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2007年5月31日 (木)

高崎「東竜」の肉味噌そば

本拠地は前橋市のワタクシですが、高崎市の街中で昼食時間を迎えた場合、まず思い浮かぶのは高崎市通町にある「東竜」の肉味噌そば。

Img_6995 ワタクシと同年代(昭和30年代生まれ)で、高崎市所在の高校に通った人間は、その高校生時代、一度は「東竜」に食べに寄ったことがあると言われる名物ラーメンです。

社会人になってもその味を懐かしんで店を訪れる人は少なくありません。

誤解があるといけないので言っておきますが、ただ懐かしさで食べるのだけではなく、他に無い旨さに引き寄せられて来る人が圧倒的でしょう。

Img_4538 (左は平成19年2月19日の「肉味噌そば」)

味噌ラーメンに、回鍋肉を乗せたものと考えていただければ、そのイメージがつかみやすいと思います。

薄切りの豚の三枚肉は、もちろん熱湯で脂抜きしてあります。新キャベツの今は、ことのほかキャベツの甘みが感じられます。

店に入り、余り品のいい行いではありませんが、つらつら他のお客さんの注文を聞いていると、7割がたは、「肉味噌そば」か「肉味噌そば 大盛り」のオーダーです。

「肉味噌そば」プラス餃子の注文も、少なからずあります。

Img_4948 (左は平成19年3月7日の「肉味噌そば」)

東京オリンピックの頃(昭和39年)、2年間、高崎市立南小学校に通っていたこともあり、高崎市通町と言えば、当時は大繁華街であり、その頃の高崎市中心街の賑わいは「お江戸見たけりゃ、高崎田町」と言われたままのものでした。

藤五伊勢丹が健在で、スズラン高崎店には「大恐竜展」を見に行った覚えがあります。

そんな昔の賑わいを思い出しながら食べる「東竜」の肉味噌そばですが、中心市街地が衰退しても、「東竜」ファンは新たに次々生まれているようで、昼時は客が切れることがありません。

Img_6999 (左は平成19年5月22日の「肉味噌そば」)

「肉味噌そば」の味を引き継ぐには、1年や2年の修業では無理だろうと思うと、老夫婦二人だけの営業で、厨房に若い人の姿が見えないのが気がかりです。

(失礼!どうしてもワタシクより年下とは見えないものですから・・・)

いつまでも、「肉味噌そば」が高崎市の名物であって欲しいと願うのは、ワタクシだけではないと思います。

【「肉味噌そば」を出す東竜がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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「ぐんまちゃん」はどこへ行った?

昭和58年(1983年)、群馬県において開かれた「あかぎ国体」にあわせてデビューした「ぐんまちゃん」ですが、最近はとんと、その消息を聞きません。

Img_7380 漫画家の、馬場のぼる先生がデザインし、広く県民から愛称を募って登場した「ぐんまちゃん」。

けれども、平成6年(1994年)に開かれた「ゆうあいピック群馬大会」を契機に「ゆうまちゃん」が誕生してからは、独占していた群馬県のマスコットキャラとしての地位を「ゆうまちゃん」に脅かされ、「ぐんまちゃん」の存在を知る人間は次第に少なくなっております。

「ゆうまちゃん」は県文化課の職員さんの創作で、今もその職員さんが職員のまま、あらゆるバリエーションを描きまくっているようです。県職員の給与のままで・・・。
http://www.pref.gunma.jp/manage/yuuma.htm

女の子版の「ゆうこちゃん」もいるようです。

「ゆうまちゃん」の愛くるしさが、広く群馬県民に受け入れられた最大要因であることは間違いないにしても、県主催のイベントや、印刷物、県立施設の要望に、柔軟に、そして機動的に対応してイラストを供給できるのも、「ゆうまちゃん」が「ぐんまちゃん」に取って代わった大きな理由かも知れません。

「ぐんまちゃん」は漫画家の先生の創作であるため、イラストに対する対価(ギャラ等)を考えると、気軽にイベントに合わせて、漫画家の先生に注文を出す、ということもできなかったのかもしれません。

