少なくなかったのですが、デジカメ写真を撮るからまだ箸を出すなと制止の声をかける間もなく、次々に点心類は皆の口に運ばれて、写真のようになってしまいました。

旨いものには目が無いという、実に正直な反応を示すオジサンたちです。

(今度行ったときに「完全美品」の写真、ちゃんと撮ってきます)

Img_9026 人間、ものを食べられなくなったら終わりだとよく言いますが、この分では当分その心配も無いオジサンたちです。

(その後オジサンたちは、雨の降りしきる前橋を、「八甲田山 死の彷徨」のように彷徨いながら、一人の脱落者も出すことなく、第二次集合地点の「パルチヨ」内某店に無事辿り着いたとさ。07年6月21日エントリーの『前橋「四川楼」は中華のパラダイスだった』よりはまっすぐ歩きました)

(中国料理大好き人間のワタクシです。ご関心のきは07年4月30日エントリーの『陽気軒の「メガチャーシューメン』、07年5月30日エントリーの『桐生「龍苑」のチャプスイ』、07年5月31日エントリーの『高崎「東竜」の肉味噌そば』、07年7月4日エントリーの『月に一度は高崎「東竜」の肉味噌ラーメン』、07年7月4日エントリーの『久々に前橋「広ちゃん飯店」に寄る』、07年7月5日エントリーの『沼田「馬鹿旨」でまたラーメン』をご参照下さい」                                                                                             

(群馬県についてご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【全国でも先駆けの「中国風居酒屋」である「中国風居酒屋 かおり」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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高崎「八木桃(農)園」 桃の季節到来

八百屋さんの店頭やスーパーでは桃がずらりと並んでおりますが、今まさに「桃」のシーズン真っ盛り。

Img_0706 老いも若きも、男も女も、「桃はちょっと・・・」と言う人は少ないのではないでしょうか。

花もよく、実も良い桃(葉っぱもいいようです)。

「桃源郷」という言葉があったり、「桃の花」という一時はオロナイン軟膏と人気を二分するハンドクリームがあったり、「菊池桃子」という女優さんがいたり、「桃尻娘」というオジサンたちにとっては忘れられないお話(映画)があったり、「桃」は実に豊な広がりをもった存在です。

橋本治先生に、『桃の哲学』という本を書いていただきたいくらいです(「桃を食べるときは、美人のお尻を目の前にした喜びのようなものがある」なんていう書き出しでお願いできれば、と思います・・・。すみません。m(__)m)

(それにしても、映画の「桃尻娘」に出演していた「竹田かおり」さんや「亜湖」さんはいかがなさっているのでしょうか。ユニークなキャラでしたよね)

Img_9133 今月初旬には贔屓の高崎「八木桃(農)園」さんから今年の桃の販売予定を知らせる案内状も届きました。

昨年は不覚にも出遅れて、高崎「八木桃(農)園」さんの桃を食べ逃してしまいましたが、2年連続の敗北を回避すべく、今年は準備おさおさ怠りありません。

万全を期しております。

(昨年の顛末については06年7月26日エントリーの『高崎に桃を買いに行って玉砕す!』をご参照下さい)

勝手に、独自で、人の言うことも聞かず、高崎「八木桃(農)園」さんの桃を群馬の3大くだものに指定させていただいておりますが、残念なのは「八木桃(農)園」さんの桃、手数をかけて育てているため、生産量が少ないことです。

(群馬の3大くだものにご関心の向きは06年8月6日エントリーの『群馬の3大くだもの』、06年7月26日エントリーの『高崎に桃を買いに行って玉砕す!』、06年7月27日エントリーの『ぺピーノが生えていた』、06年8月12日エントリーの『ついにラグビースイカを確保する』、06年8月15日エントリーの『ラグビースイカ追撃に失敗す』、06年11月25日エントリーの『晩秋、川場村でフジにかぶりつく』をご参照下さい)

解禁日には、雲集するお客さんたち、みんな必死の形相です。

今年はワタクシも、その一人になる覚悟です。

頑張ります。

(写真は昨年の「八木桃(農)園」さん)                                

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「群馬の3大くだもの」のひとつを生産する「八木桃(農)園」さんがある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月15日 (日)

前橋「四川楼」の担々麺

「前橋七夕まつり」の最終日である7月8日、街中にチャリンコ散歩で出たついでに、07年6月21日エントリーの『前橋「四川楼」は中華のパラダイスだった』に書いた「四川楼」に寄りました。

Img_8629 念願の担々麺を食べるためです。

その前に2度ほど「四川楼」に行ってみたのですが、2度ともお休みの日にかち合って果たせず、「前橋七夕まつり」の最終日である7月8日は3度目の正直でした。

(「前橋七夕まつり」にご関心の向きは、07年7月7日エントリーの『平成19年「前橋七夕まつり」やってます』、同日エントリーの『平成19年「前橋七夕まつり」やってます(露天商)』、同日エントリーの『平成19年「前橋七夕まつり」やってます(花より団子篇)』、07年7月8日エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』をご参照下さい)

昨年8月に現在地に移ってきたそうですが(それまでは上毛電鉄前橋中央駅の近くでの営業だったそうです)、かつて名を馳せた「皇家」があった場所です。

で、「四川楼」の担々麺ですが、その尋常ならざる懲りように、思わず脱帽してしまいました。

麺はスープが良く絡むひら打ちです。

本格派の味です。

Img_8635 中国は四川省の重慶に行かなくていいかも、なんて思ってしまいます。

特にその酢の調合の微妙さ加減、利かせ方は、真似が出来る人はいないのではないかとさえ思ってしまいます。

辛いのにマイルドです。

気さくな人柄のご主人は「辛いですか?」と心配してくれたりします。

是非、お試しを。

(酢の風味を守るため、提供温度はやや低く設定されているようです)               

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【至宝の担々麺が食べられる前橋「四川楼」がある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月14日 (土)

100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」

毎月第4日曜日に開かれている「ようこそ高崎人情市」が、7月で100回目を迎えるそうです。

Img_8891 7月はこれを記念して、通常1日開催のところ、7月21日(土)、7月22日(日)の2日間開催となります(会場は高崎「もてなし広場」。7月22日は群馬県知事選の投票日ですから、朝のうちに投票に行ってからでも遅くありません。但し、人気商品は朝早く行かないと確保できないかも。朝早く家を出ないと「ようこそ高崎人情市」に間に合わない人は、事前投票しておけば安心です)。

「ようこそ高崎人情市」は、中心商店街の活性化や高崎市のアピールを目的に、平成10年6月に始まったそうです。

丸9年と1ヶ月かかった快挙ですね。

毎月第4日曜日には「もてなし広場」を会場に、生鮮食料品の朝市やフリーマーケット、舞踊などのイベントが開かれています。

Img_7181 ワタクシも直近では、5月27日(日)に「ようこそ高崎人情市」に出かけました。天候にも恵まれ、賑わっておりました(写真の自転車はワタクシのものではありません。多分、買い物に夢中の人のもの)。