平成17年(2005年)には、毎日新聞主催の「全国対抗キャラクターコンテスト」で、「ゆうまちゃん」がグランプリに輝いております。

凱旋イベント「ゆうまちゃんフェア」も同年2月27日に開催されています。
http://www.pref.gunma.jp/a/12/yuma/takasaki.htm

ここまできたら、一大ゆうまちゃんキャラクター群を作成し、「ゆうまちゃんファミリー」、「ゆうまちゃんワールド」を確立していただけるよう願ってやみません(すでにあるのでしょうか?)。 

ところで、「ぐんまちゃん」、いったいどこへ行ってしまったのでしょう?

我が家の「ぐんまちゃん」は、長く押入れに潜んでおりました。

過日、押入れの整理をしていて、その存在を発見した次第。今まで忘れていて、すまない気持ちで一杯です(やや、大げさ)。

ただ、出しておくとどうなるか分からないので、また押入れに仕舞おうと思います。(ーー;)

「ぐんまちゃん」とは、毎年五月に飾るということで、妥協点を探っております。

Img_5576_3  それにしても高崎市のマスコットキャラの「タカポン」、大きなお世話でしょうが、何とかしたほうがいいように思います・・・。                                                

(そういえば、前橋市にマスコットキャラありませんでしたね。そろそろ作る時期かも)

【「タカポン」がいる高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年5月30日 (水)

桐生「龍苑」のチャプスイ

群馬県でジャンボ餃子と言えば、ワタクシには、西は吉井町の「陽気軒」(4月30日エントリーの「陽気軒の『メガチャーシューメン』」をご参照下さい)、東は桐生市の「龍苑」がすぐに思い浮かびます。

ただ、昼食は殆ど一人で食べる場合が多いので、そのでかさに二の足を踏んでしまい、連れでもいなければ、「陽気軒」でも「龍苑」でも、注文する勇気がでてきません。

Img_7204 実は昨日、桐生地域地場産業振興センターで会議があり、桐生市に出かけたのですが、会議前に、同センターの近くにある「龍苑」で久々に昼食をとりました。

しかし、やはり一人だったものですから、3年ぶりに入った龍苑であるにもかかわらず、ジャンボ餃子はパスしてしまいました。

頼んだのは、龍苑では「龍苑丼(マーボーライス)」とともに、人気メニューの双璧をなす「チャプスイ」でした。

「チャプスイ」というと開高健のベトナム関係のエッセイに度々登場します。

30年ほど前、高校生や大学生だった頃、開高健のエッセイで「チャプスイ」話に遭遇するたび、いかなるものか興味津々。いつか絶対食ってやろう、と思っておりました。

Img_7208 で、社会人になって、龍苑のメニューに「チャプスイ」の文字を見たときは、我、発見せり!の感動です。食べ終えて、積年の思いを漸く遂げたうれしさに、涙が出る思いでした(というのは、やや大げさ)。

龍苑の「チャプスイ」は、うっすら「ウスターソース」の味がします。

開高健が、エッセイに書く「チャプスイ」は、これと似てはいるのでしょうが、多分違うもののような気がします。このへんはベトナムで「チャプスイ」食べたことないのでなんともなのですが・・・。

しかしながら、龍苑の「チャプスイ」を食して以来、ワタクシ的には「チャプスイ」というと、龍苑の「チャプスイ」がスタンダードになってしまいました。

以後、龍苑に行くことがあると、6:4くらいの比率で、「チャプスイ」と「龍苑丼(マーボーライス)」を食べておりました。

「龍苑丼」、「チャプスイ」ともに800円です。ザッカケなぶっかけ飯、それも片や豆腐、片や野菜がメイン材料ですから、誰しもこの値段は高いと思うに違いありません。

随分儲けるな、と思うに違いありません。

実際ワタクシも、このメニューは儲かると思います。

しかし、その量、その味を一度味わえば、これまた誰しも大いに800円の値段に納得するに違いありません。大皿からこぼれ落ちそうな具、見てください。

使う挽肉は、器械挽きではなく、包丁でたたいて作ったものです。手がかかっています。

3日経ち、4日経ちすると、何故かまた龍苑に行きたくなるのです。

ここの「チャプスイ」(or「龍苑丼」)を食べて、ジャンボ餃子を残さず食べられるのは、大柄な、部活のあとの高校生でなければ、ちょっと無理と思います。

カウンター越しに、マスターの手慣れた、悠然とした中華なべ捌きを見ながら待つ「チャプスイ」の味は、格別です。

お試しあれ!