(この日はいい天気に誘われて、前橋の自宅から高崎までウォーキングした日です。よく歩きました。途中思いがけず、07年5月27日エントリーの『カメハウス』に書きましたように、JR高崎問屋町駅近くの住宅で「ゾウガメ」に遭遇しビックリ仰天したのもウォーキングの成果です。歩くと、「発見」があります。同じ日エントリーの『桑の実・マルベリー・どどめ』もウォーキングによる発見です)

Img_7187 影ながらワタクシも応援している「襲雷舞踊団」の皆さんも出演していらっしゃいました。「虎舞士」の皆さんもいらっしゃいましたね(写真は両方とも「虎舞士」で、ごめん)。

相変わらずエネルギッシュです。

オジサンには強烈です。

真似したら、翌日の「寝たきり」は必定です。

常時携帯のデジカメで激写するのが精一杯です(言わずもがなですが、デジカメは常時携帯しているくせに、携帯電話は常時携帯しない不携帯電話状態なので、友人知人関係者からブーイングされております。m(__)m)。

Img_7171 (「襲雷舞踊団」にご関心の向きは、06年11月19日エントリーの『高崎市農業まつりで「襲雷舞踊団」に遭遇す』や07年4月1日エントリーの『「襲雷舞踊団」に再会す』をご参照下さい)

それに「爽・上州高崎雷舞爽踊隊」の皆さんも出演しておりました(07年4月1日エントリーの『「襲雷舞踊団」に再会す』を書いた段階では「爽・上州高崎雷舞爽踊団」のお名前を知らず、失礼致しました)。

Img_7180 前橋住人のワタクシは、ミッションとして、前橋には「だんべぇ踊り」があると、鼻息荒く対抗意識丸出しで「前橋住人オジサンの主張」をしたいところですが、「襲雷舞踊団」、「虎舞士」、「爽・上州高崎雷舞爽踊団」はなかなか強力な存在です(すでにワタクシなど「影ながらのファン」として取り込まれております)。

それにしても、前橋には「弁天ワッセ」がありますが、「もてなし広場」を一杯にする規模で毎月開催し、ついに100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」、脱帽です。

(8月4日、5日は「高崎まつり」ですね。7月8日エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』に書いたように、七夕まつりが終わった前橋は、8月11日に1万5,000発が打ち上がる「前橋花火大会」が控えております)

(07年6月13日エントリーの『群馬音楽センターのコントラバス型電話ボックス』で取り上げた、多分日本で唯一の「コントラバス型電話ボックス」が「もてなし広場」のすぐ近くにあります。見逃すと一生の悔いになる、かも)

Img_7165 (「ようこそ高崎人情市」にはたくさんの食べ物屋台が並びますが、07年5月31日エントリーの『高崎「東竜」の肉味噌そば』、07年7月4日エントリーの『月に一度は高崎「東竜」の肉味噌ラーメン』で取り上げた「東竜」や、07年6月8日エントリーの『高崎「もりや食堂」の焼きそば』の「もりや食堂」、07年6月13日エントリーの『高崎「グランドホテル長谷川」に行くなら「とん珍漢」』の「とん珍漢」、06年3月19日エントリーの『高崎にあった天使の食べ物』のそばの「さぎょう」などに足を延ばしてみるのも手ですね。いずれもJR高崎駅近くですから歩いて行けます)                          

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【100回目を迎える「ようこそ高崎人情市」が開催される高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月13日 (金)

高崎「やまだや」の「こうちゃんの手造り新しょうが漬」

それがなんなんだぁ?と聞かれそうですが、ワタクシは自他共に認めるショウガ好き。

高校生の頃はコーラよりジンジャエールが好きでした。

Img_6314 長じて前橋「たむらや」のショウガのみそ漬を発見してこれにハマリ、ビールのあてに、カレーの付け合せに、おむすびのお供にそれはそれは「寵愛よ~ッ」です(皆さんがお得意の「チョーアイイョー」ではありませんので注意願います)。

※「たむらや」は下記参照
http://www.tamuraya.com/

(「たむらや」の本店は「APE前橋店」の反対側にあります。「APE前橋店」にご関心の向きは07年6月22日エントリーの『「BAPE 前橋店」改装中』をご参照下さい)

冬が近くなると中之条町の四万温泉手前にある「薬王園」(沢田農協さん経営)へ、風邪に備えて「生姜糖」を買いに行きます。

(四万温泉にご関心の向きは07年4月3日エントリーの「四万温泉協会宮崎局長、高崎で奮戦す」をご参照ください)

※「薬王園」は下記参照
http://www.yakuouen.com/

味噌を就けては葉しょうがをかじる時、初夏を感じます。

Img_8913 焼き魚のあしらいについている「はじかみ」、魚より先に食べたりします。

「岩下の新しょうが」は1袋がワタクシにとっては食べきりサイズです。

行儀がいいとは言えませんが、焼きそばを食べるときにはもちろん、お好み焼き、牛丼には紅しょうがをてんこ盛りにします(旨い牛丼にご関心の向きは、07年6月5日エントリーの「もつ煮十番勝負の合間に牛丼」をご参照ください)。

桐生「龍苑」のチャプスイが好きなのも、皿のはしっこに紅しょうがが乗っているからかもしれません(桐生「龍苑」のチャプスイにご関心の向きは07年5月30日エントリーの『桐生「龍苑」のチャプスイ』をご参照下さい)。

しかし、徳川15代将軍の中で、精力家としては11代家斉とともに双璧に数えられる9代家重(1995年のNHK大河ドラマ「八大将軍吉宗」で中村梅雀が演じたたことでご存知の方も多いのではないかと思います)の精力の源は「ショウガ」であったという説がありますが、ワタクシにおいては、その霊験はあらたかではありません。

いくら食べても素通りです。

Img_8919 それはそれとして、「たむらや」のショウガの味噌漬同様に、これから偏愛の品になるであろうショウガの漬物を発見しました。

それが、高崎「やまだや」の「こうちゃんの手造り新しょうが漬」です。

食品スーパーに売っているような紅しょうがに特有な、調味料のつんつんした感じがありません。清涼感さえあります。

ショウガはまったく筋張っていません。歯ざわりとやわらかさのバランスが絶妙です。

あと引きます。

「YAHOO!」や「Google」で検索しても該当するものが無いので、取り上げねばと思った次第。

デパートで行う群馬県の物産展などに出ていることが多い「やまだやの新しょうが漬」ですが、今日はスズラン前橋店でゲットできたようです。

ハマリます。                                                

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【しょうが好きにとってははずせない新しょうが漬を作る高崎「やまだや」がある群馬県高崎市から軽井沢町までの距離≒23マイル≒37km】

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初体験・前橋「モモヤ」の「とんかつうどん」

先日、或る社長に昼飯に誘われましたが、行った先は「前橋中央通り名店街」にある「モモヤ」さん(ご関心の向きは07年5月6日エントリーの『「モモヤ」独走す』をご参照下さい)。