(カウンターから厨房が見えますが、仕切りに透明の厚いプラスチック板があり、熱風がカウンター席に来ないようになっています。細かい気遣いです。驚くべきは、多分マスターの奥さんと思われる人の客あしらいと記憶力。伝票なしで注文を受け、伝票なしで勘定しながら、誰に対しても、間違えることが無いのです。)

【「龍苑丼」、「チャプスイ」が双璧の人気メニューである龍苑がある桐生市から軽井沢町までの直線距離≒42マイル≒67km】

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2007年5月27日 (日)

桑の実・マルベリー・どどめ

「シルク王国ぐんま」も今は昔の物語。

群馬県の小学生の「必須科目」である上毛かるたには、「県都前橋糸のまち」と詠われていますが、今の小学生には、なんのことやら母子草でしょうね。

お蚕様が食べる桑を育てる畑も、中山間地域を除けば、殆ど見なくなりました。          

         

桑畑の地図記号、思い出せます?                                  

(思い出せなかった人は、
http://www2.ocn.ne.jp/~hiroseki/mapsymbolyurai.html
を見てください)

Img_7122 今頃の季節になると、桑の古木には、その実が生ったものです。お洒落に言えば「マルベリー」。昔のまま言えば「どどめ」です。

同じものでも、呼び方で随分違う印象になります。

多分、「マルベリージャム」は、「どどめジャム」の10倍売れると思います。「マルベリーワイン」も、「どどめワイン」の10倍売れると思います。もちろん、「マルベリージュース」は、「どどめジュース」の10倍売れます。   

                             

(参考に中之条町の沢田農協のホームページ見てください。
http://www.sawadanoaji.com/
                             

昔、親の言い付けを守らずに、バレやしないとたかをくくってどどめを盗み食いすると、口の周りが「どどめ」色になってしまうので、すぐに露見してこっぴどく叱られたものです。

Img_7123 今日、高崎方面にウォーキングしていたら、貝沢町辺りでその懐かしき「どどめ」を発見しました。欣喜雀躍、うっほっほ、です。

摘んで、そっと口に運んでみようか、などと考えましたが思いとどまりました。

甘いものがあふれている時代です。昔と同じ感激は味わえないでしょう(お縄を頂戴したくないですしね)。

ところで、桑の葉はミネラルを豊富に含んでいるそうです。若い葉(芽が吹きでた頃のもの)を天婦羅にして食べると旨い、と聞いています。

ただし、旨いからと言って食べ過ぎに注意。

そうです、余り食べると、口から糸を吐くようになります(嘘ですよ)。

(そういえば、渋川市の叶屋食品さんが、桑の葉の粉末を練り込んだうどんを作っていましたが、今もあるのでしょうか?確認しなくては)

(ついでに言えば、シルクパウダーには認知症の抑制効果がある、とものの本で読んだ記憶があります。同様な効果はイチョウの葉にもあるとか。飛躍してしまいますが、桑の葉にもあるかも。誰か、桑の葉の研究しませんか?それとも、もう研究済みなのかなあ)

【桑の実・マルベリー・どどめが生っていた高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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もつ煮十番勝負(その弐「大栄龍」の巻」)

もつ煮十番勝負(その壱「はとり食堂の巻」)の3日後の昼時、高崎市問屋町にいたので、問屋町に隣接する飯塚町の「大栄龍」に寄って、もつ煮定食(780円)を注文しました。

※「大栄龍」については下記参照。
http://www.darumaoyaji.com/

Img_6889 その週は、1週間に2回もつ煮を食べたので、想定以上のハイペースで「もつ煮十番勝負」に挑んだことになります(最近は、ちょっと休んでいますが・・・)。

いい年こいたオッサンがすることではありません。

ただ、「白モツ」消費が全国でもトップクラスと思われる群馬県に生まれたものの使命を果たすのに、何の迷いもありません(拍手もんでしょ?(#^.^#))。

群馬県民の誰かが実行しなければならないことです(感動もんでしょ?(#^.^#))。

不動心をもって、ただ淡々とこなしていくだけです(カッコいいでしょ?(#^.^#))。

Img_6890 どんぶり飯にもつ煮とお新香、そして通常サイズの醤油ラーメン。         割安です。そしてグッドです。             

もつ煮、それはそれは柔らかく炊けています。           

ラーメンも悪くありません。

Img_6895 最近は、ここのもつ煮がワタクシ的には一番口にあいます。

袋詰め商品がありますので、各地のデパートで行われる「群馬県物産展」などにもよく出店しています。

し、しかしです。ワタクシの年齢からすると、量が多すぎます。ごはん、大分残し、申し訳ないことをしました。始めに、ごはん少し目にして下さい、と言うべきでした。

【通常サイズのラーメン付きもつ煮定食が出る「大栄龍」のある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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カメハウス

JR高崎問屋町駅近くの住宅街で発見したカメハウス。

個人のお宅の庭にありました。塀が低いので、道路から見えます。

Img_7147 ゾウガメに会うのは、10年位前、伊豆アンディランドでお会いして以来です。ゾウガメは地上で最大のカメ類だそうです。                         

                             

※伊豆アンディランドは下記参照
http://www.izuandyland.com/

ですから、写真のゾウガメ君はまだまだ子供と言うことになると思います。

念のため申し上げますが、群馬県ではゾウガメを庭で飼うのが一般化している、ということはありません。あちこちでゾウガメが飼われているわけではありません。

ゾウガメを散歩させる人がすれ違うとき、にこやかに挨拶を交わす光景が頻繁に見られるわけでもありません。

町を歩けばゾウガメが見られる、と想定して歩いている人は、はっきり申し上げて、そんなに多くないと思います。

ここのお宅、わんこもいました。散歩はやはり別々に連れて行くのでしょうか?

【ゾウガメを飼うお宅がある高崎市から軽井沢町までの直線距離≒23マイル≒37km】

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2007年5月15日 (火)

もつ煮十番勝負(その壱「はとり食堂の巻」)

群馬県、多分、豚の内臓肉とくに「白モツ」の消費量は、全国でも有数になるのではないかと思います。

Img_6850 かつて、全国規模の大手食肉卸売業者の所長さんが、こんなに「白モツ」が動くところは初めてだ、と言っていたのを思い出します。

「クリスマスにだって動くんだよ」と半ば呆れたように言っておりました。

その群馬県に住む者の義務として、「なんのこっちゃ自主企画」で、是非いつか、「もつ煮十番勝負」と「もつ焼き十番勝負」をやろうと密かに考え続けていたのです。

(うん十年前、遊学のため、東京に出て初めて知りましたが、東京では「煮込み」とややヤワな言い方しますね。池袋の「加賀屋」さんには、大分お世話になりました。今でもあるんでしょうか?ホッピーと煮込み&もつ焼き。で、昼はラーメン。高尿酸値になる素地は、当時に培われたのかも知れません。社会人になって所得水準が上がり、ホッピーがビールになっちゃったんですから・・・)

Img_6851 20代30代ならいざ知らず、この年になってそんな無謀な企画に挑戦するのはいかがなものかと、自らの中で煩悶すること十数ヶ月。なかなか踏ん切りがつかないまま、日々を暮らしておりました。

(と言ったって、別段「大食い選手権」のようなことする訳じゃなくて、ただ、評判の気になる店の「もつ煮」や「もつ焼き」を、10軒ほど、気が向いたときに食べてみるだけの、「な~んだ・・・」企画です。テイクアウト販売している場合はそれを食べてもOKの大甘企画です)