Img_8851 「モモヤ」さんと言えば、「とんかつうどん」誕生の為に随分とお骨折りなさったところです(原案プロデュースはT社のKさん)。

群馬大学の学生さんの着想をもとにして、前橋名物を「作らにゃいかん」という志に燃えた人たちが作りあげた「とんかつうどんは」2004年11月のデビュー。

(毎日新聞やNHK前橋放送局が取り上げたような記憶があります)

「モモヤ」さんが「とんかつうどん」の誕生に関わるきっかけは、洋食屋&甘味処である「モモヤ」のご主人の趣味が、「うどん打ち」だったからのようです。

Img_8857 そして今日までの3年間、様々に改良を加えながら、「とんかつうどん」が提供されております。

(「モモヤ」さん以外にも、提供店があるそうです)

当初、「とんかつ」はすべてうどんの上に乗っけて提供されていたそうですが、それではちょっと「重い」ということで、途中から、とんかつ2枚を別皿で提供するようになったそうです。

その結果、別皿のとんかつは、ソースをかけて食べる人も出現し、今では半ライスを注文してこれを楽しむ人も少なくないそうです。

(根生姜や大根のすりおろしを始めとして、ネギなどの薬味も多めに準備されています)

で、遅まきながら「とんかつうどん」の初体験をしました(しかし、「とんかつうどん!」と勢い良く注文しましたが、「暖かいのにします?冷たいのにします?」と返された時には、目が点になってしまいました。「冷たいとんかつうどん」は予期しておりませんでした。平常心に戻って、まずは、暖かいのを注文)。

昨年(平成18年)8月、群馬県前橋市においては「ようこそまえばしを進める会(会長:曽我孝之前橋商工会議所会頭)が中心となり、豚肉料理を市の名物に選定し、その具体例として「tonton汁」が考案されました。

(ご関心の向きは06年8月24日エントリーの「前橋名物に豚肉料理、決定す」をご覧下さい)。

「モモヤ」さんも「tonton汁」の提供店です。

つまり「モモヤ」さんに行けば、一ヶ所で一度に「とんかつうどん」と「tonton汁」を楽しむことが可能です。

便利です。うどん、よく出来ています。お試し下さい(「暖かいとんかつうどん」あつあつで出てきます。猫舌の下は注意。水がなくなると、飛んできて、すぐに注ぎ足してくれます。女将さんは話し好きの方ですし、ほんとフレンドリーな店です)。                           

(ただ、「食は好み」ですので、「前橋街中に元気を取り戻し隊」の英知の結集である「とんかつうどん」、ミスマッチ的商品だけに「ビミョー」の評価があるのも事実です。                

(群馬県にご関心の向きは06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【「とんかつうどん」がメニューにある「モモヤ」さんがある群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月12日 (木)

創業者が群馬県出身であるビックカメラの有楽町店横の地下にある「小洞天」でランチ

前回エントリーの「群馬から国士舘大学までの旅」に書いたように、7月10日は東京に出かけましたが、国士舘大学に寄ったあと、次の目的地である有楽町に出ました。             

Img_8835_2 で、有楽町に着いたときは丁度昼飯タイムだったので、JR有楽町駅前にある元「そごう」の「ビックカメラ有楽町店」横の地下にある「小洞天」でランチです(写真は銀座通りの「シャネル」のショーウインドウ)。

(ビックカメラの創業者である新井隆二氏はご存知のように群馬県出身です。確か、高崎工業高校を卒業しているのではないでしょうか。ヤマダ電機も群馬由来の家電量販店ですから、駅前発家電量販VS郊外発家電量販は、実は「群群対決」でもあるわけです。もっとも山田昇社長の出身県は宮崎県ですが・・・。ついでに言えば、群馬県人で、有名な登山家だった山田昇さんという方もいました。名前からして、すごいですよね)

高校生の頃から「小洞天のシュウマイ」のファンですから、つい寄ってしまいます。

Img_8805 (高校生の頃、東京で勤め人になっていた兄が、土産に買ってきてくれたのが「小洞天のシュウマイ」。粉っぽいシュウマイしか知らなかったワタクシは、初めてこれを食べたとき、ほんと感激しましたね。お肉一杯のジューシーシュウマイ。食べるたびにその感激を思い出します)

(それはそれとして、「崎陽軒のシュウマイ」。電車での缶ビールのお供に最適です。冷たいままでもよくビールに合います。これにさきいかとピーナッツがあれば、もう極楽昇天「余は満足じゃ」の境地。やはりワタクシは安上がりにできてます・・・)

Img_8803_1 メニューを見ると、午後1時過ぎになると名代のシュウマイが2個から4個に一挙倍増になるランチを発見。

丁度午後1時を過ぎたくらいだったので、欣喜雀躍、即断即決、一切の迷いなくそれを注文してしまいました。

で、いただいたわけですが、これに付いていた担々麺、ちょっと辛かった。

煙草を吸うので、人様より辛味に鈍感なはずなんですが、思わずむせました。

その前の7月8日日曜日に、前橋市の街中にある「四川楼」で昼飯に名物の担々麺を食べたばかりなので、余計辛く感じた次第(前橋「四川楼」にご関心の向きは07年7月15日エントリーの『前橋「四川楼」の担々麺』をご参照下さい)

フグ食べたわけでもないのに、ひさびさにしびれちゃいました(この辺もワタクシは安上がりにできていますね・・・)。                                              

追記:当初、ビックカメラの創業者である新井隆二氏が、「高崎商業高校」の卒業、と書きましたが、コメントをいただいた「上州屋千平」さんのご指摘により、「高崎工業高校」の卒業であることが判明しましたので、関係各位にお詫びし、訂正させていただきます。m(__)m

【ビックカメラの創業者である新井隆二氏が卒業した高崎工業高校がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月11日 (水)

群馬から国士舘大学までの旅

昨日7月10日は所用で国士舘大学まで遠出です。

Img_8788 連れのK氏と午前8時15分に高崎駅新幹線入場口で待ち合わせ(左写真は新幹線からの埼玉的風景)。

大宮で新宿湘南ラインに乗換え新宿駅へ。そして小田急電鉄小田原線に乗って梅が丘まで。

道が不案内のためタクシーで国士舘大学まで行こうとしたのですが、タクシーが捕まらず、国士舘大学まで歩くことになりました。

到着したのは午前10時45分。予定通り、といったところでした。

Img_8793 しかし、新宿から乗った「区間準急」の電車は本厚木行き。

前回エントリーの『「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す』や07年6月17日エントリーの『「太陽の季節」はデニーズ逗子店で朝飯』、06年11月14日エントリーの『愛しのマグロほほ肉フライ』、06年10月7日エントリーの『BUSY WORK SHOP maebashiに行列する人たち』、06年7月12日エントリーの『最近はフクヤのハッスル餃子』などに書きましたように、昨年3月まで神奈川県厚木市に2年間単身赴任しておりましたので、妙な懐かしさを感じました。

急行なら、新宿―本厚木は50分です。1時間掛かりません。

Img_8797 国士舘大学の1、2年過程は町田市にあるとか。小田急電鉄小田原線の町田駅は結構利用しておりました。

国士舘大学のあとは有楽町に回らなければならなかったので、梅が丘駅まで戻って新宿方面行きの電車に乗りましたが、時間があれば本厚木まで足を延ばしてみたかったですね。             

(群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬県の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【群馬から国士舘大学までの旅の入り口となったJR東日本高崎駅がある群馬県高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年7月 8日 (日)

「前橋七夕まつり」に厚木から「Funny」来演す

Img_8655  今日7月8日は「前橋七夕まつり」の最終日(ご関心の向きは07年7月7日エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」をご参照下さい」。

今日の呼び物は、「にこにこパーキング」の特設会場で行われる「だんべえフェスタ2007 火の皇・光の軍(ヒノミカド・ヒカリノイクサ)」です。

つまり、前橋名物「だんべえ踊り」大会です。「前橋まつり」のときは大々的に路上パフォーマンスしますが、今日は残念ながら特設会場のみのようです(「前橋まつり」にご関心の向きは、06年10月14日エントリーの「前橋まつりやってます」、10月15日エントリーの「狂熱の前橋まつり、終わりました」をご参照下さい)。

Img_8687 午後0時30分から午後8時30分まで行われるそうですが、ずっと見ているのはちょっと無理なので、頭の部分だけ、いつものようにチャリンコ散歩で見に行ってまいりました(左は開会挨拶する高木政夫前橋市長)。

そうしたら、神奈川県の厚木市から、よさこいチーム「Funny」の皆さんがゲスト出演しているではありませんか。

「Funny」さんの中に知り合いがいるわけではないのですが、それでもなんか、ほんと、お懐かしい、という感じでした。

Img_8705 と言うのも、昨年3月まで2年間、神奈川県厚木市に単身任していましたので、厚木と聞くと、懐かしさがこみ上げてきてしまうのです(左は「Funny」さんのパフォーマンス)。

(ご関心の向きは、06年6月20日エントリーの「裸の犬!」、06年6月21日エントリーの「湘南ナンバー」、06年6月23日エントリーの「湘南考」、06年7月4日エントリーの「小田原ならわらべ菜魚洞、茅ヶ崎ならあさまる」をご参照下さい)

ところで、多くの方が数多(あまた)ある「市」の中で、なぜ神奈川県の厚木市なのかとお思いでしょうが、これには種明かしがありまして、今年1月の選挙で厚木市長に当選した小林常良氏と高木政夫前橋市長は大学時代からの親友で、よく行き来しているのです。

Img_8706_1 (高木政夫前橋市長は若い頃より政治を志し、市議→県議→市長となったわけですが、小林常良厚木市長も同じように市議→県議→市長になっています。若い頃からお互いに影響しあったようです)

そんな背景が、厚木のよさこいチーム「Funny」さんの来演に繋がったのではないかと思います。

神奈川県厚木市から前橋市までは、高速道を利用して渋滞に巻き込まれなければ、2時間半くらいで来られますが(渋滞に巻き込まれたら、気が遠くなるような時間がかかりますね・・・)、それにしても物見遊山に来たのではなくて、踊って帰らねばならないのですから、大変お疲れ様です。

(前橋市には数少ない厚木関係者(?)として、ワタクシは目をうるうるさせながら応援しておりましたよ)

Img_8730 8月3日から5日まで厚木市では「あつぎ鮎まつり」が開かれるそうですから、「Funny」の皆さんはその準備もしなければ、ですね(左はこども「だんべえ踊り」のお友達)。

力強い踊り、大変楽しませていただきました。運転には気をつけて帰ってね。

それから、せっかくだから「原嶋屋の焼きまんじゅう」、食べて行ってね(画像は07年1月7日エントリーの『年越しそばと年越し焼き饅頭』にあります)。

それから、関越自動車道前橋インターチェンジに入る前には「うっふボーノ」に寄って、シュークリームをお土産に買って行ってね。厚木市の近くにはシュークリームやエクレアで有名な「銀座コージーコーナー」の工場があるけれど、「うっふボーノ」のシュークリーム、なかなかなんです。比べてみてね。(「うっふボーノ」にご関心の向きは、07年6月30日エントリーの「前橋『うっふボーノ』のランチでビール」をご参照下さい)。

ついでにそれから、厚木市の名物に豚肉の味噌漬け「豚漬け(とんづけ)」があるけれど(ホルモンの焼き鳥屋さんも大変多く、その代表格は「酔笑苑」。厚木市民で知らない人はいませんね)、去年前橋の名物料理に豚肉料理が決まって、豚汁の進化系「tonton汁」がその代表的存在になっているので、厚木市でも流行らせてね(ご関心の向きは06年8月24日エントリーの「前橋名物に豚肉料理、決定す」をご参照下さい)。

お願いいろいろですが、よろしくね。                                   

(群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【神奈川県厚木市のよさこいチーム「Funny」が来演した「前橋七夕まつり」をやっている群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 7日 (土)

平成19年「前橋七夕まつり」やってます(花より団子篇)

花見では桜よりも酒を楽しみにする方も少なくありませんが、七夕まつりも七夕飾りの見物だけで終わりと言うのではちょと寂しい。

Img_8499 7月5日に開催され、明日7月8日まで行われる「前橋七夕まつり」に出かける目的も、七夕飾り見物だけではないでしょう。

(ご関心の向きは前回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます(露天商篇)」、前々回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」、07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」、06年7月7日エントリーの「前橋七夕祭りやってます」をご参照下さい)

Img_8409 露天で売られるお好み焼きや焼き鳥焼きそばの類をその場で食べたり、買って帰るのも楽しみの一つです。

むかしからある「はしもとや」や「田毎庵」に寄るのもいいでしょう(ご関心の向きは07年5月7日エントリーの「懐旧の『田毎庵』と『はしもとや』」をご参照下さい)。

Img_8570 「モモヤ」で一休みするのもいいですね(ご関心の向きは07年5月6日エントリーの「『モモヤ』独走す」をご参照下さい)。

クルマで街中に来たのでなければ、のどを鳴らして生ビールを飲みたいものです。

今日は午前中に、七夕まつりが行われている前橋の街中にチャリンコ散歩で出かけたのですが、銀座一丁目通りにある八百屋さんの店頭を見てビックリ。

バナナの荷箱が山と積まれておりました。

Img_8450 はてさて、この八百屋さん、店先でバナナの叩き売りでも始めるんかい、と最初は思いましたが、少し考えて、そうかそうか、バナチョコやってる露天商さんに頼まれたバナナか、と思い至りました。

この伝でいくと、前橋にある製麺屋さんやプロパンガス屋さん、酒問屋さん、「前橋七夕まつり」の期間、結構いい商売になっているかも知れません。

(肉屋さんなんかどうなんでしょう)

(金魚すくいの露天商さんなんか、商品が生き物ですから、仕入れ大変なのではないでしょうか)