(ただ、昭和村出身の義妹が、本来は甘党だけれども酒も飲まないわけじゃない小生の為に、実家に遊びに帰るたび、旧子持村の永井食堂のもつ煮「もつッ子」を買ってきてくれるのですが、近年はかつてと比べると、食べ終わるまでの期間に日数がかかるようになっております。)

高尿酸値であることなどを勘案すると、殆ど身を挺しての企画になる、もしかしたら身命を賭しての企画なのかもしれないと逡巡し、なかなか決行に踏み切れなかったのです。

Img_6856 が、昨日伊勢崎商工会議所で行われたイベントの様子見に行く途中、玉村町を通ったのですが、それが丁度お昼近く。

玉村町にはまだ寄ったことのない「はとり食堂」があるのです。

で、これも運命と思い、寄りました。

つまり、ついに「もつ煮十番勝負」の幕は切って落とされたのです。

「はとり食堂」、評判の店です。「もつ煮十番勝負」の第一回目を飾るに相応しい、知る人ぞ知る店です。

頼んだのはもちろん「もつ煮定食」。うれしい価格の650円。

味噌の味が生きている、白モツのみの、美味しいもつ煮です。葱が、これでもかとばかりに、ドバッとかかっているところなんか、またいいじゃないですか。ここに備え付けの一味唐辛子を好きなだけ振る方もいらっしゃるでしょう。

美味しいんです。しかし普通に頼んでも、ご飯も大盛、もつ煮も大盛、お新香も大盛、レタスサラダも大盛。普通盛なのは味噌汁だけで、完食するのに2度ほど小休止を入れました。

つくづく年を感じます。

で、ふっと、不安がよぎります。「もつ煮十番勝負」の前途に暗雲が垂れ込めます。もつ煮定食って、どこもたいてい、盛りがいいんだよな~。果たして「もつ煮十番勝負」そして「もつ焼き十番勝負」は、いつになったら完遂できるでしょうか?

多難な幕開きになりました。6月、健康診断あるし・・・。

【「はとり食堂」がある群馬県玉村町から軽井沢町までの直線距離≒29マイル≒47km】

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2007年5月 7日 (月)

懐旧の「田毎庵」と「はしもとや」

社会人になってこの方20年強、日の高いうちに前橋中心商店街に足を踏み入れたことは殆どありませんでした。

日が暮れて、ネオンの海をくらげとなって漂ったことは十本の指では到底足りませんが、例えば休みの日に、街中へ買い物に出かけた、という記憶がありません。

Img_6317 毎度毎度休日が忙しかったのかと言えば、そんなことはなく、家でゴロゴロしていることのほうが多かったように記憶します。

勤務先だって前橋駅前の「けやき並木」にあったのですから、昼休みに中心商店街で昼飯を摂ろうと思えば、摂れたのです。

中心商店街に足が向かない理由は何か、と問われれば、それは極めて単純明快、皆さんとまったく同じ理由です。

敢えて中心商店街へ行く、誘因が見つからないのです。

Img_6242 1980年代に郊外型量販店、専門店の展開が本格化し、平行して中心商店街の空洞化が進みました。もちろん前橋市に限った話ではありません。

この時期は今に至るまで、私の社会人生活と重なります。

「丸井前橋店」の撤退や「前三百貨店」の閉店、「イトーヨーカ堂前橋店」の出店に対する既存商店街の反対闘争等々、いずれもなお記憶に鮮やかです。

1980年から数えるとすでに30年近くの歳月が流れ、その間中心商店街に対し様々な施策がとられてきましたが、賑わいを取り戻したかと言えば、さあいかがでしょうか?

見ての通り、と言わざるを得ません。

(その原因分析については、いずれまた)

Img_6483 昨年10月には、旧群馬町に「イオン高崎ショッピングセンター」がオープンし、今年3月には前橋市に「けやきウォーク前橋」が開業し、いよいよ前橋中心商店街は危急存亡のときを迎えています。

(オリックスは、今年11月までに前橋南部のショッピングセンター構想を打ち上げるのでしょうか?)