Img_8435 かつて神奈川県の厚木市に単身赴任していたことがありましたので、一度だけですが「日本3大七夕まつり」に数えられる「湘南ひらつか七夕まつり」を見にいったことがあります(2004年の「湘南ひらつか七夕まつり」でした)。

そこでもっとも印象に残っているのは、満員電車並の混雑と、350円(だったと思う)で売っていたアンデスメロン。

もちろんアンデスメロンはそのまま売っているわけではなく、頭のほうをカットしてそこに果肉をほじりだすスプーンを突っ込み、ストローも付けて売っているのです。

飛ぶように売れていましたね。

アンデスメロンと格闘する親子連れとアンデスメロンを買おうとする親子連れで、その店の周辺はごった返しておりました。

Img_8508 それを思い出したからではありませんが、国道50号線沿いにあるディスカウント八百屋の「中林青果」に行って買い物をしてしまいました。

(「中林青果」さん、お祭りに関係なくいつも混んでいます)

大玉スイカの4つ切り330円です。「湘南ひらつか七夕まつり」で見たアンデスメロンより安い買い物でした。

でも、ちょっとでか過ぎるので、これにかぶりつきながら七夕まつりを見て歩くわけにも行かず、お持ち帰りです。

Img_8514 その帰り、ついでに「中央通り名店街」の国道50号線口近くにある「魚松」さんで、鮎の塩焼き3匹お買い上げです(強い炭火のせいか、写真の画面のピントが合いません)。

これは食べながら歩くこと、できないわけではないんですが、夕方ビールを飲むときのアテにするため、これもお持ち帰りです。

なんとなく夏だなあ、と思います。           (群馬県にご関心の向きは、06年9月1日エントリーの『群馬県の地域ブランド力は43位だって』をご参照下さい)

【今年は雨が少ない「前橋七夕まつり」をやってる群馬県前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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平成19年「前橋七夕まつり」やってます(露天商篇)

年を重ねるごとに1年はだんだん短く感じられてきますね。

Img_8495 40歳代は、30歳代より時間が経つのが早いぞとか、50歳代は40歳代より季節の移ろいが早いぞとかよく言われました。

ついこの間お節料理を食べたような気がしますが、もう7月ですから、1年の半分が終わってしまいました。

光陰矢のごとし、です。

小学校一年生の頃の1週間は、土曜日が待ち遠しく、じつに長く感じられたのに、半世紀男になった今、一週間、ほんと短く感じます。

Img_8431 ところで、今日7月7日は七夕。1年に一度、織女(織姫)と牽牛(彦星)が会うことを許された日(夜)です。

※七夕伝説に関しては下記参照
http://www.yumis.net/tanabata/

1年ぶりの逢瀬ということになりますが、織姫、彦星にとって1年は果たして長く感じるのでしょうか、それとも短いのでしょうか。

普通に考えれば、好きあう仲ですから「一日千秋の思い」ということになるわけですが、宇宙空間に暮らす織姫、彦星です。

Img_8442 人間の時間単位である1年なんて、実は、ほんの瞬きくらいの時間感覚かもしれません。

人間で言えば、何のことはない毎日会っている感覚だったりして・・・(星の運行の問題ですから、この考えは当てはまらないようです)。

ま、それはそれとして、前橋市では毎年「前橋七夕まつり」を開催して(今年は7月5日から7月8日まで)、この織姫彦星お二方の1年ぶりのデートを盛り上げるのが慣わしとなっております。

Img_8405_1 (前回エントリーの「平成19年『前橋七夕まつり』やってます」や07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」、さらには昨年の七夕まつりの写真を掲載した06年7月7日エントリーの「前橋七夕まつりやってます」をご参照下さい)

(前橋だけでなく全国的に行われておりますが、中には月をズラして開催したりします。前橋では律儀に7月7日前後に行います)。

Img_8464 例年この季節、梅雨と重なりますから雨にたたられるのが恒常化しており、織姫彦星が1年ぶりに会えた嬉し涙、と解釈しておりますが、今年はラニーニャ様が太平洋に発生したことの影響でしょうか、空梅雨で、開幕日の7月5日以来雨なしです。

(雨が降るのは嬉し涙ではなく別の要因であると、まったく違った発想の不届きな主張をする方もまれに、とくに飲酒の場において、おりますが、無視します)

Img_8604 (今日午前中、二ツブ三ツブといった雨がぱらつきましたが、午後になって日差しが出てきております)

この織姫彦星お二方の祝祭である「前橋七夕まつり」に花を添えるのが露天商の露天の数々。

小さな頃の思い出が露天で買ったバナチョコやりんご飴、そしてくじ引きや金魚すくいだった人、少なくないのではないでしょうか。

織姫彦星も、露天の間をそぞろ歩くデートがしたいかもしれません。

【露天商の数がすごい「前橋七夕まつり」が行われている前橋市から軽井沢までの直線距離≒26マイル≒42km】

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平成19年「前橋七夕まつり」やってます

Img_8488 07年6月27日エントリーの「『前橋七夕まつり』始まります」で書きましたように、北関東最大の七夕まつり「前橋七夕まつり」が7月5日(木)に開幕しました。

明日、7月8日の日曜日まで開催されます。

(昨年の「前橋七夕まつり」の様子は、06年7月7日エントリーの「前橋七夕まつりやってます」をご参照下さい)

日本三大七夕まつりは、宮城県仙台市、神奈川県平塚市、愛知県一宮市で開催される七夕まつりということになりますが、群馬県前橋市の七夕まつりもそれらに勝るとも劣らない賑わいです。

Img_8493 で、ワタクシもさっそく先ほど街中まで、久しぶりのチャリンコ散歩で出かけて、「前橋七夕まつり」の様子を激写してまいりました。

中心街に到着したのはまだ特別なイベントも行われていない午前10時半だというのに、すでに人の波が押し寄せておりました。

普段閑散としている中心商店街がウソのような賑わいです。

露天商の数も半端ではありません。

Img_8404 商店や会社の七夕飾りに混じって、前橋市内各所の幼稚園・保育園の児童・園児が作った、可愛いお願いの短冊が結び付けられた笹飾りもたくさん並んでいます。

時間が時間だけにお子さん連れのファミリーが多く見物に来ておりました。

浴衣を着た小・中学生くらいの女の子のあどけない笑顔が、あちこちで見られます。

夕方にかけては、二十歳を過ぎたお嬢さんたちが、浴衣姿で大勢お出ましするに違いありません。

Img_8596 今日は、「全国高校野球選手権群馬県大会」の開会式があったり、「群馬県知事選」告示後初の土曜日だったりで、何かとせわしい一日ですが、そんな中、のんびり「前橋七夕まつり」に出かけてみるのも浮世の一興です。

なんてったって、人生において今日の日は今日だけです。

【北関東一の七夕まつりが開催されている前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 6日 (金)

前橋「石田豆腐店」はすぐ近く

自宅近辺の買い物と言うと、あなたはどこに行きますか?