ただ中心商店街復活の兆しが感じられ、追い風が吹き始めていることも、事実です。

地方財政の硬直化により行政効率の改善策が急務となっていることからコンパクトシティ構想が注目され、「まちづくり3法」も成立しています。

Img_5877 地価の下落もあって、関東各県の主要都市で、中心市街地におけるマンション建設が盛んになっています。前橋市に限っても、これからなお10本近いマンション等の建設計画があります。

もしかしたら、「旧リヴィン」の、今年12月のオープンがターニングポイントになるかもしれません。すでにこのオープンを見込んで、おしゃれなレストランの進出が始まりました。

改装後の「旧リヴィン」の年間80万人の集客見込みは、レストラン経営にとって魅力です。家賃や地価の底値感も出ています。先手必勝の戦術かもしれません。

最近は、休日の日、天気が良ければ、できるだけ中心商店街へチャリンコ散歩で出かけるようにしています。しかしながら、正直に申し上げると、その動機は、お気に入りの店が見つかったからではなく、「判官贔屓」の心情が大きいと言わざるを得ません。

肩入れ、です。義を見てせざるは勇なきなり、です。

そして高校生活を前橋で過ごした者の、懐旧の情です。ノスタルジーです。高校生の頃の「自分探し」です。                                                

昨年3月まで2年間、神奈川県厚木市に単身赴任していたため、余計に前橋への思いが強くなりました。

すでに齢は、知命。高校生の頃には、本屋だけでも「サカモト書店」があり、「アルプス書房」があり、立ち読みに寄るのは煥乎堂だけではありませんでした。

部活の後に、友達と街中を、よくふらふらしたものです(女子高生の姿を遠く眺めるだけで、満足、でした)。

30年以上、仔細に昼の中心商店街に足を踏み入れたことがなかっただけに、なんだか高校生の私が、過去と現在の時空旅行をしているようで、実に新鮮で、驚きに満ちた旅です。

立て続けにカレーうどんの「田毎庵」と、焼きそばの「はしもとや」に寄ってみました。

高校生の頃、懐具合が暖かいと、このどちらかに寄って、それから「野口の氷」を飲み(昔、カキ氷は飲むものでした)に行くのが、夏の定番コースでした。

「田毎庵」のカレーうどん、驚くほど昔と変わっていません。うなぎの寝床の店内もそのままです。覚えのある人、行ってみて下さい。

【カレーうどんの「田毎庵」と焼きそばの「はしもとや」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年5月 6日 (日)

「モモヤ」独走す

5月3日午前中、何も知らずにちんたらチャリンコ散歩で前橋中心商店街へ。

Img_6318_1  と、いつもと違って様子がヘン。

人があふれかえるほどいるんです。

毎月3日は「弁天ワッセ」、は知っていましたが、「弁天ワッセ」目当ての人出にしては、どう考えても、いくらなんでも多すぎる。

時間が経てば経つほど人が出てきていよいよ、ヘン。

うろうろキョロキョロして漸く事情が判明。「全国都市緑化ぐんまフェア」を来年に控えてのプレイベント「ちびっ子だんべえ踊り」だったんですね。

Img_6389_1  前橋市内の保育園・保育所の児童さんたちが、日頃の修練のお披露目。

会場となった「銀座一丁目通り」だけは、立錐の余地も無いほど賑わっておりました。

長時間待機後、2曲くらいちびっ子の「だんべぇダンスパフォーマンス」がありましたが、厳しいことを言えば、観客はちびっ子の保護者及びイベント関係者のみと言ってもいい状態。

Img_6388 通り一本隔てただけなのに、会場になっていないため、「銀座ニ丁目通り」は見事なくらい、泣き笑っちゃうくらいガラガラでした。

ま、それはともかく、イベントがお昼にかかり、その主役が頑是ない園児のみんな。お腹も空いていたでしょう、天気が良かったから暑くもあったでしょう。パフォーマンスが終わると、恐いものが来たわけでもないのに、蜘蛛の子をちらすように、みんな急いで帰っていきました。