食品スーパー?

コンビニ?

それともドラッグストアですか?

「平成16年サービス業基本調査」によりますと、群馬県における食べ物屋さん(一般飲食店)は平成16年6月1日現在で6,627軒ありますから(およそ人口300人に1軒の割合)、もしかしたら一番身近なのは飲食店かもしれませんね(「買い物」と言う語感と若干違いますが・・・)。

Img_8368 もちろん上記4つの小売業へ買い物に行きますが、ワタクシはそれに加えて豆腐屋にも行くのです。

昔は、「近所に買い物へ」と言うと、お肉屋さんに行ったり、八百屋さんに行ったり、魚屋さんに行ったりしましたが、今、その辺の役目は食品スーパーが肩代わりしております。

瀬戸物屋さんだの、金物屋さんだの、雑貨屋さんだのの役割も、今は食品スーパーやコンビニに行けばことが足ります。

昔は牛乳屋がありました。昔は納豆を売りに来るおじさんがいました。同じように豆腐屋さんも夕方にはやってきました。

しかし今は、食品スーパーやコンビニ、ドラッグストアに行けば、いつでも牛乳も、納豆も、豆腐も買えます。

Img_8373 鍋をぶら下げて、そろそろ来るだろうなんて待っていなくても良くなったのです。

解熱剤や風邪薬を買いに薬局に走ることもなくなりました。

「煙草屋の看板娘」はすでに死語だと思います。自動販売機も「百恵ちゃん」や「昌子ちゃん」や「淳子ちゃん」から二世代も三世代も進化しました。

そんな中で、ワタクシの自宅近くには、夫婦二人で営む豆腐屋さんが奇跡的に残っているのです。

店の名前を「石田豆腐店」と言います。                              

(07年6月24日エントリーの「飯野知彦(デュークエイセス)、松井天斗、柳田衣里佳の共通項は?」で取り上げた松井天斗さんの実家「松井テント」があるのと同じ道路に面したちょっと東にあります。その誼でしょう。「石田豆腐店」にも「松井テント」に貼られているのと同じ「水戸黄門」のポスターが貼ってあります)                                

Img_8379 ワタクシが中学生の頃にはすでに商売をなさっていましたから、40年近く豆腐一筋の商売を続けてきたことになります。

今日のように暑い日は、スリッパを突っかけて、冷奴にする豆腐、冬の日は湯豆腐にする豆腐を買いに行く楽しみがワタクシには残されています。

豆腐は、食品スーパーでも、コンビニでも、ドラッグストアでも売っているのですが、ここでちょっと時候の挨拶などしながらわずか1丁か2丁の豆腐を買うのです。

ただ豆腐を買いに行くだけです。

Img_7918 それも最近流行の「プレミアム豆腐」ではなくて、普通に朝から毎日毎日丁寧に作り続けていつの間にか40年近く経った豆腐です。

何の変哲もてらいも無い、40年近く続く豆腐屋に豆腐を買いに行くんですが、考えてみれば、結構贅沢でしょ?

                                                

(よく考えてみたら、フーケ前橋店にもパンを買いに歩いて行ってます。ご関心の向きは07年6月15日エントリーの「フーケ前橋店のパン」をご参照下さい)

【40年近く続く「石田豆腐店」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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沼田鉈の古見製作所

Img_8320 前回の「和魂洋才・沼田『フリアンパン洋菓子店』のみそパン」や前々回の「沼田『馬鹿旨』でまたラーメン」に書きましたように7月5日は沼田市に出かけたのですが、用務先のすぐ近く、材木町の交差点を迦葉山方面に少し行ったところで、沼田鉈で知られる「古見製作所」を発見しましたので、大慌てで食品スーパーの駐車場(フレッセイ沼田店さんの駐車場)にクルマを止め、「古見製作所」さんの店頭風景を思わず激写してしまいました。

懐かしかったんです。小学校6年生の1年間、沼田市で暮らしたことがありました。

そしてかつてこの「古見製作所」に来たこともあるのです。

※古見製作所の鉈については下記参照
http://www.asahi-net.or.jp/~bq9t-tkhm/kajiya_mininata.html

Img_8324 沼田市は言わずと知れたかつての城下町。それに近郷近在の農具需要や山林業の道具需要も加わって、鍛冶屋さんの活躍する余地が少なからずあったものと思われます。

きっと「古見製作所」の創業もそんなところに発しているのではないでしょうか。

「古見製作所」といえば山仕事に使う鉈が有名です。折り紙付の使い良さで知られます。

庭木の手入れのときにも重宝するので、昔、親のお供でこの店に鉈を買いに来た、と言うわけです。

(もちろんその鉈は今もありますが、無精者ゆえ手入れが悪いので、恥ずかしくって、現物の写真掲載は割愛させていただきますが、手入れが悪くても使い心地はグッドです)

小学校6年生のとき居住していた地域にあるのは4年生までが通う分校だけしかありませんでしたから、電車で沼田駅まで行って、本校に通っていました。

Img_8316 (帰りに1時間も電車を待つような場合は、坂を登って駅の上の台地に広がる街まで焼きまんじゅうを買い食いに行きました。店の人が、消し炭で焼きまんじゅうを焼いている姿が記憶にあります。河岸段丘で有名な沼田ですが、沼田駅は段丘の下の方にあり、繁華街は段丘の上にありました。写真は沼田市外のレトロな建物)

ですから、朝夕沼田駅周辺の景色を見ていたわけですが、当時、沼田駅の構内にはいつも木材があふれかえっておりました。

昭和40年代前半のことです。

テレビの外枠もスピーカーの外枠も当時は木材が使用されていたぐらいです。

りんご箱、みかん箱、日本酒の運搬箱。みんな木製でした。

ですから沼田市周辺の林業も活発だったと思われます。となれば、その頃「古見製作所」さん、大分賑わっただろうと思われます。

Img_8305 しかし、その後殆どのものがプラスチック製に置き換わり、国産木材需要は減少し、それとともに沼田から活気が消え、寂れて行きます(写真はグリーンベル21と立体駐車場を結ぶ空中回廊に飾られていた七夕の笹飾り)。

「古見製作所」もまた同じ運命を辿ったのではないでしょうか。

今ではホームセンターなどでも鉈を売る時代です。工場併設で直売の「古見製作所」ですが、価格ではとても太刀打ちできないでしょう。

沼田の街中を少し歩くと8月3、4、5日に予定されている「沼田祭り(大天狗まつり)」のポスターがあちこちに張られていましたが、そのポスターの横に神輿の担ぎ手募集中のポスターが並んで張られているところもありました。

かつての沼田の賑わいを知るものにとっては些か寂しい限りです。

【沼田鉈で知られる「古見製作所」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒32マイル≒52km】

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和魂洋才・沼田「フリアンパン洋菓子店」のみそパン

前回、沼田市に出かけたときは、よしもとばなな様ご推薦の沼田「樫の木」の「世界一おいしい」バウムクーヘン(ご関心の向きは07年6月2日エントリーの「『世界一おいしい』バウムクーヘン」をご参照下さい)を買って帰りましたが、昨日は「フリアンパン洋菓子店」のみそパンを、ちょこっとですが、購入しました。