で、帰り道に、「中央通り」を選んだ人たちの絶好のお昼の場になったのがレストラン「モモヤ」。

保護者の方が、よいこのみんなを連れて入るには、レストラン「モモヤ」が丁度おあつらえ向き。

Img_6416 お店の正面には、ソフトクリームなどのアイスクリームの販売窓口もあるので、よいこのみんなが見逃すはずはありません。行列と人だかりが出来ておりました。

(ちょっと順番ギャクだけど、アイスクリーム食べながらの順番待ちなら、我慢できるもんね。)

他の店に比べると、ほぼ独走状態でした。

「tonton汁」に先行する前橋名物、「トンカツうどん」がメニューにのる「モモヤ」さん。その進取の気風に、独走の理由があるのかも知れません。

【「トンカツうどん」を出す「モモヤ」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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目に青葉 山ほととぎす 野口の氷

ちんたらチャリンコ散歩が究極の「安・近・短」。毎日のように前橋中心商店街に出動しては、デジカメ写真パチパチ撮っておりました(今年は「高・遠・長」が合言葉のようでした・・・)。

ゴールデンウィークの混雑回避に一役かった、貢献した、よいことをしたと自画自賛の、今年のゴールデンウィークの過ごし方でした。

Img_6460 で、気温ぐんぐん上がる季節(昨日は館林市で気温30.7度と今年初の真夏日記録)。そろそろ「野口商店」も長い冬眠から覚めて、カキ氷始めるのではないかと、いつもその前を通っておりましたが、昨日午後0時過ぎ、例によってその前を通ると、シャッターが上がっているではありませんか。

丁度その時、店のお兄さんに出くわしたので、今年は今日からですか?とお尋ねすると、4月28日からやってます、とのお答え。

ええ~ッ?

Img_6300 5月3日にその前を通った時はシャッター閉まっておりましたので(写真左)、ありゃなんじゃったんだと思いましたが、思い返せばその時はまだ午前中。営業は、なお当分、午後からの限定のようです。

目に青葉

山ほととぎす

初鰹

の句がありますが、前橋人間には

目に青葉

山ほととぎす

野口の氷(字余り)

ですね。

(昔々のその昔、まだ鉄人28号がテレビの中で暴れまわっていた頃、野口の氷は出前もしてくれたそうです。)

【カキ氷で有名な「野口商店」がある前橋市から軽井沢町までの直線距離≒26マイル≒42km】

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2007年5月 3日 (木)

いろんな駅

「道の駅」ができて以来、いろんなバリエーションが出現しています。

「旅の駅」、「まちの駅」、「食の駅」、「畑の駅」 等々。

(「食の駅」の駅長さんは、きっと、メタボな方でしょうね。)

「国際宇宙の駅(ステーション)」もある訳ですから「海の駅」や「空の駅」、「川の駅」はごくごく当然で、「せんべいの駅」や「パンダの駅」が出てきても、驚きません。                                           

今年1月になくなった歌手で、工藤夕貴さんのお父さんである井沢八郎さんのヒット曲「あ々上野駅」(1964年)では、上野駅は「こころ~ッの駅」です(ちょっと違うかな・・・)。

私が目にした中で、珍しい(?)駅ものを二つ。ともに群馬県藤岡市にあります。

Img_6278 ひとつは「薬の駅くりす店」。舌がもつれそうですが、藤岡市大字中栗須にあるのだから仕方ありません。

公立藤岡総合病院外来センター近くの主要県道「長瀞線」沿いですから、ご存知の方も多いでしょう。

Img_6274 もうひとつは、玉村町に1号店がある「肉の駅」の「道の駅藤岡 ららん藤岡」内にある2号店。

ここだけのお買い得情報ですが、玉村町の「肉の駅1号店」、月曜日の夕方に行くと、翌日が定休日のため、超特価で買えるお肉がたくさんあるそうです。

特にスライスしてしまったもの。

騙されたと思って、行ってみてください。

【「薬の駅」と「肉の駅」と「道の駅」がある群馬県の藤岡市から軽井沢町までの直線距離≒28マイル≒44km】

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