Img_8317 「フリアンパン洋菓子店」のみそパン、沼田市を代表する一品になりました(左は「みそパンを」買ったフリアンパン洋菓子店グリーンベル21店が入る沼田「グリーンベル21」の入口のひとつ)。

浅草の「人形焼」、広島の「紅葉まんじゅう」、仙台の「萩の月」的存在です。

百貨店で開かれる物産展にも出品したりしています。ですから、沼田市に行かなくても、たまに地場百貨店の「スズラン前橋店」で買えたりします。

バターやジャムの代わりにパンに味噌をぬって食べたら旨いかも知れないと考えるには、通常ならどうしてもかなりの飛躍が必要でしょうが、沼田の人或いは群馬県人は、その行為に至るにぜんぜん飛躍を必要としないんです。

まんじゅう(大福餅)→あんぱん→カレーパンの発想経路と同じように

おやき→焼き饅頭(味噌まんじゅう)→みそパン

というきわめて単純な発想経路で済む話なんです。

そこに飛躍も短絡もありません。誇張や珍奇とも無縁です。

Img_8353 ごくごくまっとうな思考回路を辿ればいいだけなんです。謂わば地続きの発想なんですね、「みそパン」。だから広がりと支持を得たのではないかと思います。

群馬県は粉食文化の発達した土地柄です。

(ご関心の向きは、07年6月10日エントリーの「前橋ピザに高崎パスタ」、07年6月15日エントリーの「フーケ前橋店のパン」、07年6月15日エントリーの「群馬県人の気儘な粉食ライフ」、07年6月17日エントリーの「群馬県人はバーガーキングを待っている(かも)」をご参照下さい)。

そしてその一方で甘味噌文化の伝統も併せ持っております。

「コンニャクの味噌おでん」がその代表格かも知れません。

本来塩で食べるはじき芋(きぬかつぎ)に甘味噌をつけて食べたり、同じように里芋に甘味噌をぬって焼き、田楽にして食べたりします。

Img_8364 群馬県内でも濃密な焼きまんじゅう(味噌まんじゅう)文化の発達した沼田市において、「みそパン」は生まれるべくして生まれたものといっても過言ではないと思います。

酪農王国北海道で、「牛乳茶漬け」(ホットミルクぶっかけご飯)が誕生するよりも自然のことだったのです。

ソフトフランスパンに甘味噌をぬった「みそパン」。バターとハーモニーする「みそバターパン」などのバリエーションもあります。

そこにトンカツを挿めば「みそトンカツパン」に早変わりするなど、あなたの創意工夫次第でさらにバリエーションは広がります。

あなたも、目眩めく「みそパンワールド」をご堪能下さい。

【みそパンで有名な「フリアンパン洋菓子店」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒32マイル≒52km】

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2007年7月 5日 (木)

沼田「馬鹿旨」でまたラーメン

今週は「ラーメン昼飯強化週間」ではないのですが、月曜日(ご関心の向きは07年7月4日エントリーの「月に一度は高崎『東竜』の肉味噌ラーメン」をご参照下さい)、そして昨日(ご関心の向きは同じく07年7月4日エントリーの「久々に前橋『広ちゃん飯店』に寄る」をご参照下さい)に続き、昼飯に食べたのはラーメンでした。

Img_8308 仕事で沼田市に出かけましたが、前橋市を発つのが遅く、仕事が一段落して、さて昼飯でもと思ったときにはすでに午後2時を回っておりました。

一般的にはランチタイムが終了してしまう時間なので思案投げ首の結果、尾瀬、日光に向かう観光ルート、別名「日本ロマンチック街道」の国道120号線沿いに行けば、休憩なしで営業している食べ物屋さんがあるに違いないと思い、沼田の街中から関越自動車道沼田インターチェンジ方面に向かった次第。

そして沼田インターチェンジ入口を越してさらに日光方面に進むと、ど~んと目に飛び込んできたのはかつて一世を風靡した「馬鹿旨」の看板です。

(その手前「とんかつ トミタ」にふらふらとよろめいたのですが、反対車線沿いだったので、体制立て直しそのまま通過)

Img_8309 で、車道から外れて「馬鹿旨」の駐車場にクルマをとめると、果たして営業中です。

実に10年ぶりくらいの「馬鹿旨」。「ラーメン餃子が旨い店」がうたい文句で、かつては老いも若きも、地元空も遠方からもお客が押し寄せた店です。

しかし、時の流れ人の気の移ろい、一時人気が離散し、ワタクシも10年ほど足が遠のいておりました。

確か10年前、川場村にりんご狩りに行った帰りに寄ったのが最後だったように記憶しております。

その後は沼田市に行っても昼飯は、「川場田園プラザ」(ご関心の向きは06年11月25日エントリーの「晩秋、川場村でフジにかぶりつく」をご参照下さい)やら、旧月夜野町の「中華たむら」で食べたりしておりましたので、すっかりご無沙汰しておりました。

この間沼田市に行ったときも、途中昭和村の「そば処 つつみ」で昼飯を済ませましたので(ご関心の向きは07年6月2日エントリーの「昭和村で『こしあぶらの天ぷら』に会う」をご参照下さい)、「馬鹿旨」には寄らずじまい。

で、さっそく入店して「広東ラーメン」を注文。

悪くないんです。中太の麺なんか、しっかりスープに絡んでおいしいんです。歯ごたえグットなんです(ラーメンの写真は湯気のため一部かすんでおります。そのくらい熱々で出してくれます)。

しかし、「広東麺」、あるいは「うま煮麺」の場合は、八宝菜のあんがかかっていて欲しいと思うわけです。

銀杏なんか入っていて欲しいわけです。うずらの卵も入っていたらうれしいなと思うわけです。

エビなんか入っていると色取りが良くなるんじゃないかな、なんて思うわけです。さらに、今日は七夕近いし、イカの短冊切りなんか入っていると、またすぐ来ようかな、なんて思うんです。蒲鉾の短冊切りでも文句は言わない、なんて思うわけです。血圧低くないほうですから、もう少し塩気が軽くてもいいかな、なんて希望してしまうわけです。

愛想もいいんです。水なんかなくなると、すぐに気がついて何も言わなくても注ぎ足してくれるんです。

ただ、ワタクシのイメージする「広東麺」ではないという我がままなんです。でも、と言うか、だからと言うか、つい足が遠のいてしまうんです(10年前の注文も「広東ラーメン」でした)。

ごめんね。今度は別のもの頼みます。

【日本ロマンチック街道沿いに「馬鹿旨」がある沼田市から軽井沢町までの直線距離≒32マイル≒52km】

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前橋利根西地区のブラックベリー

「前橋利根西地区のブラックベリー」と大仰な題名を掲げましたが、前橋市の利根西地区に広大なブラックベリーの畑が広がっているあるわけでもなければ、ブラックベリーの名産地であるわけでもありません。

Img_8091 それに、植物に疎いワタクシには、このベリーが果たして「ブラックベリー」なのか、「ブラックラズベリー」なのかも判別できておりません。

多分ブラックベリーであろう、くらいの判断です。ごめんなさい。

自宅近くの住宅街にブラックベリー(だと思う)を栽培するおうちを1軒見つけたに過ぎないのですが、その実のつき方が余りにもすばらしかったので、つい大げさな題名になってしまいました。

木苺の類は比較的栽培に手がかからないと言われていますが、このブラックベリーに出会ったときは、かなりの「てだれ」の手にかかるものと思わずにいられませんでした。

(07年5月27日エントリーの「桑の実・マルベリー・どどめ」で書いたマルベリーつまり「どどめ」なんか、ほったらかしでも生ります)

Img_8089 ま、写真を見ていただければ一目瞭然でしょう。

鈴生りです。

あなたも、こりゃすげえ、とお思いになったでしょう?

旨そうですよね(正直に申し上げると、ワタクシ、瞬間ですが、邪な考えが心をよぎってしまいました・・・)。

よく鳥が突付きに来ないもんだ、と思いました(これからかもしれませんが・・・。羨ましいことに鳥は追われるだけで、窃盗罪で逮捕されないですね)。

Img_8092 20年ほど前、ある雑誌に昭和村をぶどうの一大産地にすべきだと書いて、小数の人からですが、賛意をいただいたことがあります。

大昔の赤城山の噴火により地層に軽石層があるため水はけがよく、ゆるい傾斜地が広がり、群馬県の日照時間は全国でも一、二位の長さですから、素人判断で、ブドウ栽培適地だと思ったからです。

景観もすばらしく、谷川岳が遠望できる昭和村の「赤城平」を、高崎市(旧群馬町)出身の元首相福田赳夫さんはスイスの風景に擬したことがあるくらいです。

Img_8093 関越自動車道も走っていますし、ぶどうの観光農園&ワイナリーで村おこしでもすれば、と思った次第(すでに群馬県では榛東村がブドウの産地でしたが、昭和村のほうが条件がいいのではないか、などと思っておりました)。

ここでできるワインの名前も「赤城平わいん」にすればいい、なんて勝手に思っておりました。

100%山梨県の旧勝沼町を意識したものです。

その後、昭和村ではなくて隣の旧赤城村ですが、足利市にある「ココファーム」と連携した「ルンズ・ファーム」ができたところをみると、ワタクシの素人判断もまんざら大ハズレでもなかったような気がします。

※「ココファーム」については下記参照
http://www.cocowine.com/index.html

※ルンズ・ファームについては下記参照
http://www.luns-farm.com/index2.html

ただ、ブドウ産地やブルーベリー産地、全国のあちこちにありますので、差別化のため、新たにブラックベリーの一大産地を目指すなんていうのはいかがでしょうか?

前橋でこれだけ立派なブラックベリーが育つのです。昭和村でもOKのような気がします。

【見事なブラックベリーの実が生る前橋市利根西地区がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年7月 4日 (水)

久々に前橋「広ちゃん飯店」に寄る

今日のお昼時間はたまたま前橋市公田町近くをクルマで走っておりましたので、久々に「広ちゃん飯店」に寄りました。

Img_8289 午後0時を回っていたのですが、ラッキーにもワタクシが店に入ると同時にカウンター席が1つ空き、順番待ちは回避できました。

(ワタクシの後から入った人たちは、順番待ち席に10分近く座っていたのではないでしょうか)

順番待ちは回避できたのですが、前回のブログ「月に一度は高崎『東竜』の肉味噌ラーメン」に書いたように、今週月曜日の昼食は肉味噌ラーメンでしたので、日替わりランチにしようかめん類にしようか悶々として悩んでしまいました。

今日の気温が高かったら、まず間違いなく日替わりランチを選択していたでしょうが、そうでもなかったので、乾坤一擲、結局「えび麺」です。

(ワタクシの隣の人は冷やし中華食べてましたけど・・・)

Img_8296 まあ何を選んでも間違いないのですが、またそれだから選択に迷ってしまうとも言える訳です。

本来ワタクシの一番のおすすめは「ニラレバ炒め」。丁寧に下拵えしてありますので、もちろんレバーに臭みなどなく、離乳期の赤ちゃんからお年寄りまでにこにこして食べています。

ごはん、がっぽがっぽ食べられます。

ここのご主人は、「広ちゃん飯店」を開業する前は前橋市広瀬町にある「C飯店」で中華なべを振っていた人です。

当時「C飯店」の駐車場は昼時になるとクルマがあふれておりました。

しかし今はそんなことも無いようです。

言うまでもなく、「C飯店」に行っていたお客さんたち、「広ちゃん飯店」の開店と同時に、どっと「広ちゃん飯店」に鞍替えしてしまったということですね。

お客は料理人に付く、とよく言いますが、その言葉通りの結果になっております。

幹線道路にも、生活道路にも面していない、分かりにくい田んぼ立地であるにもかかわらず千客万来の中華料理店、全国でも珍しい存在ではないでしょうか。

(それにしても「広ちゃん飯店」という店名、斬新です。インパクトあります。初めて「広ちゃん飯店」の店名を聞いたとき、ワタクシはぶっ飛びました)

お店は全席禁煙ですが、愛煙家の為の、外気直撃の席も用意されています。完全分煙です。

真冬でも、たまにその席で楽しそうに宴会をやっているグループもいらっしゃます。もちろん、ワタクシもその一人だったことがあります。

【ニラレバ炒めがお奨めの「広ちゃん飯店」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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月に一度は高崎「東竜」の肉味噌ラーメン

ブログを始めておよそ一年。それ以来、常にデジカメを持ち歩くようになったことが生活の上で起きた大きな変化でしょうか。

Img_8145 「デジカメ持ち歩き行動」によって分かったことがあります。

昼飯は出先でひとり食べることが多く、それを激写してまいりましたが、意外に保守的な「昼飯摂取行動」をしているのです。

07年6月1日には「前橋『そば平』では肉汁そば一本槍」を書きましたが、前橋の「そば平」さんには結構寄っています。

また、07年5月31日には「高崎『東竜』の肉味噌そば」を書きましたが、高崎の「東竜」さんにも月一くらいのペースで行っております。

実は一昨日の月曜日7月2日にも「東竜」さんに出掛けて肉味噌ラーメンを食べています。5月22日以来ですね。

Img_8149 意識して1ヵ月に一遍のペースを守ろうとしているわけではありません。

1ヵ月くらい経つと、自然に、夢遊病者のように「東竜」さんに足が向くようです。引き寄せられるように行っています。デジカメ写真の記録を見るとそのことがはっきりします。

手が震えるとか、落ち着きがなくなるといった禁断症状が出ることはないのですが、食べたいときが「東竜」さんの定休日に当たったらどうしようとは思っております。

【肉味噌ラーメンの「東竜」がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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